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Fri, 03 April 2026

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BBC に取り上げられた日本のポルノ産業と春画の違い

硬派で鳴らすBBC放送の深夜報道番組「ニューズナイト」で、日本のポルノ産業で活躍する若者たちが取り上げられた。毎年2万本ものAV(アダルト・ビデオ)が東京で撮影されているというのには驚いた。東京はポルノの首都だという。オランダの飾り窓には妖艶な女性が立つが、イベント用に設置された飾り窓では、上半身を露わにしたイケメンのAV男優に乙女たちがカメラ内蔵型スマートフォンを片手に殺到している。

「優しくしてくれない」「物足りない」と現代の日本男児に不満を抱く女性たちがAV男優にドキドキしたり、うっとりしたりする気持ちを求めてサイン会に参加して、DVDを購入していく。30秒間限定で憧れのAV男優と会話を楽しめる。女性の5人に1人がAVの愛好者という統計もあるそうだ。「エロメン三銃士」と呼ばれる一徹さんは35歳、有名私立大学の出身で、家庭を持っている。

AV女優の沖田杏梨さん(27)は英国で暮らしたこともあり、BBCのインタビューにうらやましいほど流暢な英語で答えていた。中国のミニブログ「微博」に勉強中の中国語で書き込み、100万人を超えるフォロワーを獲得。ひと昔前までAVと言えば、少し後ろめたい感じがしたが、今は開放的、アジアに広がる新しい成長産業といった空気さえ感じられるのだ。

杏梨さんのブログをのぞくと、英語で「女という性がなぜ欲望の対象となり、商品化されなければならないのですか」という質問が寄せられていた。これは英国でもよく聞かれる意見だ。杏梨さんは「国境を超えて人々はエロチックなものを好みます。これがポイントです。私は恵まれているのかもしれないけれど、幸せ。日本と海外の架け橋になれればと願っています」と答えている。中国でも杏梨さんのファンの約4割は女性だという。日本では働く女性が増え、男という性の商品化も進んでいるようだ。

 

日本のポルノ産業は時代を超えて、世界に衝撃を与えてきた。鎖国していた江戸時代から「ポルノ先進国」だったのは歴史的な事実である。ロンドンの大英博物館で開かれた「春画 日本美術における性とたのしみ」には予想4万人をはるかに上回る8万7893人が訪れた。愛と性の悦びを大胆に表現した日本の春画は幕末に黒船で来航した米国のペリー提督に贈られ、マネやモネなどの印象派、ピカソ、ロダン、ロートレックらに影響を与えたことで知られる。

キリスト教文化では肉体は恥とされ、ルネサンスでギリシャやローマの古代文化が見直された。それも行き詰まったところに開国したばかりの日本から浮世絵や春画が流れ込んだ。春画に魅了されたマネは裸婦を描き、社会の批判を浴びた。当時、英国を始め西洋は堅苦しい現実と道徳に縛られていた。性の交歓を謳歌し、自由にその姿を描ける日本は何と開放的で進んだ国なのだという誤解が広がったともいわれている。

 

大英博物館の春画展は、日本以上にジェンダーや性の商品化に厳しい英国人女性にも好意的に受け止められたようだ。女性向けに歌舞伎役者の肖像と性器を描いた春画では、陰毛は役者と同じ髪型に整えられ、舞台化粧の隈取りのような血管が魅力的に脈打つ。春画には暴力的で強制的な性は出てこない。男性と女性の満ち足りた愛と性のファンタジーが描かれている。それが時代を超えて西洋で支持された理由だった。エロメン男優と女優による新しいタイプのAVが人気を集める理由はそこら辺にある。しかし、毎年量産される2万本のAVの大半は暴力的で、女の性を商品化したものであるのは間違いない。一徹さんや杏梨さんはほんの一握りの成功者に過ぎないのだ。

インターネット上で無料のAVが氾濫、撮影時間は次第に長くなり、出演料はどんどん安くなると杏梨さんは語る。AVに出演しているのは将来有望な若者、生身の人間である。長引くデフレでバイト料が減り、学業と両立できなくなって時間給の良いAV業界に飛び込む女性も少なくないという。「失われた20年」といわれる経済無策が若者の将来と日本の未来を蝕んでいるが、その一方で失業率は4%を切って3.7%まで下がっている。この矛盾をどう説明すればいいのか。ほのぼのさせられた春画展と異なり、BBCのニュスを見ていて無性に悲しくなった。

 

キリンとイルカをめぐる動物愛護論争

今から30年前、産経新聞大阪社会部のベテラン・デスクから新人研修を受けたとき、「ニュースの3要素を言ってみろ」と言われ、「正確性、速報性、公共性ですか」と答えた。デスクは「読者に読んでもらおうと思ったら、女と子供と動物や」と大声で叫んだ。「時代錯誤だ」とお叱りを受けそうだが、この3原則は万国共通、不変の法則だ。

英南東部サフォークの食肉店が住民の苦情で、それまで店頭のウインドーに陳列していたブタやシカの頭、ウサギ、羽毛をむしっていないカモ、キジ、ヤマウズラを取り外した。「子供が怖がって食肉店の近くに買い物に行けない」と一部の住民が言い出し、地元紙に「陳列物の撤去」を求めて手紙を出した。フェイスブックでも不買運動が始まり、食肉店は他店への影響を避けるため陳列を取りやめた。この地域では19世紀末から解体前の動物を店頭に陳列する習慣が続いていた。食肉店はお客さんに喜んでもらえるようにと毎週、数時間かけて陳列してきたという。店員は「陳列を再開するかどうかはお客さん次第です。陳列をやめると大手スーパーとの違いがなくなります」と残念そうだ。

日本でも昨年、猟師に転身した若い女性が雪山でのウサギ狩りと解体の様子を写真付きでブログに「ウサギはかわいい味がした」と書いたところ、大騒ぎになった。「命を軽んじている」「殺すこと自体に快楽を感じる異常者」と批判が殺到してコメント欄が炎上したのだ。人間は日々、動物や植物の命をいただいて暮らしている。食すため動物を殺して解体する現実から目をそむけるのはきれいごとすぎないか。あるがままの姿を見せるのは残酷なのか。

 

1月、キャロライン・ケネディ駐日米大使が「米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。(中略)非人道性について深く懸念しています」とツイートした。これに対し、安倍晋三首相は「イルカ漁は文化、慣習であり、生活のため」と反論。和歌山県の仁坂吉伸知事も「我々は牛や豚の命を奪って生きている。イルカだけ残虐だとするのは違うのではないか」と指摘した。

イルカの追い込み漁とは小型鯨類を沖合から船で湾に追い込んで捕獲する漁のことで、和歌山県太地町では昔から行われている。しかし、2009年公開の米映画「ザ・コーヴ」では批判的に描かれた。国際捕鯨委員会(IWC)で規制されていないバンドウイルカなどを対象に水産庁が持続可能な捕獲量を算出し、和歌山県には昨年、約2000頭が割り当てられている。

反捕鯨団体シー・シェパードの活動家は追い込み漁の期間中、常駐し、インターネット中継している。漁師たちの生活ではなく、海岸が真っ赤に染まるシーンばかりが強調される。ロンドンの在英日本大使館前にも先日、100人以上が集まり、抗議活動を行った。地元漁協では、イルカの苦痛が少なくなる捕殺方法を導入したり、一部の作業を室内で行ったりするなど対策を講じているという。IWCをめぐる議論でも、強硬な反捕鯨国が日本の沿岸捕鯨(商業捕鯨)再開にまで反対するのを目の当たりにすると、「自然の恵みを享受して生計を立てている人たちのことを全く考えていない」と感じざるを得ない。「魔女狩り」「宗教裁判だ」と言い返したくなる。筆者は個人的には持続可能な 範囲で沿岸捕鯨は再開してもいいと考えている。南氷洋での調査捕鯨は、「戦力不保持」を憲法9条でうたいながら世界有数の軍事力を保有するのと極めて類似している。こんな偽善は良くない。しかし、独善はもっと良くない。

 

デンマークの動物園で、キリンのマリウスがボルト銃で殺処分にされた。マリウスは子供を含む来園客の前で解体され、ライオンのエサにされた。マリウスには何の罪もなかったが、欧州動物園水族館協会(EAZA)は、飼育する動物の近親交配防止を定めている。この動物園ではキリンが8頭に増え、マリウスが間引かれることになった。動物愛護団体から批判が殺到。ネットでは助命を嘆願する署名運動が行われ、職員が殺害予告を受ける事態に発展した。EAZAによると、欧州では毎年3000~5000頭の動物が近親交配防止のため殺されているという。

観賞用のキリンと違って、食用のイルカは地元漁民の「生活の糧」だ。殺される動物がかわいそうという理屈を一方的に押し付けられてはかなわない。

 

 

BBCドラマ「コール・ザ・ミッドワイフ」に
込められたメッセージ

日曜日の夜、筆者はBBC放送の人気テレビ・ドラマ「コール・ザ・ミッドワイフ(Call the Midwife)」に釘付けになる。ミッドワイフとは助産婦さんのこと。1957年、低所得者層の住民が暮らすロンドン・イーストエンドの修道院にやってきた当時22歳の看護婦ジェニファー(ジェニー)・リーさん(1935~2011年)の自伝が基になっている。母性、出産が物語の大きなテーマだ。

ロンドン郊外で恵まれた教育を受けたジェニーがてっきり小さな民間病院と思い込んで赴任した修道院では、出産を手助けする修道尼や助産婦がてんてこ舞いしていた。家庭内暴力に苦しむ妻、偏見と差別に苦しむ黒人女性、違法中絶、戦争のトラウマを抱える夫など、様々な人間ドラマが織り成される。妻子ある男性との不倫を経て、ようやく新しい恋人に出会った主人公ジェニーは幸せの絶頂だった。しかし、恋人が不慮の転落事故で急死してしまう(2月9日放送)。「英国ドラマにハッピーエンドはない」とよく言われるが、絶望するジェニーの姿に涙ぐんでしまった。圧巻は毎回異なる出産シーンだ。大きなお腹を抱えた女性が汗をにじませながら、うんうん、いきむ。叫ぶ。逆子だったり、へその緒が胎児の首に巻き付いていたり、色々な試練が妊婦と助産婦を襲う。妊婦が出産に一番適したポジションをとる。妊婦の最後のひと踏ん張りで、新生児が出てくる。助産婦が頭を両手で支える。ところどころ血がこびりついた新生児が小さな声で泣き始める。生命の誕生って「すごい」と改めて感動する。

 

NHK経営委員の長谷川三千子・埼玉大学名誉教授は産経新聞のコラム「正論」(1月6日付)で「ことに人間の女性は出産可能期間が限られていますから、その時期の女性を家庭外の仕事にかり出してしまうと、出生率は激減するのが当然です」と論じ、人口減対策として「性別役割分担」を強調したことが大きな波紋を広げた。

ソ連崩壊や米国の衰退を予測した著名なフランスの家族人類学者エマニエル・トッド氏は「女性の識字率が上がれば、出生率は下がる」ことを人類普遍の傾向としてとらえた。しかし、英国やフランス、北欧などの先進国で、女性が一生の間に出産する子供の平均数を表す「合計特殊出生率」が回復しているのをご存知だろうか。

世界金融危機後の景気低迷で「産み控え」が心配されていたが、世界銀行の統計によると、英国では1997年の1.69を底に2011年は1.98。昨年のロイヤル・ベビー誕生の影響で「2」達成の期待が膨らむ。フランスでは93年の1.73から11年には2.03まで上昇した。「2」を超えると人口減は回避できると言われている。

「女性先進国」の北欧はどうだろう。11年時点でスウェーデンは1.90、ノルウェー1.88、フィンランド1.83。片やドイツは1.36、ギリシャ1.43、イタリア1.41。欧州における出生率の格差をどう見るか。多産のイスラム系移民の増加、育児支援、産休制度などの影響はもちろんあるものの、女性の社会進出度とも密接に関係しているように筆者は思う。

メルケル首相は女性だが、ドイツでは「女性は教会、台所、子供を大切にすべきだ」という風潮が今でも強く残る。ドイツ人女性は家庭か、仕事かのジレンマに悩まされている。ギリシャ、イタリアも女性の社会進出に対する考え方が保守的だ。長谷川教授の説が正しいのなら、ドイツやギリシャ、イタリアの出生率は英仏、北欧のそれを上回っていなければならない。また、日本では非正規雇用が増え、既に夫の収入だけで妻子を養う経済構造ではなくなっている。夫婦共働きでも子供を育てていけるような社会をつくっていくのが正しい方向性だ。

 

妊娠中絶や避妊薬など、「産む性」の否定がジェンダー・フリーを意味した戦後とは異なり、ジェンダー・フリーが「産む性」を保障する時代を迎えつつある。日本が夫は会社、妻は家庭という封建的な家族形態に逆戻りするのか、それとも英仏、北欧の持続可能型を目指すのか。そんな無意味な問いを発することが日本では「表現の自由」と考えられているのだろうか。日本の合計特殊出生率は05年の1.26で底を打ち、12年には1.41まで回復している。仕事も結婚も出産も家庭もが女性にとって当たり前になる社会が最高の少子化対策だと思う。

 

第33回 「死の鉄道」を知っていますか-泰麺鉄道を舞台にした映画「The Railway Man」

「死の鉄道」を知っていますか-
泰麺鉄道を舞台にした映画「The Railway Man」

ジャーナリスト志望の若者やソーシャル・メディアで自分も情報発信してみたいという希望者と、昨年からインターネットのテレビ会議サービスを使って一緒に勉強している。その「つぶやいたろうジャーナリズム塾」も現在4期目。これまでに計11人の方々が参加して下さった。その一人、エクセター大学への留学生、一筆亜紀子さんから面談希望があり、トラファルガー広場近くで待ち合わせた。

年齢を聞いてビックリした。21歳。テレビ会議でプレゼンテーションしてもらっているときは、とてもしっかりしていて30代だと思い込んでいた。オールド・ジャーナリズムの良さを残しながらデジタル・ジャーナリズムの未来をどれだけ次の世代に伝えられるか、筆者の責任は重大である。

色々話しながら歩いていると、レスター・スクエアの映画館で英・豪合作映画「The Railway Man(邦題: レイルウェイ 運命の旅路)」が上映されていた。4月に日本でも公開される。「POW(戦争捕虜)と泰麺(たいめん)鉄道について知っていますか」と亜紀子さんに尋ねてみた。「知りません」。「マレー作戦はどう? シンガポール陥落は?」と立て続けに聞いてみた。亜紀子さんは首を横に振った。筆者は1960年代生まれ。亜紀子さんは90年代生まれである。泰緬鉄道を知らなくて当然だ。

筆者にも恥ずかしい体験がある。戦後50年企画でテレホンカード誕生秘話を取材した際、取材相手から食事に誘われ、「私の父は関東軍参謀などを歴任し、ノモンハン事件、シンガポール攻略、ガダルカナル島の攻防戦にかかわりました。戦犯として捕らわれるのを逃れるため地下に潜行し帰国後、『潜行三千里』を出版。衆参両議員になりましたが、その後、ラオスで消息を絶ちました。てっきり父・辻政信のことを取材に来られたと思っていました」と打ち明けられた。「お父さんは数奇な運命をたどられたんですね」と返すのがやっとだった。職場に帰って団塊の世代の上司に話すと、「君は辻政信のことも知らないのか」とあきれられた。教科書に載らない歴史は次の世代に時間をかけて語り継がないと、記憶から抜け落ちてしまう。亜紀子さんにできるだけ丁寧に、実話に基づいた映画の背景を説明した。

 

舞台は1942~43年、旧日本軍が戦争捕虜、東南アジアの労務者に建設させた泰麺鉄道。海上輸送の危険を避け、タイからビルマ戦線に物資を輸送する補給ルートだった。マラリア、赤痢、熱帯潰瘍(かいよう)、コレラが発生する高温多湿の密林地帯で強行された突貫工事は白人捕虜だけで約1万2400人の死者を出した。捕虜には日常的に暴力が加えられ、満足な食事も建設道具も与えられないことすらあったという。「死の鉄道」は旧日本軍の残虐行為の象徴となった。映画のテーマは、拷問を受けた英国人捕虜と憲兵隊通訳の日本人の和解である。

「大戦中、人体実験された捕虜もいたんだよ」と告げると、亜紀子さんは絶句してしまった。亜紀子さんは韓国の留学生らから「あなたのことは好きだけど、日本のことは嫌いだから」とあっけらかんと言われるそうだ。戦後ニッポンは平和主義という無菌室に逃げ込むか、「日本は何も悪くない。戦争に負けたのが悪いんだ」と思い込むかして、加害の歴史から目をそむけてきた。過去を直視し、和解に努めてきた日本人は少数派だ。英国では、故郷の三重県旧入鹿村 に英国人捕虜の墓があるのに気付いて和解事業にかかわった恵子ホームズさん。ビルマ戦線から生還、旧英兵との和解に努めた日英友好団体「ビルマ作戦協会」の平久保正男会長(故人)。捕虜がたくさん出たケンブリッジで元捕虜と日本人の間をつなぐ活動「ポピーと桜クラブ」を展開した歴史学者の小菅信子・山梨学院大学教授。

 

「映画、絶対観に行きます」と亜紀子さんは言った。しばらくして親日家のフィリダ・パービスさんに会った。顔を合わせるたび「泰緬鉄道のことを書きなさい」とうるさかったパービスさんは「映画はモデルになった通訳・永瀬隆さんの和解活動をもっと紹介すべきでした」と話した。

戦後、「復讐」というナイフを心に抱き続けるのか、真実を見据え「和解」の手を差し伸べるのか。日本人だけでなく、韓国、中国の方々にもぜひ観ていただきたい映画である。

 

第32回 靖国と英国の追悼施設セノタフの違いとは

靖国と英国の追悼施設セノタフの違いとは

安倍晋三首相が年末に靖国神社を電撃参拝したことが国内外で複雑な波紋を広げている。「祖国のために命を捧げた人を国家として追悼することがどうして許されないのか」という思いと、「国家神道を復活させる恐れがある」「侵略戦争を正当化している」という批判が正面からぶつかり合う。在日米国大使館は「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」という異例のコメントを出したが、日本人にとってそんなに簡単にこのジレンマは割り切れない。

今年は第一次大戦の開戦からちょうど100周年。英国の戦没者追悼施設はご存知の通り、ホワイトホール街にそびえ立つ高さ約10メートルの記念碑「セノタフ」である。毎年11月11日(第一次大戦の休戦記念日)に最も近い日曜日の午前11時、ビッグ・ベンの打鐘と空砲に合わせて2分間沈黙し、エリザベス女王から順に参列者がヒナゲシを模した花輪をセノタフに手向ける。

その歴史を振り返ると、靖国との違いが明確に浮かび上がる。そして、中国や韓国にとどまらず、英国や米国からも首相の靖国参拝に拒否反応が示される理由がよく分かる。

 

戦死者だけで900万人以上(英国は80万人以上)に上る犠牲を出した第一次大戦は「時代遅れのエリート(ロバ)が勇敢な志願兵(ライオン)を率いた戦争」と揶揄(やゆ)されるが、保守党のゴーブ教育相は「正しい戦争だった」と激しく反論した。しかし、「ロバが率いた戦争」だったという面は否めない。第一次大戦で戦った英兵士最後の生き残り、ハリー・パッチさん(2009年7月、111歳で死去)は18歳のとき西部戦線に送られた。激戦の一つ「パッシェンデールの戦い」で見た風景は地獄だった。3カ月の戦闘で死んだ兵士は同盟軍32万5000人、ドイツ軍26万人。兵士や軍馬はぬかるみで溺れ、同盟軍はわずか8キロしか進めなかった。

しかも、戦後、英国は不況や失業に見舞われた。ヴェルサイユ条約の調印を祝って1919年7月、パリの凱旋門で戦勝パレードが行われた。これを見て感激した英国のロイド・ジョージ首相は同じようなパレードを開催しようと、建築家エドウィン・ラッチェンスを首相官邸に呼び、無名戦士を悼(いた)む棺状のモニュメント建造を依頼した。戦没者は英国国教徒とは限らない。特定の宗教に基づかない一時的なモニュメントが木材と漆喰(しっくい)で造られた。セノタフとはギリシャ語で「空っぽのお墓」という意味だ。急ごしらえのセノタフに追悼の敬礼を捧げることは「神聖さを欠く」という批判が噴き出す懸念もあった。

戦勝パレードで戦死者を称えて、暗いムードを一掃しようという政府の思惑とは裏腹に、参列者の悲しみは深く、とても勝利を祝う気持ちにはなれなかった。戦友を失った兵士や、遺族の虚しさを受け止めることができたのが無表情で地味なセノタフだったのだ。パレードの後、セノタフへの献花が続き、恒久の追悼モニュメントにしようという声が「タイムズ」紙や下院議員から上がった。セノタフはポートランド石で作り直され、翌20年の休戦記念日、国王の手で除幕式が行われた。

側面と頂上に月桂樹の輪を配して、「栄光ある死者」という文字と第一次大戦を示す「1914 1918」のローマ数字が刻まれた。後に第二次大戦を戦った「1939 1945」が加えられた。「2つの大戦とその後の紛争で犠牲を捧げた者への追憶」「遺族への祈り」「平和への祈り」「自分たちがこうした犠牲に値するものであるようにとの祈り」が捧げられてきた。大英帝国の勝利も栄光もない。戦争の高揚感もない。歳月では埋め切れない悲しみと戦没者への追憶があるだけだ。

 

「靖国はセノタフと同じ追悼施設」と英国人に説明しても、知日派なら「戦後に造られた無宗教の千鳥ケ淵こそ日本のセノタフだ」と反論するだろう。靖国はかつて国家神道の総本山で、近代日本の国民精神を総動員する役割を果たしてきた。先の大戦では軍部によって神がかり的な戦意高揚の象徴に祭り上げられてしまった。死生観や宗教観の異なる日本人には忘れることができても、軍国・日本と戦った人々の記憶から国家が関与した靖国の過去を消し去るのはとても難しいと思う。

 

 

第31回 親世代より貧しくなる時代を生きる

親世代より貧しくなる時代を生きる

日本にこの夏、帰省したとき、70歳代の夫婦が100歳までのライフプランを明るく語るのを聞いて少し驚いた。というのも、その老夫婦と同居している40歳代の娘さんが暗い顔で「働きに出ても、両親の年金よりも少ない額しかもらえない」とこぼしていたからだ。両親の世代よりも子供の世代が貧しくなる現象は何も日本に限った話ではない。「衰退の20世紀」をサッチャー改革で乗り越えた英国でも同じ傾向が顕著に現れている。

 

英国の有力シンクタンク、財政研究所(Institute for Fiscal Studies)の調査で、1960~70年代に生まれた世代はそれ以前に生まれた世代よりも厳しい人生を強いられ、その多くが老後のために親からの相続を当てにしていることが浮き彫りになった。第二次大戦後の経済回復、全額免除されていた大学の授業料、不動産価格の上昇という恩恵に預かることができた40~50年代生まれは収入・貯蓄・マイホーム・私的年金といった面で60~70年代世代よりも恵まれているという。

40~50年代生まれの持ち家率は5分の4だったが、60~70年代生まれは3分の2まで急落。40年代前半に生まれた世代で親からの相続を当てにしているのはわずか28%だったが、70年代後半生まれでは70%にハネ上がっていた。不動産価格が高騰し、財政事情の悪化で大学授業料は大幅アップ、公的年金の支給開始年齢が引き上げられるという時代の流れはあるものの、働いて貯蓄に励んだ40~50年代生まれに比べ、初任給が高かった60~70年代生まれの生活は贅沢が身につき、十分に貯蓄してこなかった面は軽視できないという。

世代間格差もさることながら、60~70年代生まれの中でも親が資産をどれだけ持っているかで老後に大きな格差が生じる恐れもある。72~78年生まれの豊かな階層で10万ポンド(約1700万円)相当以上の相続を期待していたのは35%だったのに対し、貧しい階層では12%にとどまった。

もっと過酷な人生を強いられているのは、さらに若い世代だろう。「フィナンシャル・タイムズ」紙による別の分析では2008年の世界金融危機を境に大卒の収入は12%もダウンし、平均で60%も多い学生ローンを抱え込んでいる。11~12年に大学を卒業した若者のうち28%は学生ローンの返済が求められる収入に達しておらず、17%は 仕事にありつけなかった。世界金融危機で先進国と新興国の格差は急速に縮まり、新 興国の低賃金労働力が先進国の雇用機会を奪って、賃金を押し下げている。しかも、それぞれの職場で年配ベテラン労働者が正規雇用ポストを占め、若者世代は無給のインターンシップか、雇用者の必要があるときにだけ働くゼロ・アワー契約を強いられるケースが少なくない。

 

先進国の中で最も早く少子高齢社会を迎えた日本では、有権者にお年寄りが占める 割合が拡大している。11月の人口統計(概算値)では、20~40歳未満は2969万人、40~60歳未満は3356万人、60歳以上は4160万人だった。こうした人口構成では、どうしても高齢者向けの医療や年金が手厚くなり、若者向けの教育や子育て支援が薄くなる「シルバー民主主義」の弊害が目立ち始めている。

子供は未来からの授かり物といわれるが、若者は私たちの未来であり、希望の光である。先の大戦から70年近い歳月を経て豊かさの定義は明らかに変わったが、若者が働いても親の世代より豊かさを実感できない社会の未来は決して明るくない。だんだん貧しくなる経済のスパイラルから脱出する方法はただ一つ。個人の起業精神を刺激して、技術革新やサービス革命といったイノベーションを起こすことだ。

DNA(遺伝子)の解析や宇宙開発に使われていたIT(情報通信)技術が日常生活に利用できる時代がやってきた。スマートフォン(多機能電話)が実現するコミュニケーションの高速化と多様化が人・物・資本・サービスの移動にどんなインパクトを与えるのかは誰も予測できない。起業コストは恐ろしいほど下がり、スマートフォン片手に 起業できる時代なのだ。貧しさのスパイラルを脱して、先進国が「成長の世紀」を取り戻すためには、若者たちの志にエネルギーを注ぎ込む必要がある。

 

第30回 Life in the UK

Life in the UK

私事で誠に恐縮だが、今、結婚ビザを永住権に切り替えるために必要な英国の基礎知識テスト「Life in the UK」を猛勉強している。24問中18問に正解しなければ受け直しである。受験料は1回50ポンドとバカにならないので、友人から借りたテキスト3冊を朝から晩まで何度も読み返している。英国の歴史と価値観、国王と議会の関係などに加えて、歴代君主、スポーツ選手、詩人、小説家、芸術家、音楽家の名前もたくさん出てきて、なかなか覚えきれない。

2年前に結婚ビザを取得したときは英語力テストを申し込むのに数カ月もかかり、イライラさせられた。労働党政権から保守党のキャメロン政権に代わって英国の移民政策はどんどん厳しくなり、社会保障を受けなくても自力で生活していける収入の証明も義務付けられた。英国人と結婚したものの収入のハードルをクリアできず、英国と国外で別居生活を強いられている夫婦やカップルが数千組もいる。「英国国境局」と聞いても憂鬱な気分にならない移民の方がいらっしゃったら、かなり珍しいのではないだろうか。

 

先日、キャメロン首相が欧州連合(EU)加盟国からの移民について社会保障の支給を来年1月から厳しくすると表明した。ルーマニアやブルガリアからの労働者が英国内で自由に働けるようになるため、移民監視団体は毎年計5万人が流入すると予測する。キャメロン政権は移民の純増を毎年10万人までに抑えると宣言したが、昨年6月時点で16万7000人、今年6月時点で18万2000人と成果が上がっていない。

EU脱退と移民規制を唱える英国独立党(UKIP)に票を奪われているキャメロン首相が支持率回復のため放った矢がEU移民への社会保障制限だった。①最初の3カ月は失業保険を受給できない、②失業保険の受給期間は原則6カ月、③新しい移民は住宅補助が受けられない、④路上生活者や物乞いは強制送還する、という内容だ。その一方で、最低賃金を守らない雇用者には現在の罰金の4倍に当たる2万ポンドを科すという。

「移動の自由はEUの基本理念だ」とEU欧州委員会のバローゾ委員長はキャメロン首相にかみついた。アンドル委員=雇用・社会問題・同化政策担当=は「英国は嫌な国とみなされる」と警告を発し、レディング副委員長=司法・基本権・市民権担当=は「もし英国が単一市場から出て行きたいのだったら、そう(EU移民への社会保障制限を)言ってなさい」と突き放した。それでもキャメロン首相はひるまない。「EU加盟国間で大きな所得格差がある中で人の移動を無制限 に認めたら、社会保障を求めて貧しい国から豊かな国へ移民の洪水が起きる。ドイツ、オーストリア、オランダも英国と同じ立場だ」。これがキャメロン首相の言い分だ。

 

東西を分断していたベルリンの壁の崩壊は、共産圏のハンガリーからオーストリアへ、東ドイツから西ドイツへの「旅行の自由」が認められたことから始まった。人・物・資本・サービスの自由移動が民主主義と経済を繁栄させるという強い信念が欧州の統合と深化を後押しした。しかし、EU25カ国による「大欧州」誕生(2004年)の拡大疲れ、08年の世界金融危機、それに続く欧州債務危機が「反EU」という呪詛を欧州に拡散させている。

経済や財政の急激な悪化で、「移民が我々の雇用機会と社会保障を奪っている」という主張が声高に叫ばれる。外国人特派員協会での記者会見でUKIPのファラージ党首が「移民が急増したおかげで、英国各地の病院の待ち時間が増えた」とまくしたてたときは、鼻白んだ。ロンドン大学の研究所が英国人とEU移民、EU域外移民の納税額と公的受益について比較したところ、英国人の受益率が一番高く、逆にEU移民は低かった。病院の待ち時間が長いのは移民のせいではなく、英国人の納税額が少なく、NHS(国民医療制度)の運営が非効率だからである。

グローバル化がもたらした過当競争が世界各地で移民への排外主義を強めている。自由移動の成功モデルになるべきEUが逆にその限界を浮き彫りにしている。一段と加速するグローバル化の中で、世界はさらなる多様性を追求するのか、それとも国民国家に逆戻りするのか。まさに分岐点に立たされている。

 

第29回 スコットランド独立は究極の地方分権か

スコットランド独立は究極の地方分権か

スコットランド独立を目指すスコットランド民族党(SNP)の党首、アレックス・サモンド自治政府首相が26日、「スコットランドの未来」と題した独立国家構想を発表した。エリザベス英女王を国家元首とし、英通貨ポンドを維持する一方で、自前の国防軍を創設、軍事費軽減のため原潜の核ミサイルは撤去するという内容。地元紙「ザ・スコッツマン」の世論調査では「独立に賛成」は29%、「現在の連合にとどまる」が47%。しかし、「まだ決めていない」が24%にも上った。投票は来年9月18日。それまでに スコットランドの世論がどう動くのか、今の段階で予測するのは難しい。

 

スコットランドとイングランドの確執は歴史が長い。1707年にスコットランド王国が抗争を続けていたイングランド王国との連合をのんだ背景には、大航海時代というグローバル化の到来があった。小国のままでは海外の植民地を守り抜くのは難しく、宿敵イングランドと手を組むことで生き残りを図った。石炭や鉄鉱石を産出したスコットランドは産業革命の波に乗って、世界に広がる大英帝国の版図に重工業製品を輸出、大きな発展を遂げた。

しかし、第二次大戦で大英帝国が崩壊し、英国経済はみじめなほど衰退。スコットランドが屈辱的な連合に耐える経済的な理由は弱まった。北海油田が発見されたことも追い風になって自治への要望が高まり、1979年にスコットランド議会設置を問う住民投票が行われた。賛成が過半数の51.6%に達したが、全有権者の32.9%に とどまったため、有権者の40%以上という基準をタテに議会設置は拒否された。地方分権を旗印に掲げる労働党のブレア首相の登場で97年に再び住民投票が行われ、スコットランド議会の設置が賛成74.3%、一定の課税自主権が同63.5%で認められた。

2005年には、英国政府が74年の時点で「北海油田の収入があれば、スコットランドは独立して欧州で最強の自国通貨を手にできる」という報告書をまとめていたが、その事実をずっと隠していたことが発覚。英国政府はスコットランド独立の気運が高まるのを恐れて、「独立したら、とても採算が合わない」と真っ赤なウソをつき続けていた のだ。

 

サモンド首相はイングランドへの恨みつらみを重ねるこれまでの分離主義者とは一線を画す。英国との友好関係の継続を強調し、支持を集めてきた。07年のスコットランド議会選で32.9%を獲得し、議会第1党に躍進。11年の議会選では45.4%の支持を集め、単独過半数を得た。練達の政治家であるサモンド首相は「我々は独立を終着点とはみなしていない。スコットランドをさらに良くすることが究極の目標だ」と住民投票に向けた抱負を語った。北海油田に加え、洋上風力発電の拡大が独立派の自信につながっている。独立の日は16年3月24日に設定された。

独立国家構想は651の質問に答えているが、「もっと質問がある場合はどうしたらいいのか」というのが住民の本音だろう。前出の世論調査では「経済や仕事について、もっと知りたい」が49%。年金・社会保障(37%)、税金(31%)、移民(22%)と続いた。

300年余の歳月を経て、新たなグローバル化が欧州で独立気運を高めている。米中に対抗しうる第三極として欧州連合(EU)を発足したことが国家主権を弱めた。英国だけでなく、カタルーニャ地方を抱えるスペイン、オランダ語圏フラマン地域を抱えるベルギーでも分離主義が高まっている。「国家がなくてもEUがある」というわけだ。

サモンド首相は英国からの独立を果たしたら、EU加盟を目指す方針だが、国内に分離・独立問題を抱えるスペインのラホイ首相は「スコットランドのEU加盟には反対だ」 と牽制した。EU加盟には現在の現28加盟国すべての賛成が必要だ。

英国は次の総選挙で保守党が勝った場合、EU離脱を問う国民投票を予定する。英国がEUから離脱すれば、スコットランドが英国から離脱してEU加盟を目指す現実味は一気に増す。逆に英国がEU内にとどまれば、スコットランドのEU加盟反対に貴重な1票を投じることができる。サモンド首相の狙いは独立ではなく、課税自主権を含めた完全なる地方自治権という見方もあるが、真意はまだ誰にも分からない。

 

第28回 混乱と力に満ちた欧州大陸の未来

第28回 混乱と力に満ちた欧州大陸の未来

労働党・ブレア元首相の政策「第三の道」の提唱者として知られるロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアンソニー・ギデンズ元学長が先月末、ロンドンのシンクタンクや同大学で講演したので、2回とも聴きに行った。新著「Turbulent and Mighty Continent(仮訳: 混乱と力に満ちた大陸)」の出版に合わせたものだったが、ギデンズ氏の欧州プロジェクトにかける情熱に心を動かされた。

筆者も欧州の未来について6年間の取材結果をまとめた著書「EU崩壊」(新潮新書)を上梓したばかりだ。題名の「EU崩壊」は、単一通貨など欧州連合(EU)が目指すモデルと欧州の結束は既に崩れていることを指す。しかし、キャメロン首相、メルケル独首相、オランド仏大統領がこのまま別々の 方向に突き進めば、EU崩壊も「警句」では済まなくなる。

欧州を取り巻く環境の厳しさに対する認識は共通しているが、ギデンズ氏は「だからこそ、欧州は強靭な意思の力で未完のプロジェクトを完成させよう」と聴衆に呼び掛けた。欧州統合について懐疑論が根強い英国では来年5月の欧州議会選挙で、EU離脱を唱える英国独立党(UKIP)が第1党になるのはほぼ間違いないとみられている。ドイツやフランスでも懐疑派が大躍進しそうな勢いだ。統合推進派を自認するギデンズ氏は「感情に訴える懐疑派に対して推進派は行動を全く起こしていない。私は推進派の一人として欧州の理性に呼び掛ける」と欧州議会選挙までの約半年間、各地で講演を続ける考えを表明した。

 

現在は労働党の上院議員であるギデンズ氏の唱えた「第三の道」は、単純な「弱者への再配分」でも「市場重視」でもなく、市場から生み出された富により「機会の平等」を確保しようという考え方だ。ブレア元首相はその「第三の道」に基づき、長期にわたる経済成長と税収増を実現させ、教育・医療制度改革を推し進めた。

ギデンズ氏はこの2年間、3次元(3D)プリンターなどデジタル製品について研究している。「3D プリンターが普及すれば、地方の小さな店で様々な製品をつくれるようになる。中国が世界の工場である必然性はなくなる」。こう語るギデンズ氏は「新興国BRICsの成長神話は既に崩壊している。 米国も欧州も新興国もそれぞれに問題を抱えている。欧州は、ドイツがユーロ圏政府債務の相互負担に応じるなど課題を克服して、未来を切り開く必要がある」と続けた。

 

欧州統合は常に危機をバネに進んできた。米国の超金融緩和策が継続されたことにより欧州経済も下支えされる中、銀行同盟などの改革がどこまで進むのか不透明だ。先日、ある会合で、英財務省の官僚が「私の生きている間は無理だろう」と漏らすのを聞いて、負担増を嫌うドイツの抵抗が相当強いことを実感した。それ以前に、経済活動の目詰まり原因になっている銀行の不良債権がどれぐらい残っているのかユーロ圏では見当もつかない。銀行のバランスシートから不良債権を取り除き、公的資金を注入して資本を増強する荒治療は危機バネがあってこそ実行できる。今にして思えば、世界金融危機で主要20カ国・地域(G20)に銀行への公的資金注入と財政出動を訴え、果断に実行したブラウン前首相とダーリング前財務相の決意は称賛に値する。筆者に対し当時、ブラウン氏は「通貨ポンドが切り下がったのは良いことだ」と語り、ダーリング氏は「バランスシートをきれいにするのがポイントだ」と言い切った。

それに比べて、ユーロ圏の不良債権処理は終わっていない。増税と社会保障削減、失業、賃下げに苦しむユーロ圏で納税者から公的資金注入に対する理解を得るのは相当な困難を伴うだろう。

筆者が「欧州は『日本の失われた20年』をこれから経験するのでは」と質問すると、ギデンズ氏は「失われた20年は、移民を受け入れない閉鎖性、競争力が低いサービス部門など日本特有の問題だ」と反論した。日本では安倍政権がアベノミクスで改革に取り組む中、欧州では牽引役となるドイツの 連立協議が続いている。欧州は「対立」を「和解」に変える意思の力で大戦の荒廃からよみがえった。欧州に今、その意思があるのか。筆者にはギデンズ氏のような信念は持てなかった。

 

第27回 データ・ジャーナリズムに入門

第27回 データ・ジャーナリズムに入門

28年余勤めた新聞社を早期退職し、昨年8月からブログで情報発信を始めた筆者には3つのこだわりがある。インターナショナリズム(国際主義)、インディビデュアリズム(個人主義)、そしてインターネットだ。国際都市ロンドンは、3つの「I」を実験的に 実践してみるには最高の舞台である。

国際主義を伴わないナショナリズムは国家間の対立をあおり、個人主義の衰退した会社至上主義や国家主義は経済の推進力となる起業家精神を削ぐ。日本では新聞各社が強力で大掛かりな専売店網を抱え込むため、即売店中心の英国ほど新聞のオンライン化が進んでいない。日本の新聞が「紙」から「ネット」へ完全に移行するには、さらに10年以上を要するという予想すらある。

英国の新聞がネットにカジを切らざるを得なくなったのは、メディアの巨人BBCが「いつでも、どこでも」を合言葉にして一気 呵成(かせい)に放送のオンライン化を進めたからだ。メディアを制する者は世界を制す、というフロンティア精神が英国には息づく。新聞では「ガーディアン」紙が「アンリミテッド(無制限)」と銘打ち、「紙」の新聞には翌日掲載されるニュースを「ネット」で前日から流し始めた。お金を払わなくてもネットで記事を読めるのだから、新聞社の販売収入は激減。が、その一方で報道の可能性は劇的に拡大した。

誰もがニュースの発信者になれる市民ジャーナリズム。告発サイト「ウィキリークス」や米中央情報局(CIA)元職員スノーデン氏 の機密情報を基にした報道と各国メディア間の連携。こうした動きの背景では、インターネットを通じて大量の情報がもたらされているという現状がある。デジタル化されたデータをコンピュータで解析して問題の核心に切り込むデータ・ジャーナリズムは、新聞のオンライン化がなければこれだけ急速には普及しなかっただろう。

 

ブログを書き始めた当初、筆者のページ・ビュー(PV)は1日3PV程度。要するに家族しか読んでくれる人がいなかったわけだ が、今年は既に累計で1200万PVを突破した。ネットの威力を体験した筆者は「よし今度は、データ・ジャーナリズムに挑戦だ」と、ジャーナリストの溜まり場で開かれた2日間のワークショップに参加した。

表計算ソフトでデータをグラフ化できるようになればと安易に考えていたのだが、指導者のスチュアート・バートラム氏は英陸軍で情報活動を担当し、その後、英政府通信本部(GCHQ)に勤務したことがあるシギント(電子的な諜報活動)のエキスパートだった。オンライン上ではイスラム原理主義や極右のテロリスト、ハッカー集団が暗躍する。バートラム氏はネット上に残された彼らの足跡を手掛かりにソーシャル・ネットワーキング・マップを作成し、組織の構成や人間関係をあぶりだすプロファイリングの手法を説明してくれた。

事件取材や調査報道には少々の自信があった筆者だが、次元が違いすぎる。スノーデン氏が持ち出した機密資料を報道する「ガーディアン」紙の情報処理スピード、規模、質は10年前には想像もできなかったレベルに達している。報道の世界も他分野と同様、「高速化」「高度化」「専門化」が進む。「紙」の新聞をできるだけ長く生きながらえさせることに主眼を置く日本のメディアは欧米の進歩に太刀打ちできなくなっている。英語は世界の共通言語だ。ネット上に蓄積される英語のデータ量も天文学的なスピードで増えていく。これをコンピュータで処理して報道する欧米メディアに、ガラパゴス化した日本メディアが対抗できるとは到底、思えない。

 

しかし、2日間の講習で、読者の心に訴えるのは結局、昔ながらのジャーナリスティックな視点であることにも改めて気付かされた。クリミア戦争で負傷兵の治療に献身した英国の看護婦ナイチンゲールは統計学者としても有名だ。戦争での死者を分析して死因と死亡月をグラフ化、衛生状況の改善に取り組んで治療実績を向上させた。「公平で、少しでも住みやすい社会を築こう。そのためには情報の共有が必要だ」という志がジャーナリズムの原点になる。

講習の後、早速、ビジュアル化したデータを使った記事のリンクをスチュアートに送信すると、「いいぞ! この調子で頑張れ」という温かい励ましの言葉が返ってきた。

 
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