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Tue, 19 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ブレグジット発動でジブラルタル論争勃発

スペイン・イベリア半島南端に位置する英領ジブラルタルが最近、論争の的になりました。ジブラルタルは神奈川県芦ノ湖と同じ面積(約6.8平方キロメートル)で、約3万2000人が住んでいます。英国から見るとかなり離れた場所にありますが、英国とスペインは何世紀にもわたりその領有権を争ってきました。現在でもスペインは領有権を主張しています。

論争のきっかけはブレグジットです。3月29日、メイ首相は欧州連合(EU)から離脱するためにリスボン条約の第50条を発動させる書簡をトゥスクEU大統領に送りました。同31日、EUは離脱交渉のための指針草案を発表。この中の一文が問題となりました。離脱交渉ではジブラルタルの処遇については、「スペインの同意を必要とする」と書かれていたからです。スペイン政府の意向でこの文章が入ったと報道されました。ジブラルタルは英国の一部ですから、スペインがその処遇を左右するのはおかしな話ですよね。

4月2日、状況が過熱化します。ハワード元保守党党首がテレビ番組に出演し、35年前にサッチャー首相(当時) がフォークランド諸島の領有をめぐりアルゼンチンと争ったフォークランド紛争を例に挙げ、メイ首相も「スペインからジブラルタルを守るために同じ決断をするだろう」と発言したのです。戦争が勃発!? これはただごとではありません。政府は火消しに必死になりました。

歴史を振り返りますと、ジブラルタルは8世紀から15 世紀までイスラム圏にあり、1462年にイベリア半島の中央部にあったキリスト教国のカスティーリャ王国に支配されました。カスティーリャ王国は、後に成立するスペイン王国(1479年~)の中核的存在です。

ジブラルタルは地中海と大西洋とを結ぶ位置にあり、商業上及び海上制覇の面からも重要な拠点となっているため、欧州列強は何とかして自分のものにしたいと戦いを繰り広げました。17世紀にはオランダが占領したこともあります。スペイン継承戦争を経て、ユトレヒト条約(1713年)で英国領となることが決まりました。

その後もスペインは固有の領土として返還を主張してきました。一時はジブラルタル帰属問題をめぐって2国間関係が悪化することもありましたが、1986年にスペインがEUに加盟して国交が完全に再開。ジブラルタルには毎日、約1万人がスペインから働きにやって来ます。

ジブラルタルの元首は本国同様、エリザベス女王ですが、選挙で構成される自治政府が置かれています。一院制(18人)で、任期は4年。直近の選挙は2015年でした。

住民は熱狂的な英国派です。2002年に行われた住民投票では99%もの人々が英国とスペインの共同統治に反対しました。1967年、両国のいずれかへの帰属を問う住民投票でも同様の結果でした。

現在もジブラルタルが商業上、海運上の戦略拠点であることに変わりはありません。ビジネス上でも大きな利点がいくつもあります。EU加盟国である英国の一部でありながら、ジブラルタルはEUの関税同盟に入っておらず、貿易品に自由に関税をかけることができます。スペインの法人税は25%ですが、ジブラルタルは10%。地元企業は観光のほかにオンライン・ギャンブル、保険、金融サービスなどがあります。経済は好調で、失業率は1%弱。国境の向こうのスペインの最寄り町では35%と言いますから、大きな違いです。英国は現時点ではEU加盟国ですので、人々はスペイン、ジブラルタル、英国本土を自由に行き来し、働くこともできます。

でも、英国がEUを離脱すれば自由な行き来はできなくなりますから、これをどうするかが大きな課題です。

昨年の国民投票ではジブラルタルの有権者のほとんどが残留を支持。しかし英国はブレグジットに進むことになりました。「これを機会に、ジブラルタルを返してほしい」とスペイン政府が勢いづくのも無理はない状況だと言えるでしょう。

 

 
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