ロンドン市内各地で開催されてきた、バイオリニスト・葉加瀬太郎さんの東日本大震災チャリティー・コンサート。そこで集められた寄付金が3月28日、ツアーで不在の葉加瀬さんに代わり、妻で女優の髙田万由子さんによって英国赤十字社*に渡された。集まった総額は、約5万4000ポンド*。葉加瀬さんとともにチャリティー・コンサートのために奔走してきた高田さんに、震災直後からたった5日間で計7回のコンサートを開いた日々を振り返って頂いた。
(塩月聡子)
髙田万由子(たかたまゆこ)
1971年生まれ。東京都出身。99年にバイオリニストの葉加瀬太郎氏と結婚し、現在は2人の子供とともにロンドンに在住。自身も女優としての活動を続ける一方、葉加瀬氏の音楽家活動を支えている。
地震発生後すぐにロンドン三越にてチャリティー・コンサートを開かれるなど、葉加瀬さんの行動力には感銘を受けました。しかしその分、準備は大変だったのでは?
地震を知ってすぐに、主人はツイッターで被災地に必要と思われる情報を2日間送り続けました。3日目の朝、主人に「どこでも良いからチャリティー・コンサートをしたい。場所を確保してくれ」と言われ、「ロンドン三越は?」と提案しました。三越さんなら、在英邦人の方の多くが場所をご存じですから、たくさんの人に足を運んで頂けると思ったんです。渡邊支店長には「今日の夕方にでも」とお願いしたのですが、最低限の準備期間を考え、翌3月14日にコンサートを開かせて頂くことになりました。とはいえ、ろくな告知はできませんでしたので、どれほどの方に来て頂けるかは見当もつかなかったんですよ。主人も「お店の入り口を開けて、バスキングのように街ゆく人に演奏を聴いてもらおう」と話していましたし、たとえ小さな活動でも毎日続けることで輪を広めていけたら……と考えていました。
しかし蓋を開ければ、通りに溢れるほどの人でしたね。
本当にびっくりしました!何より彼自身が一番驚いていましたね。セッティングもできていない時間から続々と人が集まって下さって、近隣のお店には「リージェント・ストリートが通行できない状態になっている」との連絡が入ったそうです。関係者の方々を始め、日本人留学生たちが主人のツイッターに呼応して、フェイスブックや口コミを通じて情報を広げてくれたんですよ。そのため、規模が大きすぎて同じ場所で続けられなくなってしまって。幸いにも、フォートナム&メイソンやカドガン・ホールの方々が開催を快く引き受けて下さったり、セント・パンクラス駅のユーロスター乗り場前や教会などでもコンサートを開くことができました。

セント・パンクラス駅のユーロスター乗り場前での演奏
私ども聴き手側は、葉加瀬さんの演奏を間近で見られて大感激でしたが、葉加瀬さんや高田さんもこれまでの演奏会とは違ったご経験をされたのではないでしょうか。
そうですね。それぞれの場所で、それぞれ印象的なことがありました。例えば、フォートナム&メイソンでは、螺旋階段上からも見下ろせる地下の食料品売り場で演奏させて頂きましたので、各階でご覧になっていた方が次々とお札を投じて下さったんです。50ポンド札や20ポンド札が天からヒラヒラと舞い降りてくる光景は、なかなか目にできないものだと思いましたね(笑)。また、カドガン・ホールでは準備期間が短かったこともあり、打ち合わせが大変でした。入場料無料を主張する私たちに対して、ホール側は「チャリティーとはいえ、これまで入場料をとらなかった前例はない。ましてや寄付金を集めるためであれば尚更、少なくとも50ポンドぐらいには設定するべきだ」とおっしゃって。けれども葉加瀬は「それでは意味がない」と、頑として反論したんです。
葉加瀬さんの強いポリシーを感じますね。
「お金はもちろんだけど、人の力を集めたい」というのが、彼の一貫した思いでしたから。日本の惨状に胸を痛めつつも「自分たちに何ができるか分からない」と気を揉んでおられる方々の思いを一つに集めて、日本に届けようというのが今回のコンサートの趣旨でした。ですから、どれだけ多くの方に集まってもらうかが重要だったのです。結局、1枚1ポンドで販売したカドガン・ホールでのチケットは数時間で完売し、予想以上の方にお集まり頂けました。
最初の三越さんでのコンサートで、葉加瀬さんがお見舞いの言葉を述べられた後、「さあ、ここからは楽しくいきますよ」と仰いましたよね。その言葉通り、奏でられる音色を聴くうちに気分が明るくなったのが不思議でした。
不思議ですよね。でも、それが音楽の力なんだと思います。どんなに辛くて悲しいときでも、音楽を聴けば心が救われる。音楽は、重く、暗くなった心でさえも上向きにしてくれるんです。主人がいつも「音楽は楽しくなくてはならない」と言っているのはこういうことなんだ、と今回は特に実感しました。色々な音が重なり合うように、人の心も重なり合い、一人ひとりとの距離がグッと近づいたように感じましたね。カドガン・ホールのコンサートでは「音楽が持つ求心力ってすごいな」と思うと自然に涙が流れてきて、会場を見渡すとお客様を始め有志で集まった学生オーケストラの人たちも泣いておられました。彼自身も演奏しながらウルっときていたようです。
今回のコンサートで人との絆を感じ、日本は立ち上がっていける、と勇気づけられた方は多いと思います。
私自身もその一人です。各地でコンサートを開くたびに、多くの人に支えられ、助けて頂きました。三越の渡邊支店長は初日から最後の寄付金の集計作業まで終始サポートしてくれましたし、カドカン・ホールも、前例がありませんでしたが二つ返事でホールを提供してくれました。コンサートのパンフレットも、前日のお昼にやっと演目が決まったにもかかわらず、たった半日で刷り上げてくれて……。後からお話を伺うと、夜中に社員の方々がインクを乾かす作業をして下さっていたそうです。それに、毎回お手伝いをしてくれた学生さんたち*は、演奏が終わる都度、世界中の人々に向けて動画を配信してくれました。もちろん企業、個人問わずすべての皆さんが無償で、日本のためにと買って出て下さったのです。ですから今回、英国赤十字社に寄付させて頂いたお金は、主人一人の力ではなく、集まってくれたお客様を含め、関わって下さった方全員の力の結晶だと思っています。
その思いも、きっと被災地の方々に届くことと思います。
私どもはチャリティー活動を続けていくつもりですし、音楽を通じて世界中の人々の思いを被災地の方々に届けていけたらと思っています。主人が3月19日に日本へ帰国してからは、11歳の娘が積極的にチャリティー・コンサートに参加して主人の曲を演奏しています。今回の震災については皆さん心から日本の復興を応援してくれています。私たちのご近所さんはわざわざ寄付金を持って訪ねてくれましたし、主人がチャリティー・コンサートのために電子ピアノを持ってブラック・キャブに乗っていたら、
その経緯を聞いた運転手さんが5ポンド、「これを寄付して」と手渡してくれました。それも2日連続で!個人レベルでは小さなことでも、集めていくと大きな力になるはず。自分にできることを一人一人がすることで、日本への思いを届けられれば良いと思いますし、主人の音楽がその架け橋になれればうれしいです。
3月28日に行われた英国赤十字社への寄付金受け渡しは、学生ボランティアを始め、コンサート会場を提供したフォートナム&メイソンの代表者などが集まり、和やかな雰囲気の下で行われた。その場にいた全員の柔らかな表情を見ていると、いかに皆が心を一つにしてコンサートを盛り立てていたかが窺い知れたような気がした。
*1 : 英国赤十字社、日本赤十字社への募金の詳細はこちら
*2 : 4月1日現在の集計結果。ホール入場料や企業からの寄付金を合わせると、総額はさらに増す見通し。
*3 : 日本人学生ボランティア団体「Open Mind」「 London for Japan」は、日本国旗へのメッセージ記入を呼び掛ける とともに、募金箱を持って観客の間を回り、寄付金を募った。また「Pray for Japan」もサポートに参加。



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1965年生まれ。東京都出身。83年、ローザンヌ国際バレエ・コンクールでスカラシップ賞受賞後、ロイヤル・バレエ・スクールに留学。84年にサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団 (現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)に入団、4年後には最高位のプリンシパルに。95年にロイヤル・バレエ団移籍後は英国でも有数の実力派として人気を集めたが、2010年、惜しまれつつ同団を退団した。
公演当日。ロビーでは子供たちが募金してくれた観客に折り鶴を渡し、オペラ・ハウスの職員たちが笑顔で手際良く、チケットをさばいていた。突然の大舞台に緊張しつつも、一人ひとり立派に演奏し、観客からの温かい拍手を受けた子供たち、そして本番では舞台裏の混乱を全く感じさせることなく煌びやかな世界をみせるダンサーたち。プロフェッショナルの凄みと人々の素朴な温かみが交錯する1日となった。翌日、吉田さんはロイヤル・オペラ・ハウスのオフィスで、昨日協力してくれた各方面への礼状をしたためていた。長時間にわたったというその作業こそが、いかに多くの人々がその1日を支えていたかを物語っているのかもしれない。















亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。地震被災者の方々に、海外から何らかの形で少しでも、お役に立てることができるとうれしいです。17日にバイオリニストの葉加瀬太郎さんがフォートナム・アンド・メイソンで行った緊急チャリティー・ライブ(第2弾)を途中から聴くことができました。(場所の提供その他の手配にも、様々な良い協力がありました)。店内の壁には日本国旗も吊るされ、日本語や英語のほか、スペイン語やタイ語、ハングルなど様々な言語で激励が寄せられていたのが印象的でした。




サントゥーアン(別名クリニャンクールのみの市)には美術骨董品からガラクタまで様々な物が並ぶ。どんな代物と出会えるか。物と同時に出会うのは、骨董品の陰からぬっと現れる店主。楽しみは尽きない。







美しい物や人、奇妙な物や人を見た後には、うまいものが食べた くなる。カフェやレストランが多いサントゥーアンで、質、量と価 格のバランスがいいのがレバノン料理屋Elissar。Formule Elissar 

サントゥーアンには音楽の伝統が生きている。ジャズ・マヌーシュ とガンゲット(キャバレー音楽)だ。 創業50年以上のカフェ・レ ストランLa Chope des Puces(ロジエ通り122番地)はジャズ・ マヌーシュの殿堂。ジャズにロマ音楽を取り入れたマヌーシュ・ス ウィングの生みの親ジャンゴ・ラインハルトゆかりの場所でもある。親子3代、こ の店でジャズ・マヌーシュを演奏するガルシアさん


かなり上級者の歩き方を挙げよう。まず、週末の早起きは必須。 3時、4時に活動を開始する。 サントゥーアンならばジャン=アンリ・ ファーブル通りからスタート。数件あるDebarras(納戸一掃の店) には相続の品や引っ越し、物置一掃などで回収された中古の品が無 造作に置かれてあり、とんでもない宝が出ることもあるという。ファーブル通りで 28年間スタンドを開くババさん



「腐った小道」と訳すことのできる「Rotten Row」は、ロンドン中心部にある巨大な王立公園ハイド・パークの中にある。Hyde Park Corner駅を出てすぐに見える、公園内の各所に敷かれた乗馬用の土道の一つがそれ。

直訳すると「心臓が血を流している庭」になる、何とも恐ろしい通りが、「Bleeding Heart Yard」。ホラー映画もびっくりのこのおぞましい名前が付けられた経緯については諸説ある。一つは、17世紀前半にこの地区で起こったある貴族女性の殺人事件が関連しているというもの。
英国王室メンバーの結婚式や葬儀の式場になることの多いセント・ポール大聖堂の近くにあるのが「Amen Court」。中世においては、祭礼などの際に教会へと向かう行列が、「アーメン」と言って祈りを捧げた場所だという。
テムズ河の南岸でシェイクスピア劇を演じるグローブ座近くにあるのが「Bear Gardens」。夏になると屋外でビールを提供する「ビア・ガーデン」と、ちょっと響きが似ている。
毎週金曜日に魚市場が開かれていたからという理由で、「Friday Street」と名付けられたというこの通り。カトリック教会においては、イエス・キリストが受難を受けたという聖金曜日に鳥獣の肉を食べてはいけないという戒律がある。そこで英国のカトリック信者たちは、聖金曜日を迎えると、代わって魚を買いにこぞって出掛けたものだった。この習慣を反映してか、英国内には金曜日に魚市場が開かれる場所が数多いという。「Friday Street」と名付けられた通りは、ロンドン郊外サリー州、イングランド東部サフォーク州、同南部のサセックス州にもある。
速足で歩かなければいけない通りなのかな、と思わせる通り名。実は、ジョン・クイック(John Quick)という名の喜劇役者の名前から取られている。産業革命の真っ只中にあった英国を統治し、アメリカ独立戦争に敗れた英国王として知られるジョージ3世の大のお気に入りだったというクイック氏は、18~19世紀にかけて主にロンドンのコベント・ガーデンの劇場に登場する舞台俳優として人気を博した。引退後は、イズリントン地区に構えた家で老後を静かに過ごしたという。近所のパブにもよく顔を出したという彼は、同地区の名士として地元民に記憶されている。


ロンドン南部ワンズワース地区のトゥーティングにある通り。同地区のカウンシルの広報課にその名前の由来を問い合わせても、「さっぱり分からない」との答えが返ってくるのみ。誰がいつどんな理由で付けたのか分からない、そんな地名もある。


シロップがミックスされ、仕上げにフレッシュ・ミントが飾られた、すっきりとした一品。確かに、庭仕事の合間のリフレッシュに最適だ。時折、手作りのお菓子もバーに並ぶのだとか。週末にはDJが入り多くの客で込み合うので、このバーの良さをじっくり楽しむのなら、平日または週末の早い時間に訪れるのがお勧めだ。
ップル・ジュースをステアした、香りの良い、さわやかなカクテルだ。仕上げにライムの上に載せた角砂糖に火を点けると、青い炎に包まれた甘いライム・ジュースがゆっくりとグラスの中へと落ちていき、一段と洗練された味を楽しむことができる。メニューにはフレーバー・マップなるものが添付されており、軽いものからリッチなもの、またフルーティーからフル・ボディまで細かく分布されている。カクテル初心者にも、気分に合った一杯を選んでもらおうという気配りだ。
み通りにカクテルを完成させる楽しさがあり、さらに独特の重量感で手になじむクリスタル・カット・グラスなどの小物が、ラグジュアリーな気分を盛り上げる。フードのオーダーが必須ではあるが、意外にも、バーガーとバーボンの組み合わせが人気なのだそう。
テアする。まろやかな甘みにスパイスと葉巻の風味が絡み合う、大人のための逸品の完成だ。メニューのユニークさもさることながら、その媚びないスタンスにも注目したい。電話予約必須/スーツ着用不可/10人以上のグループお断り。すべては、訪れた客に心ゆくまでくつろいでもらいたいからこそのこだわり。いつもと違う、粋な夜遊びに、ぜひ。
香りを、十分にシェイクされた卵白が程よく和らげる。隠し味はもちろんルバーブだ。クラシカルな絨毯とモダンな家具、そこにさりげなく置かれたダミアン・ハーストやサラ・ルーカスなど、著名なアーティストたちの作品。ソーホーらしい、一分の隙もないスタイリッシュで豪奢な空間は、背伸びをしてでも一度は訪れてみたい。
物が飾られ、そばに置かれた箱には、誰でも自由に試着できるファンシー・ドレスがいっぱいに詰まっている。お勧めドリンクを頼むと、出てきたのは大きなティー・ポットにカップ & ソーサー。ポットから注がれるのは、ウォッカ・ベースのオリジナル・カクテルだ。ユニークなバーで、秘密の時間を楽しもう。
ティーニ。マティーニ専用のトロリーが客席を回り、リクエストに合わせて調合してくれる。ベースとなるお酒と、風味を付けるビターとの組み合わせで、何種類ものオリジナル・マティーニができあがるという。ビターは自家製、氷は通常の10分の1の速さでゆっくりと溶ける特殊なものを使用している。特別な夜に、最高級の時間を過ごしてみたい。
のラム&コークも、ただのラム&コークとは大違い。「ロンサカパ23」という種のラムに、自家製のコーラ、そこにオレンジ・ビターが加わって、深い味わいのカクテルであるのはもちろんのこと、なんとガラスのフラスコに入り、もくもくとあふれ出すドライアイスの煙とともに頂くという洒落た演出付きだ。日曜にはジャズ・ピアノの生演奏も。
の美しいカクテルは、リンゴの蒸留酒カルバドスとアプリコット・ブランデーのほどよい甘さが女性に好評。ビーカーにフレッシュ・フルーツを次々と搾り、ビフィータ・ジンやソーダとステアする「サマー・ジン・パンチ」は、ドライ・ジンとさわやかなフルーツの爽快感が絶妙で、季節を問わず人気がある。ゆったりとしたロマンティックな店内で、恋人たちの時間を過ごすのはいかが。






世界最古の楽器の一つとされる笙。日本の宮廷音楽、雅楽の中で脈々と受け継がれてきたこの楽器を世界に知らしめた第一人者、宮田まゆみ。ヨーロッパの前衛音楽シーンでも注目を集める宮田が、「ロンドン・シンフォニエッタ」とともに、伝統的な雅楽に加え、武満徹など著名な現代作曲家の作品を演奏する。
Tradition & Exploration:






