英国各地に点在する旧貴族の館、マナー・ハウス。
これらの館は全盛期には華麗な歴史を彩ったものだが、
現在はホテルなど一般客も立ち入れる施設として改修されたものが多い。
脈々と流れる英国の歴史や伝統を垣間見に、 マナー・ハウスの扉を叩いてみませんか。
今回は、ロンドンから数時間で別世界を体験できる5件をご紹介します。
(英国編集部 筒井和美)
英国各地には、かつて王侯貴族が暮らしていた建築物が数多く点在する。マナー・ハウスとは、これらの旧貴族や領主の館のこと。場所によってはカントリー・ハウスと呼ばれていることもある。
かつては華やかな歴史を彩ったマナー・ハウスだが、貴族階級が全盛を極めた時代が終焉を告げるとともに、数多くの貴族や領主は重くのしかかる税金問題などを理由にこれらの邸宅を手放さざるを得なくなった。しかし、領主の手を離れた後も、これらの館は壊されることは稀であった。貴族が手放したマナー・ハウスは、その後、博物館やホテルなどに改修され現在まで利用されてきたのだ。
緑豊かなカントリー・サイドに、厳かにそして優雅に佇むマナー・ハウス。その内部には、かつてこの館の主が愛したであろう調度品や美しい庭園がいまだにひっそりと息づいている。単なる宿泊施設としてだけでなく、古くからの伝統を大切にする英国人気質に触れられ、英国の歴史を肌で感じられるのがマナー・ハウスの醍醐味。貴族の邸宅に招かれたゲストを気取って、いやその邸宅の主になった気分で、贅沢な至福の時を背筋を伸ばして堪能してはどうだろう。
その佇いはまるで宮殿
Cliveden クリブデン
数あるマナー・ハウスの中でも、その豪華な佇まいで王者の貫禄を示す白亜のマナー・ハウス、クリブデン。英国でも最大規模(152ヘクタール)の広大な敷地を誇るこのマナー・ハウスは、テムズ河畔の眺めの良い小高い丘に位置する。現在はナショナル・トラストの管理下にある館だが、近年までは華やかな歴史を刻んできた上流階級の社交場であり、多くの著名人を魅了してきた。
クリブデンが建設されたのは、今から340年前の1666年。第2代バッキンガム公爵が、その愛人のために建てたと言われている。その後、伯爵家や皇太子など王侯貴族が次々に主として君臨してきた。その中でもクリブデンの最後の主となったアスター家は、金に糸目をつけずに高価な絵画や家財道具を世界中から買い集め、館内に彩りを加えたことで有名。豪華な「会食の間」は、アスター家が主人となっていた時代に、ルイ15世の愛人ポンパドール夫人の猟館から移築されたものだ。
アスター家はもともとドイツ出身だが、米国で財を成し英国に渡った。同家のナンシー夫人は、その美貌と行動力で英国の上流階級に積極的に接触し、一家の最盛期には、チャーチル元首相やセオドア・ルーズベルト米元大統領などもこのクリブデンのゲストとして招かれたと言われている。
アスター家の手を離れたクリブデンは、現在、一室につき4人のスタッフがつく英国でもトップクラスの品格をもったマナー・ハウスとなっている。上流階級が集う場所というイメージが今でも強いが、庭と建物の一部は一般見学者に開放されているので気構えずに訪問してみては。
Taplow, Berkshire SL6 0JF
Tel: 01628 668 561
Fax: 01628 661 837
www.clivedenhouse.co.uk
部屋数: 38室 (すべてスイート・ルーム)
宿泊費: £225~
アクセス
車: M40をジャンクション2、あるいはM4をジャンクション7で降りる。ロンドン中心部から車で約1時間
電車: 最寄駅「Burnham」からタクシー。最寄駅までは、パディントン駅から約30分。一般公開の日程・料金については、ナショナル・トラストのサイトをご確認ください。
www.nationaltrust.org.uk
クリブデン近くを流れるテムズ川に浮かぶボート・クルーズ。夕方6時から出航する「シャンパン・クルーズ」、近郊のブレイやマーロウへ行く貸切ツアー、そしてクルーズ後にクリブデン内の「テラス・ダイニング・ルーム」でのランチを頂くものなど様々なツアーが開催されている。ゆったりとした1日を水上で楽しんでみては?
料金: £200~(ボート一隻につき) Tel: 01628 607 149
時が止まった空間に浸る
Great Fosters グレート・フォスターズ
16世紀の趣を称えた左右対称の赤レンガ造りの堂々とした建物。グレート・フォスターズは、その昔ヘンリー8世やエリザベス1世が猟館として使用していたという由緒ある屋敷だ。その証拠に、入り口にはエリザベス1世の紋章が刻まれている。本館の玄関は腰をかがめないと入れないくらい小さく作られているが、これは突然の不審者の侵入を妨げるための工夫だ。
建物内部には、17世紀のタペストリーなどが飾られた「タペストリー・ルーム」、絵画や陶器などを飾った「ギャラリー」などがあり、当時の貴族の生活を偲ばせてくれる。また、ヘンリー8世の妻であったアン・ブリンの名を冠した部屋にはアンの紋章が施されているほか、建物のあちこちにチューダー家の紋章のバラなど王家にまつわるシンボルがたくさん残されており、王家とこの屋敷の繋がりの強さを示しているようだ。
グレート・フォスターズのもう一つの魅力は、1920年代に造られた庭園。英国の庭園にしては珍しく徹底して人の手が加えられた整形庭園は、アッと息を呑むような美しさを誇る。その庭園の奥にある天然の池では鯉が泳ぎ、岸辺には白鳥が戯れる。そして、池に架けられた橋の向こうには、四季の花が咲き誇るバラ園が広がる。庭園が造られてから約百年の月日が流れるが、これらはほとんど昔のままの姿を保っているという。
1930年にホテルとしてオープンしてからは、チャップリン、ビビアン・リー、オーソン・ウェルズなど数々の著名人を迎え入れてきた。昔の面影をそのまま残した、時が止まったような空間でタイムスリップ気分を味わってみてはどうだろう。
Stroude Road, Egham, Surrey TW20 9UR
Tel: 01784 433 822
Fax: 01784 437 383(予約)
www.greatfosters.co.uk
部屋数: 54室
宿泊費: £90~
アクセス
車: M25をジャンクション13で降り、A30を「Egham」方向に進む。ロンドン中心部から車で約1時間
電車: 最寄駅「Egham」からタクシー。最寄駅までは、ウォータールー駅から約45分。
数々の名画の舞台となった
Oakley Court オークリー・コート
1859年にリチャード・ホール・セイ卿によって、テムズ河畔に建てられた宮殿。フランスから嫁いできた愛する妻のホームシックを癒すために、古典的なフランスの宮殿様式を取り入 れて建てられたというロマンチックな歴史がある。
第二次大戦中には、ナチス・ドイツに対するフランスのレジスタンス運動の拠点がこの屋敷に置かれ、シャルル・ド・ゴール将軍もここに滞在したと言われている。60~70年代になると、「ドラキュラ」「ロッキー・ホラー・ショー」など100本以上の映画のロケ地として使用されるようになった。なんだか見覚えがあると思ったら、自分の映画コレクションを確かめて見ても良いかもしれない。
約5億円の総工費をかけ、カントリー・ホテルとして一般に開放されるようになったのは、1985年のこと。オープン直後から、英国随一のホテルとして評判を呼び、特に美しい庭園を眺めながらのアフターヌーン・ティーには定評がある。ゴルフ・コース、スパなどの施設も整い、近くにはレゴ・ランドもあるので、家族全員が満足いく1日を送れるに違いない。
Windsor Road, Water Oakley, Windsor, Berkshire SL4 5UF
Tel: 01753 609 988
Fax: 01628 637 011
www.oakleycourt.co.uk
部屋数: 114室
宿泊費: £118~
アクセス
車: M40をジャンクション4で降りて、A404を 「Maidenhead」方向に進む。M4のジャンクション8/9のラウンド・アバウトについたらA308「ウ ィンザー」のサインに従って進む。あるいは、M25をジャンクション15で降り、M4を西に進ん だあとジャンクション13で降りる。ロンドン中心部から車で約1時間。
本物のエレガンスに触れる
Tylney Hall ティレニー・ホール
自然豊かなハンプシャーに佇む、ビクトリア朝の優雅なカントリー・ハウス。ある記録によると1561年からこの場所に屋敷が立っていたそうだが、この屋敷の主であったティレニー家に 残された書物には、1700年まで屋敷の記述は出てこない。ティレニー家に代々受け継がれた屋敷は、第5代モーニントン伯爵によって一旦取り壊されることになったが、1898年にライオネス・フィリップス氏が館を購入し、現在の「ティレニー・ホール」が建設された。16世紀の様式を取り入れるなど、当時の基準から考えてもかなり保守的なデザインだったと言う。
第一次大戦時には病院として使用され、その後何人かの持ち主の手を経た後、後にロザーウィック卿となるメイジャー・カイザーの手に渡る。第二次大戦中はカイザーの経営する船会社の本社、そして戦後(1948~84年)には学校として使用された後、1985年に晴れてホテルとしてオープンした。
建物内部のほとんどの壁には、オーク材のパネルが取り付けられ重厚な雰囲気を醸し出している。また、グレート・ホールと呼ばれる広間にある豪華な装飾の天井は、イタリアのフィレンツェにある宮殿から移築したもの。敷地内には、イタリアン・ガーデン、ウォーター・ガーデン、ローズ・ガーデンなどの魅力溢れる庭園があり、散策する場所には事欠かない。都会の喧騒から離れ、静かでゆったりとした時間を過ごしたい。
Rotherwick, Hook, Hampshire RG27 9AZ
Tel: 01256 764 881
Fax: 01256 768 141
www.tylneyhall.co.uk
部屋数: 120室
宿泊費: £140~
アクセス
車: M25をジャンクション2あるいは 12で降り、M3に乗りジャンクション5で降りる。ロンドン中心部から車で約1.5時間
電車: 最寄駅「Basingstoke」駅からタクシー(要事前予約)。最寄駅までは、ウォータールー駅から約1時間20分。
一夜の王侯貴族に
Amberley Castle アンバリー・カッスル
中世の頑丈な城壁が張り巡らされた、思わず圧倒されてしまうような外観を誇るアンバリー・カッスルの歴史は、1103年まで遡る。その年ノルマン人の司教、ラルフ・ルッファがこの城の元となる小屋を建てたのだ。以後増改築が繰り返され、16~17世紀になるとエリザベス1世がここに別邸を構えた。しかし、清教徒革命が起こった1643年、一時的な共和制を敷いたクロムウェルによりこの城の一部は取り壊されてしまう。19世紀になってから破壊された部分に修復が加えられてはいるが、いまだに当時を忍ばせるような廃墟となった部分も残っている。
その歴史の重みや剛健な建築から、どことなく取っ付きにくそうな印象を抱くかもしれない。しかしこの外壁の中に一歩踏み入れれば、アットホームな暖かい雰囲気が満ち溢れている。それもそのはず、この城は家族によってこじんまりと運営されているのだ。オーナーのカミングズ夫妻は、大きな白い犬を連れて敷地内を散歩し、滞在者に気軽に声をかける。そのもてなしぶりは、この石造りの城が放つ冷たいイメージを気持ちよく崩してくれる。
館内には、武器や鎧などが飾られ古城の趣が漂う。歴史に名を残した数々の人物と同じ場所に立ち、この城がたどった運命に思いを馳せてみては。
Amberley, near Arundel, West Sussex BN18 9LT
Tel: 01798 831 992
Fax: 01798 831 998
www.amberleycastle.co.uk
部屋数: 13室
宿泊費: £155~
アクセス
車: B2139をAmberley Village方向に進む。城の入り口にある旗が目印。ロンドン中心部から車で約2時間
電車: 最寄駅「Amberley」駅からタクシー。最寄駅までは、ビクトリア駅から約1時間20分。
優雅な装いで気分を盛り上げるべし
旧貴族の館と聞くと、正装していかなくてはと思われる方も多いかもしれない。しかし、現在はスマート・カジュアルで大丈夫なマナー・ハウスがほとんどだ。特に昼間は、ウォーキング・ツアーなどを開催している所もあり、ジーンズにスニーカー姿の観光客がうろついていたりする。
ただし、日没後やレストランではジャケット・ネクタイ着用を求められることが多いので、予約時にはドレス・コードについて確認することをお忘れなく。本音を言えば、たとえカジュアルでOKだとしても、せっかくの非日常体験を演出するために少しは着飾りたいところ。思い切りドレス・アップして、ブラック・タイのイベントに参加するのも良い思い出になるに違いない。
美食を堪能するための準備を怠るべからず
美味しい食事を楽しむために忘れてはならないこと、それはレストランの予約。朝食は宿泊料金に含まれていることが多いけれど、ディナーは別というのが一般的。
人気のあるレストランを持つマナー・ハウスでは、込み合う週末などには予約なしではレストランに入れないこともあるので、 確認をお忘れなく。
貴族制度は、現在のフランス、ドイツ、イタリア北部などを統治していたカロリング朝のシャルルマーニュ大 帝によって導入された制度を元とする。広大な領地を支配していた同大帝は、領地を数十の州に分割し、州に地方官と司教を配置した。時とともにこれらの要職が世襲化されていき、貴族と呼ばれる階級が生まれたのだ。この制度が英国に持ち込まれたのは、フランスのノルマンディー公ウィリアム(征服王ウィリアム1世)が、1066年に英国を征服した時。その後、「Earl」など英独自の呼び方を加えたり、王族を対象とした公爵が生まれたりと細かな階級分けがなされるようになった(表参照)。
| 爵名位 | 男性 | 女性 | 敬称(呼び方) / 女性 |
|---|---|---|---|
| 公爵 | Duke | Duchess | Your Grace / Your Grace |
| 侯爵 | Marquis | Marchioness | Lord・領地名 or My Lord / Madam |
| 伯爵 | Earl | Countess | Lord・領地名 or My Lord / Madam |
| 子爵 | Viscount | Viscountess | Lord・苗字 or My Lord / Madam |
| 男爵 | Baron | Baroness | Lord・苗字 or My Lord / Madam |
| 准男爵 | Baronet | ― | Sir・苗字 |
| 士爵 | Knight | Dame | Sir・苗字 / Lady・苗字 |



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スタッグ・ナイトとは、結婚を間近に控えた男性が、友人たちと開く独身最後のパーティーのこと。一方のヘン・ナイトは女性のみのパーティーを指す。四六時中コッコとやかましいニワトリの名を取っていることからもわかる通り、時には警察沙汰になるほどの大騒ぎとなる。このパーティーの費用を出すのは友人たち。結婚後も変わらぬ友情と、男性の場合は今後奥さんに財布の紐を握られてしまう新郎への労わりを示しているんだそう。


婚約と婚約指輪の起源は中世英国にまでさかのぼる。先程も説明した通り、中世英国の一般家庭において、独身女性は大切な働き手だった。その貴重な人材を失ってしまう家族に対して、新郎は対価を支払わなければならなかった。その対価を支払う期間が「engagement」だったのである。当時、金の指輪は通貨として使われていたため、金の指輪が対価として新婦側の両親に送られたという。これが婚約指輪の始まりと言われている。
日本では常に悩みの種となるご祝儀。そんな風習のない英国では、その代わりに新郎新婦が欲しいものを自分たちでリスト・アップし、招待客にはその中から選んでプレゼントしてもらうという習慣がある。それが「ウェディング・リスト」。英国には専門店も数多くあり、お祝いを贈る人は指定されているお店へ出向き、リスト・アップされているものの中から自分の予算に合ったものを選ぶことができる。このウェディング・リスト、予算によってピンキリで、上流階級の人たちはハロッズやセルフリッジ、お金に余裕のない場合にはなんとテスコのトイレット・ペーパー1年分、なんていうのまであるらしい。
日本では天井まで届きそうな巨大なウェディング・ケーキを見かけることもあるけれど、ここ英国のケーキは極めてシンプル。基本は3段重ね。一番下は結婚式に出席した人が食べる用、真ん中は出席できなかった人に贈る用、そして一番上は最初の子供の洗礼式まで取っておく。子供が生まれるまでという長期計画だから、日持ちするようにスパイスたっぷりのフルーツ・ケーキを使うのが英国流。日本人にはちょっと甘すぎるくらいだけど、英国人はみんなこのケーキが大好きなんだそう。
■
1. 教会での結婚式
戸籍制度のない英国では、重婚を避けるために、まずは自分が独身であるという証明を役所に提出する必要がある。その上で誰も異論がなければ婚姻許可証を受け取ることができるのだ。その後挙式するのが結婚に至るまでの基本パターン。もともとローマ・カトリックを信仰していた英国が、英国国教会という独自の宗派を立ち上げたのは、時の国王ヘンリー8世が王妃と離婚するため。こんな背景を持つお国柄だけあって、他のキリスト教国と比べると、日常生活におけるキリスト教の浸透度はそれほど高くはない。また多民族国家である英国では、インド風の結婚式や、新郎と新婦の手を固く縛り付ける、ハンドファスティングというケルト起源の結婚式もある。最近は海外挙式を行う人も増えるなど、結婚式の多様化が進んでいるが、その一方で、やはり結婚式は教会でと考える人も多い。挙式と入籍が別々の日本とは異なり、挙式の瞬間が入籍となる英国では、結婚式はやはり神聖なもの。神の前で愛する人と誓いを交わしたいと思うのももっともかもしれない。

クリブデン - Cliveden
◆Hiromi Cherryさんウェディング・プロデュース会社
ハートウェル・ハウス - Hartwell House
ハイクレア・カッスル - Highclere Castle











コンサベーション・エリア



パーム・ハウスを手掛けた建築家バートンによる設計のテンペラート・ハウス。1859年に着工、途中政府による資金援助が滞るなどトラブルに見舞われ、完成までに実に30年もの月日を費やした。パーム・ハウスの2倍の面積(4800平方メートル!)を誇り、温帯植物を中心に展示している。







毎年7月の1週間だけ、ハンプトン・コート宮殿の敷地内を舞台に開催される「ハンプトン・コート・パレス・フラワー・ショー」。世界各国から参加申し込みが殺到し、700以上の出品者が自慢の花や植物を展示する。新人ガーデン・デザイナーによる展示を見たり、新種の苗を実際に買ったりするのも楽しみのひとつ。
毎年人気の部門
英国ならではの花といえば
花や植物を見るだけでなく、その背景にある英国のガーデニングの歴史に興味がある方には、「ガーデン・ミュージアム」がおすすめ。博物館自体はランベス・ブリッジ橋を南に渡ってすぐのところに建つ、セント・メアリー・アット・ランベス教会内にあり、そのいきさつがユニークだ。
英国人の庭は不思議がいっぱい
ガーデン・ノーム人形は元はドイツで発祥し、19世紀後半に英国に輸入されたもので、原型は粘土などで作られ彩色を施し、とんがり帽に白いあごひげをたくわえたおじいさんの形をしていた。しかし1960年代になると、プラスチック製で絵の具の塗りも粗雑な、質の悪いものが出回るように。それが原因でガーデン・ノーム人形は下品で趣味が悪いというイメージが付いてしまった。つい10年程前までは英国中の庭に500万体ものノーム達が見られたが、今となっては380万体に減少。売上げもブームの頃と比べて3分の1の年間300万ポンドに落ち込んでいる。現在ではデザインがハイテクであったりセクシーであったりとバラエティーに富んでいるが、よほどリバイバル・ブームでも起きない限り、売上げの減少傾向はさらに続くとのこと。 
ご存知英国の第73代首相。まだ若々しさを十分に残していた41歳の時に労働党党首に任命され、その3年後に政権を奪取。以来、9年間にわたって首相として君臨している。彼の特徴として、「神がかった」という表現が似合うほどのパフォーマンスの上手さが挙げられる。日本の政治家ではめったにお目にかかれない、凛々りりしくスマートないでたち。上品な言葉遣いと流暢な話し方に加えて、敵陣さえ笑いに誘う抜群のユーモアのセンス。そして何よりも、政策を訴える際に眩いばかりにキラキラと輝く両目。思わずうっとりして彼が何を言っても信じてしまいそうになる。
近年の英国経済の安定は、ブラウンの功績による部分が大きい。国債の発行を制限する緊縮財政で財政管理し、公定歩合を設定する権限を中央銀行に与えて市場の信頼を勝ち得た。さらにはアフリカ諸国への援助金捻出に奔走するなど、政治的貢献も果たしているのに、妖怪ぬりかべみたいなダミ声を出すものだから陰湿なイメージがまとわりついてヒーローになり切れない。
メディアからは「ブルドッグみたい」と形容される政界のお騒がせ男、ジョン・プレスコット。学生時代は落第したこともあり、政治家になる前は船乗りだったという異色の経歴を持つ。議員デビュー当時から破天荒な言動で物議を醸していたが、高齢になってもそのはみ出しぶりは衰えず、今でも国会の壇上に上れば文法一切無視の不明瞭な演説を行って、周りからの嘲笑の的となっている。ブレア首相が話している間も平気で居眠りこき、抗議目的で卵を投げつけた市民をグーで殴りつけて逆襲したこともある。こんな人が副首相なんていう肩書きを持てる英国の政治の世界って本当にすごい。そんな荒らくれ者のイメージばかりが強調されるが、実は分裂しがちな労働党を上手にまとめる親分として厚い信頼が寄せられているプレスコット。人災を起こすほど荒れたり、時には温かく党員を包み込んだり、ともかくとっても器の大きな海の男なのだ。
今、最も注目を浴びる女性政治家。イタリアのベルルスコーニ元首相の汚職事件に夫が関係していたとの報道で、一斉に脚光を浴びた。政治家としての立場も危うくなり「苦渋の選択」の末に、彼女は結局その夫と別れることを選んでひとまず解決。ああ、女にとって夫の存在ってそんなものか、と英国中の既婚男性に深い溜息をつかせた一件であった。メディアも汚職問題にかこつけて報道していたが、実際のところこの夫婦の愛憎劇の方に興味津々だったのだ。本業では2012年に開催されるオリンピックの開催地としてロンドンが選ばれたことで、オリンピック大臣にも任命されている。しかし競技場建設の深刻な遅れなどの問題が再三にわたって指摘されており、開催日が近付くにつれて今後猛烈に叩かれること間違いなし。その時に夫が再び現れて彼女を支える、なんて話も興味がある。
1997年に当選してからスピード出世を果たし、2004年暮れに教育相に任命され女性としては最年少で入閣を果たした。しかしその後まもなくして国内の学校に性犯罪の前科を持つ者が職員として多数採用されていた事実が発覚し、事態は急展開。憧れの内閣デビューを飾った途端に性犯罪者の対応に追われた。ここぞとばかりに野党やメディアは政府の管理責任を激しく追及。田舎臭さが漂うもっこりした髪に、バリトン並みの低い声を持つがゆえ不器用に映る彼女をここぞとばかりに叩きに出た。しかし彼女は毅然とした態度で記者会見に臨み、国民の理解を得ることに成功する。市民に卵を投げつけられても、ブレア首相が推進する教育改革で大忙しの毎日でも文句言わずにひたすら働く彼女。どんなにしごかれても明日へ向かって生きていく、そんな前向きな新入生を思い起こさせる。
インテリじみた話し方が少し気になる男。内相時代に犯罪者に対する厳重な取り締まりを掲げ、それまでの犯罪に甘い労働党、というイメージをうっちゃった。細身の体ながらも強気で威張っているストローだが、何せ明晰な頭脳を持つがゆえに市民の間ではすこぶる評判が良いという。イラク情勢やイランの核開発問題など、英国を悩ます中東問題が議題に上ると、ガサガサと昆虫みたいにしゃしゃり出てきては、記者会見上で顔の表情ひとつ崩さず対応する。それだけに、どうしても冷徹なイメージが付きまといやすいことも確かである。
剛毅な印象を与える北部独特の訛りと睨みを利かせた顔はやくざである。かつては共産党員だったこともあるほど豊富な経験を持つ彼には、保健相という意外な職歴がある。同ポストに任命された瞬間「保健相なんてやってられるか」と叫んだという逸話が残っており、きな臭い今のポストの方が似合うことは十分自覚しているのだろう。戦闘的なイメージばかりが際立つが、実は経済史の分野での博士号を持っている知性派。知識と風格、そしてファイティング・スピリットの3拍子揃った僧兵のような彼に集まる信頼は厚い。
雅で人畜無害なオバサマに見えて、実はかなりやり手の政界大ベテラン。かつてブレアそしてプレスコットと共に労働党党首の座を争ったこともあり、割と権力志向の強いタイプなのかもしれない。また大学時代には鉱石から金属を取り出して精製する過程を調べる冶金学者としての資格も取得しているという、根っからの地学オタクでもある。エネルギー源不足に悩む英国で再燃している原子力発電利用について論じる際に度々メディアに登場し、是非を問わない玉虫色の発言に終始してはお茶を濁している。
とっておきのいじめられキャラ。155センチの低身長に顔の面積の約3分の1を占める大きなメガネ。何を話しても必死で言い訳しているように聞こえる口調。挙げ句の果てに「無任所」なんて曖昧で中途半端な肩書きを持つ彼、もう一つのポストである労働党委員長なんて、他に誰もいないから無理やりやらされているという構図がはっきりと見て取れる。が、15歳でストライキを指揮したという実績を持つ彼を侮ってはいけない。決して人々の信頼を裏切らない彼がいるからこそ、現内閣を支援するという議員も多数いるのだ。
かつて家庭生活を優先したいがために議員デビューを遅らせたことがあるという、オヤジたちが泣いて喜びそうなエピソードを持つヒューイット。さらに保健相とくれば柔和なイメージばかりが膨らむが、実は札付きの剛腕フェミニストでもある。男性の部下をクビにして無能な女性を雇い、男女差別法に触れると訴えられて敗訴したこともあるくらいだ。また国家破壊活動に従事しているとの疑いで国内の諜報機関MI5に追跡されたこともある。現政権では吹けばほこりが飛び散る国家医療制度(NHS)について弾劾追及される毎日を過ごしている。
仙人のような白い口ひげが特徴の舌鋒家。テロ問題で揺れる英国の治安対策では、その強気な姿勢が功を奏している。というのも、2005年の同時多発テロ発生以降、IDカード導入や反テロ法成立など国家の管理強化に危機感を強めるリベラル知識人が数多くいる中、彼らを「害毒」呼ばわりして蹴散らしているからだ。かと思えば、国外追放の対象である外国人犯罪者が内務省の不手際で大量に釈放されていたことが判明し、各方面から糾弾されると結構しどろもどろだった彼。所詮は空威張りしていただけなのかもしれない。




ロンドン地下鉄駅などで配布している無料紙。1999年の創刊後、都市に住む若い人たちの間で人気を博し、今では12都市で170万部の部数を誇るようになった。地下鉄利用客が電車の中で楽しめるようにと、20分で全ページを読み通せるぐらいの平易な文章で記事が書くのがモットー。英国での出来事を浅く広く押さえるには最適の媒体。
書籍や雑誌の保存なら世界一を誇る大英図書館の一部であり、新聞に特化した資料館がここ。英国内にある新聞資料はとにかく何でも揃えてあって、調査活動には最適。館内には研究室のような暗い部屋で、マイクロフィルムに保存された過去の新聞を見つめる人たちがいっぱいいる。日曜日を除く日の10~17時開館。
金融街シティと劇場が立ち並ぶエンターテイメントの聖地コベント・ガーデンの間にある道。近年までこの通りに多くの大手新聞社がオフィスを構えていた。近くには「Printer's Devil」などという看板を持ったパブがあり、当時は飲んだくれ、かつ気骨のある新聞記者たちの溜まり場になっていたという。
プレゼントとしての新聞を扱うユニークな機関。異なる年代におけるそれぞれの日付を持った新聞をもれなく保存しているので、例えば友達の誕生日に発行された新聞をここで購入してプレゼントすることができる。自分が生まれた日に英国ではどんな出来事があったのか、誰が死んだのかなど、興味をそそられるはず。
スコットランド
スコットランド出身の有名人と言えばずばりこの人、ユアン・マクレガー。いまや英国を代表する人気俳優ユアンはスコットランド出身であることに誇りを持ち、映画のプレミアに民族衣装のキルト(お馴染みのタータンチェックのスカートである!)を着てくるほど。言葉の節々にスコットランド訛りも健在だ。一方、元祖スコットランド出身俳優と言えばショーン・コネリー。彼の場合はどんな役を演じていてもアイルランド訛りが残ってしまうということで、映画専門誌「エンパイア」の「訛りの下手な俳優」アンケートでは、栄えある1位に輝いている。
北西部
北西部にはリバプールが含まれている。こう言えば誰もが思い出すのがリバプール出身のビートルズだろう。意識的に訛りを取ろうと努力していたポール・マッカートニーに対し、ジョージ・ハリソンはかなり長い間リバプール訛りが抜けなかったようだ。ボーカルを取った時でも訛りは全開だったというから、北西部訛りを勉強したいならジョージの歌を聞いてみては?
北東部
英国内で爆発的人気となった映画「リトル・ダンサー」。この映画の主人公、ビリーを演じたのは、役柄同様北東部ビリンガム出身のジェイミー・ベル。現在は俳優の仕事で米国に滞在することも多く、かなり米語のアクセントも会話に混じるようになった。一方、先日オリビエ賞を受賞し、目下ウエスト・エンドで人気ナンバー・ワンとなっているミュージカル版では、現在も北東部訛りがしっかりと受け継がれている。映画の監督も務めた演出家のスティーブン・ダルドリーいわく、ビリーを演じる上で「完璧な北東部訛りは必須」。いかに訛りが北部の生活を描く上で大切な要素なのかがうかがえる。
北中部
上流階級臭をぷんぷん漂わせているサッチャー元首相。実は彼女、北中部リンカンシャーの労働者階級の出身だった。学生時代に徹底的に発音の特訓を受け、見事RPを話すようになったのだが、議会でも激昂するとつい本来の北部訛りが出てしまい、冷笑されていたとか。
ウェールズ
ご存知BBC1の大人気コメディ「リトル・ブリテン」。その中の人気エピソードに、自分が町で唯一のゲイであることを誇りに思い、他のゲイをどうしても認めようとしないダフィドという人気キャラがいる。このダフィドが住んでいるのがウエールズの「フランデュイ・ブリッフィ」(Llanddewi Brefi)という町なのだ(ちなみにこのllの発音はウエールズ語でも最も難しいらしい)。ウエールズ出身の有名人で、世界的に有名なのは、アンソニー・ホプキンスやキャサリン・ゼタ・ジョーンズ。両者に共通しているのは、さまざまな訛りを使い分けて英国のみならず米国でも活躍していること。自分たちの訛りに誇りを持っているはずのウエールズ人が、華麗に訛りを使い分けるというのも面白い話だ。

英国サッカー界の貴公子、ご存知ベッカム。マンチェスター暮らしが長い彼だが、ロンドンの労働者階級出身のベッカムが話す英語はコックニーだ。独特の高音ボイスと相まって、実に味のある英語となっている。彼のインタビューを聞くと、確かに「three」が「free」、「another」が「anover」と聞こえる。米国映画「メリー・ポピンズ」では、コックニー を話す煙突掃除人バートの役を米国人のディック・バン・ダイクが演じた。演技自体は絶賛を浴びたのだが、訛りに関しては非難轟々。ショーン・コネリ-が1位だった「エンパイア」誌の「訛りの下手な俳優」アンケートでは、第2位に選ばれてしまった。
美しく正しい英語と認識されているだけに、テレビや映画で活躍する英国の有名人の多くがこの容認発音を使っている。昔ながらの美しい発音で言うならば、アカデミー賞女優のエマ・トンプソン。シェイクスピア作品にも数多く出演している彼女の発音は、まさに正統派クイーンズ・イングリッシュ。一方ポッシュな中にも現代的な雰囲気を漂わせているのはヒュー・グラント。もともと上流階級出身の彼はインタビューの際、皮肉たっぷりにスタッカートを聞かせて口撃してくるのでよく知られている。また米国人俳優が英国アクセントを話すことにあまり好意的でない英国人だが、「スライディング・ドア」のグイネス・パルトロー、「ブリジット・ジョーンズの日記」のレニー・ゼルヴィガーの発音は、なかなかというお墨付きをもらったようだ。
完全な河口域英語ではないが、言葉の端々にそのアクセントがみられたのが、故元ダイアナ妃。上流階級出身の彼女の英語は基本的にはRPだったのだが、「t」がなくなってしまう癖があったようで、エリザベス女王もそれにはお冠だったとか。また明晰な発音をすることで知られるブレア首相。彼はスコットランド出身だが、幼い頃から英才教育を受け、オックスフォード大学で学んだため標準的な英語を話す。通常なら完全なRP、と思いがちだが、一般市民の味方、労働党党首として会話のところどころに河口域英語を取り混ぜている。さすがは政治家、アクセントも選挙活動のうち!?









英国で最も偉大な作家の1人として、今も文学界に燦然と輝くシェークスピアの存在。シェークスピアがここまで英国人に愛される理由は何だろうか。劇作家としての彼を、演劇という側面から探ってみよう。


RSCは、シェークスピアの生誕地、ストラトフォード・アポン・エイボンにある3つの劇場、ロイヤル・シェークスピア、スワン、ジ・アザー・プレイスを拠点に活躍する、英国を代表する国立劇団。設立は1879年、その後1960年に現在のRSCが形成された。現在ではあくまでシェークスピアを中心にしながらも、その他の古典や現代作品も幅広く扱っている。
RSCより正式招待を受け、日本を代表する演出家、蜷川幸雄が本フェスティバルに参加することが決定! 上演作品は「タイタス・アンドロニカス」。シェークスピア全作品の中でも最も残酷と言われている戯曲だ。ローマ時代に帝位継承権を巡って争う人々の姿を描いたこの復讐劇は、これまであまり上演されていないが、人種差別や人の欲望、絶えることのない争いを赤裸々に描いたこのストーリーは現代社会にも通じるものがあると蜷川は語っている。日本人演出家と役者がつくり出すシェークスピア劇。本場ストラトフォードで観られるこの機会、是非お見逃しなく!
人気テレビ・シリーズ「スタートレック」の船長で日本でも人気のパトリック・スチュワート。実は彼、元々RSC出身。RSCで培われた惚れ惚れするような姿勢の美しさと、正統派の発声は、シェークスピアを演じる上での必須要素と言える。演じるのは「アントニーとクレオパトラ」と「テンペスト」。特にテンペストはシェークスピア晩年の作にして最後の戯曲と言われている傑作の1つ。この機会にチャレンジしてみては?
映画「恋に落ちたシェークスピア」でエリザベス女王を演じ、アカデミー賞助演女優賞を獲得した名優ジュディ・デンチ。実は彼女もここRSCの出身者の1人なのだ。今回彼女が演じるのは、何とミュージカル版「ウィンザーの陽気な女房たち」。軽妙に歌って踊る彼女が観られるのだろうか? 乞うご期待。
そしてもう1人のRSC出身の大物、ガンダルフことイアン・マッケランも今回「リア王」に出演することが決まっている。リア王と言えば、シェークスピアの四大悲劇の中でも特にスケールが壮大なことで知られる名作。かつての暴君が老い、裏切られ、絶望の淵に追いやられる様を、マッケランはどのように演じてくれるのだろうか。




飲茶名人 パトリックさん
飲茶の習慣の始まりは定かではありませんが、一説によるとシルクロードだと言われています。まず、長旅に疲れた旅人のための休憩所ができ、そこでお茶が振る舞われたようです。しばらくすると、その近辺に暮らす農夫たちもお茶を楽しむために休憩所に集うようになりました。賑やかになったその休憩所で、お茶だけでなく軽食も出し始めたのが飲茶の原点と伝えられています。
点心師 Po Ming Hoさん















GHOST
JOHN ROCHA
香港に生まれ、アイルランド在住のジョン・ロシャのデザインは、黒とクリーム色がキーカラー。新作もこれら2色をベースに、差し色として赤が使われていた。
PAUL SMITH WOMEN
MANISH ARORA
インド出身のアロラは、植物や天使、ハートなどを模った多くのモチーフを刺繍とタペストリーで表現。エキゾチックな配色でキャットウォークを賑わせた。
UNCONDITIONAL
新人フィリップ・スティーブンズが作る、アンコンディショナル。厳寒下で身を守ることを念頭に、カシミア、メリノ毛糸、シルク・カシミア、綿絹の4種類を使ったニットが特徴。
BASSO & BROOKE
英国人ブルックとブラジル出身のバッソによるユニット。新作はロココ朝やビクトリア時代などにヒントを得て、肩幅の狭いジャケットなどの現代的なシルエットに。
AVSHALOM GUR
公式スケジュールとは別に行われた非公式スケジュール「OFF」で33のデザイナーが新作コレクションを発表。その中の一人、アブシャロム・ガーの新作は放浪生活をするベドウィン族に発想を得て、布を多用し造形に配慮したデザインが目立った。
インタビュー中にも国籍のさまざまな知人達が、コシノさんのショーの成功を祝いに、どんどん声を掛けて来る。そんな姿に、自分自身をしっかり持ち色々な価値観の人たちとかかわっていく彼女のクリエーティブなエネルギーの源を見たような気がした。
午前中の穏やかな天気が午後になって一転、吹雪まで降った2月のある日、ロンドン北西部の閑静な住宅街に建つ家に到着。家主の女性に迎えられ、案内されたのは新人デザイナー、ルベックセン・ヤマナカのスタジオ。ユニットを組んでから6コレクション目、ロンドン・ファッション・ウィークの「OFF」スケジュールに参加するのは3回目という彼らに今の生活について伺った。
在学中は一緒に作業をした経験はなかったが、山中さん(Y)があるニットのコレクションを手がけることになり、たまたまヒルダ(H)さんにパターン引きを頼んだのがデザイナー・ユニット誕生のきっかけに。「とりあえず作ってみようか」と秋冬の新作がわずか十数点しかなかった頃、突然バーニーズ・ニューヨークから50ピースの大口のオーダーが入った。工場の手配ややり取りも手探りだった2人だが、なんとか無事に納品。そして次の作品を見せて……としているうち、次第にオーダーが来るようになった。
ルベックセン・ヤマナカは、ギャラリー「リビングストン・スタジオ」内のスタジオで製作している。ギャラリーは一般の方に公開しており、見学自由。美しいアール・ヌーボー朝の文字が目印。
山中朋子さん(写真左)……日本では会社員生活を送り、趣味として編物にかかわる。ご主人の仕事の関係で渡英後は、チェルシー・カレッジ・オブ・アートでファッションのBA(修士号)を取得、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでニットウェアMA(文学士号)を専攻、02年卒業。
湖水地方の北部に位置するアルズウォーター湖。この湖のほとりで、ワーズワースが名作「水仙」を詠んだと伝えられている。ここでボートを運転する船長のロバート・ファラムさんは、船長室から覗く景色を指差しながら、まるで彼がその姿を実際見たかのように、ワーズワースが散策したコースをこと細かく教えてくれた。「ワーズワースが歌に詠んだ湖で船を運転する気分というのは、とにかくもう夢心地だね。たまに自分の頬をつねって、どれだけ自分が幸せかって言い聞かせてやるようにしているんだ」と嬉しそうに話すファラムさん。湖水地方を語る上で、ワーズワースの存在は非常に大きな意味を持つようだ。
アルズウォーター蒸気船 
ライダル・マウント
ブラックウェル館
趣味としての旅行が始まったばかりの頃、「クライフ・ステーション」と呼ばれる展望台が湖水地方に建てられた。1773年に発行された旅行ガイドに同展望台に関する記述があるというので、その歴史はかなり古い。まだ写真が普及していなかった時代、当時の旅行者たちはこの高台の上で、色セロハンを通して異なる季節ごとの景色を想像したり、鏡に反射させることで切り取った風景を脳裏に刻んで思い出に残したという。
英国内の各都市がさらなる発展を遂げるなか、1895年に自然保護団体「ナショナル・トラスト」が設立される。この組織への多大な貢献を果たしたのが、湖水地方の絵本作家ベアトリクス・ポターである。
これらの活動を通して得たお金で、ポターは盲目的といっていいほどに湖水地方の膨大な土地を買い集め、そして自ら環境保全に努めた。そして死後は4000エーカー(約480万坪)にも及ぶ土地をナショナル・トラストにすべて寄付し、湖水地方の英雄となった。これが絵本作家ポターのもう1つの顔である。ピーター・ラビットの物語を再現した「ベアトリクス・ポターの世界」のリチャード・フォスター館長は「ポターは彼女の不動産購入の手続きを請け負った事務弁護士と結婚して、ヒル・トップの農場からキャッスル・コテージと呼ばれる場所に移り住みます。しかし作家としてインタビューに応じる時は、いつも必ずヒル・トップに戻っていた。当時の人々は、絵本作家のポターと、地域発展のための活動家としての彼女が同一人物ということさえ知らない人も多かったんじゃないかな」と振り返る。
ベアトリクス・ポターの世界
ナショナル・トラストの管理人として区域内の森林を見守るファリントンさんは、環境に配慮した管理を行っている。そのうちのひとつが「ヘッジレイング」と呼ばれる手法。羊、牛など野生の動物を放し飼いで飼育するには生垣を作る必要があるが「ヘッジレイング」は、言わば天然の生垣を作るための伝統的な農法なのである。まずは木を根っこから切り取り、次々と地面の上に重ねる。次にそれぞれの枝を結ぶことで木々を束ね、木くぎで止めて野生の生垣を作る。まだ針金やコンクリートがなかった時代に生まれた、環境に優しい歴史の知恵である。野山に住む小鳥たちはこの木々の下に巣を作り、ネズミやヤマアラシなどの隠れ家にもなるというわけだ。
イングリッシュ・レイクス・ホテル
リンデス・ハウ・カントリー・ハウス
マウンテン・ゴート
湖水地方の最高峰に位置するパブの主人
タクシー運転手
湖水地方を管轄するナショナル・パーク・オーソリティー
ヒル・トップにあるおみやげ屋さん
ホテルに併設されたパブ、部屋には木製の家具、笑顔を絶やさず親しげに接してくれるスタッフと、暖かく庶民的な雰囲気を持つホテル。また週末には、地元の人も集うというレストランでの食事はお勧めで、特に湖水地方の地場ものであるラム肉は絶品。
ワーズワースやポターらも招待されたという荘園領主の邸宅。かつて奴隷売買のの舞台にもなったという地下室は今はワイン倉庫となっており、格調高い内装のレストランでの食事はまさに最高の贅沢。また湖を見渡すホテルからの眺めは圧巻。
湖水地方で癒しのひとときを、英国で最も美しい湖畔にある美しい低塩で、のどかで静かにお過ごし下さい。
森林に面した、見晴らしのよい小高い丘の上に立つゲストハウス。近年まで英国紳士が住んでいたというだけあって、アンティーク家具に囲まれたそれぞれ個性豊かな部屋が用意されている。
森林に面した、見晴らしのよい小高い丘の上に立つゲストハウス。近年まで英国紳士が住んでいたというだけあって、アンティーク家具に囲まれたそれぞれ個性豊かな部屋が用意されている。
湖水地方では唯一、日本語による解説付きツアーをアレンジ。料金には全ての入場料及び、クルーズ代が含まれている。






