20世紀始め、女性参政権獲得のために
戦闘的な示威運動を行い、サフラジェットと呼ばれた
女性社会政治連合(WSPU)。
その創設者エメリン・パンクハーストの曾孫に当たり、
自身もその意志を継ぎ女性や子供の貧困解決に携わる
ヘレン・パンクハーストさんに、ご家族のこと、
サフラジェットのこと、そして映画「未来を花束にして」
(原題: Suffragette)のプロモーションで訪ねた
日本のことについて、お話を伺った。
また、ヘレンさんが
キャンペーン・アンバサダーを務める
NGO「ケア・インターナショナル UK」の主催で
3月5日に行われた女性の権利を訴えるイベント、
「March4UK」の模様を紹介する。
特集:サフラジェットが戦い、遺したもの - イギリス女性参政権運動の歴史
曽祖母のエメリンさん、祖母のシルビアさん、そしてヘレンさんご自身に加え娘さんと、代々女性の地位を向上させるための運動を続けておられますが、ヘレンさんは小さいころから、家族でデモへ行ったり、関連の本を読んだりなどされていたのでしょうか。
父リチャード*の仕事の関係でエチオピアに生まれ育った私は、幼いころから自分が受け継いだものに自覚がありました。また、(政情不安で人権問題がないがしろにされていた)エチオピアで成長したことで、国際的な女性の権利という問題に取り組む必要があるとも感じていました。私の父はエメリン・パンクハーストの孫に当たりますが、彼も女性の権利を守る運動に賛同し、私が運動に参加することを応援してくれたのです。
* リチャード: ヘレンさんの父。エチオピアの近代史研究家。祖父と同じ名を持つ
WSPUは女性メンバーのみの団体でしたが、パンクハースト家の男性たちは運動にどのように関わっていたのでしょう。サポートはあったのでしょうか。
創設者であるエメリンは政治活動に活発な家庭で育ちました。彼女の祖父は、選挙法改正を求める、後に「ピータールーの虐殺」**と呼ばれるマンチェスターの集会に参加しています。そして彼女の夫、リチャード・パンクハースト***は一家に大きな影響を与えたと思います。彼は1882年に既婚女性の権利を守る法案を作成するなど、1898年の早すぎる死まで、多くの女性解放運動にかかわりました。更に、彼らの息子ハリーも1910年に20歳の若さで死去するまで運動に身を投じていたのです。サフラジェットのリーダーの一家だからといって、男性とかかわるのを避けていたということはありませんよ。ただ、リチャードの死によって運動の担い手がいなくなり、すべて自分たちでやることになった結果、女性に必要なのは、自分たちの手で政治活動を行うスキルを磨くことだと気付いたのです。
** 「ピータールーの虐殺」: 1819年8月16日、マンチェスターのセント・ピーターズ・フィールドで選挙法改正を求めて集会を開いていた群衆に騎兵隊が突入。多数の死傷者が出た
*** リチャード・パンクハースト: エメリン・パンクハーストの夫。法廷弁護士。リベラルな運動家としても知られ、エメリンとともにWomen's Franchise Leagueを立ち上げた
女性の参政権運動には様々なグループがいましたが、WSPUというと特に戦闘的な行為に注目が集まります。ヘレンさんは過激な行為が参政権獲得につながったのだと思われますか。
サフラジェットがしたことは、女性が自分の価値を問い直すきっかけ、そして女性参政権に関する社会通念を変えるきっかけになったのではないかと私は考えています。
1918年、なぜ自由党と保守党による連立政府が今までの方針を変え、30歳以上の女性の一部の参政権が認められたのか。答えは一つではありません。まず1914年までには、議会で女性参政権に反対するのは少数の有力議員のみになっており、各党はこの問題で何年も争うことにうんざりしていました。同年に勃発した第一次大戦は、女性に権利を与える良いチャンスとして利用されたのです。
多くの男性が出兵するなか、残った女性たちは家庭を守りつつ、これまで男性の仕事と言われてきた分野でも労働の主力となりました。もはや女性は家の中のことしかできないという、ひと昔のような考えは通用しなくなったのです。伝統を重んじる極端な保守派、自由党のアスキス党首ですら、女性の参政権に賛成しました。ただし、新たな女性票がどの政党に流れるのかは不安だったに違いありません。
1918年に選挙法が改正されたのは画期的なことではありましたが、同時に、下院議員と一部のサフラジスト間の取り決めによる妥協の産物でもありました。21歳以上のすべての男性に参政権が与えられる一方で、若くて未婚の、財産のない女性は除外されました。男女比で女性は明らかに少数派です。更に、30歳以上の女性に参政権をという決定は、連立政府の評価に基づいた戦略的選択でした。新しく参政権を得る若い男性は思想的にリベラルな政党に投票すると考えられたため、それに対し、保守的な考えを持つと思われる30歳以上の年配女性で、票を取ろうとしたわけです。政府は女性の権利を考慮したというより、自分たちのことを考えていたのです。しかしながら、上記の理由以外では男女の選挙権に年齢差を設ける必然性がないこともあり、ついに保守党政府は1928年の選挙法改正で、21歳以上の男女の参政権を認めました。こうして女性にも平等な国民、そして政治家となる権利が認められました。
来年は、英国で30歳以上の女性に参政権が与えられてちょうど100年になります。しかし、トランプ米大統領の言動を始めとして、女性蔑視や人種差別などがあからさまになるなど、世界的に見ても時代が逆行しているような気がします。
確かに時代が逆行しているような、また様々な醜い部分が表面化しているように見えます。しかしその一方で、その流れに抵抗している人々がいるのは心強いことではありませんか。
映画「未来を花束にして」のプロモーションで日本へ行かれたとき、日本の高校でお話をされたそうですが、生徒たちの反応はどうでしたか。
生徒たちはとても積極的で、思慮に富み、映画のストーリーや英国のサフラジェットの歴史だけではなく、もっと大きな意味での問題、例えば法律、権利、平等、正義などに興味を持ったようでした。私は彼らの率直で積極的な質問や、自分にとって選挙権とは何かを考える姿に大変感銘を受けました。日本では昨年6月に選挙権を得る年齢が18歳に引き下げられたおかげで、すぐに投票することになる彼らの何人かはとりわけ熱心でしたね。
日本では、フェミニズムに対する偏見があったり、女性が意見を言う土壌が整っていないなど、まだまだジェンダー・ギャップの大きな国です。日本人に何かメッセージをいただけますか。
世の中を変えていくためには、声を上げること。変化が起きるまで何度も何度も、何度も声を上げることが必要です。それは世界のどこへ行っても同じ。そう考えることで少し勇気が出てきませんか。地域、国、世界単位の協力も助けになるでしょう。日本人男性へのメッセージは、問題の一部となるのではなく、解決の一部になってくださいということです。家族や恋人のためだけではなく、ご自身のためにも。社会の一つのセグメントが別のセグメントを圧迫するのではなく、愛、相互支援、尊敬をもって接することで、国家、地域社会、家族は幸せになります。

映画「未来を花束にして」。ヘレンさんの曾祖母、エメリン・パンクハースト役はメリル・ストリープが演じた。ヘレンさんは娘さんとともに同作にカメオ出演したとか
今年で5回目を迎えるという「March4Women」は、難民や移民を含む世界中の女性や少女たちが、生きていくうえで当たり前の権利を獲得できるよう訴えるイベント。3月8日の「国際女性デー」を前にした同5日にロンドンで開催された。主催は、ヘレン・パンクハーストさんがキャンペーン・アンバサダーを務めるNGO団体「Care International UK」。
当日は小雨交じりであるにもかかわらず、ロンドン市庁舎の隣、テムズ川岸に位置する屋外施設のThe Scoopに数千人の支持者が集結した。まず、サフラジェットを率いたエメリン・パンクハーストの曾孫ヘレン・パンクハーストさん、シンガーのアニー・レノックス、サディク・カーン・ロンドン市長、女優で運動家のビアンカ・ジャガーなどに加え、元難民で現在は英国在住の女性たちによるトークが行われた。その後には、ビリー・ブラッグやべス・オートンなどミュージシャンによるミニ・ライブ。最後は参加者全員による平和行進があり、子供たちやペットの犬まで参加してタワー・ブリッジを縦断した。

テムズ川岸をタワー・ブリッジに向けて行進する参加者の波

アニー・レノックス、カーン市長、ビアンカ・ジャガー、後ろにパンクハーストさん母娘

イベントの内容上、参加者は女性ばかりなのではと思いがちだが、家族や友人と参加する多くの男性の姿が見られた

左)2人のティーンエイジャーの女の子の父でもあるカーン・ロンドン市長は、「子供たちが安全に住める世界にしたい」と連帯を呼び掛け、自分を指して「This is what a feminist look like !」と言って締めくくった
右)サフラジェットのサッシュ「Deeds Not Words」(言葉より行動を)を付けて
参加したパンクハーストさん

サフラジェットに扮した女性

イベント参加者の中には、インパクトある被り物の人も

会場のところどころで見られたピンクの帽子姿は、米トランプ大統領が性的発言を
「更衣室トーク」と言い逃れしようとしたことに対しNOを唱える人々



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高田 茜(たかだ あかね) 1990年生まれ、東京都出身。2006年にロシアの名門バレエ学校、ボリショイ・バレエ・アカデミーに留学する。08年2月、ローザンヌ国際バレエ・コンクールでプロ研修賞と観客賞を受賞。同年9月からロイヤル・バレエ団研修生、翌09年にアーティストとして正式入団。10年にファースト・アーティスト、11年にソリスト、14年にファースト・ソリストに昇格。16年6月、最高位のプリンシパルに任命される。
講演する高田さんと会場の様子

1913年、エプソム・ダービーで、コース内に身を投げ死去したエミリー・デービソンの葬儀に出席するサフラジェットたち。「戦い続ける」とバナーを掲げている
1912年、ハイド・パークのデモで逮捕されるサフラジェットたち
ダービーでコースに身を投げたエミリー・デービソン
当時のカレンダー、ブローチ、ポスターなど。現在、ロンドン博物館で販売されているサフラジェット・グッズの多くは、当時の商品のレプリカ
エメリン・パンクハースト
1909年、女性参政権同盟会議に出席するフォーセット(下段左から4人目)






「英語辞典」の上に座るホッジの像
教会の方角を向くウィッティントンの猫





スタイリッシュなスーツにニーハイ・ブーツやヒョウ柄パンプス、自信に満ちた微笑。髪型も垢抜け、首相就任半年足らずで既に堂々たる風格を見せるテリーザ・メイは、1892年以来、史上最長となる6年にわたり移民やテロ問題などを取り仕切る内務省を統括した人物だ。
ドイツ初の女性首相、アンゲラ・メルケルは、第8代ドイツ連邦共和国首相として現在3期目。「世界で最も影響力のある女性」では6連覇と記録更新中だが、現在、向かうところ敵ばかり。ドイツ経済の好調を受け、無敵状態だったのは支持率70%超を記録した2015年夏まで。押し寄せる難民に門戸を開いた人道的決断に、世界からの称賛を浴びるも、100万人規模の人の群れに国民はパニックに陥った。2016年には、難民申請者による犯罪が増加し、難民を装って入国したIS系テロリストによるテロやテロ未遂が相次いで発生。メルケルはついに、「時間を巻き戻したい」と難民受け入れ政策が準備不足であったことを認めたのだ。












日常のふとした発見から、欧州ならではの伝統と歴史を切り取ったものまで、各自の解釈に基づく多くの力作が届いた、ニュースダイジェスト主催のフォトコンテスト2016、いよいよ受賞者の発表です。審査員によると今回は例年以上にレベルが高く、選考が非常に難しかったとのこと。では応募者の皆さんの思いがこもった作品を早速、見ていきましょう。







英国とドイツを徹底比較















審査員コメント
汽車の窓から外を見る男の子の本当に幸せそうな顔が窓に映っていますが、この表情が作品の主役ですね。喜びと期待に満ちた様子が見事に捉えられています。親御さんとしても誇れる一枚ではないでしょうか。 by Canon Europe