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Wed, 10 December 2025

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第76回 移民同化問題の歴史と保守党の立場

国民国家と移民

英国におけるイスラム系・インド系住民、フランスにおけるマグレバン(北アフリカの元フランス植民地出身者)、ドイツにおけるトルコ人、南欧諸国における東欧の若者と、欧州では移民が今住んでいる社会に「同化」できないことが大きな社会問題になっている。言い換えれば低賃金労働への従事、生活水準の低さ、言語の違い、教育水準の低さ、宗教の違い、これらを原因とする犯罪の多さが問題視されている。

一方で移民からみれば旧宗主国に対する劣等感を底流に、低賃金で働かせた上に景気が悪化すると移民制限とは虫が良すぎる、と大きな不満がある。これが英国にイスラム原理主義が入り込む余地であったし、パリ郊外での暴動の原因であり、逆に大陸などで移民排斥を掲げる右翼、国粋主義が躍進する土壌となっている。

歴史的に見れば、欧州では神聖ローマなどの各帝国内でのユダヤ人問題も同根と思う。現在に繋がる起源としては、帝国主義が崩壊した後に国民国家が国民をまとめ上げるに際し、民族アイデンティティーを確立していく過程で少数民族を慰撫と敵視で利用したことにある。つまり言文一致運動、マスメディアの誕生、義務教育等々によって国語と歴史を国民に共有させ、金融と貿易により経済圏を統一した。その過程でついて来られなかった少数民族を追い出し、ついて来られた層を国民として取り込んだ。この問題を歴史的に正面から受け止め、社会的な努力を続けてきた国は米国である。


米国の公民権運動

若い移民の国である米国の国内史は、アングロサクソンや他の欧州移民そして黒人の同化、最近では原住民インディアンについての評価の見直しなど移民問題を軸にうねっている。中でも鉄道内での白人・黒人分離車両を「分離すれど平等として合憲」と判断した1896年の最高裁判決を覆し、白人・黒人を分離した学校を違憲とした1954年のブラウン対教育委員会裁判をきっかけとして盛り上がったキング牧師の公民権運動は、他国に例がない。法的権利の平等から、経済的に恵まれない黒人に一定の大学入学枠を優先的に認めるなど、州や国家が積極的な配慮(affirmative action)を取るようになったことは画期的であった。

ただ配慮にも限界がある。結局、混血が進めば一定の同化はあるものの、資本主義の下では所得格差、教育格差は容易に埋まらないし、法の下の実質的な平等の確保による行き過ぎた積極的配慮には反動もみられる。保守が区別、分住を肯定する一方、自由を支持するリベラル派は区別を禁止し、混住とさらには一定の積極的配慮を支持する。

米国の共和、民主両党に保守とリベラルの立場の人がいる。黒人オバマ候補の「米国は1つ」という訴えも、その出自のみならず、米国の経済的苦境に対して具体的、そして積極的に不平等を是正する政策を語れば失点になりかねないという状況から生まれたのであろう。


英国の場合とカンタベリー大主教

英国は帝国主義時代に多数の植民地を持ったが、常に植民者であり、多数の英国人が現地に同化することはなかった。英国内でも植民地エリートを中心に留学を認めたのみで、米国のような規模での移民流入はない。植民地における独立の混乱で亡命したインド系と一部アフリカ系の2代目、3代目が教育を受け中産階級に進出しているが、分住しており、米国のような激しい法律、政治闘争もない。しかし、いまやグローバリゼーション、言い換えれば国民国家から帝国主義の復活への新展開が、英国に史上初めての経験を強いているのではないか。イスラム原理主義が入るに及び、問題は政治社会化した。カンタベリー大主教が、英国でイスラム法(シャリーア)のイスラム社会への部分的適用を主張したことは記憶に新しい。

こうした分住の固定化は、米国ではヒスパニックで問題になっている。これは法の下の平等、法の支配という権利章典以来の英国法史と真っ向から衝突する。大主教や労働党が支持してきたマイノリティの社会参加のための分住支持は、米国なら保守の主張に当たる。英国保守党のキャメロン党首は区別禁止という、極めてリベラルな主張の持ち主だ。英国が植民地でしてきたこと、パレスチナやアフガニスタンでしてきたことを考えると、歴史は移民同化という古い問題を逆に英国本国で問い返してきた。キャメロン党首は経済政策ではブラウン首相と差異を出すことは難しいが、こういう分野でこそ真骨頂が問われる。政権奪取の契機とさえなるべき問題だと思うが、さてイートン、オックスフォード卒のエリートにそれができるか。

(2008年4月13日脱稿)

 

第75回 気になるドイツ

ドイツ国債の一人勝ち

サブプライム問題以降、ドル安ユーロ高が続いている。この問題の欧州金融機関への影響がいまだ顕在化していないとの意見もあるが、もともとは米国の住宅ローンと証券化商品の信用格付が問題であって、欧州への影響は二次的であることを示している、との見方が有力だ。一方でドイツを中心として欧州経済は比較的好調で、これがユーロ高の主因となっている。

金融市場では、プレイヤーである金融機関の信用力が十分かどうかについて疑心暗鬼が広がり、昨年秋から全体の取引量が減る一方で安全な商品に取引が集中した。安全な商品とは各国債であり、中でもブンズ=ドイツ国債は一人勝ちとなった。その他の欧州主要国の国債の流通利回りとの差が開き、それほど社債市場の発達していない欧州ではドイツ国債こそが本当の国債で、その他の国の国債がスプレッド商品*1 という位置づけが西ドイツ時代以来20年ぶりにはっきり出てきた。イタリア国債、スペイン国債に至ってはドイツ国債との利回り格差が60bp*2 から一時は100bp(=1%)近くまで開いた。G7の中で財政黒字国はドイツとカナダだけで、米国経済悪化の影響を比較的受けず、経済力が安定しているのはドイツしかない。

ドイツ経済は、①約20年前の東ドイツ併合に伴う東側への補助、②強い労働組合や規制が原因で解雇や賃下げを弾力的に行うことが出来ないこと、が重石となって英米に遅れたとされてきた。それでも世界第3位の経済力を維持してきたということは、潜在力は大きいということである。②の問題は、制度自体にはあまり大きな変化はないのだが、東欧やトルコからの移民が、制度外の労働者として実質賃下げに大きな貢献を果たした。移民排斥を極右が声高に言うということは、将来はともかく現時点ではそうした考え方が一般にはいまだ広がってはいないということを意味している。

さらに金融市場では、ドイツはいよいよ①を乗り切りつつあるのではないかという見方が有力だ。もちろん東側地域での失業率は西側に比べて高いが、より東の東欧、ロシアの経済発展を受けて、ドイツ製品の消費市場は大きく広がっている。よってこれまでの東側への投資、特にインフラ工事や教育が開花する材料や場所が拡大したことの意味は大きいとの論者が多いように思う。


ドイツの外交攻勢

こうした状況を受けて、メルケル首相の外交姿勢は最近大変に強気だ。ダボス会議での「環境技術はドイツが担う」という、日本をしのぐかのような自信。就任後3回もイスラエルを訪問し、ドイツは米国に次ぐイスラエルの友好国と言わせることにより、日本と異なり第二次世界大戦に関する政治問題を解決すると同時に、ITベンチャーの発展著しい同国の貿易主要相手国となる一石二鳥の動き。そして同時にイランとも友好関係を築き、中東和平の交渉において、米国がEUを招かざるを得ない状況を作り上げた戦略。いずれも経済力をバックに発言力を強化している。

また実権はドイツが握りつつも、表面はあくまでEUとしてロシアの人権問題や民族問題にリベラルな顔を作っている。そうすることでロシアとの経済関係を強化し、さらには東欧市場をロシアと席巻しようという戦略だと言われている。


ヨーロッパの都

ロシア、東欧との関係で、都市としてのベルリンの発展が著しい。欧州帝国の都は、金融や人材はロンドンに、芸術やグルメはパリに決したように思うが、アバンギャルドはベルリンではないかと感じる。廃墟に近かったポツダム広場が、ソニー・センターを中心に高層ビル街に生まれ変わりつつある。お恥ずかしいことに最近まで知らなかったのだが、テクノのメッカはベルリンで、日本からの多数のバンドが年に1回この地に集まる。一方で、第三帝国と東ドイツ崩壊という2度の「敗戦」を経て、いまだに「戦後」を感じさせ、都市と人間という観点からはまだ解答を出せていないベルリンは今後要注目だ。

万が一かもしれないが、ロシア帝国と欧州帝国が密接な関係を結ぶとしたら、その時はベルリンが中心になる。またドイツの力が強くなると、英国は歴史的にみて必ずフランスと接近する。パッとしないブラウン首相とブレア崇拝者のサルコジ大統領による昨月のロンドンでの何か可笑味のある2ショットは、暗示的だと思った。

*1 最も安全な国債との安全性の程度の差で値段が決まる商品のこと
*2 利回りを示す尺度。1bpは0.01%

(2008年4月2日脱稿)

 

第74回 中央銀行総裁の仕事

シティのオールドレディ*

地下鉄セントラル線バンク駅の真上に、英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)がある。モアゲイト駅方向の塀の高さは30~40メートルもあろうか。王の圧制に対し、暴徒が王の資金の面倒をみていたBOEを襲ったことからこの高塀は生まれた。建て増しを繰り返したため迷路のようになった内部の1階には、マーヴィン・キング総裁の執務室がある。彼が好きなクリケットのラケットとサッカー・クラブ「アストンビラ」の旗が置いてある執務机からの中庭の眺めは美しい。

2期目の初年を迎えた総裁は各方面に難題を抱えている。今にして思えばバブルだった金融市場は、彼がサブプライム問題について楽観的な発言を議会でした後で資金供給を余儀なくされ、ノーザン・ロック破綻では日銀の山一証券特融を上回る約5兆円もの融資を行った。ロンドン市場では各国債を担保にした安全なレポ取引ですら取引相手の信用リスクが問題となり取引量は著しく縮小している。1999年に労働党政権の下で政府から独立して以降、BOEの中心的な仕事はエコノミストによる経済調査を前提に、金融市場への資金提供と回収(債券を売戻条件付で購入する)により資金需給を調節して金利を決めることで物価安定を図ることだとされてきた。

しかしノーザン・ロックの破綻以降、その不十分性がはっきり認識された。問題はA)市場時代における金融庁検査の非タイムリー性、B)市場と取引を通じて接している中央銀行BOEと検査当局FSAの情報共有連絡の悪さの2点だ。BOEはFSAから肝心な情報が来なかったと述べているようだ。それにもかかわらず、英国財務省の2月の金融システム監督制度改善に関する報告には、BOEの金融システム安定にかかる権限を法律上明記することとBOEとFSAとの連絡を良くする、ということしか書かれていない。これでは99年当時と比べ労働党政権は精彩を欠くといわざるを得ない。中央銀行の武器はオペ、外貨準備運用、資金取引、決済システムを通じた金融機関との日常的な取引における接触、懇談、人材交流という「インザマーケット」にある。BOEの実力は、FSAとの情報共有のみでは生かされまい。


イングランド銀行小史

17世紀末に発生した英仏戦争のための資金を政府=王室に貸付けるために金持ちが作ったイングランド銀行は、その後、政府の資金繰りを請け負い、政府の債券、国債発行事務を担うようになる。その国債を担保に銀行券を発行し、その銀行券は安全だということで決済手段になっていった。高塀も安全のためというわけだ。

安全な銀行ゆえに、イングランド・スコットランド間、大陸への資金送金用の為替取組を請け負うようになり、取引先が全銀行へと拡大。その過程でシティの村長になり、村民である市中銀行の経営状態にもパターナルにチェックをいれるようになった。これが金融システムとBOEの関わりだ。そして最後に経済が拡大し、市中銀行間の資金融通で金利が決まるようになると、最後まで金を出し続け得る銀行としてBOEが金利を決めるようになった。無尽蔵に銀行券を印刷して金を供給できる胴元の意向には逆らえない。つまりBOE=金利政策がメインの仕事というのは戦後の理解に過ぎず、歴史は政府の資金繰り、銀行券の発行、金融システムの安定化、金融政策という順に進んできた。

中央銀行の仕事の第一は決済手段である銀行券供給と金融市場での取引を安定して行うこと、第二はそこからの知見(マーケット・インテリジェンス)を用いて、安定を損なう取引に強い警告を出すこと、そして金融システムや市場を守るために必要なことは何でもやるということだ。戦後BOEはシェルを救うために石油まで担保に取って融資した。いざというときには何でもやるという気概がシティを守ってきた。金利政策は最後である。


日銀総裁選びで欠けたもの

キング総裁の困難の原因は、前職がロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授だったこともあって、金融政策一辺倒でしか中央銀行を理解しないマクロ経済学のドグマから抜け切れていないことにあるのではないか。もちろん英国政府も、ブレア政権以来というかケインズ以来そういうドグマから脱していない。そもそも、中央銀行の仕事は極めて専門的だ。経済分析はもとより、取引は法律と契約と会計とITの束だ。そうした専門知識と、それを国民のために使う公共心なくしては務まらない。こういった議論を日銀総裁選びで行えば、BOE310年、日銀125年という歴史の差があっても先輩に負けまい。

* イングランド銀行の愛称

(2008年3月17日脱稿)

 

第73回 「濡れ手に粟」の資源国の末路と人材争奪

債券市場と商品市場の違い

サブプライム問題は金融市場の問題から、住宅ローンの不良債権問題、格付問題、ひいては公的資金注入の是非など政治問題にその中心を移した。昨今の金融市場では、いつ原油、商品、農産物などの商品市場がピークアウトするかが次の最大のリスクとして話されている。

世界の金融市場の残高規模は大体、株式市場が7000兆円、債券市場(国債と社債)が5000兆円なのに対して、金や原油の商品市場は50兆円程度である。もちろん株式や債券で取引される金額はその中の一部であるし、商品市場の外では原油やメタルなどの実需ベースでの取引が大規模に行われている。しかし、指標として金融市場を動かすのは市場残高への需要と供給である。

最近の商品市場では、プロの業者のみならず投資銀行のほか、保険や投資信託などの機関投資家が定期的に投資を始めるなどして需要が膨らみつつあるが、それでも株式や債券に比べると規模ははるかに小さい。小さいということは、少しのお金で価格が変動するということだ。このため中国など新興国の需要が米国経済の鈍化に伴って一服すると、原油など商品の価格も同じく一服する。その価格一服を見て市場が弱気に転じ、利益を確定する売り(利食いという)が大量に出て、価格が下がるのではないかと言われている。1バレル109ドルという史上最高値をみた今こそ、「まだ(価格が上がると皆が思っているときは)はもう(上がらない)なり」という格言を思い出すべきだろう。もちろん市場のこと、そのタイミングは神のみぞ知るなのだが。


資源価格が下がったら

当面のところ小麦、大豆は投機的な動きが続くため、商品市場における焦点は原油にある。原油価格が下がれば、これまで人材育成と技術改善を伴うことなく濡れ手に粟で所得を増やしてきた資源のみの国は真っ先に経済力と政治力を失い、権力者は職を失う。

典型はベネズエラのチャベス大統領であろう。ベネズエラでは原油による収入増加を原資に、「ミシオン(任務)」という社会開発計画を次々と実行、貧困層の生活水準のかさ上げを図ってきた。人材と技術を育てることが経済成長を続けるコツなのだが、国家資産の私的流用と国民への大盤振る舞いばかりが目立ち、有益な投資が行われているのかどうかについて市場では疑問を呈する声が上がっている。

任期満了後に今度は実務を担う首相に就任することが予定されているロシアのプーチン大統領にとって最も大切なことは、原油価格の恩恵を帝国主義的な勢力拡張に使うのではなく、ロシアの生産性向上にどのように転化していけるかどうかである。収入増加による国民の消費増加だけでは経済は長続きしない。この点は、まったく文脈は異なるが日本で「上げ潮政策」を唱導している人々についても当てはまる。インフレにより名目の収入が一時的に増えても、その拡大が長い目でみて持続するためには実質の所得を増やす必要があるため、技術革新やそれを生む人材育成が不可欠である。

これが最大の産油国であるサウジアラビアのサウド家の悩みであった。サウジアラビアは現在、日本の化学会社からの投資、技術提携を進めている。人口の大半を占め、失業問題に悩む若年労働者に高度な技術を身につけさせるべく一生懸命であるが、逆に国民が政府を頼むようになるとモラルハザードが生じてしまうので、バランスを取るのが容易ではないのだ。


人材争奪のグローバル化

こう考えると、前回申し上げた帝国主義の復活についても、米国や中国は息の長い成長が望めそうである一方、ロシア、イスラムは危うい。結局、濡れ手で粟はなく、経済原理は冷徹に貫徹されている。

現在米国のシリコンバレーで起業した中国人やインド人が、どんどん母国に帰り起業している。いまや米国に次ぐベンチャー・キャピタル国は台湾とイスラエルである。共通するキーワードはIT、英語または中国語、人材争奪のグローバリゼーションだ。英国はウィンブルドン方式で他国の優秀者によるフォーラムを作った。日本の東大の危機意識はこの競争力の差にあるが、子供の受験勉強をみていて、「こんな勉強は意味ないよなあ、でも日本の社会では必要か」と慨嘆する父親が多いのではないだろうか。「ゆで蛙・日本」* はどうなるのか、日本の経済力についてのぼんやりした危機意識がはっきり見えてきたように最近強く思う。

* 蛙は、水に入れてじわじわ加熱すると熱湯になっても出られなくなりゆで上がってしまうと言われていることから、危機もじわじわ来ると問題を先送りしてしまい、危機感が薄れてしまうことの例え。

(2008年3月11日脱稿)

 

第72回 コソボ独立宣言に帝国主義と日本を思う

コソボ独立宣言

コソボ自治州が2月17日、母国であるセルビア共和国の同意なしで一方的に独立宣言をした。以前から独立の意向を示していたが、昨年7月の国連安全保障理事会での独立決議案に対してロシアが事実上の拒否権を行使したためその計画は頓挫していた。

一方、セルビア・モンテネグロ紛争以来セルビアに批判的な米国と英仏独は即座に承認した。サブプライム問題をきっかけに、共産圏崩壊の帰結である経済のグローバリゼーションの影の部分がはっきりしてきた現在、これまで経済発展を遂げた英米や旧共産圏、新興国などが政治力を持ち、第一次大戦以前の帝国主義の復活状況が明確に見えてきたように思える。帝国とは米国、中国、EU、ロシア、イスラムである。


帝国の利害

コソボは、トルコと西欧と東欧の境界であるバルカン半島の付け根に位置する。歴史的にはアジアから来たブルガリア人が支配し、ついでスラブ系のセルビア人と古代印欧語族の末裔であるアルバニア人が混在して住むようになった。12世紀になるとオスマントルコが支配し、イスラム教徒のアルバニア人を軍人として重用、ブルガリア人とセルビア人を追放した。このため住民の多数はアルバニア人である。オスマントルコが第一次大戦後に消滅すると、ユーゴスラビアの一部になり、チトー大統領の下で政治は安定した。しかし、共産圏崩壊で複数民族の不満を抑えていたイデオロギーが消滅し、代わって民族主義が台頭した。ユーゴでは、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロが独立して、最後にコソボが残る問題となっている。

民族、宗教のみでも歴史的に骨肉の争いがあって厄介なのに、帝国主義では資源、地政学が絡んでくる。コソボでは鉱物資源が豊かで、特に同国内にあるトレプチャの亜鉛鉱山はヨーロッパで最大級の規模を誇る。ギリシャの鉱山会社がセルビア政府から資源の3分の1を販売する権利を買っており、セルビア政府の大きな収入源となっているので簡単には手放せない。またコソボには20年間にわたり米国全体の消費量を賄うことのできる170億トンの石炭が埋蔵されており、「バルカン半島のクウェート」と呼ばれることもあるそうだ。その他にも、石炭・銀・アンチモン・鉄・ボーキサイト・クロムなどが産出される。亜鉛は、自動車部材や電子部品の製造に不可欠であり、クロムはレアメタルとして、ハード・ディスクやスティールに使われる。

そして何より米国、欧州にとってコソボは、カスピ海に近いアゼルバイジャン油田から、ロシアとその息のかかった東欧諸国を通らずに地中海に原油をパイプ輸送する最短距離に位置している。さらにグローバリゼーションの中で、希少資源であるレアメタルの国家的な囲い込みが中国などで始まっていることは広く知られている。ロシアの悲願はユーラシア帝国を築くことであり、バルカン、アゼルバイジャン、アフガニスタン、カザフスタン、モンゴルに至る南境界での勢力拡大策を取ることは目に見えている。戦争になるまでは時間があると思うが、露骨な資源確保策を「民族自立」、「宗教的寛容」など正統性主張のための題目で包んだ「殴り合い」があちこちでみられる。


日本の政治外交

EUの中でもバスクを抱えるスペインは独立反対だ。コソボは安全保障問題に直接かかわるため欧州では高い関心が持たれているが、日本からは地理的な距離が ある。しかし、中国経済が悪化し共産党政権の基盤が弱まったときに、チベットや東トルキスタンで同じ問題が起きるのではないか。さらに北朝鮮、台湾問題となると日本は真っ先に覚悟を問われる。偶然にも時を同じくして中国が日米中の3国定期対話を呼びかけてきた。台湾併合への布石であることは確実だ。

帝国主義の復活の中で、帝国になるにはあまり小さい日本の政治力、一方で大国につくのみではあまりに大きな経済力。だとすれば、親日国を味方にすることが王道ではなかろうか。米中露という大国とはいずれにせよ付き合わねばならないので、そのパイプはもっと太くしてよい。しかし、それだけでは小国は生き残っていけまい。中小の親日国とのパイプ強化こそ日本外交、安全保障を強くすると思う。まずは隣国である韓国との団結こそ不可欠。ロンドンでの付き合いで、日本に好意的な国をあくまで私見で挙げてみると、近いところから、フィンランド、トルコ、エジプト、パキスタン、モンゴル、インドネシア、タイ、ブラジルといった国々なのだが、どうだろうか。

(2008年2月24日脱稿)

 

第71回 ヤマナカ・ファクターの衝撃と波紋

ヤマナカ・ファクターとは

英国ではあまり報道されていないが、京都大学の山中伸弥教授が昨年11月に「Cell」誌などで発表した研究は、医学界はもとより、バイオ業界、政府ひいては投資家に大きな衝撃と波紋を呼んでいる。筆者なりに理解した概要は次の通りである。人間を含め動物の細胞の中には、万能細胞というものがある。人間の例で言えば、細胞には脳細胞や皮膚の細胞もあれば、内臓の細胞や血液細胞もある。しかし、もともとはすべて1つの受精卵から分裂し、器官ごとの細胞に機能分化したものである。そして先に述べた万能細胞とは、これからどのような器官にでも成長し得る細胞のことをいう。山中教授は、人間の皮膚など適当な細胞を摂取し、それに4つ(最近の論文では3つ)の特定の遺伝子を注入すれば、どんな細胞もこの万能細胞になることを証明した。

万能細胞は、人間の臓器や血液、皮膚などの再生医療に進歩をもたらす画期的な技術として、従来から米韓を先進国として熾烈な研究競争が続けられてきた分野だ(一昨年、韓国の教授が実験結果を捏造したことが発覚した事件を思い出されたい)。これまでは、受精卵から一種の万能細胞(「ES細胞」という)を取り出す技術が研究されてきた。ただこれは技術的に難しいし、キリスト教倫理との関係で米国では根強い保守層からの反発がある。だが山中教授の方法が実現できれば、他人の受精卵からでなく、患者自身の皮膚から細胞を取り、それに一定の遺伝子(ヤマナカ・ファクター)を加えることで万能細胞を手に入れることが出来る。この形であれば倫理的な罪悪感は小さなものとなるし、自分の細胞なので免疫不全が起きる可能性は少なくなるだろう。これまであきらめられてきた多くの命が救われることになるかもしれない。


論文の衝撃

医者として働く友人の話によれば、山中教授のノーベル賞は当確と言われている。米国の医学会での最近の話題は、ヤマナカ・ファクター一色となっているそうだ。また同国の科学者までもがこのニュースに強い関心を持っている。学会では、まずブッシュ大統領の悪口を言い合うのがはやりだという。イラク戦争など軍事費増大のあおりで研究費が削られ、欧州に追いつかれているという強い危機感を彼らは持っている。

山中教授が発表した成果は万能細胞が作れるというところまでで、それを治療に生かせるのかどうかはまだよく分からないそうだ。それでも来年度からはネズミを使っての治療実験が始まるし、気の早い米国のベンチャーは、自宅で個人が万能細胞を作れるようなキットを商品化する研究を始めたという。米国政府も、万能細胞については相当な金を注ぎ込んでくるとみられる。日本政府も5年で100億円かけて京大に研究拠点を作る予算案を国会に提出している。

ロンドンに集中しているバイオ関係ベンチャーと投資家もこぞって、この研究に一枚噛みたいと考え始めた模様だ。というのも今までのES細胞を中心とする研究は、無意味化する可能性が高くなってきたからである。今の金融市場では、サブプライム問題で一部の金融機関やファンドは資金不足に陥っているが、金融が緩和された環境であることには変わりはない。いわば金の行き場を探している状態だ。だから、将来性のある一部ベンチャーやファンドに資金が殺到する構図がある。余談になるが、金融では小さな変化に大きく投資して、それが大きな変化になるという形に妙味がある。例えば、今度ゴールドマン・サックスが投資するという、日本人の浅井氏が創設者の1人であるヘッジファンド「キャピュラ」も、日本国債のイールドカーブ(長期短期の金利を期間毎にグラフにしたもの)の極僅かな形状変化に大きくかける投資スタイルで、当初はいわばニッチの勝者であったものが市場全体に影響力を与えるようになってきている。万能細胞を利用したバイオ・ベンチャーが、ベンチャー投資の主戦場になることは必至だ。


それでも残る問題

ただ物事には光と影がある。自分の細胞とはいえ、遺伝子操作が行われるのだ。しかも手軽に。また自らの細胞が再生出来るとなると、ES細胞ほどではないが悪用、誤用の危険に加えて、寿命が一段と伸びていいのか、やはり神の領域ではないのかという問題は残る。特定の器官のみが若返ったらどのような人になるのか。医学、技術、金融の論理ばかり先行しても問題解決にならず、倫理、法律、宗教も参画が必要だ。日本人が世界をリードしようと思うなら、クローン牛を作った英国の例も参考に、技術や金のみでない深みある対応こそ今後不可欠と思う。

(2008年2月12日脱稿)

 

第70回 為替相場の短期の目、長期の目

為替相場の先行き

ここ数年の円安から昨年末以来の円高への振れを見て、為替相場が今後どう変化するのか、またはどのように資産を円、ポンド、ドルなどで分配するべきかについてお考えの方もいるかと思う。だが為替相場の先行きを予想することはそもそも不可能、というのが経済学のスタンダードな考え方だ。ただ以前にも書いたように短期、中期、長期的な視点からどういった要素が為替相場に影響するかについて考えておくことは、個人にとって、企業にとっても重要と思う。復習すると以下の通り。

期間 為替相場に変動を与える諸要素
超短期
(毎秒、毎日)
以下の諸条件についての予想、金融機関や投資家の投機や思惑
短期
(1、2ヶ月)
過去の企業の為替予約や為替オプション取引の実現
中期
(3ヶ月から1年)
国毎の金利差、インフレ格差、物価上昇率差
長期
(1年から5年)
国毎の購買力の格差(為替レート調整後の商品の値段はどこでも同じという考え)、政治などによる社会構造の変化
※詳細はバックナンバーの第81011回をご参照下さい。

短期や超短期的というのは金融のプロが扱う世界で、ここでは経済実体がどうであれ美人投票で相場が動く。また長期は政治やアクシデントなど不確実な要素が影響してくる。だから一般的には、公表されている経済統計から推し量れる経済の基本条件を最も反映する中期から出発するのが分かり易い。現在における市場の中期的な見方としては、米国の景気悪化に伴うドル安、ポンド安、円高、ユーロ高、資源国通貨であるルーブル高、経済が躍進している中国の元高、インドのルピア高などがある。


超短期、短期のポイント

だが本欄ではあえて、予測の難しい短期と長期的な視点から検討したい。短期の当面の注目点は1ドル=100円を越えて円高が進むかどうか、1ポンドで言えば210円から200円を試す展開が予想される。日本の輸出企業はそれ以上円高になることはあるまいとして、1ドル=100円から98円までの間に保険代わりとして10年位のドル売り円買いの為替予約オプション(その値段が来ればその値段でドルを売る権利)を大量に持っている。

円相場はこれまで130円と99-98円の間を動いてきた。仮に100円割になると日銀が介入する可能性があるが、輸出企業が為替オプションを行使するので次の防波堤を築くことになる。その時のドル売り円買いの量は政府の介入で抵抗できる規模ではなく、一気に90円前半まで円相場が飛ぶ。そこで過去最高値の88円を試すかどうか。ロンドンの為替ディーラーはその時を虎視眈々と狙っている。こうした状況について当局はもっと情報を示すべきではないのか。こういう情報が、為替市場関係者しか知らないということについて、株や債券の厳しいインサイダー規制との関係で問題ないと言い切れるか問題提起しておきたい。


長期のポイント

長期的視点からいえば、ユーロとロシアのルーブルの関係がもっとも重要となろう。ドル下落を見越して各国の中央銀行、政府系運用機関は運用通貨に占めるドルの比率をじわじわと落としている。特に中東とロシアでの下落が顕著だ。ロシア中銀はユーロ、ドルを45%、残りをポンドなど他通貨で運用できるところまでドルの比重を下げる方針だ。ロシア帝国は基軸通貨国である米国の思い通りにはならぬとの意思表示だろう。中国が米国経済との相互依存度が高いのに比べて、ロシアは欧州と貿易面でパートナーを組みやすい。

ロシアのプーチン大統領は、任期が切れる5月以降も首相として政治の場に留まり、院政体制を敷くとされている。だがこの院政は、実はプーチンの威信低下を意味している。消息筋によればプーチンは最初は大統領続投を図ったが側近を含め誰も支持せず、無役になれば権力基盤を失うので、腹心を大統領にして辛うじて自らは首相になることにしたようだ。その権力への固執は、ロシアでも見苦しいと評判が悪い。プーチンの権力掌握力はかなり弱くなった。

そこで次の一手は、今年選ばれる欧州大統領との連携だ。ユーロとルーブルが通貨バスケットになるかどうか、そのときポンドはどうなるのか。英国のブラウン首相が起死回生するなら、ノーザン・ロックから外交に国民の耳目を移し始めるかどうか。そしてブレア前首相がどれだけ関与するのか、注目したい。

(2008年1月28日脱稿)

 

第69回 欧州春闘とスタグフレーションの行方

欧州春闘始まる

欧州では、年始から春闘が始まっている。ドイツの公務員が皮切りだ。中国など新興国からの安い輸入品の影響で物価が安定していたため、これまでは景気が良くても賃金は抑えられてきた。そこで今年ドイツ公務員労組はこれまでの抑制分を取り戻すべく、3年ぶりのプラス、しかも驚きの8%賃上げを要求している。その半分となる4%でも欧州のインフレ率3%を上回るほどの賃上げ額になる。

労組が強気なのは、今年は地方選挙を前に政治の強い後押しがあるからだ。メルケル首相を始めとする政治家は、賃上げの必要性と経営陣の高額賃金批判を訴えている。特に鉄鋼、化学、鉄道、農業の分野が強気だという。またフランスではサルコジ大統領が人員減と昇進スピードを遅くする代償として公務員の賃上げを約束した。労組との交渉を拒む経営者には補助金と税制優遇の廃止をほのめかしている。

一方の英国では景気の陰りが見えはじめ、ブラウン首相は賃上げをインフレ率未満とすると強硬に主張している。イングランド銀行は金利を下げつつも、潜在的な賃上げ圧力が強いことに警戒感を示すなど、大陸とはやや様相が異なる。もちろん教師や看護婦、警察、地方公務員からの反発が強いのは新聞報道通りだ。エネルギー、食料価格の上昇から一定程度の賃上げは不可避であろう。


世界経済との関連

前回、今年の経済の課題の1つはスタグフレーション* だと書いた。今年の春闘がスタグフレーションの行方を考える上でなぜ重要か、少しこれまでの世界経済の歴史を復習しておきたい。共産圏崩壊が引き金を引いたグローバリゼーションは第3段階に入った。2000年までは中国経済が勃興し、低価格品を世界中に輸出したため、製品価格が下落した。だから世界物価は安定し、世界賃金は下落、金利も低下したのだ。第2段階として、20世紀末に世界景気の好調と新興国の需要増から一次産品価格が急騰したが、中国での賃金上昇がマイルドなものに留まったため(農村からいくらでも人が来た)、世界賃金も横ばい、世界物価もマイルドな上昇に留まった。この間、経済好調な英米は金利を引き上げ貯金したが、バブルの後始末と構造問題を抱えるその他の欧州諸国は金利の引上げが出来なかった。

そして去年からが第3段階で、中国の賃金がいよいよ上がり始め、中国製品価格が値上がり始めた。一方欧米や日本企業は景気の恩恵を受け収益が好調だ。労組の要求どおり賃上げが通れば、単純な原材料価格の上昇から賃金を介して製品価格に跳ね返ってインフレに入る。そこに米国発のサブプライム・ローン問題を起因とする消費不況が来る。英米はまず金利を引き下げに来た。イングランド銀行が2007年12月に金利を下げ、FRB議長も大胆な引き下げを1月中旬に明言した。過去の貯金が効いてきたというべきだろう。しかしインフレのプロセスに入ったときの金利引き下げには限界がある。そこは財政の出番となろう。

世界経済の動向を決める要因の変化


日本でのベアの意味

苦しいのは金利の下げ余地が限られるECB(欧州中銀)と日銀だ。そして日本は財政も後がない。そうした中で日本経団連は賃上げを容認した。日本の素材産業大企業の社長の年収は今や1~2億円で、交際費も同額という。さすがにベアもやむを得ないということなのだろうが、本当に経営努力によるのか、単なる中国勃興による僥倖(ぎょうこう)なのか、よく考えた方が良い。

* インフレと景気悪化が同時に進む状況。金利政策をどちらの状況に合わせるべきかの判断が難しい

(2008年1月12日脱稿)

 

第68回 2008年最大の経済問題とは

今年最大の経済問題

本原稿が2008年第1回目の原稿となる。本年も宜しくお願い致します。

年頭に当たり、今年の世界経済、日本経済を展望したい。一言で言えば、世界も日本も政治が最大の経済問題という年になりそうだ。主要政治日程はもちろん米国とEUの大統領選出、日本の衆議院解散、北京オリンピックである。これらに昨年来の経済情勢がどのように絡んでいくのか。

サブプライム問題は本欄での予想通りというかそれよりやや早いスピードで、不良債権問題から証券化(倒産隔離の法的安定性)や銀行のコングロマリット化の是非を含む金融制度問題、さらに損失負担や為替調整をめぐる政治問題へと展開しつつある。そこまで政治化するのは、世界経済の牽引役であり、また世界経済のバブルを招いていた米国消費者の心理が冷めつつあるからだ。このため中国の米国向け輸出の減速が顕著になりつつあり、オリンピック後の中国経済は中国人の消費動向次第という面が強まっている。一方で原油、小麦をはじめ一次産品の価格の高止まり、高騰が続いており、インフレ懸念は非常に強くなっている。中国人の消費の伸びが鈍化すれば、景気悪化と物価上昇がコンビを組むスタグフレーションになろう。

スタグフレーションは今年の経済にとってのキーワードであり、1970年代に英国が苦しんだ経済状態でもある。その克服は、マーガレット・サッチャー政権による小さな政府、ある意味では福祉の最小化と民営化、自由化の推進と北海油田の余得なくしてはできなかった。しかし今度も同じ解決策で良いとは限らない。70年代には見られなかった規模でグローバリゼーションが起きている中での事態だからだ。そこではどういった解決が図られていくのだろうか。

政治の保守化は必至

大きな改革の前には前兆が必ずある。英国もいきなりサッチャーが登場した訳ではない。ハロルド・ウィルソンやジェームズ・キャラハンなどの前任首相たちが、小手先の改革を行ってもことごとく成果を上げ得なかったことが伏線にあった。

グローバリゼーションの中で行われていた自由競争はこれまで景気拡大局面で展開されたが、今や世界経済は非拡大局面に入っているのでまず国家は守りの姿勢に入る。米国アイオワで勝利した同国大統領候補のバラック・オバマ氏でも対立候補のヒラリー・クリントン氏でもそうだし、ニコラ・サルコジ仏大統領もアンゲラ・メルケル独首相にも思い切った民営化、自由化は難しいと思う。日本の福田氏にも結局新味はない。仮にブレア氏がEU大統領に就任した場合はどうだろうか。中東問題などで進捗はあるかもしれないが、基本的にはロシアとの勢力均衡問題と地球温暖化問題にその力の大半を費やすのではないかと予想する。結局GATTなどといった自由貿易のための枠組み内では、国際間での簡単な取り決めを締結することはできても、より本質的で難しい問題は先送りされていくことになるだろう。そして今まで自由であり、グローバリゼーションを進めてきた金融については、資本の自由な移動、すなわち為替の自由取引を国家が抑制する時が転換点になると思われる。その時、新しい米政権の財務長官がキーパーソンとなる。

2月の東京G7ではまだ大きな変化は起こらないであろう。日本の当局のイニシアチブは今やまったく弱すぎて、米中欧の枠組みからは相談相手にならないところまできた。パキスタンでのべナジル・ブット元首相の暗殺、ケニアの混乱は、第三世界の中で持てぬ国に横たうイスラム原理主義の問題や帝国主義の復活に抵抗しつつ民族問題を超えていこうとしている動きの中での混乱と思うが、こういう問題に対して日本は発言権を持っていない。少数言語を話す外交官の数が問題外に少ない。それでも大きな変換点までに日本は一体何をすべきか、またできるのか。

スタグフレーション下の備え

スタグフレーションとは景気悪化とインフレである。幸い日本の景気はようやくボトムアウトしたところなので、これ以上悪くなってもあまり大きな変化ではない。

問題はインフレだ。第一に物価の連続上昇に備えた制度、会計、賃金、資産評価、年金などの対応が急がれるのだが、まだ世界的な枠組みが十分整っていない。物価が上がると価格改定をしない場合に企業や家計は含み益を持つことになるが、それが利益と見なされるのか、そうであればその分課税できるのか、または労働者に分配すべきかなどといった問題は昔から検討されているが、この議論が復活する。

第二に、コスト・プッシュ・インフレの原因であるエネルギー価格を抑制するために、代替エネルギー開発と省エネ技術が課題となる。代替エネルギーについては、最近建設省OBが提唱したように、高低差を利用した水車による水力発電などアイデアを出す余地があるのではないか。またJR東海による2025年に施行を予定している東京-名古屋間のリニア開業計画にも注目したい。大量輸送で航空機に比べエネルギー節約になるとされているからだ。

第三に、そうした事項の全てを通じて一番重要なことは、情報の提供と整理のツールを提供する主体をどのように決めるかのメタ・ルールを確立していくことではないか。考える土台を提供することこそ公的部門が真っ先に取り組むべき課題となるであろう。

(2008年1月4日脱稿)

 

第67回 英国経済モデルの今後と地方経済

英国経済のアキレス健

サブプライム・ローン問題で米国景気の後退、特に金融業ブームの一服、さらに金融規制のあり方が今後大きく取り上げられると見られる。「グローバリゼーションは英国経済モデルの勝利」との英国の主張が裏目に出る恐れがある。英国の金融はアフリカやアジアに深く食い込みつつあるが、世界経済全体が冷え込んだ時に耐えられるか否かはまだ試されていない。景気拡大局面 を過ごしたブレア首相は幸運であった。ブラウン首相はこれから試練を迎えよう。

図1英国経済の強さと同時に、そのアキレス 腱となるのがロンドンである。図1を見ると、 ここ10年で英国経済に占めるロンドン、そしてロンドンと密接に関係がある南東部の経済活動(付加価値)のウエイトが上昇していることが分かる。足許ではロンドンが約17%、南東部を合わせると3割強になる。

図2はロンドン経済に占める産業別の経済活動(付加価値)のウエイトである。製造業が8%まで下がる一方、不動産業と金融業のウエイトがじわじわ上がり、それぞれ35%、20%で、両者を合わせると55%。ロンドン経済の大半はファイナンスに関係があり、その傾向はここ10年で一段と強まっている。これが家賃の高さ、そしてそうした家賃が払える人が住む町だからこその物価の高さ、ひいてはポンド高の主因である。バブル現象として象徴的ともいえるのだが、ブラックキャブの運転手さんがイタリアやスペインに2軒の別荘を建ててゴルフ三昧をしていると言っていたが、それはどこか変なのだ。したがってこうしたメカニズムが逆転すれば、ポンド安、物価下落、家賃反落、不動産、金融業の低迷、そこでの雇用の減少につながる。 これはロンドンの繁栄を反転させかねない。

英国が取り得る対応

金融の世界は世界経済と密接に関係している。特にロンドンの金融はそうした色彩が強い。このため、金融システムに何か問題があった場合、英国が単独で対応するには限界がある。「米国経済の落ち込みはアジアなど新興国の消費拡大でカバーする」というデカップリング論が唱えられているが、この理屈には無理を感じる。そもそも中国やインドの主な貿易相手国は米国だ。経済の行方についてリスクが大き過ぎるので、ノーザン・ロックの買収に大手銀行は手を上げられない。

ブラウン首相は当面、公共事業を行わざるを得ないと思う。このため財政演説は少し緩んだものになる可能性が高い。その上 で貿易黒字を溜め込んだ産油国、とりわけ中東諸国、中国、インドなどからの投資を促進することになるだろう。サウジ国王が訪問した時の歓迎振りも露骨なほどであった。来年ブラウン首相は外訪回数を増やすのではないか。腰が重いようだと経済面から徐々に苦しくなっていく。そして引き続きイングランド銀行に対する利下げ圧力は強まっていくだろう。

地方への期待

イングランドが85%(ロンドン圏で3割強)、スコットランドが8%、ウェールズと北アイルランドが4%弱ずつというのが英国経済の地域分布である。もちろんロンドンからの波及効果の大きさを考えればロンドンの金融、その金融からの家賃で食べている不動産業が不調になると、英国全体への影響は非常に大きなものとなろう。この経済規模では、スコットランドなど他地域は独立しても経済面からのみ見れば損のように見える。

しかし、グローバリゼーションは地方でも避けることはできない。これはどこの国でも同じである。エジンバラやダブリンに居を構えるファンドや保険会社、年金運用会社はこの10年間で相当増えた。情報交換の便利さを除けば、家賃の高いロンドンにいる必要はないと彼らは言う。大手金融機関が苦しむ中、生き残るファンドが地方に多ければ、ビジネス・モデルの見直しは必至である。地方の産業は公共事業、農業、観光そして大企業の工場というのがどの国でも相場なのだが、このモデルを克服できるか。

注目すべきは、ファンドが現在盛んに投資を行っている、大学と結びついたバイオ企業群である。製薬研究では英国は世界のトップを行く。なんとトップ50社中48社が英国に研究所を置いているそうだ。航空機で輸送可能な製品を扱ったり、インターネットや日本のリニアを活用して空間的な制約を越えたり出来れば、イングランドからの補助金を期待しないでやっていけるかどうか。こうした一種の社会実験は、循環的経済変動よりずっと刺激的である。

(07年12月10日脱稿)

 
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