国家安全保障法下で中国スパイに有罪判決
英国境警備内部から亡命活動家を監視
5月7日、殺人や反逆罪などの重大事件を扱うロンドンの中央刑事裁判所で、中国当局のためにスパイ活動や在英の香港民主活動家への監視を行い、国家安全保障法(National Security Act)に違反したとして男性2人に有罪判決が下されました。同法の下で、外国の情報機関の活動を支援する行為が犯罪として明確に定義されて以降、中国関連事案で有罪判断が示された初期の重要事件とみられています。
有罪となったのは、ロンドンにある香港経済貿易代表部(HKETO)の元幹部職員で、元香港警察官チャン・ビウ・ユエン(袁松彪)氏(65)と、元英国国境警備隊員のチー・リョン・ワイ(衛志樑)氏(40)です。HKETOは本来、香港と英国の経済や文化交流を担う機関ですが、2019年の香港での大規模な民主化デモ以降、その性格は大きく変わっていったといわれています。ワイ氏は20年12月からヒースロー空港で英国国境警備隊員として勤務していました。同氏は立場上、内務省のデータベースへのアクセス権を持っており、休日にも端末を操作して、英国に亡命した香港の民主活動家たちの個人情報や入国履歴を密かに調べていました。得た情報はユエン氏を通じて香港当局に流され、その見返りとして報酬を受け取っていたとされます。ワイ氏は外国の情報機関を支援した罪に加え、公務上の職権乱用でも有罪となりました。
国境とは、私たちが海外へ出入りする際に必ず通る「国家の入口」です。その管理の内部に、外国政府のために情報を収集する人物が存在していたという事実に、多くの人が不安を感じたのではないでしょうか。この事件は、英国の情報管理体制の脆弱さも浮き彫りにしました。
監視の対象となったのは、19年の香港デモ以降、英国に逃れてきた活動家たちです。政府は21年、「BN(O)ビザ制度」を導入し、香港市民に英国での移住、就労、就学を認めました。これを利用して数十万人規模の人々が英国に渡ったとされ、香港当局にとっては、海外へ移った活動家たちの動向把握が急務になっていたとみられます。
では、監視された側はどのような生活を送っていたのでしょうか。民主活動家のフィン・ラウ氏は、自分が監視対象だったことを裁判資料で初めて知ったといいます。チャンネル4の取材に対し、こう語っています。「後をつけられていないか、何か危険なことが起きないか、常に周囲を確認しながら生活することに慣れてしまいました。安全上の理由から毎年引越しをしています」。
香港当局は一部活動家に100万香港ドル(約2000万円)の懸賞金をかけており、ラウ氏もその対象の一人です。英国へ逃れてもなお、安心して暮らせない現実に筆者は胸が痛みました。
中国政府はこれまでも、海外での監視活動への関与を否定し、「中国脅威論」を誇張したものだと反発しています。でも、今回の事件は、決して孤立したケースではありません。英国では今、ロシア、イラン、中国による「代理人」を使ったスパイ工作が急増しており、中国はロシア、イランと並ぶ「ビッグ・スリー」の一角とされています。ただ、英国政府の対中姿勢には揺れも見えます。今回の有罪判決直前には、中国関連の別のスパイ事件で起訴されていた2人について、検察が裁判直前に起訴を取り下げ、「政府による政治的配慮があったのではないか」との疑念も浮上しました。さらに政府は、中国がロンドンの旧王立造幣局跡地に建設を計画している欧州最大規模の「メガ大使館」を認可。計画では地下部分だけで208の部屋が設けられる予定で、世界有数の金融街シティにデータを送る通信ケーブルの近くにも施設が設置されるそうです。このため、安全保障上の懸念や情報収集活動の拠点となる可能性を不安視する声が出ています。周辺住民らは、政府の認可決定が法的に適切だったかを裁判所が検証する「司法審査」を申し立て、建設差し止めを求めて争っているところです。
National Security Act(国家安全保障法)
2023年に施行された安全保障関連法。第1次世界大戦前後のドイツのスパイを想定して作られた旧来のスパイ法に代わるものとして制定された。同法のもと、初めて外国の情報機関の活動を支援するスパイ行為が明文化された犯罪となった。外国による政治介入、妨害工作、貿易機密の窃取なども新たに犯罪として規定している。



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小林恭子 Ginko Kobayashi
在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に






