イングランド北部を前面に出すバーナム氏
歴代首相と一線を画す政治志向
長いまつげに黒縁メガネがトレードマークのアンディー・バーナム氏が、次期首相(Prime Minister)に就任することがほぼ確実になってきました。イングランド北部を地盤とするバーナム氏は前グレーター・マンチェスター市長で、先月中旬のメイカーフィールド選挙区の下院補欠選挙で勝利したばかりですが、2001年から16年間、下院議員でもありました。
バーナム氏はマージーサイド生まれ。マンチェスター市長時代には、新型コロナ対策で中央政府と対立し、北部への追加支援を勝ち取ったことで「北の帝王」の異名を取りました。長年、ロンドン中心の政治に異議を唱え、地方分権を訴えてきた政治家です。
今回の議員当選後の初演説でも、その姿勢は鮮明でした。首相就任後はマンチェスターに首相官邸の新たな拠点「ナンバー10ノース」を設置し、「権力の再分配を実現する」と表明。「成長は上から命令して生まれるものではなく、地域から育つものだ」と述べ、中央官庁から地方への大胆な権限移譲を掲げました。首相官邸そのものの機能をロンドン以外にも置くという発想は極めて異例で、「イングランド北部」を政治の象徴として前面に押し出した演説でした。
ただ、バーナム氏が異色なのは出身地だけではありません。話し方にも「北部らしさ」を残していることです。かつて英国では、公的な立場に立つ人ほど、イングランド南部の上流・中上流階級の発音をもとにした「標準英語」(Received Pronunciation=RP)で話すことが望ましいとされました。BBCのアナウンサーや外交官だけでなく、政治家も例外ではありません。教養や信頼感は、「何を話すか」だけでなく、「どう話すか」によっても判断されていたのです。
ウェールズ出身で国民医療サービス(NHS)創設に尽力したアナイリン・ベヴァン元保健相や、ブレア政権のジョン・プレスコット副首相のように、地域色のある話し方を貫いた例外もありましたが、地方出身の政治家でも、大学教育やロンドンのウェストミンスター議会での経験を重ねるうちに、話し方は次第に標準的なものへ近づいていく傾向がありました。また、歴代首相の多くはロンドンやイングランド南部の出身で、もともと標準的なアクセントで話す人が少なくありませんでした。そうしたなかで、地元のアクセントを残しながら政治的アイデンティティーとしても「北部」を掲げるバーナム氏は、これまでとは異なるタイプの首相像を示そうとしているように見えます。
バーナム氏が繰り返し「北部」を強調する背景には、英国が長年抱えてきた地域格差があります。産業革命を支えたイングランド北部は、炭鉱や鉄鋼、造船業の衰退によって経済的な打撃を受けました。一方、ロンドンと南東部には金融やITなど新たな産業が集まり、経済力の差は次第に広がっていきました。こうした格差は「南北格差」と呼ばれ、長年の政治課題となってきました。
それでも、「北部」を重視する発想自体は新しいものではありません。保守党のジョージ・オズボーン財務相(当時)が2014年に打ち出した「ノーザン・パワーハウス」構想や、ジョンソン政権の「レベリングアップ」政策も、北部への権限・投資の移譲を掲げてきました。ただ、地方では「結局、ロンドンが決める政治は変わっていない」という不満も根強く残っています。バーナム氏が2017年に初代市長となったグレーター・マンチェスターの公選市長制度は、こうした地方分権の流れの中で生まれたものです。今回の「ナンバー10ノース」は、その流れをさらに一歩進め、政策決定の中枢そのものを地方へ移そうという構想といえます。第2次世界大戦後の首相の中にも北部やスコットランド出身者はいましたが、自らの地域性をここまで政治のブランドそのものに据えて首相になろうとするバーナム氏は、英国政治では珍しい存在です。首相就任が実現したとき、官邸前でどんな話し方で演説をするのか、注目ですね。
Prime Minister(首相)
法的には内閣を率いる「第一大臣」だが、実際には政策決定や閣僚人事を主導する政治の最高責任者。国王が任命する形をとり、下院で多数派を占める政党の党首が就任する。最初の首相はロバート・ウォルポール(在職1721~42年)。ダウニング街10番にある官邸は国王ジョージ2世がウォルポール個人に贈ったものだった。



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小林恭子 Ginko Kobayashi
在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に






