instagram Facebook ツイッター
ロンドンのゲストハウス
Sun, 25 August 2019

第24回 「世界の警察官」の退場――シリアへの軍事介入

8月31日、米ワシントンのホワイトハウス・ローズガーデンでオバマ米大統領はシリアへの軍事介入を決断したと表明する一方で、米議会の承認を得る考えを示した。米大統領が武力行使する際、議会の事前承認を求めるのは極めて異例。世界中が地中海の米駆逐艦から巡航ミサイルがアサド政権の化学兵器施設に向けて発射されたと思って、TVに食らいついていたに違いない。かく言う筆者もその一人だった。

その10日前、シリアの首都ダマスカス近郊12カ所でサリンなどを混合した化学兵器が使用されたとの情報が報じられたことから国際情勢は一気に緊迫していた。化学兵器使用をレッドライン(越えてはならない一線)と宣言していたオバマ大統領は英仏両国とともにアサド政権に限定的なミサイル攻撃を加え、二度と化学兵器を使わせないようにする決意を固めていた。

米情報機関の報告書によると、犠牲者は少なくとも1429人、うち426人が子供だった。アサド政権の支配地区からロケットが撃ち込まれた直後から化学兵器の被害が拡大。これまでにも化学兵器使用疑惑がくすぶったことがあったが、今度こそアサド大統領の首根っこを押さえたという確信が米国にはあった。

世界を驚かせたオバマ大統領のUターンについて、元米国務次官補代理で英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック上級研究員は「ホワイトハウスのスタッフも衝撃を受けたはず。オバマ大統領個人の決断だった」と解説する。「イラク、アフガニスタンの2つの戦争を終わらせるために選ばれたオバマ大統領は、シリアで引き金を引いて中東の泥沼に巻き込まれるのを避けたかったのだろう」と、同上級研究員は大統領の胸中を読み解く。

 

オバマ大統領の決断には前段がある。当初、同大統領はロシアや中国が拒否権を持つ国連安全保障理事会をスキップしてシリアを攻撃し、9月5、6日にロシアで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、アサド政権を支援するプーチン露大統領に揺さぶりをかけ、膠着(こうちゃく)状態に陥った停戦協議を動かす算段だった。

オバマ大統領から計画を打ち明けられたキャメロン首相は夏期休会中の英下院を8月29日に臨時招集した。戦争をめぐる首相の動議を議会が否決したのは1782年、米国の独立戦争をめぐる首相の戦闘継続方針を議会が退けた例があるだけ。1956年のスエズ動乱で米国と反目し煮え湯を飲まされた経験から、英国はベトナム戦争を除き、ひたすら米国に付き従ってきた。アサド大統領の化学兵器使用を見逃すわけにはいかない。キャメロン首相は野党・労働党のミリバンド党首と会談し、同意を得たと思い込んだ。しかし、巡航ミサイルでシリアの軍事施設に攻撃を加えることに賛成する英国の世論は25%、反対は実に50%に達しており、イラク、アフガン戦争を知る元英軍の重鎮が軒並み反対に回った。首相の動議は7時間の審議の末、反対285票、賛成272票で否決された。労働党は反対、与党・保守党からも造反が出た。

英フリーゲート艦の元艦長G・A・S・C・ウィルソン氏は「シリアは宗派抗争に陥ったイラク型ではなく、リビア型の紛争だった。しかし、反政府勢力に国際テロ組織アルカイダ系のグループが入り込むなど状況が複雑になりすぎた」と語る。

 

オバマ大統領は「米国は世界の警察官ではない」と宣言し、プーチン大統領が提案したシリアの化学兵器を国際管理する計画に飛びつき、シリアの化学兵器を2014年半ばまでにすべて廃棄させる枠組みで合意した。前出のフィッツパトリック氏は「これでオバマ大統領は米議会での否決という政治的な敗北を避けることができた。しかし、計画を協議するのに数週間、国連調査団を安全に現地へ派遣するのに数カ月、化学兵器を廃棄するのに数年を要する。もしこの計画が機能するのなら、オバマ大統領の用心深さは最終的に成功するかもしれないが」と懐疑的な見方を示した。

人道的介入という大義、化学兵器使用を許さないという国際秩序、世界の安全保障の重しになってきた米国のレッドラインは大きく揺らいだ。世界の保安官(米国)と助手(英国)は退場し、シリアの将来は安保理で手ぐすねを引くロシアと中国に委ねられた。

 
  • Facebook

木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
キャリアコネクションズ ゲンダイ・ゲストハウス
バナー バナー

英国・ドイツニュースダイジェスト主催 フォトコンテスト 2019 ロンドン・レストランガイド ブログ