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英国クルマ今昔物語

「ピーター・ラビットのおはなし」などで日本でも有名な絵本作家ベアトリクス・ポターの生涯を描いた映画「Miss Potter」が1月初旬に英国で公開された。日本人の間で特に根強い人気があるピーター・ラビットの作者だけに、今年9月に予定されている日本での同映画公開後には、彼女が生活の拠点とした湖水地方への旅行が日本でブームになるとも言われている。そこで今回は一足お先に、映画のロケ地と合わせてポター縁の地をご紹介。多彩な経歴を持つ彼女の魅力もたっぷりとお伝えします。(本誌編集部: 長野雅俊)

湖水地方への行き方
ロンドンのユーストン駅からオクスンホルム・レイク・ディストリクト駅まで約3時間30分。現地には公共の交通機関が少ないので、車がなければツアーを申し込むのが無難。


「Miss Potter」では、湖水地方ならではの美しい風景のカットがストーリーの合い間で効果的に使われている。その1つが、1929年にポターが購入したターン・ハウズと呼ばれる小さな湖と、その周りを囲う広大な敷地。遠景には山々が連なっており、その他の観光スポットとは一線を画した険しいぐらいの野性味溢れる景色が広がっている。この辺りまで来ると観光客の数もぐんと減るので、湖水地方のまた違った顔を発見することができるかもしれない。特にターン・ハウズを取り巻く周囲約2.5キロの散歩道はのどかで美しい。

Coniston and Tarn Hows
Tel: 015394 41533(ツーリスト・オフィス)
www.conistontic.org



後にポターの夫となる事務弁護士ウィリアム・ヒーリス氏の事務所として撮影に使用されたのは、ちょっと意外な場所。ここはかつてラム酒貿易で栄えたホワイトヘブン地区の歴史をテーマとしたエンターテイメント施設なのだ。施設内にはこのラム酒貿易で莫大な資産を築いたジェファーソン一家のオフィスがあるのだが、「Miss Potter」撮影のためにわざわざ改築が施されたという。かつては貿易に関わる作業について細かい指示を出し、また労働者たちの監視を行ったといういわば司令塔が持つ独特の気高い雰囲気が、当時の事務弁護士が働いた事務所の再現に一役買っている。

The Rum Story
Lowther Street, Whitehaven, Cumbria CA28 7DN
Tel: 01946 592933 
www.rumstory.co.uk


ロンドンの実家を離れて湖水地方に住まいを移したポターが、ヒル・トップと呼ばれる自宅の庭で楽しそうに農作業を行うシーンがある。その撮影が行われたのがこのユー・トゥリー・ファーム。実際ここは、地元の再開発計画から守るためにポターが購入した農場の1つであった。さらにはこの敷地を使って当時はまだ珍しかったB&Bの経営に乗り出し、アフタヌーン・ティーがたしなめる喫茶室まで作ったという。当時の面影はそのまま残っており、敷地の狭さから撮影が見送られた本物のヒル・トップに代わってロケ地としての役割を見事果たした。

Yew Tree Farm
Coniston, Cumbria LA21 8DP 
Tel: 015394 41433 
www.yewtree-farm.com




「Miss Potter」のストーリー後半で、レニー・ゼルウィガー演じるポターが湖畔で佇む姿を捉えたシーンが度々出てくる。このロケ地に多く使われたのが、湖水地方の巨大な国立公園の一部となっているダーウェント湖。実際この界隈には、ポター自身が41歳になるまで家族と一緒に休暇を過ごした別荘があった。ポターはこの地において目にした木々や庭、その他の風景を描いた多数のデッサンを残しており、特に「ベンジャミン・バニーのおはなし」や「ティギーおばさんのおはなし」などの物語の舞台として知られている。

Keswick & Derwentwater
Tel: 01768 772645(ツーリスト・オフィス) 
www.keswick.org


ロンドンに住んでいた幼き頃のポターが湖水地方へと家族旅行に出掛ける時、また大人になったポターが両地間を移動する際と、2回にわたって大きく映し出されるのが高架橋。英国北部の田園地帯という見晴らしの良い風景の中を、蒸気機関車が走っていく姿は圧巻だ。ロケ地として使われたのは、今でも運行を続けるセトル・カーライル・レイルウェイの線路上。イングランド中央部のリーズからスコットランド近郊カーライルまで北上しながら、英国の田舎に残る美しい風景を車窓に次々と映し出す、希少な路線である。
Settle-Carlisle Railway
Tel: 0845 748 4950 
www.settle-carlisle.co.uk

その他ポターに縁のある現地の観光スポット


こちらはポターが湖水地方での生活の拠点とした本物のヒル・トップ。家の庭には、彼女が描いた物語の場面そのままの光景が残っている。

Hill Top
Near Sawrey, Hawkshead, Ambleside,
Cumbria LA22 0LF
Tel: 015394 36269 
www.nationaltrust.org.uk


絵本に登場するキャラクターの展示するなど、絵本の中の世界をできるだけ忠実に再現した博物館。小さなお子さんなどは、ここに来ればまず間違いなく喜ぶはず。

World of Beatrix Potter
Bowness on Windermere, Cumbria LA23 3BX 
Tel: 015394 88444


小さい頃に受けた英才教育のお陰で、風景画の教養と技術も持ち合わせていたポター。ここでは絵本の世界とはまた一味趣の違った水彩画などが展示されている。

The Beatrix Potter Gallery
Main Street, Hawkshead, Cumbria LA22 0NS
Tel: 015394 36355 
www.nationaltrust.org.uk


当時ヒル・トップに住んでいたポターが購入した別荘。ここで「カルアシ・チミーのおはなし」や「こぶたのピグリン・ブランドのおはなし」を描いたとされる。

Lindeth Howe Country House Hotel & Restaurant
Lindeth Hill, Longtail Hill, Windermere LA23 3JF Windermere
Tel: 015394 45759 
www.lindeth-howe.co.uk

ロンドンのロケ地


40歳を過ぎてから湖水地方に引っ越すまでは、ロンドンの実家を生活の拠点としていたポター。このため「Miss Potter」のストーリー前半では、ロンドンで撮影されたシーンも多い。

The Type Museum
100 Hackford Road SW9 0QU
Tel: 020 7735 0055
www.typemuseum.org


ロンドン郊外にあるチューダー朝建築の別荘。後に婚約するウォーンの姉ミリーと絵を観賞しながら、「女性は結婚するべきではない」と誓い合う場面のロケ地として使用された。

Osterley House
Jersey Road, Isleworth, Middlesex TW7 4RB
Tel: 020 8232 5050


ポターが自作の絵本が陳列されているのを発見し、興奮するシーンが撮影された古本屋。この通りには、古本屋が多く軒を連ねている。

Nigel Williams
25 Cecil Court, Charing Cross Road WC2N 4EZ
Tel: 020 7836 7757 
www.nigelwilliams.com


19世紀の英国を舞台とした「Miss Potter」では、上流階級出身のポターが馬車を使って移動する場面が多く見られる。これらの撮影の大半が行われたのが、ご存知ハイド・パーク。

Hyde Park
Ranger Lodge, Hyde Park W2 2UH
Tel: 020 7298 2100
www.royalparks.gov.uk/parks/hyde_park



湖水地方で高まる「日本熱」

2006年12月4日付の「ガーディアン」紙は、日本市場をめぐってコッツウォルズ地方と激しい競争を繰り広げている湖水地方が、まさに千載一遇の機会として日本人旅行者の受け入れ準備を進めていると報じた。同紙によると、現地を訪れる旅行者の約6%が日本人であり、その数は年々増大しているだけに期待は大きいようだ。

また同年8月6日付の「デーリー・テレグラフ」紙は「日本人の侵略に備えるピーターラビットの里」との見出しを掲げて、各旅行関係者たちが、日本語での挨拶とお辞儀の仕方についての勉強が奨励されていると報道。さらに日本独特の過剰包装、「芸術的」とまで呼べるほど整然とした列を成して順番待ちする慣習について学ぶセミナーも開かれているという。

「ベアトリクス・ポターの世界」館長であるリチャード・フォスター氏は「今年は、改めてベアトリクス・ポターの偉大さと湖水地方の固有性とを再認識してもらうには絶好の機会。日本で映画が公開される2007年後半から2008年にかけては、さらに大忙しとなりそう」と喜びを隠せない。彼を始めとする多くの旅行関係者が、映画効果に期待をかけているようだ。


 

 

その生涯を「絵本作家」の一言で済ましてしまうにはあまりにも惜しく、誤りであるとさえ言えるほど、ポターの人生は多彩なエピソードに満ちている。そしてこれら豊かな経歴の根底に流れていたのは、今ではちょっと使い古された感のある言葉となった、ある1人の女性が「自己実現」を遂げるまでの物語だった。

 

両親への激しい反発

ポターの生涯では、抑圧的な両親への反発心が常に大きな位置を占めている。

彼女が生まれたのは、英国特有の貴族社会の風習をまだたっぷりと残した19世紀の裕福な家庭だった。父ルパート・ポターの仕事は法廷弁護士。とはいっても、生活収入のほとんどは遺産から入ってくるもので、紳士クラブに出入りしては世界のあるべき未来について論じる毎日を送っていた。母親は社交的かつ古風な女性で、妻は家に留まり夫が連れてくる客へのもてなしを仕事とするべきである、というようなある種男尊女卑的な価値観を持っていた。

この両親に、ポターは激しく反発した。そして彼女にとってのそれは、女性の社会的役割を制限する世間そのものへの反発をも意味していた。まだ「働く女性」の地位が確立されていない時代。ポターのような活発で才気溢れる女性にとって、あまりに窮屈な世界を体現していたのが、彼女の両親であったというわけだ。

女性蔑視の時代

実際、彼女の才能と向上心は、当時の女性に対する価値観とことごとく対立している。例えば生物学に多大な興味を示し学識も広くあったポターが「女性であるがために」生物学の講義を受けられない、地衣類と呼ばれる光合成生物の構造について新説を提唱すると、「女性であるから」という理由で公表することが認められなかった、という具合(その後彼女の仮説が正しかったことが証明されている)。現在であれば「性差別」の一言で一蹴できそうな出来事が、当時の凝り固まった価値観によって、いとも簡単に押しつぶされていたのだ。

こういった抑圧的な環境に対して、抗議の声を上げる術すら持たない状況は、ポターの内面に強固な意志と人格を作り上げた。彼女のそんな性格を如実に表すエピソードがある。ポターは幼い頃から、秘密の暗号を使って日記を書き続けていたという。彼女自身、後年になって解読することができなかったほど稚拙な代物だったが、彼女の死後、研究家たちが解読に成功。そこに書いてあったものは、一見恥かしがり屋で、物静かな少女の手によるものとは想像し難い、当時一線で活躍していた画家、作家、政治家に対して同じ時代に生きる表現者として痛烈な批判を展開した批評文であったという。

たくさんのペットと湖水地方の風景

孤独な時間も、ポターの人格形成に大きな影響を与えた。6つ下の弟バートラムは全寮制の学校に行ったが、彼女は「女だから」という両親の教育方針によって初等教育に始まる通学を一切認めてもらえず、代わりに家庭教師によって読書、作文、音楽や絵画などの教育を受けていた。極度に過保護な両親は、近所の子供たちとの交流まで禁止したという。そういった状況において、彼女が心を通わすことのできる唯一の友達となったのが、家の中で飼っていた何匹ものペット。ウサギ、イヌ、ブタ、カエル、カメに始まり、中にはトカゲ、イモリ、コウモリといった珍獣まで含まれている様は、さながら動物園のようだ。

彼女の将来を方向付けた要素が、もう1つある。それが湖水地方の大自然。貴族階級の習慣に則り、ポター家は毎年夏頃には郊外の別荘で過ごすことにしていた。その休暇の際によく訪れていたのが、湖水地方。彼女自身、インタビューで何度も自分がいかに同地の魅力に取りつかれたかを語っている。

病床で暮らす男の子へ送った手紙

親への反発、たくさんのペット、湖水地方の風景への憧憬といった様々な要素は、1人の男の子へ送った手紙をきっかけに絵本作家の才能として花開く。ポター27歳の時、かつて彼女の家庭教師を務めていた女性の5歳の息子が病に倒れた際、この男の子を元気付けようと、ピーターと言う名を持つウサギの物語を絵手紙にして送った。自ら「作品」の出来栄えを気に入ったポターは、この物語を世に発表することを決意し、「ピーター・ラビットのおはなし」の出版にこぎつける。この本が人気を集め、瞬く間に彼女は一流作家の仲間入り。また本の印税で築いた財産は、彼女の独立心を急速に高め、さらには両親との対立をさらに深めることになる。

愛する者の死

両親との対立が決定的となったのは、ポターが描いた絵本の出版社社長の末っ子であり、同時に彼女の最大の理解者であったノーマン・ウァーンとの結婚を「生活のために仕事をする男性との結婚は認められない」という理由で反対された時だった。秘密裏に婚約するも、ノーマンはやがて病に倒れ死亡。彼女は辛い現実から逃れるため、没頭するものを探していたのだろう。この頃にヒル・トップを購入して、湖水地方に生活の拠点を本格的に移動。この地で農作業に従事するようになる。

その後は、第2の人生が始まる。研究熱心なポターの農地開発は次々と実を結び、地元では農婦としての顔の方が有名なくらいだった。また絵本に登場する人気キャラクターを使って、人形、ジグゾー・パズル、ポスターなどキャラクター・グッズを制作し、商品の販売にも力を注いだ。集まったお金で湖水地方の土地を次々と買収し、全部で15の農地を含む4000エーカーにも及ぶ土地を購入。47歳の時にこれらの土地契約をすべて引き受けた弁護士のウィリアム・ヒーリスと結婚する(ちなみに、この時も両親は猛烈に反対している)。自身の死後には彼女が保有する土地資産を歴史的建造物の保護団体であるナショナル・トラストへ寄付するよう遺言を残して、77歳で息を引き取った。

時に社会の偏見や抑圧的な両親とぶつかりながらも、自らの才能を発揮し、理解あるパートナーを得て歴史に名を刻んだポター。しかも絵本作家という、少女たちが最も憧れる仕事を通して成功を収めた。彼女がたくましく自己を実現する、現代女性の先例としていまだ認知されている所以である。

ポター年表
1866年 ロンドン西部ケンジントンで生まれる
1893年 「ピーター・ラビットのおはなし」を書き上げる
1896年 休暇のため一家揃ってソーリーに赴く
1902年 「ピーター・ラビットのおはなし」を出版
1905年 ヒル・トップを購入する
1913年 ウィリアム・ヒーリスと結婚
1930年 ナショナル・トラストに加入
1943年 死去

取材協力:
英国湖水地方ジャパン・フォーラム www.kosuichihou.com
カンブリア観光局
Momentum Pictures


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