ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 16 September 2026

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

イングランドにも「観光税」導入か - その実態は バーナム政権の「地方への権限移譲」

近い将来、イングランドでホテルやB&Bなどに泊まるとき、私たちは今より少し多く料金を払うことになるかもしれません。ロンドンを含む各地で、宿泊費に上乗せする「観光税」(Tourist Tax)を地域ごとに導入できるようになるためです。

筆者は当初、バルセロナや京都のように特定の観光地に旅行者が集中して地域住民の生活に支障をきたす「オーバーツーリズム」を避けるための課税制度なのかなと思いました。でも、政府の発表(9月10日)を見ると、市長や地方の首長に「宿泊者負担金」(Overnight Visitor Levy)を導入する権限を与えるもので、これは実は中央政府から地域へ権限を移す取り組みの一環でした。


背景には、観光によって地域が得る利益を、地域自身のためにもっと生かしたいという地方の声がありました。イングランドには毎年1億3000万件を超える宿泊を伴う訪問があり、観光は地域経済や雇用を支えています。一方、観光客を受け入れるには、公共交通や街路の清掃、文化施設などへの継続的な投資も必要です。そこで、宿泊する人に少額を負担してもらい、その収入を地域に戻そうという考え方が出てきました。政府は2025年11月、宿泊者負担金を導入する権限を市長らに与える方針を示し、制度の具体的な設計について意見を募りました。

今回の制度では、導入するかどうかを決めるのも、集めたお金を何に使うかを決めるのも地域側です。宿泊者が負担したお金を中央政府に納める形での「観光税」ではありません。宿泊施設などが徴収・納付し、地域に再投資する仕組みです。

こうした宿泊者による負担金は欧州では珍しくありません。英国でもスコットランドとウェールズが先行しています。スコットランドでは自治体が「宿泊者負担金」を導入できる制度が設けられ、エディンバラでは今年7月から宿泊料金の5パーセントを徴収する制度が始まりました。ウェールズでも2025年に法制化され、カーディフでは27年4月からの導入が予定されています。

なぜイングランドでは同じような制度を導入できなかったのでしょうか。その背景にあるのが、中央集権的な財政構造です。イングランドの地方自治体には観光税のような新しい税を独自に設ける権限がなく、導入には中央議会による法制化が必要でした。政府の資料によれば、英国で地方自治体が徴収する税の割合はG7で最も低い水準です。フランス、日本、米国などでは地方の税収割合がより高く、それが地域への投資を可能にしていると説明しています。


なお、イングランド北部マンチェスターやリヴァプールでは23年から、事業者団体が任意で費用を出し合う「ビジネス改善地区」(BID)制度を使った同種の仕組みが実施されてきました。事業者による自主的な取り組みで、地域の活性化や観光振興などに使う枠組みです。当時グレーター・マンチェスター市長だったアンディー・バーナム首相が導入を主導しました。今回はそれとは異なり、自治体側に宿泊者負担金を導入するための法的な権限を与えるものです。ただし実際に課税が始まるまでにはまだ時間があり、地方の指導者が使い道の計画を示すのは早くて28年3月とされています。

しかし、すでに論争が起きています。政府は徴収額に全国一律の上限を設けていないため、ロンドン、グレーター・マンチェスター、リヴァプールなど10地域の労働党系市長は、導入する場合は自主的に5パーセントを上限とすると表明しました。ホテルなどの業界団体が宿泊料金の上昇によって旅行需要や雇用が減ると懸念しているためです。

欧州のホテルで同様の税を払った経験がある人は少なくないでしょう。税金の金額自体はさほど大きくはなさそうですが、物価高の英国にまた一つ「上乗せ」が加わることになります。歓迎すべきか、悩ましいところです。

キーワード

Tourist Tax(es)(観光税)

旅行者に課す税・料金の総称。宿泊施設利用者への「宿泊税」のほか、出国時の「出国税」、日帰り客への「アクセス料」など形態は多様。国や自治体によって異なる。イングランドが導入を進めるのは宿泊税型。ドイツは1893年、フランスは1910年から同種の制度があり、欧州では100年以上の歴史を持つ国も少なくない。

 
日系に強い会計事務所 Blick Rothenberg Ko Dental お引越しはコヤナギワールドワイド 不動産を購入してみませんか LONDON-TOKYO

JRpass totton-tote-bag