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Fri, 03 April 2026

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第46回 「温かい心」を失ったネオコン外交に早くも波乱

「温かい心」を失ったネオコン外交に早くも波乱

「ヘイグ前外相の引退宣言で保守党は『温かい心』を失った」と前号のコラムに書いたばかりだが、こんなに早く影響が現れるとは想像もしていなかった。2005年の保守党党首選以来、一貫してキャメロン首相を支持してきたパキスタン系女性、ワルシ外務省上級国務相が5日、シモンズ外務担当閣外相が11日に相次いで辞任した。ハモンド外相が就任したばかりの外務省に大激震が走っている。

ワルシ女史は、イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザ地区への空爆に対して批判を避けたキャメロン政権の態度は「道義的に擁護できない」と激しく抗議して辞任した。シモンズ氏は年収約9万ポンド(約1537万円)、議員スタッフの妻の報酬2万~2万5000ポンド、住宅手当約2万8000ポンドでは「ロンドンに家族で住めない」という理由だった。

シモンズ氏の辞任理由が本当なら、どうして内閣改造に合わせて辞めなかったのかという疑問が生じる。「フィナンシャル・タイムズ」紙は「ヘイグ前外相の退場で英国の外交は、ネオコンに代表されるタカ派と自由民主党党首のクレッグ副首相らハト派の中間に位置するバランサーを失い、ネオコンの筆頭格、オズボーン財務相の影響を強く受けている」と分析する。ハモンド外相は、オズボーン財務相の傀儡(かいらい)というわけだ。

 

ネオコン系シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー」で、ブッシュ前米政権のネオコンとして有名なウォルフォウィッツ元国防副長官・元世界銀行総裁が講演したときのこと。司会はキャメロン首相の右腕、ゴーブ教育相(当時)が務めた。米国はアフガニスタンとイラクでの戦争で十分懲りたはずなのに、ウォルフォウィッツ氏は「オバマ米大統領がシリア軍事介入を見送った代償は将来、高くつく」と強弁した。

若い女性の参加者が「連合国軍が戦っていなかったら、ユダヤ人はナチスの大虐殺から逃れることはできなかった。人道介入は必要よ」と訴えると、会場から大きな賛意が示された。ネオコンの源流の一つに、ユダヤ人を守るという思想がある。だから、政策はどうしても親イスラエルに傾く。人口が密集するガザ地区を空爆すれば子供たちに多くの犠牲が出るのは当たり前なのに、キャメロン首相はイスラム原理主義組織ハマスを非難する一方で、イスラエルには「釣り合いのとれた手段(自衛権の行使)」を促しただけ。これではあまりに公正さを欠いているというのが、ワルシ女史が辞任した理由である。

 

筆者がテレビ電話会議システムを通じて主宰する「つぶやいたろうジャーナリズム塾」5期生の大阪大学外国語学部4回生、光井友理さんは大手新聞社に内定しているが、アラブが専門。ガザ地区を覆う「緩慢な死」について勉強会で報告してくれた。同地区はイスラエルやエジプトの境界封鎖で外界との行き来が閉ざされている。エジプト側と通じていたライフラインの地下トンネルも同国の軍事クーデター後に破壊された。封鎖が続けばガザ住民は「生きながら死ぬ」(京都大学大学院の岡真理教授)ことを余儀なくされる。しかし、「緩慢な死」を受け入れて停戦に応じなければ空爆を続けるという姿勢をイスラエルは崩さない。

ハマスは封鎖解除を求めイスラエルをロケット攻撃しているが、9日時点でパレスチナ人の死者は1900人以上。うち1354人が民間人で子供は447人。これに対し、イスラエル側の死者は兵士がほとんどで67人。反イスラエルの抗議デモが世界各地で起きている。

キャメロン政権を牛耳り始めたオズボーン財務相はワルシ女史の辞任を「失望させられた。正直なところ不必要な辞任だ」と切り捨てた。本人は否定しているが、来年の総選挙で保守党が勝利した場合、オズボーン氏は外相ポストを希望しているとも報じられた。欧州連合(EU)に移譲された権限を英国に取り戻すべく交渉に臨むためだ。

友理さんは「ガザ問題についてソーシャル・メディアに書けなかった。ユダヤかアラブの友人を傷つけてしまうから」と悲しそうな表情を見せた。イスラエル寄りの姿勢を鮮明にするキャメロン首相。「温かい心」を失ったネオコン外交に、幾人かの保守党議員の選挙区では、抗議の手紙が殺到しているという。

 

 

 

第45回 ヘイグの引退宣言 - 保守党は「温かい心」を失った

ヘイグの引退宣言―保守党は「温かい心」を失った

キャメロン首相が来年の総選挙をにらんで内閣改造を行った。寂しかったのは親日家のヘイグ外相が改造の前日、自ら外相の辞任と総選挙への不出馬を表明したことだ。

53歳の政界引退表明は日本の感覚から見れば、早すぎる。ツルツル頭でジャガイモのような顔をしたヘイグ氏も37年前は、日本のアイドル、太川陽介のように愛らしくて髪もふさふさだった。

太川陽介が日本レコード大賞新人賞に輝いた1977年、16歳のヘイグ少年は保守党大会で行った演説で、サッチャー党首をして「スリリング」とうならせる。演説は甘いマスクとは正反対に、激辛で舌鋒鋭かった。

「国民にとって何が良いのか、政府が国民より知っている。そう約束するキャラハン労働党政権を誰も望んでいない」「あなたたちの幾人かは気にしないかもしれない。ここにいる半分は30~40年後にはこの世に存在していないからだ」。

その後、ヘイグ氏はオックスフォード大学で演説に磨きをかけ、89年の補欠選挙で初当選、27歳の保守党最年少下院議員になった。メージャー政権ではウェールズ相を務め、36歳の若さで保守党党首に就いた逸材である。

 

筆者がヘイグという政治家を好きになったのは保守党と自由民主党の連立政権が誕生した2010年の総選挙がきっかけだ。BBCのドキュメンタリー番組でヘイグ氏は自由民主党と連立を組んだ理由を聞かれて、頬を紅潮させながらこう答えた。「政権がすぐ手の届くところにある。自分たちが統治できる。ほかの選択肢などあり得なかった」。保守党こそが善政を行えるという自信と確信、そして入念に練られたプラン。政治にすべてを捧げているという純粋さと情熱をヘイグ氏は全身から発散させていた。

ヘイグ氏の実直さがあだになりかけたこともある。性的指向をめぐりネット上で悪質な攻撃が行われたときだ。学生時代、政治一筋でガールフレンドをつくらず、政治家になってからも政策アドバイザーに同性愛者を登用したことから、「ヘイグ氏は同性愛者?」とウワサが立つようになった。

前回の総選挙期間中、ヘイグ氏は選挙運動員の若い男性と同じ部屋に宿泊、外相に就任すると、この男性を特別顧問に採用したことから「不適切な関係」と政治ブログなどで告発された。ヘイグ氏はウワサを黙殺することもできたが、正面突破を図った。声明を発表し、選挙期間中に問題の男性と何回か同じ部屋に泊まったことは認めたものの、疑惑を否定。妻が何度も流産し、夫婦で悲しんでいることも明らかにした。

意地悪なメディアを相手に正面突破を図るのは無謀と首相官邸はヘイグ氏を引きとめた。声明を出したことでニュースは世界を駆け巡った。しかし、これを機に同性愛疑惑は潮が引くように静まる。世論の46%がヘイグ氏は「本当のことを言っている」と評価した。ヘイグ氏は有権者の信頼を勝ち取ったのだ。

米女優アンジェリーナ・ジョリーさんとロンドンで開催した「紛争下の性的暴力を終わらせるグローバル・サミット」もヘイグ氏らしい取り組みだ。北アイルランドでの主 要8カ国(G8)首脳会議を翌年に控えた12年、ヘイグ氏は「1990年代のボスニア内戦で最大5万件のレイプが行われたのに起訴されたのは30人。今、シリアから無むこ辜の人々に対する殺人、拷問、弾圧と並んでレイプのニュースが伝わってくる」とキャンペーンの開始を宣言した。

ボスニアで性的暴力が戦闘の手段として使われた事実を描いた米映画「最愛の大地」の監督を務めたジョリーさんにヘイグ氏が連絡を取り、「英国の影響力と外交のネットワークを紛争下の性的暴力を阻止するために使いたい」と口説き落とした。

 

欧州債務危機の最中、ヘイグ氏は「欧州連合(EU)から離脱するかを問う国民投票について、議論する時期も質問自体も間違っている」と発言し、保守党内から「ヘイグは親EU派に寝返った」と糾弾される。後任のハモンド前国防相は「EUから英国の権限を取り戻すことができない限り、EU離脱に投票する」と断言する欧州懐疑派だ。

キャメロン首相が欧州懐疑派の歓心を買うためヘイグ氏を切ったとしたら、保守党は政治にとって大切な「ウォーム・ハート」を失ったと言えるだろう。

 

第44回 青シャツを愛する事件記者、NOTW盗聴事件を語る

青シャツを愛する事件記者、NOTW盗聴事件を語る

英国で一番気になるジャーナリストはと聞かれれば、最盛期は部数840万部超を誇った日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」を廃刊に追い込み、告発サイト「ウィキリークス」と組んでアフガニスタン・イラク駐留米軍文書、米外交公電をスクープした「ガーディアン」紙の事件記者ニック・デービス氏を挙げるだろう。

デービス氏は革ジャンの下に、いつもライト・ブルーのワイシャツを着ている。ジャーナリズムのサマー・スクールで会ったとき、珍しく白シャツを着ていたので、「今日はライト・ブルーじゃないね」と冷やかしてみた。デービス氏は「髪が白くなってきたから、ダーク・ブルーにしているんだ。白いのを着てきたのは頭がおかしかったからだ」と照れ笑いした。ブルーを好む理由は「取材相手に安心感を与えるからだ」という。

デービス氏は60歳を過ぎても健筆を振るい続けている。名門オックスフォード大学卒。調査報道を専門にする事件記者として数々の賞をものにしている。筆者も38歳まで16年間、事件記者一筋で文字通り1年365日夜討ち朝駆けに明け暮れたが、60歳まではとてもできない。デービス氏の気力、体力は衰えることを知らない。男の色気があって映画スターのように格好良い。

 

NOTW盗聴事件では元編集長アンディ・コールソン被告に有罪、米ニューズ・コーポレーション会長ルパート・マードック氏の側近レベッカ・ブルックス被告(英新聞統括子会社社長)に無罪の評決が言い渡された。警察内部からの情報提供が端緒とばかり思い込んでいたが、真相は異なっていた。

盗聴事件は、2006年にウィリアム王子の携帯電話を盗聴したとしてNOTW王室担当記者や私立探偵が逮捕されたことに端を発する。2人はこのほかスーパーモデルや下院議員、プロ・サッカー協会関係者ら5人の携帯電話も盗聴していた。「取材は繊細なジグゾーパズルを埋めるようなものだ。ウィリアム王子以外の5人を盗聴した背景は完全には解明されなかった。取材はここから始まった」。

信じられないのは、デービス氏の主要なニュース源がNOTW記者20~30人だったことである。「友人だったの?」と確認す ると、「最初は初対面の人たちばかり。パブで近づいたりした。6年以上は取材した。みんな盗聴ネタで記事を書くのが嫌だったのさ。そして編集局内のパワハラ(いじめ)がひどかった」と打ち明けた。

デービス氏がウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジ氏にアプローチしたのも「ベタ記事」がきっかけだ。アサンジ氏に関する小記事を読んで、同氏が入手した機密文書を新聞で報道できないかと考えたという。「世紀のスクープ」も隅から隅まで新聞を丹念に読む地道な作業から誕生していた。

 

ブルックス被告が無罪になったのは、マードック氏が常に法廷に18人の法廷弁護士を配置する体制を組んだことが大きい。これに対して検察側は事務弁護士1人、助手1人。最初から勝負は見えていた。マードック氏がキャメロン首相の報道局長まで務めたコールソン氏を見捨てる一方で、数百万ポンドの費用をかけブルックス被告を守った理由は何なのか。

「マードック氏は米企業による外国公務員への賄賂を禁じた米連邦海外腐敗行為防止法に問われることを防ぎたかった」とデービス氏は解説する。米国ではロッキード事件を受け、1977年に米連邦海外腐敗行為防止法が制定され、企業に高額の罰金、役員・従業員には罰金・懲役が科せられることになった。ブルックス被告が警察官など情報提供者への贈賄で有罪になった場合、米国の本丸ニューズ・コーポレーションに火の手が及びかねない。

「それに」とデービス氏は付け加えた。「レベッカには生まれついて人を惹きつける魅力がある。回りの人はみんな彼女を好きになってしまう。マードック氏もそうだと思う」。

デービス氏は2008年に出版した著書「フラット・アース・ニュース」で、PR(パブリック・リレーションズ)会社の情報や通信社の配信を確かめもせず、書き直すことが多くなっている英メディアの現状に警鐘を鳴らした。英国では当時、PRパーソンが4万7800人に対してジャーナリストは4万5000人。高給を求めてPR会社に転職するジャーナリストが後を絶たないという。

 

第43回 ソーシャル・メディアが増殖させるジハーディスト

ソーシャル・メディアが増殖させるジハーディスト

イラクのイスラム教スンニ派過激派組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」に参加する若者がソーシャル・メディアで参戦を呼び掛ける動画が英国社会で衝撃を広げている。銃を抱えて「ジハード(聖戦)を戦うことなくして生きる意味はない」「アラー(イスラムの唯一神)のために命を捧げられるか。もちろんだ」と叫ぶジハーディストがイスラム系英国人であることが確認されたからだ。

 

キングス・カレッジ・ロンドンの過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)によると、中東の民主化運動「アラブの春」をきっかけに燃え上がったシリア内戦は隣国のイラクにも広がり、アラブ、欧州諸国など74カ国から最大1万1000人の外国人戦士が流入。このうち欧州組が約2800人を占め、英国から参戦する若者は400~500人とみられている。

こうした若者とインターネット上のテレビ電話で連絡を取ってきたICSRのシラツ・マハー協力研究員は筆者に「ムスリムの若者にはまず、シリアのアサド大統領に殺害されている同胞を助けたいという思いがある。15~17歳の若者も多く含まれ、彼らは戦車の上に銃を持って立つ姿に単純にあこがれている」と解説する。今や、イラクの首都バグダッドを脅かす存在になったISILは「テロ組織というより、カリフ(イスラム社会の最高指導者に率いられた)国家の建設を目指す非常に組織された効率的な集団である」という。

参戦した若者がソーシャル・メディアを使って自分の体験や考えを語り、シリアとイラクにまたがるカリフ国家の建国運動をどんどん広げている。フランスから参戦した若者はフランス語で、ドイツから来た若者はドイツ語で仲間を増やしている。彼らは過激化しているというより、米作家ヘミングウェイが長編小説「誰がために鐘は鳴る」で描いたファシストと戦う主人公と同じヒロイズムに陶酔しているのかもしれない。権力を欲しいままにするシリアのアサド大統領(イスラム教アラウィー派)、イラクのマリキ首相(同シーア派)という格好の「敵役」を得て、「建国」「アラーへの献身」という高揚感がイスラム系移民のアイデンティティーを覚醒させている。

 

ウェールズの首都カーディフで暮らす元電気技師アフメト・ムサナさん(57)は自宅を訪れた警察官から問題の動画を知らされ、飛び上がるほど驚いた。20歳の息子と近所で暮らす友人が武装した姿で参戦を呼び掛けていた。17歳の弟も「友達の家に行く」と言ったまま姿を消し、シリアで負傷した人たちの手当てをしているとみられている。 13歳のときイエメンから英国に移住したマサナさんは「ショックだ。悲しい。妻は倒れてしまった。英国は私の国だ。英国は息子たちの国でもある」と英メディアの前で肩を落とした。

20歳の息子は大のスポーツ好きで、大学の医学部に行くつもりだった。弟は英語教師になる夢を持ち、成績はトップクラス。また、友人はサッカーの人気クラブ・チェルシーのサポーターでビデオ・ゲームが趣味、将来は「英国の首相になりたい」という抱負を記していた。何が若者たちの人生を一変させたのか。地元センターでは2012年6月、サウジアラビアの過激聖職者が「アサド政権を倒すため、聖戦に参加しよう」と呼び掛けていた。過激聖職者の説教が若者をシリア内戦に誘ったのか、それともソーシャル・メディアで影響力を持つ「喧伝者」や既に参戦している同世代のツイートが心に突き刺さったのかは定かではない。しかし、ISILが呼び掛ける「聖戦」への参加者は恐ろしい勢いで拡大し、「戦利品」として巨額資金や石油精製所を手中に収めている。

英国の対外情報機関、秘密情報部(MI6)でテロ対策を担当していた責任者は「彼らが英国に戻ってきたら、とても全員の行動確認はできない」と青ざめた。「聖戦」に参加する若者の一部が欧州へのテロ攻撃を予告しているが、今のところシリアやイラクでの戦闘で手一杯のようだ。

モスク(イスラム教の礼拝所)や地元センターでの過激説教はイスラム地域社会の協力で防止することができても、ソーシャル・メディアの拡散には有効な対抗策がない。中東の心臓部はまさにカオスの震源地になりつつある。

 

 

第42回  「英国らしさ(ブリティッシュネス)」の裏側に

「英国らしさ(ブリティッシュネス)」の裏側に

英国の中でも移民が多いイングランド中部バーミンガムで3月、「イスラム主義者がバーミンガムや他都市の学校を乗っ取ろうとしている」と告発する手紙が発覚した。手紙は、学校の理事会にイスラム主義者を送り込み、校長を入れ替え、イスラム教により厳格な教育を実施しようと計画していると警告していた。トロイア戦争でギリシャ軍がトロイア軍を欺くため兵士を中に潜ませた巨大木馬になぞらえ、計画は「トロイの木馬作戦」と呼ばれているという。

バーミンガム市議会に苦情と情報が殺到し、学校の教育水準を調査・評価する政府機関オフステッドが21校の調査に乗り出すと、大騒ぎになった。

先の欧州議会選で移民規制や欧州連合(EU)脱退を声高に唱える英国独立党(UKIP)が国内第1党になるなど、多文化主義の英国でも「移民嫌い」の感情が急速に膨らんでいる。一方、イスラム系移民社会では、崩れ始めた西洋の価値観に侵されず、イスラムのアイデンティティーを守りたいという思いが強まっている。

英国民統計局によると、バーミンガムの0~15歳人口で、白人の英国人は56%。43%が移民背景を持つ有色のアジア・アフリカ系の子供たちだ。イスラム教徒のパキスタン・バングラデシュ系は全体の20%。問題の背景には、このままでは自分たちの国が移民に乗っ取られてしまうのではないかという「白い英国人」たちの潜在的な危機感を指摘できる。

このほどオフステッドは21校のうち16校は「基準内」と判断したものの、5校は「問題あり」として再調査を行うと発表した。そのうちアカデミーのパーク・ビュー校は「生徒たちは市民の権利や義務について十分な教育を受けておらず、多文化で多様な社会で生活するための準備も適切に行われていない」「宗教の時間などで男子と女子が別々に授業を受けている」と指摘された。改善しないと資金が打ち切られ、閉校に追い込まれる恐れがある。

これを受けて、ゴーブ教育相は「学校では、民主主義、法の支配、個人の自由、相互の尊敬、異なる信仰と信条に対する寛容の精神など、英国的価値の教育を徹底する必要がある」と誠に非寛容な口調で強調してみせた。

 

ちょうどテレビで「ぼくの国、パパの国(East Is East)」という1999年に制作された英国映画が放映されていたので興味深く鑑賞した。舞台は1971年のマンチェスター。パキスタン系移民ジョージは英国人女性エラと結婚、フィッシュ・アンド・チップス店を開いて7人の子供を育てている。ジョージは子供をイスラムの伝統に従わせようとするのだが、長男はお見合い結婚の会場から逃走して男性と同棲。末っ子の6男坊は無理やり割礼させられる。ジョージが次男と3男のお見合いを勝手に進めたことから家族はバラバラ。「あなたはイスラム社会で自分が認められたいだけなのよ」と爆発してしまったエラをジョージはひたすら殴りつける。イスラムの伝統にしがみつく移民1世と自由奔放に育った2世の葛藤と家族愛がおかしくも悲しく描かれている。

今の英国社会では、移民3世は西洋とイスラムの狭間に落ち込み、アイデンティティーの危機に苦しんでいる。英国のイスラム系移民数百人がシリア内戦に参戦し、イラク第2の都市モスルを陥落させたイスラム教スンニ派の激派「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」に加わっている。もはや「ぼくの国、パパの国」と悠長なことを言っている段階ではないのは確かだ。

 

しかし、ここぞとばかりキャメロン首相やゴーブ教育相が「英国らしさ」を強調するのはどうだろう。労働党のブレア政権以来、進められてきた教育改革とオフステッドに欠陥があったのは明らかだ。キャメロン政権は教育活性化のため民間活力を導入したアカデミーやフリー・スクールを急拡大させた。宗教的な偏りが出るという懸念は当初から示されていた。しかし、拡大ペースが速すぎたため、それを監督するオフステッドの機能が追いつかなかったのだ。英国の教室では、女子のスカーフ着用やラマダーン(断食)時の水泳授業不参加など、多文化の違いを認めてきた。保守党の拙速な政策が招いた問題を「英国らしさ」という言葉ですり替えるのは大きな誤りだ。

 

 

第41回 UKIPが第1党 - パンドラの箱を開けた欧州議会選

UKIPが第1党 ― パンドラの箱を開けた欧州議会選

第一次大戦の開戦から100年、「戦争の大陸」に平和と繁栄を築こうという崇高な試みに欧州市民から強烈な拒絶反応が突き付けられた。先の欧州議会選(定数751)で、欧州連合(EU)からの離脱を唱える英国独立党(UKIP)が英国の第1党になるなど、EU懐疑派、極右・左派政党が3割近い議席を獲得した。

グローバル経済の過当競争が勝ち組と負け組を分け、世界金融危機で財政赤字が膨らみ、成長の限界が明らかになった。EU拡大が大量の移民を生み、雇用や年金に不安を抱かせる。高止まりする失業率。自国の議会よりブリュッセル(EU本部の所在地) が自分たちの未来を左右する。こうした矛盾が一気に噴き出したといえる。

欧州議会選はEU加盟国では総選挙や大統領選をにらみ政権の行方を占う「中間選挙」と言われる。自分たちの生活に直結せず、気軽に抗議投票ができるため、感情に流されやすい。しかし、今回の選挙結果は、もっと大きな流れの中で深刻にとらえなければならないだろう。ベルリンの壁崩壊後、一気に加速したグローバル経済は明らかに壁にぶち当たっている。ウクライナ危機は、「共産主義を捨て民主化すれば経済が必ず発展する」というEU モデルがどの国にも当てはまるわけではないことを浮き彫りにした。

フランスの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)に反対している。欧州議会には、米国家安全保障局(NSA)の監視プログラムを暴露したスノーデン事件をきっかけに米国への不信感が渦巻く。グローバル化の痛みを和らげるため、欧州では保護主義的な傾向が出てくるかもしれない。「人の自由移動」には間違いなくブレーキがかけられるだろう。中道右派と中道左派が政権を争うこれまでの政治構造も崩れ始めている。

 

悪いのは一体誰なのか。EUと単一通貨ユーロが抱える構造的欠陥、欧州レベルのリーダーシップ欠如、EU官僚の危機意識の薄さ。債務危機をバネにユーロ導入国の財政規律を強化、常設の安全網・欧州安定メカニズム(ESM)、銀行同盟が構築されるなど、それなりの前進はあったが、南欧諸国の失業問題は後回しにされた。景気が後退しているときに緊縮策をとるのは、重体患者にダイエットを強いるに等しい。債務危機を鎮めたのは、緊縮策を強いたドイツのメルケル首相ではなく、大胆に金融を緩和した欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁だったのだ。

 

英国で27.5%の票を得たUKIPの支持層は、「8割超が英国は大戦後に悪くなったと考えており、典型的なタイプは白人、単純労働者、高齢者だ」とキャメロン首相の恩師であるキングス・カレッジ・ロンドンのヴァーノン・ボグダナー調査教授は分析する。昨年の世論調査で、UKIP支持者の10%が「新三種混合ワクチンは危険」と回答。主要3政党の支持者は各2~5%で、UKIP支持者の前近代性をさらけ出した。ボグダナー氏は「来年の総選挙は、どの政党も単独過半数に届かないハング・パーラメントになる。連立政権が誕生した前回とは異なり、少数政権になる可能性がある」と予測する。

単純小選挙区制をとり、保守党と労働党の2大政党が政権を交代してきた多数決型民主主義のふるさと・英国でさえ、先が全く見通せない混沌の時代に突入した。9月のスコットランド独立を問う住民投票、総選挙後のEU残留か、離脱かを問う国民投票を見通すのは極めて難しい。まさに地殻変動が起きているのだ。

英国は歴史的に、欧州は災いを運んでくると警戒してきた。チャーチル首相は大戦後の1946年、「欧州という家族を再構築する第一歩は、フランスとドイツの友好でなければならない。我々が、名前が何であれ欧州合衆国をつくるのなら今、取り組む必要がある」と演説した。英国経済の復活も欧州の単一市場なくしては成し得なかった。しかし、英国の歴代首相は欧州統合の動きと国内懐疑派による反動に挟撃(きょうげき)されてきた。キャメロン首相も例外ではない。

欧州は歩みを止めると後退し、下手をすると崩れてしまいかねない未完のプロジェクトだ。その崩壊は「西洋の衰退」という以上の意味を持つ。欧州の政治指導者には、嵐の中を突き進む不屈のリーダーシップが今こそ求められている。

 

第40回 和解に必要なのは「裁き」か「真実」の記録か

和解に必要なのは「裁き」か「真実」の記録か

英国・北アイルランドのカトリック過激派、アイルランド共和軍(IRA)の政治組織シン・フェイン党のアダムズ党首(65)が4月30日、北アイルランド警察庁に逮捕され、4日後に釈放された。42年前に、10人の子供を女手1人で育てる未亡人が拉致・拷問の上、射殺され海岸に埋められていた事件を命令したという容疑である。

北アイルランドの帰属をめぐって英国からの分離とアイルランドへの併合を求めるカトリック系住民と、英国の統治継続を求めるプロテスタント系住民が対立し、爆弾テロなどで約3500人の犠牲者を出した北アイルランド紛争。1998年の和平合意を経て、北アイルランド自治政府が発足し、カトリック系住民とプロテスタント系住民の和解が進む。しかし、テロの闇と対立の桎梏(しっこく)がいくつも残されている。

 

核心問題の一つがIRAやプロテスタント系準軍事組織、英治安部隊がかかわった犯罪行為の処罰である。アダムズ党首が容疑をかけられた未亡人殺害事件はその中でも、最も残忍で残酷な事件としてカトリック系住民の記憶に生々しく刻まれている。

被害者はジェーン・マコンビルさん(当時37歳)。マコンビルさんはプロテスタントだったが、元英軍兵士でカトリックの夫と結婚、カトリックに改宗した。72年1月に夫はがんで急死、6~20歳の子供10人を育てなければならなくなった。ベルファスト西部のマコンビルさん宅はIRAの影響力が強い地区で、英治安部隊を攻撃する出撃拠点になっていた。

いつしかマコンビルさんが生活費を稼ぐためIRAの情報を英治安部隊に売り渡しているというウワサが立つ。同年12月、4人の女性がマコンビルさんに銃口を突き付けて自宅から拉致。マコンビルさんは10人の子供を残したまま消息を断った。IRAは99年まで犯行を認めず、その4年後ようやく、アイルランドの海岸でマコンビルさんの変わり果てた遺体が見つかった。

マコンビルさんのように消息が分からなくなった被害者は16人もおり、まだ7人の遺体が発見されていない。米ボストン大学が紛争のオーラル・ヒストリー(口述歴史)を残そうとIRAの元兵士から「生きている間は公開しない」ことを条件にインタビューを録音。テープへのアクセスを求める北アイルランド警察庁が大学側と2年に及ぶ裁判を繰り広げた結果、全部で85本ある録音テープの一部が同警察庁の手に渡った。

その中で、「マコンビルさん宅から英軍の通信機が見つかった。殺害を命じたのはアダムズ党首だ」と告発されていた。アダムズ党首の「表」の顔は、強硬派の反対を押し切って北アイルランド和平を進めたシン・フェイン党の政治家だ。自治政府のマクギネス副首相がIRAの司令官だったことを公に認めているのに対して、アダムズ党首は頑なにIRAとの関係を否定している。

紛争の時代、同地では多くのカトリックの若者がIRAに参加しており、アダムズ党首が全く関係なかったと考えるのは不自然だ。IRAの中枢につながっていなければ、和平交渉を主導することはできなかっただろう。アダムズ党首は「裏」でIRAを指揮していたからこそ、余計にIRAとの関係を認めるわけにはいかないのではないかと多くの人はみている。

 

アダムズ党首が和平に動いていなければ血で血を洗う紛争の終結は遅れ、さらに数千人の犠牲者を出していた恐れがある。今年2月、ブレア政権が元IRA関係者数百人に紛争中の罪を問わないという手紙を出していたことが北アイルランド警察庁により明らかにされた。それだけに、アダムズ党首の逮捕は大きな波紋を広げた。

和解プロセスで過去の犯罪を裁くのか、それとも不問に付すのか。真実を記録するのか、忘却の彼方に押しやるのかは意見の別れるところだ。司法の正義にこだわり、アダムズ党首の刑事責任を追及してこれまでの和解努力を台無しにするのは賢明とは言えないかもしれない。その一方で、マコンビルさんは英治安部隊の内通者ではなく、負傷した英軍兵士を単に介抱しただけという説もある。紛争の過去を忘却するのは、歴史の真実を歪めることになる。

マコンビルさんの遺族も、「正義の実現」を追及する声と、IRAの報復を恐れ「子供や孫の安全と幸せ」を願う声に二分しているという。

 

第39回 88歳になったエリザベス女王

88歳になったエリザベス女王

エリザベス女王が4月21日に88歳の誕生日を迎えた。英国史上最高齢の君主である。在位期間もヴィクトリア女王の63年216日に次いで史上2番目の長さになり、 来年9月には記録を更新する見通しだ。

誕生日に合わせて英写真家デービッド・ベイリー氏が撮影したポートレートが公開されたが、実に生き生きしている。生命力にあふれている。76歳のベイリー氏は「私は女王の大ファンなんです。女王は、いたずらっぽく輝く、とても優しい目をされています。私は強い女性が好きです。女王はとても強い女性です」と印象を語っている。立憲君主国の君主は「国のかたち」を体現する象徴だ。エリザベス女王は、柔軟に変化し、自由闊達(かったつ)な気風を失うことがないモダンな英国そのものだ。チャールズ皇太子、ウィリアム王子、昨年7月に誕生したジョージ王子と、将来の君主が3世代も続く。国歌「神よ女王陛下を守り給え」にある「幸福」と「栄光」のオーラが、女王からほとばしる。

瑞々しさを保つ秘訣は、何と言っても、25歳で即位してから全身全霊を国家に捧げてきた献身と忠誠、責任感だろう。エリザベス女王は信仰心が強く、敬虔で、君主になったことを神様から与えられた使命と受け止めているそうだ。実際の夫はフィリップ殿下だが、「国家と結婚した」という表現の方がしっくりくる。

1976年に英軍基地から電子メールを発信し、フェイスブックの王室公式ページの「いいね!」数は110万。常に最先端のテクノロジーを取り入れる好奇心も衰えない。

 

今年1月、「デーリー・エクスプレス」紙が、6月に予定される女王のフランス訪問を伝える際、仏政府高官の話として、「これが恐らく最後の外遊になると聞かされた」と伝えた。チャールズ皇太子のメディア・チームがバッキンガム宮殿に引っ越し、女王のメディア・チームと合併。皇太子とカミラ夫人、ウィリアム王子とキャサリン妃、ヘンリー王子ら次世代への公務引き継ぎがいよいよ本格化するという観測が強まった。

女王は昨年11月、スリランカで開かれた英連邦首脳会議を欠席し、皇太子が代わりを務めている。王室ウォッチャーは「王位継承の布石」と分析。次の王位は王位継承順位2位のウィリアム王子ではなく、同1位の皇太子に継承されるというシグナルを王室が初めて送ったともいえる。王室が慎重なのは、英国民の8割が王室の存続を望んでいるとはいえ、ウィリアム王子の即位を望む声が少なからずあり、女王に比べ皇太子の海外人気は格段に低いからだ。

英王室の王位継承は少しずつ準備が進められる。バッキンガム宮殿でエリザベス女王が車まで歩く距離が短くなり、外遊も減っている。しかし、4月にバチカンでローマ法王フランシスコと初会談するなど、女王の千両役者ぶりは健在だ。フランス訪問を女王最後の外遊と断言するのは「時期尚早だ」と筆者には思える。

 

欧州の王室では昨年、オランダのベアトリクス女王(76歳)とベルギーのアルベール国王(79歳)が相次いで退位。ノルウェーのハラルド国王(77歳)、スペインのフアン・カルロス国王(76歳)、デンマークのマルグレーテ女王(74歳)と高齢化が進むが、エリザベス女王の88歳には及ばない。

エリザベス女王が退位することはあり得ない。オランダ王室の退位は珍しくないが、英王室で退位したのは、シンプソン夫人との「王冠を賭けた恋」で有名なエドワード8世(1894~1972年)だけ。ジョージ3世(1738~1820年)は晩年、正気を失ったとされ、ヴィクトリア女王(1819~1901年)も不眠症などに悩まされたが、亡くなるまで君主を続けた。

女王の母エリザベス王妃は101歳まで生きた。第二次大戦からの復興、ダイアナ元妃の事故死など数々の苦難を乗り越えてきた女王は、今も年数百もの公務をこなす。朝食を済ませると手紙や政府文書に目を通し、週に1度、首相と会見する。

最高齢で王位を継承した英国の君主はウィリアム4世(1830年即位)の64歳10カ月4日だが、チャールズ皇太子は11月の誕生日で66歳。王位継承を待ち続ける皇太子には本当に気の毒だが、女王は命が続く限り君主の使命を果たし続けるだろう。英国民も世界もそれを願っている。

Happy Birthday, Her Majesty!

 

第38回 スペイン人女性をジョージ王子の乳母に選んだ理由

スペイン人女性をジョージ王子の乳母に選んだ理由

生後8カ月のジョージ王子とともに、ウィリアム王子とキャサリン妃が7日、ニュージーランドに降り立った。25日までの日程で、2011年震災に見舞われた同国のクライストチャーチやオーストラリアを歴訪する。ジョージ王子にとっては初の公式外遊。1983年、訪問国オーストラリアの首相やエリザベス女王の反対を押し切って、生後10カ月のウィリアム王子を同行させた故ダイアナ元皇太子妃のありし日の姿を思い浮かべた方も多いだろう。

英王室の慣例として直系の王位継承者が同じ飛行機に乗るのは禁じられている。万が一、事故が起きた場合、2人の王位継承者を同時に失うからだ。しかし、ダイアナ元妃は「ウィリアムが行かないなら、私も行かない」とへそを曲げ、エリザベス女王が同行の特別許可を出した。「ダイアナ流」が今回も引き継がれた。しかし、新たな慣例破りがニュースになった。ウィリアム王子とキャサリン妃が同行のため雇ったナニー(乳母)が43歳のスペイン人女性だったのだ。

 

直系の王位継承者の乳母に外国人が採用されるのは初めてのことらしい。しかも、このスペイン人女性マリア・テレサ・トゥリオン・ボラロさんは敬虔なカトリック教徒。子供のころから男性に興味を示さず、「将来、必ず尼さんになる」と周囲は思っていた。彼女のあだ名は「聖者」。ご存知の通り、英君主は英国国教会(プロテスタント)の世俗の長。カトリック教徒と結婚すれば王位継承権を失うという厳しい定めは、昨年の王位継承法改正でようやく撤廃された。

2人がボラロさんを選んだ理由は「乳母養成学校」として世界的に有名なノーランド・カレッジの卒業生で、同校や友人の推薦があったからと報じられているが、果たしてそれだけだろうか。以下は、あくまで個人的な推論である。

まず、21世紀の王室を担う2人は、「英国のロイヤル・ファミリーにカトリックへの偏見はありません」というメッセージを送る必要があった。

次に、英国の将来像をどう描くのかというビジョンである。英外交には3つのリングがあると言われてきた。「スペシャル・リレーションシップ」と表現される対米関係、英連邦のつながり、そして、切っても切り離せない欧州との関係。「唯一の超大国」米国が衰えを見せ始める中、英国の地位が弱まり、欧州連合(EU)との関係も大きく軋んでいる。「EU脱退」を声高に唱える英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首は、先日行われた自由民主党のニック・クレッグ党首とのTV討論でこう言い放った。「2007年以降、英国の実質賃金は移民のため14%もカットされた。得をしたのは金持ちだけだ。乳母も、お抱え運転手も、庭師も安く雇える。だが、しかし、これは普通の英国人にとっては悪いニュースなのだ」。

2回のTV討論は、極端な数字を取り上げて感情に訴えたファラージ党首の圧勝。細かいデータを示して欧州統合の意義を説いたクレッグ党首は惨敗を喫した。しかし、待ってほしい。英国は、欧州統合や移民のおかげで一番得をしている国の一つなのだ。 フランスのオランド大統領が年収100万ユーロ以上の富裕層に75%の税金をかけると宣言した後、お金持ちのフランス人が高級住宅街のナイツブリッジ、メイフェア、ケンジントン、チェルシー、フラムに流れ込んだ。ロンドンで暮らすフランス人は現在40万人。

失業率が一時26.5%に達したスペインからも移民が大量にやって来る。友人のスペイン人は「ロンドンの地下鉄や街の中は 今やスペイン人ばっかり」と言う。乳母のボラロさんが英国にやって来た約20年前もスペインの失業率は21.5%。英国は若いスペイン人失業者の受け皿となり、その後続く16年連続の経済成長の原動力にした。人とカネを吸い寄せることが英国経済を復活させる「魔法の杖」になっている。

 

著名投資家ジョージ・ソロス氏はEU脱退の動きに「そんなことをすれば英国から仕事がなくなるだけだ」と警告する。ウィリアム王子とキャサリン妃がボラロさんを採用した本当の理由は、5月の欧州議会選を前にファラージ党首の弁舌が熱を帯びる中、「欧州から離脱した英国は考えたくない」というささやかな抵抗の意思表示ではなかったかと筆者には思えるのだが。

 

「ランボルギーニ減税」の狙い – 2014 年度予算案

オズボーン財務相が2014年度の予算案を発表した。話題を呼んだのは「55歳になったら私的年金を一括して受け取ってランボルギーニのスーパーカーが買えるようになる」というニュースだ。「将来の年金を取り崩して大丈夫?」という心配は、独立不羈(どくりつふき)の英国人には、余計なお世話のようだ。

「フィナンシャル・タイムズ」紙の世論調査では、わずか4.5%がこれまで通り「一時払い終身年金(Annuity)」を購入すると回答、42%が拠出金と運用益による「年金原資(Pension Pot)」を取り崩すと答えた。

 

英国の年金も国民年金などの公的年金と私的年金がある。私的年金の枠組みの一つとして、現役時代は個人や企業の拠出金や運用益(日本でいう確定拠出型年金)などで年金原資を積み立て、年金受給開始時に保険会社から一時払い終身年金を購入することが半ば義務付けられてきた。年金原資を取り崩そうと思っても、非課税なのは原則25%だけで、残りには55%という懲罰的な税率が課せられてきたからだ。保険会社は年金原資を元手に英国の長期国債などを購入して運用しているが、英中央銀行・イングランド銀行の超金融緩和策で長期金利は2.7%という低水準。キャメロン政権は財政再建に取り組んでいるため、長期金利は当分上がりそうにない。年金生活者の間では「年金原資を自分で運用していたら、もっと利回りの良い投資先を選べたはず」という不満がうっ積していた。

そこで、オズボーン財務相は知恵を絞った。25%の非課税措置を残したまま、55%の懲罰的税率を通常の所得税率(基礎税率20%)に引き下げてはどうか。そうすれば、これから定年を迎える有権者の不満を和らげられる。年金原資を一括して取り崩す人が増えれば一時的な税収増も期待できる。「1921年に年金制度ができて以来、最も広範囲な年金課税の制度改革だ」とオズボーン財務相は会心の笑みを浮かべた。「年金原資でランボルギーニを買えるということか」と質問されたウェッブ年金担当相が「それはその人の選択だ」と答えたことが、大きな反響を呼んだ。

今年の国民総生産(GDP)成長予想は2.7%に上方修正され、18年度には財政黒字が出る見通しだ。消費者物価指数も1.7%まで落ち着いている。これで支持率が上がらない方がおかしい。「サンデー・タイムズ」紙の世論調査では、保守党36%、労働党37%、自由民主党9%、英国独立党11%。最大で16ポイント離されていた労働党との差は、わずか1ポイントにまで縮まった。しかし、5月の欧州議会選で英国独立党が台風の目になるのは必至で、英国政治研究家の菊川智文氏は「今回の予算にも英国独立党を意識した政策が盛り込まれている」と分析する。それが年金や預金で暮らす人たちへの対策だという。冒頭の「年金原資取り崩し減税」が実施されるのは来年4月からで、平均的な年金原資は1人当たり1万7700~2万5000ポンド。ランボルギーニは1台16万5000ポンドもするので、購入できる人はほとんどいない。しかし、見せ方がうまい。

 

上院の権限が弱い英国では、総選挙で勝てば4~5年の任期が約束される。キャメロン首相とオズボーン財務相のコンビは、世界金融危機で致命傷を負った英国の経済と財政を不屈の闘志で立て直してきた。

片や、日本では総選挙と参院選が目まぐるしく行われ、現在の安倍晋三首相が誕生するまで、約1年で首相が交代する異常事態が続いていた。経済政策アベノミクスが息切れし始めた最大の原因は目先の結果だけを追い求め、中・長期的な経済・財政改革を棚上げしてしまったことにある。日本は英国から「小選挙区制・二大政党制」という政治システムを導入したが、「政策中心の政党政治」という政治風土・文化までは移植できなかった。英国では「善政を行うのは我が党だ」という強い信念が政治権力を追求する原動力となり、考えに考え抜いた政策を生み落としている。

鉄の「政官財」トライアングルが1990年代のバブル崩壊とともに消え去った日本では、歌舞伎役者と同様、世襲政治家が政治という舞台を支配するようになった。官僚が以前の力を失った今、日本に変化を求めるのは難しいだろう。アベノミクス第三の矢(成長戦略)は果たして放たれるのか。

 
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