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第29回 ジョージ・ロバート・ギッシング
ジョージ・ロバート・ギッシング

私は英国のクリスマスが好きだ。地下鉄も全面運休、ひっそりと街が静まり返るあの雰囲気が好きだ。慌しく生活に追われる日常の時間が、魔法にでもかけられたように止まって、静謐が訪れる。キリストの生誕日であるという一宗教的な意味合いを超えて、時が神聖な色合いを帯びてくる。久しく忘れていたような貴重な時間が生まれるのだ。

この日、友人知人が集まって飲み食いに明け暮れるようでは勿体ない。人生の来(こ) し方、過ぎ去った日々を思うべし。離れて久しい旧友を思うべし。鬼籍に入った懐かしき人を思うべし。その孤独にして濃密なる時間こそが、クリスマスの真情なのである。

この言葉は、19世紀後半の作家・ギッシングが、死の年の1903年に出した「ヘン リー・ライクロフトの私記(The Private Papers of Henry Ryecroft )」の中の一節である。ヘンリーという架空の人物に仮託する形で、人生や社会、自然への観照を重ねた限 りなく随筆に近い小説であるが、百年後の今から見ても、納得させられるところが多い。

ギッシングが、「用心深く」クリスマスの孤独を守らなければならなかったのと同様に、いや遥かそれ以上に、21世紀の現代はクリスマスの静寂を堅持するのが難しい。なにし ろ、町は数ヶ月も前からクリスマス商戦に湧きかえっている。テレビは、家族揃ってプレゼントの交換をしてにっこり笑顔といった、ステレオタイプなクリスマスのイメージ を繰り返す。「浄しこの夜(silent night, holy night)」の「silence」も「holiness」も どこ吹く風、クリスマスツリーは今や金のなる木と化してしまった。

実は、昔からの人間の暮らしには、一年を通じて神聖な日、時間が折々に存在し、ク リスマスはその頂点に立つものであった。家庭生活のなかに、自分自身の足元を見つめ る敬虔で厳かな時間が存在したのである。キリスト教国でなくとも、豊穣の恵みを大地 に感謝するような慣わしは、どこの地のどの民族にもあるものだ。神聖の時が人を穏や かにし、慎ましやかにした。自然とも他の人々との間にも、麗しき調和を生んだ。

他人(ひと)様の楽しみをとやかくは言えぬ。青春の只中にある若者たちに、静かにしろと言っても無理だろう。賑やかなクリスマスもあっていい。でも私は、そっと孤独にしておいてくれるクリスマスが好きなのだ。シャンペンも、かつて無償の愛で私を包んでくれ、また私に無償の愛を与えさせてくれた大切な人たちの思い出を噛みしめながら、そっと独り傾けたい。ギッシングの感性を尊びつつ、それこそ用心深く、私はクリスマスの孤独を守りたいのである。


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