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Thu, 10 September 2026

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ブレグジット国民投票から10年
英国が欧州連合に戻る日は来るのか

「英国民の審判が下りました。答えは離脱です(We're Out)」。2016年6月24日早朝、BBCの著名司会者デービッド・ディンブルビー氏がこう宣言したときの衝撃は、今でも忘れられません。この前日、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」=Brexit)の是非を問う国民投票が行われ、その結果が開票特番で宣言されたのです。当時、多くの政治家や市場関係者が残留を予想しており、「まさか」の結果となりました。

あれから10年。「ブレグジット」という言葉はすっかり定着しました。当時の英国は残留派と離脱派に二分され、政治も社会も激しく揺れました。残留運動を主導したデービッド・キャメロン首相は辞任し、後任のテリーザ・メイ首相も議会をまとめきれず、最終的にボリス・ジョンソン首相のもとで離脱プロセスが完了します。20年1月31日に正式離脱し、移行期間を経て同年末、英国はヒト・モノ・サービスの自由な移動を可能にする「単一市場」と、域内無関税を保障する「関税同盟」からの離脱を完了しました。


そもそもEUは、第2次世界大戦の惨禍を二度と繰り返さないという願いから、1950年代に始まった統合の試みです。英国は73年に加盟しましたが、ユーロには参加せず、シェンゲン協定も適用除外とされるなど、当初から距離のある加盟国でした。拠出金の一部還付(リベート)も認められ、「特別扱い」の歴史を持っていました。

それでも英国には、欧州統合が進むほど自国の主権が損なわれるという不満が根強く存在しました。そうしたEU懐疑論に拍車をかけたのが、2004年の東欧諸国の一斉加盟です。ドイツやフランスが就労制限を設けるなか、英国は労働市場を直ちに開放しました。その結果、ポーランドをはじめとする東欧からの労働者が急増し、移民問題が政治争点として浮上します。これを吸収したのがナイジェル・ファラージ氏率いる英国独立党(UKIP)でした。UKIPの伸長と保守党内のEU懐疑派の圧力を背景に、16年6月23日に国民投票が実施されることになりました。結果は51.89パーセント対48.11パーセントという僅差で離脱派の勝利でした。

10年後の評価は複雑です。イングランド銀行の分析では、ブレグジットがなかった場合と比べて経済規模は約6パーセント小さいとされ、また、EU向けの物品輸出も19年比で14パーセント減少しています。英国は独自にオーストラリア、インドなどと自由貿易協定を締結し、環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)にも参加しましたが、経済的優位性は限定的と指摘されています。英国に暮らしていたEU市民約300万人も在留資格申請を求められ、現在も約130万人が仮の資格のままです。

難題となったのが北アイルランドです。英国領でありながらEU加盟国アイルランドと陸続きのため、ブレグジット後は本来、国境検査が必要になります。しかし1998年の和平合意によって実現した「見えない国境」は、長年の紛争終結の象徴でもありました。国境施設の復活は再び分断を意識させかねません。そこで妥協策として、アイリッシュ海を挟んだ英国本土と北アイルランドの間に通関手続きが設けられました。2023年のウィンザー合意で貨物検査の簡素化などが図られましたが、課題はなお残っています。


世論はどうでしょうか。6月のユーガブ調査では、57パーセントが「離脱は間違いだった」と回答しています。ただし、「EU再加盟を支持する」は55パーセントにとどまります。最も支持を集めたのは「加盟はしないが関係をより緊密に」という路線です。ロシアのウクライナ侵攻とトランプ米政権の「欧州離れ」も英国とEUの接近を後押ししています。キア・スターマー政権はまさにこの方向でEUとの個別協定を積み重ねてきましたが、首相の辞意表明で今月の首脳会談を延期することにしました。英国とEUの物語は、まだ終わっていません。

キーワード

Brexit(ブレグジット)

Britain(英国)とexit(退出)を合わせた混成語。2012年、ギリシャのユーロ圏離脱危機を指す「Grexit」からヒントを得て、EU残留派の英弁護士ピーター・ワイルディング氏が命名した。2016年には使用頻度が1年で3400パーセント増加し、コリンズ英語辞典は「今年の言葉」に選出した。フランスの「Frexit」など各国版も生まれた。

 
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