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Fri, 03 April 2026

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第26回 スパイ国家は是か非か

第26回 スパイ国家は是か非か

イスラム過激派によるテロ防止の最前線に立つ英情報局保安部(MI5)のアンドリュー・パーカー長官が8日、ロンドンで講演し、「情報機関による情報活動の詳細を明らかにすることはテロリストを利するだけだ」と述べ、暗に「ガーディアン」紙の報道を批判した。同紙は6月以降、米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデン氏から入手した機密資料を基に米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)による個人情報の収集活動を暴露している。パーカー長官は「情報機関がすべての人とその会話を子細漏らさずモニターしているように思わせるのはナンセンスそのものだ」と主張した。

欧米諸国の情報機関と機密情報を共有するため、特定の秘密を漏らした公務員らへの罰則を強化する「特定秘密保護法」が日本でも議論されている。国民の知る権利、プライバシー保護と、テロを防ぐための情報活動のバランスをどう取るかは極めて難しい問題だ。しかも、電子メールや動画投稿サイトのユーチューブ、フェイスブックやツイッターなどのソーシャル・メディアの普及で電子データは幾何級数的に増殖し、「ビッグ・データ」と呼ばれるようになった。

 

スノーデン証言を連続スクープした「ガーディアン」紙は「個人データの量も情報活動の範囲も飛躍的に拡大する中で、サイバー空間で密かに行われている情報活動の是非を問い直す必要がある」と報道の意義を強調。NSAが大手検索サイトのヤフーやグーグル、フェイスブックと協力して個人情報を収集したり、インターネット上の情報を第三者に傍受されないようにする暗号化技術を解読したりしていた実態を暴き出した。暗号化技術の解読に成功すれば、フリーパスであらゆるインターネット上の個人活動を監視できるようになる。

一体誰が、いつ、インターネット上を飛び交うすべてのプライバシーにアクセスする権利を情報機関に与えたのかというのが「ガーディアン」紙の問い掛けである。しかし、同紙がスノーデン氏から入手した資料には命懸けで情報活動に携わる情報員の名前まで含まれていた。このため、キャメロン政権は同紙にスノーデン氏から入手した資料の破棄を命じたり、記事の執筆者のパートナーを拘束して所持品を没収したりする強硬手段に出た。「報道の自由」は「国家の治安」を守るためには制限されてもやむを得ないというわけだ。

9・11後に初代英内閣安全保障・情報問題委員会議長を務めたデービッド・オマンド元GCHQ長官はシンクタンク、英王立国際問題研究所での講演で、「2005年のロンドン同時爆破テロ以降、10数件のテロ計画があった」ことを明らかにし、年間のテロ対策費は米国が1兆ドル(約98兆円)、英国が30億ポンド(約4700億円)に上っている実態を示した。そのオマンド氏は「ガーディアン」紙への寄稿で「インターネットの自由を問うことこそ公共の利益だというスノーデン氏の論理は薄っぺらだ」と切り捨てた。

 

国家の安全をオマンド氏とスノーデン氏のどちらに託すかと聞かれれば、筆者はためらわずオマンド氏を選ぶ。国際都市ロンドンは常にテロのリスクと背中合わせだ。携帯電話やインターネット上の通信傍受、防犯カメラ、クレジット・カードや公共交通機関のパスの使用記録がテロ対策に活用されていることに疑問を持つ人はいないだろう。いつ、どこで起きるか分からないテロに対抗する有効な手段がそうした情報活動だからだ。しかし、国家権力による情報活動はもちろん無制限であって良いはずはなく、議会の秘密会などによる監督が必要になる。

日本では女優の藤原紀香さんが自身のブログで特定秘密保護法案について「国に都合よく隠したい問題があって、それが適用されれば、私たちは知るすべもなく、しかも真実をネットなどに書いた人は罰せられてしまう。。。なんて恐ろしいことになる可能性も考えられるというので、とても不安です」と書き込んだ。特定秘密保護法案に関するパブリックコメントは9万480件に達し、反対が77%、賛成は13%だった。死者13人、負傷者約6300人を出した1995年の地下鉄サリン事件の記憶が生々しいが、テロを防ぐための情報収集能力がどれだけ向上したのか、個人的にはそちらの方が心配になってくる。

 

第25回 ガス・電気料金凍結政策の波紋

第25回 ガス・電気料金凍結政策の波紋

労働党のミリバンド党首が9月24日、英南部の保養地ブライトンで開かれた年次党大会で「2015年の総選挙で労働党が勝てば、ガス・電気料金を少なくとも20カ月にわたって据え置く」と表明した。翌25日、「ビッグ6」と呼ばれるガス・電気小売大手6社のうちセントリカとSSEの株価が5%以上も急落、ビッグ6の経営トップや財界、与党・保守党、そして身内の労働党からも批判が噴き出した。

英国で生活するための固定経費はといえば、住宅費、カウンシル・タックス(地方税)にガス・電気料金だ。私事で恐縮だが、我が家はnpower(親会社はドイツの電力会社RWE)と契約している。8月分の代金は104ポンド(約1万6500円)。安倍首相の経済政策アベノミクスで円安が進み、ガス・電気料金もバカにならなくなってきた。

2005年と比較するとガス料金は11.2%、電気料金は8.1%も値上がりしている。全体の消費者物価は3%しか上がっていないので、余計にガス・電気料金の割高感が目立つ。npowerの場合、11年1月にガス・電気ともに5.1%値上げ。10月にガス15.7%、電気7.2%値上げ。ガスはいったん12年2月に5%値下げされたが、11月に再び8.8%値上げ。電気も9.1%値上げされた。一方、この3年間で家計収入は平均で2.9%しか増えていない。労働党支持者でなくても、「いったい、どうなってんの」と不満をぶつけたくなる。労働党によると、ビッグ6の収益は09~10年の21億5000万~22億2000万ポンドから11~12年には38億7000万~37億4000万ポンドとなった。ガス・電気の卸値が上昇したとき、ビッグ6は消費者への料金を値上げしたが、卸値が下がっても料金を下げなかった。ミリバンド党首はここに目をつけ、ビッグ6に収益の一部を消費者に還元するよう要求。消費者は年120ポンド、企業は年1800ポンド、ガス・電気料金が浮く計算だと労働党はソロバンを弾く。

 

ミリバンド党首の主張には一理あるようにも聞こえるが、そもそも英国は高くなりすぎた電気料金を引き下げるため、サッチャー時代の1990年に世界に先駆け発送電分離と電力自由化に取り組んだのではなかったか。卸売市場を自由化したまま、小売価格を抑えたら、逆ざやが生じて発電事業者は電力を供給する意欲を失いかねない。

2000年の米カリフォルニア電力危機はまさに小売価格を凍結したことが発端だった。ブレア、ブラウン両首相のブレーンだった労働党の重鎮マンデルソン上院議員は「労働党の政策が逆戻りする危険がある」と批判した。自由市場に政府が介入することは、英国がサッチャー改革前に戻ろうとしているという誤ったイメージを与えてしまう。同党のジョーンズ上院議員の批判はもっと手厳しい。「今のエネルギー政策を作ったのは、ブラウン政権でエネルギー・気候変動相を務めたミリバンド党首自身だ」。

 

北海油田の枯渇が現実問題になる中、天然ガスの輸入コストがかさむ。送電コストも上昇し、再生可能エネルギーを促進するためのエネルギー環境税制による負担が増大。3つの要素が英国のガス・電気料金を押し上げ、20年までにさらに50%上がるという試算さえある。

労働党が次の総選挙で政権を奪還し、ガス・電気料金の小売価格を抑制すればどうなるか。ビッグ6がもうからなくなり、洋上風力発電所や原子力発電所の建設資金が市場から調達できなくなるリスクが膨らむ。それでなくても英国は老朽原発や火力発電所の閉鎖で電力不足が懸念されている。洋上風力発電所や原発の建設が遅れれば、電力危機の引き金になりかねない。

英国の歴代政権は、2020年までに30%以上の電力を再生可能エネルギーで供給することを政府目標に掲げている。その一方で、キャメロン政権は北海油田に代わるエネルギー源として安価なシェール・ガスに注目している。地球温暖化対策のため再生可能エネルギーを促進すれば電気料金は高騰する。逆に、安価なガス火力発電を多用すれば温室効果ガスの削減は難しくなる。ミリバンド党首の主張は消費者に心地良いが、破綻したときにツケを払わされるのは同じ消費者だ。日本でも原発を再稼働するか否かの選択を迫られている。どちらを選ぶかは、結局各国の有権者にかかっている。

 

第24回 「世界の警察官」の退場――シリアへの軍事介入

第24回 「世界の警察官」の退場――シリアへの軍事介入

8月31日、米ワシントンのホワイトハウス・ローズガーデンでオバマ米大統領はシリアへの軍事介入を決断したと表明する一方で、米議会の承認を得る考えを示した。米大統領が武力行使する際、議会の事前承認を求めるのは極めて異例。世界中が地中海の米駆逐艦から巡航ミサイルがアサド政権の化学兵器施設に向けて発射されたと思って、TVに食らいついていたに違いない。かく言う筆者もその一人だった。

その10日前、シリアの首都ダマスカス近郊12カ所でサリンなどを混合した化学兵器が使用されたとの情報が報じられたことから国際情勢は一気に緊迫していた。化学兵器使用をレッドライン(越えてはならない一線)と宣言していたオバマ大統領は英仏両国とともにアサド政権に限定的なミサイル攻撃を加え、二度と化学兵器を使わせないようにする決意を固めていた。

米情報機関の報告書によると、犠牲者は少なくとも1429人、うち426人が子供だった。アサド政権の支配地区からロケットが撃ち込まれた直後から化学兵器の被害が拡大。これまでにも化学兵器使用疑惑がくすぶったことがあったが、今度こそアサド大統領の首根っこを押さえたという確信が米国にはあった。

世界を驚かせたオバマ大統領のUターンについて、元米国務次官補代理で英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック上級研究員は「ホワイトハウスのスタッフも衝撃を受けたはず。オバマ大統領個人の決断だった」と解説する。「イラク、アフガニスタンの2つの戦争を終わらせるために選ばれたオバマ大統領は、シリアで引き金を引いて中東の泥沼に巻き込まれるのを避けたかったのだろう」と、同上級研究員は大統領の胸中を読み解く。

 

オバマ大統領の決断には前段がある。当初、同大統領はロシアや中国が拒否権を持つ国連安全保障理事会をスキップしてシリアを攻撃し、9月5、6日にロシアで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、アサド政権を支援するプーチン露大統領に揺さぶりをかけ、膠着(こうちゃく)状態に陥った停戦協議を動かす算段だった。

オバマ大統領から計画を打ち明けられたキャメロン首相は夏期休会中の英下院を8月29日に臨時招集した。戦争をめぐる首相の動議を議会が否決したのは1782年、米国の独立戦争をめぐる首相の戦闘継続方針を議会が退けた例があるだけ。1956年のスエズ動乱で米国と反目し煮え湯を飲まされた経験から、英国はベトナム戦争を除き、ひたすら米国に付き従ってきた。アサド大統領の化学兵器使用を見逃すわけにはいかない。キャメロン首相は野党・労働党のミリバンド党首と会談し、同意を得たと思い込んだ。しかし、巡航ミサイルでシリアの軍事施設に攻撃を加えることに賛成する英国の世論は25%、反対は実に50%に達しており、イラク、アフガン戦争を知る元英軍の重鎮が軒並み反対に回った。首相の動議は7時間の審議の末、反対285票、賛成272票で否決された。労働党は反対、与党・保守党からも造反が出た。

英フリーゲート艦の元艦長G・A・S・C・ウィルソン氏は「シリアは宗派抗争に陥ったイラク型ではなく、リビア型の紛争だった。しかし、反政府勢力に国際テロ組織アルカイダ系のグループが入り込むなど状況が複雑になりすぎた」と語る。

 

オバマ大統領は「米国は世界の警察官ではない」と宣言し、プーチン大統領が提案したシリアの化学兵器を国際管理する計画に飛びつき、シリアの化学兵器を2014年半ばまでにすべて廃棄させる枠組みで合意した。前出のフィッツパトリック氏は「これでオバマ大統領は米議会での否決という政治的な敗北を避けることができた。しかし、計画を協議するのに数週間、国連調査団を安全に現地へ派遣するのに数カ月、化学兵器を廃棄するのに数年を要する。もしこの計画が機能するのなら、オバマ大統領の用心深さは最終的に成功するかもしれないが」と懐疑的な見方を示した。

人道的介入という大義、化学兵器使用を許さないという国際秩序、世界の安全保障の重しになってきた米国のレッドラインは大きく揺らいだ。世界の保安官(米国)と助手(英国)は退場し、シリアの将来は安保理で手ぐすねを引くロシアと中国に委ねられた。

 

第23回 夏を騒がせるダイアナ元妃の亡霊

第23回 夏を騒がせるダイアナ元妃の亡霊

1997年8月31日未明、ダイアナ元皇太子妃と映画プロデューサー、ドディ・アルファイド氏ら4人を乗せたメルセデス・ベンツがパリ・セーヌ川沿いのトンネル内で支柱に激突、ダイアナ元妃、ドディ氏、運転手の3人が死亡した。

当時、ダイアナ元妃とドディ氏がキスをする写真が大衆紙に掲載され、「ダイアナ元妃の新しい恋」を求めてメディアの報道は過熱していた。事故は「パパラッチ」と呼ばれるカメラマンたちがオートバイでダイアナ元妃を追跡中に起きた。

世界を騒然とさせた事故から16年。ロンドン警視庁が8月17日、「ダイアナ元妃の死をめぐる新たな情報が寄せられた。現在、調査中だ」と発表。ダイアナ元妃の交通事故は仕組まれていたという陰謀説が改めて世界中を駆け巡った。筆者にも日本の週刊誌やテレビ局から問い合わせが殺到した。

 

ロンドンで6年余、大衆紙のニュースを追い駆けていると次第に用心深くなってくる。特に「シリー・シーズン(sillyseason)」と呼ばれるニュースの夏枯れ期、飛びつきたくなるニュースほど要注意だ。8月31日はダイアナ元妃の命日。陰謀説、しかも今回は陸軍特殊空挺部隊(SAS)が絡んでいるという。

SASは第二次大戦中に破壊活動・対ゲリラ活動を行うため設置され、カダフィ大佐を打倒したリビア軍事介入でも同国に潜入して秘密作戦を展開した。対外情報活動を担当するMI6(情報局秘密情報部)と並んで、秘密のベールに覆われた組織である。

英メディアの報道を精査すると高級日曜紙「サンデー・テレグラフ」が電子版でいち早く報じていた。大衆日曜紙「サンデー・ピープル」はロンドン警視庁が入手した新情報の内容を詳細に報道。それによると、SAS隊員が元妻に「隠蔽されたダイアナ元妃の死にSASが関与していた」と話していたことを、元妻の両親が離婚争議中に英軍とロンドン警視庁に書簡で伝えていた。

この隊員は、元ルームメートの狙撃手ダニー・ナイチンゲール氏がピストルと銃弾約300発を不法に所持していたとして2011年に逮捕された事件の告発者だった。ナイチンゲール氏は軍法会議で拘禁18月の有罪判決を受けたものの、10万人の署名が集まり、再審の結果、執行猶予判決を得ていた。SAS関与の証言が伝聞の伝聞に基づくものだし、ネタ元の隊員の証言自体がどうも、うさん臭い。「サンデー・テレグラフ」紙のデスクに電話で事情を尋ねると、「2、3社の記者が問題の書簡を入手した。それを受けてロンドン警視庁は調査中だと発表したが、調査してもダイアナ元妃は事故死だったという結論は動かないだろう」という見通しを語ってくれた。

 

それにしても、なぜ、ダイアナ元妃は交通事故を装って暗殺されたという陰謀説は完全には消えないのか。

6000ページに及ぶフランスの捜査資料は運転手の過剰飲酒、スピードの出し過ぎが事故原因と結論づけた(1999年)。死因審問に先駆けて行われた「オペレーション・パジェット」と呼ばれるロンドン警視庁の捜査も結論は同じ(2006年)。MI6元長官ら278人の証人が出廷、6カ月に及んだ死因審問(07~08年)でも運転手の飲酒、パパラッチの追跡が原因という結論が導かれた。

一方、ダイアナ元妃の元執事ポール・バレル氏が04年、同元妃が事故死する10カ月前に「車のブレーキに細工がされている。事故に巻き込まれそう」と話していたと証言。ドディ氏の父親で当時、高級百貨店のオーナーだった大富豪モハメド・アルファイド氏がMI6やフィリップ殿下(エリザベス女王の夫)の関与を言い募ったことから、06年12月時点の世論調査では実に英国民の31%が事故ではないと信じ込んでいた。

しかし、1250万ポンド(約19億円)もかけた死因審問について、78%の国民が「税金の無駄遣い」と回答。「ガーディアン」紙は「フィリップ殿下やMI6、イスラエルの情報機関モサド、火星人が関与した謀略は存在しなかった」と強烈に皮肉った。王室と政府はすべてをさらけ出すことで陰謀説を封印することにひとまず成功した。

この夏、蒸し返されたダイアナ元妃の死をめぐる騒動は、陰謀説の亡霊が独り歩きしないよう、どんな情報でも隠し立てしないという英国の姿勢を改めて際立たせた。

 

第22回 ゼロ・アワー契約の落とし穴

第22回 ゼロ・アワー契約の落とし穴

英中央銀行・イングランド銀行のカーニー総裁は7日、失業率が7%を下回るまで史上最低金利の0.5%と量的緩和策を維持する方針を明らかにした。米連邦準備制度理事会(FRB)は既に緩和策解除の条件として失業率低下を掲げており、英中銀も追従した格好だ。

カーニー総裁は中期的にインフレ率が2.5%を上回れば緩和策を見直すとし、「英国の経済回復の足取りは歴史的に見ても弱い」と慎重な見方を示した。現在の失業率は7.8%。7%まで下げるには75万人の雇用を創出しなければならず、総裁は「2016年半ばまで現在の緩和策は維持されるだろう」とも述べた。

前評判では積極緩和に動くとみられていたカーニー総裁が失業率とインフレ率の両方をにらんだ金融政策をとらざるを得なかったのは、40カ月連続で生活費の上昇率が賃金のそれを上回っている英国経済の厳しい現実がある。平均時間給は2009年の12.25ポンドをピークに下がり続け、現在は03年レベルの11.21ポンドにまで落ち込 んだ。23年まで待たないと世界金融危機前の生活水準には戻らないとも言われている。欧州単一通貨ユーロ圏(17カ国)の失業率は12.1%。ユーロ安定のため財政再建と経常収支の黒字化を強いられ南欧諸国の内需は落ち込み、失業率は膨らんだ。単一通貨の構造的欠陥によるハンディキャップを加味しても英国の失業率7.8%は「上出来」と みることができる。しかし、これにはカラクリがある。

 

欧州連合(EU)指令で10年以降、12週間以上働いたパートタイマーに対して、EU域内では正規雇用者同様の権利を与えなければならなくなった。そこで英国では「ゼロ・アワー契約」と呼ばれる雇用形態が生み出された。学生や年金生活者がフルタイムの雇用に縛られず、好きな時間に働くことができると言えば聞こえは良いが、実際には景気後退の対策として人件費削減の方便に使われているのが現実だ。

ウィリアム王子とキャサリン妃の第1子、ジョージ王子誕生に沸くバッキンガム宮殿でもこの夏、コスト削減のため350人とゼロ・アワー契約を結んだと英メディアが一斉に報じた。この契約では雇用者の必要に応じて労働者は働くが、必要がなければ仕事にはありつけない。もちろん有給休暇はゼロ。だが仕事が全くないより少しでもある方がましなため、ゼロ・アワー契約に甘んじなければならないという一つの構図ができあがっている。

英国家統計局はゼロ・アワー契約の労働者は20万~25万人(就労者全体の0.84%)と推定していた。しかし、民間の研究機関CIPDが調べたところ、実はその4倍の100万人(同3~4%)に上る可能性が出てきた。その38%は週に30時間以上働いており、正規社員とほぼ同じ勤務なのに、待遇は大きく異なるという実態も浮かび上がった。CIPDのピーター・チーズ最高経営責任者は「ゼロ・アワー契約を雇用者が責任を逃れるために使うことはできない」とクギを刺している。

 

大阪市西成区あいりん地区の近くで育った僕は高校時代、日雇い労働者に交じって建設現場で働いたことがある。全国から出稼ぎに来る彼らは資本主義、すなわち景気変動の「調整弁」だった。それでも30数年前の日本には仕事はあふれるほどあった。

英国ではいま「調整弁」代わりのゼロ・アワー契約が100万人、しかも、その範囲はホワイトカラーの専門職にまで広がっている。ボランティア、公共部門、小売、ファストフード店、ホテル、映画館の従業員から国民医療制度(NHS)の医師にいたるまでがゼロ・アワー契約を結んでいる。

キャメロン首相は野党党首時代の06年、「いま、私たちは人生にとってオカネ以上のものがあることを認め、国内総生産(GDP)だけではなく、一般の幸福(GWB、general well-being)に注目すべきときを迎えた」と述べたことがある。しかし、世界金融危機を境に英国民の生活水準は落ち込む一方で、GWBは最悪のレベルに達している。僕の周りにも「物価は上がっているのに仕事が減って、蓄えを食いつぶす一方だ」と嘆いている人は少なくない。ゼロ・アワー契約の拡大は、英国経済そのものがゼロ・アワーに陥っていることを物語っている。

 

 

第21回 ツイッターにはツイッターで ー ロイヤル・ベビー誕生

第21回 ツイッターにはツイッターで -
ロイヤル・ベビー誕生

7月22日午前5時半、世界中の報道陣が24時間態勢で張り込んでいたロンドンのセント・メアリーズ病院リンド病棟。その正面玄関からぐるーっと回った裏口に黒色のレンジローバーともう1台の車が滑り込んだ。裏口に張っていたのは駆け出しのフリー・カメラマンらわずか2~3人。ウィリアム王子に付き添われたキャサリン妃は、さっと病院の中に姿を消した。カメラマンは「これから出産する女性の写真は撮れないよ」と減らず口をたたいてみせたが、ウィリアム王子とキャサリン妃は見事に世界中のメディアを出し抜いた。誰一人として出産入院の瞬間を撮影することはできなかった。

報道陣の張り番の交代時間だった午前6時前を狙ったウィリアム王子の作戦はまんまと図に当たった。同行のボディーガードも親指を立てて「してやったり」の表情。しかし、カメラマンの「ケイト・ミドルトンがたった今、病院に入りました」というツイートが世界を駆け巡り、約2時間後、英王室は入院の事実を公式に認めた。

 

今回、ツイッターが英王室の伝統を打ち破るのかという点についても大きな関心が集まっていた。初産には平均で11~15時間ほどかかるといわれている。故ダイアナ元皇太子妃はウィリアム王子の出産に16時間を要した。キャサリン妃が入院して約14時間半が経過した同日午後8時すぎ、英王室がこれまで予定していた発表方法を変えると言い出し、BBC放送のニュースキャスターもバタバタし始めた。

お世継ぎが誕生すると、性別と出産時間、出産直後の母子の状態を記した医師の署名入り出生証明書を病院からバッキンガム宮殿に車で運び、エリザベス女王に誕生が伝えられる。そのほかのロイヤル・ファミリー、キャサリン妃の家族、キャメロン首相、英連邦加盟国の代表へ伝達された後、出生証明書が黄金色のイーゼル(画架)に載せられてバッキンガム宮殿の正面玄関側に掲示される。そのときに初めて、お世継ぎが男の子か女の子か分かる、という段取りになっていた。

しかし、イーゼルという伝統に先駆けて、メディアへの一斉メールと同時に英王室がツイートした「男児誕生」のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。発表時間は午後8時半。出産時間は午後4時24分だった。空白の4時間。ウィリアム王子とキャサリン妃は電話でエリザベス女王らへの報告を済ませ、できるだけ長く親子水入らずの時間を持とうとしたのだという。それが、キャサリン妃には母ダイアナ元妃と同じ道をたどらせたくないというウィリアム王子の愛の形だった。

午後8時半は英各紙の締め切り時間ギリギリだった。1701年の王位継承法が改正され、男女の性別に関係なく、第1子が王位を継承することになり、性別はこれまでと違って大きな意味を持たなくなった。とはいえ、歴史的なイーゼルより現代のツイッターが優先されたのは驚きだった。

 

ツイッターなどソーシャル・ネットワークの発達で、情報が漏れ、瞬時に拡散する怖さは、「パパラッチ」と呼ばれるカメラマンに追いかけ回されて不慮の交通事故死を遂げたダイアナ元妃の時代をはるかに凌駕している。元妃の時代はビキニ姿、レオタード姿を盗撮されて大騒ぎになったが、昨年、キャサリン妃はトップレス姿、ヘンリー王子は全裸姿を盗撮されて、インターネット上に2人のあられもない姿が氾濫した。

しかし、ツイッターの恐怖にはツイッターの威力で対抗しようというのが、ラジオ、テレビ、インターネットの各時代に柔軟に対応してきた英王室の姿勢だった。1982年、ダイアナ元妃がウィリアム王子を出産したとき、リンド病棟前に陣取ったテレビはBBCと民放局ITVの2社だけ。今回は世界70社に及んだ。

キャサリン妃の胸に抱かれてリンド病棟から出てきた男の子は、世界が注視する中で、もみじのような手を結んだり開いたりして応えた。体重3800グラム。名前は「ジョージ・アレクサンダー・ルイ」。エリザベス女王の父は映画「英国王のスピーチ」でおなじみのジョージ6世。ジョージという名前の国王たちの時代に英国は世界に版図を広げ、2つの大戦を勝ち抜いた。ジョージ王子が国王になる時代、英国はどんな発展を遂げるのだろう。

 

 

第20回 ウィンブルドンが生む世界最強の王者

第20回 ウィンブルドンが生む世界最強の王者

7月7日、英国にお住まいの日本人の皆様もテレビの前で歓声を上げられたのではないだろうか。2008年から4年間、ウィンブルドン・センター・コートの記者席からフェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マリーの戦いを追い続けた僕にとっても待ちに待った瞬間だった。英国人選手としては1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりの優勝を果たしたマリーは「この4~5年は非常に苦しく、ストレスとプレッシャーにさらされてきた。ウィンブルドンで優勝するのはとても困難なことだ。今でも優勝できたことが信じられない」と語った。それほどフェデラー、ナダル、ジョコビッチの壁は厚く、英国中の期待も繊細なマリーには重圧になっていた。

 

08年、男子シングルス決勝、日没まで続いたナダルとフェデラーの死闘は忘れられない。普通の選手ならバックハンドで返すのがやっとのボールをナダルは回りこんでフォアハンドから強烈なトップスピンを繰り出す。信じられないほど高く跳ね上がるボールをフェデラーが華麗なエア・ショットでリターンする。両雄の力は拮抗していた。薄暗がりの中で2人が打ち返すボールの音だけがセンター・コートに響いた。日没がなければこの死闘が決着したかどうかは分からない。しかし、フェデラーが最後のボールを打ち返そうとしたとき、夜の帳がセンター・コートを包み込んだ。ナダルのみなぎる若さとエネルギーも勝負の運を呼び寄せた。

 

スコットランド・ダンブレーンのスポーツ・クラブでテニス・コーチの母ジュディさんの指導を受けて育ったマリーがスペインに渡ったのは15歳のとき。1歳上のナダルに完敗し、世界を目指すにはナダルと同じようにしなければと、クレー(赤土)のコートで練習した。7日間だけ年下のジョコビッチとは11歳で初対戦して以来のライバルだ。マリーは少年時代から国際競争の波にさらされてきた。

芝のウィンブルドンではボールが滑るように低く跳ねるためリターンが難しく、サーブ・アンド・ボレーが有効な戦術になる。ジャンプして優雅にバックハンド・ボレーを決めて見せるフェデラーがウィンブルドンで最多タイの7勝を挙げられたのもこのためだ。ハード・コートの大会が主流になる中、調整が難しく、プレーの幅が求められる芝のウィンブルドンを敬遠する選手が増えている。今大会では滑って負傷する選手が相次いだが、マリーは優勝後の記者会見で「ウィンブルドンはテニスの頂点だ」と言い切った。テレビ中継に配慮して09年にセンター・コートには可動式の屋根が設けられたが、ウィンブルドンにはテニスの美しさと伝統の重み、勝負の厳しさが根付いている。

ウィンブルドンは1877年にアマチュア大会として始まり、1968年にプロ選手も加えてオープン化した。大英帝国が衰えを見せるまで英国人選手が優勝を独占していたが、海外選手が力をつけ、男子シングルスでは36年以来、女子シングルスでも77年のウェード以来、英国人選手は優勝から遠ざかっていた。

日本では、激しい自由競争で国内選手や国内企業が自国から駆逐されていく様子を「ウィンブルドン現象」と皮肉るようになった。サッチャー首相の金融ビッグバン(86年)で、ロンドンの金融街シティにある英国の金融機関が淘汰されたことでこの表現は日本で定着した。

ウィンブルドンには世界で一番優れた者だけが栄冠を手にできるという哲学が息づく。英国人選手への多少のひいきはあったとしても、英国人とそれ以外という差別はない。センター・コートはボルグ、マッケンロー、サンプラスという世界最高の勝者をたたえてきた。そして、77年という歳月を経て、マリーがウィンブルドンの歴史に名を刻んだ。4大大会8勝のレンドル氏(旧チェコスロバキア出身)をコーチに招いて、マリーは精神面の弱さを克服した。スコットランド出身のマリーはなかなか英国全体を味方につけることはできなかったが、昨年のロンドン五輪金メダルでわだかまりは溶けた。マリーは英国と一体化し、英国伝統のテニス・スタイルに世界から最高のテクニック、メンタリティーを付け加えた。

ウィンブルドンは英国の勝者ではなく、世界最強の勝者を生み出したのだ。

 

第19回 ジェフリーの笑い ― ジョージ・オズボーン財務相が15年度歳出計画を発

第19回 ジェフリーの笑い ―
ジョージ・オズボーン財務相が15年度歳出計画を発表

ジョージ・オズボーン財務相が6月26日、3年ぶりの歳出計画を発表した。キャメロン政権は2014年度予算で、構造的財政赤字(景気循環に左右されない赤字)の解消を目標に掲げてきたが、公約通りに解消できなかったため、次の2015年度予算にまで繰り越さざるを得なくなった。

新たな歳出削減額は115億ポンド(約1兆7000億円)。10年度予算に比べて、外務省は実に50.3%カット。雇用・年金省は47.4%、文化・メディア・スポーツ省は45.4%の削減と涙も出ない状態だ。サッチャー元首相の葬式で思わぬ涙を見せた財務相の胸中はいかにと思いきや、当のオズボーン氏は「我が政府は英国経済を破綻の淵から引き戻した」と堂々と胸を張った。

先の主要8カ国(G8)首脳会議で、オズボーン氏はオバマ米大統領から黒人歌手、ジェフリー・オズボーン氏の名前と混同され、3度も「ジェフリー」と呼ばれて赤面。本物のジェフリーからヒット曲「オン・ザ・ウイングス・オブ・ラブ」をデュエットしようと提案され、ツイッターで「私の歌を聞いたら、デュエットをしようとは思わないよ」と軽妙に応じてみせた。また、発表前夜には、9.7ポンド(約1400円)のバーガー・セットを食べながら最終チェックする姿を撮影してツイートするなど、「歳出削減」を徹底的にアピール。その一方、歳出計画では、英国に高速車両を納入する日立製作所も興味を示す高速鉄道(HS2)の予算を約80億ポンド増額するなど、総額1000億ポンドの長期インフラ投資を盛り込んだ。

 

財務相は今年1~3月期、英国経済が0.3%成長を達成したのを追い風に、「改革」「成長」「公正」の3点を強調。これまで歳出削減に一貫して反対、「設備投資のため国債発行を増やす」(ボールズ影の財務相)と訴えてきた労働党は有権者の信頼と面目を失った。最近の世論調査では59%が「歳出削減は必要」と答え、「反対」は27%。現在、保守党と自由民主党の連立政権が取り組む歳出削減について、なぜか37%が労働党を非難し、連立政権への非難は24%にとどまるという珍現象が起きている。明確な政策を打ち出さず、政権批判に終始してきた労働党のミリバンド党首に有権者は愛想をつかしてしまったのだ。

しかし、英国経済の見通しを楽観するのは時期尚早と言えるだろう。英国経済は欧州、米国など世界経済から受ける影響が大きいからだ。6月19日、オズボーン財務相がロンドン市長公邸で演説を始めようとしたとき、G8サミットに参加した安倍晋三首相は金融街シティでアベノミクスについて講演を終えたばかりだった。シティの投資家は「安倍首相の強い政治的意思を感じた」と評価しながらも、「日本だけでなく米国も欧州も英国もそれぞれ違うモデルで成長を取り戻そうとしている。どれがうまくいくかはまだわからない」と慎重だった。アベノミクスに短期の投機マネーは反応したが、長期の投資マネーは日本の成長戦略と構造改革を見守っている。国内総生産(GDP)の240%に達する日本の政府債務に市場の焦点が当たれば、日本は世界経済を揺るがす爆弾になりかねない。

同じころ、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が、米国債などを毎月850億ドル(約8兆3000億円)買い入れている量的緩和策第3弾(QE3)について、景気回復が順調に進めば「年後半にペースを縮小し、来年半ばに購入を終了するのが適切」と発言。米国経済は確実に成長軌道に乗りつつあるものの、FRBの「出口戦略」はまだ不安定な世界市場を激しく揺さぶった。

 

財政収支と経常収支の改善に取り組んできた欧州単一通貨ユーロ圏(17カ国)。南欧諸国の失業率は悪化したままで、仕事にあぶれた若者の流出が続く。

英国ではイングランド銀行(英中央銀行)のキング総裁に代わり、7月1日から新総裁にカナダ銀行(中銀)総裁のカーニー氏が登板する。キング氏は退任前、「各国中銀が金融政策を引き締めるには程遠い」との見解を示した。構造的財政赤字が解消されるのは17年度予算という予想もある中で、オズボーン氏と二人三脚を組むカーニー新総裁がどんな金融政策を繰り出すかは分からない。英国は長くて暗いトンネルをまだ抜け出していない。

 

第18回 父親の涙にも理解を―ハーグ条約加盟

第18回 父親の涙にも理解を― ハーグ条約加盟

国際結婚が破綻し、片方の親が16歳未満の子供を無断で国外に連れ去った場合、子供をいったん元の居住国に戻して、その国の裁判で養育者(監護者)を決めるハーグ条約の実施法が12日、日本の国会で成立した。同条約の締約国は現在、89カ国。主要8カ国(G8)では日本だけが未加盟だったため、欧米から強く加盟を求められていた。

英市民団体「チルドレン・アンド・ファミリーズ・アクロス・ボーダーズ(CFAB)」は英国人男性と離婚した日本人女性が無断で子供を日本に連れ去った事案も取り扱ってきた。最高経営責任者(CEO)のアンディ・エルビン氏は2010年、日本の政府と政治家にハーグ条約への加盟を説得するため日本を訪れたこともある。

「これまでは連れ去られた子供を英国に連れ戻す手段がなく、英国人の親は日本の裁判所に提訴することもできなかった。英国人の多くは日本の家族法を、夫婦間に葛藤が生じたときに連れ去りや面会拒否を促す悪名高き『人さらい憲章』とみなしてきた」と強調するエルビン氏だが、日本のハーグ条約加盟については「とてもうれしい。両親が離婚したとしても、子供には両方の親と建設的な関係を保ちながら育つ権利がある。連れ去りや面会拒否は子供を含めた当事者全員を苦しめる」と語った。

 

日本人と外国人の国際結婚は1970年には年間5000件程度だったが、80年代後半から急増、2005年には年間4万件を超えた。一方、日本国内での日本人と外国人夫婦の離婚は1992年に7716件(離婚全体の4.3%)だったのが、2010年には1万8968件(同7.5%)にまで膨らんだ。

それに伴い、日本人が外国から無断で子供を日本に連れ帰ったり、逆に外国人の親が子供を日本から国外に連れ去ったりする事例が増えている。外国政府から日本政府に対して提起されている子供の連れ去り事案は米国81件、英国39件、カナダ39件、フランス33件となっている(日本外務省調べ)。

2011年、米国のテネシー州では、離婚後に子供を無断で日本に連れ帰った日本人の元妻を相手に米国人男性が損害賠償を求めた裁判で、元妻は610万ドル(約5億7000万円)という巨額の支払いを命じられた。米連邦捜査局(FBI)の最重要指名手配犯リストでは、米国人の元夫に無断で子供を連れて日本に帰国した日本人女性の名前がテロリストと同様に扱われていた。僕の妻は約20年前、ロンドンのパブで、若い英国人男性から「あなたは日本人ですか。別れた妻が日本にいるが、子供に会わせてくれない。子供に会いたくて、会いたくてたまらない。英政府もどうすることもできない」と涙ながらに訴えられたことがある。

 

国際結婚が破綻する理由は、性格の不一致、言葉や生活、文化、習慣の違い、家庭内暴力(DV)などさまざまだ。単独親権制度の日本では、犯罪や禁治産宣告などの問題でもない限り、親権は母親に認められる。英国では離婚後も親権は両方の親にあり、裁判で監護者や面会の条件などを決める仕組みになっている。

男女平等が徹底しているように見える英国でも、家庭裁判所の判断で父親の面会が制限されたり、母親が無断で子供を連れ去ったりする事例は少なくない。離婚した父親の親権強化を訴える市民団体「ファーザーズ・フォー・ジャスティス」のメンバーはバットマンに扮装してバッキンガム宮殿に登ったり、下院でブレア首相(当時)に小麦粉を投げつけたり、過激な活動を続けている。彼らのデスパレートな姿は、子供に会えない父親の苦悩を正直に映し出している。

日本では「外国でのDV被害や生活苦から避難するため、日本への連れ去りは最後の手段として必要」「外国で法的解決を図ることになれば高額な弁護士費用、言葉の壁などで日本人の親が不利益を被る」と反対論が強かった。ハーグ条約加盟後も、DVが明らかであれば裁判所は子供を元の居住国に戻す必要はないとされる。

今後は外国人の親による日本からの連れ去り事案も急増すると予想される。子供には母親だけではなく父親も必要なのと同じように、母親にとっても父親にとっても子供はかけがえのない存在なのだ。何かの事情で離婚に至っても、2人で子供を育てていく姿勢を示すことこそが親の愛情ではないのだろうか。

 

第17回 テロに便乗する極右組織 - ウーリッチ英兵刺殺事件の波紋

第17回 テロに便乗する極右組織―ウーリッチ英兵刺殺事件の波紋

英軍兵士リー・リグビーさん(25)がイスラム過激派に殺害された事件から1週間後の5月29日、ロンドン南東部ウーリッチの現場を訪れた。歩道にはあふれんばかりの花束が手向けられ、「リグビーさん、安らかに」「あなたのことは決して忘れない」と書き込まれたカードが添えられていた。事件発生と同じ時刻には1分間の黙祷が捧げられた。

 

現場は王立砲兵隊兵舎の近くだが、駅前ショッピング・センターのすぐそば。22日昼過ぎ、非番だったリグビーさんはイスラム過激派2人に車ではねられた上、ナイフと肉切り包丁で殺害された。2人はリグビーさんの首を切断しようとし、通行人にビデオ撮影を頼んだ。イスラム過激派の男は 「英軍はイスラム教徒を殺戮している。だから、英軍兵士の1人を殺害した。目には目を、歯には歯を、だ」とビデオに向かって叫んだ。血まみれの手と凶器がTV放映され、戦慄と恐怖をまき散らした。リグビーさんは、イラクやアフガニスタンなどで負傷した兵士やその家族を支援する慈善団体「ヘルプ・フォー・ヒーローズ」のTシャツを着ており、イスラム過激派はリグビーさんを英軍兵士と知って犯行に及んでいた。

今回の手口は、不特定多数の市民を無差別に狙った2005年7月のロンドン地下鉄・バス同時爆破テロとは異なる。英軍兵士を残忍な方法で殺害、アフガン駐留を続ける英軍に安全な場所はないという恐怖心を植え付け、西洋とイスラムの間にくさびを打ち込む狙いがあったとみて、警察は捜査している。

現場を訪れた退役軍人の男性は「何も言葉が出ない。これが私のメッセージだ」と言って、「ベテランズ・フォー・ピース」のカードをポケットから取り出した。男性の顔には戦場で負った傷跡が生々しく残っていた。「ベテランズ・フォー・ピース」は退役軍人が軍務経験を生かして戦争の原因や代償を市民に伝えている国際組織だ。イスラム系住民も「イスラム教徒として無辜(むこ)の命が奪われたことを嘆き悲しんでいます。リグビーさんの命を奪った凶暴な攻撃を私たちは憎み、非難します」と書いた看板を掲げた。イスラム系団体「英国イスラム社会」は「私たちを分断する凶行を許しません。これは私たちの国、私たち全員に対する攻撃です」と表明した。

容疑者の2人は警察の銃撃で負傷し、病院に運ばれた。2人はナイジェリア系英国人。うち1人はロンドン在住のマイケル・アデボラージョ容疑者(28)で、03年ごろ、キリスト教からイスラム教に改宗したとされる。同容疑者はかつてイスラム過激派組織の指導者オマル・バクリ師の説教礼拝に定期的に出席。過激思想を説教するバクリ師は05年、レバノン出国を境に英国への入国が禁止された。同容疑者は10年、国際テロ組織アルカイダ系イスラム過激派組織アルシャバブに参加するためソマリアに入ろうとして、ケニアで拘束された。ケニアの情報機関から受けた肉体的・性的虐待が同容疑者を最終的に残忍なテロへと駆り立てたとされる。同容疑者はケニアと英国の情報機関が内通していたと疑っていたようだ。さらに、同容疑者の友人がBBC放送で、「アデボラージョは英情報局保安部(MI5)に協力を求められていた」と告発したことから、MI5の関与についても大きな波紋を広げている。

言論の自由が認められている英国の大学ではイスラム系サークルの過激化が進む。同容疑者ら2人が通っていたグリニッジ大学を含む英国の大学では、学生に過激なイスラム原理主義を説教する公式イベントが実に年間200回も開かれていたという。同時に、インターネットを通じ過激な「一匹狼テロリスト」は増殖を続けている。

 

極右政党・英国民党(BNP)のニック・グリフィン党首はツイッターで「犯人にブタの皮をかぶせて、もう一度撃ってやるべきだ」「大量移民が問題だ」と怨嗟の言葉を書き連ね、極右過激団体・イングランド防衛同盟(EDL)も「イスラム過激主義と英国は交戦状態にある」と抗戦を呼び掛けた。イスラム系移民排斥を叫ぶ極右とイスラム過激派は鏡に映したように共振を始めた。リグビーさんの遺族はイスラム社会への攻撃を止めるよう呼び掛けたが、第二次大戦でナチスに勝利したことを誇りとする英国でも、極右が不気味な影を伸ばしている。

 
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