ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 10 December 2025

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それでもあなたは食べますか? from Germany

ダイエットなんて我関せずと言わんばかりに、ボリューム満点のハンバーガーやケチャップ&マヨネーズたっぷりのフライドポテトが大好きなドイツ人。昨今の健康志向やビオブームなんてどこ吹く風、国内のファストフード・チェーンの売り上げは止まることを知らない。でもこのたび、そんなウハウハ状態のファストフード・レストランの衛生状況が明らかになった。特に期待はしていなかったけど、これがかなり蒼白モンだ。

衛生検査は公共放送ZDFの経済情報番組「WISO」の中で、ファストフード・レストラン10件の店内と食品を対象に実施された。マクドナルド、バーガーキング、サブウェイ、魚の少ないドイツでは貴重な(?)ノルトゼーから家具大手イケアの店内レストランまで、お馴染みの顔がずらりと並んだが、その結果はかなりショッキング。なんと10件のうち4件では、店内の机や食べ物を載せるプレートから検出された細菌数がトイレのフロアよりも多く、つまりとっても汚なかった…。

では実際に私たちが口にしている食べ物はどうだったのか。例えばひき肉。微生物学上、全く問題がないと太鼓判を押されたのはマックのハンバーガー。ノルトゼーのフィッシュバーガーとバーガーキングのハンバーガーも何とか及第点をゲットした。でも、イケアのレストランで人気のミートボール料理からは、他店舗に比べ数的にかなり多くの細菌が検出された上、腸内細菌類など一風変わった菌まで混じっていたという。イケア側はこれに対し、「今後は衛生管理を一層強化する」とのコメントを出したとか。あのミートボール、結構おいしかったのは細菌類という「スパイス」が効いていたからか。

検査結果を総括すると、健康に害が及ぶ可能性はどの店舗でも指摘されなかったということで、ひとまず安心。ただ検査員は、「『トイレを見たら、その家がきれいかどうかわかる』なんて言うけれど、いくらトイレがきれいでも、机の上には細菌がウヨウヨってこともあり得る」と釘を刺している。

えっ、加熱処理されないサラダの結果も気になるって? マクドナルド「◎」、サブウェイとバーガーキング「○」、イケア「△」、ノルトゼー「×」。

「ZDFheute」
Burger und Salate unter der Lupe



 

映画の舞台は家庭菜園 from Germany

都心のオアシス、シュレーバーガーテン もしあなたが映画監督でベルリンに関する映画を作るとしたら、何をテーマにするだろう。「壁」?ブランデンブルク門?それとも名物カレー・ソーセージ??

同市内中心部の喧騒から離れた緑あふれる郊外の一角でとあるドキュメンタリー映画が生まれようとしている。指揮をとるのは、パリ在住、トルコ出身の若手映画監督ジャグラ・ゼンジルジさん(30)。「Sバーンに乗って友達の家に向かっていた時、窓から外を眺めていて初めて『アレ』を見たの。『木の小屋がいくつも集まっていて、何てドイツ的なんだろう』ってトキめいちゃったわ」と話す。『アレ』とは何と、シュレーバーガーテン。そう、彼女はドイツでは超お馴染み、借地での家庭菜園を舞台に映画を撮っているのだ。

ゼンジルジさんが初めてドイツを訪れたのは今年の2月。国際映画祭「ベルリナーレ」の一環で行われたワークショップに参加した時のことだった。ワークショップの最後に、参加者らは「ベルリン」をテーマに短編映画のアイデアを出し合うが、そこでゼンジルジさんが選んだのが家庭菜園をテーマにした映画「Shanty Garden Town(庭小屋の都)」。結果、このアイデアは若手監督に贈られる 「Berlin Today Award」の3候補作品の一つにノミネートされ、本格的な撮影チームの下での制作が決まったのだ。

いざ撮影がスタート。若いトルコ人女性からの突然の撮影の申し出に、菜園のご年配の主たちは初めこそ少し戸惑っていたものの、「ベルリンという大都市の多様な日常風景とそこに住
む人々の心を描きたい」というゼンジルジさんの熱意に理解を示し、心よく「役者」として参加している。ビールを片手に隣人とおしゃべりしたり菜園の手入れをしたりと、普段通りのことをするだけだが、中には芝刈り機を握る手に思わず力が入っているおじさんの微笑ましい姿も。菜園にはお約束の小人の置物も、もちろん「小道具」として登場だ。

「Shanty Garden Town」は来年2月のワークショップで初披露、そこで同賞の発表も行われる。さて、どんな仕上がりになっているのか、それは見てのお楽しみ。

「Stern」誌 “Jenseits der Gartenzwergklischees”



 

毒舌シェフへのキツーいお言葉 from UK

セレブ・シェフといえばまず筆頭に上がるのが、「ヘルズ・キッチン」や「Fワード」など、英米のテレビ番組でも大活躍するゴードン・ラムゼイ。ミシュランの3つ星を獲得したチェルシーのレストラン「ゴードン・ラムゼイ」を筆頭に、東京やドバイにも次々と店舗をオープンしている。

だが、そんな向かうところ敵なしと思われたラムゼイ氏を衝撃的な出来事が襲った。「ニューヨーク・タイムズ」紙のレストラン批評家としてその名を馳せるフランク・ブルーニ氏が、彼の最新レストランに極めて辛口の批評を寄せたのである。米国上陸の夢を懸けて昨年11月、ニューヨークにオープンした「ザ・ロンドン」だが、最高4つ星というランクの中で、もらった星はたった2つという評価だった。

「ラムゼイの態度の豪快さに、料理の内容が追いついていないね」と、バッサリ斬るブルーニ氏。「ほとんどの材料が当たり前のものばかりだし、味付けもおとなしいだけ、印象だって語りかけてくるものがない」。それだけでなく、「甘すぎ、ネバつき気味のカレイ」や「ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースが作ったようなチキンとランゴスチン」といった妙な味の取り合わせにはすっかり失望した模様だ。

ちなみに、他のニューヨーク各紙の批評でも芳しい評価を受けていないという現状の当レストラン。それでも母国の英国メディアは、ラムゼイ氏に同情的な視線を送る。「インディペンデント」紙のサトクリフ氏によれば、「ニューヨーカーは『滅多なことでは感嘆しない』という自分達にプライドを持っているうえ、ラムゼイ氏の評判そのものに反発する向きがある」というのが、予想外の低評価の理由だという。

「皿の外側では悪ガキかもしれないけれど、皿の内側では型どおりの優等生さ」とまで書かれてしまったラムゼイ氏。ニューヨークでは自慢の毒舌も控えめにしていたようだが、この際、開き直って図太さを前面に押し出していくのも悪くないかもしれない。態度だけでなく、もちろん味のほうも。

「The Independent」紙
Ramsay's 'cloying, gummy' turbot leaves New York cold



 

移民博物館、建設プロジェクト from France

旧アフリカ・オセアニア美術館 10月3日付けの「メトロ」紙によれば、パリ12区の「パレ・ドゥラ・ポルト・ドレ」で、2007年4月に開館予定の国立移民史博物館の工事が着工した。

この学校は、戦火を逃れて英国へとやって来た海外の子供たちを数多く入学させていることで知られている。全校生徒1300人のうち、550人は訪英当初、英語をまったく話せなかったという。中には今まで学校そのものに通った経験がないという子供もいる。

「アフリカ・オセアニア美術館」(パレ・ドゥラ・ポルト・ドレ)は、1931年に行われた国際植民地展を期に誕生した。しかし、今年エッフェル塔の近く、セーヌ川沿いに、「人類博物館」と「アフリカ・オセアニア美術館」の貯蔵美術品をひとまとめにした、パリ最大の美術館「ケ・ブランレー美術館」が開館したことで「アフリカ・オセアニア美術館」は閉館した。

国立移民博物館のジャック・トゥボン館長は「これは、閉館した旧アフリカ・オセアニア美術館を再利用しているので、建築プロジェクトとしては大きなものではないが、大衆の関心を高めるという意味においては重要なプロジェクト」とコメントしており、ドンヌデュー・ドゥ・ヴァーブル文化大臣は「この施設は移民史を正しく理解していく為の、重要な歴史的建造物となるであろう」と付け加えている。この博物館は来年4月から常設展を一般公開し、2009年までに全展示室の工事を完了させる予 定となっている。

移民博物館の特徴は「活きたミュージアム」として展開してゆくという部分にあり、移民者個人の所有物や移民にまつわる歴史的資料の展示の他に、芸術家などを招き様々な企画展を行うことで、単なる資料館としてではなく芸術性も兼ね備えた施設として活動し、移民問題を身近に感じてもらえるような工夫がされている。同博物館の学芸員主任のエレーヌ・ラフォン=クチュリエさんは「ここでは、出来るだけ『活きた移民の情報』を紹介したいので、家族写真や日記、パスポートなどの資料を寄贈してくれる方を募集しています」(受付は10月10日まで)と「メトロ」紙にコメントしている。

開館までの工事期間中は芸術家や作家を招き、「植民地政策と移民の関係」や「移民に対して、受け入れ国の視点」などの講演会や、館外での活動として「移民による演劇上演」などが予定されている。

「メトロ」紙 "Un musée vivant de l'immigration"



 

フランス国民の英雄死す from France

本誌1081号(2月1日発行) フランス大統領選まで残すところ数カ月。新聞、テレビなどのメディアが連日、次期大統領候補として有力視されるサルコジ、ロワイヤル両氏を取り上げる中、1月22日のニュースはこの2人ではなく、温厚な顔にサンタクロースのような白ひげをたくわえた老人の話題で一色となった。

話題の主は、慈善団体「エマウス(Emmaus)」の創設者で、路上生活者の救世主「ピエール神父(本名アンリ・グルエス)」。こじらせた風邪の治療のためにパリ市の病院に入院していたのだが、容態が悪化し、94歳で亡くなったのだ。

ピエール神父は1912年、フランス南東部リヨンで生まれ、30年にカトリック教会カプチン会の修道院に入った。第二次大戦中は、迫害されたユダヤ人の国外逃亡を手助けし、終戦後に生活弱者の保護と支援協力の為に「エマウス」を設立した。

主な活動は、不用品の回収と再販売。衣類や雑貨から家電製品に至るまで、一般家庭で不要となった品物を分別・修理してリサイクルするのである。また、ホームレスや貧困にあえぐ人には仕事を提供したりと、まさに弱者の味方であった。その後、エマウスの運動は世界各地に広まり、団体名も「エマウス・アンテルナシオナル(Emmaus International)」と代わり、41カ国、299の支部団体と122の関連団体で運営されている。

エマウスがこれほどの規模にまでに成長したきっかけは1954年冬のこと。パリでアパートから追い出された女性が路上で凍死したニュースに、ピエール神父が激怒! ラジオを通じて路上生活者のための救援を全国の視聴者へ呼びかけたことで、エマウスの存在が知れ渡るようになった。神父は日曜に発行される「ジュルナル・ドュ・ディマンシュ」紙が定期的に行う著名人ランキングでも常に首位を争う人気者だった。

亡くなった翌日23日の新聞や雑誌はこぞって偉大な英雄を偲んだ。あるホームレスは、「寒さで凍え死ぬつらさよりも、彼を失ったことの方がつらい」と語っている。

ピエール神父のご冥福をお祈りします。

「Libration」紙ほか
Saint domicile fixe



 

71カ国語が飛び交う学校 from UK

サウスフィールズ・コミュニティ・カレッジの生徒たち ロンドンは国際的な都市である、そう人は言う。地下鉄の車両内や大学の教室で5、6カ国語を同時に耳にすることも珍しくない。だがロンドン南部ワーズワースにあるサウスフィールズ・コミュニティ・カレッジの環境はさらに上を行く。なんと71カ国語が飛び交うほどのコスモポリタンぶりなのだ。この学校は、戦火を逃れて英国へとやって来た海外の子供たちを数多く入学させていることで知られている。全校生徒1300人のうち、550人は訪英当初、英語をまったく話せなかったという。中には今まで学校そのものに通った経験がないという子供もいる。

71種類の言語は、そんな各国から訪れる生徒たちの母国語がほとんど。アラビア語、クルド語、カザフスタン語、スワヒリ語、ポーランド語、ビルマ語、トルコ語など数え上げればきりがない。アフガニスタンで話されているファルシ語、南アフリカのズール語など、初めて耳にする言語の名前も多いのではないだろうか。このコスモポリタン学校をまとめるバリン校長は「子供達は深いトラウマを抱えて英国にやって来ます。ソマリアから来た女の子の腕には、銃痕さえありました」と説明する。「彼らは意欲に燃えています。英語が話せないからといって、生徒の学習能力がないと決めつけるのは馬鹿げています」と校長。生徒達の最初の授業はもちろん英語、そして段階的に他の科目も学んでいく。彼らは語学力のハンデを少しずつ克服し、英国の大学入学資格試験となるAレベル試験でも学校全体の成績を向上させている。

ちなみに、今まで「最もコスモポリタンな学校」の名を頂戴していたのはロンドンのトッテナムにある学校で、50カ国から集まった生徒によって58言語が話されていたという。その記録を塗り替える大きな要因となったのが世界各地の内戦や戦争、貧困というのはやや皮肉な話。生徒たちの生まれ故郷が一刻も早く安全な環境を取り戻し、彼らが安心して里帰りができるように、そして現地でも十分な教育を受けられるようになってほしいものだ。

「タイムズ」紙 Go-ahead school speaks in 71 tongues



 

建築家一家の夢のマイホームは… from Germany

本誌1081号(2月1日発行) バルト海沿岸の美しい港町、キール。世界中から集まる観光客でいつも活気あふれるこの町にこのたび、新たな「観光名所」が誕生しそうだ。それは、同市在住の建築家ビエルン・ジームゼンさん(35)が、家族5人で仲良く暮らそうと自ら設計を手掛けたマイホーム。でもこれがただ者ではない。何と、欧州で最も幅のせま〜い小屋、失礼、家なのだ。

まずは想像してほしい。家の正面側の幅は4.5メートル。まあこれはいい。でもひとたび玄関から中に足を踏み入れたらさあ大変。奥に進むにつれてだんだん両側の壁が近づいてきて…、たどり着いたそこは、幅がわずか80センチしかないのだ。

数年前から、2軒の家に挟まれた空地の前を通るたび、建築家魂がメラメラ燃えたというジームゼンさん。敷地面積29平方メートルというこのささやかな三角地帯を破格の値段で購入し、夢のマイホーム作りをスタートさせた。

最短幅が80センチという家は、もちろんギネスもの。現在ドイツにおける「最も幅が狭い家」は、幅2.05メートルというアイゼナハにある築200年の木組みの家。他国の強豪はというと、ロンドンに幅1.52メートルの5階建ての住宅が、またアムステルダムには幅2.02メートルの切妻造りの家があり、互いに「うちの方が狭いんだよ!」と自慢にもならない自慢をしているらしい。でも君たちのトップ争いもここまで。何たってジームゼンさんとこは、もう一度言うけど、たったの80センチなんだもん!

さてここで、この家の間取り図を紹介しよう。土地が狭いのだから、当然その分上に高くなる、というわけで家は6階建て、見晴らしバッチリの屋上テラス付きだ。1階にはゴルフ車が1台ちょこんと収まるガレージ、2階から4階は寝室、5階はキッチンで最上階がリビングだ。バスルームは部屋の最も狭い部分に配置されている。各階はかなり急な階段でつながっているが、「いい運動になるよ」とポジティブなファミリーだ。

現在は工事の真っ最中、6月頃に完成するという。着々とその全貌を露にするこの風変わりな建築物に、道行く人々も興味津々。今度キールを訪れたら、あなたも立ち寄ってみる?

「Die Welt」紙
Veruecktes Gebaude- Ein Kieler Architekt baut das wohl schmalste Haus Europas



 

高額罰金は有名人税? from Germany

ミヒャエル・バラック 人気・実力ともにドイツ・サッカー界のナンバー1と言えばミヒャエル・バラック(29)。年俸700万ユーロ(約10億5000万円)以上のオファーでドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンからチェルシーFCに今季から移籍した彼が、脱税で高額の罰金を食らったことが発覚した。事件が起きたのは今年1月、当時在籍していたバイエルン・ミュンヘンのトレーニング地ドバイから帰国する直前のこと。家族思いで知られる彼は、現地の免税店で3人の息子におもちゃ、パートナーのジモーネさんにはイタリア製のバッグを購入した。だが、この2000ユーロ(約30万円)のバッグが後で命取りになる羽目に。

降り立ったミュンヘンの空港で税関職員から呼び止められ、荷物検査の結果、バッグの申告漏れが見つかったのだ。弁護士によると、「申告義務を知らなかった」のが理由らしいが、とりあえず関税350ユーロ(約5万2500円)を即、現ナマでお支払い。ま、そこまでならどんな旅行者にも降りかかってきそうな話だが、問題はその後。思いもかけない大物に「いい金ヅルがひっかかった」と思ったかどうかは分からないが、地元検察当局が脱税容疑でバラックへの捜査を開始した。当初、検察サイドは罰金5万ユーロを支払えば捜査手続きをストップすると申し出たが、バラック側はこれを拒否。行政裁判所はさらに1万ユーロを上乗せした6万ユーロの罰金の支払いを命令したが、またもやバラック選手が異議を申し立て、まるでオークションの競り合い状態に。状況はいよいよ泥沼化するかと思われたが、ここで話し合いが行われ、7万ユーロでめでたく「ハンマープライス」となった。

結局そのうち6万5000ユーロは社会福祉施設に寄付され、残りは州の金庫に納まることになった。普通のサラリーマンならば顔面蒼白ものの額だが、年収700万ユーロならば、どうってことはない、節税対策の一環になるし、ジモーネさんにとっても7万ユーロのバッグは一種のステータスになるかも。家計簿とにらめっこの身分にとってはなんとも羨ましい話だ。

「FOCUS」誌 "Ballack muss 70 000 Euro zahlen"



 

戦争マニアに人気の島で from UK

本誌1081号(2月1日発行) 国際政治に造詣の深い読者諸氏なら、フォークランド諸島という名前に聞き覚えもあるだろう。25年前に英国とアルゼンチン間で勃発した戦争の舞台となった、南米大陸のさらに南に位置する島々である。交通手段は英国空軍のチャーター便のみ、海岸では地雷に注意……というこの島々から、年間4万5000ポンド(約1000万円)という好(?)待遇の求人ニュースが飛び込んできた。
 現在大募集中というそのポストは、フォークランド諸島の観光庁長官。美しい空とビーチ、そして100万羽のペンギン達が売りという同諸島だが、世界の観光業界に名乗りを上げるための有能な人材を探しているという。

今まで人口3000人弱という島の経済を助けていたのは、東アジアとスペインに向けたイカの輸出を中心とした漁業だった。しかしこの度、その漁業に次いで大きい収入源である観光業に注目したわけだ。「島を訪れる人は年々増えています。更に設備を充実させ、マーケティングの知識をもたらしてくれるような人物を求めています」。英国内でフォークランド政府代表を務めるキャメロン氏はそう語る。

肝心のフォークランド諸島の見どころだが、これが意外に面白い。まずは戦争マニアをとりこにする1982年の紛争の痕跡だろう。ミサイルが着弾したキャンプ跡に、英国軍司令部がアルゼンチンの部隊に占領されたケント山、さらにアルゼンチン降伏前夜の激戦地ロングドン山。たった4半世紀前の戦争の跡がくっきりと、それも安全に眺められる場所は他になかなか見当たらない。

さらにペンギン・ツアー、ゴルフ、四駆での自然探検を始めとしたアウトドアも見逃せない。また、フォークランド諸島オリジナル切手もコレクター垂涎の貴重な品である。

南大西洋にぽつりと浮かぶ、面積1万2000平方キロという岩だらけの小さな島。そこで働こうという奇特な人材は、作家マーク・トウェインの格言を引用した求人キャッチ・フレーズに魅せられるような人物だろう。「もやい綱を解き放ち、安全な港から船を出し、貿易風を帆にとらえよ。探検し、夢を見て、発見せよ!!」

「Independent」紙
Wanted: holiday rep to sell joys of Falklands tourism



 

バルテーズが選手が引退 from France

ファビアン・バルテーズ選手 「ル・パリジャン」紙などフランス各紙の報道によれば、フランスのサッカー界で活躍するゴールキーパーのファビアン・バルテーズ選手(35)が引退を決めた。バルテーズ選手は、今年6月にOM(オランピック・マルセイユ)との契約満了後から、いまだ次の受け入れクラブ・チームが決まっておらず、これを期に選手生活に終止符を打つことになった模様。先のW杯で「いまだ現役」を十分にアピールできたはずのバルテーズ選手だったが、彼のレベルに見合った契約を交わせるクラブ・チームが存在しないのが現状で、現役の最後は出発点であった最初のクラブ・チームのトゥルーズで迎えたいという彼の願いも残念ながら叶わなかった。

しかし、現役生活15年。リーグ1出場310回、リーグ2出場39回、英国プレミア・リーグ出場92回。ナショナル・チームでの成績は61勝7敗19分け。1998年のW杯、2000年の欧州杯とフランスを優勝に導くなど、彼の経歴は他に類を見ないほどの輝かしいものだ。さらに彼の現役引退は、グレゴリー・クペ選手などの若手選手に道を譲ることにつながり、ナショナル・チームの活性化にもつながる。現在バルテーズ選手は、骨董市が多く点在するトゥールーズで、奥さんと息子レニー君と3人と共に、近くに住む病に伏せている母親の面倒を見ながらで暮らしている。プロとしての選手生活は終わってしまったものの、バルテーズ選手は今月12日に、ニーム市で行われるシラク大統領夫人主催のサッカー・イベントに出場予定。さらに11月15日にはフランス対ギリシャ戦のキックオフ前に、98年と00年のナショナル・チームのメンバーが集まり、この偉大なゴールキーパーへのオマージュ式典が催される予定になっている。

決勝での頭突きで話題をさらったジネディーヌ・ジダン選手に続いてのドイツW杯参加メンバーによる引退を偲ぶために、当日はフランス国民から大きなそして温かい拍手が送られるであろう。

「Le Parisian」紙 "Barthez va arreter sa carriere"



 
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