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Fri, 03 April 2026

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第6回 ラジオ局のイタズラ電話が生んだ悲劇

第6回 ラジオ局のイタズラ電話が生んだ悲劇

王位継承順位第2位であるウィリアム王子(30)の妻、キャサリン妃(30)が第1子を身ごもったといううれしいニュースが、豪ラジオ局のイタズラ電話で悲劇に一変した。キャサリン妃は3日、重いつわりに苦しみ、ロンドンのキング・エドワード7世病院に入院。4日未明、シドニーのラジオ局「2Day FM」のDJ2人がウィリアム王子の祖母エリザベス女王と父親のチャールズ皇太子を装って病院に「孫娘のケイトと話せるかしら」と電話をかけた。

受付がいない時間だったため、インド出身の女性看護師ジャシンサ・サルダナさん(46)が電話に応対。女王からの電話と信じ込んだサルダナさんは病棟の看護師に取り次ぎ、この看護師が「キャサリン妃の体調は安定しています」などと受け答えしてしまった。

2Day FMは録音していた電話のやり取りを放送し、BBC放送など英メディアも大々的に取り上げた。ここで話が終わっていたならイタズラで済まされたかもしれないが、サルダナさんが7日朝、病院の職員寮で自殺しているのが見つかった。

 

サルダナさんは10年前に英国に移住。英王室御用達の同病院に4年以上勤めており、同僚から尊敬され、患者の信頼も厚かったという。責任感が強いサルダナさんはDJにだまされて電話を取り次ぎ、同僚の看護師に迷惑をかけたことを気にしていた。

英メディアによると、ウィリアム王子とキャサリン妃は誰も責めないよう病院側に伝えていた。病院側も処分は考えず、イタズラ電話の再発を防ぐため、取り次ぎマニュアルを見直すと発表していた。

サルダナさんは敬虔なカトリック。家族らが「デーリー・メール」紙に証言したところによると、高潔な性格で芯が強い人だったが、ナーバスな一面もあった。それだけにイタズラ電話に引っ掛かったことを強く恥じていたようだ。病院側は「患者に対する職務を忠実に果たそうとした2人の看護師を辱めた」という抗議文を2Day FMに送付。また、実直な看護師が聴取率稼ぎのイタズラ電話の犠牲になったことから、ソーシャル・メディアではDJ2人に対して「人殺し」などという批判が集中した。

2人は10日、豪テレビ局に出演、「もし私たちが彼女の死と関係があるのなら申し訳ない」と述べる一方で、「イタズラ電話は毎日のように行われており、こんなことが起きるとは誰にも想像できなかった」と悪意がなかったことを強調した。2人の説明では、番組の打ち合わせで病院にイタズラ電話をかけることが決まり、サルダナさんらとの会話を放送するかどうかの判断も番組責任者に一任したという。2Day FMの親会社は「録音した会話を放送する同意を取り付けるため、病院側に5回以上連絡した」と釈明。オーストラリアでは、会話の録音や放送には当事者の同意が必要で、今回の一件は放送法に違反している疑いがあり、英警察当局は豪当局に連絡を取っている。

 

オーストラリアでは「英メディアによる魔女狩り」とDJを擁護する声が強く、世論調査によると、68%が「2人を責めるのは酷」と回答していた。

サルダナさんは夫(49)、長男(16)、長女(14)の4人家族。非番のときだけ英南西部ブリストルの自宅に戻っていた。夫は交流サイトのフェイスブックに「最愛の妻の死に打ちのめされている。インドの故郷で眠らせてやりたい」と悲しみを書き込んだ。どんな小さなイタズラにも被害者がいる。今回の被害者は、患者を世話するため未明まで働いていた勤勉な看護師だった。

DJと豪ラジオ局は悲劇を予見できなかったと弁明したが、ラジオ局が放送法で課せられた適正な手続きを守っていたなら悲劇は回避できたはずだ。もともとこんな形で無断録音された会話の放送に同意する人がいるのだろうか。ラジオ局の弁明はアリバイ作りか、開き直りにしか聞こえない。

グローバル化の時代、文化や宗教、習俗の違いが思わぬ悲劇を引き起こすことがある。ラジオ局の誰一人も英語が母国語でない人を英語で欺くことにためらいを感じなかったのだろうか。それともスタッフ全員が同じようなイタズラを日常的に繰り返していたのだろうか。メディアには多少のことなら許されると思い上がっていたとしたら救いようがない。

 

第5回 オールド・レディーはニュー・レディーに変われるか

第5回 オールド・レディーはニュー・レディーに変われるか
ー イングランド銀行 次期総裁 ー

「要するに、彼が世界中で最も優秀で、経験に富んでおり、次期総裁として適任ということだ」。

オズボーン財務相は11月26日、下院で、イングランド銀行(中央銀行)のマービン・キング総裁(64)の後任にカナダ銀行(同)のマーク・カーニー総裁(47)を任命すると発表すると、議場にどよめきが広がった。

1960年代に労働党のハロルド・ウィルソン首相(故人)が英連邦のオーストラリア準備銀行(中央銀行)総裁をイングランド銀行総裁として招請しようとしたことはあったものの、実際に英国籍を持たない人間を総裁に任命するのは、「オールド・レディー」と呼ばれるイングランド銀行が1694年に創設されて以来、初めてのことだ。

カーニー氏については「フィナンシャル・タイムズ」紙が4月に「次期総裁ポストが非公式に打診された」と報じていたが、当のカーニー氏はBBC放送のインタビューで「ノー(いいえ)か、ネバー(絶対ない)か、どっちだ」と質問された際、「両方だ」と述べ、総裁就任を完全に否定していた。しかも、今回の総裁選びは公募方式で行われ、10月7日の締め切りまでに名乗りを上げた複数人の中でもイングランド銀行のポール・タッカー副総裁(54)と英金融サービス機構(FSA)会長、ターナー卿(57)の一騎打ちになるとみられていた。オズボーン財務相がカーニー氏任命を発表した当日、「タイムズ」紙は社説で「タッカー氏の時間だ」と報じ、翌日「カーニー氏が候補者になっていることも知らなかった」と不明を恥じる大失態を演じている。

 

カーニー氏は米ハーバード大学を卒業、英オックスフォード大学で博士号を取得。米金融大手ゴールドマン・サックスやカナダ財務省、カナダ銀行に勤務し、2008年にカナダ銀行総裁に就任した。世界金融危機で、カーニー氏は期間を限定して金利を0.25%に下げ、先進7カ国(G7)の中で初めて国内総生産(GDP)と失業率を危機前のレベルに回復させたことで一気に名を馳せた。

カーニー氏は世界の金融システムを監視する金融安定理事会(FSB)の議長も務め、銀行資本の積み増し、レバレッジの制限、銀行の自己責任の明確化など、金融危機の再発防止策を唱えている。

 

オズボーン財務相がカーニー氏に次期総裁ポストを打診したのは今年2月、メキシコシティで主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開催されたとき。カナダ銀行総裁としての任期が残っており、イングランド銀行総裁の任期が8年で長すぎることを理由に、カーニー氏は8月、要請を正式に断った。

国際金融都市シティでは、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)不正操作など、金融不祥事が相次いだ。商業銀行の投機的取引を制限するボルカー・ルールを迫る米国から「LIBORを廃止しろ」という圧力は強まり、オズボーン財務相は防戦一方に追い込まれた。

絶対君主の「ルイ14世」とも揶揄されるキング総裁は金融政策だけにこだわり、金融システムの監督や市場の制度設計には全く関心がない。金融政策にしても世界金融危機で後手に回り、英経済は今、三番底の危機に瀕している。イングランド銀行にはショック療法が必要だった。

カーニー氏にとってはその実力以上に外国人であることが大きなアドバンテージになった。オズボーン財務相は11月上旬、同じメキシコシティで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議で、8年の総裁任期を例外的に5年に短縮、年収、年金の掛け金、妻と娘4人の住宅手当まとめて80万ポンド(約1億500万円)を提示してカーニー氏を口説き落とした。キング総裁の年収は30万5000ポンドだから、カーニー氏の厚遇ぶりが分かろうというものだ。

カーニー氏は英連邦のカナダ国籍、妻は英国人であるため、英国籍を取得するのは容易だ。同氏にはオールド・レディーの旧習を打破し、FSAから引き継ぐ金融規制についても辣腕を振るうことが期待されている。しかし、英経済を復活させるだけでも大変だというのに、金融規制について英政官界、欧州連合(EU)、G20と交渉するのは、あまりにも荷が重すぎるという声が早くも上がっている。

 

第4回 友好的な離婚-キャメロン首相とメルケル独首相

第4回 友好的な離婚-キャメロン首相とメルケル独首相

今月7日、欧州議会に招かれたドイツのメルケル首相に対して、欧州連合(EU)からの英国の脱退を目指している英国独立党 (UKIP)党首のナイジェル・ファラージ欧州議会議員が「メルケル独首相はキャメロン首相に友好的な離婚を申し込むべきだ」と皮肉たっぷりな言葉を投げつけた。

ギリシャに端を発した欧州債務危機以降、欧州の顔としての風格を漂わせ始めたメルケル独首相は「私は英国をEUにとどめておくためにあらゆることをするつもりよ」「世界の中で孤立することで英国は幸せにはならない」と応えて、ロンドンに向かった。2014~20年のEU予算をめぐり対立が深まるキャメロン首相との首脳会談に臨むためだった。

欧州債務危機をきっかけに、欧州統合の深化を目指すドイツ、フランスなどEU内多数派の国々と、慎重な英国の間の亀裂がますます大きくなっている。

 

最初に亀裂が入ったのは昨年12月、欧州債務危機の対策が焦点となったブリュッセルでのEU首脳会議。ロンドンの国際金融街シティにも金融取引規制のタガをはめようとするドイツ、フランスに対して、キャメロン首相は多機能携帯電話でアドバイザーと連絡をとりながら対策を検討していたが、それも遮断された。

1980年代のサッチャー改革で製造業に見切りをつけた英国にとって、シティは世界のおカネを吸い寄せる金の卵だ。EU域内への輸出が英国の輸出の5割を超える現状下、EU加盟国との友好関係を保つのも重要ではあるが、自由な国際金融取引にドイツ流の厳格なタガがはめられると、シティは一気に活力を失い英経済が失速しかねない。

キャメロン首相は、財政規律を強化する新財政協定の締結合意を急ぐメルケル独首相が最後には折れ、英国の求めるシティへの例外措置を認めるとの感触を得ていたが、その読みは完全に外れた。メルケル独首相はいつものように最後の最後まで手の内を見せなかったが、内心では欧州債務危機に乗じて南欧諸国の国債などを売り浴びせるシティを忌々しく思っていたに違いない。

最終的には、欧州統合に抵抗する欧州懐疑派が多い英国とチェコを除くEU加盟25カ国が新財政協定に署名。欧州単一通貨のユーロではなく自国通貨ポンドを維持する英国はEUの窓際に追いやられてしまった。

 

そして、EU予算問題がある。メルケル独首相は2年前、キャメロン首相との共同声明で、インフレ率を上回る予算の拡大を認めないことで一致していた。しかし、メルケル独首相はEU予算を域内総生産の1%以内に抑える案に転換してしまった。英国案だとEU予算の増加は700億ユーロ(約7兆1100億円)になり、ドイツ案だと1000億ユーロ(約10兆1600億円)となる。

「国内で財政支出を大幅に削減している折、EU予算も削減すべきだ」。下院で先月31日、最大与党・保守党の造反議員53人が提出したEU予算削減動議が最大野党・労働党の支持を得て賛成307票、反対294 票で可決された。保守党議員の棄権は13人だった。

英国では欧州債務危機の拡大とともに、伝統的な欧州懐疑派が勢力を強めている。動議は可決されても法的拘束力を持たないが、キャメロン首相の求心力低下は否めない。今月22~23日のEU首脳会議を控え、メルケル独首相は7日、ロンドンでの首脳会談で、党内欧州懐疑派の突き上げで先鋭化するキャメロン首相との妥協点を探ろうとしていた。

英世論調査会社YouGovが8日発表した世論調査によると、英国では49%がEUからの脱退を支持、残留派は28%。一方、ドイツでは残留派57%、脱退派25%で、英国とは全く正反対の結果が出た。

メルケル首相は会談後、「最初から最後通告を突きつけて交渉するのは良い考えではない。今夜中に交渉はまとまらないが、私たちの利益のために協力と友好の精神で成し遂げたい」と述べ、キャメロン首相に態度を軟化させるよう求めた。

EU予算でドイツと英国が再び決裂すれば、亀裂は決定的となる。「単一市場」を求める英国と、「単一通貨」を守るため逆にEUを二層化しかねないドイツの妥協は容易ではない。UKIPのファラージ党首が言う「友好的な離婚」が現実的な響きを持ち始めた。

 

第3回 サヴィル疑惑のペルソナをはがす

第3回 サヴィル疑惑のペルソナをはがす

英王室からもローマ法王庁からも愛された慈善活動家で、BBC放送で長年、子供たちがあこがれのスターに会う番組の司会を務めた人気タレントが、悪魔のような小児性愛者だったら……。ゾッとするような大スキャンダルがBBCを揺るがしている。

昨年10月、84歳で死去したジミー・サヴィル氏が生前、少年少女に性的虐待を加えていた疑惑は前号で既に紹介されているが、ロンドン警視庁はサヴィル氏を「捕食性の性犯罪者」と断定し、300人以上の被害者を特定して捜査を始めた。

BBCがブラウン管を通して大スターに育てたサヴィル氏は、スターに会いたい子供心につけこんで番組や少女更生施設で少年少女を物色し、チャリティーに使用していたキャラバンやBBCの更衣室で性的虐待に及んでいたという。

1960~1980年代、視聴率男の大スターが追っかけの少女をもてあそぶのを見て見ぬふりをしていたBBCの体質に初めてメスが入るが、衝撃はそれだけにとどまらない。BBCは昨年12月、深夜報道番組「ニューズナイト」の取材班がサヴィル氏の児童性的虐待疑惑を追った番組をボツにして、サヴィル氏の功績をたたえる追悼特別番組を放送していた。その後、ニューズナイトの取材協力者がこのネタを民放ITVに持ち込み、ITVは10月3日に疑惑を放送。ニューズナイトのピーター・リッポン編集長はブログで「編集上の理由」から放送を見送ったと弁解したが、これに激怒した現場の記者たちが22日、BBCの調査報道番組「パノラマ」で、リッポン編集長とのやり取りを暴露し、BBCのジョージ・エントウィスル会長 の責任を追及する挙に出た。

 

焦点は、BBCがなぜサヴィル氏の死後なお性的虐待疑惑を封印しようとしたのか、だ。

リッポン編集長は、警察が高齢を理由にサヴィル氏の立件を見送っていることから「我々の情報源は(被害を訴えている)女性たちだけじゃないか」として、取材中止を命じていた。取材班はしかし、少女更生施設に入所していた女性4人とサヴィル氏の番組に出演した男性、パラリンピック発祥の地、ストーク・マンデヴィル病院で脊髄損傷の治療を受けていた少女からサヴィル氏 の性的虐待について証言を得ていた。

取材班の一人は「このストーリーはいずれにせよ表に出る。そのとき、BBCは事実を隠ぺいしたと糾弾される」とリッポン編集長に電子メールを送っており、別の記者は「警察で裏付けが取れたとき、このネタは間違いないと確信した。編集長は行け行けだったが、突然、態度を豹変させた」とリッポン編集長が上層部から圧力を受けた可能性を示唆した。パノラマでは、昨年12月初め、当時テレビ部門を担当するBBCビジョンのトップだったエントウィスル氏が報道局長から「ニューズナイトの調査がこのまま続けば、サヴィル氏を追悼するクリスマス番組に影響が出る」と伝えられていたことも暴露 された。

23日、下院の文化・メディア・スポーツ特別委員会で、エントウィスル会長はサヴィル氏の性的虐待を野放しにしたBBCの文化と体質がBBCに対する信頼と評価に大きな疑問を突き付けているとの認識を示した。リッポン編集長のブログについては「遺憾だ」と述べ、「ニューズナイトの調査は継続されるべきであった」と指摘した上で、「報道局長には新しい情報があれば報告するように伝えたが、その後、報告がなかった」と自己弁護している。

 

英国の性的同意年齢は16歳だが、レイプ被害者支援団体によると、女児の21%、男児の11%が何らかの性的虐待を経験している。また、子供の31%は性的虐待の経験を誰にも言うことができずに大人になっているという。

BBCに被害を証言した女性は「番組がボツになったとき怒りを覚えた。サヴィル氏は大スター。不良少女の私の話なんて誰も信用してくれないと思って黙っていた」と唇をかんだ。慈善活動家サヴィル氏のペルソナ(仮面)は氏の死後、BBCではなく他局によってはがされた。サヴィル氏の闇を葬り去ることでBBCが守ろうとしたのは何か。リッポン編集長の背後にいたのは誰なのか。 倒錯した性と巨大メディアの深淵をのぞくような事件の、ペルソナをはがす記者の不屈の努力にエールを送りたい。

 

第2回 秋は政治の季節

第2回 秋は政治の季節

英国の秋は、政治の季節である。連立与党・自由民主党を皮切りに、最大野党・労働党、続いてデービッド・キャメロン首相率いる保守党の年次党大会が行われた。注目は何と言っても党首演説だ。2015年に予定される次の総選挙で政権奪還を狙うエド・ミリバンド労働党党首は「ワン・ネーション(一つの国家)」をキーワードに格差解消を政策の中心に据える考えを表明したのに対し、キャメロン首相は「労働党は政府債務を膨らますワン・ノーションの(一つの観念にとらわれた)政党だ」と批判し、激しい火花を散らした。

ミリバンド党首は2日、マンチェスターで開かれた党大会で、19世紀に首相を務めた保守党のベンジャミン・ディズレーリ(1804~1881年)が訴えた「一つの国家」を引用し、グローバル化と金融資本主義によるバブル崩壊で拡大した貧富の格差を解消する方針を打ち出した。マニフェスト(政権公約)を固めるのはこれからだ。

ディズレーリが「一つの国家」を目指す政策を同じマンチェスターで訴えたのは1872年。産業革命で英国は富裕層と貧困層、資本家と労働者の「二つの国家」に分断されていた。ディズレーリは国家が関与して格差を和らげ、「一つの国家」を保つ重要性を訴えた。ミリバンド党首は、グローバル化による勝ち組と負け組の固定化を解消する責務を政府は負っていると考えている。

これに対しキャメロン首相は10日、バーミンガムでの党大会で、ミリバンド党首の「一つの国家」について政府債務を膨らますだけだと切り捨てた。その上で「私たちが痛みを伴う難しい決断をしなければ、英国に未来はない。高い志こそ前進の原動力になる」と述べ、「沈むか、泳ぐか。行動するか、衰退するかだ」と財政再建と競争力の強化を主張した。

演説の長さはミリバンド党首が65分、キャメロン首相が50分。14日付「サンデー・タイムズ」紙の世論調査によると、秋の党大会で最も成功を収めたのは、ミリバンド党首が32%、キャメロン首相が22%で、ミリバンド党首に軍配が上がった。

 

1970年代後半に市場主義を提唱した保守党のマーガレット・サッチャー首相のスピーチ・ライターだったデービッド・ハウエル元運輸相に取材したとき、心に残った言葉がある。

「Power of idea(パワー・オブ・アイデア)」

一つの考え方が世の中を変える力を言う。サッチャー首相は、財政赤字を減らす小さな政府と、民間の経済活動、特に起業力を生かす新自由主義を唱えて構造改革に取り組んだ。

ハウエル氏は「20世紀は強力な国家がすべての問題を解決できるという考え方が支配的だった。それに対し、国家と民間が協力し、企業と市場、技術革新を原動力にすれば、英国経済を回復させられる。私たちには世界に革命を起こせるという確信があった」と振り返った。

 

英国の党首が演説に傾ける労力と情熱はすさまじい。「イギリス政治はおもしろい」の著者、在英政治研究家の菊川智文氏によると、1984年秋、ブライトンでの保守党大会中、サッチャー首相が泊まっていたホテルでIRA(アイルランド共和軍)の爆弾が爆発したのは午前3時前だったが、サッチャー首相は演説を練っていた。労働党のトニー・ブレア首相のスピーチ・ライターは何カ月も前から演説に入れる材料を集め、ブレア首相が自ら草稿をしたため、スタッフと演説直前まで推敲を重ねたという。

日本でも自民党総裁選が行われ、安倍晋三元首相が総裁に返り咲いた。安倍総裁は「日本の領土、領海、国民の命を断固守る」「戦後体制の鎖を断ち切り憲法改正に挑む」と訴えた。しかし、英国の党首演説と比較すると決定的に欠けているのが、政府債務残高が対国民総生産(GDP)比で200%を超え、少子高齢化の加速、超円高で製造業の大量リストラが懸念される中、日本をどんな社会にしていくのかというアイデアである。

領土問題をめぐって日中関係が緊張し、国民の関心が安全保障に集まっているという事情があるとはいえ、傾き始めた日本をどう建て直すのか、核となるアイデアを聞きたかった。それとも、「政策」は官僚任せ、「数」が必要以上にモノをいう日本の政界では、ないものねだりというものか。

 

第1回 政治喜劇

第1回 政治喜劇

議院内閣制を生み出した英国では、政治ドラマが高い人気を誇っている。BBCで1980年代に人気を博したコメディー・ドラマ「イエス、プライム・ミニスター」の劇場版がロンドンで上演されている。その前シリーズ「イエス・ミニスター」には、皮肉とユーモアに満ちたこんな台詞がある。

大臣「事務次官(省庁の官僚トップ)、君は大臣たちがバカなまねをして物笑いになるのを手伝うことが仕事の一つと思っているのかね」

事務次官「そうですね、私がこれまでお仕えした大臣は誰一人としてお手伝いするには及びませんでした」

これがテレビや演劇での話にとどまらないから、現実の政治は面白い。

 

9月19日、先の内閣改造で下院院内幹事長に抜擢された保守党のアンドリュー・ミッチェル氏が自転車に乗ったまま首相官邸を出ようとした。車が通る入口の主要ゲートで幹事長は警備の警官と押し問答になった。

警官「自転車の方は、脇にある通行人用の門にお回りください」

幹事長「おれ様を誰と思ってるんだ。院内幹事長だぞ。早く主要ゲートを開けろ」

警官「それはできません。通行人用の門を開けますので……」

幹事長「貴様、身分をわきまえろ。たかが平民のくせに」

警官「ののしるのをやめてください。このまま続けると、あなたを逮捕することになりますよ」

幹事長「貴様、これで済んだと思うなよ」

ミッチェル幹事長は警官に対してFワードをわめき散らした。最近、キャメロン政権への批判を強める同じ保守党のボリス・ジョンソン・ロンドン市長からも「ミッチェル幹事長が逮捕されるところを見たかった」と皮肉られるありさまだ。

 

英国の下院は与党と野党が向かい合って対決する構造になっている。その距離は双方が剣を伸ばしても切っ先が触れ合わない距離になっているという。その議場で与野党の党首が言葉を尽くして議論を闘わせる緊張感が政治のよどみを押し流しているが、 権力を争う政治が人間を欲深く、愚かにするのは洋の東西を問わない。

「イエス・ミニスター」は選挙で選ばれた大臣と難しい試験を通り抜けた官僚間の不協和音を面白おかしく描いたが、最近ではメディアと大臣、「スピン・ドクター」と呼ばれるメディア対策担当者、官僚たちのドタバタをリアルに描写したドラマ「シック・オブ・イット(The Thick of It)」が大人気だ。この題名には、「Sick of It(辟易する)」と引っ掛けて、「権力の中枢にいるどうしようもない人たち」という意味が込められているのだろうか。

現在放映中の第4シリーズでは政権が交代し、保守党と自由民主党を思わせる連立政権が誕生している。省庁でぶち上げた政策が一夜にして官邸の反対でポシャる場面も登場し、生々しいストーリーが展開する。

片や、折り返し地点に差し掛かった現実の連立政権でも、悲喜劇が繰り広げられている。財政再建で障害者認定の見直しを進めるオズボーン財務相がロンドン・パラリンピックのメダル授与を行って観客席からブーイングを浴びた。

一般中等教育修了試験(GCSE)をめぐっては、国語の判定基準を年度途中に突然、厳しくして波紋を呼んだ揚げ句、「GCSEの基準は甘すぎる。世界に比べ英国の学力は低い」として、2017年から新制度、イングリッシュ・バカロレアを導入すると発表した。

極めつけは、自由民主党党首のニック・クレッグ副首相。大学授業料を値上げしないとマニフェスト(選挙公約)に掲げていたのに連立政権に入ると授業料を3倍も引き上げたことを「アイム・ソーリー」と謝るビデオを公表。このスピーチは後に、曲に乗せたパロディー・ビデオに編集されて動画投稿サイトで大ヒットし、ネット販売されることになった。クレッグ副首相は販売代金を子供病院の慈善活動に寄付することに同意したというが、メディア対策担当者は一体何を考えていたのだろう。

「喜劇は悲劇、悲劇は喜劇」「喜劇は真剣に演じれば演じるほど面白くなる」とも言われるが、最近の英国の政治喜劇は、支持率低迷に苦しむ連立政権の絶望的なまでの真剣さを物語っているのかもしれない。

 
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