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探偵とか刑事とか、人と見ればまずは疑ってかかる立場を匂わせる発言である。そこに語られた内容は、至極ごもっともというか、誰が見ても確かにその通りには違いないのだが、敢て人間の影の部分を抽出してものを言う感じの暗さ、意地の悪さが、すっきりしない感情のしこりを残す。
発言者は、マコーリーという陸相まで務めた19世紀の政治家である。「英国史」など、歴史書の著述でも知られた。この時代のイギリスは、世界に冠たる大英帝国として、7つの海に覇権を伸ばした。マコーリーもインド総督参事会の立法委員として植民地の法制改革に努めるなど、世界に覇を唱える大英帝国の一翼を担った。
そう思って今回の名言を見れば、やはりそこには、インドの植民地経営に象徴される、栄華と繁栄への道を登りつめる一方で、この時代が抱えていた負の部分を、色濃く反映しているように感じる。植民地経営などというものは、いかなる美辞麗句を掲げようとも、闇世界が横行し、人間性の影の部分が横溢する。まさしく、人に知られぬところでは何をしでかすかわからないゴロツキどもが、百鬼夜行することになるのだ。
少し時代は下るが、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に名探偵が活躍するシャーロック・ホームズの物語でも、犯人はしばしばインドなどの植民地や外地の出身で、邪悪な陰謀や欲がらみの因縁を帝都にまで持ち込んだケースが目立つ。探偵のようなマコーリーの発言が、ホームズ物語と妙に帳尻の合う次第となったのは、決して偶然ではない。
さて、植民地経営にも覇権主義にも縁のないはずの現代日本で、私はしばしばこのマコーリーの言葉の真実を納得させられる。とにかく偽ばやり、嘘ばやりの日本である。省庁から製造業、メディアにいたるまで、あらゆるところで不祥事の続出である。人に見られなければ、露見さえしなければ、何をやっても構わないとするような虚偽が蔓延してしまっているのだ。罪が発覚すれば、すわ経営者の土下座。日々のテレビニュースを賑わす、最も恥ずべき祖国の姿である。
実を言うと私は、他人には見られぬところで人さまが何をしていようと、それが犯罪でさえなければ、一向に構わない。私は探偵も秘密警察も嫌いだ。ビッグブラザーのように、プライバシーのすべてが監視される社会など、御免こうむる。健全なる個人主義がきちんと認められる社会を保持するためにも、公に生きる個々のモラルは高くなければならない。マコーリーの言葉が、自制心に響くうちはよいが、他者を見る眼差しと合一して大手を振るようなら、そら恐ろしい。
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国際的に見て、日本人はいかにも謙遜を知りぬいた民族に見える。まるで、持って生まれた人間の性格の一部であるように、自然にへりくだり、控え目な発言と態度に終始する。日本人は謙遜の天才である。だが、それでいて、アディソンの言葉は、妙に心に引っかかる。謙遜にも真贋があるとして、その差を問うアディソンの姿勢は、謙遜に馴染んだはずの日本人の私の歩みをとめ、しばし足元を確かめるような思索に追い込む。
確かに、ビジネスの現場のような金の絡む現場に於いてすら、日本人の物言いには、謙遜が滲む。相手をたてるような謙譲語は、挨拶にも等しい社交儀礼となる。デパートやホテルのように、客へのサービスが売り物のようなところでは、言葉遣いはもとより、お辞儀の角度まで、ぐっと丁寧の度合いを増す。日本人社会では、謙遜や謙譲は、人間関係の潤滑油の役割を果たす。
だが、それがアディソンの問う真実の謙遜かと訊かれると、どうも心もとない。一種の業界用語というか、会社のなかで着用を強いられたユニフォームのように見えなくもない気がする。心の底から、まさしくその人の人間性として発露されたものであるようにはなかなかに信じられない。
私の実家は東京の郊外だが、日本に里帰りすると、電車のなかで必ず角突き合わすような小競り合いやいがみ合いを見聞きする。謙遜などかけらもない、むしろその正反対の悪感情が噴き出ている。会社のなかで謙遜の上着を強いられた分、上着を脱ぎ、私服で外に出た途端、その反動で攻撃性が爆発してしまったようですらある。アディソンの語る「徳への裏切り」は、いまや日常の光景となりつつある。
アディソンは18世紀初の政治家であり、当時の代表的な文人でもあった。「ガリヴァー旅行記」のスウィフトの知友であり、詩や随筆で知られた。「慈悲は心でする徳、手でする徳にあらず」という言葉も残している。「徳(virtue)」というものが、大変に大切に扱われた。しかも、「慈悲」の言葉でもそうであるように、その真贋を真剣に問うた。
産業革命が始まる前のこの時代、人としての「徳」は大きな価値観を持っていた。しかし同時に、国力、経済力の伸張によって、既に綻びを見せ始めていた。真贋を問う二元論は、過渡期なればこそ発せられたとも言えるだろう。さて、元来はその本家本元のようであった日本で、謙遜はこれからどこへ行くのだろうか。上辺の愛想のよさだけは残りつつ、実の誠を失っていくのか。すべてが過渡期の日本、せめて真贋を問う見識だけは、社会の片隅に留まってほしく思うのだが……。
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オースティンが残した小説のなかでも最高傑作の呼び声が高い作品、「Pride and Prejudice(「自負と偏見」)」のなかの一節である。作品のタイトルにその言葉をすえたくらいだから、さすがにオースティンの「自負」を語る切れ味は鋭く、そこにユーモアも生じ、また21世紀の現代にまで通ずる永遠なる叡智も生まれたのだった。
今回の言葉の前には、自負と虚栄心は別物ながら世の人々はしばしば混同しているとの弁が置かれ、両者の差を展開してみせたのがこの言葉という訳だ。確かに、人は他人の目を気にしているものである。自分の行い―仕事にしろ生き方にしろ、自負=誇りを持つといっても、実は純粋に自己の充足に終始する人など稀で、多くは他人の目や評価、賞賛などをどこかで待ち望んでいる。「誇りを持て」などとよく言われ、当人もその気になって胸を張っているが、実際のところ、どれほどが他人の眼差しを離れ、「虚栄心」を免れ得ているか、大いに疑問だ。
ひどい場合には、他人の目があってこそ誇らしき行いもあり得るという場合すらあって、他人の眼差しが目的化してしまっている。政治家の語る「誇り」などは、多くのケースがこの手合いである。そこまで露骨でなくとも、知らず知らずのうちに他人の視線が気になりだし、いつしかすっかりその罠に嵌まってしまうというケースは、かなりの確率になりそうだ。そう思っておのれの胸に問えば、潜在化していた他者からの眼差しへの意識を、悟ることになる人も多いことだろう。
真の自負、誇りならば、他人の視線など関係がない。そして、そのような誇りは、空しさとは無縁だ。だが、他人の視線に拠ってたつ「虚栄心(vanity)」は、言葉そのものにも「虚(vain)」がつきまとうことで明らかなように、空しさを影として抱える。だから、その手の「誇り」は脆い。他人の目が冷ややかになったり、こちらを向かなくなったりするというと、ちゃんとした自前の骨でなかった分、ぽきりと折れ崩れて、手痛い挫折を余儀なくされる。
オースティンの主張は明白だ。人は、虚栄心を捨てて、真の誇りに生きるべし!
本来、自負とは、地道なおのれ磨きの結果である。他人の目など気にせずに自己を磨き上げ、内側からおのずと輝き出すものである。そのようにして、他人の視線に頓着せず、おのれを磨いた人は、他人の目に惑わされてあくせくした虚栄心の輩に較べて、その実、他人の目からしても、輝きが違ってくるのである。
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かれこれ30年前になるだろうか、佐木隆三氏の「復讐するは我にあり」というノンフィクション小説が直木賞をとり、映画化もされて、大いに話題となったことがあった。このタイトルは、新約聖書「ローマ人への手紙」のなかの「汝、復讐するなかれ。復讐するは我(神の手)にあり」を下敷きにしたものだが、主人公の連続殺人犯がクリスチャンの家出身であるところがミソで、神をも恐れぬ冷血の凶行は、聖書の教えを逆手にとるかのように、人間への「復讐」を自身の手で行なった不可思議なリアリティを生んだのだった。
さて、「復讐」が神のわざであると同様、「赦し」もまた、人の手を超えたものだとポウプは言う。18世紀を代表する古典主義の哲学詩人の目には、神と人の間には不可侵の境界線が存在したのだろう。人生は試行錯誤の連続。赦すという絶対の愛は、神のみのなせるわざ。人は神の領域に踏み込むような驕りを捨て、分をわきまえ、つつましく生きよと、ポウプの主張を噛み砕いて語れば、そんなところに違いない。人は無軌道でも仕方ないと、決して放縦を容認したものではないのである。
面白いことに、仏教の浄土真宗の教えのなかには「他力本願」という考えがある。親鸞は「他力というは如来の本願力なり」として、衆生の魂の救済は阿弥陀仏が本然的に持つ願いだとした。故に、「悪人なおもて往生をとぐ」と、あらゆる人間の「往生」=救済は、弥陀の本願にすがりさえすればあまねく約されたものだと説いた。
こうした「他力」の哲学は、今回のポウプの言葉と、どこか相似形(そうじけい)を描く。もちろん、仏の慈悲とキリスト教の愛の世界は、正確には差を持つであろうが、人の上に絶対なる世界を規定した両者の考え方を、私はとても興味深く思う。人智の及ばぬ絶対なるものを崇めることは、人を穏やかにし、ややもすれば生き馬の目を抜く式の蛮性や攻撃性を発揮しかねない人間の業を抑えることになる。
ただ、そう承知した上で、私はなおも思う。人の心に宿る愛の本質のなかには、赦しという概念が含まれる。イタリアオペラのような愛憎劇も人間の業のうちだが、対立や嫌悪、憎しみを超えて、時に人は大いなる澄んだ愛に目覚める。それは、人が生きる上で立ち現れる最も崇高な感情に違いない。神のわざを人が我が手にしようとした時、「復讐」であれば、まっ逆さまに地獄へ堕ちるしかない。だが赦しの愛であれば、人は限りなく神聖さに近づく。「forgiveness」は、人が求めるべきもっとも至高の徳だと、ポウプは「divine」という言葉を使って、そう言いたかったのかもしれない。
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知と情という。このふたつがバランスよく両立すれば、人生は至福のものとなろう。愛と知に恵まれた人生は、満ち足りたものに映る。もっとも、ラッセルのこの言葉は、一見するとあまりにも当たり前すぎて、いささか凡庸な感じがしないでもない。結婚式のスピーチに、名言集から引用するのをパターンとする人がいるが、そういう人なら、迷うことなく飛びつくに違いない。そして、披露宴さえ終われば、記憶の引き出しの奥にでも仕舞れて、次の出番が回ってくるまで、顧みられることもないであろう。そういう無難な人生訓として、この言葉と付き合うことも確かに可能なのである。
だが、もう一度、目を見開いて、ラッセルの言葉と向き合っていただきたい。「愛に啓発され」とあり、「知識に導かれる」とある。愛と知がありさえすれば事足りるのではない。それぞれに、かなりの磨きをかけたものが要求されている。語られた言葉は簡潔だが、望ましき人生を希求する真剣さは、道を求めるほどに激しいのである。
愛に啓発される、インスピレーションを受けるとは、どのようなことなのだろう。ただ肩を寄せ合い、ともに日々を重ねるのとはわけが違う。趣味が合う、一緒にいて肩が凝らないと、そのような程度では生ぬるい。常に互いの存在が相手を触発し、思想にも感性にも行動にも、飛翔の翼を与える泉とならなければいけないのである。愛がよほど真剣で、妥協や惰性を撥ねのける一途さに貫かれていなければ、このような新鮮な輝きに満ちた至上の愛は成立しない。
知もまた然(しか)り。人生を導くような知識は、単なる情報の詰め込みとは違う。道を開くに足る知識を得るには、相当の覚悟が必要となる。愛にも知にも、真剣勝負以外はあり得ない。
ラッセルは、生涯に4度の結婚をした。それも、啓発し啓発される真実の愛を模索し続けた結果だろう。真実を求めれば、過激にならざるを得ない。波風を避け、無難に人生を送ることをよしとするようなら、ラッセル流の真実に近づくことはできない。
1967年、死の3年前に出た「自伝」のなかで、ラッセルは、自分の人生を支配してきたのは、シンプルながら圧倒的に強い3つの情熱であると言っている。すなわち、愛への希求、知への探求、そして人類が受けている辛苦への耐え難い同情心であるとーー。
数学者にして哲学者、20世紀のイギリスを代表する知の巨人が、個人的にも社会的にも、生きることに真剣で、火のような理想を抱えて道を求めてやまなかったことに、私は胸を熱くせざるを得ないのである。
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