![]() 北半球の高緯度に位置する英国の冬は長く、寒い。そしてこの季節になると英国のメディアで頻繁に取り上げられるのが、ホームレスの人々だ。駅の構内や路上といった公共の場所で毛布にくるまり夜を明かすために、普段は疎ましがられることが多い彼らも、冬になるとチャリティ団体の活動が活発になるため、その存在に対する注目が増える。ただ関係者の話によると、メディアが取り上げるこうした路上生活者は例外的であり、実際には英国のホームレスのほとんどが屋内に住んでいるという。今回はイングランドの事情を例に取りながら、この「隠れたホームレス」たちに焦点を当ててみた。 ![]() 「屋内で暮らすホームレス」の数は13万人 全人口が5000万人強とされるイングランドにおいて、自らを「ホームレス」と定義して地方政府に保護手当を要請しているのは約30万世帯。このうち、政府が実際に援助が必要なホームレスであると認定しているのが約13万7000世帯となっている(中でもロンドンに多く、全人口に対して1%の割合で存在している)。こうして政府から認定を受けたホームレスたちは、専用のホステルやベッド&ブレックファースト(B&B)などの宿泊施設、または地方政府が用意した住宅施設などに住んでおり、彼らが「屋内で暮らすホームレス」たちの正体である。 「屋内で暮らすホームレス」と路上生活者の違い 先に述べた、イングランドの法制において政府援助の対象となる13万人以上の「屋内で暮らすホームレス」たちは基本的に、(1)不可避的にホームレスになったと見なされる (2)優先的に援助が必要と判断される、との2つの要素を満たした者となっている。(1)については自己責任の有無が問われ、(2)については扶養家族がいたり、身体または精神に障害を負っている、家庭内暴力の被害を受けている、かつて軍隊勤務の経験や前科歴があるため社会復帰に援助を要する場合などに認められる。逆に例えば扶養家族を持たず、軍隊の勤務経験もないがアルコール中毒になったためにホームレスとなった独身男性などが、政府の援助を得ることが出来ずに路上生活者となることが多い。 ホームレスの2割以上は元軍人
「16歳の時に入隊して、軍隊に27年間勤め上げました。バッキンガム宮殿で護衛したり、アフリカ東部に駐在していた時までは良かったのですが、北アイルランドでの駐在で色々な問題にぶち当たった。もう詳しくは話したくはありませんが、命の危険を感じたり、心が不安定になるような出来事ばかりだった。そしてアルコール中毒になった挙句に除隊せざるをえなくなって、路上生活を始めました。以後、お酒の量はどんどん増えていったのです。周りの路上生活者と徒党を組んでは、他のグループと訳も分からず喧嘩ばかりしていましたね」。
「屋内で暮らすホームレス」の生活 [1]
政府援助の対象となったホームレスには いくら支払われるのか
保護手当は種々の理由で労働に携ることが出来ない者に対して支給される。住宅手当は通常、家賃の料金がそのまま支給額となるが、状況に応じてこれに特別手当が割り当てられたり、また逆に光熱費や賄い費込みの住居に関しては一定額が差し引かれたりする。上の図表はあくまで一例であり、支給額は個々のケースによって大きく変わる。英国会計検査院の調べによると、ホームレス対策のために英国民の税金から支出される予算は年間10億ポンド(約2300億円)。 「屋内で暮らすホームレス」の生活 [2]
デービッド・クックさんの1日
「21歳で軍隊を離れてから、路上生活はこれまで3回経験したことがあります」と語るデービッドさんは、現在は政府から援助を受けながらホステルに宿泊する「屋内で暮らすホームレス」の一員となっている。将来ミュージシャンになることを目指す彼は、かつてはバスキング(街頭で音楽を演奏してお金を稼ぐこと)を主な収入源としながら路上生活を営んでいた。「2カ月ぐらい前からホステルに宿泊できるようになったので、昔みたいにバスキングをしなくてもよくなりました。今はようやく、自分の曲を書くことに集中できます」。
また安全や健康の面でもホステルでの生活の方が格段に良い。「路上では絶対に深く眠ることは出来ません。ロンドンでは、どんな時間でも人々が側を通り過ぎて、酔っ払いが絡んできます」と話す。「今は安定した生活を手に入れたことで音楽という目指すべき方向性が見えてきて、これが生きがいになっている。早くミュージシャンとして自立できるようになりたいですね」と夢を語ってくれた。
ビッグ・イシューを販売して、生活できるのか
「地元の人々と知り合いになれるので、地域住民の一員という感覚を味わうことが出来た」というデービッドさん。一方で「(販売員に対する)あからさまに見下しているような人々の視線」が気になり、長くは続かなかったという。 ![]() イングランドには政府が認める「屋内で暮らすホームレス」が13万人も存在することは既に述べた。 その中には様々なケースがあって、政府からの援助をわずかな支えとしながら生活の困窮に耐える世帯もあれば、何も事情を知らない人が見れば、なぜ援助の対象となっているか分からないような人たちにも出会う。果たして、ホームレスに対する援助はどのように行われるべきなのか。ユニークな例として、先のページで登場したデービッドさんが利用するホームレスを対象としたボランティア団体「Crisis」と、ホームレスのみで構成された劇団「Cardboard Citizens」の関係者にそれぞれ聞いてみた。 「屋根があるだけでは人は生きていけない」 ホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」代表 レスリー・モーフィーさん
英国では古くから深刻なホームレス問題を抱えてきたのですが、政府やチャリティ団体が一丸となって対策を講じてきたので、近年になってからは確かに路上生活者の数が激減しました。でも決していなくなったのではなく、彼ら路上生活者が隠れてしまったのです。Crisisでは、政府の統計には表れないこうした「屋内で暮らすホームレス」たちが40万人いると見積もっています。 ![]() 自作を前にポーズをとる ホームレス Crisis
1967年に設立されたチャリティ団体。1971年に「オープン・クリスマス」と題したイベントにおいてホームレスに食べ物や部屋を無償で提供する運動を始め、英国のメディアから注目を集めるようになる。2002年からは「スカイライト」と名付けたプログラムを運営し、ホームレスたちが様々な文化に触れる機会を作ることで、彼らに社会復帰を促す試みを行っている。 住所: 66 Commercial Street London E1 6LT
Crisisでは英語やコンピューターのレッスンに加えて、音楽や絵画、タンゴのレッスンも無料で実施している
「文化の問題は、文化によって対処を」 ホームレスで構成された劇団「Cardboard Citizens」 リチャード・マックスさん ![]() Cardboard Citizensのメンバーたち 次に英国のホームレスが手厚く保護され過ぎているのではないかという議論についてですが、大切なことは彼らがなぜホームレスになったか、ということ。もし彼らが怠惰な生活を送っているためだとしたら、なぜ彼らは怠惰になってしまったのか。こういった疑問に対する解答は、対話を通してのみ生まれてくると信じています。だからこそ私たちは、演劇を通して、ホームレスたちが人生を前向きに歩んでいくための道を模索していくことを願っています。 ホームレス問題は、ホームレスの人々に住む家を与えるだけでは解決しません。彼らが自分の力で生きていくためには、一定レベルの教育や技術が不可欠だからです。そこでCrisisでは自転車修理の方法から、絵画のレッスンまで多様な学習コースを提供しています。こうしたコースを通じて身につけた技術は、ホームレスたちの新たな可能性を開き、さらには新しい人々と会うための機会を作る道具となって、それらの要素が前向きに生きる意欲を生み出すのです。 Cardboard Citizens
1991年に設立された、ホームレスやホームレス経験者を中心として構成された劇団。過酷な状況で生きる人間への理解を深めながら、種々の問題を克服していく技術を身につけることを目的とした「フォーラム・シアター」という形式の劇を上演している。この演劇活動を通じて、演技者であるホームレスの行動力や、逆にホームレスに対する理解を一般観客から引き出すのが狙い。
舞台で演技するメンバーたち
フォーラム・シアター
ブラジルの演出家アウグスト・ボアールが構築した演劇体系。同じ台本を2回にわたって異なる方式で演じるところに特徴がある。通常は重要な問題を含んだストーリーを持つ台本を、舞台俳優がまずは1回演じて見せる。次に同じ台本を元に同じ俳優が再び演じるのだが、この際に観客が劇を中断させながら、ストーリー上で問題を起こした俳優のセリフや行動を指摘し、それに応じて演技者は即興的に演技を変えながら問題解決を図るという仕組みになっている。 |
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退役軍人組織「Ex-Service Action Group」の統計によると、英国全体に存在するホームレスのうち約22%が元軍人。彼らの多くが義務教育を終えた直後に入隊し、以後は軍隊の中でまるで自身の家族を築くかのような生活を送るために、一般社会に出てから自立した生活を営む際に問題を抱えてしまう場合があるという。また戦場という危機的状況には対応出来ても実社会における職業的技術を持ち合わせていないため就職が出来なかったり、場合によっては戦場でトラウマを抱えてしまった者などが除隊後に社会に適応できなかったりしてホームレスになってしまう場合が多い。今ではホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」でボランティアとして働くスコットランド出身の64歳、エドウィン・リントンさんもかつてはそのうちの1人だった。
35歳、ニューカッスル出身
ただバスキングをしていた時の方が、日によっては自由に使えるお金が多かった。まだロンドンのウォータールー駅でバスキングを始めたばかりの頃、習いたてのギターではわずか1曲しか弾けなかったにも関わらず、1日で50ポンドも稼いだことがあるという。「でも路上生活していると、食べ物、飲み物も購入しなければならないので結局は高くつきますね。ホステルであれば食事は安く提供してもらえますから」。
1991年に英国で創刊され、2003年からは日本版も発売が開始されたホームレスが販売するストリート・ペーパー、「ビッグ・イシュー」。労働の場を提供することでホームレスの人々に自立を促すことを目的とした同誌では、一部を£1.50で販売、このうち£0.80が販売員の収入となり、残り£0.70がビッグ・イシューの製作費、人件費として徴収される。ホステルなどに住んでいる「見えないホームレス」たちにとっては、住居費などを政府の援助で賄うことが出来るので、売った部数がそのまま収入になる。ビッグ・イシューの販売経験のあるデービッドさんは1日に30部をさばき計£24の収入を得たことがあるようだ。
私たちのチャリティ団体では、ホステルやB&Bなどに住むいわゆる「隠れたホームレス」たちを悪循環から救い、自立した生活を送ることが出来るように働き掛けています。




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