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Fri, 01 November 2024

豪華客船で往く旅の愉しみ

「水上の街」を支える人々

今回乗船したクイーン・エリザベス号の客室数は約1000室。約2000人のゲストに対し、クルーは何と1000人ほどいるという。客室付きのバトラーやアシスタント・バトラー。朝と夕方の2回行われる部屋の清掃を担当するルーム・スチュワード(スチュワーデス)、シェフやユーティリティー・スタッフ、ランドリー担当などなど、この豪奢な世界は様々な人たちの手によって支えられている。ゲストの視界に入る世界は常にさりげなく、かつ厳密に整えられており、その手際の良さとクオリティーの高さは驚くべきものだ。

「船上のシェフ」クラウスさん
「船上のシェフ」クラウスさん

船内のすべてのギャレー(厨房)を取り仕切るエグゼクティブ・シェフ、クラウスさんは、この道26年の大ベテラン。「この仕事に興味を持ったきっかけは、生まれ故郷のドイツで観た、豪華客船のテレビ番組。もちろん、働く立場になってみればテレビとは違う面も見えてきますが(笑)、26年間も続けているのですから、やりがいがある素晴らしい仕事であることはお分かりいただけるでしょう」。船上では一週間に7日、休みなしで一日11時間働くという。それでも休暇中には勉強のために別の船会社のクルーズに参加するというから、根っからの「船上のシェフ」だ。いくつものダイニングやパブ、クルー用食堂の屋台骨となる複数のギャレーのトップに君臨するクラウスさんは、クルーズの始まる約3週間前(長期の場合は約3カ月前)から各地にいる食材担当マネージャーと連絡を取り合い、肉や魚介、野菜などをどの程度準備するのかを決定。主要な停泊地で積み込まれた食材は、17もの巨大な冷蔵庫や冷凍庫、乾物庫に、食材ごとに分けて保存される。「船のメリットは、何人のお客様が食事をされるか、前もってある程度把握できることですね」と軽く言うが、一定期間に一定量の食材を使い、最高級の料理に仕上げるバランス感覚は、並大抵のものではないだろう。

旅が大好きと語るオルガさん
旅が大好きと語るオルガさん

船内全体の清掃担当マネージャー、オルガさんもドイツ出身。「ドイツ人は船が大好き。クイーン・エリザベス号がハンブルクに到着するときには、船の雄大な姿を一目見ようと早朝でも市民がやって来るんですよ!」と笑う。ホテル・ビジネスを学んだ後にキュナード社へ。ルーム・スチュワーデスやバトラーを経て、現在の地位に上り詰めた。以前、米国人家族のオーペアをしながら一年間、その家族とともに旅行した際に、旅の魅力にとりつかれたというオルガさんにとって、船での仕事はまさに天職だ。8年間、船上で働いて変化したと感じる点があるか尋ねたところ、「ゲストの方々はより国際的になってきたと思います」と言う一方で、「私たちが提供する伝統的なサービスの質は変わりません」と誇らしげに言い切った。

スポーツ万能アダムさん
スポーツ万能アダムさん

子供連れの家族にとって強い味方となるのがキッズ・ルームのクルーたち。お子さん連れの両親が自由に旅を満喫できるよう、年代別のエリアを設置。お絵描きや人形遊びなどを楽しめる年少者向けのエリアに対し、10代の子供たち対象のエリアはダーツやコンピューター・ゲームなどが用意された大人顔負けの仕様になっている。ユース・ダイレクターのアダムさんは、大学でスポーツ・サイエンスを修め、ジムでサッカーなどを教えていた経験を持つ。そのほかのクルーも皆、チャイルドケアの国家資格保持者など、この道のエキスパートばかり。年末年始の休暇明けということもあって今回は比較的、子供の数が少なめだそうだが、夏ともなれば100人以上もの子供たちが船に乗り込むことがあるというから大忙しだ。子連れの家族でも大人と子供のそれぞれが旅を楽しめるのも、この船の魅力の一つだといえよう。

船の達人は人生の達人

多芸多才なジャニスさん
多芸多才なジャニスさん

午前中はカジュアルにくつろぎ、夜ともなれば煌びやかな空間にしっくりなじむ――クイーン・エリザベス号のゲストたちは、とにかく「楽しむ」ことの達人だ。比較的高齢のご夫婦が多いが、若いカップルや子供連れの家族など、様々な年齢層や形態のゲストたちの姿も見える。驚いたのは、一人で参加しているゲストが多いことだ。「この仕事をしていて最も楽しいのは、ソロ・ゲストとの出会い。クルーズではソロ・ゲストの方々が集うイベントも開催していて、大勢の方たち、特に女性がお一人で気軽に参加されています」と話してくれたのは、ソーシャル・ホステスのジャニスさん。ある日の夜は正装し、ボールルームで司会を務めたかと思えば、別の日には燦々と日が差し込むラウンジで刺繍のクラスを担当する影のエンターテイナーだ。 

毎日ダイニングで顔を合わせていた2人の女性ゲスト、ジルさんとリンダさんはともに英国出身。3年前にクルーズ旅行で知り合ったという2人は、部屋は個別に取り、余暇の時間を一緒に楽しんでいる。既に世界中の国々をクルーズで回っているという船旅上級者の2人。以前はそれぞれ夫とともに旅行していたが、病気で先立たれ、その後は単身、クルーズ旅行を続けている。もともとご主人それぞれが病や障害を負っていたため、サポート体制が整っていて、重い荷物を持ち運びする必要のないクルーズ旅行を重宝していたが、現在では「とにかく安全なのが女性の一人旅にはありがたい」とその良さを語る。「そうじゃないこと、リン?」としきりに同意を促すジルさんにテンポ良く相槌を打ちながら、「まだ夫がいると思っているから、ソロ・ゲスト用のイベントには参加しないの」と隣でお茶目に笑うリンダさん。船上で生まれた人間関係が、こうして後々まで続く友情に発展することもある。

船で友情を培ったジルさんとリンダさん、ダンスが趣味のクインさんご夫妻
船で友情を培ったジルさんとリンダさん(左)、
ダンスが趣味のクインさんご夫妻(右)

「私たちにとってクルーズの旅は、クレージーでファンタジーにあふれる夢の世界なの」。船旅の魅力をこう評してくれたのは、ロンドン在住のクインさんご夫妻。「すべてがオーガナイズされていて時間通り、何の責任もなくただ楽しめる」クルーズの旅を、15年にわたり毎年楽しんでいる。「もはや家に戻ってきたような気持ち」で船に乗り込むが、例えば地中海クルーズだと、船に滞在するのは夜間だけで、日中は違う都市に停泊するから、毎日新鮮な気持ちで旅を続けられる。クルーズをきっかけに始めたというボールルーム・ダンスの腕前はかなりのもの。そっと体を寄せ合って踊る2人の姿を見ていたら、何だかこちらまで幸福な気持ちになってきてしまった。

船旅も終わりに近付いて

日々、新たなる扉を開けるように刺激を受け続けた旅も折り返し地点を過ぎると、船上で起こる出来事に対し抱く感情に微妙な変化が生じてくる。ダイニングではテーブル専属のクルーが各人の好みを把握し、「あなたはミルクティー、あなたはコーヒーですよね」とこちらが注文する前から話し掛けてくる。前夜ボールルームで知り合ったご夫婦とともに食事をしたいとテーブルを移動し、4人でワインを飲み交わすゲストの姿もある。何度か顔を合わせていた人に思い切って声を掛けてみれば、実は共通の知人がいることが分かったり、自分の部屋を担当しているクルーから自宅の母親のもとに残してきた息子さんの話を聞いたり。巨大な船全体に、ほのかな連帯感のような空気が漂うようになってくる。「旅先で出会う人たちと話をするのが好き」という人は多いが、船旅ではそれよりもう少し深く、人との関わりを味わうことができるのだ。

朝焼け人生の記念にと生まれて初めて船旅に参加した人、一年の半分以上を船上で過ごす人。数千人もの人々をのせた船は、最終日前夜、真っ暗な海をしぶきを上げつつひたすら進んでいる。船尾にある部屋のベランダからは、くっきりと北斗七星が見える。明朝にはサウサンプトンの港に到着すると思ったとき、心に浮かんだのは何より、船を楽しみ、人生を謳歌している人たちとの別れを惜しむ気持ちだった。船旅の魅力の、ほんの一端を味わうことのできた5日間。船の達人、人生の達人までの道のりは、まだ始まったばかりだ。

 


 

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