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Tue, 19 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

NHSは「人道上の危機」状態?

いつも私たちがお世話になっている「国民医療制度」(NHS)の病院が、「人道上の危機状態」にあると英赤十字社が表現したことが大きな波紋を広げています。

「人道上の危機」といえば、発展途上国などで飢餓に苦しむ子供たちが置かれた状況を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。先進国で発生する何らかの状況にこうした表現が当てはまるとは普通は思いませんよね。それだけに、「そこまで言うか」と非常に強い表現として受け止められました。

赤十字社はNHSの病院に患者を運び、自宅に戻った患者のケアをする仕事を受け持っています。同社がこの表現を使ったのは、今月7日です。ウェブサイト上のイエメンやシリアへの支援を求めるアピールの横に、「全国の病院や救急サービスの人道上の危機に対応するため、最前線に出ています」という文章が掲載されました。

1948年に創設されたNHSは、国民全員が基本的に無料で医療を受けられるサービスです。「ゆりかごから墓場まで」という英国の福祉制度の象徴ですね。2012年のロンドン五輪の開会式にもNHSがテーマの一つに選ばれ、英国がいかにNHSを自負しているかが分かりました。日本の保健制度は被保険者から徴収した保険料を主要な財源として運営されていますが、NHSは一般財源、つまり税金を主な財源としています。

しかし、財政の緊縮化、長期的なケアが必要とされる高齢者の割合の増加、ますます複雑になる医療ニーズに病院側が追い付けない状態になってきました。1回限りの治療で終わるのではなく、長期の治療が必要な患者をケアするために、予算の70%が使われるようになりました(NHS イングランド調べ)。ストレッチャーの上に寝かされた患者が何時間(時には何十時間)も待たされたままになったと報道されることは珍しくありません。

「人道上の危機」と評された側のNHSは、この表現を認めない、としています。保健省は冬期の需要増大に合わせて4億ポンド(約557億円)の追加予算を注入したと説明しました。

もちろん、野党側は黙っていません。ここまでNHSが窮地に陥っているとは「国家的スキャンダル」とジェレミー・コービン労働党党首は主張。それに対しメイ首相は「表現が大げさすぎる。NHSは6年前と比較して250万人多い救急患者を受け入れている」と反論しました。

赤十字社が「人道上の危機」という表現を使ったのは危機状態にあることを多くの人に知ってもらう必要があったためでしょう。それでは実際にはどれほどのニーズがあるのでしょうか。2015〜16年度で、緊急外来でイングランド地方のNHSの病院を訪れた人の数は、過去最高の2300万人近くになりました。前年から70万人増です。また、ナフィールド財団の調べによると、昨年12月、同地方でセカンダリー・ケアを行う「NHS ホスピタル・トラスト」の3分の1(152のうち50)では「患者に十分なケアができない」状態に置かれたそうです。電話相談サービス「NHS111」は昨年11月、約117万件の電話を受け取りました。2013年春時点では40万件ほどでしたので、3年半で倍以上になってしまいました。

NHSは緊急外来患者が病院到着後4時間以内に何らかの医療処置が行われることを目標としていますが、最新の数字(昨年11月)によると達成率は88.4%にとどまりました。緊急外来の増加は通常の医療サービスに遅れをもたらすことになります。

政府は「NHSには十分な資金を投入している」と説明していますが、11日に下院の小委員会に召喚された、病院を代表する「NHS プロバイダーズ」のクリス・ホプソン氏は「NHSが達成するべきと期待されていることを成し遂げるほどの十分な資金はない」と述べています。今月末にかけて緊急外来の患者がますます増加すると予測される中、NHS イングランドは緊急外来を避け、薬局や電話相談のNHS111を利用することを勧めています。

 
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