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Tue, 19 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ブレグジット交渉でまだ「大きな溝」
EU首脳会議で先に進めるか

英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)交渉が、なかなか進展しない状況が続いています。

デービス離脱担当相とEUの首席交渉官バルニエ氏の会見の様子を、テレビなどでご覧になったことがありますか。笑みを絶やさず、鷹揚に構えて報道陣の質問に答えるデービス氏と対照的なのが、神経質そうな顔つきのフランスの元外相バルニエ氏です。「時計の針が回っていますよ」と述べ、英国側に対し早急に交渉の立ち位置を明確にするよう、求めてきました。

でも、英国側はおいそれと手の内を明かすわけにはいきませんでした。と言うのも、英国側にとって簡単にはのみ込めない条件をEU側は突き付けてきたからです。昨年6月の国民投票で英国はEUからの離脱を決めましたが、具体的に英国とEUとの間で離脱に向けての交渉が始まったのは今年6月19日です。毎月一度、数日間にわたり交渉を行うことにしたわけですが、最初の交渉に向けて、EU側は2段階の交渉案を提示しました。第1段階は離脱のための交渉で、①EU市民の権利保障、②英国による分担金の清算、③英領北アイルランドとアイルランド共和国との国境問題、④そのほか離脱に伴う問題、を話し合います。ここで一定の進展が見られた場合、第2段階の通商関係などの協議に入る、という案です。

メイ政権の希望は第1段階と第2段階を同時に進めること。EUとの通商交渉での駆け引きを基に、最終的には英国にとって損のないブレグジットを実現させたいと思っているからです。でも、EU側は頑としてこれを認めません。特にネックになっていたのが、②の分担金の支払いで、長い間、英政府側は払う必要があることさえ認めていませんでした。離脱派の政治家たちがキャンペーン中に「離脱すればEUに毎週支払う3億5000万ポンド(約530 億円、今年9月末時点)を国民医療制度(NHS)に使える」と唱えていたので、離脱のために「手切れ金」を払うなんて、絶対に認めることはできなかったのです。

遅々として進まない交渉の一方、6月の下院選挙で与党・保守党が過半数割れの議席となったことで、選挙を主導したメイ首相への不信感が高まりました。閣内ではEUの単一市場にも関税同盟にも参加せず、早急に離脱を実践したい「ハード・ブレグジット派」(ボリス外相)、柔軟な姿勢を見せる「ソフト・ブレグジット派」(ハモンド財務相) といった不協和音が出てくるようになりました。

膠着(こうちゃく)状態を打開するため、9月22日、メイ首相が一歩踏み込んだ政府の方針を明らかにしました。2019年3月の離脱後、貿易や企業活動への混乱を避けるために2年の移行期間を設けること、離脱に際して一定の費用を支払うこと、そしてEU市民の権利保障に力を尽くすことを演説で明らかにしたのです。メイ首相はこの「費用」がいくらかは言いませんでしたが、一説には約200億ユーロ(約2兆7000億円)と言われています。同月25日から28日まで行われた離脱交渉は、メイ首相の演説内容をたたき台にして行われ、28日の記者会見で、デービス離脱担当相は「確固たる前進があった」と述べました。

さて、英政府側の目標はでき得る限りスムーズに交渉の第1段階を終えて、第2段階の通商交渉に進むことでした。果たして、その目的を実現できるでしょうか。

バルニエ交渉官はあまり良い返答をしていません。記者会見場では「両者に大きな溝」がまだある、と述べています。次の段階に進むには「数週間、数カ月かかるかもしれない」とも。解決が必要な点の一つが司法体制です。EU市民の権利を最終的に決定する司法組織としてEU側は欧州人権裁判所を望んでいますが、英政府にしてみれば、EU離脱後もEUの体制に組み込まれてしまうわけにはいかず、同意はできません。10月19、20日にはブリュッセルでEU首脳会議が開かれます。この場で、離脱交渉の第1段階に「十分な進展が見られた」と見なされれば、通商交渉に進むめどが立ちますが、今のところ、見通しはかなり厳しい状態になっています。

 
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