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Thu, 29 January 2026

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生誕270周年記念!モーツァルトと欧州の旅

生誕270周年記念 モーツァルトと欧州の旅

子どものおもちゃや学校の授業、CMや電話の保留音に至るまで、クラシック・ファンでなくてもモーツァルトの音楽を耳にする機会は多いだろう。そんな身近で偉大な作曲家モーツァルトが生まれてから、今年で270周年になる。オーストリアの作曲家として知られるが、実はその人生の多くを旅に費やしたモーツァルト。東はプラハ、西はロンドンまで欧州中を旅したモーツァルトの軌跡をたどりながら、その人生や作品の魅力に迫る。 (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

Dチケット

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
(1756-1791)

モーツァルトってどんな人?

参考:planet wissen「Persönlichkeiten: Wolfgang Amadeus Mozart」「Wolfgang Amadeus Mozart: Wurde Mozart ermordet?」

1. 「神童」として人々を魅了

1756年1月27日、ザルツブルクに生まれたモーツァルト。宮廷ヴァイオリニストだった父レオポルトの影響で、生まれたときから音楽に囲まれて育ち、4歳でピアノを弾き始め、5歳で初めて作曲したといわれている。そんなモーツァルトの才能を見抜いたレオポルトは、6歳のモーツァルトと11歳の娘ナンネルを連れて演奏旅行へと旅立つ。ピアノとヴァイオリンの並外れた演奏技術だけでなく、親しみやすい性格でも人々を魅了し、まさに「神童」としてもてはやされたのだった。

2. 嫉妬されるほどの天才作曲家

11歳になると、初のオペラを作曲。しかし、モーツァルトはほかの作曲家たちからは脅威とみなされ、作曲家として地位を築くのに苦労する。なかには、モーツァルトの作品をわざと下手に演奏して評価を下げた演奏家もいたという。そんなモーツァルトが広く認められるようになったのは、1781年にミュンヘンで初演されたオペラ「イドメネオ」の成功だった。モーツァルトの作品は複雑ながらも、キャッチーなメロディーが巧みに取り入れられ、今日もなお唯一無二の天才作曲家として知られている。

3. フリーランス音楽家のパイオニア

モーツァルトが生きた時代は、宮廷音楽家になることは地位と収入を安定させると同時に、芸術的な自由が制限されることを意味していた。ザルツブルク大司教の宮廷音楽家だったモーツァルトもその限界を感じていたようだ。1781年に宮廷音楽家を辞職してウィーンへ移り、演奏活動や作曲、ピアノの指導を行い、当時としては珍しいフリーランス音楽家となった。権威に固執しなかった彼は、自身の成功については滅多に語らなかったが、音楽愛好家のための仕事となると非常に情熱的だったと伝えられている。

4. 毒殺説も? 35年の短い生涯

1791年12月5日午前1時、ウィーンの自宅で家族と主治医に見守られながら、モーツァルトは35年の生涯に幕を閉じた。今日の研究では死因はリウマチ熱だと推定されているが、死の直後に毒殺の噂も広まっていた。実際に作曲家サリエリが晩年にモーツァルトを毒殺したと告白しており(医学的には否定されている)、このエピソードは映画「アマデウス」にも描かれている。モーツァルトが生涯で作曲した作品はおよそ1060曲だといわれているが、その一部は現在も見つかっていないという。

ゆかりのスポットをめぐるモーツァルトが旅した欧州の都市

モーツァルトはその生涯で計17回の旅に出ており、人生のおよそ3分の1(10年2カ月2日間)を馬車の中で過ごしたといわれる。200以上の都市を訪れたというモーツァルトだが、なかでもモーツァルトの人生にとって重要な場所や転機を迎えた場所など、八つの都市をゆかりのスポットと共にご紹介する。

参考:Europäische Mozart Wege、Internationale Stiftung Mozarteum、各都市の公式ホームページ

旅行をしなければ(少なくとも芸術や科学の分野では)、
人は惨めな生き物である。

Ohne Reisen (weni gstens L eute von K ünsten und Wissenschaften)
ist man wohl ein armseli ges Geschöpf!
― モーツァルトの手紙より

モーツアルトの旅

1 モーツァルトの生まれ故郷 ザルツブルク Salzburg

ザルツブルク

旧市街がユネスコ世界遺産に登録されているオーストリアのザルツブルクは、モーツァルトの生誕地。モーツァルトが幼少期に初めて作曲をしたのも、11歳でラテン語劇「アポロとヒュアキントス」を制作したのもこの街だった。演奏旅行で不在期間が長かったものの、生涯で作曲した作品の約半分がこの地で生まれたといわれる。青年期からは宮廷音楽家としてザルツブルク大司教に仕えていたが、大司教との確執により25歳の時にこの街を去り、ウィーンに移った。1880年にはザルツブルク市民によって「モーツァルテウム財団」が設立され、モーツァルトの研究やモーツァルト・ウィークを開催するなど、現在も活動を続けている。

ゆかりのスポット

モーツァルトの生家
Mozarts Geburtshaus

ザルツブルク

モーツァルトが生まれてから17年間を過ごした生家は、世界中からのファンが訪れる博物館となっている。18世紀の生活を再現した館内では、手紙や思い出の品、肖像画のほか、モーツァルトが幼少期に愛用していたヴァイオリンやクラヴィコードを見ることができる。

Getreidegasse 9, A-5020 Salzburg
https://mozarteum.at

2 グランド・ツアーへ出発 ミュンヘン München

ミュンヘン

ミュンヘンはモーツァルトが人生初の旅行で訪れた都市であり、姉のナンネルと共にバイエルン選帝侯マクシミリアン・ヨーゼフ3世のために演奏した。その後、モーツァルト一家は3年半にわたる演奏旅行「グランド・ツアー」で欧州各地を訪れているが、行きと帰りにミュンヘンを訪れている。モーツァルトは数回にわたってこの地に滞在したが、音楽家のポストを得ることは叶わず、片思いで終わったようだ。ミュンヘンを象徴する作品として、バイエルン選帝侯カール・テオドールのために1781年に作曲したオペラ「イドメネオ」がある。この作品を皮切りに、モーツァルトは瞬く間に売れっ子作曲家となったのだった。

ゆかりのスポット

キュビリエ劇場
Cuvilliés-Theater

キュビリエ劇場

王家の宮殿レジデンツ内にあるロココ様式の劇場。フランスの建築家フランソワ・ド・キュビリエによる設計で、1751~55年にかけて建てられた。モーツァルトのオペラ「イドメネオ」の初演をはじめ、数々のバロック・オペラがこの劇場で上演されてきた。

Residenzstr. 1, 80333 München
www.residenz-muenchen.de

3 モーツァルト一家のルーツ アウクスブルク Augsburg

アウクスブルク

独南部アウクスブルクはモーツァルトの父レオポルトの生まれ故郷。モーツァルト一家はれんが職人や製本職人などを生業として、何世代にもわたってこの地に住んでいた。モーツァルトもこの都市を5回訪れており、アウクスブルクのバールフューサー教会とウルリッヒ教会のオルガンを演奏したという。また、父方のいとこで「ベーズレ」の愛称で知られるマリア・アンナ・テークラ・モーツァルトと出会ったのもこの街だ。いわゆる「ベーズレ書簡」といわれる彼女宛の手紙の数々には、下品な内容も含まれており、モーツァルトの死後長らく公開されなかったこともでも知られる。

ゆかりのスポット

レオポルト・モーツァルト・ハウス
Leopold-Mozart-Haus

レオポルト・モーツァルト・ハウス

レオポルトの生家は現在博物館として公開されており、音楽家や音楽教師であるだけでなく、子どもたちのマネージャーも務めたレオポルトについて深く知ることができる。またモーツァルトが旅先での練習に使用していた旅行用ピアノのレプリカの展示も。

Frauentorstr. 30, 86152 Augsburg
https://kunstsammlungen-museen.augsburg.de/mozarthaus

4 最初の交響曲を作曲 ロンドン London

ロンドン

1764年、モーツァルトが8歳の時に一家はロンドンを訪れ、およそ15カ月滞在している。到着からわずか4日後には、姉ナンネルと共にドイツ出身の英国王ジョージ3世の前で演奏を披露し、その後もさまざまな場で演奏会を開いた。姉ナンネルの日記によると、ロンドンでは父レオポルトが病気の間、モーツァルトは暇つぶしのために交響曲の作曲を開始。わずか8歳にして「交響曲第1番」を完成させている。さらにロンドン滞在中には、大バッハの末子で「ロンドンのバッハ」と呼ばれたヨハン・クリスティアン・バッハとも出会い、モーツァルトの作曲スタイルにも大きな影響を与えた。

ゆかりのスポット

若きモーツァルト像
The Young Mozart

若きモーツァルト像

モーツァルトが交響曲第1番を作曲した際に一家が滞在していたエバリー・ストリートからほど近い、オレンジ・スクエアに設置されている像。没後200周年を機に彫刻家フィリップ・ジャクソンが制作し、1994年にマーガレット王女によって除幕された。

Orange Square London SW1

5 イタリア音楽の影響を受けて ミラノ Milano

ミラノ

モーツァルトは生涯で3回イタリアを旅行している。特に1769~71年にかけて父レオポルトに連れられて行った最初の旅行では、モーツァルトは新たな音楽知識を身に付け、イタリア音楽からインスピレーションを受けるなど、音楽家としての経験を積んでいった。とりわけミラノでは、委嘱作品として三つのオペラを制作。1770年に作曲された1作目のオペラ「ポントの王ミトリダーテ」の最初の3公演では、モーツァルト自身がピアノで弾き振りをして観客を喜ばせた。スカラ座の前身であるレージョ・ドゥカーレ劇場が数カ月にわたって満席になるほどの人気ぶりだったという。

ゆかりのスポット

サン・マルコ教会
Chiesa di San Marco

サン・マルコ教会

芸術地区として知られるブレラ地区に佇むサン・マルコ教会は、モーツァルトが14歳のときに3カ月間滞在した場所で、教会内にあるオルガンを演奏したという。また、ヴェルディの「レクイエム」が初演されたのも同教会である。

Piazza S. Marco, 2, 20121 Milano

6 母アンナ・マリアの死に直面 パリ Paris

パリ

1763~66年にかけて2度パリを訪れたモーツァルトは、ルイ15世への謁見も果たしている。1778年、22歳となったモーツァルトは仕事を求めて、母アンナ・マリアと共に再びパリを訪問。パリの貴族たちから人気を集めることに苦戦していたが、オペラ座のバレエ・マスターだったノヴェールの依頼で「パリ交響曲」として知られる「交響曲第31番」を作曲した。初演で成功を収めたのもつかの間、熱病に侵されていたアンナ・マリアが急死する。モーツァルトは仕事でほとんど留守にしていたため、アンナ・マリアは孤独の中、次第に衰弱していったという。その数週間後、モーツァルトは悲しみのうちにパリを去った。

ゆかりのスポット

メゾン・モーツァルト
Maison Mozart

メゾン・モーツァルト

モーツァルトが母アンナ・マリアと滞在していた建物はすでに取り壊されているが、同じ住所にはメゾン・モーツァルトが立っている。プレートには「W.A.モーツァルトとその母アンナ・マリアは1778年にここに滞在した。母はここで7月3日に亡くなった」と記されている。

8 Rue du Sentier, 75002 Paris

7 モーツァルトが愛し愛された都市 プラハ Praha

プラハ

モーツァルトが初めてプラハを訪れたのは、1787年にオペラ「フィガロの結婚」を自身の指揮で公演したときだった。熱狂したプラハの人々は、街中で作中のメロディを歌っていたといわれるほどで、モーツァルトは「プラハの人々は私を理解してくれる」と感じていたという。さらに、しばらくして「プラハ交響曲」として知られる「交響曲第38番」をこの地で作曲。それらの成功から、同年にはオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の初演を行っている。1791年にはボヘミア国王レオポルト2世の戴冠式のために「皇帝ティートの慈悲」を作曲しているが、初演されたのはモーツァルトが亡くなる3カ月前だった。

ゆかりのスポット

エステート劇場
Stavovské divadlo

エステート劇場

「ドン・ジョヴァンニ」の初演が行われたノスティック劇場は、現在はエステート劇場と呼ばれている。モーツァルト作品も定期的に上演。モーツァルトの生涯を描いた映画「アマデウス」のシーンの多くはプラハで撮影されているが、本劇場もロケ地の一つとなった。

Železná, 110 00 Staré Město
www.narodni-divadlo.cz

8 人生の絶頂から死へ ウィーン Wien

ウィーン

モーツァルトが初めてウィーンを訪れたのは1762年。6歳だったモーツァルトは、シェーンブルン宮殿の鏡の間で大公妃マリア・テレジアの前で演奏し、その後皇妃の娘であるマリー・アントワネットにプロポーズしたという逸話が知られている。1781年に再びウィーンに移ると、フリーランスの音楽家として活動を開始。翌年には、父の反対を押し切ってコンスタンツェ・ウェーバーとこの地で結婚した。1790年頃にはモーツァルトは音楽家人生の絶頂期を迎えていたのとは裏腹に、パーティー好きで浪費家だったことから借金にも悩まされていたという。1791年9月30日にはウィーンでオペラ「魔笛」の初演が行われたが、制作中だった「レクイエム」が未完のまま、同年12月5日に自宅で息を引き取った。

ゆかりのスポット

聖シュテファン大聖堂
Stephansdom

聖シュテファン大聖堂

ゴシック建築の聖シュテファン大聖堂はモーツァルトの結婚式と葬儀が行われた場所。死後は聖マルクス墓地にほかの死者と共に埋葬された。お墓の正確な位置は現在も不明で、ウィーン共同墓地に記念碑がある。

Stephansplatz 3, 1010 Wien
www.stephanskirche.at

モーツァルトの姉・ナンネルの光と影

マリア・アンナ・モーツァルト(1751-1829)、通称「ナンネル」は、ヴォルフガングの5歳年上の姉だ。チェンバロとピアノを弾き、グランド・ツアーでは弟と共に「神童」としてもてはやされた。どんな難曲でも正確かつ情熱的な演奏で人々を魅了し、レオポルトはある手紙の中で「娘は12歳にもかかわらず、欧州で最も熟練した演奏家の一人である」と記している。しかしナンネルが18歳になると、レオポルトは娘を自宅に残し、息子だけを演奏旅行に連れて行くようになる。ナンネルはピアノ教師などの音楽の仕事をしていたものの、華やかな世界から姿を消したのであった。

聖シュテファン大聖堂父レオポルトと一緒に演奏する幼少期のヴォルフガングとナンネル

ヴォルフガングが完成したばかりの作品をザルツブルクに送り、ナンネル以外に演奏させないように指示したという逸話がある。ヴォルフガングが演奏家としての姉の才能に信頼を置いていたことを物語っている。一方で旅行先のヴォルフガングがナンネルに宛てたある手紙には「親愛なる姉よ! あなたがこんな作曲ができるとは、深く感銘を受けました」と記されており、作曲もしていたと考えられている。しかし、ナンネルの作曲した作品は一つも残されていない。一説によると、ヴォルフガングのヴァイオリン協奏曲全5曲のうち、3曲はナンネルが書いた可能性もあるという。

一部の研究者からはヴォルフガングよりも才能があったのではないかといわれるナンネル。女性の権利が制限されていた時代に生まれ、その人生には多くの葛藤があったに違いない。そんなナンネルにフォーカスしたドラマ・シリーズ「Mozart/Mozart」が、2025年12月にドイツ公共放送ARDにて放映された。1780年代のモーツァルト姉弟を描きつつ、当時の女性の視点を取り入れた新たなモーツァルトのエピソードを楽しむことができる。

「Mozart/Mozart」ドラマ「Mozart/Mozart」は全6話、ARDメディアテークで視聴可能(ドイツ国内のみ)

パリに愛されなかったモーツァルト

1791年にモーツァルトが亡くなった後もなお、フランスではモーツァルト作品は注目されず、18世紀末までコンサート・ホールや劇場で演奏されることはほとんどなかったという。1793年に「フィガロの結婚」のフランス語版がパリ・オペラ座のレパートリーに加わったものの、フランス革命のさなかだったこともあり、ほぼ無名のモーツァルトの作品が成功するチャンスはなかった。

転機が訪れたのは、1801年のこと。パリ・オペラ座が「魔笛」のフランス語版として制作された「イシスの神秘」を上演して成功する。また、同年にモーツァルトの伝記が2冊出版された。さらに、ドイツの劇団がオリジナル版の「後宮からの誘拐」をパリで上演し、主人公の恋人コンスタンツェ役をモーツァルトの義姉アロイジア・ヴェーバーが務めた。こうして死後10年経って、フランスでモーツァルトの名が知られるようになったのである。

「魔笛」1863年のパリ・オペラ座で上演された「魔笛」の舞台デザインイメージ(作者不明)

パリ・オペラ座は「イシスの神秘」の成功から、「ドン・ファン」の上演を決定。しかし、台本は書き換えられ、フランスの聴衆が好みそうな音楽に編曲されている。それでも1805年の初演では、多くのマスコミが「野蛮なモーツァルトの音楽がパリ・オペラ座を侵略した」と激しく非難。モーツァルトを批判する者と擁護する者との間で論争が起こった。

その後、パリのイタリア座では著名な歌手によってモーツァルトのイタリア語オペラが上演され、器楽曲にも次第に注目が集まっていく。1830年頃には、モーツァルトは「古典派」の作曲家として地位を確立。19世紀初頭はモーツァルトはオペラ歌手の才能を開花させる作曲家の一人にすぎなかったが、歌手が作曲家を際立たせる役割を担う時代になったのである。1866年には「ドン・ファン」がパリの三つの主要劇場で同時上演されるまでになり、モーツァルトの作品はパリの人々に愛される存在となったのである。

参考:Opéra national de Paris「I. Mozart’ s three stays in France」「II. Mozar tadapted to French taste (1793-1830)」「III. Acclamation on opera-house stages」

ザルツブルクで生誕270周年をお祝い!

■ モーツァルト・ウィーク
Mozartwoche 2026: Lux Aeterna

会期:2026年1月22日(木)~2月1日(日) https://mozarteum.at/mozartwoche

Mozartwoche 2026: Lux Aeterna

生誕200周年を迎えた1956年から毎年故郷のザルツブルクで開催されてきた音楽祭で、1月27日の誕生日前後に開かれる。著名な指揮者、オーケストラ、ソリストが集い、コンサート、オペラ、室内楽などを通して、モーツァルトの作品を再発見する機会となっている。モーツァルト生誕270周年、音楽祭70周年に当たる今年は、若くして亡くなったモーツァルトを不滅の存在として讃える「Lux Aeterna」(永遠の光)をテーマに掲げる。およそ70のプログラムのハイライトは、芸術監督ローランド・ビリャソンの演出による新作の「魔笛」だ。その注目度の高さから追加公演が決まったものの、残念ながら全て満席となっている。

■ 特別展「宇宙の魔笛」
Sonderausstellung: Kosmos Zauberflöte

期間:2026年1月16日(金)~4月7日(火)
https://mozarteum.at/mozart-museen/mozart-wohnhaus

特別展「宇宙の魔笛」

モーツァルトの家(Mozart-Wohnhaus)では、モーツァルト・ウィークの新作「魔笛」の上演に合わせて、特別展を開催する。「モーツァルトの魔笛」と「モーツァルト時代のフリーメイソン」に焦点を当て、貴重なコレクションの数々を展示。その中には「魔笛」の初演で掲示されたポスターも。また同施設では、モーツァルトが「魔笛」を制作時に滞在していた「魔笛の家」(Zauberflöten-Häuschen)も見学できる。

特別展「宇宙の魔笛」

 

AI・SNS時代に考える - 欧州で暮らす私たちとメディアの距離感

新春 英国・ドイツ2国特集

AI・SNS時代に考える欧州で暮らす私たちと
メディアの距離感

AIやSNSが生活のあらゆる場面に入り込み、私たちのメディアとの関わり方や言葉との向き合い方も大きく変化している。欧州では、未成年のSNS使用制限やメディア・リテラシー教育の強化など、情報環境の見直しが進む。2026年新年号では、英独を中心にメディアをめぐる現状を多角的に捉えながら、研究者や文化人に「メディアとの向き合い方」について聞いた。マスメディアを超えて広がる多様な声の中から、自分に合った情報の選び方を探っていきたい。(文:英国・ドイツニュースダイジェスト編集部)

メディアとの距離感

なぜ今「情報との付き合い方」を問うのか

情報の海と加速するデマ

現代社会は、かつてない規模の「情報洪水」に覆われている。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のタイムラインを開けば、真偽不明の情報が次々と流れてくる。人工知能(AI)に質問すれば、もっともらしい答えが返ってくるし、あるいは本物と見分けがつかない画像や動画を瞬時に生み出してくれて便利だ。しかし、どのAIプラットフォームにも必ず小さくこう書かれている。「回答は必ずしも正しいとは限りません」。私たちは日々、「何を信じ、どう受け止めるか」という選択を迫られているのだ。

この問いは新しいようでいて、実は古代から続いている。ギリシャのソフィストたちは、言葉を単なる写し鏡ではなく、現実に働きかける力として捉えた。プロタゴラスは「人間は万物の尺度である」と述べ、真理が人間の認識と切り離せないことを示した。ゴルギアスは「言葉は魂に作用する」と洞察し、語りが感情や判断を動かす事実を照らす。言葉が世界を組み替えるという修辞観は、私たちの時代にも通底している。

今日では、インターネット上の一投稿や映像が、社会の「現実」を塗り替える。2020年のコロナ禍では、デマがワクチン接種を妨げ、社会不安をあおった。2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、虚偽情報が爆発的に拡散し、情報戦の新局面を示した。そして生成AIの普及によって、誰もがそれらしい偽情報を「作れる」時代が到来している。

各国が模索する情報空間の安全

こうした状況に対し、欧州では法整備を通じて情報空間の安全を守る動きが進んでいる。欧州連合(EU)は2024年、世界初の包括的なAI規制法「Artificial Intelligence Act」を施行。同年、デジタル・サービス法(DSA)の全面適用も始まり、大手プラットフォームに対して違法コンテンツの迅速な削除を義務付けている。EUは「技術は市場に任せるだけでは制御できない」という立場を明確にした。

英国は2023年に「オンライン安全法」(Online Safety Act)を成立させ、未成年保護や誤情報対策を包括的に扱う。きっかけは2017年、SNS上の自殺関連投稿に触れ続けた14歳の少女が自ら命を絶った事件だ。アルゴリズムが有害コンテンツを次々と表示し、少女を絶望の渦へと引き込んだこの出来事は、プラットフォームの責任を問う議論の転換点となった。

一方、日本ではAI事業者向けガイドラインの策定やSNSの透明性向上をめぐる議論が進められている。欧州のような厳格な規制ではなく、「柔軟なガバナンス」で成長と安全の両立を図る方針だ。

どんな現実を共につくるか

もっとも、法制度は乱用を抑えつつ自由を保障する「外枠」にすぎない。その内側で私たちがどう振る舞うかは、依然として大きな課題だ。プロタゴラスに立ち返れば、「真理は唯一ではなく、人の数だけ見方がある」。多様な意見が共存する社会では、他者の言葉を理解し、解釈を更新し続ける努力が欠かせない。一人ひとりが情報との付き合い方を選ぶこと、その選択の積み重ねこそが、私たちの未来を映し出すのかもしれない。

参考:GOV.UK「Guidance Online Safety Act: explainer」、Bundesministerium der Justiz und für Verbraucherschutz「Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken」、EU Artificial Intelligence Act「Official Journal」、Bundeszentrale für politische Bildung「Gegen den Hass im Netz」、The Guardian「how Molly Russell fell into a vortex of despair on social media」

疑うのではなく、理解し関わるAI・SNS時代のメディア・リテラシー

技術の進歩によって、ニュースの選び方も届け方も大きく変わりつつある。AIが記事を推薦し、SNSで誰もが発信者となる今、私たちに求められる力とは何か。メディア・リテラシー教育を専門とし、テレビ・ディレクターとして制作現場も経験してきた昭和女子大学准教授の村井明日香さんに、情報を「疑う」のではなく「理解する」ための視点について聞いた。

村井明日香さん 村井明日香さん
Asuka Murai
メディア研究者。昭和女子大学人間社会学部准教授。テレビディレクターとして報道・ドキュメンタリー番組の制作に携わった後、メディアリテラシー教育の研究者に。現在は大学でメディア論を教えるかたわら、学校や市民講座などでもワークショップ等を実施している。

Q1. そもそもメディア・リテラシーとは何ですか?

私がよく参照するのは、メディア教育研究者である中橋雄さんの定義です。すなわち、メディア・リテラシーとは「メディアの意味と特性を理解した上で、受け手として情報を読み解き、送り手として情報を表現・発信するとともに、メディアのあり方を考え、行動していくことができる能力」(中橋雄『メディア・リテラシー論』北樹出版、2014年)であると。つまり、メディアの重要性を共有しながら、それをより良いものにしていこうとする主体的で前向きな姿勢が、メディア・リテラシーの本来の姿だと思います。

一方で、今の大学生にメディア・リテラシーに関する授業を行うと、多くの学生が「メディアを疑うことを忘れないようにしたいと思います」というような形でまとめたレポートを提出してきます。というのも、日本では特にメディア・リテラシーを「メディアを批判的に読み解く」と訳したために、「批判すればいい」と誤解されてきた面があるのです。

英語の「critical」には「批評的」や「吟味的」といったニュアンスがあり、日本語の「批判」とはニュアンスが異なります。その翻訳のずれが、メディア・リテラシーの本質を見えにくくしてきた面があるかもしれません。メディアを批判したり、遠ざけたり、ボイコットしたりすることは、むしろメディア・リテラシーの理念と逆行します。

Q2. このメディア・リテラシーに対する「誤解」は、なぜ生まれてしまったのでしょうか?

その一因として、日本がメディア・スタディーズを専門科目として中等教育に取り入れなかったことがあると思います。例えば英国やカナダでは、メディア・スタディーズの専門の先生が学校にいます。私も英国滞在中に授業を見学したことがありますが、専門的な観点からメディアについてうまく教えているなという印象でした。もちろん課題もあって、英国の場合はあくまで選択科目なので、科目を選択をしなかった生徒は全くメディアについて学ぶことなく中等教育を卒業していくことになります。

一方、日本ではメディア・リテラシーを教えるのがメディアの専門家ではなく、国語や社会、美術、あるいは技術の授業などで、各担当の先生が少しずつ教えるという形なんです。全ての生徒がメディアについて学ぶ機会を担保するような仕組みになっていて、これにはいい面もありますが、内容面では専門性をより高めていく必要があるでしょう。

そして今、AI・SNS時代を迎えて、このメディア・リテラシーへの誤解の影響がより深刻になっていると感じています。AIが記事を選び、SNSで誰もが発信者になれる時代だからこそ、「疑う」だけでは足りない。むしろメディアの仕組みを理解し、主体的に関わっていく力が、これまで以上に求められています。

欧州でも広がる未成年のSNS規制

昨今、未成年者をSNSの有害な影響から守るため、法律による規制強化の動きが急速に広まっている。背景には、SNS利用による子どもの精神衛生への悪影響や、依存性の高いコンテンツ、暴力的な情報への暴露リスクの増加がある。

オーストラリアでは昨年12月、16歳未満の子どものSNS利用を禁じる法律が施行。国レベルでの措置は世界初となる。一方、EUはデジタル・サービス法などで未成年者保護を規定し、運営企業への責任追及を強化。デンマークでは15歳未満のSNS利用禁止を首相が表明しているほか、英国やドイツでも年齢確認やアカウント保有の制限が議論されている。

もっとも、表現の自由や憲法との適合性、子どもによる規制の迂回可能性など、SNSを法的に禁止する際の課題は多い。各国は、デジタル時代の権利と保護とのバランスを慎重に模索する必要がある。

参考:European News Room「To ban or not to ban: EU countries debate social media age limits」

未成年のSNS規制

Q3. それでは、具体的に身につけるべきメディア・リテラシーとは?

最も基本的な学びとしては、ニュースがどのような基準で選ばれているかを理解すること。また、経済基盤に対する視点も欠かせません。例えば、NHKは受信料、民放は広告収入が主というように、経済的な基盤が異なります。こうした違いが番組内容にどう影響するのかを学ぶことも大切です。

ロンドン大学のデービッド・バッキンガム教授は、メディア・リテラシー教育を「制作」「言語」「表象」「オーディエンス」の四つに整理して説明しています。多角的にメディアを理解するための包括的な枠組みを提示してくれているので、とても参考になると思います

バッキンガム教授による
メディア・リテラシー教育の枠組み(抜粋)

制作
  • どんなテクノロジーが使われているか
  • 誰がメディアを作り、所有し、どのように利益を生むのか
  • 誰がメディアの制作や供給を制御するのか
  • 誰の声が聞かれ、誰の声が排除されているか
言語
  • メディアは理念や意味を伝えるためにさまざまな様式の言語をどのように使うか
  • メディアの文法上の「ルール」はどのように確立されているか。そのルールが破られたらどうなるか
  • 映像、音声、言葉の組み合わせや配列を用いて意味はどのように伝えられるか
表象
  • このテクストは現実に忠実であろうとしているか
  • メディアの世界に何が含まれ、何が排除されているか
  • 特定の世界観や価値観を支持しているか
  • 特定の社会集団や問題についての私たちの見方に影響を与えているか
オーディエンス
  • メディアはどのようにして特定のオーディエンスに照準を定めるのか。彼らに対してどのようにして興味を引こうとするか
  • オーディエンスは日常生活でどのようにメディアを利用しているか
  • オーディエンスはどのような楽しみをメディアから得ているか。彼らは何が好きで何が嫌いか
  • オーディエンスの行動において、ジェンダー、社会的階層、年齢、民族的背景が果たしている役割は何か

Q4. メディア上ではAI生成コンテンツがどんどん増えていますが、そうしたなかで人間の制作者が担うべき役割も変わってきていますか?

AIが記事を自動で選択して配置するニュースサイトが登場するなか、逆にメッセージ性を持った編集というのが、すごく生きてくる時代になっているように思います。例えば、日本のニュースサイトでも、AIがトップ記事を選び、自動的に表示させるようなものも増えてきました。

一方で、メディアの役割は読者の興味やニーズに合った情報を提供することだけではありません。もしAIが読者の興味だけでニュースを選んでいたなら、絶対に上位に表示されないようなニュースがあります。例えば、これまで日の当たらなかった人々や弱者に関する報道には、こういったものも知ってほしいとか、世の中がこうなってほしいというようなメッセージが込められています。思いの込められた記事作りやニュース選びには、やはりキラリと光るものが見えますよね。ほかにも、編集者や記者個人がSNSを通して発信するということも当たり前になってきました。

編集という行為は、単に情報を伝わりやすいように羅列するだけではなく、そこには必ず、送り手の価値観や社会に対する姿勢が反映されていると思います。AIの時代だからこそ、「人間による選択」の意味が際立つのかもしれません。

ネット記事の半数以上がAI生成?

AIによる記事生成が急増しており、SEO企業Graphiteの調査では、2024年末〜2025年初めにかけてネット上の記事の過半数(最大55パーセント)がAIによるものだったという。ただし、今後もAI記事が爆発的に増加するとは考えにくいとの見解も示されている。というのも、AI記事は検索結果で上位表示されにくいことが別の調査で分かっており、制作側も限界を認識し始めていると分析している。

しかし、ますます多くのメディアが、コスト削減や生産性向上のためにAI技術を導入しており、AIで生成されたコンテンツの普及は今後も加速していくと考えられる。多くの読者にとっては、閲覧している記事がAIによって作成されたものかを判断することは難しい。AI生成コンテンツには明確な表示を行うなど、読者が情報源を理解した上で判断できる環境を整備することが急務だろう。

参考:Graphite「More Articles Are Now Created by AI Than Humans

AI生成?

Q5. AIやSNSによる情報が氾濫する現在、あらためて「あり方を考え、行動する能力」としてのメディア・リテラシーをどう実践すべきでしょうか?

メディアというのは、単にその現状を客観的に伝えるものではないということを、もっと読者に説明していいんじゃないかと思っています。例えば欧米のメディアではそれぞれが応援する政治家や政党が明確です。一方、日本のメディアは公平中立を掲げてきたところがあるので、それを受け取る側の人たちも、そこに何か送り手側の主張があるということに対して、ものすごく嫌悪感があるわけですよね。

しかしそれは、やはり現実とずれています。情報の送り手側は自分たちの判断で社会をより良くしようという意思を持って報道をしているわけで、そこには必ず送り手の視点が介在しています。それを「偏向」として忌避するのではなく、むしろその判断の背景を理解し、複数の視点を比較することこそが、成熟した情報との向き合い方ではないでしょうか。

また本来、SNSの強みは一次情報を発信する人々が増え、これまでのメディアでは得られなかった情報にアクセスできることや、これまで声を上げられなかった人が自分で発信できることがポジティブな側面のはずでした。しかし、そこにアルゴリズムによるフィルターバブルや、フェイク・ニュースの拡散などが複雑に絡み合い、さらにAIによって生成されたコンテンツが急速に増えている。正しい情報を判断するのはどんどん難しくなっています。

完璧な方法があるわけではありませんが、ある情報を受け取ったら、できるだけ複数のソースで確認することが重要だと思います。もう一つは、情報の発信源がどこにあるか、すなわちこの記事を書いたのは誰でどんな人なのかを調べてみるのは有効です。「誰が、なぜ、この情報を発信しているのか」を意識的に考える習慣が、私たちを情報の海で溺れさせないための、最初の一歩となります。

おすすめの書籍

『世界は切り取られてできている』

『世界は切り取られてできている』
中橋雄 編著
村井明日香、宇田川敦史 ほか著
NHK出版 2024年2月刊行

メディアは「現実」を伝えているのか?統計やグラフはどのように読めばいいのか? 動画やコンテンツを作る上でトラブルを避けるにはどうすればいいのか? 日常に浸透したAIとどのように付き合うべきか?あふれかえる情報に惑わされず、偏見や差別を回避し豊かな社会を目指すための、メディア社会に生きるすべての人に向けたメディア・リテラシー入門書。

欧州ゆかりの9人に聞いた日々の情報との向き合い方

ニュースのプロ、学者、文化人、アーティストなど、欧州で暮らす9人が日々選び取っている情報源とは。信頼しているメディアや、生活の中でどのように情報に触れているかを語ってもらった。ポッドキャスト、YouTube チャンネル、ニュースレター、雑誌、SNS、そして個人の発信まで。多様な選択の中に、今の時代を映すヒントがある。

小林恭子さん Ginko Kobayashi
小林恭子
在英ジャーナリスト。英国をはじめとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。英国ニュースダイジェストでは毎号「英国メディアを読み解く」を執筆。著書に『英国メディア史』(中公選書)、『なぜBBCだけが伝えられるのか』(光文社新書)など。

信頼できる情報とは何か

自分にとって信頼できる情報とは何か。その判断の方法ですが、正確な、あるいは正確な情報を提供しようとする組織、メディア、個人からの情報を「信頼できる情報・事実」として取り込んでいます。「信頼できる」というのは、この組織、メディア、人であれば正確なことを言っているだろうという判断です。どのように信頼できるとするのかというと、例えばBBCのように「偏りのない情報を出そうとする」方針があるのかどうか、党派的でない、特定の主義主張を基に事実をねじ曲げていない、長年にわたって主張が一貫している、ほかの人も信頼している、などが挙げられます。

ニュースの調べ方としては、BBC のほか、「タイムズ」紙、「テレグラフ」紙などのニュースサイトをチェックし、だいたいの情報と「保守系はどう考えているのか」を知り、チャンネル4の19時のニュース番組で「左派リベラル系の主張」を見ます。また、BBCやスカイ・ニューズのほか、海外のニュースサイトも確認。BBCラジオ4の定時ニュースは毎日自分のタイミングで聴き、ポッドキャストで専門家の見解をチェックしています。欧州での生活を通じて、国際的観点から物事を見るようになりました。欧州情勢の理解には歴史の把握が欠かせませんので、世界大戦で起きたことも学ぶようになりました。ニュースで疑問があったときや、歴史的な事柄を調べたいときにAIを用いることも多いです。

おすすめメディア

Political Currency

Political Currency

元財務相ジョージ・オズボーンと元・影の財務相エド・ボールズが、経済政治について漫才のような掛け合いで語るポッドキャスト。政権の中心にいた人たちの本音が分かるほか、オズボーン氏の見方は国内政治の分析に役立ちます。

BBC Newscast

毎日1回配信されるBBCのポッドキャスト。BBCのジャーナリストたちがその日のトピックについて気軽に語り合うスタイルなので分かりやすく、リラックスして聴けます。特定のニュースのことをよく知るのにも便利です。

木村クリストフ護郎さん Goro Christoph Kimura
木村クリストフ護郎
上智大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は社会言語学、ドイツ語圏地域研究。 とりわけ、社会を形成・運営する基盤としての言語とエネルギーについて研究・教育を行っている。ソルブ語をはじめ、手話やエスペラントなどの多様な言語を話す。

言語とメディアが形作る世界の見え方

絶対に信頼できる情報というものはありませんが、実際に現場に行って取材したジャーナリストによる情報、つまり誰がどこでどのように得たかが明確な情報は、玉石混交のインターネット検索やSNSの伝聞よりは信頼できると考えています。また、AIは情報をまとめてくれて便利ですが、多数派の常識(正しいとは限らない!)に沿う可能性が高く、一見客観的に見えても、どのようなデータに基づいているかで答えが変わるので、あくまで参考程度にしかならないと思います。

メディアや言語は、単なる情報の器ではなく、情報を加工して形作る重要な要素です。だからこそ、どんなメディアやどの言語で発信された情報なのかを意識しています。速報性ではSNSやネットが優れていますが、じっくり考えるのには向きません。ネットではゴシップも災害も同列に扱われ、情報の軽重の感覚がおかしくなる気がします。その点、重要度に応じてメリハリがある新聞は、依然として重宝しています。

言語の観点から言えば、日本語のニュースは日本人や日本に住む人を念頭に置いているのは当然ですが、英語だから国際的とは必ずしも言えません。例えばBBC NewsやCNN Internationalは「国際性」や「グローバル性」をうたっていますが、前者は英国、後者は米国の動きに焦点があり、それぞれの「自国化」が明確です。他地域を理解するためには、それらの地域の言語での報道がやはり一番だと思います。

おすすめメディア

MONATO

MONATO

エスペラント語の月刊誌で、世界各地の人が現地の視点から書いた記事を、編集者がファクト・チェックをした上で載せています。世界の多様な生の声を知ることができます。これを読むためだけにエスペラントを学ぶ価値があるといったら言いすぎでしょうか。
www.monato.be

住んでいる地域の新聞・メディア

ドイツに住んだことで、現地密着情報の醍醐味を知りました。ドイツは街ごとに輪郭がはっきりしていて、個性ある新聞などのメディアが充実しています。それを読んで一日を始めると、自分の住んでいる街の情報が分かって生活が豊かになりました。

谷口仁子さん Noriko Taniguchi
谷口仁子
Adobe Brand Studioのクリエイティブディレクターとして、ブランディング、表現全般を手がける。以前はアートコレクティブ「チームラボ」でカタリストとして活動。学生時代はロンドンでアートを学ぶ。

「つながりすぎる時代」と距離を置く

最終的には、自分の考えや判断軸を育てるために情報を得ているのだと思います。そのためには、さまざまな意見や視点に触れることが大切。ただ、SNSやAIによって情報収集が効率的になった一方で、次々と新しい情報が流れ込んできて、肝心の「考える時間」を持ちにくくなっていると感じることもあります。ロンドンにいたときは、地下鉄の中で電波が届かないなど、ちょうどいい遮断があったのですが、東京では常時接続なので、意識的に情報から離れる時間を取るようにしています。「スロー・インターネット」という言葉がありますが、情報の波に飲み込まれず、自分の意志で選び取ることを心掛けています。それでも、どうしても見てしまうときは、iPhoneの画面をカラーフィルタで白黒に設定して抑止しています(笑)。

一方、AIはさまざまな場面で活用しています。調べものや作業など、AIによってかなり効率化されたと感じています。ただ、あまりに大きなテーマを丸投げしてもうまくいかないので、基本的には、具体的に指示を出せる範囲で手伝ってもらう「相棒」のような存在として使うように。先日も、購入した英語の本が想像以上に専門的でした。そこでAIに難解な文章の翻訳を頼んでみたところ、文脈を踏まえて訳すだけでなく、用語や時代背景の解説まで添えてくれて。以前なら自分一人では到底読み解けなかった内容を理解することができ感動しました。

おすすめメディア

Louisiana Channel

デンマークのルイジアナ美術館が運営しているアートにまつわるYoutubeチャンネル。世界のアーティストたちの言葉や思想に触れることができ、知的な刺激に満ちています。内容だけでなく、映像としてもとても美しくて癒やされます。
www.youtube.com/c/thelouisianachannel

Are.na

Pinterestのようにビジュアルを集めたりリサーチしたりできるプラットフォーム。広告もアルゴリズムもなく、どこか「静けさ」を感じさせるシンプルなつくりが魅力。落ち着いて考えやアイデアを深められる場所です。
www.are.na

カセキユウコさん Yuko Kaseki
カセキユウコ
ベルリン在住。舞踏の師匠である故古川あんず氏を追いかけ、91年に渡独。ブラウンシュヴァイク芸術大学パフォーミングアーツ科に在籍した。舞踏をよりどころに、テキストや音楽、現代美術など、さまざまな分野と交わりながらパフォーマンスを行っている。 www.cokaseki.com

「知らない方がいい」で過ごしてはいけない

たくさんの人々が抱えている(であろう)問題と、顔を付き合わせる毎日です。溢れんばかりの情報に踊らされ、怒ったり泣いたり笑ったりしています。気が付けば一日中、次から次へと流される情報と生活してしまいます。特に今の戦争、紛争を知れば知るほど、複雑に絡み合った歴史が善悪を超えた様相を呈し、ただ何もできない自分へのいらだち、罪の意識にやるせない思いで身動きできないでいました。

SNSで私が得た情報をリポストすることで、反対の立場に立つ人々からの攻撃を受けることもあります。なるべく対話したいと思うのですが、話は平行線で噛み合うことは難しい。立ち位置が違うだけで対立を深め、敵にさせられていく。俯瞰の視点を持ちつつ、対話をしていく、そしてお互いに修正、認め合うことができるのかが問われていくのだと思います。

ドイツに移住してから政治について情報を集め、話す機会が増えました。日本から離れることで、かえって日本の政治状況にも興味が湧き、これまでいかに自分が社会に対して無関心であったのかと思い返されます。今の世界状況は「知らない方がいい」で過ごしてはいけない状況ではないかと思います。何が正しいのか、間違っているのかは、幅広い知識がなくては判断もできません。知ることで狭く硬くなるのではなく、柔らかく広がる判断ができるようになりたいです。

おすすめメディア

AL jazeera

アラビア語と英語でニュースを24時間放送している衛星テレビ局。本社はカタールのドーハ。メジャーなメディアでは伝えられないニュースを、さまざまなジャーナリストや識者の意見を交えて放送しています。
www.aljazeera.com

街録ch 〜あなたの人生、教えて下さい〜

著名人から一般の人まで、その人の生い立ちと現在の生き方を露わにするインタビュー番組。YouTubeでなければ知りようもない人々が登場し、人間の深さも愚かさも垣間見ることができます。
www.youtube.com/@gairokuch

久保山尚さん Hisashi Kuboyama
久保山尚
スコットランド在住。英国最大規模のビジネス利益団体で政策研究・ロビー活動に従事する傍ら、SNSなどで政治や社会情勢に関する正確な情報を発信する。エディンバラ大学人文社会科学部歴史学専攻博士課程修了(PhD, Scottish History)

情報の正確さを見極める

情報源としてはSNS全盛の時代ですが、SNSで見かける情報については信頼できる情報源、例えば新聞や報道機関のウェブなどで必ず裏を取るようにしています。報道機関は誤った情報を流すと信頼に関わるため、情報源や第三者から得られた情報と照合して、正確かどうかをチェックすることを義務付けているからです。

SNSで流れてくる情報にはそのような正確性が担保されているとは限らないので、見たものを鵜呑みにはしないようにしています。例えばSNSで最近よく「英国は移民を入れすぎて社会が崩壊している」というポストを目にすることが多いですが、統計やデータを調べると、英国では過去20年間ほどで犯罪率がほぼ全ての分野で減少しています。ニュースやSNSでは犯罪の情報が常に流れ、ひどい犯罪が日常的に報じられているため、犯罪率が下がり続けていると言われても信じ難いかもしれませんが、これは事実なのです。

一方で新聞やテレビといった報道機関は信頼度が高いですが、情報の取捨選択に関しては完全に客観的とはいえませんし、社会の関心などによって報道の重点は大きく左右されます。メディアもやはり商売なので、人々が飛びつく情報を流しがちになるわけです。その意味で、報道される情報やニュースはショッキングなものが多くなりがちなので、そこは常に頭の片隅に入れておくべきだと思います。

おすすめメディア

The Times

The Times

英メディアに関しては、精度という点では「タイムズ」紙と「フィナンシャル・タイムズ」紙が頭一つ抜けており、この二つを読めば大体のことは分かります。情報源という点に関しては、SNSはかなり注意が必要だと思います。
www.thetimes.com

城島未来さん

日本語で英国に関する精度の高い情報を得るのは容易ではありませんが、現地で記者が直接取材を行う媒体は貴重です。その中でも、TBSロンドン支局特派員の城島未来記者は丁寧で確かな取材を重ねており、信頼できる報道を発信しています。
https://x.com/mikojoburg

小畑和香子さん Wakako Obata
小畑和香子
フライブルク在住。日系企業に勤める傍ら、モビリティシフトを目指す市民活動に参加。3件の自転車市民決議(州民/住民請求)、カーゴバイクシェアシステム運営など経験。共著に『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた 人と暮らしが中心のまちとみちのデザイン』(学芸出版社)。

情報との距離感と発信の倫理

私が「信頼できる」と考えるのは、客観的な伝え方をしていて、出典に紐づけることができる情報です。そのメディアや発信者の蓄積を見て、信頼性を見極めるようにしています。

自転車市民決議に参加していた時期や共著を執筆していた頃は、積極的に関連するニュースを追っていました。しかし最近は、モビリティシフトへの向かい風が強まっていることもあり、ネガティブな情報が心理的に影響するようになったため、受動的に情報に触れる形に変えました。意識的に距離を取ることも、情報との健全な付き合い方だと感じています。交通やまちづくりといったテーマでは、日本語圏のSNSにおいて男性発信者の割合が偏って多いことも気になっています。特定のテーマ発信への時間の使い方にジェンダー差があることは問題だと考えています。だからこそ、自分にとって心地よくない空間にならないよう、見る範囲を調整しながら向き合うようにしています。

情報を発信する立場としては、住民請求のアカウントを運営していたときには「絶対に賛成する層」と「絶対に反対する層」の間にいる大多数の人々に訴えかけることを強く意識していました。文法を正しく「ジェンダーする」こと、ボディ・シェイミングを支持しないこと、写真や動画で個人の匿名性を守ることなど、細部への配慮を大切にしながら発信してきました。

おすすめメディア

Cycle

MONATO

「自転車生活を楽しく」をテーマとした、15年以上続く日本のフリーペーパーとウェブマガジン。スポーツではなく、カルチャーとしての自転車にまつわるあれこれを知ることができます。自転車に普段乗らない方にとっても、「自転車」という切り口から多彩な世界が見えてくるはず。
https://cycleweb.jp

Ingwar Perowanowitschさん

モビリティシフトに関心があるドイツ語圏の人がよくフォローしているジャーナリスト。交通政策関連ニュースや、欧州の自転車インフラ先進事例を紹介しています。
www.instagram.com/ingwar.perowanowitsch

國枝孝弘さん Takahiro Kunieda
國枝孝弘
慶應義塾大学総合政策学部教授。専門分野はフランス文学およびフランス語教育で、異文化理解を促す授業構築や、文学と言語表現に関する研究を中心に展開。 公共メディアでの活動として、NHKの語学番組「テレビでフランス語」などで講師を務めた実績がある。

自分の立場を問うメディアとの対話

速報ニュースを追うことは少なくなりました。その代わりに、「ル・モンド」や「アルテ」など信頼性の高い媒体で、背景を掘り下げる論説系のポッドキャストを中心に聴いています。またフランスでは、ラジオ番組の多くがポッドキャストとして配信されており、時差の関係でリアルタイムで聞けない番組も好きなときに聴けるのが便利です。

もちろん、それらの報道を鵜呑みにしているわけではありません。判断に迷うときは信頼するジャーナリストのSNSを参考にしますが、その人が常に正しいとは限らない。情報を受け取る際に大切なのは、最終的に「自分がどういう立場を取るか」を意識することだと思います。

SNSはXとBlueskyを併用しています。フランスでは大手メディアがXから撤退し、Blueskyに移行しているため、後者が欠かせない情報源になっています。一方で、個人のジャーナリストの多くはいまだにXを活用しており、両方を見比べるようにしています。欧州で実感するのは、独立系メディアやフリーランス記者の重要性です。大手とは異なる視点が情報の多様性を支えていると感じます。

AIは避けるものではなく、授業の中でも実際に取り入れています。例えばフランス語の授業では、学生にAIを使って練習問題を作らせ、それを別の学生が解くというアクティビティーを行っています。AIを活用することで、学び方や考え方の幅が広がると感じています。

おすすめメディア

France Culture

フランスの公共放送「Radio France」の文化専門チャンネル。文学や映画、哲学など幅広いテーマを扱い、作家や映画監督本人が出演してパーソナリティーと対話する知的で深い番組が多いのが特徴です。
www.radiofrance.fr/franceculture

西村カリンさん (Karyn NISHIMURA)

日本在住のフリーランス・ジャーナリスト。日刊紙「リベラシオン」や公共放送「ラジオ・フランス」の特派員として活動している。当事者に近い立場から現場の声を丹念に伝える取材姿勢に定評があります。
https://x.com/karyn_nishi

新野見卓也さん Takuya Niinomi
新野見卓也
ブダペスト在住のピアニスト・音楽批評家。国際基督教大学卒業、一橋大学大学院言語社会研究科を修了後、リスト音楽院でピアノを学ぶ。現在はハンガリー国立ダンスアカデミーのバレエピアニストとして活動しつつ、演奏・執筆を通じて日欧の音楽文化を架橋している。

情報は「媒介」された世界である

「media」の原義、すなわち「媒介」ということを常に意識することが大切だと思います。私たちが受け取っているのは「生の情報」ではありません。取材の過程での取捨選択、編集方針、見出しや写真の構成、さらにはSNSのアルゴリズムや私たち自身の関心の偏りといった、いくつものフィルターを通過した結果が「情報」として届いているのです。大手メディアであれ、個人のSNS発信であれ、この媒介性から自由ではありません。

私は長くXを使ってきましたが、一般にSNSは立場を問わず極論が目立ちやすい場です。もちろん、即応が求められる場面を否定するものではありません。ただ、その都度反射的に反応するだけでなく、自分でその問題を引き受けて、または相手の立場に立って、立ち止まって考えることもときに必要でしょう。そして私は、SNSで気になったことをSNSの中だけで完結させないことを心がけています。本を読むこと、考えること、あるいは行動に移すことで初めて、その情報収集が生きるというべきでしょう。

AIについては、特段の関心はありません。人間が自分で表現し、考え、他者と触れ合うことに喜びを見いだす限り、AIがあろうとなかろうと、人間の幸福の核心は容易に変わらないのではないでしょうか。むしろ私たちは少し冷静になって、「AIとどう付き合うか」という技術論だけでなく、その裏側で何が犠牲になっているのかにも目を向ける必要があります。

おすすめメディア

ゲンロン友の会(シラス)

批評誌「ゲンロン」を中心に活動する会員制コミュニティーと、配信プラットフォーム。思想、社会、アートなど多彩なテーマの講義や対談をオンラインで発信。思考を深める場として支持を得ています。
https://webgenron.com

Dialogue for People

NPO法人。国内外の社会課題や人権問題を取材し、記事や動画、ポッドキャストなど多様な形で発信。現場の声に耳を傾け、対話を通じて共感と理解を広げる姿勢が高く評価されています。
https://d4p.world

丹羽良徳さん Yoshinori Niwa
丹羽良徳
ウィーン在住の現代美術家。公共・政治空間でスローガン的な行為を実施し、その記録映像を通じて、制度の外縁や行為が生む軋あつれき轢から社会通念・価値観の源流を探る。プロジェクトに「私的空間からアドルフ・ヒットラーを引き摺り出す, 2018」など。

メディアが映す無意識と、その先にあるもの

昨年、一時帰国した際に日本のテレビを見ました。ところが、画面に映る光景はどこか不気味で、感情的な言葉と、空虚な娯楽だけ。情報を伝えるより、現実を忘れさせるための装置に近づいているように感じました。「どうでもいいニュース」にも一応の社会的機能があります。日常の重圧や政治的対立の疲労感を和らげる現実逃避の空間として機能しているのです。

これは支配体制にとって都合が良く、テレビ、政府、視聴者が共犯関係にあると言えるでしょう。多くの番組は重要なことを伝えず、国民を無知のままに保つ姿勢が主流です。SNSは、アルゴリズムによって心地よい情報だけが選ばれ、さらにフェイク・ニュース拡散の温床となり、民主主義を脅かしています。人々は偽物かどうか識別能力を失い、右派の台頭も誤認や疎外感を助長しているのです。今は情報過多ではなく「検証可能な情報の不足」なのでしょう。

メディアは人間の情緒の集積で、人間が変わればメディアも変わるはずです。それには年に一度は知らない場所に行き、異なる現実に触れることや、長時間労働を見直し「立ち止まる時間」を持つ社会をつくること。それがメディアとの健全な距離を取り戻す第一歩になるのではないでしょうか。明日、電車の中で見知らぬ誰かにそっとウィンクしてみましょう。そこから、世界の見え方が少しだけ変わるかもしれません。

おすすめメディア

報道特集(TBSテレビ)

報道ドキュメンタリー番組。社会問題や国際情勢に加え、日常に潜む違和感や声なき当事者にも焦点を当てています。丁寧な取材と深い人間洞察に基づくルポルタージュを通して、日本社会の今を伝える貴重な番組。
www.tbs.co.jp/houtoku

よど号日本人村

1970年のよど号ハイジャック事件の当事者たちが、亡命先での生活を発信していたウェブサイト(2021年で更新停止)。当事者を肯定・擁護する意図はありませんが、社会を揺るがした出来事が次第に風化していく現実と、その無常を伝えています。
www.yodogo-nihonjinmura.com

編集部スタッフがピックアップ! 心が豊かになるメディア

Lobsterr Letter www.lobsterr.co

Lobsterr Letter

Selected by 編集部(真)

毎週月曜日に届くニュースレター「Lobsterr Letter」では、未来の兆しとなるようなビジネスやカルチャーのニュースを集め、編集部の感想や考察を添えて紹介しています。ニュースの速読というより、選び抜かれたニュースが長めに書かれているため、私は月曜の朝、コーヒーを飲みながらまず見出しをチェックし、気になったトピックを後からじっくり読むのが習慣です。なかでも特に好きなのが、ニュースレター冒頭の「Outlook」のコーナー。編集部が気になっているテーマに沿って、関連する記事を挙げながら展開される小論考のような内容で、「何かおもしろいことありますかね」「面倒を見るという仕事」「ビジョンがなくても」など、毎回のタイトルにも惹かれます。

INA「BAROMÈTRE」 www.data.ina.fr

INA「BAROMÈTRE」

Selected by 編集部(沖)

フランス国立視聴覚研究所(INA)が毎月発行している「BAROMÈTRE」は、ニュース番組やラジオ放送をAIで分析し、報道でどんな言葉が繰り返され、どの地域が目立ち、誰の声が多く聞こえたのかを数値化するニュースの鏡のようなレポートです。興味深いのは「声の偏り」。ニュース番組で話す女性の割合はわずか39%。つまり、テレビの音の6割は今も男性の声に占められているのです。一方で文化系ラジオ「France Culture」は男女比が50対50と最もバランスが取れていました。数字だけを追っているのに、メディアが映す社会の影がくっきり見える「ニュースのあと読み」がこのバロメーターの魅力。ニュースをただ受け身で見るのではなく、今の社会を観察する感覚が得られます。

Time Sensitive www.timesensitive.fm

Time Sensitive

Selected by 編集部(徒)

文化・アート・政治などのジャンルから、今立ち止まって考えたいものを紹介する「The Slowdown」というメディアがあるのですが、その編集長スペンサー・ベイリー氏が手掛けるポッドキャストが「Time Sensitive」です。毎月「時間」をテーマに作家やアーティスト、建築家、思想家などをゲストに迎え、その人が時間とどう向き合い、創作や人生に生かしているかを掘り下げます。これまでに写真家の杉本博司、ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルをはじめ、第一線で活躍する人々が出演しています。最近、私はニュースを急いで日本語翻訳して読むクセがつき、さらにニュース以外でもそのせわしない読み方が定着しかかっているため、文字ではなくあえて耳から英語をじっくり味わうようにしています。

クーリエ・ジャポン https://courrier.jp

クーリエ・ジャポン

Selected by 編集部(穂)

海外の媒体から選りすぐりの記事を日本語で紹介する「クーリエ・ジャポン」は、独自の特集が組まれ、さまざまな視点から物事を考えることができる媒体で、学生時代からお世話になっていました。印象に残っているのは「9割の日本人が知らない『危機』」と題された2015年の緊急総力特集で、パリ同時多発テロ事件の発生直後に発行された号です。当時渡独を1年後に控えていた私は、今この時代に欧州に行くとはどういうことなのか、答えを求めて手に取りました。現在はウェブ版のみですが、記事だけでなく動画配信やイベント開催など、まだまだメディアの可能性を感じさせてくれます。オンラインイベントでは編集長や読者と直接話す機会もあるので、また参加したいなと考えています。

 

2025年ニュースサマリー:英国、世界、日本の主要ニュースまとめ

2025年の英国、世界、日本の主要ニュースまとめ
ニュースサマリー2025

1月 January

英国駐英大使が「国歌外交」で話題に

(1月10日 時事)鈴木浩・駐英大使が英西部ウェールズの「国歌」をウェールズ語で歌うX(旧ツイッター)の動画が、英国内で話題となっている。BBC放送などが報じ、発信から4日後の1月10日時点で8000を超える「いいね」が付いた。ウェールズの自治政府首相に当たるモーガン首席大臣も、返礼として君が代の歌を披露した。

英国離脱5年、過半数「間違い」

(ロンドン 1月31日 時事)英国の欧州連合(EU)離脱から1月31日で5年。最新の世論調査では、英国民の過半数がEU離脱を「間違いだった」と答えた。昨年7月に誕生した労働党政権はEUへの再加盟ではなく、関係を再構築することで防衛や貿易の面でのつながりを強化する方針だ。

ドイツアウシュヴィッツ解放から80周年

アウシュヴィッツ強制収容所がソ連軍により解放されて80年目に当たる1月27日、現地で同収容所の生存者や55カ国から政治家らが参加して追悼式典が営まれた。式典は、絶滅収容所だったアウシュヴィッツ=ビルケナウ記念博物館で行われた。

米国「米国第一」トランプ大統領が就任

(ワシントン 1月21日 時事)米共和党のドナルド・トランプ氏(78)は1月20日、第47代大統領に就任し、4年ぶりの復権を果たした。就任演説で「米国第一」を誓い、成長国家として「黄金時代が始まる」と強調。不法移民の大規模送還を最優先に掲げ、南部国境に軍を派遣すると明言した。経済政策については「記録的なインフレを打破する」と公約。

米国議会議事堂で行われた就任式に続き、大統領室で署名するトランプ大統領1月20日、米国議会議事堂で行われた就任式に続き、大統領室で署名するトランプ大統領

コンゴ衝突激化で700人死亡

(ニューヨーク 2月1日 時事)国連は1月31日、アフリカ中部コンゴ(旧ザイール)東部で激化する政府軍と反政府勢力「3月23日運動(M23)」の衝突により、少なくとも700人が死亡し、2800人が負傷したと明らかにした。

日本阪神大震災から30年

死者6434人、負傷者4万3792人を出した阪神大震災は1月17日、発生から30年の節目を迎えた。震災後生まれの人が増え、記憶の風化が進むなか、能登半島地震など各地で災害は頻発している。遺族らは震災の教訓を次世代につなげる決意を新たにし、犠牲者の冥福を祈った。

日本青葉被告の死刑が確定

京都アニメーション第1スタジオが放火され、36人が死亡、32人が重軽傷を負った事件で、殺人罪などに問われ、一審京都地裁で死刑判決を受けた青葉真司被告(46)が1月28日までに控訴を取り下げた。死刑判決が確定した。

2月 February

英国子どもの性被害、民事時効撤廃へ

(ロンドン 2月6日 時事)政府は2月5日、性的虐待を受けた子どもが加害者に補償を求める民事訴訟について、イングランドとウェールズ地域で時効を撤廃する方針を明らかにした。児童への性的虐待に関する独立調査委員会が政府に提言していた。現行法では原則として、被害者が18歳になってから3年以内に提訴する必要がある。

英国AIへの作品利用へ一斉抗議

(ロンドン 2月26日 時事)英国で検討されている、人工知能(AI)開発者に音楽作品を利用しやすくする著作権法改正案について、ミュージシャンらが2月25日、一斉に抗議活動を展開した。政府はAI産業育成のため、著作権所有者が拒否の意思を示さない限り、生成AIの学習データとして作品を許可なく無償使用できる法改正を目指している。

米国米関税の「第1弾」が発動

(ワシントン 2月2日 時事)トランプ米大統領の掲げる高関税政策が動きだした。第1弾としてカナダ、メキシコからの輸入品に25%の関税を課し、中国には10%を上乗せすることを決定。

日本石破首相がトランプ氏と初会談

(ワシントン 2月8日 時事)石破茂首相(当時)は2月7日、米ワシントンのホワイトハウスでトランプ大統領と初めて会談した。日本企業の対米投資を1兆ドル(約151兆円)規模に拡大する方針を伝達。トランプ氏は対日貿易赤字の解消を目指すと表明し、実現しない場合は新たな関税措置を取る可能性に言及した。

日本ホンダと日産、統合協議終了

ホンダと日産自動車は2月13日、それぞれ取締役会を開き、経営統合協議の打ち切りを正式決定した。日産の内田誠社長は横浜市内で記者会見し、ホンダから日産を完全子会社とする案を示され、「日産の自主性がどこまで守られるか最後まで確信を持てなかった」と破談に至った理由を説明した。

3月 March

英国スターマー首相がゼレンスキー氏と会談

(ロンドン 3月2日 時事)スターマー首相とウクライナのゼレンスキー大統領は3月1日、ロンドンの首相官邸で会談した。首相官邸によると、スターマー氏はウクライナに対する揺るぎない支持を改めて表明した。ゼレンスキー氏は2月28日、ワシントンでトランプ米大統領と会談したが、激しい口論となって物別れに終わった。

英国ヒースロー空港が大規模停電で終日閉鎖

(ロンドン 3月21日 時事)ロンドンのヒースロー空港が3月21日、大規模停電のため閉鎖された。停電は空港に電力を供給する変電所での火災に伴うもので、報道によると、同日深夜までに離着陸予定だった少なくとも1350便が欠航の見通しとなり、旅客の足に大きな影響が出た。

オーストリア中道3党の連立発足

(ベルリン 3月3日 時事)オーストリアで3月3日、中道3党の連立による新政権が発足。引き続き与党となる中道右派・国民党のクリスティアン・シュトッカー党首が新首相に就任。国民党と連立を組むのは中道左派・社会民主党と、初の政権入りとなる中道NEOS。

ミャンマーM7.7の地震で被害多数

(バンコク 3月28日 時事)米地質調査所(USGS)によると、ミャンマー中部で3月28日午後0時50分ごろ、マグニチュード(M)7.7の地震が起きた。国軍によれば、死者144人、負傷者732人が確認された*。
*3月31日の時点で、死者は約1700人、負傷者約3100人

日本旧統一教会に解散命令

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る解散命令請求について、東京地裁(鈴木謙也裁判長)は3月25日、文部科学省の主張を認め、解散を命じる決定をした。教団信者による不当な献金勧誘行為などについて「類例のない膨大な規模の被害を生じさせた」と指摘。法令違反を理由とした解散命令は3例目で、幹部らが刑事責任を問われたオウム真理教などとは異なり、民法上の不法行為を根拠とした初のケースとなった。

日本フジ日枝氏が取締役を退任

フジテレビと親会社フジ・メディア・ホールディングス(HD)は3月27日、元タレント中居正広氏の女性トラブルを巡る対応が批判を受けた問題で、経営陣を大幅に刷新し、両社の取締役相談役を務める日枝久氏が退任すると発表した。取締役を40年以上務め、社内に強い影響力を持つ日枝氏を含めて体制を見直し、早期の信頼回復を目指す。

4月 April

英国バーミンガムの収集スト、1カ月経過

(ロンドン 4月12日 時事)英中部バーミンガムで、ごみ収集作業員による全面ストライキが1カ月続いている。住民の間では衛生面の不安が高まる。だが、市当局と組合の交渉は難航しており、解決の見通しは立っていない。ストの発端は、市当局による職位廃止計画だ。組合側はこれにより、一部作業員の収入が年8000ポンド(約150万円)も減ると主張した。

英国最高裁「女性は生物学的概念」

(ロンドン 4月16日 時事)最高裁は4月16日、「女性」の法的定義は「生物学的性別」に基づくとの判決を裁判官5人の全員一致で下した。性別の概念を男女に限定するもので、出生時の性別と性自認が異なるトランスジェンダーの権利保護などの多様性政策に影響を与える可能性がある。

韓国憲法裁が尹大統領を罷免

(ソウル 4月4日 時事)韓国憲法裁判所は4月4日、「非常戒厳」宣言を巡り弾劾訴追されていた尹錫悦大統領(64)を罷免すると宣告した。尹氏は任期を約2年残して即時失職した。韓国大統領が罷免されるのは朴槿恵元大統領に次ぎ2例目。

世界世界の軍事費9%増

(ロンドン 4月28日 時事)スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は4月28日、世界の2024年の軍事費が前年比で実質9.4%増の総額2兆7180億ドル(約391兆円)となり、過去最高だったと発表した。支出増は10年連続で、特に欧州と中東地域で急増。ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢の悪化が影響した。

日本脱線から20年、犠牲者に祈り

乗客106人と運転士が死亡し、562人が重軽傷を負ったJR福知山線脱線事故は4月25日、発生から20年を迎えた。兵庫県尼崎市の事故現場に整備された慰霊施設「祈りの杜もり」でJR西日本主催の追悼慰霊式が開かれ、遺族らが犠牲者の冥福を祈った。式には、中継会場も含め遺族や負傷者ら343人が参列。

5月 May

英国英輸出車に10%低関税枠

(ワシントン、ロンドン 5月9日 時事)トランプ米大統領は5月8日、ホワイトハウスで記者会見し、関税措置を巡る英国との交渉で合意に達したと発表した。米国は英国製自動車に対し、年10万台を上限に関税率を現行の27.5%から10%に引き下げる輸入枠を設定。10%の相互関税は維持する。

英国終戦80年、王族らが追悼

(ロンドン 5月9日 時事)欧州での第2次世界大戦終結80年を迎えた5月8日、英国では王族や政治家、退役軍人ら1800人以上が参加し、戦争の犠牲者らを追悼する式典がロンドンのウェストミンスター寺院で開かれた。式典では黙とうの後、チャールズ国王とウィリアム皇太子が寺院内にある無名戦士の墓に花輪を手向けた。

ドイツメルツ首相が誕生

キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首(69)が5月6日、連邦議会で新たな連邦首相に選出された。ただし1回目の投票では選出に必要な過半数の票を集められず、野党に協力を要請した結果、2回目の投票で選ばれるという異例の事態となった。

バチカン新ローマ教皇にプレボスト枢機卿

(バチカン市 5月9日 時事)カトリック教会の最高指導者、ローマ教皇を決める選挙「コンクラーベ」で、5月8日の投票の結果、4月に死去したフランシスコ教皇の後任に、米国のロバート・フランシス・プレボスト枢機卿(69)が選出された。第267代の教皇で、レオ14世を名乗る。

日本経常黒字、過去最大の30兆円

財務省が5月12日発表した2024年度の国際収支速報によると、海外とのモノやサービスの取引、投資収益の状況を示す経常収支は30兆3771億円の黒字だった。黒字額は23年度の26兆1664億円を上回り、1985年度以降で過去最大を更新。配当金や利子の収支を示す第1次所得収支の黒字拡大が寄与した。

日本「2000円」備蓄米が消費者に

政府が随意契約で放出した備蓄米が5月31日、小売店の店頭に並び、消費者の手に渡り始めた。小泉進次郎農林水産相(当時)が掲げた「5キロ2000円」がわずか1週間余りで実現。今後は備蓄米以外のコメの値下がりにつながるかが焦点となる。5月26日に発表した全国のスーパーの平均価格は5キロ当たり4285円。

6月 June

英国下院で「死を選ぶ権利」法案可決

(ロンドン 6月21日 時事)下院は6月20日、終末期患者が死を選ぶ権利を認める法案について2回目の採決を行い、賛成多数で可決した。上院でさらなる審議があるが、成立に向けて前進した。

英国政府が親パレスチナ団体の活動を禁止へ

(ロンドン 6月24日 時事)クーパー内相は6月23日、英国拠点の親パレスチナ団体「パレスチナ・アクション」をテロ組織と見なし、活動を禁止する方針を発表した。同団体は、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ攻撃に関する英政府の対応に抗議。ロンドン郊外の空軍基地に侵入し、軍用機2機に塗料を吹き付けて損傷させるなどした。

インド旅客機墜落で241人死亡

(ニューデリー 6月13日 時事)インド西部アーメダバードで6月12日、地元航空大手エア・インディアが運航する旅客機が市街地に墜落した事故で、同社は乗客乗員242人のうち241人の死亡が確認されたと13日発表した。

ハンガリーLGBTパレードに数万人が参加

(ベルリン 6月29日 時事)東欧ハンガリーの首都ブダペストで6月28日、LGBTなど性的少数者の権利を擁護する毎年恒例のパレードが実施され、少なくとも数万人が参加した。オルバン政権はパレード禁止を打ち出したが、市や主催団体は反発。

ブダペストで実施されたLGBTなど性的少数者の権利を擁護するパレード6月28日、ブダペストで実施されたLGBTなど性的少数者の権利を擁護するパレード

日本年金改革法が成立

将来世代の基礎年金底上げ策を柱とする年金制度改革関連法が6月13日の参院本会議で、与党と立憲民主党などの賛成多数により可決、成立した。政府が法案を国会に提出した時点では底上げ策が省かれたが、3党合意により復活した。2029年の年金財政検証で給付水準の大幅低下が見込まれる場合に発動する。

日本都議選で自民が歴史的惨敗

任期満了に伴う東京都議選(定数127)は6月22日投開票された。自民党は獲得議席が21にとどまり、過去最低だった2017年の23を下回る歴史的惨敗を喫した。小池百合子知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」が31で、第1党を奪還した。

7月 July

英国スターマー首相就任1年

(ロンドン 7月4日 時事)昨年の総選挙で労働党が歴史的勝利を収め、スターマー首相が就任して7月5日で1年。14年ぶりの政権交代で、変化を求める国民の期待を集めて船出したが、福祉縮小などの歳出削減計画が反発を呼び支持は低迷している。

英国ロンドン同時テロ20年で追悼

(ロンドン 7月7日 時事)ロンドンで52人が死亡した2005年7月の同時テロからから7月7日で20年となった。悲劇を忘れまいとロンドン市は遺族を招いて追悼行事を実施。犠牲者を悼んだ。05年7月7日朝、通勤客で混雑するロンドンの地下鉄3カ所と走行中のバスで爆発が起きた。

ブルガリア21カ国目のユーロ導入へ

(ブリュッセル 7月9日 時事)欧州連合(EU)は7月8日の財務相理事会で、ブルガリアが2026年1月1日に欧州単一通貨ユーロを導入することを最終承認した。ブルガリアの導入により、ユーロ圏は21カ国に拡大。ユーロ導入国が増えるのは、23年1月のクロアチア以来3年ぶり。

カナダG7で3カ国目のパレスチナ国家承認

(ニューヨーク、カイロ 7月31日 時事)カナダのカーニー首相は7月30日、オタワで記者会見し、9月の国連総会でパレスチナを国家承認する意向を示した。フランスと英国に続き、先進7カ国(G7)では3カ国目。イスラエル外務省は声明で、承認はパレスチナのイスラム組織ハマスへの「褒美」になると猛反発した。

日本小中で国語と算数・数学の学力低下

文部科学省は7月14日、小学6年と中学3年を対象に実施した今年度の全国学力・学習状況調査の結果のうち、正答率の全国平均を公表。国語と算数・数学は小中いずれも昨年度を下回った。理科は3年ぶりに実施され、小6は57.3%で前回の63.4%より下落した。

日本自民39議席、公明は過去最低

参院選(7月20日投開票)は同21日、改選124と非改選の欠員1補充を合わせた全125議席が確定した。自民党は選挙区27、比例代表12の計39議席で、公明党は過去最低の8議席。自公で47議席となり、非改選(75)と合わせて参院でも過半数割れとなった。参院選の選挙区で全勝を逃すのは2007年以来18年ぶり。

8月 August

英国チャールズ国王、対日戦勝80年でメッセージ

(ロンドン 8月15日 時事)チャールズ国王は8月15日、対日戦勝80年に合わせて国民向けのメッセージを発表した。「真の犠牲は、戦場を超えて生活のあらゆる面に及ぶ。悲劇は今日も世界中の紛争が明白に示している」と述べた。

対日戦勝記念式典に出席したチャールズ国王(写真右から2番目)とカミラ王妃(同右)対日戦勝記念式典に出席したチャールズ国王(写真右から2番目)とカミラ王妃(同右)

英国「難民ホテル」が論議

(ロンドン 8月30日 時事)英国で、難民審査の待機者が滞在する政府借り上げのホテルが大きな論議の的となっている。ホテル運用に反対する住民や自治体の訴えを受け、高等法院が滞在差し止めの仮処分を命じたが、上級審である控訴院は8月29日、運用継続を求める政府の主張を支持すると決定。抗議デモが一層活発化する見通しだ。

フィリピン日本人2人、射殺される

(マニラ 8月18日 時事)フィリピンの首都マニラで旅行中の日本人男性2人が路上で射殺された事件で、警察当局は8月18日、容疑者の男2人を逮捕した。1人は実行役、もう1人はツアーガイドという。

レバノン国連レバノン軍が26年末で活動終了

(ニューヨーク 8月29日 時事)国連安保理は8月28日、今月末に期限を迎える国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の任期を2026年末まで延長し、27年中に撤退するとの決議を全会一致で採択した。採決後、レバノンのアラファ国連大使は「レバノンと地域の安全と安定のためには存在がいまだ不可欠だ」と懸念。

日本相互関税、最悪は回避

トランプ米大統領が、日本への相互関税に関する大統領令に署名した。日本にとって最悪の事態が回避されたが、8月7日に相互関税が15%に上がり、自動車関税の引き下げは時間を要する。日米交渉の合意内容には曖昧さも残り、日本政府が今後、影響を受ける事業者への説明責任をどう果たすのかも焦点となる。

日本終戦80年、平和の誓い新た

終戦から80年を迎えた8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれた。天皇、皇后両陛下や石破茂首相(当時)、遺族ら4523人が参列。先の大戦により犠牲となった約310万人を悼み、平和への誓いを新たにした。天皇陛下は「戦中・戦後の苦難を語り継ぎ、平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願う」と述べられた。

9月 September

英国レイナー副首相が不祥事で辞任

(ロンドン 9月5日 時事)スターマー首相の「右腕」として知られたレイナー副首相が9月5日、辞任した。不動産購入時に必要な額の税金を納めなかった疑いが浮上し、批判が強まっていた。

英国ロンドン地下鉄、ストで全面運休

(ロンドン 9月8日 時事)ロンドンの地下鉄が9月8日、従業員によるストライキの影響で、ほぼ全面的に運休した。通勤客や観光客ら1日300万人とされる利用者は、バスなどの代替手段に切り替えを余儀なくされ、混乱が広がった。8~11日は、地下鉄の運行がほぼ皆無になった。

英国パレスチナを国家承認

(ロンドン 9月22日 時事)スターマー首相は9月21日、パレスチナを国家承認したと発表した。カナダのカーニー首相も同日承認を発表。承認は先進7カ国(G7)で初めてで、パレスチナ自治区ガザでの人道危機悪化を受け、軍事攻撃を続けるイスラエルに圧力を強める狙いがある。

英国王室がトランプ氏歓迎パレード

(ロンドン 9月18日 時事)英国を国賓として訪問中のトランプ米大統領を歓迎するパレードが9月17日、ロンドン西郊ウィンザーで行われた。国賓が来訪した際に公道で行われることが多い王室の伝統行事だが、抗議デモによる混乱や不測の事態を避けるため、今回はウィンザー城の敷地内で実施。

米国米保守活動家が撃たれ死亡

(シリコンバレー 9月11日 時事)トランプ米大統領に近く、2024年の大統領選で同氏の返り咲きに貢献したとされる保守活動家のチャーリー・カーク氏(31)が9月10日、銃撃され死亡。西部ユタ州オレムのユタバレー大学でのイベントで、聴衆の前で討論している最中だった。同氏は12年に保守系団体「ターニング・ポイントUSA」を設立した一人。

中国民主派、前回に続きゼロ

(香港 9月15日 時事)9月14日投票のマカオ立法会(議会、定数33)選挙は15日、開票結果が判明し、2021年の前回に続き民主派の獲得議席がゼロになった。香港と同様に「一国二制度」が導入されているマカオでも、中国共産党に反対する勢力を排除する「愛国者による統治」が強化されている。反対派排除を徹底する習近平指導部の姿勢が反映された形で、統制強化が一段と進んでいる。

日本石破首相が退陣表明

石破茂首相(当時)は9月7日、首相官邸で記者会見し、退陣する意向を表明した。7月の参院選で大敗した結果、党内で総裁選前倒しを求める「石破降ろし」の声が拡大し、続投は困難と判断した。首相は2024年10月に就任。直後に衆院解散・総選挙に踏み切ったものの、派閥裏金事件などの影響で与党過半数割れの大敗を喫した。

日本トヨタ「ウーブン・シティ」が始動

トヨタ自動車が建設した実証都市「ウーブン・シティ」(静岡県裾野市)が9月25日、始動した。2020年の構想発表から5年。同社を含む19の企業が参画し、人が暮らす環境下で車の運転や物流の自動化などの実証実験を本格化する。一般来訪者の受け入れは26年度以降を目指す。

10月 October

英国英国教会大主教に初の女性

(ロンドン 10月3日 時事)英国国教会の最高位聖職者であるカンタベリー大主教に10月3日、ロンドン主教のサラ・ムラリー氏(63)が選出された。女性が大主教に選ばれるのは500年近い英国教会史上初めて。

英国アンドリュー王子の称号剥奪

(ロンドン 10月31日 時事)英王室は10月30日、チャールズ国王が弟アンドリュー王子(65)の「王子」などの称号を剥奪する手続きを取ったと発表した。アンドリュー氏は、少女への性的虐待で起訴され自殺した米富豪エプスタイン被告との親交や自らの性的虐待疑惑で強い批判を浴びている。

王子の称号が剥奪された、アンドリュー・マウントバッテン・ウィンザー氏王子の称号が剥奪された、アンドリュー・マウントバッテン・ウィンザー氏

ベネズエラノーベル平和賞にマチャド氏

(ロンドン 10月10日 時事)ノルウェーのノーベル賞委員会は10月10日、2025年のノーベル平和賞をベネズエラの民主化運動を率いる反体制派指導者マリア・マチャド氏(58)に授与すると発表した。授賞理由として「ベネズエラ国民の民主的権利を促進するたゆまぬ活動と、独裁体制から民主主義への公正かつ平和的な移行を実現する闘い」に尽力してきたことを挙げた。

フランスルーブル美術館窃盗、新たに5人拘束

(パリ 10月30日 時事)フランス・パリのルーブル美術館に展示された宝飾品が窃盗団に奪われた事件で、捜査当局は10月29日、新たに5人の身柄を拘束した。実行犯は4人組だった。事件は19日、美術館の開館中に発生。犯人は2階の窓から押し入り、展示ケースを電動工具で壊すと、ティアラやネックレスなど8点を奪って逃げた。

日本日本人2名にノーベル賞

スウェーデン王立科学アカデミーは10月8日、2025年のノーベル化学賞を、極小の穴が無数に開いた「金属有機構造体(MOF)」を開発した北川進・京都大特別教授(74)ら3氏に授与すると発表した。日本人のノーベル賞は同6日、生理学・医学賞受賞が決まった坂口志文・大阪大特任教授(74)に続き、米国籍取得者を含め30人目。化学賞は6年ぶり9人目となる。

日本大阪・関西万博が閉幕 

「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに184日間、大阪市の人工島「夢洲」で開かれた大阪・関西万博が10月13日、閉幕した。55年前の大阪万博(6422万人)に次いで2番目に多い2500万人超が来場した。

日本高市内閣が発足

自民党の高市早苗総裁(64)は10月21日召集の臨時国会で第104代首相に指名された。女性の首相就任は初めて。皇居での首相親任式と閣僚認証式を経て、日本維新の会が「閣外協力」する高市連立内閣が発足。首相は首相官邸で記者会見し「国家国民のため、全力で変化を恐れず果敢に働く」と述べ、「決断と前進の内閣だ」と表明した。

日本安倍氏銃撃初公判へ

奈良市で2022年、安倍晋三元首相を手製銃で殺害したとして、殺人罪などに問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判の初公判が10月28日午後から奈良地裁で開かれるのを前に、同市の奈良公園には傍聴を希望し、727人が詰め掛けた。地裁によると、この日の一般傍聴券は32席だった。

11月 November

英国BBC会長が引責辞任

(ロンドン 11月10日 時事)BBCは11月9日、2021年の米議会襲撃直前にトランプ大統領が行った演説を扱った番組で誤解を与える編集が行われていたとして、ティム・デイビー会長とニュース部門のデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)が辞任したと発表した。

英国財政再建へ年5兆円増税

(ロンドン 11月27日 時事)リーヴス財務相は11月26日、2029~30年度までに年間260億ポンド(約5兆3800億円)規模の増税を実施する方針を盛り込んだ予算案を発表した。財政不安を機に市場が暴落した「トラス・ショック」の再来を警戒し、財政再建に向けて2年連続の大増税に踏み切る。

フランスパリ同時テロ10年で追悼

(パリ 11月14日 時事)2015年11月にフランスの首都パリと郊外で起きたイスラム過激派による同時多発テロから10年を迎えた11月13日、パリ市庁舎そばで犠牲者追悼集会が開かれ、大勢の遺族らが参加した。マクロン大統領は演説で「テロが終わった保証はないが、牙をむく者は容赦しない」と、再発防止を訴えた。

国連ガザ和平計画支持を決議

(ニューヨーク 11月18日 時事)国連安全保障理事会は11月17日、トランプ米大統領が提示したパレスチナ自治区ガザの和平計画を支持する決議案を13カ国の賛成多数で可決した。決議案は米国が提出し、ロシアと中国は棄権した。決議は20項目の和平計画に記載された「国際安定化部隊」(ISF)の派遣などを承認するもの。安保理決議は法的拘束力を持つため、各当事者に計画の履行が迫られる。

日本中国、日本への渡航回避を通知

(北京 11月15日 時事)中国外務省は11月14日、国民に対し日本への渡航を控えるよう呼び掛ける通知を出した。高市早苗首相の台湾有事を巡る発言で「中日の人員交流の雰囲気がひどく悪化した」と理由を説明しており、報復措置とみられる。

日本クマ対策、自衛隊に協力要請

政府は11月14日、クマ被害に関する関係閣僚会議を首相官邸で開き、対策パッケージを取りまとめた。警察によるライフル銃を使用した駆除、自衛隊・警察OBへの協力要請といった緊急対応により、人の生活圏からのクマ排除を強化。ハンターへの手当や箱わななどの調達費を含め、地方自治体への支援を拡充する。

12月 December

英国中国大使館新設が延期

(ロンドン 12月3日 時事)中国政府がロンドン中心部に欧州最大規模の大使館を建設する計画について、英政府は承認するか否かの判断を再び延期した。英メディアが12月2日報じた。同10日までに結論を出す予定だったが、「(判断に)時間が必要」(リード住宅相)として来年1月まで先延ばしされた。計画を巡っては、中国側の申請を地元当局が「デモや治安上のリスク」から却下。英政府も最終決定を再三先送りし、中国側が反発を強めている。

オーストラリア子どものSNS禁止が施行

(パリ 12月8日 時事)2019年に大規模火災が起きたパリ中心部の観光名所、ノートルダム大聖堂で12月7日、修復成功と5年8カ月ぶりの再開を記念する式典が行われた。マクロン大統領のほか、トランプ次期米大統領、ウィリアム英皇太子、ウクライナのゼレンスキー大統領ら大勢の招待客が列席。「人類共通の財産」の復活を祝った。

中国香港紙創業者に有罪判決

(香港 12月15日 時事)香港の高等法院(高裁)は12月15日、国家安全維持法(国安法)違反罪に問われた日刊紙・蘋果日報(リンゴ日報、2021年に廃刊)の創業者、黎智英氏(78)に対する有罪判決を言い渡した。量刑は来年1月に情状酌量などを審理後、宣告される。国安法の最高刑は終身刑。黎氏は香港の民主化運動の重鎮。

日本流行語大賞は「働いて働いて」

この1年の世相を反映した言葉を選ぶ「2025T&D保険グループ新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)が12月1日、発表された。年間大賞には、日本初の女性首相となった高市早苗氏の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」が選ばれた。表彰式には高市氏が自ら駆け付け、「皆さまのために貢献したいとの思いがあった」と振り返った。


※日本関連ニュースは時事通信社提供の記事によって構成されています

 

生誕250周年 時代と共に変わるジェーン・オースティンの魅力

生誕250周年
時代と共に変わる
オースティンの魅力

Jane Austen

18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍した小説家ジェーン・オースティン。上流階級の末端に生まれ、地方ジェントリとして比較的穏やかな生活を送りながらも、当時の階級秩序や女性の生き方を冷静な眼差しで見つめ続けた。この特集では、発表当時の風俗小説的な読まれ方から、19世紀末の文体的再評価、1990年代の映像化ブーム、そして現代のフェミニズム的再読へと、時代と共に変化しながら読み継がれてきたオースティン像をたどる。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: Jane Austen's House、www.janeausten.org、https://janeausten.co.ukほか

Jane Austen
ジェーン・オースティン
1775-1817

18世紀末から19世紀初頭にかけて活動した英国の小説家。8人兄妹の次女として、1775年12月16日、英南部のハンプシャー、スティーヴントンで生まれた。父は教区牧師で、知的で文化的な家庭環境のもと、少女時代から読書と創作に親しむ。代表作に「高慢と偏見」「分別と多感」「エマ」などがあり、地方ジェントリ社会を舞台に、階級、結婚、経済的自立といったテーマを繊細かつ皮肉な筆致で描いた。感傷主義やゴシック小説が人気を集めた時代にあって、現実の人間関係を緻密に描いたことで、後に近代小説の先駆と位置づけられる。

生涯独身を貫き、家族と共に田園生活を送りながら執筆を続けたが、1817年、41歳で病に倒れ、英南部ウィンチェスターに没した。生前は作者名を明かさず「By A Lady」とのみ記しており、「Jane Austen」と作者名が明記されて世に出るようになったのは、死後出版された遺作からだった。だが死後も作品は読み継がれ、日常生活の中に潜む人間の欲望と機微を見事に描き出した筆致は、200年以上を経た今日も色あせていない。

姉のカサンドラがジェーンを描いた水彩画姉のカサンドラがジェーンを描いた水彩画

1ジェーン・オースティンの生きた時代

ジェーン・オースティンが生きた時代は、一見すると穏やかな英国の田園社会だが、実際には大きな社会変動と価値観の転換期だった。

18世紀後半の英国は啓蒙思想の影響を受け、理性や道徳、社会秩序を重んじる「理性の時代」と呼ばれていた。一方で、産業革命が進み、都市化や中産階級の台頭が始まる。これにより、従来の階級構造が揺らぎ、経済力による新しい社会的上昇の道が生まれた。オースティンの作品にたびたび描かれる「財産」「結婚」「身分」は、まさにこの社会変化を背景にしている。

さらに、欧州ではフランス革命(1789年)やナポレオン戦争(1803~15年)が続き、英国社会も政治的不安や戦争景気で揺れていた。オースティンの兄たちも従軍しており、オースティン自身も戦争の影響を身近に感じていたはずだ。

文学の世界では、読者の共感や涙を誘うために登場人物がしばしば極端な感情表現をする感傷主義が流行。代表作としては、サミュエル・リチャードソンの「パメラ」(1740年)やシャーロット・スミスの「エメリン」(1788年)など、感情や道徳的な善悪のドラマが前面に出る作品が人気を博していた。また同じく18世紀末に人気を博したジャンルにゴシック小説がある。廃墟や古城、修道院などの神秘的で恐怖をあおる舞台を用い、劇的で非日常的な展開が読者に好まれた。アン・ラドクリフ「イタリアの修道院」(1797年)が象徴的で、オースティンと同時代のメアリー・シェリー「フランケンシュタイン」(1818年)にもその一端が見られる。

ただ、オースティンはそうした流れとは一線を画し、自分に身近な人間関係や社会の機微を精緻に描くことで、現実に根ざした小説表現を確立した。だがその作品は、当時は中流階級の女性たちが好んで読む風俗小説として人気を博したまでであり、現在のように英国を代表する作家の一人と数えられるには、数十年の月日を待たなければならなかった。

オースティン・フェスティバルオースティンの小説に書かれた19世紀初頭のジェントリ階級のイメージ。写真は2018年に英南西部バースで開催されたオースティン・フェスティバルの参加者たち

219世紀末のオースティン再評価

オースティンの死後数十年を経て、ヴィクトリア朝時代に文学界でオースティン再評価の動きが始まった。批評家や教育者は、オースティンの小説に見られる物語構成の巧みさや心理描写の精緻さに注目し、当初「上品な風俗小説」として軽視されていた作品の文学的価値を改めて認めるようになった。出版事情も追い風となった。1870年代以降、再刊版や注釈付き上製本が増え、広範な読者層が作品に触れられるようになったことが、再評価を後押ししたのである。

「分別と多感」の初版本「分別と多感」の初版本。作者名が「By A Lady」となっている。

当時の文学界は、チャールズ・ディケンズやウィリアム・サッカレーなどが描く、都市生活や社会問題に関心が集まるリアリズム文学の時代。オースティンの日常生活や社交界に根ざした精緻な人物描写は、18世紀末の感傷主義やゴシック小説の影響から独立した価値として評価されやすかったのだといえる。

この再評価の波は海外にも届き、日本では夏目漱石がオースティン作品に注目したことが知られる。漱石は19世紀末から20世紀初頭にかけて英文学を研究するなかで、オースティンの理知的で控えめな筆致や、登場人物の心理や社会関係の描写を高く評価。その著書「文学論」(1907年)の中で、「ジェーン・オースティンは写実の泰斗たいとなり。平凡にして活躍せる文学を草して技神ぎしんに入る点に於いて、優に鬚眉しゅびの大家をしのぐ」(ジェーン・オースティンは写実文学の達人であり、平凡な日常生活を題材にした小説を手がける技術において、当時の著名な作家たちをも優にしのぐ)と書いている。漱石自身も近代小説の技法を探求していた時期であり、オースティンの作風はその文学観形成に一定の影響を与えたと考えられる。

夏目漱石夏目漱石は1900~01年、文部省からの要請で英語教育法研究のため英国に留学した

3スクリーンの中のオースティン

19世紀末の再評価や20世紀を通じた学術的研究により、1990年代にはジェーン・オースティンの名はすでに英国文学の中で確固たる地位を築いていた。そんななか、1995年にBBCによるジェニファー・イーリー、コリン・ファース主演の6話構成のテレビ・ドラマ「高慢と偏見」が放送された。このシリーズは英国内で1000万人以上の視聴者を記録し、社会現象に。同年には、アン・リー監督が「分別と多感」を映画化した「いつか晴れた日に」も公開され、興行的にも世界で1億ドルを超える大成功を収めた。また、「エマ」を現代の米国に置き換えたパロディー映画「クルーレス」も話題を呼び、オースティン作品を直接読まない若年層にもその物語の世界が広がった。

映像化によって、オースティン作品の持つ魅力はより視覚的に伝えられるようになった。階級社会のルールや社交界での微妙な駆け引き、人物間の心理的なやりとりがスクリーン上で具体化され、原作の文章だけでは読み取りにくいニュアンスが観客に伝わるようになった。また、制作側は現代の価値観に合わせて、恋愛や女性の自立といったテーマを強調することが多く、原作の持つ日常描写や皮肉の効いたユーモアが新しい形で再解釈された。こうした映像化の波は、オースティン作品を古典文学としてのみ読むのではなく、「娯楽としても楽しめる作品」として再評価する契機ともなった。文学的価値の定着と映像エンターテインメントとしての人気が相互に作用し、オースティンの作品は時代を超えて幅広い層に受け入れられる存在となったのだ。

1995年のBBCのヒット・ドラマ「高慢と偏見」の一場面1995年のBBCのヒット・ドラマ「高慢と偏見」の一場面

4現代のフェミニズム的再解釈

21世紀に入ると、オースティン作品の映像化は娯楽的な恋愛ドラマの枠を超え、フェミニズムの視点から再構築されるようになった。そこでは、女性が社会の制約の中で自らの声を見いだし、感情と理性の均衡を模索する物語として読み直されている。例えば、2005年版「プライドと偏見」でキーラ・ナイトレイが演じたエリザベスの奔放さは、ヴィクトリア朝時代的な「慎み」ではなく、自分の感情に率直であることを肯定する新しい女性として描かれた。こうした再解釈は、オースティンが描いた女性たちを、従属的存在ではなく自らの判断で生きようとする個人としてとらえ直す試みでもある。

そしてその流れは、2010年代以降の作品でさらに深化する。近年の映像化では、女性が直面する抑圧はもはや法や制度によるものではなく、社会的期待や自己演出の圧力といった現代的な心理的束縛として描かれるようになった。SNS時代に生きる私たちが感じる「完璧であらねばならない」という理想的女性像への同調圧力と重ね合わせるように、登場人物たちは無意識のうちに内面化した規範から自由になろうとする。「高慢と偏見」の現代版「ブリジット・ジョーンズの日記」(映画版は2011年)が大ヒットしたのもこの時期だ。

さらに、2020年のオータム・デ・ワイルド監督による「EMMA エマ」では、主人公エマは特権的な立場から他人の恋愛を操作するが、その「善意」に潜む支配性に気付き、他者と対等な関係を築くことで初めて成熟に至る。そこには、善意による支配を自省し、他者との関係の中で真の自由を見いだそうとする現代的な女性像が投影されている。オースティンが生きた18世紀末から200年を経て、そのヒロインたちは今、「自分の物語を語る女性」としてスクリーンに立ち続けている。オースティンの小説の世界は、いまなお私たちに社会の中で女性がどう自分を見つめ、どう他者と生きるのかという普遍的な問題を提起してくれる。

2020年作品「EMMA エマ」で主演を演じたアニャ・テイラー=ジョイ(右)2020年作品「EMMA エマ」で主演を演じたアニャ・テイラー=ジョイ(右)

ジェーン・オースティン長編作品

ジェーン・オースティンの主要な長編小説6作を紹介。いずれも19世紀初頭の英国社会における結婚・階級・経済・女性の生き方を繊細に描いたものばかり。なお、未完小説に「サンディトン」(Sanditon 1817年)がある。

1. 分別と多感
Sense and Sensibility (1811年)

理性派の長女エリナーと感情派の次女マリアンという姉妹が、恋愛と失意を通して成熟していく物語。感情と理性のバランスを主題に、当時の結婚観と女性の自立を描く。

2. 高慢と偏見
Pride and Prejudice (1813年)

才気あるエリザベス・ベネットと誇り高いダーシー氏の恋愛を軸に、階級意識と人間の偏見を風刺する代表作。ウィットに富む会話劇と女性の主体性が光る。

3. マンスフィールド・パーク
Mansfield Park (1814年)

貧しい家から伯父の屋敷に引き取られたファニー・プライスが、道徳心と誠実さによって自らの立場を確立していく。道徳的価値観と社会的序列の問題を深く掘り下げる。

4. エマ
Emma (1815年)

裕福で聡明だが思い上がりの強いエマ・ウッドハウスが、他人の恋愛をお節介に操ろうとするうちに、自分自身の感情に気づく物語。心理描写とユーモアが際立つ。

5. ノーサンガー・アビー
Northanger Abbey (1817年 没後出版)

ゴシック小説に夢中なキャサリンが、ノーサンガー・アビーという古めかしい屋敷を訪れる。そこでホラー体験を空想したことで、現実と小説を混同し事態は思わぬ方向へと進む。ゴシック文学風刺とロマンティックな諷刺の融合が特徴。

6. 説得
Persuasion (1817年 没後出版)

かつて婚約を解消したアン・エリオットが、8年後に再び元恋人と出会い、再生の愛を見つける物語。成熟した筆致で後悔・誇り・第2のチャンスを描く晩年の傑作。

ジェーン・オースティンズ・ハウス・ミュージアム

Jane Austen's House Museum

英南部ハンプシャーのチョートンにあるジェーン・オースティンズ・ハウス・ミュージアムは、オースティンが生涯最後の8年間を過ごした17世紀建築のコテージ。ここで暮らす間、すでに完成していた初稿を改稿し出版に備えたほか、新作を執筆するなどしていた。博物館としては1949年に一般公開を始め、オースティン本人が使っていたライティング・テーブルが展示されているほか、オースティンが所有していた初版本、手紙、アクセサリーなどの所蔵品もあり、その生涯と創作活動が分かる。定期的にワークショップ、トーク、特別展などのイベントが実施されており、250年目の誕生月である12月には、オースティンのキャリアを称える特別イベントやクリスマスのイベントも開催。混雑が予想されるので、予約をお勧めする。

Jane Austen's House Museum
10:00-17:00
£15
Winchester Road, Chawton, Hampshire GU34 1SD
Tel: 01420 83262
Alton駅
https://janeaustens.house/

Jane Austen's House MuseumJane Austen's House Museum

 

ロンドンに息づく信仰と食のかたち

知っているようで知らない ロンドンに息づく
信仰と食のかたち

宗教と食のつながり

宗教と食のつながりは、世界の文化を映す確かな手がかり。多民族都市ロンドンには、信仰に沿った食文化が息づき、街の食卓にも独自の彩りを添えている。この特集では、東方正教会、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教、の四つを取り上げ、食を通して見えてくる価値観や暮らしのリズムを探る。ロンドンの宗教人口比率も交えながら、この街の多様な食の風景を紹介しよう。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.bbc.co.uk https://pro.nandemosake.com www.ons.gov.uk www.bda.uk.comほか

宗教と食の関係には、戒律、食材の選択、調理法、儀式食など、いくつかの普遍的な共通点がある。いずれも身体を整え、共同体をつなぎ、より良い生を送るための知恵として古くから受け継がれてきたものだ。

英国、とくに大都市ロンドンでは、こうした信仰に沿った食習慣が「特別な文化」としてではなく、日々の暮らしのなかに自然に溶け込んでいる。宗教的背景とは関係なく、ベジタリアンやビーガンの人々、あるいは単にその味が好きで宗教的背景を持つ惣菜を買い求める人も多く、宗教食は生活圏のなかで多様なかたちで受け入れられている。

友人や同僚の食習慣を知ることは、互いの背景を理解する小さなきっかけになり、日常の景色をより豊かにしてくれる。料理をきっかけに会話を交わせば、遠くの地域や宗教が驚くほど近く感じられる瞬間がある。ロンドン、そして英国には、そうした多様性と出会いがあふれている。この環境を生かし、食を通じて世界とつながる視点を広げていきたい。

ロンドン住民の宗教

2023年公表の国勢調査では、無宗教や宗教の無記名が34.1パーセントに達している。この傾向は、信仰をより個人的なものとして扱う都市の空気を映しているのかもしれない。こうした背景が、多様な宗教の食文化が日常に溶け込みやすい土壌になっている、という見方もある。

ロンドン住民の宗教

東方正教会
断食期間中は豆類・野菜

東方正教会

東方正教会は、主にギリシャ、ロシア、ウクライナ、バルカン諸国、中東の一部に信徒が多いキリスト教の一派。古くから続く礼拝と伝統を重んじ、「節制」「祈り」「断食期間」が信仰生活に深く結びついている点が特徴だ。食の規律も、心身を整え、神との関係を深めるための重要な実践とされている。

食に対する意識

東方正教会では、普段の食事では厳格な禁忌は少なく、断食期間以外は自由に食べることが認められている。ただし、年間を通じて多くの断食期間が設けられている。断食といっても完全な絶食ではなく、特定の食品を控える「節制の食事」を指す。目的は、欲望を抑え、祈りと慈愛に心を向けることだという。断食の厳格さは、信者や地域によって異なる場合があるものの、代表的な断食には、毎週水曜日と金曜日、イースター前とクリスマス前の約40日間に及ぶ長期のもの、8月の生神女就寝祭前の2週間の断食などがあり、信徒はそれぞれの時期に食の規律を守るとされている

禁じられている食材(断食期間中)

  1. 肉類
  2. 乳製品(動物性ミルク、チーズ、バターなど
  3. 魚(ただし特定の日に許可される場合がある)
  4. オリーブ・オイル(一部の日に解禁される)
  5. アルコール

ギリシャ正教会の断食では、動物性食品は避けるのが基本だが、野菜や豆類、パン、オリーブ・オイルなどは広く食され、イカやエビといった一部の魚介類も「背骨がない」ことから許されている。小さな子どもや高齢者は断食の対象外とされる。一方でロシア正教会ではオリーブ・オイルも禁止されているなど、正教会の中でも違いがある。

断食中のメニュー

ここではロンドンで最も教徒の人口が多いといわれるギリシャ正教会のメニューを紹介する。

ファソラーダ(Fasolada)

白インゲン豆やトマト、唐辛子を使ったスープ

ファソラーダ(Fasolada)

ドルマデス(Dolmades)

挽き肉や米などの具材をブドウの葉で包んで蒸し煮にしたもの

ドルマデス(Dolmades)

カラマリ(Calamari)

イカのフライ

ラデラ(Ladera)

オリーブ・オイルで煮込んだ野菜料理

ラガナ(Lagana)

表面に白ゴマが付いた平たいパン

ヒンドゥー教(Hindu)
純粋なベジタリアン

ヒンドゥー教

ヒンドゥー教は、世界で最も古い宗教の一つと考えられており、起源はおよそ4000年以上前にさかのぼる。現在、信徒数は世界で約10億人とされ、その多くは南アジアに集中しているが、世界各地にコミュニティーがある。英国では人口の約1.5%がヒンドゥー教徒であると回答しており、国内で3番目に大きい宗教集団となっている。

食に対する意識

ヒンドゥー教では、あらゆる生命を傷つけない非暴力、アヒンサー(ahimsa)という考えが非常に重要視されている。そのため、多くのヒンドゥー教徒は肉食を避け、菜食中心の生活を送っているとされる。また、サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)タマス(鈍質)と呼ばれる性質によって食物の性格を分類し、心身を清浄に導くとされるサットヴァの食を重視する傾向がある。

禁じられている食材

地域やコミュニティーによる差異はあるものの、一般的に以下の食品が避けられる。

  1. 牛肉(牛は神聖視されているため禁食)
  2. 魚を含む多くの肉類(一般的にヒンドゥー教徒は完全菜食)
  3. アルコール
  4. 玉ねぎ・にんにくなど刺激が強い食材(ラジャスやタマスを増すとされる)

特に牛は母性や大地の象徴として神聖視されているため、牛肉を口にすることは固く禁じられている。また、魚や肉・卵を避ける人も多く、牛を傷つけない乳製品はむしろ好まれる傾向がある。食品やスパイスはヒンドゥー教に関係なく普及し、英国のスーパーでも買いやすい。

ロンドン在住のD.Pさんに聞いた ヒンドゥー教徒の食習慣

ヒンドゥーの神話や教えでは、曜日ごと、さらには季節ごとに異なる穀物や豆類を食べる必要があるとされています。私たちは、何千年も前に作られた聖典から受け継いだこの習慣を、今でも熱心に守っています。買い物は、伝統的なインドの食材リストに基づくので、基本的に慣れた商品しか買いません。新しい商品を手に取る際には、ゼラチンやレンネット(動物由来酵素)が含まれていないか必ず確認します。職場の食事では、たいていベジタリアンのサンドイッチを選びます。宗教的には、ヒンドゥー教徒は「純粋な菜食主義者」です。卵も食べません。簡単に言うと、ヒンドゥーの信仰では「自ら生命を持つもの」を食べることを避ける傾向があります。

多くのヒンドゥー教徒が肉を食べないのは、純粋さや伝統のためだけではなく、心を穏やかに保ち、集中力や思いやりを育むとされるサットヴァな食べ物を重視しているためです。そのため、玉ねぎやニンニクのようにラジャスとされる食品は、特定の日には避けられることがあります。

イスラム教(ハラールHalal)
豚肉とアルコールを避ける

イスラム教は世界各地に信徒がいるが、とくにアジア、北アフリカ、中東に多いとされる。唯一神アッラーへの服従を説く一神教で、7世紀初頭に預言者ムハンマドが受けた啓示をまとめたコーランと、その言行録であるハーディス(Hadith)に基づいて信仰生活が営まれている。

食に対する意識

イスラム法シャリーア(Sharia)には、食事のマナーや食べてよい・悪い食品に関する規定が多く定められている。許されているものをハラール、禁じられているものをハラーム(Haram)と呼び、日々の食事はこの区分に沿って選ばれる。また、ラマダンの期間には日の出から日没まで飲食を断つ断食が行われる。水を含む一切の飲食を控えることで、節制と信仰心を深める時間とされている。

禁じられている食材

  1. 豚肉(ポーク・エキスやゼラチン、ラードなどのブタ由来の調味料や添加物も)
  2. イスラム法にのっとり屠殺されていない食肉
  3. アルコール

豚以外の肉は、アッラーの名を唱え、決められた方法で屠殺されたハラール・ミートであることが条件となる。また飲酒だけではなく、料理へのアルコール混入も禁止。さらに、地域や個人によって差はあるものの、うなぎ、イカ、タコ、貝類、発酵食品などに抵抗感を示す教徒もいる。なお、肉や加工肉はハラール認証が重要であるものの、中東食品は宗教に関係なく普及し、英国のスーパーでも買いやすい。

HALAL

ロンドン在住のM.Mさんに聞いた イスラム教徒の食習慣

多くの人は、ハラール=単なる禁止事項のリストだと考えがちです。でも実際には、感謝、思いやりを大切にする食のあり方です。制限というより、日々の「体と心を養う行為」を高めるための指針、食事そのものが礼拝や感謝の行いになり得るという考え方でもあります。ロンドンは本当に多様なので、ハラールの選択肢を見つけること自体は比較的容易です。難しいのは、食材や調理方法が倫理的かつ健全であるかを確かめることです。また、多くの人がシーフードには特別な認証が必要だと誤解していますが、必要ありません。そして、ベジタリアン食であれば自動的にハラールだと思われがちですが、アルコール系のフレーバーなどが含まれる場合もあります。

ラマダン期間中は、シンプルかつ静かな心で向き合っています。夜明け前に栄養のある食事をとり、日中は無理のないペースで過ごし、日没後は職場でもデーツと水で断食を開けます。ラマダンは日常の瞬間に精神性をもたらしてくれるので、自然と負担ではなく力になっていきます。

HALAL

ユダヤ教(コーシャKosher)
肉と乳製品は同時に取らない

ユダヤ教では、食に関わる規律が日常生活と密接に結びついている。これらの規律はカシュルート(Kashrut)と呼ばれ、モーゼ五書に書かれた律法やラビの解釈に基づいて受け継がれてきたものだ。規律を守った食品はコーシャといい、食の選択そのものが信仰と生活をつなぐ重要な実践になっている。

食に対する意識

コーシャを守るユダヤ教徒は、食材の種類だけでなく、屠殺方法、調理法、組み合わせにも気を配りながら日々の食事を選んでいる。とくに肉類と乳製品を一緒に食べないという規律は特徴的で、家庭やレストランによっては皿や調理器具を完全に分ける場合もある。ただし、どこまで厳格に遵守するかは個人やコミュニティーによって幅があり、現代のロンドンでも、厳格なコーシャ家庭から部分的に取り入れる人まで、実践の形はさまざまだ。

禁じられている食材

  1. 豚肉( ポーク・エキスやゼラチン、ラードなどのブタ由来の調味料や添加物も)
  2. 貝類・甲殻類などの魚介類(ヒレとウロコのないもの)
  3. ユダヤ教の戒律にのっとった屠殺方法で処理されていない肉
  4. 肉と乳製品を同時に摂ること(カトラリー、食器、調理器具も分ける)
  5. 血痕のある卵

肉類については、牛や羊をはじめとした、ひづめが割れている反すう動物だけが許され、鳥も特定の種類のみが認められている。いずれも、コーシャ専門の業者がユダヤ教の戒律に従い、動物に苦痛を与えずに屠畜し、血抜きなどの処理をしたものを利用。そうした商品にはコーシャ認証マークがついている。魚はヒレとウロコのある種類のみとされる。肉と乳製品は3~6時間あけて食せば問題はない。

コーシャ料理の食材

ユダヤ人には、大きく分けて東欧出身のアシュケナージと、南欧からスペイン、モロッコまでに広がる地域出身のセファルディムという二つのグループがあり、それぞれ食文化が違う。ここでは英国の一般スーパーマーケットのコーシャ売り場で入手可能な両グループの代表的食品を挙げる。

マッツァ(Matzah/Matzo)

クラッカー状の無発酵パン。過越の祭りに食べる

マッツァ

ゲフィルテ・フィッシュ(Gefilte Fish)

魚のすり身で、つみれのようなもの。瓶・缶で売られている

ゲフィルテ・フィッシュ

コーシャ・チキン(Kosher Chicken)

安息日のチキン・スープ用

フォルシュマーク(Forshmak)

刻みニシン。刻んだ固ゆで卵、タマネギ、リンゴを加え安息日の前菜に

コーシャ・ピクルス(Kosher Pickles)

キュウリを塩水、ニンニクやディルなどのハーブを合わせて発酵させたもので、酢は使われていない

 

2025年秋以降、欧州旅行はこう変わる!新システム「EES」導入で入国手続きが一新

2025年秋以降、欧州旅行はこう変わる!新システム「EES」導入で
入国手続きが一新

2025年10月12日から、新しい出入国システムEES(Entry/Exit System)がシェンゲン協定加盟国で導入された。これにより、これまで旅行など短期滞在時に入国審査で押されていたパスポートのスタンプは廃止され、出入国の記録は全てデジタルで管理される。長らく導入が注目されているETIASとはまた別の制度なので、混同に注意しよう。

参考)www.gov.uk/guidance/eu-entryexit-system

UK Border

EES導入により、欧州旅行者は到着時に顔写真と指紋を登録する。そのデータは最大3年間保持されるため、再入国時の手続きは簡略化される。また、これまでも「180日の間で通算90日まで」というシェンゲン協定加盟国内の滞在制限は存在していたが、従来のスタンプによる管理よりも厳密にシステムでカウントされる。日数超過は即座に把握されるため、観光・ビジネスいずれの場合も滞在計画には十分注意したい。

EESの制度そのものは全旅行者に共通するが、英国から出発する人と、日本から直接訪れる人とでは注意すべき点に少し違いがある。

英国在住者が欧州を旅する場合

シェンゲン協定の短期滞在ルール

英国はEUを離脱したため、英国人や英国在住者であっても、シェンゲン協定加盟国に入る際は日本から直接来る旅行者と同じルールが適用されている。滞在は従来通り「180日の間で通算90日まで」に限られるので、出張や旅行を繰り返す人は必ずカレンダーなどで日数を管理する必要がある。

EES登録は出発前に英国側で行う

特にロンドン在住でパリやブリュッセルなどへ週末旅行を繰り返す人は要注意だ。ユーロスター(ロンドン・セントパンクラス駅)、ユーロトンネル(フォークストン駅)、ドーバー港などから出発する場合は、EESの登録が英国出発地で行われるため、出発時間の2〜3時間前までに到着を求められる可能性が高い。日本人だけでなく英国人も登録が必要なので、初回は長時間の行列を覚悟しておきたい。ただし1度登録を済ませれば、データは3年間有効で、次回以降は照合がスムーズになる。

日本から直接欧州へ行く場合

到着時に生体情報を登録

最初の入国時に到着した空港や港の入国審査場で指紋・顔写真の登録が行われるため、手続きに時間がかかる可能性がある。特にパリやフランクフルト、ローマなど主要空港は長蛇の列が予想される。乗り継ぎ便の利用者は、余裕を持ったスケジュールが必要だ。日本から行く場合も3年間有効で、次回以降は照合がスムーズになる。

シェンゲン協定加盟国とは

シェンゲン圏(Schengen Area)は、国境検査を廃止し、人の自由な移動を可能にした欧州の国々を指す。EUと重なる部分は多いが、完全に一致するわけではない。

● シェンゲンに参加しているEU加盟国

  • オーストリア
  • ベルギー
  • ブルガリア
  • クロアチア
  • チェコ
  • デンマーク
  • エストニア
  • フランス
  • ドイツ
  • ギリシャ
  • ハンガリー
  • イタリア
  • ラトビア
  • リトアニア
  • ルクセンブルク
  • マルタ
  • オランダ
  • スウェーデン
  • スペイン
  • ポルトガル
  • スロバキア
  • スロベニア
  • フィンランド
  • ポーランド
  • ルーマニア

● EUに加盟していないがシェンゲンに参加している国

  • ノルウェー
  • スイス
  • リヒテンシュタイン
  • アイスランド

● EUだがシェンゲンに入っていない国

  • アイルランド
  • キプロス
 

善意とビジネスが共存するシステム英国における
チャリティー・ショップ事情

英国ではどこのハイ・ストリートにも必ず一つや二つはあるチャリティー・ショップ。ホームレスの救済や、がん撲滅のための研究費調達など、チャリティー・ショップで買い物することで、慈善活動に参加したことになる。このような店は日本ではあまり目にしないため、その仕組みを知らない人も多いのでは? 今回は英国で生まれたチャリティー・ショップがどのように運営されているかをお届けしよう。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

チャリティー・ショップ

チャリティー・ショップとは?

チャリティー・ショップは、さまざまなチャリティー団体によって運営される中古品の販売店。リサイクル・ショップと異なるのは、市民が寄付した不用品を安く販売し、その売り上げを各団体の慈善活動に充てている点にある。もともとは、19世紀半ばに発足したサルベーション・アーミー(救世軍)や、第2次大戦時に赤十字が貧しい人のために古着を安価で売っていたのが発展した。現在のように、母体のチャリティー団体を支えるために運営されるショップは、1948年にオープンした救済団体Oxfamのものが最初。現在、英国には1万1軒を超えるチャリティー・ショップがあるが、そのうち83パーセントがイングランドに集中している。

チャリティー団体の基準

チャリティー・ショップを運営できるのは、基本的には母体となるチャリティー団体。イングランドとウェールズでチャリティー団体として認められるには、社会に寄与する慈善事業であることを証明しなければならず、「チャリティー・コミッション」の審査を受け、登録番号をもらう必要がある。
http://charity-registration.com/why-form-a-charity

Q & Aプロが分かりやすく解説!チャリティー・ショップはこんな風に運営されている

英国全体のチャリティー・ショップの80パーセントが参加しているという、チャリティー専門の小売組合「チャリティー・リテール・アソシエーション」。ここで広報・リサーチを担当するマシュー・ケルチャーさんに、チャリティー・ショップの運営に関する素朴な疑問をぶつけてみた。

働いている人はみなボランティア?

給与をもらっているチャリティー・ショップの正規スタッフは英国全土で約2万3500人、それに対しボランティアは約20万人。1店舗につきスタッフがマネージャーとして1人か2人いるようになっています。

多くのマネージャーは、一般の小売業で働いていた経験があり、彼らはチャリティー業務により「やりがい」を見出していると聞きます。慈善活動ですから良い行いをしているという気持ちもあるでしょう。また、地域に利益を還元する、コミュニティーを活性化させるという大役を担っていて、どんな品ぞろえが良いのか、価格はどのぐらいが適正なのか、その地域をよく知っていればこその判断を求められるのです。

誰でもチャリティー・ショップを開けるの?

たいていのショップには母体となるチャリティー団体が存在します。チャリティー・ショップのスタッフも、ショップに就職するのではなく、母体となるチャリティー団体に就職することになります。

いきなり個人でショップをオープンしても、チャリティー・ショップの法的条件である、①全ての利益はチャリティー団体へ還元される、②商品は寄付されたものである、という2点をクリアしているかどうか、厳しい審査を通らなければならず、それまではチャリティー機関としては認められません。なので、誰でもチャリティー・ショップを開けるかという質問に対しては、「不可能ではない」とお答えします。

売り上げの何パーセントが経費になる?

売り上げの60~80パーセントが経費になります。これを聞いて「ほとんど経費になってしまうじゃないか」と思われますか?

この数字は、ほかのビジネスに比べて随分優秀なのですよ。それに加え、チャリティー団体は付加価値税(VAT)を支払わなくて済むなど、一般ビジネスとは異なり、税制上の優遇措置を受けています。これはチャリティーという行為に対する、政府やカウンシルからの義援金と言ったらよいでしょうか。ちなみに、2024年度、チャリティー・ショップ全体で、母体となるチャリティー団体へ3億8700万ポンド(約735億円)以上の利益を渡すことができました。

商品となる寄付品はどこからくる?

個人であれば、引越しの際に身の回り品を見直し、不必要になったものを寄付するというパターンが多いですが、企業や学校からの寄付も少なくありません。

チャリティー団体と契約しているファッション関連のメーカーが、シーズンを過ぎた在庫を持ってくる場合や、企業が不要になったオフィス用品を寄付してくれることもあります。街角にチャリティー用の大きいコレクション・ボックスが設置されているのをご存知ですか。店まで寄付品を持ってこられない人は、家の近くのボックスへそれを入れれば回収されます。身近にショップやボックスがあることで、人々は衣類を簡単に廃棄しないようになります。

品物の値段はどうやって決める?

寄付された品物に値段を付ける方法は、チャリティー団体によって異なリます。大きな団体だと細かく設定された価格表が存在し、各支店がそれを目安にしています。基本的に、「スカート」「良好」など種類や状態だけで価格を判断するので、ブランド品も格安で売られることになります。ただし、エリアによって若干価格設定は異なりますね。また、ブランド品ばかりをそろえるショップでは、eBayなどのオークション・サイトで近似品がいくらで販売されているかを参考にすることもあります。

ちなみに2024年度の統計では、1人の1回の平均購入額は7.32ポンド、ショップの平均販売回数は1日70回です。

寄付された衣類はどのようにきれいにしている?

ショップでは持ち込まれた全ての衣類を洗うことはしないようです。蒸気を当てて熱で消毒し、シワなどを取っています。洗濯機があるショップもあるかもしれませんが、光熱費が大変なので、基本的にはスチーマーやアイロンを利用します。また、大量の寄付品を扱うため、スタッフが破れたりボタンが取れたりしている衣類を修繕する時間はありません。そのような衣類は売り物にはならず、破棄されるか衣料専門のリサイクル会社へと回されます。

リサイクル会社に引き取られた衣類は、分解して再生されるか、古着として海外へ送られ販売されます。統計によると、破棄されるのは寄付された衣類の5パーセントほどに過ぎません。

スチーム

ボランティア・スタッフにインタビュー

ホームレスのためのチャリティー団体「Crisis」が運営するチャリティー・ショップで実際に働くA.Wさんに聞きました

以前はほかの団体で働いていましたが、今年の5月にこのショップに来ました。現在は週10時間、主に本の売り場を担当しています。もう少し長時間やりたいと考えているところです。値段のタグ付けなど、何でもやりますよ。ボランティアには、欧州の学生さんたちがワーク・エクスペリエンスとして来たりもしますが、ほかに仕事を持つ英国人が空いた時間にボランティアをすることが多いですね。やはり仕事としてのやりがいが、ほかとは全然違うからではないでしょうか。ホームレスをサポートするショップなのに、自分がホームレスについてあまり知らないのでもっと勉強したいです。

売れ筋:60年代~70年代に発売されたレコード
扱わない物:食べ物、大きな電化製品、外国語の本、オリジナル絵画など
寄付してくださる方へ一言:破れた服は残念ながら売り物にはなりません

CRISIS

「Crisis」のチャリティー・ショップ  Archway店
34 Junction Road, London N19 5RE
Tel: 020 7281 5171
月~土 10:00-18:00 日 11:00-17:00
www.crisis.org.uk

気軽にチャリティー・ショップを利用しよう!

チャリティー・ショップの母体となるチャリティー団体の活動に共感し、その活動に協力するためにショップを利用するのはもちろん、そうかしこまらなくても、リサイクルの一環として、まずは気軽に訪れてみてはどうだろう。

寄付する
店に直接持って行く

衣類は事前にきちんと洗い、クリーニングに出すなどして、きれいにしてからお店の人に渡す。「寄付する」は英語で「to donate」。「これらを寄付したいのですが」と伝えればOK。おもちゃ、家具、電化製品も大丈夫だが、壊れていないことが前提。大きい家具や電化製品は引き取ってもらえるかを事前に聞いてから。店によっては無料で取りに来てくれるところもある。オープニング時間外に店の前に寄付品を置いておくと、通行人に荒らされてダメージを受けることもあるので避けよう。

to donate

回収してもらう

地区によってはチャリティー団体が専用のビニール袋を各家庭に配布している。その袋に寄付したい品物を詰めて、期日に家の外へ出しておくと回収してくれるので、普段からチャリティーに寄付できる物があるか、気に留めておくと良いかも。ショップによっては、本は入れないこと、など指示があるので、よく調べてから入れよう。

回収用の袋

専用のボックスに入れる

Oxfamなどが大きな箱を街角に設置していて、ここに入れられた衣類や靴は店に寄付された品と同様に扱われる。ちなみに、似たような大型のリサイクル・ボックスがカウンシルなどによって置かれているが、こちらに入れたものは、再資源化され別の物に生まれ変わる。なので、まだ使えるものはリサイクルでなくチャリティーのボックスへ。

専用のボックス

購入する

最近のチャリティー・ショップの中には、商品の質の良さを誇ったり、店内のインテリアに凝る店など、趣向を凝らして消費者の購買意欲を高めるショップが増えてきた。ノッティング・ヒルやマリルボーンなど、ロンドンのお洒落な地区にあるチャリティー・ショップでは、ハイ・ブランドの商品が格安で見つかる場合もあり、掘り出し物を探す人々で賑わっている。

チャリティー・ショップ


特徴のあるチャリティー・ショップ6軒

さまざまな団体がチャリティー・ショップを運営しているが、ここでは個人経営も含む、特徴あるショップを紹介しよう。

ほぼ新品といえるブランド物の宝庫 Mary's Living & Giving Shop for Save the Children

Mary's Living & Giving Shop for Save the Children

2009年にチャリティー団体「セイブ・ザ・チルドレン」が、小売業コンサルタントのメアリー・ポータスの協力のもとにオープンしたブティック・チャリティー・ショップ。ロンドンを中心に、国内に21軒の支店がある。掘り出し物が見つかるかも。

www.savethechildren.org.uk/get-involved/charity-shopping/marys-living-and-giving

ガイドブックから絵本まで Oxfam Book Shop

Oxfam Book Shop

国際NGO団体Oxfamによる、本専門のチャリティー・ショップ。小説、ガイドブック、画集、絵本、ポストカードなどが売られている。時折、外国語の本が並んでいることも。通常の本屋のように、オンラインで目当ての本を探して購入することも可能。

www.oxfam.org.uk/shop/local-shops/oxfam-bookshops

家具の引き取りもしてくれる British Heart Foundation Furniture & Electrical Shop

British Heart Foundation

心臓病の研究をサポートする「ブリティッシュ・ハート・ファンデーション(BHF)」が運営する、家具と電化製品に特化したショップ。テレビ、キッチン用品、ベッド、ソファなどが安価で手に入る。支店によっては衣類や本、雑貨だけ扱うところもある。

www.bhf.org.uk/shop/shop-with-us/furniture-and-electrical-shops

ヴィンテージのドレスやシューズがそろう All Aboard

All Aboard

特定の団体ではなく、英国にある60余りのチャリティー団体をサポートするチャリティー・ショップ。1987年、ステラ・ルーカスさんという女性によって始められた。店舗は全国に24軒。ロンドン北部を中心に、マンチェスターにも支店がある。

www.allaboardshops.com

今すぐサポートの必要な子どもたちへ Little Village

Little Village

不幸な境遇にある子どもたちをサポートする団体が運営する。使わなくなったベビー&キッズ用の衣類やおもちゃなどを寄付するのに適している。おむつや粉ミルクを寄付することもでき、寄付されたものは団体を通して直接無償で必要な家庭のもとに届く仕組み。

https://littlevillagehq.org

楽器やレコードならココ Rock'N'Roll Rescue

Rock'N'Roll Rescue

パンク・バンド「ザ・バイブレーターズ」の元メンバーが経営するショップ。老舗音楽パブ「ダブリン・キャッスル」の隣にあり、店で扱うのはミュージシャンから寄付された楽器など、音楽に関する物。売り上げは地元のフード・バンクや、虐待を受けた女性を救うグループなどへ。

www.rocknrollrescuecamden.com

 

蒸気機関車が走り始めて200年 英国の社会を映し出す鉄道

蒸気機関車が走り始めて200年
英国の社会を映し出す鉄道

1825年9月27日、英国は世界で初めて蒸気機関車による鉄道営業を開始した。最初のストックトン&ダーリントン鉄道(Stockton and Darlington Railway=S&DR)は石炭輸送のために導入されたにすぎなかったが、やがて産業革命の象徴として英国社会を大きく変えていく。国内の都市化や産業発展を支える基盤として、英国の歴史と社会を映し出す存在となったのだ。200年を迎えた今、各地で記念イベントや博物館の特別展示、蒸気機関車ツアーも催される。本特集では、鉄道200年の軌跡をたどり、その歴史的、社会的意義を振り返る。
(文:英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.networkrail.co.uk/stories/all-aboard-railway-200、www.networkrailmediacentre.co.ukほか

過酷な地形を駆け抜けるジャコバイト号過酷な地形を駆け抜けるジャコバイト号

蒸気が切り拓いた産業革命

18世紀後半、スコットランドの発明家ジェームズ・ワット(1736~1819)が蒸気機関を改良し、織物工場や鉱山の排水ポンプなどに導入したことで、産業革命は大きく加速した。それまで水車や人力に頼っていた生産現場に、安定した強力な動力源が供給されるようになり、工場は都市部でも稼働できるようになった。蒸気機関は「動力の革命」とも呼ばれ、製造業の効率化と産業の拡大を支える 心臓部となったのだ。

この蒸気機関を応用して生まれた蒸気機関車は、当初から完成されたものではなかった。19世紀初頭、コーンウォールの機械技術者リチャード・トレビシック(1771~1833)が蒸気機関車を試作したものの、実用には至らなかった。改良を重ねた末、1825年に土木・機械技術者のジョージ・スチーブンソン(1781~1848)が設計した「ロコモーション号」がS&DRで営業運転を開始し、世界初の鉄道営業が始まった。さらに29年には、スチーブンソン設計の「ロケット号」が速度と信頼性を兼ね備えた機関車の標準として広く普及。33年には、それまで混在していた馬がひく客車や貨物車による運行が廃止され、完全なる蒸気機関車による運行が実現。こうして鉄道時代の幕が開いたのである。

1825年9月27日、初めてダーリントンに向かって走るロコモーション号と、それを見る人々1825年9月27日、初めてダーリントンに向かって走るロコモーション号と、それを見る人々

「鉄道の父」 ジョージ・スチーブンソン

ジョージ・スチーブンソン(George Stephenson)

蒸気機関車の発明者と呼ばれることが多いジョージ・スチーブンソン(George Stephenson)だが、世界初の実動する蒸気機関車を発明したのはリチャード・トレビシックで、1802年のペナダレン号が最初。スチーブンソンは公共鉄道の実用化に道を開いた人物で、「鉄道の父」という呼称がふさわしい。1781年に英北部ノーサンバーランドで炭鉱機関夫の家庭に生まれ、若いころは炭鉱で縦坑の巻上げギアを制御する「制動手」として働くが、やがて技師に昇進。蒸気機関に精通するようになった。1814年に石炭輸送のための蒸気機関車を設計したが、これは輪縁付き車輪と線路の接触部分の摩擦によってのみ走行するもので、馬以上に活用できると称賛された。やがて21年のS&DR建設計画で蒸気機関車が必要となった際、スチーブンソンは息子のロバートらと共にロバート・スチーブンソン・アンド・カンパニーを立ち上げた。

記念すべきロコモーション号

現在は鉄道発祥の地ダーリントンにレプリカが保存されている)現在は鉄道発祥の地ダーリントンにレプリカが保存されている

世界初の商用蒸気機関車。ストックトン&ダーリントン鉄道での実験運転では、90トンの石炭を積んだ列車を時速18キロで牽引し、馬に勝ることを証明した。開業初日には、機関車ロコモーション号を先頭に、石炭を積んだ貨車11両、客車「エクスペリメント」、さらに乗客や作業員を乗せた貨車20両が連結された。約300枚の切符が販売されたが、実際にはその倍近い人数が乗車したとも考えられている。ストックトンからダーリントンまでの約14キロを2時間かけて走破。ロコモーション号は1869年まで稼働し、現在は鉄道発祥の地ダーリントンに保存されている。また、町の歴史において重要な存在であり、ダーリントンの紋章やサッカー・チームのエンブレムにも描かれている。

鉄道がもたらした社会変化

蒸気を吐きながら走り抜ける鉄道は、産業革命の象徴であるだけでなく、人々の暮らしを一変させた。数日を要した馬車の旅が数時間に短縮されたとき、人々は何を感じただろうか。鉄道は都市と都市を結び、働く場所や住む場所の選択肢を広げただけでなく、週末の小旅行や郊外での余暇という新しいライフスタイルも生み出した。ここでは、鉄道の普及によって起きた日常の変化を紹介する。

移動の高速化と利便性

馬車で数日かかっていた都市間移動が数時間に短縮され、仕事や生活圏が広がった。たとえば、英北部のリヴァプールとマンチェスター間は距離にして約50キロあり、馬車だと 4~5時間以上かかるのが普通だった。だが、1830年9月15日に開業したリヴァプール・マンチェスター鉄道は、開業直後約2時間で走破可能で、のちに改良が進むと1時間前後まで短縮された。これによりリヴァプール港に陸揚げされた綿花を、紡績業で栄えたマンチェスターへ素早く運べるようになり、輸送コストが減少。産業全体の競争力を高めた。

通勤文化の形成

鉄道により都市近郊から都心部への定時通勤が可能となった結果、郊外住宅地の発展が進んだ。19世紀後半、特に20世紀初頭にメトロポリタン鉄道がロンドン北西部に延伸すると、それまで田園地帯だったバッキンガムシャー、ハートフォードシャー、そしてミドルセックスといった地域に、庭付き一戸建てが並ぶ住宅地が急速に広がった。これらはのちに「メトロ・ランド」と呼ばれ、典型的な通勤者用郊外住宅地となった。ロンドン近郊はほかにも、都心に30分ほどで通えることから、19世紀半ば以降に住宅地として人気が高まったロンドン南部のクロイドンや、ロンドン中心部へのアクセスが改善し、農村から郊外住宅地へと姿を変えたウィンブルドンなどがある。

メトロポリタン鉄道が運行する郊外住宅地、メトロ・ランドを紹介する当時の冊子メトロポリタン鉄道が運行する郊外住宅地、メトロ・ランドを紹介する当時の冊子

観光の普及

週末旅行や海水浴など、庶民に手が届くレジャーが一般化し、観光地やリゾート地の発展を後押しした。鉄道が生んだ観光地として代表的なのは、ロンドンから短時間で行ける海辺の町ブライトン。19世紀中ごろに鉄道が開通すると、日帰りや週末の海水浴が庶民に広がり、「ロンドンの海」として人気が高まった。英北部では、やはり海辺にあるブラックプールへ、産業都市のマンチェスターやリヴァプールから労働者階級が押し寄せ、娯楽施設や桟橋、タワーなどが整備され大衆リゾート地に発展した。一方で、アクセスが容易になり、風光明媚な景観を求めて観光客が増加したのが湖水地方やスコットランドのハイランドで、狩猟を目的にする旅行者もいた。

ハロゲートへの旅にいざなう1930年代のブロシャーハロゲートへの旅にいざなう1930年代のブロシャー

食文化の変化

鮮魚や農産物が遠隔地から都市へ素早く輸送され、食卓の多様化と市場流通の拡大につながった。ロンドンの魚市場ビリングズゲートには、イングランドだけではなくスコットランドからも新鮮な魚が毎朝運ばれ、ロンドン市民は以前には考えられなかった鮮魚を入手できるようになった。19世紀には世界最大の規模を誇ったともいわれる。新鮮なタラが都市に安定的に供給されるようになり、労働者階級に親しまれたフィッシュ&チップスが19世紀半ばに定着。鉄道がなければ成立しえなかった「国民食」の代表例である。

また、ロンドンやマンチェスターといった都市には、鉄道で近郊農村から毎日牛乳が運ばれるようになり、都市生活者が紅茶に牛乳を入れる習慣を支えた。

意識と時間の共有

貴族から労働者まで、異なる階級の人々が同じ乗り物に乗ることは、それまでの歴史では考えられなかった。だが鉄道の普及により、一等・二等・三等と車両が分かれてはいたものの、同じ列車に乗ることで階級を越えた共通の移動体験が生まれた。また18世紀後半までは通常、それぞれの町で日時計によって時間を決定していた。つまり場所により時間が異なっていたのだ。その結果、オックスフォードの時間はグリニッジより5分、リーズより6分遅いというような事態を生んだ。そこで1840年11月にグレート・ウェスタン鉄道は、「鉄道時間」という全国標準時を導入。その後2~3年の間に、国内の全ての鉄道会社が鉄道時間を採用し、列車の運行ダイヤはロンドン時間に合わせられた。これはグリニッジの王立天文台で設定された時刻でもある。こうして社会全体が定時運行や時間厳守を重視する文化へ変わった。

全国紙の誕生と鉄道

鉄道の発展は、新聞流通のあり方を根本から変えた。それまで新聞は地方ごとに発行され、ロンドンの新聞がマンチェスターやリヴァプールに届くころには数日遅れの古いニュースになっていた。しかし、1830年代以降、主要鉄道会社は郵便列車(mail train)を運行。鉄道郵便の登場によって状況は一変する。

また、ロンドンで早朝に刷り上がった新聞は、その日のうちに北部や中部の都市へと届けられるようになり、「タイムズ」紙や「デーリー・テレグラフ」紙といった大手紙は、読者を全国規模へと拡大していった。こうして地方に暮らす人々も、ロンドンと同じタイミングで政治経済や国際ニュースを手にできるようになった。鉄道がもたらした新聞流通の迅速化は、地方紙の取材網の広域化をも促し、結果として国民全体が共通の話題を共有する素地をつくった。鉄道は人や物だけでなく情報の移動をも加速させ、「全国紙」という新しいメディア形態を成立させた。

1920年代、ロンドン郊外、南部に延びる鉄道の路線1920年代、ロンドン郊外、南部に延びる鉄道の路線

文学や美術における鉄道

チャールズ・ディケンズ

ディケンズは鉄道を「鉄の怪物」と呼び、小説「ドンビー父子」(Donbey and Son 1848年)では、鉄道旅行について「時間を切り刻むような慌ただしさ」と表現。そして、風景が「あっという間に過ぎ去ってしまう」不自然さを描いた。ディケンズは鉄道によって自然な時間の流れや生活のリズムが破壊されると考えていた。

ジョン・ラスキン

「近代画家論」(Modern Painters 1843〜60年)や「この最後の者に」(Unto This Last 1862 年)などで、批評家のラスキンは鉄道を自然破壊の象徴として非難した。「鉄道は美しい風景を傷つけ、人間と自然の調和を損なう」として、文明の進歩に疑問を投げかけた。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー

画家のターナーが1844年に描いた「雨、蒸気、速度 ― グレート・ウェスタン鉄道」は、鉄道初期の衝撃と驚きを象徴する作品。画面には蒸気機関車が雨の中を突き進む姿が描かれ、自然と近代技術のせめぎ合いが表現されている。ターナーは鉄道に必ずしも賛否を示したわけではなく、むしろ「人間の作り出した速度と自然との対峙」を壮大な風景画に昇華させた。

雨、蒸気、速度 ― グレート・ウェスタン鉄道ターナーが表現した蒸気機関車の姿

アガサ・クリスティー

小説家クリスティーが「オリエント急行の殺人」(Murder on the Orient Express 1934年)を描いた当時は、鉄道は文化に完全に根付いた段階だった。オリエント急行のような豪華列車は鉄道旅行の象徴として国際的に知られ、当時の中産階級や上流階級の憧れを集めていた。クリスティーが題材に選んだのは、すでに列車が社会的ステータスや冒険の舞台として定着していたことを示している。

現代に息づく鉄道と未来への展望

日常インフラとしての鉄道

19世紀に誕生した鉄道は、いまや英国社会に不可欠な日常インフラとなっている。ロンドン地下鉄をはじめとする都市鉄道、国内を網羅するナショナル・レール、さらに地域鉄道は、通勤や通学、観光に欠かせない存在だ。しかし、運賃の高騰やたび重なる遅延、ストライキ、老朽化した設備など、利用者の不満も少なくない。

19世紀の英国鉄道は世界に先駆けた技術と運営のモデルであり、その影響は海外にも広がった。かつて日本の鉄道は英国の技術を手本に発展したが、現代では逆に、海外で培われた先進的な技術や運行ノウハウが、英国の鉄道の一部にも取り入れられるようになっている。ロンドン五輪に合わせて導入された高速列車「ジャベリン」や、2019年に東海岸本線で運行を開始したロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)の「アズマ」には、新幹線の技術を応用した高速運行技術や車両設計の一部が取り入れられ、安定した走行と快適性に寄与している。また、ロンドン地下鉄の新型車両においても、運行管理や信号システムの設計には海外の技術ノウハウが活用されている。

ロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)の「アズマ」ロンドンとスコットランド間を高速で結ぶ「アズマ」

都市交通を刷新したエリザベス線

2022年に開業したエリザベス線は、現代ロンドンの都市交通における画期的な出来事だった。既存の地下鉄やナショナル・レールをつなぎ、ロンドン東西を1本の大動脈で結んだこの新路線は、郊外から都心までの移動時間を大幅に短縮し、通勤・通学の利便性を飛躍的に高めた。単なる新線の開業にとどまらず、都市の回遊性や経済活動を活性化させるインフラとして、鉄道の可能性を改めて示す存在となっている。

大陸と直結するユーロスターとHS1

さらに視野を広げれば、ユーロスターの存在も忘れられない。1994年に英仏海峡トンネルが開通し、ロンドンとパリ、ブリュッセルを結ぶ国際列車としてユーロスターが走り始めたことで、英国は初めて大陸と高速鉄道で直結した。2007年には高速新線HS1が完成し、ロンドン中心部のセント・パンクラス駅からヨーロッパ各都市へのアクセスが劇的に改善された。ユーロスターは航空機に代わる移動手段であると同時に、英国と大陸との文化的・経済的なつながりを可視化する象徴的な存在となった。

課題を抱えるHS2

未来を見すえれば、最大の注目は高速鉄道プロジェクトHS2だろう。賛否を呼びつつも、完成すればロンドンと中部・北部との移動時間を大幅に短縮し、ロンドンからバーミンガムを1時間20分から52分に、マンチェスターまでは2時間強が1時間に短縮される。南北の地域格差の是正にも寄与すると期待されている。また、鉄道は自動車や航空に比べて二酸化炭素排出量が少ないため、環境負荷の低減にも大きな可能性を秘めているともいえる。しかしながら、ロンドンとバーミンガムの間で最初の列車を運行するという2033年開業目標については、25年6月にHS2社の新最高経営責任者マーク・ワイルド氏がコスト的にもスケジュール的にも「不可能」と告げている。

バーミンガム中心部で工事が進むHS2バーミンガム中心部で工事が進むHS2

欧州39カ国を結ぶ壮大な構想

こうした国内外の鉄道プロジェクトの延長線上に、さらに壮大な構想も浮上している。25年4月には「メトロ」紙や「インディペンデント」紙が、英国を含む欧州39カ国を高速鉄道網で結ぶ計画を報じた。ピカデリー線やノーザン線のように五つの路線を想定し、たとえばヘルシンキからベルリンまでをわずか5時間強で結ぶ新型高速列車が構想されている。欧州内の短距離航空便の80パーセント削減を掲げ、再生可能エネルギーを動力とし、新設される欧州鉄道庁(ERA)が監督するという画期的なビジョンだ。ただし現時点では提案段階にとどまっている。

それでも鉄道は、環境負荷の低減、都市や地域の結びつき、そして人々の生活を豊かにする力を持つインフラとして、今なお進化を続けている。誕生から200年を経た今、鉄道は「都市をつなぐ線」から「大陸をつなぐ網」へと変貌しつつあり、未来の社会に向けて走り続けている。


英国鉄道200年の旅へ

英国の鉄道は1825年に世界初の蒸気機関車が走って以来、200年もの歴史を刻んできた。今、全国各地ではこの節目を祝う特別イベントが開催され、博物館の特別展示や蒸気機関車ツアーなど、鉄道の魅力を体験できる機会が広がっている。歴史ある駅舎をめぐり、煙を上げて走る列車の旅に出かけよう。

MUSEUMHopetown Darlington ダーリントン鉄道博物館

ダーリントン鉄道博物館

1825年、世界で初めて蒸気機関車による営業運転を開始したストックトン&ダーリントン鉄道。その歴史を伝える博物館が英北東部ダーリントンの旧駅舎を利用したHopetown Darlingtonだ。館内では、当時の駅舎や資料、蒸気機関車ロコモーション号のレプリカを見ることができる。9月は鉄道誕生200周年を祝う特別イベントが開催されるので、詳細は公式サイトを参照。27日には、ロコモーション号のレプリカが当時のルートを走行する特別運転も行われる。また、フライング・スコッツマン号、トルネード号などの人気蒸気機関車も集結する。

Hopetown Darlington
2025年9月26日(金)~28日(日) 
McNay Street, Darlington, DL3 6SW
£12
North Road駅
Tel: 01325 720 010
www.hopetowndarlington.co.uk

MUSEUMNational Railway Museum 国立鉄道博物館

国立鉄道博物館

これまで現役で使われていた機関車や、古い車両が廃車・解体され始めた1960年代に、それを保存する目的でオープン。今年で50周年を迎える博物館。鉄道博物館の規模としては世界最大級で、常設展示には王室専用客車などがあり、毎年75万人もの来場者がある。JR西日本から2001年に寄贈された0系新幹線も展示されている。9月27~28日は50周年の記念イベントも行われるので、詳細は公式サイトを参照。

0系新幹線0系新幹線の車内も見学できる!

National Railway Museum
Leeman Road, York YO26 4XJ
無料
York駅
Tel: 033 0058 0058
www.railwaymuseum.org.uk

MUSEUMThe Swanwick Junction Museum Complex スワンウィック・ジャンクション・ミュージアム・コンプレックス

The Swanwick Junction Museum Complex

英中部ダービシャーのバタリーにある施設。鉄道博物館だけではなく、鉄道愛好家や家族連れに人気のある観光地で、蒸気機関車やディーゼル機関車の運行、鉄道博物館、乗車もできるバタリー・パーク・ミニチュア鉄道、ヴィクトリア時代の駅舎など、多彩な展示と体験が楽しめる。開館時期は毎年2月中旬から11月中旬まで。土・日のみのオープンなので注意が必要だ

Midland Railway (Butterley)
Butterley Station, Ripley DE5 3QZ
£15
AlfretonまたはDerby Midland駅
Tel: 01773 743 986
www.midlandrailway-butterley.co.uk

MUSEUMThe Carriage Works Museum カーリッジ・ワークス・ミュージアム

The Carriage Works Museum

英中部ウェスト・ヨークシャーのキースリーに位置する鉄道博物館。ヴィンテージ・カーリッジズ・トラスト(Vintage Carriages Trust)によって運営されている。鉄道車両の保存と歴史的価値の普及に尽力しており、特に19世紀後半から20世紀中ごろにかけての木製客車の貴重なコレクションを展示。ヴィクトリア朝時代の豪華な一等車両から、20世紀中ごろの実用的なデザインまで、鉄道旅行の変遷を体感できる。また、「若草の祈り」や「ツバメ号とアマゾン号」など、英国の映画やドラマに登場した実際の車両を間近で見ることもできる。

The Carriage Works Museum実際に撮影が行われた座席に座ることができる

The Vintage Carriages Trust Carriage Works Museum
Ingrow Railway Centre, South Street
Keighley, West Yorkshire BD21 5AX
£5
Keighley Railway駅
Tel: 01535 680 425
www.vintagecarriagestrust.org

TOURSevern Valley Railway セヴァーン・ヴァレー鉄道

英中部ウスターシャーとシュロップシャーをまたぐ約26キロの保存鉄道。蒸気機関車やディーゼル機関車による運行が特徴で、セヴァーン川沿いの自然や田園風景を車窓から楽しめる。迫力ある蒸気機関車の走行体験に加え、沿線の駅舎や施設は歴史的建造物として保存され、鉄道史を肌で感じられるのも魅力だ。特に秋の紅葉シーズンは人気が高い。チケットは11月2日まで有効のFreedom of the Lineが£29.50で、キディミンスター、ビュードリー、ブリッジノース、ハイリーの各駅を自由に乗り降り可能。デイ・ローバー・チケット(Day Rover Tickets)は£14の1日乗車券で、各駅を自由に利用できる。詳細や予約はサイトを参照。

https://svr.co.uk

TOURNorth Yorkshire Moors Railway ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道

英最大の保存鉄道、ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道(NYMR)。英北部ノース・ヨークシャーに位置する保存鉄道で、ピッカリング(Pickering)からウィットビー(Whitby)までを結ぶ全長約39キロのルートを走行。映画「ハリー・ポッター」シリーズのロケ地としても名高く、観光客に人気のあるツアーだ。1日乗車券デイ・ローバー・チケットで、各駅を自由に乗降できる。これにより、沿線の美しい風景や歴史的な駅舎を楽しむことができる。

www.nymr.co.uk

 

OPEN HOUSE FESTIVAL 2025 オープン・ハウス・フェスティバル

扉を開き、街を祝うOPEN HOUSE FESTIVAL 2025年9月13日(土)~21日(日)

毎年恒例の「オープン・ハウス・フェスティバル」が、今年も8日間にわたり開催される。歴史的建物やデザイン建築の扉が開かれ、普段は立ち入れない空間を自由にめぐることができる貴重なイベントだ。建築ツアーも行われ、街歩きをしながら建物や暮らしの息づかいを感じられる特別な体験が待っている。今回はその中から、歴史と現代が交錯するシティ・オブ・ロンドンに焦点を当て、教会や市場、モダンなオフィスまで、多彩な空間を紹介していこう。
(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.openhouse.org.ukwww.thecityofldn.com

オープン・ハウスって?

オープン・ハウス事務局は、「ロンドンという街の魅力を市民にもっと知ってほしい」という志の下、1992年にスタートしたチャリティー団体だ。公式サイトでは、今年公開されている建築作品の基本情報を確認できるほか、あらかじめ予約が必要な建物なども、同サイトから予約できる。
www.openhouse.org.uk

シティ・オブ・ロンドンとは

ロンドンの中心に広がる特別区で、その面積はわずか約2.9平方キロ・メートル。にもかかわらず、この小さな街区はロンドンの起源そのものであり、現在に至るまで都市の発展を支えてきた。紀元1世紀にローマ人が築いた「ロンディニウム」がこの地の始まりで、中世には商人や職人のギルドが集まり、欧州随一の商業都市として栄えた。今日では世界有数の金融街として知られ、銀行や証券会社の本社が立ち並ぶ一方、セント・ポール大聖堂やギルドホールといった歴史的建築も数多く残されている。さらに近年は「チーズグレーター」や「ガーキン」といった愛称で親しまれる個性的な高層ビル群が加わり、過去と現代の建築が文字通り肩を並べる、独特の景観を形作っている。

City Of London

シティ・オブ・ロンドンで見られる 12のお勧め建築

オープン・ハウス・フェスティバルでは、歴史と現代が交錯するシティを舞台に、普段は入ることのできない空間を訪ね歩くことができる。街を歩けば、重厚な石造りのホールから最先端のガラス建築まで、時代を超えて息づくロンドンの姿に出会えるだろう。その代表的な場所を紹介しよう。

01Leadenhall Market レドンホール・マーケット

住所:Gracechurch Street, EC3V 1LT
最寄駅:Monument / Bank / Aldgate

ローマ時代から商業の拠点であった、象徴的なヴィクトリア朝時代の屋根付きマーケット。現在の華麗なガラス屋根の建物は1881年に建設された。設計は、ビリングスゲート魚市場やスミスフィールドの食肉市場も設計したホレス・ジョーンズ。今日では、40以上の有名ブランドや飲食店が軒を連ねるが、かつてはスミスフィールドと肩を並べる食肉・鶏肉市場として栄えた。2012年のロンドン五輪では、マラソン競技のコースの一部に組み込まれ、選手たちはマーケットの中を駆け抜けた。

レドンホール・マーケット

02Temple Church テンプル教会

住所:Temple, EC4Y 7BB
最寄駅:Temple / Blackfriars

12世紀にエルサレムへの巡礼者を守るために設立されたテンプル騎士団によって建立された、ロマネスク様式の教会。円形部分と内陣の二つの部分はエルサレムの聖墳墓教会を模しており、中世建築の貴重な遺構となっている。後にセント・ポール大聖堂をはじめとした数々の建築で知られるクリストファー・レンが修復を手がけ、ゴシックとルネサンス様式が融合した独特の姿に。法曹界の象徴ともされている。

テンプル教会

03Middle Temple Hall ミドル・テンプル・ホール

住所:Middle Temple Lane, EC4Y 9AT
最寄駅:Temple

1562年に着工し74年に完成した法曹院のホール。堂々としたダブルハンマービーム屋根、開放的な炉床、エリザベス1世が寄贈したと伝わるハイテーブルなどが特徴。78年には女王自身が訪れ、1602年にはシェイクスピアの「十二夜」が初演された歴史を持つ。現在も法曹院の象徴的建物として、ホールや図書館が一般公開されている。

04St Mary-le-Bow セント・メアリー・ル・ボウ教会

住所:Cheapside, EC2V 6AU
最寄駅:St Paul’s/Bank

1080年が起源の教会だが、1666年に起きたロンドンの大火によって焼け落ち、クリストファー・レンに再建された。鐘楼のボウ・ベルはかつて1日の終わりを告げる唯一の「門限の鐘」として、ロンドン市民になじみ深いものだったが、空襲で鐘が落下し、第2次世界大戦後に建築家のローレンス・キングによって再建された。伝承では、この鐘の音を聞こえる範囲で育った者こそ真のロンドンっ子「コックニー」と呼ばれるのだという。

セント・メアリー・ル・ボウ教会

05Founders' Hall ファウンダーズ・ホール

住所:1 Cloth Fair, EC1A 7JQ
最寄駅:Farringdon / Barbican / St. Paul's / Moorgate

1365年に創設された真鍮や合金職人のギルド、ファウンダーズ・カンパニーの建物。ホールはアーツ・アンド・クラフツ、ポストモダン様式が独自に融合した建築だ。外観は特徴的な切妻の出窓、テラコッタ・パネル、金属製の格子が特徴で、内部は儀式用の階段、華麗な客間、そして印象的な円窓から光が差し込むリバリー・ホールを備えている。

06Dr Johnson’s House ドクター・ジョンソン邸

住所:17 Gough Square, EC4A 3DE
最寄駅:Chancery Lane / Blackfriars

18世紀初期に広場の名前の由来となった毛織物商リチャード・ゴフによって建てられた、5階建てのクイーン・アン様式のタウンハウス。この家の最も有名な借家人は、サミュエル・ジョンソン(1709~84年)だろう。辞書編纂者で警句家のジョンソンは約11年間(1748~59年ごろ)この家に住み1755年に「英語辞典」を編纂した。建物は第2次世界大戦の空襲にも焼け残り、オリジナルの羽目板や階段を見ることができ、ジョンソンの残した工芸品も展示されている。中庭にはジョンソンの愛した飼い猫ホッジの銅像がある。フェスティバル期間中は18世紀衣装での体験イベントも開催。

ドクター・ジョンソン邸

07Marx Memorial Library & Workers' School マルクス記念図書館&労働者のための学校

住所:37A Clerkenwell Green, EC1R 0DU
最寄駅:Farringdon

1738年にウェールズ慈善学校として建設された、グレードII指定の建造物。1933年以来、マルクス主義と社会主義に焦点を当てた図書館として利用されている。後に社会主義国家を建設した革命家レーニンは、亡命中の1902年から1年間ここで勤務し、ロシア社会民主労働党の機関紙「イスクラ」を編集した。その執務室は今も保存されている。1階には同時代の英画家ジャック・ヘイスティングスによるフレスコ画が残るほか、15世紀後半に作られたトンネルもある。史跡を巡るツアーも随時実施。

マルクス記念図書館&労働者のための学校

08Smithfield Market スミスフィールド・マーケット

住所:Grand Avenue, EC1A 9PS
最寄駅:Farringdon / Barbican

スミスフィールド・マーケットはヴィクトリア朝様式の建物が2棟、1960年代に建てられた建物が1棟の計3棟の建物で構成されており、いずれもグレードII指定建造物だ。このマーケットはロンドン市に残る唯一の卸売食肉市場で、月~金曜日に営業している。建物の東側には見学ルートが設けられ、両端にスタッフが常駐。見学ルート沿いには家族経営の各店舗に関する情報や市場文化を伝える展示があり、自由に楽しめる。このマーケットは2028年にはビリングスゲート魚市場とともにロンドン北東部の郊外ダゲナムへの移転が決まっているので、今のうちに見学しておきたいもの。

スミスフィールド・マーケット

09Barts Pathology Museum バーツ病理学博物館

住所:3rd Floor Robin Brook Centre, St Bartholomew's Hospital, EC1A 7BE
最寄駅:Barbican / St. Paul's

セント・バーソロミュー病院の敷地内にあり、クイーンズ・メアリー大学医学部と歯学部の一部である、グレードII指定建造物の医学博物館。医学生が使用する解剖標本を収蔵するために1879年に建設され、現在でも使用されている。そのため、通常一般公開されることはほとんどない。コレクションには首相スペンサー・パーシヴァルを暗殺し1812年に絞首刑となったジョン・ベリンガムの頭蓋骨をはじめ、珍しい疾患の標本など約5000点の医学標本が収蔵されている。

10Museum of Transology トランソロジー博物館

住所:Bishopsgate Institute, 230 Bishopsgate, EC2M 4QH
最寄駅:Liverpool Street

トランスジェンダー、インターセックス、ノンバイナリーの人々から寄贈された品々を収蔵するユニークな博物館。収蔵品の多くは、トランスジェンダーの日常生活や活動にまつわるもの。こうした収蔵品から、「空間」「プライバシー」「身体性」といったテーマを問い直し、社会的な視点での建築・都市文化を考える場を提供する。建築デザイナー兼展示デザイナーであるスカー・バークレー氏が関連ワークショップも開催。

11The Leadenhall Building(The Cheesegrater) チーズグレーター

住所:122 Leadenhall Street, EC3V 4AB
最寄駅:Bank / Monument / Liverpool Street

2014年竣工、ロジャース・スターク・ハーバー+パートナーズ設計の超高層オフィスビル。断面がチーズおろし器に似ていることから「チーズグレーター」の愛称で呼ばれる。スリムに後退する外形はシティのスカイラインに調和しつつも存在感を放つ。

チーズグレーター

1230 St Mary Axe(The Gherkin) ガーキン

住所:30 St Mary Axe, EC3A 8EP
最寄駅:Aldgate / Liverpool Street

2004年に完成したノーマン・フォスター設計の高層オフィスビル。ねじれながら上昇するような独特のフォルムは「ガーキン」(きゅうり)の愛称で親しまれる。環境性能にも配慮され、自然換気システムを取り入れた革新的なデザインで、シティの新しいランドマークとなった。

ガーキン

ガーキン

ウォーキング・ツアーWALKING TOUR

Roman London walk
古代ローマ人の暮らしをひもとく

ローマンウォール

古代ローマ人がロンディニウム(ロンドン)の街を建設した理由や、当時の交易の模様などを、現在では美しい庭園となっているローマ浴場跡、第2次世界大戦中の爆撃で発見されたミトラス神殿などを見学しながら学ぶガイド・ツアー。1800年前、街を守っていたローマ時代の城壁の原型を眺め、ローマ人がいかに暮らし、働き、遊んだか、その魅力的な歴史に触れることができる。

2025年9月13日(土)、14日(日) 14:30~15:30 要予約

Empire City walking tour
大英帝国の始まりを探る

大英帝国を理解するには、まずはシティ・オブ・ロンドンを散策するのが良いだろう。テムズ川沿いに集合し、そこから銀行や保険会社など、大英帝国を築いた企業が集まっていた場所をたどり、建築を手がかりにその始まりを探るツアー。記念碑や案内板はなくとも、「スクエア・マイル」(シティの別名)そのものが雄弁に語りかけてくれる。

2025年9月13日(土)、15日(月) 10:30~12:00 要予約

Internet infrastructure of London walking tour
インターネット・インフラをたどる

現代の都市生活に欠かせないインターネット。そのインフラを都市空間の中に探しながら歩くツアー。研究者でありアーティストでもあるガイドとともに、交通や通信のために設計された建築が、いかにして現在はインターネット接続を支えているのかを学ぶ。マンホールの下、街灯の上、何気ない建物の裏側など、普段は目に見えないネットワークの痕跡を読み解きながら街を歩く。

2025年9月14日(日)、21日(日) 10:30~12:30 要予約

Word of mouth: London’s churches, pubs and press walking tour
口コミが生んだ街: 教会・酒場・出版

説教、うわさ話、そして印刷物。ロンドンの精神を形作ったのはそうした「言葉の力」だった。かつて新聞社の集まっていたフリート・ストリートからストランドを歩く約2時間の散策では、街を動かした独自のコミュニケーションの三角地帯、教会・パブ・印刷所を訪ね歩く。人々が祈り、議論し、酒を酌み交わし、物語を共有した場所は、当時の「ソーシャル・ネットワーク」でもあった。

2025年9月19日(金) 10:30~12:30 要予約

 

初めての女子ラグビーW杯ガイド - 2025年英国大会の見どころ

2025年8月22日~9月27日初めての女子ラグビーW杯ガイド―― 知って観る、英国大会の見どころ

2025年の夏、女子スポーツの勢いが一段と加速している。サッカー女子ワールドカップではイングランドが初優勝を飾り、9月にはインドでクリケット女子ワールドカップが開催予定。各競技で歴史的な瞬間が生まれようとしているなか、もう一つ注目を集めそうなのが、8月22日から始まる女子ラグビー・ワールドカップだ。開催地はラグビー発祥の地、イングランド。記念すべき第10回大会には、日本代表「サクラフィフティーン」も3大会連続の出場を果たす。強豪国が集うこの舞台で、日本チームがどこまで食い込めるのか。在英の日本人にとっても、現地で観戦できる貴重な機会となるだろう。今回は、大会スケジュールや会場情報、基本ルール、女子ラグビーの歴史なども紹介。初めてでも観て楽しめる、女子ラグビーの奥深い世界へご案内する。 (文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.rugbyworldcup.com/2025

女子ラグビー・ワールドカップ

2025年女子ラグビー・ワールドカップ
出場チーム(プール別)

2025年は初の16チーム参戦*となり、合計32試合というこれまでにない規模で女子ラグビー・ワールドカップが開催される。6週末にわたり、英国内8都市を舞台に熱戦が繰り広げられ、8月22日の開幕戦から9月27日のロンドン郊外トゥイッケナムでの決勝まで目が離せない。出場チームは下記の通り。

* 前回ニュージーランドで開催された2021年大会では、参加チーム数は12で全26試合

プールAプールBプールCプールD
イングランド カナダ ニュージーランド フランス
オーストラリア スコットランド アイルランド イタリア
米国 ウェールズ 日本 南アフリカ
サモア フィジー スペイン ブラジル

女子ラグビー・ワールドカップ

会場で楽しむ? テレビで観る?女子ラグビーW杯観戦ガイド

ラグビー発祥の地イングランドで開催される女子ラグビー・ワールドカップ。会場に足を運んでの熱い応援はもちろん、自宅でゆったり観戦するのも楽しみ方の一つだ。ここでは、試合スケジュールや主な会場、チケット情報、ファンゾーンなど、観戦に役立つ基本情報をまとめた。

日英の1次リーグ試合日程

  • 出場チームがA~Dの4組(プール)に分かれて1次リーグを戦う。日本代表はC組。各組で総当たり戦を行い、それぞれの上位2チームが準々決勝へと進出する。
  • 英国ではW杯開催期間中の全ての32試合がBBCでライブ中継される。BBC iPlayer、BBC Sportウェブ・アプリでも観戦可能。
    https://www.bbc.co.uk/sport/rugby-union

※試合スケジュールは英国時間で表示

イングランド(Pool A)
8/22(金) 19:30 vs アメリカ
8/30(土) 17:00 vs サモア
9/6(土) 17:00 vs オーストラリア
ウェールズ(Pool B)
8/23(土) 14:45 vs スコットランド
8/30(土) 12:00 vs カナダ
9/6(土) 14:45 vs フィジー
スコットランド(Pool B)
8/23(土) 14:45 vs ウェールズ
8/30(土) 14:45 vs フィジー
9/6(土) 12:00 vs カナダ
日本(Pool C)
8/24(日) 12:00 vs アイルランド
8/31(日) 14:00 vs ニュージーランド
9/7(日) 12:00 vs スペイン
アイルランド(Pool C)
8/24(日) 12:00 vs 日本
8/31(日) 12:00 vs スペイン
9/7(日) 14:45 vs ニュージーランド
準々決勝
9/13(土) 13:00 プールC勝者 vs プールD 2位
9/13(土) 16:00 プールB勝者 vs プールA 2位
9/14(日) 13:00 プールD勝者 vs プールC 2位
9/14(日) 16:00 プールA勝者 vs プールB 2位
準決勝
9/19(金) 19:00 準々決勝1勝者 vs 準々決勝2勝者
9/20(土) 15:30 準々決勝3勝者 vs 準々決勝4勝者
3位決定戦
9/27(土) 12:30 準決勝1敗者 vs 準決勝2敗者
決勝
9/27(土) 16:00 準決勝1勝者 vs 準決勝2勝者

女子ラグビー・ワールドカップ

チケットの買い方

申込方式と販売スケジュール

2024年11月5日~19日に1次抽選によるチケット申込期間があり、約13万枚が事前販売された。その後、2025年2月25日より一般販売が開始され、現在も英国国内外で幅広く販売が行われている。

価格とカテゴリーの目安

1次リーグ試合は大人£10~25、イングランド戦は£10~35程度。子ども料金は各試合£5。
決勝トーナメントは、準々決勝が£15~45、準決勝£55、決勝£95~。子ども料金は£5~20。

購入方法(英国国内外共通)

公式サイト https://tickets.rugbyworldcup.com から。チケット受領は、アカウント上からeチケット(QRコード)としてダウンロード可能。

日本代表の試合会場

ノーサンプトン会場

cinch Stadium at Franklin's Gardens
Weedon Road, Northampton NN5 5BG
www.franklinsgardens.co.uk

ロンドン中心部からNorthampton駅まで電車で約1時間、会場は駅から徒歩15分ほど。シャトルバスも出ている。

エクセター会場

Sandy Park
Sandy Park Way, Exeter EX2 7NN
www.sandypark.co.uk

ロンドン中心部からDigby&Sowton駅まで電車で約2時間30分~3時間、同駅から会場まで徒歩約15分。もしくは、Exeter St Davids駅まで直通2時間10分、同駅からシャトルバス。

ヨーク会場

York Community Stadium
Kathryn Avenue, Monks Cross, York YO32 9AF
www.better.org.uk/destinations/york-stadium-leisure-complex/stadium

ロンドン中心部からYork駅まで電車で約約2時間30分、同駅からシャトルバスで会場まで約25分。

女子ラグビー・ワールドカップ

英国人と一緒に巨大スクリーンで観戦したい

ファンゾーンでの鑑賞方法

今大会は英各地の計8カ所で試合が実施される。これに伴い、各試合会場の近くには「ファンゾーン」と呼ばれる区域が設置。基本的に入場無料となるこの区域では、大勢の人々と一緒に大スクリーンでW杯の試合を鑑賞することができる。ここではロンドン市内に設置される公式ファンゾーンを紹介する。

Battersea Power Station
バタシー・パワー・ステーション

9月13日(土)から27日(土)にかけてファンゾーンを設置。準々決勝、準決勝、3位決定戦、決勝戦をライブ中継する。期間中の試合日以外も、ラグビー・ピッチが設置され、コミュニティー・コーチによる体験セッションが開催。家族向けのイベントなどもある。また、地元のカフェやレストラン、バーが発電所の向かいに出店し、特別なフード・エリアも出現する。

44 Electric Boulevard, Battersea Power Station,
London SW11 8BJ
Battersea Power Station駅
https://batterseapowerstation.co.uk

ルールを知ればもっと楽しい女子ラグビー入門

女子ラグビーは基本的に男子と同じルールで行われる。重さ約400グラムの楕円形のボールを奪い合い、トライやゴールで得点を競う。ルールを押さえておけば、試合の流れや選手の動きがぐっと見やすくなり、会場でもテレビでも観戦の面白さが一段と増すはずだ。

ラグビーの基本ルール❶
ボールを前に投げたり落としたりしてはいけない

  • ボールを手で味方にパスする際に前方に投げたら反則 (スローフォワード)
  • ボールを受け取ろうとするもうまく受け取れず、ボールを身体の前に落としてしまった場合は反則(ノックオン)
  • ボールを保持している間に相手からタックルを受け、その勢いでボールを身体の前に落とした場合は反則(ノックオン)

ラグビーの基本ルール❷
トライするか、ボールが相手のゴールポストを通過すれば得点

  • 相手ゴールの後方に設けられたエリア(インゴール)にボールを置く(トライ)ことができたら5点
  • トライを決めた後に、相手のゴールに向けてキックをする機会与えられる(ゴールキック)。このゴールキックがゴールポストの間を通過したら2点(コンバージョンゴール)
  • 相手チームの反則によって与えられたペナルティーキックがゴールポストの間を通過したら3点(ペナルティーゴール)
  • 通常のプレー中に、ボールをいったん地面に落とした上で蹴ったボールがゴールポストの間を通過したら3点(ドロップゴール)

タックル

ラグビーの基本ルール❸
ボールを奪い合うために身体を密着させたり、ぶつけ合ったりするプレーがたくさんある

  • ボールを持った相手選手の動きを止めたり倒したりする(タックル)
  • ボールを持った選手を中心に両チームの選手1人以上が参加し組み合う(モール)
  • 地面上のボールを両チームの選手1人以上が参加し、組み合った状態でボールを奪い合う(ラック)
  • 両チームの選手各8名が組み合った状態になり、押合いながらその中央に投じられたボールを足で後方に運び、最後方にいる選手へと渡す(スクラム)。軽度の反則などで1度中断されたプレーを再開する方法として用いられる
  • 選手がタッチラインの外側から投入したボールを奪い合う。その際に味方の選手を担いだりする(ラインアウト)
試合は1チーム15人、前後半40分ずつのハーフ制で行われる。ラグビーにはその他にもたくさんのルールがあるが、以上の3点さえ覚えておけば、試合観戦を楽しむことができるはずだ。

ラインアウト

15人制と7人制の違い

人数だけでなく、試合時間も異なる。7人制は前後半7分(計14分)で、試合展開が速い。少人数のためスペースが広く、スピードと持久力が重要。連戦形式のトーナメントが主流で、オリンピック種目にも採用された。一方、15人制は前後半40分(計80分)。スクラムやラインアウトなどセットプレーが多い。戦術はフィジカル重視、陣地の奪い合いが中心で、より伝統的なラグビーが楽しめる。W杯はこちら。7人制・15人制ともにフィールドは100X70メートル。

注目の日本選手は?

古田真菜
センターで絶対的な存在感を発揮する選手。2016年に代表デビュー以後、豊富な国際経験を積んでいる。22年にはオーストラリア・ブランビーズで活躍し、チーム内で信頼される存在だった。

加藤幸子
プロップとして前線で安定したパフォーマンスを見せるフィジカルの要。17歳で代表デビューを果たし、イングランドのエクセター・チーフスでも実戦経験を積んだ。国際舞台での存在感が今後も鍵になる。

長田いろは(キャプテン)
前線を支えるバックロー(フランカー)のポジションで活躍し、国際経験も豊富。南アフリカで行われたWXV2トーナメント(国際女子ラグビー大会)で初めてサクラフィフティーンのキャプテンを務めた。

日本代表今回出場するサクラフィフティーンのメンバー

女子ラグビーの歩みをたどる

男子ラグビーが19世紀から世界に広がった一方、女子ラグビーの歩みは決して平坦なものではなかった。女性が激しいタックルやぶつかり合いを含む、いわゆるコンタクト・スポーツに挑戦することへの社会的偏見や、それに伴う資金不足など、多くの壁を乗り越えてようやく今日の地位を築いている。ここでは簡単にその歴史を振り返ろう。

日本代表1917年のカーディフ女子チーム

転機は1970年代

女子ラグビーの初期の記録は19世紀末にさかのぼる。1880年代の英国やニュージーランドでは女性がすでにラグビーをプレーしていたとの記録があるが、当時は非公式であり、競技としての認知は低かった。20世紀前半は、世界的にも女性のスポーツ参加自体が制限されていたため、女子ラグビーはほとんど発展しなかった。

転機となったのは1970年代。英国やニュージーランド、カナダ、フランスなどで女子ラグビー・クラブが相次いで設立され、競技としての基盤が徐々に整い始めた。74年には英国女子ラグビー協会が設立され、組織的な普及活動が本格化した。70年代後半から80年代にかけては、国際試合も少しずつ増加。82年には英国とフランスの間で国際試合が行われた。

初めてのW杯

女子ラグビーの世界的な躍進を象徴するのが、1991年にウェールズで開催された初の女子ラグビー・ワールドカップ(当時は「女子ラグビー世界選手権」)。これは当初、正式な国際大会としての認知が薄くスポンサーもいないことから、選手たちは旅費を含め全て自費で参加するなど厳しい状況だった。しかし、この大会の成功が女子ラグビーの認知度向上に大きく寄与し、以降4年ごとに大会が開催されるようになった。ちなみに、日本女子代表「サクラフィフティーン」がW杯に初出場したのはこの第1回大会だ。以来、日本は着実に力をつけ、2017年の第8回大会ではベスト8入りを果たし、世界の強豪国との競争力を示した。

1994年には世界女子ラグビー協会(WRWC、現在のワールドラグビー女子部門)が設立され、女子ラグビーの国際統括が強化された。それでも運営費は20万ポンド(約4000万円)ほどに過ぎず、1人の男子選手の年俸より低かったといわれている。しかし、2009年にはラグビー・ユニオンの国際競技連盟ワールドラグビー(WR)が女子ラグビーを正式に管轄下に置き、男子と同じ組織のもとでの普及・発展が加速した。

近年は女子ラグビー人気が急速に高まり、W杯の観客数やテレビ視聴率も男子に迫る勢いとなっている。21年には東京オリンピックで7人制ラグビー女子が初めて正式種目となり、世界中で女性選手の活躍が注目された。こうした歴史を経て、2025年に英国で開催される第10回女子ラグビーW杯は、女子ラグビーの成長と挑戦の軌跡を示す重要な節目となる。日本代表をはじめとする、世界各国の選手たちの熱戦を期待したい。

 
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