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Thu, 10 September 2026

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

刑務所の早期釈放制度
「例外」措置はどこまで可能か
相次ぐ譲歩求められるバーナム首相、窮地に

イングランドとウェールズの刑務所で進む「早期釈放」制度をめぐる混乱が続いています。刑務所の過密解消を目指し、今年成立した「量刑法 2026」(Sentencing Act 2026)に基づく早期釈放制度が、見直しを経て10月から始まる予定で、約5000人が10カ月間にわたって段階的に釈放される見込みです。法制化前から重大な性犯罪・暴力犯罪の受刑者まで対象とすることへの批判がありましたが、収容能力が限界に近づくなか、過密放置こそ公共の安全を脅かすとして立法化されました。なお、刑事司法制度が分権されているため、今回の量刑法が対象とするのはイングランドとウェールズのみで、スコットランドと北アイルランドは別になります。


ところが、実施が近づくと、性犯罪被害者から不安の声が相次ぎ、アンディー・バーナム首相は就任直後の7月25日に緊急見直しを命じ、8月4日にはレイプや重大な児童性犯罪などを対象から外すと発表しました。対象者は約6000人から約5000人に減りましたが、「さらに対象を絞るべきだ」という声は収まりませんでした。

そして、今度は2019年に職務中に死亡したアンドリュー・ハーパー巡査の遺族らが声を上げました。盗難車を追跡中、車に引きずられて死亡したハーパー巡査を巡り、車を運転していた男は故殺罪(Manslaughter)で16年、同乗していた2人はそれぞれ13年の刑を受けました。故殺罪とは、殺人罪に必要な殺意などの要件を満たさないものの、人を死亡させた重大な犯罪です。刑期が異なるため、今回の新制度で早期釈放の対象となり得るのは13年の刑を受けた2人です。当時は刑期の3分の2を服役する仕組みでしたが、新制度では半分の時点から釈放対象となります。遺族や警察関係者らが除外を求め、請願には約90万人が署名しました。

そもそも、なぜ13年の刑なのに途中で出られるのでしょうか。それはイングランドとウェールズでは、刑期の一部を刑務所の外で過ごし、釈放後は保護観察の対象となる仕組みがあるからです。新制度は、その釈放時期をさらに前倒しするものです。背景には、刑務所人口約8万6500人、空きは約2400人分という深刻な過密があります。収容人口が増え続ける一方、新しい刑務所の建設や収容能力の拡大が追いついていないのです。刑務所が満杯になれば新たな受刑者を収容できず、司法制度そのものが機能不全に陥りかねません。

ハーパー巡査の事件を機に2022年に成立した「ハーパー法」は、職務中の緊急対応要員を故殺した場合にも、原則として終身刑を科す仕組みを導入しました。ただし、2人の判決にはさかのぼって適用されません。遺族らには、「国家が守るべき職務中の命を奪った者を、さらに早く出すのか」という強い不満があります。


でも、ここに制度上の難題があります。犯罪の種類によって一律に適用される制度から、特定の受刑者だけを除外すれば、なぜ自分の家族を死なせた受刑者は対象外なのかと、別の遺族から疑問が生じかねません。ハーパー巡査の遺族らによる早期釈放からの除外要求をきっかけに、2人を対象から外すよう求める声が広がるなか、バーナム首相は8月11日、外国人犯罪者の送還加速や女性刑務所の転用などで余地を作るよう法務相に指示。12日には「除外できる」との自信も示しました。

追い打ちをかけたのが、保護観察の最高責任者による警告です。12日、これ以上の釈放について「十分に対応できるとは確信していない」と発言したのです。保護観察官が不足し、現場からは「パニック状態」との声も出ています。刑務所の過密を解消するため、早期釈放を重ねるという政策そのものが限界に来ているのではないでしょうか。「例外」を拡大し続けるだけでは根本的な解決にはなりそうにありません。バーナム首相の政治力を試す「最初の大きな試練」になっています。

キーワード

Sentencing Act 2026(量刑法2026)

イングランドとウェールズの刑務所の過密緩和と再犯防止を目的とする刑事司法改革法。スターマー前政権は2024年秋、刑務所が満杯寸前になったことを受け、刑期の40パーセント時点で釈放する緊急措置を導入。新法はこの対応に代わる恒久的な枠組み。刑期の一部を刑務所外での更生に切り替える改革も盛り込んだ。10月1日施行。

 
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