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第6回 ベンジャミン・ディズレーリ

19世紀、ヴィクトリア女王の治世に、保守党を率いて首相を2度務めたディズレーリが語ったという言葉である。

とかく政治には嘘がつきものだ。その政治家の代表格が自ら語るのだから、政治家の扱う「統計」など、信用のならぬものなのだろう。初めに結論ありきではないが、己の目的に利するように、はなから色眼鏡がかけられ、都合の良いところばかりに焦点が当てられる。景気、福祉、教育、医療……数字を示して成果を誇示するケースは多いが、当てにならない。

ディズレーリの時代、近代化の過程で、政治も道義や主義から、統計=数字の時代に移行した。敵味方ともにやたら統計を振りかざすようになったが、そのような時代の傾向に一矢いっしを報いたシニカルな言葉なのだろう。

さて、このたびイギリスの首相が退陣した。イラクとの戦争に踏み切って以降、ブレア(Blair)という名前に引っかけて、「嘘つき(liar)」と罵られた。45分以内に英国を襲ってくるというイラクの大量破壊兵器など、どこにも存在しなかった。「dammed lies」を地で行くような、真っ赤な嘘だった。それでも、後継者へのバトンタッチの中で、10年間の成果を締めくくる、良い事づくめの様々な数字(統計)があげられた。草葉の陰のディズレーリは苦笑していることだろう。

ディズレーリは政治家であると同時に、小説も書いた。その方面の才能がある人なだけに、この言葉、特にポイントとなる3番目は、もう少しひねりがほしかった。例えば、「統計」でなく、いっそ「政治(politics)」としたらどうだろう。或いは、いま少し積極的に踏み込んで、「戦略(strategy)」ではどうか。

嘘をついてはいけないことは、世界の共通理解である。宗教や言語を超え、人類が等しく抱える価値観なのである。嘘は嫌われる。嘘がばれれば、非難は免れない。ばれずとも、後ろめたい。人間の良心には、嘘に対するNOが、遺伝子的に刻まれているのだ。

久しぶりに、年老いた故郷の母から電話がかかってきた。元気かと訊かれた。実は体調が悪く伏せっていたが、ああ元気だと答えた。電話を切って気がついた。こういう嘘がある。これは、ディズレーリの3つの定義に含まれない。しかし、4番目の嘘とも言うべきこういう嘘だけが、人間らしい、良心がつく嘘である。

願わくは、嘘はこの手のものだけであってもらいたいものだ。

第5回 ウィンストン・チャーチル

英国の歴代首相の中で最も有名な人物、有名なだけではない、今も尊敬を受けている人物となれば、間違いなくこの人になる。ウィンストン・チャーチル。ヒトラー率いるドイツとの戦いを勝利に導いた戦時内閣のリーダーであった。

対独戦にまつわる名言も多いが、私はナショナリズムの色のないこの言葉が好きである。教育問題について質問された首相が、こう答弁したら議会はもめるだろうが、実はチャーチル自身がオックスフォードにもケンブリッジにも縁のない陸軍士官学校出身だったので、この言葉は自らの体験を踏まえて語ったものなのである。

「quotations」は辞書的に訳せば「引用句辞典」だが、実際には偉人たちの名言を集めたものなので、「名言集」とした方がわかりやすい。意味を汲み取って訳し直せば、「高等教育など受けずともよい。人は過去の名言に学ぶべきである」と、まあこんな感じになる。面白いではないか。英国史に燦然さんぜんと輝くナンバーワン首相は、大学ではなく、名言集に学んだのである。

名言に学んだおかげか、チャーチルは演説の巧みなことで知られた。そればかりではない。なんと、第2次大戦回顧録ではノーベル文学賞まで受賞している。軍事に秀でた首相は、英国史に残る文人宰相でもあったのだ。

名言とは、まずは何よりもロジックの世界である。思想の彫りを深くし、対句だの比喩だの、レトリックの鮮やかさの中に立体的に立ち上げる。名言は、人間の英知が生む、思想と言葉のタワーのようなものだ。

さて、現代はかつてない情報過密社会で、人は限りなくインスタントになった。また、ヴィジュアル・イメージが優先されて、政治家は言葉を磨くよりも、テレビ映りを気にするようになった。言葉の専門家であるべき作家も、今や底が知れている。時を超えた生命を持つ、思想と言葉の金字塔をうち立てることより、面白おかしいストーリーをひねくり出して、映画化の著作権料でも手にした方がよほどましとされているのだ。

名言は全て、過去の産物である。しかし、その生命は死んだわけではない。チャーチルのように、名言から生きた知恵を学ぶことは可能なはずだ。

人は歴史とともに呼吸し、大きな時間軸の中に対話する相手を探すべきである。今の時代をともに生きる師や友人も大切だろう。だが過去の名言は、今を生きるどんな知人よりも、遥かに大きな知恵や勇気を授けてくれるかもしれないのだ。

第4回 ウィリアム・シェークスピア

イギリスの名言のうち、日本人に最もよく知られたものといえば、ハムレットのこのセリフであろう。かつては「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」と訳されていたが、その大仰な深刻調が気恥ずかしさを覚えさせるのか、しばしばパロディの対象にもなった。

このセリフの後には、暴虐の運命に耐えるべきか、武器をとり立ち向かうべきか、という問いかけが続くところを見れば、標題に挙げた訳文の方が原義に近い。この訳で読めば、近代的な顔を持つ主人公の苦悩に満ちた独白に聞こえる。生死の分かれ目というより、忍従か行動か、態度決定を自らに迫る問いと心得るべきなのである。

デンマークの王子ハムレットが、何故このような問いを発しなければいけなかったか。それは、身の周りをあまりの理不尽が取り囲んだからである。父である先王の不可思議な死後、その弟が王位につき、王冠とともに母までも得た。邪悪な陰謀は秘せられ、真実は闇に葬られようとしている。ハムレットは真実を知る者として、孤独を深くせざるを得ない。

さて、私は王子ではないし、父を殺されたわけでも、母を寝取られたわけでもない。だが、このハムレットの胸を塞ふさいだ煩悶はんもんは、何度となく経験させられたものである。20年近くも勤めた会社を辞め、第2の人生に賭けるべきかどうか、自分自身に問うた数は限りない。身の周りに渦を巻く理不尽に、目を瞑つむることができなかったのだ。

結果として私は「not to be」の方を選択し、イギリスに来た。それが成功であったかどうかは、わからない。ただ、やむにやまれぬ必然の道であったとは思っている。また、イギリスが理不尽を免れたパラダイスであるなどとは、今もって思ったためしがない。人生は、理不尽の海である。どこに行こうと、生きる限り、理不尽がつきまとう。ハムレット的な煩悶はんもんは、幕場や舞台を変えて、永遠に続くもののようである。

実は、「To be or not to be」の自問が声を上げ始めた時には、既に心の中はイーブンではない。後者に傾き、その後押しとなる理屈を探している。それでも、振り子の揺れはあった方がいい。「not to be」が閃ひらめくや、即座にアクションを起こすようでは、人間味が薄い。男であれ女であれ、生き一本という名の無鉄砲を、私は称揚したくない。

人間、辛抱だともいわれる。我慢も大事。しかし、飛翔も大事だ。決断の時を睨み、その時を感じたら臆さずに飛ぶ。そう考えれば、ハムレットの有名なセリフは、2極分化の運命論ではなく、しかるべき時期を模索する決断への意志のように見えてくる。

第3回 ジェイムズ・ボズウェル
このボズウェルの名言を理解するには、その前に来る言葉を知らなければならない。かのサミュエル・ジョンソンが「英語辞典」で述べた「Oats」の定義である。根っからのスコットランド嫌いで知られたジョンソン博士、「オート麦」を解説して、「イングランドでは馬の飼料だが、スコットランドでは人が主食とする」とやってのけた。

ところが、ジョンソン博士を補佐する人材は、スコットランド人で占められていた。優秀なスタッフを揃えたところ、何故かスコットランド人ばかりになってしまったのだ。

ボズウェルは、博士の麾下に集まった才子の面々の筆頭格。「サミュエル・ジョンソン伝」を著し、英国伝記文学の白眉と言われる傑作をものした優れ者である。博士の人となりを活写したこの書なかりせば、ジョンソンの名が後世にどれほど伝わったかはわからない。博士にしてみれば、ボズウェルは二重の意味で恩人であった。

さてそのボズウェル、博士のこころなき「オート麦」論に接して、さぞや腹の虫が治まらなかったはずである。が、まずはぐっと堪えた。そして、上記のようなユーモア交じりの切り返しをもって応じ、一矢を報いたのであった。

ボズウェルは、涼しい顔をしていたろう。いつに変わらぬ忠実な態度で、ジョンソンに仕えたに違いない。それでいて、胸の内では快哉を叫んでいたかもしれない。どう見たって、博士より自分の言が勝っている。切り返しの鮮やかさは、剣の達人の仕業を思わせる。博士だって、腹の底では己の負けを知っている。ボズウェル万歳。私は彼の故郷の酒、ウィスキーでもって祝杯をあげたい気持ちになる。

このユーモアを交えた切り返しというのが、日本人は不得手だ。日本人だけでない、広くモンゴロイド、キツネ目の吊り上がり型の民族には、遺伝子的にこの手の才が欠落している。それこそ、すぐに目を吊り上げ、口角泡を飛ばしてヒステリックな反応にギャアギャアしてしまう。
「顔で笑って腹で泣く」と言ったのは寅さんだったが、「顔で笑って腹で刺す」というところが、日本人の未知なる領域だ。ボズウェルの爪の垢でも煎じて、このユーモアによる切り返しを身につけたならば、日本ももう少し外交上手となって、世界の孤児から脱却できるように思うのだが、いかがであろう。

第2回 サミュエル・ジョンソン

ジョンソン博士という人、英国文壇の大御所と言われながら、何をしていた人間なのか、いまひとつイメージがピンと来ない。

小説や劇の名作があるわけではない。代表作として後世に残したのは、大部の「英語辞典」。AからZまで、アルファベット順に厖大ぼうだいな言葉が並ぶが、そこはひと癖もふた癖もある男のこと、ところどころで極めて主観的な定義をやってのけた。「パトロン」を説明した引用の言葉は、その代表例として世に知られる。

曰く言われはこういうことらしい。「英語辞典」編纂へんさんに当たって、ジョンソンはチェスターフィールド伯に経済的支援を請うが、けんもほろろに冷たくあしらわれた。怒り心頭のジョンソンは、ナニクソとばかりに独力で辞典を完成させる。

と、その頃になって、チェスターフィールド伯の方から援助を言ってきた。最も苦しい時期に袖にしておきながら今さら何をと、ジョンソンは伯に書き送る。のみならず、「英語辞典」でもチクリとやって、胸のつかえを下ろしたのである。

フリート街にあるジョンソン記念館には「英語辞典」の原本が飾られているが、この「パトロン」が載るページは訪問客の手垢で少々黒ずんでいる。ユーモアたっぷりの「名言」があればこそ、「英語辞典」は後世にも人気を呼び、今も人々を記念館に向かわせる。

姑息な腹いせなどと考えてはいけない。ただの私憤私憤に留まっていたなら、名言なぞ生まれない。私憤を超えて「言葉」として定義できた時に、人は煮え立つ湯のような私的感情を卒業して、生きる肥しに転じることができる。

その実、言葉に独自の定義を与えるということは、そうたやすいことではない。自分自身をも客観視する、人生への深い観照を要することだからだ。

姑息な腹いせなどと考えてはいけない。ただの私憤私憤に留まっていたなら、名言なぞ生まれない。私憤を超えて「言葉」として定義できた時に、人は煮え立つ湯のような私的感情を卒業して、生きる肥しに転じることができる。

ためしに、「パトロン」の代わりに、自分に関わる様々な言葉を入れてみるがよい。「上司」とは、「夫とは」、「妻とは」……。自分なりの定義がすらすらとできるような人は、人生の達人である。人生とは、この自分流の言葉の定義づけを重ねる「辞書作り」なのだと私は思う。経験や年齢によって、人は己の辞書を豊かにしていく。「愛とは」「友情とは」「家族とは」「孤独とは」……。

人生の与えるすべてがロンドンにはあるとしたジョンソン。その人が、辞典作りに精を出し、編纂へんさんに才能を発揮した人であったことは、いかにも、さもありなんという気がする。

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