蒸気機関車が走り始めて200年
英国の社会を映し出す鉄道
1825年9月27日、英国は世界で初めて蒸気機関車による鉄道営業を開始した。最初のストックトン&ダーリントン鉄道(Stockton and Darlington Railway=S&DR)は石炭輸送のために導入されたにすぎなかったが、やがて産業革命の象徴として英国社会を大きく変えていく。国内の都市化や産業発展を支える基盤として、英国の歴史と社会を映し出す存在となったのだ。200年を迎えた今、各地で記念イベントや博物館の特別展示、蒸気機関車ツアーも催される。本特集では、鉄道200年の軌跡をたどり、その歴史的、社会的意義を振り返る。
(文:英国ニュースダイジェスト編集部)
参考: www.networkrail.co.uk/stories/all-aboard-railway-200、www.networkrailmediacentre.co.ukほか
過酷な地形を駆け抜けるジャコバイト号
目次
蒸気が切り拓いた産業革命
18世紀後半、スコットランドの発明家ジェームズ・ワット(1736~1819)が蒸気機関を改良し、織物工場や鉱山の排水ポンプなどに導入したことで、産業革命は大きく加速した。それまで水車や人力に頼っていた生産現場に、安定した強力な動力源が供給されるようになり、工場は都市部でも稼働できるようになった。蒸気機関は「動力の革命」とも呼ばれ、製造業の効率化と産業の拡大を支える 心臓部となったのだ。
この蒸気機関を応用して生まれた蒸気機関車は、当初から完成されたものではなかった。19世紀初頭、コーンウォールの機械技術者リチャード・トレビシック(1771~1833)が蒸気機関車を試作したものの、実用には至らなかった。改良を重ねた末、1825年に土木・機械技術者のジョージ・スチーブンソン(1781~1848)が設計した「ロコモーション号」がS&DRで営業運転を開始し、世界初の鉄道営業が始まった。さらに29年には、スチーブンソン設計の「ロケット号」が速度と信頼性を兼ね備えた機関車の標準として広く普及。33年には、それまで混在していた馬がひく客車や貨物車による運行が廃止され、完全なる蒸気機関車による運行が実現。こうして鉄道時代の幕が開いたのである。
1825年9月27日、初めてダーリントンに向かって走るロコモーション号と、それを見る人々
「鉄道の父」 ジョージ・スチーブンソン

蒸気機関車の発明者と呼ばれることが多いジョージ・スチーブンソン(George Stephenson)だが、世界初の実動する蒸気機関車を発明したのはリチャード・トレビシックで、1802年のペナダレン号が最初。スチーブンソンは公共鉄道の実用化に道を開いた人物で、「鉄道の父」という呼称がふさわしい。1781年に英北部ノーサンバーランドで炭鉱機関夫の家庭に生まれ、若いころは炭鉱で縦坑の巻上げギアを制御する「制動手」として働くが、やがて技師に昇進。蒸気機関に精通するようになった。1814年に石炭輸送のための蒸気機関車を設計したが、これは輪縁付き車輪と線路の接触部分の摩擦によってのみ走行するもので、馬以上に活用できると称賛された。やがて21年のS&DR建設計画で蒸気機関車が必要となった際、スチーブンソンは息子のロバートらと共にロバート・スチーブンソン・アンド・カンパニーを立ち上げた。
記念すべきロコモーション号
現在は鉄道発祥の地ダーリントンにレプリカが保存されている
世界初の商用蒸気機関車。ストックトン&ダーリントン鉄道での実験運転では、90トンの石炭を積んだ列車を時速18キロで牽引し、馬に勝ることを証明した。開業初日には、機関車ロコモーション号を先頭に、石炭を積んだ貨車11両、客車「エクスペリメント」、さらに乗客や作業員を乗せた貨車20両が連結された。約300枚の切符が販売されたが、実際にはその倍近い人数が乗車したとも考えられている。ストックトンからダーリントンまでの約14キロを2時間かけて走破。ロコモーション号は1869年まで稼働し、現在は鉄道発祥の地ダーリントンに保存されている。また、町の歴史において重要な存在であり、ダーリントンの紋章やサッカー・チームのエンブレムにも描かれている。
鉄道がもたらした社会変化
蒸気を吐きながら走り抜ける鉄道は、産業革命の象徴であるだけでなく、人々の暮らしを一変させた。数日を要した馬車の旅が数時間に短縮されたとき、人々は何を感じただろうか。鉄道は都市と都市を結び、働く場所や住む場所の選択肢を広げただけでなく、週末の小旅行や郊外での余暇という新しいライフスタイルも生み出した。ここでは、鉄道の普及によって起きた日常の変化を紹介する。
移動の高速化と利便性
馬車で数日かかっていた都市間移動が数時間に短縮され、仕事や生活圏が広がった。たとえば、英北部のリヴァプールとマンチェスター間は距離にして約50キロあり、馬車だと 4~5時間以上かかるのが普通だった。だが、1830年9月15日に開業したリヴァプール・マンチェスター鉄道は、開業直後約2時間で走破可能で、のちに改良が進むと1時間前後まで短縮された。これによりリヴァプール港に陸揚げされた綿花を、紡績業で栄えたマンチェスターへ素早く運べるようになり、輸送コストが減少。産業全体の競争力を高めた。
通勤文化の形成
鉄道により都市近郊から都心部への定時通勤が可能となった結果、郊外住宅地の発展が進んだ。19世紀後半、特に20世紀初頭にメトロポリタン鉄道がロンドン北西部に延伸すると、それまで田園地帯だったバッキンガムシャー、ハートフォードシャー、そしてミドルセックスといった地域に、庭付き一戸建てが並ぶ住宅地が急速に広がった。これらはのちに「メトロ・ランド」と呼ばれ、典型的な通勤者用郊外住宅地となった。ロンドン近郊はほかにも、都心に30分ほどで通えることから、19世紀半ば以降に住宅地として人気が高まったロンドン南部のクロイドンや、ロンドン中心部へのアクセスが改善し、農村から郊外住宅地へと姿を変えたウィンブルドンなどがある。
メトロポリタン鉄道が運行する郊外住宅地、メトロ・ランドを紹介する当時の冊子
観光の普及
週末旅行や海水浴など、庶民に手が届くレジャーが一般化し、観光地やリゾート地の発展を後押しした。鉄道が生んだ観光地として代表的なのは、ロンドンから短時間で行ける海辺の町ブライトン。19世紀中ごろに鉄道が開通すると、日帰りや週末の海水浴が庶民に広がり、「ロンドンの海」として人気が高まった。英北部では、やはり海辺にあるブラックプールへ、産業都市のマンチェスターやリヴァプールから労働者階級が押し寄せ、娯楽施設や桟橋、タワーなどが整備され大衆リゾート地に発展した。一方で、アクセスが容易になり、風光明媚な景観を求めて観光客が増加したのが湖水地方やスコットランドのハイランドで、狩猟を目的にする旅行者もいた。
ハロゲートへの旅にいざなう1930年代のブロシャー
食文化の変化
鮮魚や農産物が遠隔地から都市へ素早く輸送され、食卓の多様化と市場流通の拡大につながった。ロンドンの魚市場ビリングズゲートには、イングランドだけではなくスコットランドからも新鮮な魚が毎朝運ばれ、ロンドン市民は以前には考えられなかった鮮魚を入手できるようになった。19世紀には世界最大の規模を誇ったともいわれる。新鮮なタラが都市に安定的に供給されるようになり、労働者階級に親しまれたフィッシュ&チップスが19世紀半ばに定着。鉄道がなければ成立しえなかった「国民食」の代表例である。
また、ロンドンやマンチェスターといった都市には、鉄道で近郊農村から毎日牛乳が運ばれるようになり、都市生活者が紅茶に牛乳を入れる習慣を支えた。
意識と時間の共有
貴族から労働者まで、異なる階級の人々が同じ乗り物に乗ることは、それまでの歴史では考えられなかった。だが鉄道の普及により、一等・二等・三等と車両が分かれてはいたものの、同じ列車に乗ることで階級を越えた共通の移動体験が生まれた。また18世紀後半までは通常、それぞれの町で日時計によって時間を決定していた。つまり場所により時間が異なっていたのだ。その結果、オックスフォードの時間はグリニッジより5分、リーズより6分遅いというような事態を生んだ。そこで1840年11月にグレート・ウェスタン鉄道は、「鉄道時間」という全国標準時を導入。その後2~3年の間に、国内の全ての鉄道会社が鉄道時間を採用し、列車の運行ダイヤはロンドン時間に合わせられた。これはグリニッジの王立天文台で設定された時刻でもある。こうして社会全体が定時運行や時間厳守を重視する文化へ変わった。
全国紙の誕生と鉄道
鉄道の発展は、新聞流通のあり方を根本から変えた。それまで新聞は地方ごとに発行され、ロンドンの新聞がマンチェスターやリヴァプールに届くころには数日遅れの古いニュースになっていた。しかし、1830年代以降、主要鉄道会社は郵便列車(mail train)を運行。鉄道郵便の登場によって状況は一変する。
また、ロンドンで早朝に刷り上がった新聞は、その日のうちに北部や中部の都市へと届けられるようになり、「タイムズ」紙や「デーリー・テレグラフ」紙といった大手紙は、読者を全国規模へと拡大していった。こうして地方に暮らす人々も、ロンドンと同じタイミングで政治経済や国際ニュースを手にできるようになった。鉄道がもたらした新聞流通の迅速化は、地方紙の取材網の広域化をも促し、結果として国民全体が共通の話題を共有する素地をつくった。鉄道は人や物だけでなく情報の移動をも加速させ、「全国紙」という新しいメディア形態を成立させた。
1920年代、ロンドン郊外、南部に延びる鉄道の路線
文学や美術における鉄道
チャールズ・ディケンズ
ディケンズは鉄道を「鉄の怪物」と呼び、小説「ドンビー父子」(Donbey and Son 1848年)では、鉄道旅行について「時間を切り刻むような慌ただしさ」と表現。そして、風景が「あっという間に過ぎ去ってしまう」不自然さを描いた。ディケンズは鉄道によって自然な時間の流れや生活のリズムが破壊されると考えていた。
ジョン・ラスキン
「近代画家論」(Modern Painters 1843〜60年)や「この最後の者に」(Unto This Last 1862 年)などで、批評家のラスキンは鉄道を自然破壊の象徴として非難した。「鉄道は美しい風景を傷つけ、人間と自然の調和を損なう」として、文明の進歩に疑問を投げかけた。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
画家のターナーが1844年に描いた「雨、蒸気、速度 ― グレート・ウェスタン鉄道」は、鉄道初期の衝撃と驚きを象徴する作品。画面には蒸気機関車が雨の中を突き進む姿が描かれ、自然と近代技術のせめぎ合いが表現されている。ターナーは鉄道に必ずしも賛否を示したわけではなく、むしろ「人間の作り出した速度と自然との対峙」を壮大な風景画に昇華させた。
ターナーが表現した蒸気機関車の姿
アガサ・クリスティー
小説家クリスティーが「オリエント急行の殺人」(Murder on the Orient Express 1934年)を描いた当時は、鉄道は文化に完全に根付いた段階だった。オリエント急行のような豪華列車は鉄道旅行の象徴として国際的に知られ、当時の中産階級や上流階級の憧れを集めていた。クリスティーが題材に選んだのは、すでに列車が社会的ステータスや冒険の舞台として定着していたことを示している。
現代に息づく鉄道と未来への展望
日常インフラとしての鉄道
19世紀に誕生した鉄道は、いまや英国社会に不可欠な日常インフラとなっている。ロンドン地下鉄をはじめとする都市鉄道、国内を網羅するナショナル・レール、さらに地域鉄道は、通勤や通学、観光に欠かせない存在だ。しかし、運賃の高騰やたび重なる遅延、ストライキ、老朽化した設備など、利用者の不満も少なくない。
19世紀の英国鉄道は世界に先駆けた技術と運営のモデルであり、その影響は海外にも広がった。かつて日本の鉄道は英国の技術を手本に発展したが、現代では逆に、海外で培われた先進的な技術や運行ノウハウが、英国の鉄道の一部にも取り入れられるようになっている。ロンドン五輪に合わせて導入された高速列車「ジャベリン」や、2019年に東海岸本線で運行を開始したロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)の「アズマ」には、新幹線の技術を応用した高速運行技術や車両設計の一部が取り入れられ、安定した走行と快適性に寄与している。また、ロンドン地下鉄の新型車両においても、運行管理や信号システムの設計には海外の技術ノウハウが活用されている。
ロンドンとスコットランド間を高速で結ぶ「アズマ」
都市交通を刷新したエリザベス線
2022年に開業したエリザベス線は、現代ロンドンの都市交通における画期的な出来事だった。既存の地下鉄やナショナル・レールをつなぎ、ロンドン東西を1本の大動脈で結んだこの新路線は、郊外から都心までの移動時間を大幅に短縮し、通勤・通学の利便性を飛躍的に高めた。単なる新線の開業にとどまらず、都市の回遊性や経済活動を活性化させるインフラとして、鉄道の可能性を改めて示す存在となっている。
大陸と直結するユーロスターとHS1
さらに視野を広げれば、ユーロスターの存在も忘れられない。1994年に英仏海峡トンネルが開通し、ロンドンとパリ、ブリュッセルを結ぶ国際列車としてユーロスターが走り始めたことで、英国は初めて大陸と高速鉄道で直結した。2007年には高速新線HS1が完成し、ロンドン中心部のセント・パンクラス駅からヨーロッパ各都市へのアクセスが劇的に改善された。ユーロスターは航空機に代わる移動手段であると同時に、英国と大陸との文化的・経済的なつながりを可視化する象徴的な存在となった。
課題を抱えるHS2
未来を見すえれば、最大の注目は高速鉄道プロジェクトHS2だろう。賛否を呼びつつも、完成すればロンドンと中部・北部との移動時間を大幅に短縮し、ロンドンからバーミンガムを1時間20分から52分に、マンチェスターまでは2時間強が1時間に短縮される。南北の地域格差の是正にも寄与すると期待されている。また、鉄道は自動車や航空に比べて二酸化炭素排出量が少ないため、環境負荷の低減にも大きな可能性を秘めているともいえる。しかしながら、ロンドンとバーミンガムの間で最初の列車を運行するという2033年開業目標については、25年6月にHS2社の新最高経営責任者マーク・ワイルド氏がコスト的にもスケジュール的にも「不可能」と告げている。
バーミンガム中心部で工事が進むHS2
欧州39カ国を結ぶ壮大な構想
こうした国内外の鉄道プロジェクトの延長線上に、さらに壮大な構想も浮上している。25年4月には「メトロ」紙や「インディペンデント」紙が、英国を含む欧州39カ国を高速鉄道網で結ぶ計画を報じた。ピカデリー線やノーザン線のように五つの路線を想定し、たとえばヘルシンキからベルリンまでをわずか5時間強で結ぶ新型高速列車が構想されている。欧州内の短距離航空便の80パーセント削減を掲げ、再生可能エネルギーを動力とし、新設される欧州鉄道庁(ERA)が監督するという画期的なビジョンだ。ただし現時点では提案段階にとどまっている。
それでも鉄道は、環境負荷の低減、都市や地域の結びつき、そして人々の生活を豊かにする力を持つインフラとして、今なお進化を続けている。誕生から200年を経た今、鉄道は「都市をつなぐ線」から「大陸をつなぐ網」へと変貌しつつあり、未来の社会に向けて走り続けている。

英国鉄道200年の旅へ
英国の鉄道は1825年に世界初の蒸気機関車が走って以来、200年もの歴史を刻んできた。今、全国各地ではこの節目を祝う特別イベントが開催され、博物館の特別展示や蒸気機関車ツアーなど、鉄道の魅力を体験できる機会が広がっている。歴史ある駅舎をめぐり、煙を上げて走る列車の旅に出かけよう。
MUSEUMHopetown Darlington ダーリントン鉄道博物館

1825年、世界で初めて蒸気機関車による営業運転を開始したストックトン&ダーリントン鉄道。その歴史を伝える博物館が英北東部ダーリントンの旧駅舎を利用したHopetown Darlingtonだ。館内では、当時の駅舎や資料、蒸気機関車ロコモーション号のレプリカを見ることができる。9月は鉄道誕生200周年を祝う特別イベントが開催されるので、詳細は公式サイトを参照。27日には、ロコモーション号のレプリカが当時のルートを走行する特別運転も行われる。また、フライング・スコッツマン号、トルネード号などの人気蒸気機関車も集結する。
2025年9月26日(金)~28日(日)
McNay Street, Darlington, DL3 6SW
£12
North Road駅
Tel: 01325 720 010
www.hopetowndarlington.co.uk
MUSEUMNational Railway Museum 国立鉄道博物館

これまで現役で使われていた機関車や、古い車両が廃車・解体され始めた1960年代に、それを保存する目的でオープン。今年で50周年を迎える博物館。鉄道博物館の規模としては世界最大級で、常設展示には王室専用客車などがあり、毎年75万人もの来場者がある。JR西日本から2001年に寄贈された0系新幹線も展示されている。9月27~28日は50周年の記念イベントも行われるので、詳細は公式サイトを参照。
0系新幹線の車内も見学できる!
Leeman Road, York YO26 4XJ
無料
York駅
Tel: 033 0058 0058
www.railwaymuseum.org.uk
MUSEUMThe Swanwick Junction Museum Complex スワンウィック・ジャンクション・ミュージアム・コンプレックス

英中部ダービシャーのバタリーにある施設。鉄道博物館だけではなく、鉄道愛好家や家族連れに人気のある観光地で、蒸気機関車やディーゼル機関車の運行、鉄道博物館、乗車もできるバタリー・パーク・ミニチュア鉄道、ヴィクトリア時代の駅舎など、多彩な展示と体験が楽しめる。開館時期は毎年2月中旬から11月中旬まで。土・日のみのオープンなので注意が必要だ
Butterley Station, Ripley DE5 3QZ
£15
AlfretonまたはDerby Midland駅
Tel: 01773 743 986
www.midlandrailway-butterley.co.uk
MUSEUMThe Carriage Works Museum カーリッジ・ワークス・ミュージアム

英中部ウェスト・ヨークシャーのキースリーに位置する鉄道博物館。ヴィンテージ・カーリッジズ・トラスト(Vintage Carriages Trust)によって運営されている。鉄道車両の保存と歴史的価値の普及に尽力しており、特に19世紀後半から20世紀中ごろにかけての木製客車の貴重なコレクションを展示。ヴィクトリア朝時代の豪華な一等車両から、20世紀中ごろの実用的なデザインまで、鉄道旅行の変遷を体感できる。また、「若草の祈り」や「ツバメ号とアマゾン号」など、英国の映画やドラマに登場した実際の車両を間近で見ることもできる。
実際に撮影が行われた座席に座ることができる
Ingrow Railway Centre, South Street
Keighley, West Yorkshire BD21 5AX
£5
Keighley Railway駅
Tel: 01535 680 425
www.vintagecarriagestrust.org
TOURSevern Valley Railway セヴァーン・ヴァレー鉄道
英中部ウスターシャーとシュロップシャーをまたぐ約26キロの保存鉄道。蒸気機関車やディーゼル機関車による運行が特徴で、セヴァーン川沿いの自然や田園風景を車窓から楽しめる。迫力ある蒸気機関車の走行体験に加え、沿線の駅舎や施設は歴史的建造物として保存され、鉄道史を肌で感じられるのも魅力だ。特に秋の紅葉シーズンは人気が高い。チケットは11月2日まで有効のFreedom of the Lineが£29.50で、キディミンスター、ビュードリー、ブリッジノース、ハイリーの各駅を自由に乗り降り可能。デイ・ローバー・チケット(Day Rover Tickets)は£14の1日乗車券で、各駅を自由に利用できる。詳細や予約はサイトを参照。
TOURNorth Yorkshire Moors Railway ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道
英最大の保存鉄道、ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道(NYMR)。英北部ノース・ヨークシャーに位置する保存鉄道で、ピッカリング(Pickering)からウィットビー(Whitby)までを結ぶ全長約39キロのルートを走行。映画「ハリー・ポッター」シリーズのロケ地としても名高く、観光客に人気のあるツアーだ。1日乗車券デイ・ローバー・チケットで、各駅を自由に乗降できる。これにより、沿線の美しい風景や歴史的な駅舎を楽しむことができる。



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今回出場するサクラフィフティーンのメンバー
1917年のカーディフ女子チーム
英国
現在はレスター大聖堂に眠るリチャード3世
レンドルシャムの森
ウッドブリッジの旧空軍基地
オーバートン橋
ホワイトチャペル周辺であった切り裂きジャックの犯行と思われる七つの現場
ドイツ 
「デュッセルドルフの吸血鬼」と呼ばれたペーター・キュルテン(1883-1931)
雑誌「シュテルン」の記者会見で話すゲルト・ハイデマン
右手が事件のあった貸金庫会社の建物









ウィンストン・チャーチルが晩年を過ごしたチャートウェル
ブラック・マウンテンの一部、ディヴィス・マウンテン
オランダ式庭園からベルトン・ハウスを臨む
敷地内の森にはベルモント・タワーと呼ばれる小さな塔が立つ
ウィンザー・ルームと名付けられている寝室
テムズの川辺に建てられたハム・ハウスの広々とした庭
オランジェリー・カフェでくつろぐ訪問者たち
「ザ・ロング・ギャ
ラリー」と名付けられた部屋にある日本の飾り戸棚。金箔が塗られたオランダ製の台上に置かれている
変わり行く空の色の中に佇むチャーチルの別邸
スタジオに残るチャーチルのパレット
庭園ゴールデン・ローズ・ウォークは夏も美しい
広大な敷地面積を持つ、ノールの邸宅と庭園
レッド・ルームの別名もあり、重厚な雰囲気が漂うレイノルズ・ルーム
敷地内には中世から鹿が生息していた
まるで歴史劇のセットのようなジョージ・イン
店内のあらゆるところに肖像画や古地図などが掲げられている
すぐ近くには高層ビル、ザ・シャードがそびえ立つ
モーガン首席大臣(写真左)と鈴木大使(同右)
ウェールズ産のチーズやビールの数々
鈴木大使もお気に入りという、伝統的なウェルシュ・ケーキ
青年合唱団「Only Boys Aloud」が歌声を披露
ビジネス・パネルディスカッションに耳を傾ける人々
CBSOのコンサートで指揮台に立つ山田さん
「指揮者の呼吸がみんなと共有できたとき、うまくいくんです」(山田さん)
米国で開発された初期の缶切り











「ビートン夫人の家政読本」の表紙
ウィリアム・エドワード・パリー卿
フレイ・ベントス社の初期の商標
ストックするばかりでなく消費期限にも注意
静かなポート・タルボットの公営住宅群
良い缶詰は味も価格もあなどれない


ウェールズのほとんどの道路標識は英語・ウェールズ語の併記。ウェールズの高速道路管理局は優先する言語を選択でき、ウェールズ南部の大部分は英語、ウェールズ北部はウェールズ語が優先
読み方は「スランヴァイルプールグウィンギルゴゲリッヒルンドロブールスランティシリオゴゴゴッホ」(!)
聖ポール大聖堂の隣にある屋上公共庭園、リフレクション・ガーデン
女性庭師の草分けファニー・ウィルキンソン
2022年にやっとブルー・プラークが設置された
2000年にロンドンのパーラメント・スクエアで起きた、
中世薬草学の写本「Old English Herbal」
テート・モダンの敷地内にあるコミュニティー・ガーデン
さまざまなイベントが開催予定のOmVed Gardens






