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第36回 チャールズ・ディケンズ
チャールズ・ディケンズ

日本に里帰りすれば、書店を覗く。表紙を見ているだけでも、社会の関心や嗜好が見てとれる。最近は、装丁、デザインの洒落たものが多い。だが、数ばかりは山ほどに並んでいても、これが読みたいと、触手を動かされるものが少ない。場違いな展示場にでも紛れ込んだかのように、しばし眺め歩き、淋しさを胸にその場を離れることになる。

読みたくなる本がない、という声をよく耳にする。若い頃からの読書好きほど、そう口にする。英語圏は世界に広く市場を持つ分、書も充実し、日本よりはだいぶましだと思ってきたが、そうでもないらしい。タレント、セレブの顔写真が表紙に踊るような本が、英国でも、このところやけに目立つ。そのような時代にディケンズが現れたら、だから言わんこっちゃないと、苦虫を噛み潰したような顔をするのではないだろうか。19世紀に文が嘆いた通り、世の中には、見せかけばかりで中身のない本が、ますます大手を振るって出回っているのだから……。

愚書を批判するディケンズの舌鋒(ぜっぽう)は鋭い。しかも、批判の裏に、自作に対する自信が胸を張っている。自分の作品は、そんじょそこらの「紛(まが)い物」とは違うのだと、自負を鎧と固めて、世間に高らかに言い放っている。ディケンズは闘う人だった。貧しい家庭に生まれ、幼い頃から働きに出るなど、本人の努力なくしては読み書きすらままならぬような下層の出身だった。社会の底辺から這い上がって、しかしなお金に流されず、広くヒューマニズムを謳い、人間の良心を信じて、読者にも信じさせた。

今から見れば、ディケンズにも問題はある。「オリヴァー・ツイスト」を始め、重砲巨艦の如き大河小説を得意としたが、ストーリー展開にはご都合主義が目立つし、社会道徳の鑑(かがみ)を気どるかのような大御所らしい威丈夫風には、いささか偽善の臭いがしないでもない。今回の言葉にも、そのディケンズの「悪風」は無縁でない気がする。先生、たいそうお偉いのですねと、犬の遠吠えのように嫌味をかましたくもなってくる。

しかし、社会的弱者、無垢にして懸命なる命に注がれたその熱き眼差しは、歳月を越えて胸を打つ。大部の著作のなかに、必ずやハートをキュンとさせるささやかな名場面がある。ちっとも偉そうでない、等身大の人間の息吹やぬくもりに満ちた、ディケンズ特有のやさしくも美しい光が輝く。

表紙の派手さが妍(けん)を競う世界の対極にある真実の価値を知っていたディケンズ。活字離れの時代になおも読み継がれ、しかも活字を超えて、何度となく映画やテレビドラマにもなるその秘密は、おそらくそのあたりにあるのだろう。


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