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Wed, 01 April 2026

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BNPはロンドンの一区を掌握するか

今回の選挙におけるもう一つの見所
BNPはロンドンの一区を掌握するか

昨年、BBCの討論番組「クエスチョン・タイム」に英国国民党(BNP)のニック・グリフィン党首が出演した際、多くの人々が反対の声を上げていたのを覚えている方も少なくないだろう。人種差別主義政策を掲げ、多くの国民の嫌悪の対象となっている同党だが、実は近年、着々と支持を拡大している。

BNPBNP概略

1982年、「英国国民戦線(National Front)」の党首だったジョン・ティンダールが創設した極右政党。主要政策として反移民政策を掲げる。

ニック・グリフィン
ニック・グリフィン 英国国民党党首
Maiko Akatsuka

1993年、ロンドン東部タワーハムレッツ内の選挙区で区議会の補欠選挙に当選し、初めて地方議会に議席を得る。1999年、ニック・グリフィン氏が党首に就任、党の近代化に着手する。2006年5月、ロンドン・バーキング・アンド・ダゲナム区の区議会選挙で第二政党に躍進。同年の地方選挙ではほかにも、エセックス州エッピング・フォレスト市、イングランド中西部ストーク・オン・トレント市、同中部サンドウェル市の市議会でも3議席を得るなど健闘した。更に、2008年のロンドン議会選挙で初めて1議席を獲得したほか、2009年の地方選では、これまでの市議会、区議会に加え、初めて州議会にも3人の議員を送り込むことに成功(ランカシャー州議会、ハートフォードシャー州議会、レスターシャー州議会に各1議席)。また同年の欧州議会選挙では、グリフィン党首を含む2人が当選し、BNP初の欧州議会議員誕生を実現した。なお、BNPの上院議員及び下院議員は現在までのところ存在していない。

2010年2月、党員を白人に限定していた党規則が違法であるとして「平等・人権委員会」が法的措置を講じたことを受け、当該条項を党規則から削除した。

BNPの移民政策
(2010年総選挙マニフェストより、一部)

  • 更なる移民流入の阻止。労働ビザ発行は例外的な場合に限定する。学生ビザは、真に学業を目的とする学生に対してのみ発行し、健康保険に加入していることを条件とする。
  • すべての不法移民及び「偽難民」は、配偶者、その子供も含め、国外退去とする。
  • 英国に着く前に他の安全な国を通って来た難民に対し、英国への入国を許可しない。
  • 移民及びその家族の帰国費用を援助することにより、本国への帰還を促す「自発的再定住 プログラム」を導入する。
  • 公営住宅への入居及び公立学校への入学について、地域に以前から住んでいる英国人とその子供を最優先する政策を全国で実施する。
  • 英国国境庁に更なる予算を投資し、国境警備を強化する。
  • 英国の移民法に違反した移民は直ちに国外退去処分にすると共に、生涯にわたって英国への再入国を禁止する。
  • 英国で犯罪を犯した外国人はすべて、英国滞在年数、市民権取得の有無などに関わりなく、国外退去処分とする。
  • 「人種関係法(Race Relations Act)」の撤廃、「平等・人権委員会」の廃止など。

ロンドンのバーキング・アンド・ダゲナム区
2006年区議会選挙結果

投票率 38.3%
政党名
獲得議席数
労働党
38
英国国民党 (BNP)
12
保守党
1
自由民主党
0
英国独立党(UKIP)
0
緑の党
0
無所属
0

注: BNPの獲得議席のうち、1議席は、開票ミスのため、7月まで当選が確定しなかった
Source: London Borough of Barking and Dagenham


バーキング・アンド・ダゲナム区内の選挙区
「バーキング」の2005年下院選挙の結果

投票率 50.1%
候補者名
所属政党
得票数
得票率
2001年
下院選挙と比較した
得票率の増減
マーガレット・
ホッジ
労働党
13,826
47.8%
-13.1%
キース・
プリンス
保守党
4,943
17.1%
-5.9%
リチャード・
バーンブルック
英国国民党
(BNP)
4,916
17.0%
+10.6%
トビー・
ウィッケンデン
自由民主党
3,211
11.1%
+1.3%
テリー・
ジョーンズ
英国独立党
(UKIP)
803
2.8%
+2.8%
ローリー・
クリーランド
緑の党
618
2.1%
+2.1%
デメトリアス・
パントン
無所属
530
1.8%
+1.8%
ミック・
サックスビー
労働者革命党
59
0.2%
+0.2%

注: 「バーキング」は、今回の下院選挙でBNPのグリフィン党首が立候補している選挙区
Source: House of Commons Library, BBC

バーキング・アンド・ダゲナム区の最大政党狙う

裁判で無罪判決
2006年2月、人種差別発言などで起訴されていた裁判で無罪の判決が下され、喜ぶグリフィン党首(写真右)

本記事の掲載号の発行日である5月6日は、下院選挙と地方選挙の投票日である。今回の選挙は、政権交代の可能性だけではなく、英国国民党(BNP)がどこまで勢力を拡大するか、という点でも大きな注目を集めている。

BNPは、反移民政策を掲げる極右政党である。その人種差別的主張のため大多数の国民から忌み嫌われているが、一方で、徐々に支持層を拡大していることも事実であり、現在までに、地方議会に58議席を獲得している。また昨年には、初めて欧州議会にも2人の議員を送り込んだ。

BNPは今回、下院選挙に300人以上、地方選挙に700人以上の候補を擁立しているが、最も重点を置いているのは、ロンドン北東部バーキング・アンド・ダゲナム区(Barking and Dagenham)の区議会で、労働党に代わって最大政党の座を得ることである。BNPはこれまで、自治体の最大政党となったことは一度もない。

受け入れられやすい要素揃う

BNPが移民排斥を訴える際の常套句は、「大量に流入する移民が、英国人の雇用を奪い、公営住宅への入居や、希望する公立学校に子供を入学させるチャンスも奪っている」というものである。バーキング・アンド・ダゲナム区は、もともとは労働者階級の白人が住民の大半を占めていたが、過去10年で移民の数が急増した。また、公営住宅が大幅に不足しているほか、2002年に区内の自動車大手フォードの工場が車体の製造を中止したことで、大量の失業者が出たという背景もある。このように、同区ではBNPの主張が受け入れられやすい要素が揃っており、それが効を奏したのか、同党は2006年の同区区議会選挙で議席をゼロからいきなり12にまで伸ばし、一気に第二政党の座にのし上がった。更に今回は、過半数の議席を得て、最大政党の座を獲得しようと目論んでいるのである。

BNPのグリフィン党首は今回、同区内の選挙区の一つで、下院選に出馬している。しかし、同党首いわく、下院出馬の目的は、BNPへの批判の矛先を自分に向けることによって、同党が、本命であるバーキング・アンド・ダゲナム区の議席獲得に向けた選挙キャンペーンに集中できるようにするためであるという。同区区議会の議席数は51であるため、過半数を獲得するためには、前回より14議席増やす必要がある。

住民と移民の対立助長との懸念も

抗議活動
2009年10月、ロンドン西部にあるBBCのテレビジョン・センターで、グリフィン党首の番組出演に対する抗議活動を繰り広げる人々
Picture by: LEFTERIS PITARAKIS/AP/Press Association Images

では、しばしばナチスと同列に語られる極右政党が、多文化都市・ロンドンの区の一つで、行政を司るようになる見込みは本当にあるのだろうか。その可能性が低くはないことを指摘する声もあるが、実際は蓋を開けてみなければ分からない。ただ、もしそれが実現した場合、多国籍企業からの同区への投資が減るであろうことは、グリフィン党首自身が認めている。更に、移民と白人住民との間の対立が助長され、住みにくい地域になると指摘する声もある。

英国に大きな変化をもたらすと言われる今回の選挙。それは、極右政党が、更なる支持拡大の証を示す選挙にもなるのか。外国人として英国に住む日本人にとっても興味深いその問いへの答えは、もう間もなく分かる。

National Front

白人至上主義を標榜する極右政党で、日本語では「英国国民戦線」などと訳される。「人種保存協会」など3つの団体が合併して1967年結成。ホームページによると、「大多数の英国人の希望に沿って」、英国を白人のみの国とすることを政策として掲げている。その目的のため、非白人の移民の流入を阻止し、既に英国に住んでいる移民は、「段階的に、人道的な方法で」本国へ帰還させるとしている。70〜80年代には多くの党員を抱えていたが、現在は下火。本部はウェスト・ミッドランズ地方ソリハル市。ウェブサイトはwww.national-front.org.uk

(猫)

 

著名作家の記事で議論が再燃 名誉毀損と科学報道

著名作家の記事で議論が再燃
名誉毀損と科学報道

4月1日、英国における科学報道のあり方に光明をもたらす、画期的な事件があった。ノンフィクション作家のサイモン・シン氏を名誉毀損で訴えていた英国カイロプラティック協会が訴えを取り下げた結果、言論の自由に関する議論が再燃している。この事件を振り返りながら、「科学的な事実報道を妨げる法律」であるとして国連からの批判を受けているという、英国の名誉毀損法についての議論を追う。


Simon Singnサイモン・シン (Simon Singn)
ケンブリッジ大学で物理学の博士号を取得したのち、BBCに勤務。そこで製作に携わったドキュメンタリー番組「フェルマーの最終定理」の取材内容をまとめた本がノンフィクションのベストセラーとなり、科学ジャーナリスト・作家として一躍注目を浴びるようになる。専門的な知識が必要とされる各分野を分かりやすく、そして知的におもしろく解説する文章力には定評がある。2003年に大英帝国勲章を受勲している。

サイモン・シン氏の名誉毀損裁判の歩み

2008年4月 サイモン・シン氏が、「ガーディアン」紙のウェブサイトに掲載しているブログ上において、英国カイロプラクティック協会についての批判的な見解を述べる。同協会は名誉毀損でサイモン・シン氏を告訴
2009年5月 高等裁判所が、サイモン・シン氏がブログ上で述べた見解には、英国カイロプラクティック協会が詐欺を働いていると示唆する文章が含まれており、名誉毀損に当たるとの訴えを認める
2010年2月 サイモン・シン氏が、ブログ上の記述は「正当な論評」に相当するものであり、名誉毀損には当たらないとの訴えを控訴院に提出
2010年4月 控訴院がサイモン・シン氏の主張を認める
2010年4月 英国カイロプラティック協会が名誉毀損の訴えを取り下げる

カイロプラクティックとは?
ダニエル・デービッド・パーマー脊椎や椎骨の歪みを治療者が手を使って治すことで、様々な疾病を治療しようとする代替治療の一つ。カナダ生まれの米国人民間療法士ダニエル・デービッド・パーマー(写真)によって確立された。英国ではカイロプラクターになるための資格取得手続きが法制化されているが、日本では、無認可療法として位置付けられている。

サイモン・シン氏の主な著作

フェルマーの最終定理「フェルマーの最終定理」
Fermat's Last Theorem./Fermat's Enigma: The Epic Quest to Solve the World's Greatest Mathematical Problem
17世紀を生きたフランス人数学者ピエール・ド・フェルマーが残した「フェルマーの最終定理」を、1995年に英国人数学者アンドリュー・ワイルズが証明するまでの数学者たちの苦闘を描く。

暗号解読「暗号解読」
The Code Book: The Science of Secrecy from Ancient Egypt to Quantum Cryptography
エジプト語の神聖文字ヒエログリフで書かれたロゼッタ・ストーンの碑文の解読から、エリザベス1世暗殺に関する暗号文書、さらには量子暗号まで、暗号の歴史をまとめた力作。

ビッグバン宇宙論「ビッグバン宇宙論」
Big Bang: The Origin Of The Universe
創世神話やガリレオの地動説などに代表される宇宙論の歴史を追いながら、宇宙の始まりを説明する、「ビッグバン」という概念が生み出されるまでの過程に起きたドラマを描く。
*文庫版では「宇宙創成」に改題

代替医療のトリック「代替医療のトリック」
Trick or Treatment?
とりわけ英国で流行している、ホメオパシー、鍼治療、アロマセラピー、指圧、リフレクソロジーといった代替療法の数々。その医学的な効果を科学的に分析したノンフィクション。


人気ノンフィクション作家の苦闘

「暗号解読」や「フェルマーの最終定理」などの科学ノンフィクション作家として広く知られるサイモン・シン氏が、英国の言論人たちに小さな希望を与えた。名誉毀損で訴えられた裁判において、2年の歳月と20万ポンド(約3000万円)という資金を費やし、事実上の勝利を勝ち取ったのである。

ガーディアン
「ガーディアン」紙のウェブサイト上で連載されている、サイモン・シン氏のブログ記事

事の発端は、2008年4月に彼が「ガーディアン」紙のウェブサイトへ寄せた文章。そこで同氏は、英国カイロプラクティック協会が、科学的根拠がないまま、乳幼児期の喘息や疝痛(せんつう)、泣き癖の治療にカイロプラクティック治療が有効であるとの見解を示していることに疑問を呈した。この内容に猛反発した同協会に対して、「ガーディアン」紙側は反論を載せるための紙面を提供することを申し出たが、同協会はこれを拒否。筆者本人との協議にも応じないまま、シン氏を名誉毀損で訴えた。

「公正な論評」であると主張するシン氏の期待に反して、裁判所は2009年5月、協会側の訴えを認めた。しかしこの判断を不服としたシン氏が翌月に上級裁判所に控訴した結果、控訴審は最初の審理に間違いがあったとの判断を下す。当初、再控訴の可能性をちらつかせていた同協会が今月中旬に訴訟を取り下げたことで、シン氏の勝利が確定した。

名誉毀損法の実態

勝利の翌日、シン氏は、「ガーディアン」紙への寄稿記事を通じて、裁判の結果を報告した。そして、「英国の名誉毀損法は、社会の利益となるはずの事柄を科学者やジャーナリストが報道することを妨げている」との国連人権委員会の見解に言及しながら、同法のあり方について再考を促したのである。

実際、名誉毀損法で訴えられた場合、ジャーナリストに強いられる負担の大きさは、計り知れない。まず、そのジャーナリストは、判決が下されるまでにかかる費用の大半を払わなければならない。これは、シン氏のようにフリーランスで働く作家やジャーナリストにとっては、死活問題となる。

さらには最終的にどんな判決が下されようと、無実が確定されるまでは、訴えられた側に罪があると見なされる現行法下においては、裁判が実施されている期間中、法的に灰色となったジャーナリストや作家に進んで仕事を依頼する会社は少ないだろう。大企業は、以上のような状況を利用して、名誉毀損法をちらつかせることで不利な報道を封じ込めようとしているとされている。

名誉毀損法の改正は行われるのか

3月31日、下院は同法改正案を否決した。今後再び改正案が検討されるのか、あるとすればどの段階で協議されるのか、といった見通しは全く立っていない。しかしながら、シン氏の訴えが認められたことにより、名誉毀損法の問題点が広く認識されたことは、英国社会にとって大きな一歩となるかもしれない。

労働党と自由民主党は、それぞれのマニフェストで同法改正を実施することを確約している。現行の名誉毀損法がどのように改正されるかは、今後、英国社会がどこまでリベラルになるかの試金石となるのではないだろうか。

Reynolds Defence

英国の名誉毀損に関する裁判報道で頻繁に使われる用語。「タイムズ」紙は1994年、当時のアイルランド首相アルバート・レイノルズが、カトリック教会の性的虐待事件について、議会に意図的に誤った情報を与えていたとの疑惑を報道。レイノルズは、この報道を名誉毀損として訴えた。同裁判を通じて、「重大な疑惑が特定議員に生じ、公的価値があると判断した場合、正当な取材手続きを踏んでいれば、たとえ結果的にその疑惑が立証されなくても、報道する自由があるとする」との弁護が、とりわけ政治家が絡んだ裁判で使われるようになった。

(守屋光嗣)

 

英国流「イラク戦争」の終焉か 「チルコット委員会」とは

英国流「イラク戦争」の終焉か
「チルコット委員会」とは

2009年7月に設置された「チルコット委員会」の公聴会に、今年に入ってからブレア前首相及びブラウン首相等が証人として出席し、イラク侵攻の正当性等について証言した。イラク戦争の総括的検証を目的とした同委員会をもって、英国はイラク戦争に終止符を打てるのだろうか。各メディアの報道が総選挙一色に染まる中、今年夏にも調査報告が発表されると伝えられている、同委員会の動きに注目する。

「チルコット委員会」における5つの主要論点

    ブレア氏
    公聴会の席上でイラク参戦の正当性を主張するブレア氏 Picture by: PA/PA Wire/Press Association Images
  • 1. 英・米両政府の関係に関する論点
  • 02年の時点で、ブレア前首相はブッシュ前米大統領との間で、イラク侵攻における英軍の役割及び参戦等に関する確約を交わしていたか否か等


  • 2. 英国のイラク侵攻に関する論点
  • ブレア前首相は、イラク侵攻は国際法に反する行為である旨の忠告を受けていたか否か。また、既に決議された国連決議だけでは正当性は不十分とし、イラク侵攻へ反対姿勢を取っていた前法務長官のゴールドスミス上院議員が、侵攻直前に「合法」との決断を下した判断能力及びその背景等


  • 3. イラク侵攻における情報取り扱いに関する論点
  • 「45分の脅威(本文参照)」等における情報局秘密情報部(通称「MI6」)の情報の取り扱い方法、及び情報の信憑性に関する調査能力等


  • 4. 英軍に関する論点
  • 政府は、イラク開戦前の英軍派遣準備を遅らせる等、英軍の行動に何らかの支障をきたす事態を生じさせたか否か。また、派遣準備を故意に遅らせることにより、不必要で予算がかさむ緊急作戦に頼らざるを得なかったか否か等


  • 5. イラク国家再建に関する論点
  • イラク侵攻後のイラク国家再建に伴う、英国が負担することとなる長期的な多額の資金やその見通し等の十分な検討を行ったか否か等

イラクにおける英軍配置地図

イラクにおける英軍配置地図

イラク戦争


イラク年表

1920年 英国の委任統治領に
1932年 英国より独立
1958年 軍クーデターにより王政廃止
1968年 アラブ社会主義「バース党」によるクーデターで、バース政権発足
1979年 サダム・フセイン政権発足
1980年 イラク・イラン戦争勃発
1990年 イラクがクウェートに侵攻
1991年 湾岸戦争勃発(米軍率いる英軍等多国籍軍による「イラク侵略」)
2003年 イラク戦争勃発(別称「第二次湾岸戦争」、米・英軍率いる多国籍軍による「イラク侵略」)
2009年 英軍、及び米軍戦闘部隊の撤退始まる
2010年 イラク国民議会選挙実施により新政権発足予定
2011年 米軍全面撤退予定

イラク駐留英軍撤退とその評価

2009年4月、英軍戦闘部隊がイラク南部バスラから撤退したことを契機に、英政府は、事実上、イラク戦争に終止符を打つ予定だった。03年3月のイラク侵攻以降、英国は179人の兵力を失ったが、ブラウン首相は、今般の英軍撤退はイラクにおける治安の安定を象徴するものであるとし、「イラクはサクセス・ストーリーの一つとなった」と賞賛した。

一方で、イラク侵攻の合法性や占領政策に疑問を持つ声が、この頃より英国内で再び目立ち始めるようになる。かかる世論や野党の突き上げにより、ブラウン政権は、09年7月の英軍全面撤退後、イラク戦争を総括的に検証する目的で、「イラク独立調査委員会(通称「チルコット委員会」)」を設置するに至った。

イラク侵攻と政治スキャンダル

英国のイラク戦争に関する独立調査委員会の設置は、これで4回目となる。03年3月、1回目となる下院外務委員会等による喚問では、イラクの大量破壊兵器保有に関する情報の信憑性や、イラク侵攻の合法性等が検証された。その結果、当初、イラクにおける英政府の情報入手能力は限られており、英政府は米政府からの情報に頼らざるを得なかったとし、また、「結論付けるには時期尚早」としながらも、英国に対するイラクの脅威は確かに存在したと結論付け、政府の主張を大筋認めた。

しかし、03年5月、BBCは「イラクは45分以内に大量破壊兵器の実戦配備が可能である」とした報告書の内容(通称「45分の脅威」、02年9月英政府発表)が、イラクの脅威を誇張したものであったと報じ、先の外務委員会の結論に疑義を呈した。むろん政府側は、BBCの報道を全面否定すると共に、「45分の脅威」の情報源は国防省顧問デビッド・ケリー博士(当時)であると発表。これを受け、同年7月、外務委員会から証人として召喚されたケリー博士が、喚問数日後に遺体で発見される事態となり、政治スキャンダルへと発展した。

イラク戦争の最終章に向けて

04年1月、ケリー博士の死に関する真相究明を目的とした2回目の「ハットン委員会」は、「45分の脅威」の誇張はBBCによる「誤報」であったとし、ケリー博士の死を自殺と見なし、政府の責任及び関与を否定。事態の収拾を図ったものの、一向に見つからない「イラクの大量破壊兵器」に関しては不透明なままだった。  

かかる事実関係を検証するために設置された3回目の「バトラー委員会」は、04年7月、旧フセイン政権は配備可能な生物・化学兵器を有していなかったとし、「45分の脅威」の情報には「深刻な欠如があった」と結論付けた。ただし、政府は国民を誤った方向へ導くことを意図としてはいなかったとし、イラク参戦過程におけるブレア政権の政治責任に関しては触れぬまま散会となった。

そして09年、政府は、「チルコット委員会」を設け、イラク戦争を総括的に検証することとなった。ブラウン政権は、同委員会を最後に、国内に物議を醸し続けたイラク戦争に幕を閉じたいと考えているものとみられるが、これがその最終章となり得るかは、依然として未知数である。

Invasion of Iraq / Iraq War

「イラク侵攻(Invasion of Iraq)」は、イラクの大量破壊兵器、及び故サダム・フセインによる世界的な脅威等を理由に、03年3月20日に開始された米・英軍率いる多国籍軍の攻撃から、同年5月1日、ブッシュ前米大統領が行った「戦争終結宣言」までを指す。「イラク戦争(Iraq War)」は、同「宣言」後から現在に至るまでを意味する。イラク侵攻後、イラクはアル・カイダ等のテロ組織の温床となり、また宗派・民族間抗争の激化から内戦が懸念された。近年、イラクの治安は改善傾向にあるとみられるが、依然として大規模なテロ攻撃が発生している。

(吉田智賀子)

 

飛行機、鉄道、郵便…… ストライキに揺れる英国

飛行機、鉄道、郵便……
ストライキに揺れる英国

3月、航空大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のキャビン・クルーによるストライキが2回にわたって実施された。イースター休暇明けに予定されていた鉄道のストライキは中止となったものの、代わって夏に行使される予定となっている。また郵便や教育業界における労働紛争もしばしば世を騒がせており、英国でストライキに関するニュースには事欠かない。いつ果てるとも知れない会社経営者と労働組合の争いの実態とは。

英国の主な労働組合

ボブ・クロウ書記長
英国の地下鉄や鉄道で頻繁にストライキを実施することで知られる、RMTのボブ・クロウ書記長

RMT(The National Union of Rail, Maritime and Transport Workers)
公共交通機関の、特に保守作業を担う労働者が多く所属する。組合員数は約8万人。規模は小さいが、鉄道ストライキを実施するなどして大きな影響力を持つ組合の一つ。
www.rmt.org.uk

 

Unison
英国で第2位の規模を持つ労働組合。地方政府や国民医療保険(NHS)機関などの公的機関に勤める職員たちが多く参加している。組合員数は約134万人。
www.unison.org.uk

NUT(National Union of Teachers)
約30万人の組合員数を誇る、欧州で最大の教職員組合。教員免許の所有者のみを対象としている。1870年に創設という古い歴史を持つ。
www.teachers.org.uk

PCS(Public and Commercial Services Union)
公務員を支持母体に持つ労働組合としては、英国最大。国税庁、労働・年金省など分野ごとにさらに小さなグループが形成されている。組合員数は約32万人。
www.pcs.org.uk

TUC(Trades Union Congress)
総計650万人の労働者を擁する58団体が名を連ねる、英国における労働組合の全国中央組織。UniteとUnisonの組合員がその半数を占める。
www.tuc.org.uk

トニー・ウッドレー共同書記長 抗議集会で演説を行うUniteのトニー・ウッドレー共同書記長

Unite
BAのストライキで一躍脚光を浴びた、単体としては英国最大の労働組合。対象とする業種は多岐にわたり、所属する組合員数は200万人以上に達する。
www.unitetheunion.com

CWU(Communication Workers Union)
大手電気通信会社BTなどのテレコミュニケーション関連企業に加えて、ロイヤル・メールで働く労働者が多く参加している組合。組合員数は約25万人。
www.cwu.org

NASUWT(National Association of Schoolmasters/Union of Women Teachers)
もともとは上記NUT内のグループの一つとして誕生。同組合の方針に対する考えの相違を理由として、1922年に独立した。組合員数は約20万人。
www.nasuwt.org.uk

GMB
様々な分野における労働者が参加する労働組合。とりわけ公的機関で働く肉体労働者たちが多く参加する。組合員数は60万人以上。
www.gmb.org.uk

労働組合による主なスト騒ぎ

2009年

10月末 postロイヤル・メールが数週間にわたり、断続的にストを実施
12月中旬 post BAが年末年始にかけてのスト実施を予告
写真右:スト実施決定を発表するUniteの関係者たち
12月17日 高等法院が違法との判断を下したために、年末年始に予定されていたBAのストは中止に

2010年

3月22日 BAがついにストを実施。3日間にわたり、238便が欠航
3月25日 RMTがイースター期間終了直後から のストライキを予告
3月27日 BAが4日間にわたり、再びストを実施
4月1日 高等法院が違法との判断を下したため に、イースター期間直後に予定されて いたRMTのストは中止に

ストライキが及ぼす影響

英国で、ストライキに関するニュースが盛んに報じられている。航空大手のブリティッシュ・エアウェイズ(BA)は、3月末に合計7日間にわたってストライキを実施。司法の判断で阻止されたものの、イースター休暇明けには全国的な鉄道ストも予定されていた。また2009年の秋には、ロイヤル・メールの職員が多く加入する労働組合CWUが及ぶ断続的な郵便ストを敢行している。

これらのストライキによって、英国市民は大きな被害を受けている。昨年の郵便ストによる影響を最も受けたのは、経済的な理由から別の輸送手段を利用することが容易ではない小規模なインターネット通販の会社であった。スト期間の前後に頻発した発送物の紛失や配達の遅延によって、顧客の信頼を失った会社も多いという。

21世紀の労働組合

1980年代の保守党政権を率いたマーガレット・サッチャー元首相は、当時の労働組合が画策したストライキを、次々と法的に封じ込めることに成功した。しかし、90年代後半に政権が労働党に移ると、労働組合は新たな方法を使って次第に力を取り戻していった。英国のメディアは、最近の労働組合を「武闘派(militant)」と表現することが多い。その理由は、雇用条件や給与、年金システム等の変更を会社側が提示してきたときに、話し合いによって粘り強く交渉を続けることよりも、すぐさまストライキを実施することで経営側に揺さぶりをかけようとする動きが増えているからだ。20世紀の英国においては、ストライキはまだ労働争議における最後の手段と見なされていた。しかし、現在では交渉の出鼻からストライキを持ち出すことによって、労働組合は自らの存在とその影響力を、社会と経営陣に誇示しようとしているとさえ受け止められている。

不可解なボーナス支給が背景に

強力な労働組合を持つ業界の雇用条件は、実際のところ、平均的な民間企業のそれよりも恵まれていることが多い。多くの人が失業を余儀なくされているこの不況下において、ストライキをちらつかせながら待遇改善を求める姿が、世の中の理解を得るのは難しいだろう。しかし、責められるべきは労働組合だけではない。鉄道保守会社やロンドン地下鉄の運行に携わる経営幹部やロイヤル・メールの最高経営責任者に支払われる高額な給与さらにはボーナスには、不可解なものも少なくないからだ。

例えば、経営状況が悪化しているロイヤル・メールでは、いくつもの支店を閉鎖したことによって赤字を縮小したとの理由で、最高経営責任者にボーナスが支払われている。また鉄道会社の経営陣には、一定期間の鉄道遅延率が数パーセント改善できたとしてボーナスを支給。遅延率減少の目標値に到達できなくて退任を強いられたときですら、雇用契約だからとボーナスが払われる。こうした企業文化は、労働組合がストライキに訴え出るには十分な理由となる。

一方、有力な労働組合から多額の政治献金を受けている労働党政権は、ストライキに反対の声明を出すものの、その対応については及び腰。結局、ストライキが実行に移される度に最も影響を受けるのは利用者という構図は、いつの時代でも全く変わらないのである。

Bob Crow

ボブ・クロウ。鉄道職員が多く加盟する労働組合RMTの書記長。「スキンヘッド」と形容される髪の毛を剃った頭と、がっちりした体つきといった他者を威嚇するような容貌から、「武闘派組合」の象徴として見られている。ロンドンの労働者階級出身であり、若い頃から一貫して熱心な労働運動の活動者としての人生を歩んできた。その高圧的な性格ゆえ、労働者の中でも彼に反感を示す者は多いとされ、RMTに参加する組合員数は減少傾向にあるという。また親族に組合の要職を与えるなどの行為が報じられるなど、英国各紙の紙面をよく騒がせている。

(守屋光嗣)

 

失業者減少示す雇用統計が発表

「非労働力人口」の増加など
失業者減少示す雇用統計が発表

景気回復の兆しは見えつつあるものの、経済が確実に上向きになるまでにはまだ長い月日がかかると思われる英国。そうした中、国立統計局がこのほど、雇用に関する新たなデータを発表し、失業者数、失業率が共に減少したことが明らかにされた。今回は、この統計について紹介し、英国の現在の雇用情勢を探る。


英国の失業者数の推移

英国の失業者数の推移

就労年齢人口の雇用率の変遷

2008年11月~2009年1月
bar  74.0%
2009年2月~4月
bar 73.2%
2009年5月~7月
bar 72.5%
2009年8月~10月
bar 72.5%
2009年11月~2010年1月
bar 72.2%

(*)「就労年齢人口(working age)」とは、16歳から年金受給開始年齢までを指す。現在の年金受給開始年齢は、女性は60歳、男性は65歳。

非労働力人口(economically inactive people)の内訳

学生
bar  231万1000人
家族の世話をしている
bar 225万3000人
一時的に病気治療中である
bar 18万5000人
長期的に病気治療中である
bar 200万7000人
就職する意欲をなくした
bar 7万4000人
既に引退した
bar 59万5000人
その他
bar 73万3000人

(*)2009年11月~2010年1月の非労働力人口815万7000人の内訳


求職者手当申請者が最も多い地域及び
最も少ない地域の選挙区別統計

求職者手当申請者が最も多い地域ワースト6

選挙区名(カッコ内は地方名) 就労年齢人口に求職者手当
申請者が占める割合
Birmingham, Ladywood
(ウェスト・ミッドランズ地方)
11.6%
Birmingham, Hodge Hill
(ウェスト・ミッドランズ地方)
11.0%
Birmingham, Sparkbrook & Small Heath
(ウェスト・ミッドランズ地方)
9.9%
Birmingham, Erdington
(ウェスト・ミッドランズ地方)
9.6%
Wolverhampton South East
(ウェスト・ミッドランズ地方)
9.6%
Kingston upon Hull West & Hessle
(ヨークシャー&ハンバー地方)
9.6%

求職者手当申請者が最も少ない地域ベスト5

選挙区名(カッコ内は地方名) 就労年齢人口に求職者手当
申請者が占める割合
West Aberdeenshire & Kincardin
(スコットランド)
1.1%
Gordon
(スコットランド)
1.3%
Westmorland & Lonsdale
(イングランド北西部)
1.4%
Orkney & Shetland
(スコットランド)
1.5%
Buckingham
(イングランド南東部)
1.6%

(*)2010年2月時点の求職者手当申請者の数をもとに順位付けしたもの。
Source: ONS


失業者が3万3000人減少

3月中旬、雇用に関する新データが国立統計局(ONS)から発表された。それによると、2009年11月〜2010年1月の失業者数は245万人。前期比3万3000人減と、2007年5〜7月以降で最大の減少幅を示した。

失業率は前期比0.1%減の7.8%。小幅ながら、2008年3〜5月以降で初の減少となった。また、求職者手当(JSA)の申請者数も減少し、2010年2月の申請者は、前月比で3万2300人減の159万人であった。

総選挙を控えた政府にとっては喜ばしいニュースのようであるが、実はそうでもない。それは、失業者数、失業率は減少しているものの、仕事に就いている人の数も減っているためである。今回の統計によると、2009年11月〜2010年1月の英国における被雇用者数は、前期比5万4000人減の2886万人。就労年齢人口(*)の雇用率は前期比0.3%減で72.2%と、1996年9〜11月以降で最低の数字を記録した。

背景に「非労働力人口」の増加

失業者が減っているのに、仕事に就いている人も減っているという不思議な現象の理由は、「非労働力人口(economically inactive people)」と呼ばれる人々が増えているためである。「非労働力人口」とは、就労年齢にありながら、家族の世話をしている、学生であるなどの理由で就労していない人々を指す。「就職する意欲をなくし、求職していない人々」もこの枠に含まれる。2009年11月〜2010年1月の「非労働力人口」は、前期比14万9000人増で約816万人と、過去最高を記録。背景には、不況で職を失って社会人から学生に戻ったり、学校を卒業しても就職できず、学生を続けることを選んでいる人が増えていることがある。

また、これとは別に、失業者数が抑えられている一因には、フルタイムの仕事が見つからないため、パートタイムで働いている人が増えていることがあるとも言われる。

「雇用なき回復」に直面か

今回の統計の発表を受け、クーパー労働・年金相は、失業者数減少のニュースを歓迎しながらも、「まだ危機を脱したわけではない」「1980、90年代は、景気回復後、何年にもわたって失業者数が増え続けた」として、今後の雇用情勢を楽観視する見方をけん制している。まるでこうした警告の言葉を裏付けるかのように、人材紹介大手「マンパワー」は最近、英企業2100社を対象にした調査結果として、「2010年第2四半期に人員増を予定している企業は、人員削減を予定している企業より1%多いに過ぎない」ことを明らかにした。この理由としては、経済情勢の改善見通しが確かになるまで雇用を控えている企業が多いためであるとの説明がなされている。

英国は今後、景気回復を遂げたとしても、失業率は高止まりする「雇用なき景気回復(jobless recovery)」と呼ばれる現象に向かうとの声が聞かれている。この国の厳しい雇用情勢は、まだ当分続きそうである。

(*)16歳から年金受給年齢まで。現在の年金受給年齢は、女性は60歳、男性は65歳。

Jobseeker's Allowance

失業中であり、積極的に仕事を探している人に対して支払われる福祉手当。「求職手当」などと訳される。受給資格の年齢制限は、18歳から年金受給年齢に達するまで。また、就労していても、就労時間が週平均16時間以下であれば受給資格がある。求職手当には2つの種類があり、過去2年間の国民保険料(NI)の納付額に応じて支払われるタイプと、収入及び貯蓄額に応じて支払われるものがある。前者は最高182日間支給され、25歳以上の場合、週当たりの支給額は最も多くて64.30ポンド(約8800円)。後者も、独身で25歳以上の場合の週当たりの最高支給額はやはり64.30ポンドとなっている。

(猫)

 

美術展が国際政治の舞台に 王立美術学校の苦悩

美術展が国際政治の舞台に
王立美術学校の苦悩

2010年秋に開催予定となっていた王立美術学校での展示会が、人知れずキャンセルされていたことが判明した。リヒテンシュタイン公国の君主が所有する貴重な絵画が出展されることから大きな注目を集めていただけに、関係者も落胆の色を隠せない。事件の背景には、国際政治をめぐる複雑な経緯があった。


王立美術学校とリヒテンシュタイン家の争い

王立美術学校
リヒテンシュタイン家
英国の国税局とのトラブルを受けて、王立美術学校で予定されていた展覧会への出品をキャンセル。過去にも、リヒテンシュタイン国内に資産を預けている顧客に脱税の疑いがあるとして、情報公開を求める英国やドイツといった欧州諸国と揉めたことがある。
王立美術学校
英国における美術界の最高権威として君臨する美術学校。芸術教育の振興と資金集めのための展示を行う場として、ロンドン中心部に巨大な展示スペースを設けている。2010年秋に、リヒテンシュタイン家が所有する美術・芸術工芸品の展覧会を開催する予定となっていた。

イースター期間中に開催しているロンドンの主な美術展

Van GoghThe Real Van Gogh
王立美術学校

後期印象派の代表的画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの油絵65点と素描30点を集めた展示会。
4月18日(日)まで £12

Royal Academy of Arts
Burlington House Piccadilly London W1 0BD
Tel: 0844 209 1919
Piccadilly Circus/Green Park駅
www.royalacademy.org.uk

MichelangeloMichelangelo’s Dream
コートールド美術館

イタリア・ルネサンスの巨匠、ミケランジェロが残した有名な素描作品である「夢」が公開される。
5月16日(日)まで £5

The Courtauld Institude of Art
Somerset House, Strand London WC2R 0RN
Tel: 020 7872 0220
Charing Cross駅
www.courtauld.ac.uk/gallery

Henry MooreHenry Moore
テイト・ブリテン

日本人の間でも高い人気を誇る英国人アーティスト、ヘンリー・ムーアの彫刻作品が並ぶ。
8月8日(日)まで £12.50

Tate Britain
Millbank London SW1P 4RG
Tel: 020 7887 8888
Pimlico駅
www.tate.org.uk/britain

Arshile GorkyArshile Gorky
テイト・モダン

旧ソビエト連邦諸国の一つであるアルメニア生まれの米国人画家、アーシル・ゴーキーの回顧展。

5月3日(月)まで £10
Tate Modern
Bankside London SE1 9TG
Tel: 020 7887 8888
Southwark駅
www.tate.org.uk/modern

Paul NashPaul Nash: The Elements
ダリッチ・ピクチャー・ギャラリー

シュールレアリズム作品を代表作とする英国人画家、ポール・ナッシュの回顧展。

5月9日(日)まで
Dulwich Picture Gallery
Gallery Road London SE21 7AD
Tel: 020 8693 5254
North Dulwich / West Dulwich駅
www.dulwichpicturegallery.org.uk

Paul NashKingdom of IFE
大英博物館

12〜15世紀に偉大な文明を築いた西アフリカ。その歴史を刻んだ彫刻作品などを展示する。
6月6日(日)まで £8

British Museum
Great Russell Street London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Holborn/Tottenham Court Road駅
www.britishmuseum.org


君主とのトラブルで美術展は中止に

今年秋に王立美術学校での開催が予定されていた、リヒテンシュタイン家が所有する美術・芸術工芸品の展覧会が中止に追い込まれた。昨年末から、美術批評家たちがこぞって「2010年における芸術イベントの目玉」として取り上げていた同展は、リヒテンシュタイン公国君主のハンス・アダム2世が蒐集・所有する美術品が数十年ぶり、もしくは初めて英国で公開されることになっていただけに、中止を嘆く声も少なくない。

ロンドンの夕刊紙「イブニング・スタンダード」の報道によると、ハンス・アダム2世が突然、彼の美術品を英国に運ぶこと、つまり貸し出すことを昨年12月に白紙にしたのが原因とのこと。彼がこのような行動に出たのには、もちろん理由がある。2006年にロンドンで行われたオークションで、ハンス・アダム2世は英国の美術ディーラーを通して、16世紀の名作絵画群を購入した。ところが、英国貴族が所有していたそれらの絵画の売買取引に不明な点があるなどの理由で、英国の国税局(HMRC)が、絵画を英国から運び出す許可を出さずにいる。自らの資金で購入した絵画が売買成立後、数年を経ても自分の手元に届かないことに業を煮やしたハンス・アダム2世は、怒りの矛先を王立美術学校に向け、美術品の貸し出しを突然キャンセルしたのだ。

リヒテンシュタインと英国の微妙な関係

リヒテンシュタインと英国の間には、また別の問題が横たわっている。顧客情報に関する守秘義務を頑なに守ることで知られるリヒテンシュタインには、各々の国での徴税を逃れようとする個人投資家たちの資産が集まる。そのような仕組みを作ることで、リヒテンシュタインは、小国でありながら国際金融市場での地位を築いてきたのである。

しかしながら、徴税を行う立場である欧州各国政府にとって、同国の金融市場は脱税の温床にほかならない。とりわけ大きな懸念を示す英国とドイツは、同国に厳しい取り締まりを要求。これを受けて、ハンス・アダム2世は2008年、個人投資家の資産情報の透明化に取り組む宣言をするに至っている。

巨大化する美術展とその政治的側面

王立美術学校での展示会の開催に関するトラブルは、今回が初めてではない。2008年の「From Russia」展では、展示された絵画の所有主からの訴訟を押さえ込まなければならなかった。同年春に開催された「クラナッハ」展では、広告に使用された女性裸像がなまめかしすぎるとして、ロンドン地下鉄構内でのポスターの掲示を拒否されている。さらに2009年の「ビザンツ美術」展では、展示物を所有する美術館の担当者へ支払うロンドン滞在費が捻出できなかったため、一部の展示がキャンセルになったという出来事もあった。

英国では、大規模な美術展をブロックバスター(Blockbuster)と表現することが多い。美術展の規模がブロックバスター化するほど、利権、国家間の綱引き、資金の調達などが複雑化してくる。王立美術学校が今回巻き込まれた騒動は、芸術事業のそうした政治的な側面を如実に表している。

リヒテンシュタイン

正式名は、リヒテンシュタイン公国。オーストリアとスイスに挟まれた小国で、人口は約3万5000人。首都はファドゥーツ。公国を治めるリヒテンシュタイン家の歴史は、12世紀まで遡ると言われる。立憲君主国家ではあるが、同国における同家の影響力は非常に大きい。1989年に即位したハンス・アダム2世は、3男1女の父。普段はウィーンに居住しており、ダイビング、乗馬などを趣味とする。ハンス・アダム2世の個人資産額は、ヨーロッパ王室の中でもずば抜けており、英国のエリザベス女王のそれをはるかに凌ぐとされる。

(守屋光嗣)

 

危険な犬対策の新案が発表

威嚇と自衛の道具として飼育増加
危険な犬対策の新案が発表

動物愛護の国として知られる英国。犬や猫を飼う人が多いのはもちろんのこと、チャリティー団体による、虐待されている動物の救助や保護活動などに関するニュースもメディアにたびたび登場する。その一方で、これも動物関連ではあるが、全く違う種類のニュースで、近年しばしば聞かれるのが、どう猛で危険な犬に子供が襲われ、負傷したり殺されたりする事件だ。

危険な犬に関する英国の現行法

1991年危険犬種法(Dangerous Dogs Act 1991)」では、下記の4つのタイプの犬の所有、繁殖、販売、交換、譲渡、販売のために広告を出すことなどが禁じられている。

  • 危険な犬ピット・ブル・テリア(Pit Bull Terrier)
  • 土佐犬(Japanese Tosa)
  • ドゴ・アルヘンティーノ(Dogo Argentino)
  • フィラ・ブラジレイロ(Fila Braziliero)

同法は、上記4つの「タイプ(type)」の犬が違法であると規定しており、「種(breed)」という言葉は使っていない。これは、禁止の対象を、他の犬種の血が混じっていない純血種(pure breed)のみに限定しないためである。

個々の犬が、上記4つのタイプに該当するかどうかは、犬の外見的特徴が、同4タイプの犬に当てはまるかどうかで判断される。住民の通報を受けるなどして、警察や自治体が、違法と思われるタイプの犬を捕獲した場合、上記4つのタイプに該当するかどうかは、個々のケースごとに裁判所が判断する。違法なタイプの犬の所有に対しては、最高5000ポンド(約68万円)の罰金または最高6カ月の禁固刑(または両方)が科せられる。

「ピット・ブル・テリア・タイプ」の犬と判断される可能性のある犬の種類名には、「アメリカン・スタッフォードシャー・テリア」、「アイリッシュ・スタッフォードシャー・ブル・テリア」、「アイリッシュ・ブルー・ノーズ」、「アイリッシュ・レッド・ノーズ」などがある。「スタッフォードシャー・ブル・テリア」は合法である。

また、上記4つのタイプに限らず、すべての犬は、公共の場で「危険な程度までに制御できない状態(dangerously out of control)」になったり、公共の場で他人に怪我を負わせた場合、その飼い主は、同法のもと、違法行為を犯したことになる。刑罰は、最高2年の禁固刑または罰金(または両方)である。


危険な犬への対処に関する政府案

(2010年3月9日発表)(一部)

  • 現在は、犬が「危険な程度までに制御できない状態」になったり、他人を負傷させた場合、飼い主が処罰されるのは、そうした事態が公共の場で発生したケースのみに限られるが、これを個人の住宅敷地内で発生した場合なども含むこととする。
  • 口輪所有、飼育などが合法ではあるが、どう猛で危険である犬の飼い主に対し、警察及び 自治体が、「犬監督通告(Dog Control Notice)」を発行できるようにする。これを発行された飼い主は、犬を紐でつなぐ、口輪をはめる、去勢する、などの処置を取ることを義務付けられる。
  • 犬が人を襲って怪我をさせた場合などに備え、すべての犬に保険をかけることを飼い主に義務付ける。
  • すべての犬に、飼い主の名前・住所などの情報を記録したマイクロチップを埋め込むことを義務付ける。

子供が犬に襲われて負傷・死亡した事件

  • リバプール市で2009年11月、祖母宅で飼われていた犬に襲われて4歳男児が死亡。犬は、男児の叔父が所有していたもので、違法な「ピット・ブル・テリア・タイプ」だった。
  • ウェールズ南部で2009年2月、生後3カ月半の男児が、祖母宅で飼われていたスタッフォードシャー・ブル・テリアを含む2匹の犬に襲われて死亡。
  • イングランド北西部セント・ヘレンズ市で2006年12月末、祖母宅で飼われていた犬に襲われて5歳女児が死亡。犬は、女児の叔父が所有していたもので、違法な「ピット・ブル・テリア・タイプ」だった。
  • レスター市で2006年9月、生後5カ月の女児が、ロットワイラー犬2匹に襲われて死亡。
  • エリザベス女王の妹アン王女が2002年4月、バークシャー州の公園で飼い犬の イングリッシュ・ブル・テリアを散歩中、1匹が逃げ出し、12歳と7歳の男児2人に噛み付き、軽症を負わせた。これを受け、アン王女は同年11月の裁判で、500ポンド(約6万8000円)の支払いなどを命じられた。なおこの同じ犬は2003年12月、エリザベス女王の飼い犬のコーギー犬に噛み付いて怪我を負わせ、コーギー犬は回復の見込みがないと判断され、安楽死させられた。

Source: DEFRA、Directgov、BBC

保険やマイクロチップを義務付けヘ

犬アラン・ジョンソン内相は3月初旬、どう猛で危険な犬から人々を守ることを目的とした新政策案を発表した。イングランド及びウェールズを対象とした同案は、「犬が人を襲って怪我をさせた場合などに備え、すべての犬に保険をかけることを飼い主に義務付ける」、「すべての犬に、飼い主の名前・住所などの情報を記録したマイクロチップを埋め込むことを義務付ける」などの提案が盛り込まれており、現在、警察や動物保護団体などを対象とした意見聴取作業が行われている。

同案発表の背景には、特に都市部の貧困地区で、一般に「不良少年」と呼ばれるような青少年たちが、自分の「強さ」を誇示するためにどう猛な犬を飼う傾向が見られること、また、こうした犬が子供などを襲う事件が発生していることがある。危険な犬の対策法である「1991年危険犬種法」では、「ピット・ブル・テリア」「土佐犬」など4つのタイプの犬の所有、繁殖、販売等が禁止されている。しかし、どう猛な犬を街中で連れ回す不良少年たちには、違法なタイプの犬と合法なタイプの犬を交配・繁殖させることで、法に触れないようにしながら、恐ろしげな風貌の犬を所有しているケースも少なくない。交配させる合法な犬のタイプでは、ロットワイラー犬やスタッフォードシャー・ブル・テリア犬などが人気だという。

ナイフに代わる「武器」として飼育か

犬不良少年たちが、「恐ろしげな風貌」の犬を飼い、連れ回す理由は、他の不良少年たちを威嚇すると共に、自分を守る道具にするためであるとされており、マスコミなどでは、自らの「タフ・ガイ」としての地位を示すという意味からか、こうした犬は総称して「ステータス・シンボル」ならぬ「ステータス・ドッグ」と呼ばれている。警察や獣医などの間では、近年の青少年によるナイフ犯罪増加を受け、警察によるナイフ所持の取り締まりが強化されたため、刃物に代わる「武器」として、どう猛な犬を連れ回す少年が増えたのではないかという意見も聞かれる。

危険な犬に子供が襲われた最近の事件では、昨年11月、リバプール市で4歳の男児が、叔父が所有していた違法なタイプの犬に噛み殺されたというものがあった。こうした背景を受け、ロンドン警視庁は昨年3月、危険な犬の対処専門班を設置し、前述の1991年法の下、これまでに1000匹以上の犬を捕獲したという。

問題の根源に対処すべきとの声

冒頭で述べた新政策案については、既に様々な反応が出ている。まず、すべての飼い犬に保険をかけることを義務付けるのは、良心的な犬の飼い主にとって不公平であるなどの批判が出ている。また、単に実行不可能であるとの指摘もある。

さらには、そもそもの問題は、少年たちに、ナイフの代わりに犬を連れ回すようにさせる社会のあり方であり、犬そのものではなく、根源にある貧困や社会的排除(social exclusion)などの問題に取り組むべきであるとの声も聞かれる。新政策案は、近日中に実施が予定されている総選挙での票集めを狙ったものとも言われているが、多くの人に影響する問題であり、選挙後も次期政権による対応が継続することが期待される。

RSPCA

1824年設立の、世界最古の動物愛護団体。正式名称は「Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals」で、「王立動物虐待防止協会」などと訳される。本部はウェスト・サセックス州サウスウォーター。虐待されたり捨てられた動物、事故や災害などで怪我をした動物の救出・保護、それら動物が野生に戻るためのリハビリ処置、里親探しなどを行う。また、各地に動物病院及び動物クリニックを設置し、病気の動物の治療を行っている。コーギー犬好きで知られるエリザベス女王もパトロンの一人である。ウェブサイトは www.rspca.org.uk

(猫)

 

EUに保護された英国の名産品

あなたはいくつ知っている?
EUに保護された英国の名産品

生産農家の数が年々減少している英国の野菜「ヨークシャー・フォースド・ルバーブ」に2月、EU保護食品(EU Protected Food)の称号が与えられた。かつて「食べもののまずい国」として広く知られながらも、近年になってその食の質を格段に上げた英国における伝統の食材には、ほかにどのようなものがあるのだろうか。

英国の主な保護食品

英国の主な保護食品

  • Protected Designation of Origin(PDO) 特定の地域において、生産、加工、調製のすべてが実施された名産品
  • Protected Geographical Indication(PGI) 特定の地域において、生産、加工、調製のいずれかが実施された名産品
  • Traditional Specialty Guaranteed(TSG) 独特の伝統を受け継いでいると見なされた名産品

各紙の紙面を騒がせた赤い茎状の野菜

2月末、英国の各紙には、暗い倉庫の床に敷き詰められた土からひょろりと伸びる、赤い茎状の野菜の写真が大きく掲載された。日本人にとってはあまり見慣れないその野菜の正体は、「ヨークシャー・フォースド・ルバーブ」である。

かつては200軒もの生産農家があったにもかかわらず、今ではわずか12軒の農家が生産するのみのヨークシャー・フォースド・ルバーブに、欧州食品保護政策の保護食品としての認可が与えられたことを受けての報道であった。この決定により、イングランド北部ヨークシャーのリーズ、ウェイクフィールド、そしてブラッドフォードの3都市を結んだ三角の域内にある農家が生産するルバーブだけが、「ヨークシャー・フォースド・ルバーブ」として販売されることが法的に認められた。

ヒラリー・ベン環境・食糧・農村相が生産者たちに祝辞を送るなど、このニュースを受けた英国は、大騒ぎになった。栽培農家にとっては長い伝統を受け継いできた生産品の意義を広く社会に知ってもらえたことは、大変な喜びとなっただろう。

EUの食品保護政策とは

「保護食品」としての地位を与えることにより、生産者の権利と生産物のブランド名を守ることを目指すEU食品保護政策が始まったのは、1993年。以来、欧州域内にある様々な名産品がこの保護下に置かれることになり、現在のところ、この保護リストには、1300を超える食品がある。恐らく最も広く認知されているのは、フランスの「シャンパン」、イタリアの「パルマ・ハム」などだろう。

保護食品は、異なる3つのカテゴリーに分けられる(上図参照)。ヨークシャー・フォースド・ルバーブのように、限定されたある特定の地域において、生産、加工、調製のすべてが実施された名産品がPDO。ウェールズ・ビーフのように、特定の地域でそれらの行程のうちいずれかが実施された食品がPGIだ。さらに、生産手法などの伝統に特異性があると認められた食品には、TSGという称号が与えられる。

これらの称号を得るためには、長い準備期間を要するのは言うまでもない。生産されてきた歴史的背景、生産地域との関わり、そして当然ながらなぜその食品が保護対象とされなければならないのかを説明する確固とした理由付け。こうした項目におけるいくつもの審査をくぐり抜ける必要があるため、申請してから認可が得られるまでに、2年を要することもあるという。

英国が保護したい食品

これまで保護食品に認められた英国の食品は、ルバーブを含めてやっと41種類。他方、食の先進国とみなされるフランスやイタリアでは、それぞれ既に300を超しているという。

多くのセレブリティー・シェフが活躍し、食の質は格段に向上してきている英国だが、それでも英国の食事はまずいとの認識はいまだに多くの外国人が持っている傾向がある。そのような悪評を覆すためにも、パルマ・ハム、ロックフォール・チーズなど世界的な知名度を誇る食品と同じ称号を持つ食品が増えることは、英国人にとって大きな名誉となるに違いない。

ルバーブ

和名はショクヨウダイオウ。シベリア南部原産のタデ科植物。英国では旬の5月になると、スーパーマーケットなどで束で販売される。クランブル、パイ、ジャムなどの材料として、調理時に多量の砂糖を使う場合が多い。わずかにセンノサイドを含むことから、口腔内に鈍い刺激を感じたり、食後に下痢になる人もいる。「ヨークシャー・フォースド・ルバーブ」は、その栽培過程において摂氏50度ほどに保たれた屋内に置くという手順を踏むことから、その名に「フォースド(Forced)」という単語が含まれるようになったと伝えられている。

(守屋光嗣)

 

歌手シェリル・コールさんが離婚へ

サッカー選手の夫の浮気騒動で
歌手シェリル・コールさんが離婚へ

テレビにタブロイド紙にと、毎日のようにメディアに顔を出している歌手のシェリル・コールさん。彼女に関する世間の関心事に夫の浮気問題があったが、この度離婚する意向であることが発表された。今回は、某誌から「世界で最もセクシーな女性」に選ばれたこともある彼女の、夫との離別について取り上げる。

シェリル・コールさんプロフィール

シェリル・コール1983年6月30日、イングランド北東部ニューカッスル・アポン・タイン市に生まれる。現在26歳。犯罪と麻薬問題の温床と言われる同市内の公営住宅で育つ。父は塗装工、母は専業主婦で、生活は非常に苦しかったという。子供の頃から歌とダンスが好きで、テレビのダンス大会に出たり、子供対象のモデル・コンテストに応募するほか、テレビ・コマーシャルに出演したこともあった。

11歳の時、父と母が別れる。この際、父と母が実は結婚していなかったこと、2人の兄と姉は「父」の連れ子で、自分と血がつながっていないことを初めて知る(このほか、シェリルさんには実の弟が1人いる)。学業は振るわず、中学卒業後は、地元のカフェやナイトクラブで働いていた。

2002年、18歳で、新しいアイドル・グループのメンバーを選ぶ民放テレビITVのオーディション番組「Popstars: The Rivals」に応募。厳しい競争を勝ち抜き、女性グループ「ガールズ・アラウド」の5人のメンバーのうちの1人に選ばれる。ガールズ・アラウドは2003年5月のデビューから現在に至るまで、シングルを20曲連続でチャートの10位以内に送り込み(うち4曲はチャート1位を獲得)、2009年には「The Promise」でブリット・アワードの最優秀シングル賞を受賞するなど、大きな成功を収めている。

その一方でシェリルさんは2003年10月、ギルドフォード市のナイトクラブで、トイレ係の黒人女性を殴ったとして有罪判決を受け、120時間の公共奉仕活動と被害者への500ポンド(約7万円)の賠償金支払いを命じられるという経験もしている。この際、シェリルさんは、被害者に対して人種差別的な言葉を浴びせたとされたが、人種差別を動機とした暴行の容疑では無罪となった。

シェリル2006年7月、当時プレミア・リーグのアーセナルに所属していたサッカー選手、アシュリー・コールさんと結婚。その後2008年8月、ITVのオーディション番組「The X Factor」の審査員の一人に抜擢されたことをきっかけに、一躍国民的な大スターとなる。2009年秋、ソロ歌手としてデビュー。デビュー・シングル「Fight For This Love」、デビュー・アルバム「3 Words」が共にチャート1位を獲得する。ソロ歌手として米国進出の噂が飛び交う中、2010年2月、アシュリーさんと離婚する意向であることを発表した。

アシュリー・コールさん浮気騒動

1タブロイド紙2008年1月、ロンドン南部在住の美容師の女性(23)が、2007年12月にアシュリーさんと一夜を共にしたことをタブロイド紙に告白。女性は、ロンドン中心部のナイトクラブでアシュリーさんとその友人グループに初めて会い、一緒に酒を飲んだ後、ロンドン北部のアシュリーさんの友人宅に一緒に帰ったという。妻シェリルさんは数週間後、アシュリーさんを許すことを決意。離婚には至らなかった。

22010年2月、アシュリーさんが2009年6月、自分の裸の写真をモデルの女性(28)の携帯電話に送信したことが、女性自身によるタブロイド紙への告白で暴露される。アシュリーさんは、ペイ・アズ・ユー・ゴー式の電話でそれらの写真を自ら撮影したことは認めたが、電話は不要になったため友人に譲った後、更に別の人物の手に渡り、その人物が、データに残っていた写真を女性に送信したと主張した。しかし女性は、タブロイド紙に対し、アシュリーさんとその後、1カ月近くにわたって主にテキスト・メッセージで連絡し合い、お互いの裸の写真を送信し合うなどしたこと、アシュリーさんが女性に電話をかけ、サッカー試合の遠征先で落ち合うことを提案したことなども暴露した。

32010年2月、サッカーのプレミア・リーグ、リバプールで秘書として働いている女性(30)が、2008年後半に、アシュリーさんと2回セックスしたとタブロイド紙に告白。2回とも、場所は英国内のチェルシーの遠征先のホテルだったという。女性はまた、アシュリーさんが、300通以上のわいせつな内容のテキストを送信したことも暴露。アシュリーさんの裸の写真や、下着姿の写真なども送られてきたという。

42010年2月、 米シアトル市議会議員のアドバイザーである米国人女性(28)が2009年7月にアシュリーさんと一夜を共にしたことを暴露した。アシュリーさんは、遠征先のシアトル市内のバーで女性と知り合い、滞在先のホテルでセックスをした。数日後、女性の自宅に新聞記者が押しかけ、アシュリーさんとの関係について取材しようとしたため、女性は慌てて既に英国に帰国していたアシュリーさんに連絡。アシュリーさんは、女性と性交渉をしたことを隠したまま、チェルシーのメディア対応担当者に、マスコミへの対応方法を女性に指示させた。チェルシーは、嘘をつかれたまま情事の隠蔽に関与させられた事態を重くみており、アシュリーさんに何らかの形で処罰を科す見込みである。

52010年2月、モデルの女性(27)が、2004年10月にアシュリーさんとセックスしたことを暴露。当時、アシュリーさんはシェリルさんと交際を始めて間もない頃で、この女性を北ロンドンの自宅に連れ込んだ数時間前には、シェリルさんと共にイベントに出席し、初めて関係を公にしたばかりだった。

「The X Factor」の審査員抜擢で人気急上昇

女性歌手シェリル・コールさん(26)が先月末、夫のサッカー選手、アシュリー・コールさん(29)と離婚する意向を明らかにした。翌日の新聞は、タブロイド紙は勿論、高級紙までもがこのニュースを大々的に報じ、世間の注目の高さを伺わせた。

シェリルさんは2002年、アイドル・グループ「ガールズ・アラウド」のメンバーとしてデビュー。2008 年にITVのオーディション番組「The X Factor」の審査員に抜擢されたことで、知名度、人気共に急上昇した。以後、ソロ歌手としても成功し、最近ではマスコミから「国民の恋人」と呼ばれるまでになっている。しかし、そんな国民的大スターの名声に影を落としていたのが、夫の浮気問題であった。まず2008年初頭、タブロイド紙にアシュリーさんの浮気問題が暴露されるが、この際はシェリルさんが許して和解。しかし最近、また新たに浮気騒動が発覚したことで、シェリルさんが別れを決意し、今回の発表に至った。

ジョン・テリー浮気騒動との比較

これより少し前、アシュリーさんと同じくプレミア・リーグのチェルシー所属であるサッカー選手、ジョン・テリーさんの浮気騒動があった。しかしこの2つの件で、夫に裏切られた2人の妻たちが下した決断とメディアの意見は対照的だった。

夫が元チームメイトの元恋人と浮気したことが発覚した直後、テリーさんの妻は、新聞の取材に対し、「私たちの関係は絶対に壊れない」と述べ、離婚の可能性はないことを明確にした。このコメントを受け、俗に「ワグス(WAGs)」と呼ばれるサッカー選手の妻や恋人たちの多くがそうであるように、テリーさんの妻も、サッカー選手の伴侶であることで手に入る裕福な生活を維持したいがために、夫の浮気も我慢しているのであろうと指摘する声があった。

一方、シェリルさんについては、既に自身の力で経済力も名声も獲得しており、ワグスたちとは対照的な自立した女性なのだから、むしろもっと早くに夫を捨てるべきだったのに、と嘆く声が少なくなかった。また、「浮気男に耐える可哀相な妻」というイメージを捨てたことは、今後のキャリアにも良い影響を与えるはずであるとも言われた。

故ダイアナ妃に比肩する人気獲得か

しかしシェリルさんも、2006年の結婚当時は現在ほどの「経済力」も「名声」もなく、スターとしての地位は夫より低かった。それがこの2年ほどでの活躍で、収入面ではまだ劣るものの、人気と知名度では夫を凌ぐまでになった。このため、「シェリルさんも、もし夫の浮気発覚が結婚直後だったら、離婚に踏み切れなかったかもしれない。しかし、仕事で成功した今だからこそ、一人で再出発できる自信もついているのだろう」として、今回の離婚の決意を、貧困家庭出身の一人の女性が人生の成功をつかむまでの成長物語における象徴的なステップのように語る向きもある。

ともあれ、近い将来に米国進出を控えており、将来は、故ダイアナ妃にも劣らぬ国際的な人気を博するようになるのではと言われるシェリルさん。今後もタレント活動と私生活の両面で、世間の注目の的であり続けることは間違いないだろう。

WAGs

サッカー選手の妻または恋人の女性たちを総称してマスコミなどで使われる言葉。「Wives And Girlfriends」の頭文字を取っている。特に、高額な報酬を得ているプレミア・リーグのサッカー選手の妻または恋人で、夫またはボーイフレンドの財力によって高級ブランドに身を固め、豪勢な家で悠々自適な生活をする女性たちを指すことが多い。そのため、侮蔑的な意味が込められた言葉であると言える。2006年W杯では、普段は静かなバーデン・バーデンの街を着飾ったWAGsたちが集団で練り歩き、夜な夜な飲み明かす様子などが盛んに報道された。

(猫)

 

予算削減で混乱する英国の大学

不況の影響がここにも
予算削減で混乱する英国の大学

英国政府がこれまで推し進めてきた、大学教育を受ける機会の拡充を目指す政策が、金融危機によって難しい局面を迎えている。進学希望者が急増する一方で、政府は大学教育への予算を削減。その影響により、希望する大学に進めない志願者の数は、年間20万人に達するとも言われている。混乱に拍車がかかる英国の大学教育の実態に追った。

増加する大学進学志願者数(国籍別)

増加する大学進学志願者数(国籍別)

Aレベル合格率の推移

Aレベル合格率の推移

Aレベル試験とは

日本の高校レベルに相当する教育課程Aレベル(Advanced Level)における修了試験の通称。通常は18歳の学期末に行われ、大学進学のために必須となる。英語・数学・メディアといった複数の受験科目を選択することができて、成績はA〜Eの5段階で採点される。ただ近年では異常ともいえる合格率の高さから、選抜試験としての意味を成してないとの意見も聞かれ、合格基準の引き上げを実施する大学も出てきている(生徒にとっては、2009年度のAレベル試験において、A大学の経済学部に合格するためには選択した3科目のそれぞれのグレードがA、B、Cになれば良かったとしても、2010年度からは、それがA、A、Bに引き上げられるという事態が起きることになる)。

大学教育への各国の予算(対GDP費)

フィンランド 1.6%
スウェーデン 1.4%
フランス 1.1%
米国 1%
ドイツ 0.9%
英国 0.9%
ポーランド 0.9%
スペイン 0.9%
イタリア 0.7%
日本 0.5%

2010年度英国の大学ランキング*

1. オックスフォード
2. ケンブリッジ
3. インペリアル・カレッジ
4. セント・アンドリューズ
5. ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン
6. ウォリック
7. ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス
8. ダラム
9. エクセター
10. ブリストル
11. ヨーク
12. キングス・カレッジ・ロンドン
13. バース
14. エディンバラ
15. レスター
16. サウザンプトン
17. ラフバラー
18. シェフィールド
19. グラスゴー
20. ノッティンガム

Sources: The Times
*「タイムズ」紙が、生徒の満足度や各施設の状況などを得点化した上で集計

急増する大学入学志願者数

英国では、「労働者階級が大学教育を受ける機会を増やす」という教育政策を現労働党政権が進めてきたことにより、過去10年ほどで、大学進学の希望者が増加している。しかしながら、2008年9月に発生したリーマン・ショック以降の急激な志願者増は、政府の予想をはるかに超えた。急増の一因は、この不況下において、大学、さらに大学院で学び、より安定した職を手にしたいという若年層が増えたためとされている。また解雇等により職を失った結果、再び大学・大学院を目指す人も多く、「デーリー・テレグラフ」紙は、2009年に大学進学を希望した社会人の志願者数は、前年より50%も増えたと伝えている。

しかし緊縮財政を強いられている政府は、大学教育に対する予算を十分に割けていない。例えば、今年度に設定した大学の定員数の総計は、1万人を増加させたのみ。このうち、最も需要が高い大学のフルタイム学部学生の定員数は3000人増やしたに過ぎず、「焼け石に水」との批判が寄せられている。

さらに、英国の大学入学のための資格試験であるAレベル試験の内容が簡単になってきていることも問題視されている。その結果、要求された基準を満たす成績を取る学生が増えたことで、人気の大学、学部の競争率が押し上げられているのだ。

大学側が取った苦肉の策

そんな中、ロンドンにある医科系大学が新入生に、「ギャップ・イヤー」を取ることを勧めたとの事実が報道された。「デーリー・テレグラフ」紙は、バーツ・ロンドン医科大学が昨年秋に新入生に対し、「皆さんの合格は保証されているが、ギャップ・イヤーを使ってもっと世界を経験することは有意義なこと」との手紙を送ったと伝えている。予定定員数を超えてでも優秀な学生を確保したい一方で、管理・運営する奨学金や学生ローンの財源の捻出に悩む大学が取った苦肉の策と捉えることができるだろう。

今年の進学はさらに狭き門

2010年秋の入学を目指す学生には、更なる困難が待ち受けている。まず昨年度に希望した大学に進学できなかった志願者数は、全国で15万人以上と言われている。その中から再び入学を目指す学生は多いだろう。また外国人留学生も急増中。とりわけ大学機関にとっては金銭的に「最上顧客」である非EU圏からの入学希望者は、無視できない存在なのではないだろうか。

さらに人気上位にランクされる大学では、入学基準をより厳格なものにする動きが加速している。要求するAレベルの成績を引き上げたり、加えて独自の試験を課すことを検討するなどの措置を取る学校は、今後も増えていくだろう。そこまでしても、大学側には予定定員数を守らなければならない理由がある。仮に大学が予定定員より多くの学生を合格させると、超過した入学者一人につき、政府から3000ポンド(約40万円)の罰金が科せられてしまうからだ。「ガーディアン」紙は、このような状況において、2010年度に希望する大学・大学院に進めない志願者の数は20万人を超えると試算している。大学入学希望者の冬の時代は、もうしばらく続きそうだ。

ギャップ・イヤー

主に大学に合格した学生が、入学を1年延ばすことを意味する。その1年の使い方は様々で、学費を稼ぐ、ボランティア活動に従事する、また世界中を旅して見聞を深めるなど。英国では1960年代からこのような慣習が社会に浸透してきたと言われており、現在では「ギャップ・イヤー」にできるボランティア活動を商品として販売する会社が数多くある。ただ最近では、英国人へのテロの懸念が高まっていることで、ギャップ・イヤーに子供が海外へ出掛けることに消極的、さらには引き止める親が徐々に増えているとされている。

(守屋光嗣)

 
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