第323回 劇場とギャラリーから始まるロンドンの白熱電球
築地の魚市場が豊洲に移転した際、最新のLED照明ではマグロの価値が見極められないと仲卸人から苦情が出た──そんな話を日本の友人から聞いたとき、寅七は1890年代のロンドン、スミスフィールド肉市場を思い出しました。ガス灯からアーク灯に変えたところ、肉が腐って見えると苦情が起きました。実は、真実の色を見たい、見せたいという人間の欲望がロンドンに白熱電球を普及させる力強い原動力になりました。

ロンドンの夜をともすガス灯と電灯
ロンドンは歴史的には電灯化の遅れた街です。産業革命の先進国としてガス灯網をいち早く完成させていたため、巨額の投資を要する電灯への移行が進みませんでした。この膠こうちゃく着状態を破ったのが演劇とアートの世界から求められた「光の魔術」。1881年、サヴォイ劇場が世界初の全面電化を実現し、白熱電球の光で役者の表情や豪華な舞台を鮮やかに浮かび上がらせ、ガス灯による火災の恐怖から人々を解放しました。
初めて電灯化したサヴォイ劇場
その2年後、ボンド・ストリートにあったグロヴナー・ギャラリーはラファエロ前派の緻密な色彩をガス灯のすすから守り、真の芸術を再現させるために自家発電を開始。これがのちに電力会社へと発展しました。そしてこの美と光の波を社会インフラにつなげたのが寅七の第225回コラムでご紹介したガッティ家です。スイスから移り、アイス販売で成功した一族は1878年にストランドのアデルフィ劇場を買収して、その後電化しました。
アデルフィ劇場とガッティ家のプラーク
アデルフィ劇場の自家発電設備はやがて大きな発電会社に発展し、その電力で1902年、ストランドの街灯が電化されました。ストランドにはガッティ家の功績を称えるプラークが残り、一家と競った行政側の発電所跡はテムズ川堤防沿いのパブ「ハンガーフォード・ハウス」として今も残っています。堤防沿いに並ぶチョウザメの装飾を施した数々の街灯は、1900年ごろに全て電化され、ハンガーフォード・ハウスから電気を受けていました。

チョウザメの街灯と旧発電所ハンガーフォード・ハウス
冒頭のマグロ仲卸人や興行師の真実の色を見たい、見せたいという探求心は英国のスーパーマーケットの棚にも息づいています。肉には赤、魚には白、パンとチーズには琥珀色のLED照明を当てる高度な販売戦略「光のレシピ」のルーツがここにあります。ストランドを歩くと、街灯の台座に1902年の刻印が見つかります。それは、演劇や絵画を「真実の光」で届けようとした人々の情熱と、冷たいアイスを売り歩いて顧客の笑顔を追求したスイス人一族の努力が結実した年だったことを、寅七は思い出します。


スーパーでは「光のレシピ」が活躍中
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。



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