ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 01 April 2026

LISTING イベント情報

英国で増加する金属の盗難事件 - 経済への損失は年間約8億ポンド

経済への損失は年間約8億ポンド
英国で増加する金属の盗難事件

ヒンチンブルック病院について

街中に設置されている歴史的人物の銅像や、マンホールの蓋、排水路の蓋などが盗まれる事件が今、英国内の様々な地域で発生している。これらは、英国で現在大きな問題となっている金属盗難事件(metal theft)の一例であり、政府や自治体は対策を急いでいる。

最近発生した金属盗難事件の例

2011年10月 イングランド東部リンカーン市にある中世の遺跡「ビショップス・パレス」の屋根の鉛の部分が盗まれる。「ビショップス・パレス」は、国内に残る最も重要な中世の遺跡の一つであり、イングリッシュ・ヘリテージの保護対象になっている。
2011年10月 イングランド南西部ウィルトシャー州の街ティドワースで、戦没者記念碑に設置されていた兵士のブロンズ像が盗まれる
2011年10月 イングランド北東部ニューカッスル市で、市中心部のレイン・アート・ギャラリーの外に設置されていたトーマス・ヘザーウィック氏製作のインスタレーションのブロンズ部分が盗まれる。
2011年12月 イングランド南東部ケント州の教会で、真ちゅう製の祭壇用十字架、花瓶、聖書台などが盗まれる。
2011年12月 ウェールズ・カーディフ市近郊のNHS(国民医療制度)の病院で、バックアップ用発電機に使われていた銅ケーブルが盗まれ、手術 がキャンセルされる騒ぎとなる。
2011年12月 ロンドン南部ダリッジ地区の公園で、世界的に有名な彫刻家バーバラ・ヘップワース氏のブロンズ製の作品が盗まれる。
2011年12月 イングランド北西部マンチェスター市のマンチェスター大聖堂で、 祭壇用の銀製十字架が盗まれる。
ビショップス・パレス
ビショップス・パレス
マンチェスター大聖堂
マンチェスター大聖堂

数字で見る英国の金属盗難の現状

年間7億7000万ポンド
(約927億円)
金属盗難事件による英国の経済的損失(i)
2000件 2010年度の英国における金属盗難事件の発生件数
(ただし北アイルランドを除く)(ii)
1万5000トン 英国内で1年間に盗まれる金属の総重量(iii)
995件 2010年4月1日〜2011年3月末に発生した鉄道の送電線盗難事件の件数 (iv)
1日あたり平均10件 教会での金属盗難事件発生件数(v)
10人 過去1年間に金属盗難を試みて死亡した人の数(vi)

(i) 警察幹部協会(ACPO) (ii) 英国交通警察(BTP) (iii) BBC (iv) Network Rail
(v) 保守党のトニー・ボールドリー議員による2011年11月の国会での発言
(vi) House of Commons Library

背景に金属の価格高騰

現在、英国では、金属の盗難が大きな問題になっている。国内各地で、鉄道の送電線、電話やインターネットのサービス提供に使われる通信ケーブル、マンホールの蓋、排水路の蓋などが盗ま れる事件が多発。英国交通警察(BTP)によると、英国における属盗難事件の発生件数は、2009年度の1500件から、2010年度には2000件(*)にまで増加した。背景には、海外での需要増による金属の価格高騰がある。例えば銅の価格は、2009年以降、約2倍に跳ね上がっており、現在は1トンで5000ポンド(約60万円)以上に上る。犯罪者たちは、こうした状況を利用して、盗んだ金属を金属回収業者に売り、利益を得ている。冒頭に挙げた以外にも様々なものが標的になっており、墓石や戦没者記念碑に貼り付けられた死者の名前を記した金属板、教会の屋根の鉛で造られた部分、街に設置された歴史的人物の銅像などが盗まれている。警察幹部協会(ACPO)によると、金属盗難事件による英国の経済的損失は、年間7億7000万ポンド(約927億円)にも達する。

盗難対策でプラスチックの道路標識も

こうした状況を受け、企業や自治体などは、様々な方法で金属盗難対策を実行している。「スマートウォーター」と呼ばれる盗難対策商品(関連キーワード参照)は、通信大手BTなど多くの企業や団体が利用。また、従来は金属を使っていた物に、盗難防止のためほかの素材を利用している例もあり、例えばオックスフォードシャー州では現在、ファイバーグラス製のマンホールの蓋を試験的に使用している。また、道路標識を、従来の金属性からプラスチック製のものに交換している自治体も多い。

現金払いの金属買い取りが違法化へ

一方、法律面では、金属回収業者の規制を強化する動きが出ている。金属回収業者規制の現行法は、「1964年金属回収業法」であり、業者に対し、自治体への登録などを義務付けている。しかし、盗難事件の増加を受け、メイ内相は1月下旬、現在国会で審議中の法案(**)を修正し、①金属回収業者による現金払いでの金属買い取りを違法化 ②1964年法の規定に違反した場合の罰金を大幅増額——という2つの措置を実行することを明らかにした。①は、金属回収業者が現金払いで金属を買い取る場合、売主に、身分証明書や金属の合法な所有者であることを示す証明書などの提示を求めないことが多く、そのことによって、盗難された金属の処分がより容易になっている現状を受けた措置である。 これに対し、「英国金属リサイクル協会(BMRA)」は、現金払いの買い取りを禁じても、自治体に未登録の闇回収業者に金属を売る人が増えるだけであると主張している。また、労働党のクーパー影の内相は、盗難金属を買い取る回収業者を取り締まるための新たな権限を警察に与えるよう求めている。BTPによると、金属の価格高騰は少なくとも2015年まで続くと考えられており、更なる措置の実行も検討されるべきかもしれない。

これに対し、「英国金属リサイクル協会(BMRA)」は、現金払いの買い取りを禁じても、自治体に未登録の闇回収業者に金属を売る人が増えるだけであると主張している。また、労働党のクーパー影の内相は、盗難金属を買い取る回収業者を取り締まるための新たな権限を警察に与えるよう求めている。BTPによると、金属の価格高騰は少なくとも2015年まで続くと考えられており、更なる措置の実行も検討されるべきかもしれない。

(*) BTPの管轄外である北アイルランドを除く。
(**) 「リーガル・エイド、判決、犯罪者の懲罰法案」。

SmartWater

「スマートウォーター」とは、識別コードが組み込まれた無臭・透明な液体で、犯罪防止・解決 を目的とした商品。イングランド中西部シュロップシャー州に拠点を置くスマートウォーター・ テクノロジー社が販売。対象物に塗布しておくと、盗難された場合、液体に組み込まれたコードによって、持ち主を突き止めることができる。また、強盗犯などに対し、スプリンクラーのように付着させる使い方も可能。この液体は何カ月間も犯人の体や衣服に付着し、洗っても除去できないため、犯人の割り出しに有効である。 スマートウォーター・テクノロジー社のウェブサイトは www.smartwater.com

(猫山はるこ)

 

NHSの総合病院が民間運営に - 財政難背景に、全国で初の試み

財政難背景に、全国で初の試み
NHSの総合病院が民間運営に

ヒンチンブルック病院について

国民医療制度(NHS)が国営のサービスであるということは、英国在住者ならば大半の人が知っているが、実は民間の企業・組織によって提供されているサービスも含まれている。更に今月初頭には、英国で初めて、民間企業によるNHSの総合病院の運営が開始され、大きな話題となっている。

サークル社が掲げる
ヒンチンブルック病院の16の改善ポイント

1 安全ではないと考えられるサービスを改善する。
2 患者の命にかかわる事態が発生した場合、24時間以内に、病院の責任者及び幹部医師に報告する。
3 医療ミスと院内感染をなくす。
4 看護師の勤務時間の3分の2を患者との接触に使うようにする。
5 患者の都合に合った場所での治療を可能にする。
6 病院のサービス改善の方法に関する患者からの提案の内容及びその提案に基づいて実行した措置などを病院のウェブサイトで発表する。
7 ミシュラン・ガイド掲載のレストラン出身シェフからの指導に基づき、 質の高い病院食を提供する
8 入院患者向けの新たなエンターテイメント・システムを導入する。
9 無駄を解消する。
10 外部の専門家の助言に基づき、調達の方法を改善する。これにより、2年以内に大幅な経費削減を実現する。
11 近郊地域在住の患者を獲得する。
12 病院のスペースを最大限に有効活用する。受付のデザインを改善する。より公平な駐車システムを導入する。
13 病院全体を2つの部門に分け、それら部門を更に「治療ユニット」に分ける。それぞれの「治療ユニット」は、治療に関わる意思決定権を持つ。
14 「治療ユニット」の設置に合わせ、病院のサポート・サービスを再編成する。
15 職員のパフォーマンスを、直属の上司のみならず、同僚、部下の評価、また自己評価によって査定する。
16 幹部職員は、サークル社が実施する「リーダーシップ養成講座」に参加し、管理の手法などを学ぶ。

ヒンチンブルック病院について

ヒンチンブルック病院について

1983年、ケンブリッジシャー州西部のハンティンドン(Huntingdon)近郊にオープン。鉄道のハンティンドン駅から徒歩10分の場所に位置する。産婦人科、外科、整形外科、一般医療などを含めた9つの病棟に分かれる。ベッド数は382。職員数は1700人。

2005年、病院に隣接して「ヒンチンブルックNHS治療センター」がオープン。同センターは、入院期間が2日未満の眼科や整形外科などの手術のほか、歯科、眼科、耳鼻咽喉科などの外来患者を受け付けるクリニックである。また、2006年には緊急ケア・センターがオープンしている。

医療サービス提供機関の監視団体である「ケア・クオリティー・コミッション」の最新の評価では、「患者のニーズに応えたケア、治療、サポートの提供」「患者の安全を守る」の2点において、「改善が必要」と判断された。NHSのウェブサイトに投稿された利用者の評価は、100点満点中58点となっている。
ウェブサイトは www.hinchingbrooke.nhs.uk/page/home

4000万ポンドの債務を返済へ

最高指導者ハメネイ師

今月1日より、イングランド東部ケンブリッジシャー州にあるNHSの病院が、民間企業によって運営されることになった。この病院とは、同州西部に位置する「ヒンチンブルック病院(Hinchingbrooke Hospital)」であり、運営を委託されたのは、ロンドンに拠点を置く民間の医療サービス提供会社「サークル(Circle)」である。

ヒンチンブルック病院の運営が民間企業に委託されることになった背景には、同病院の資金面での問題がある。NHSの病院は、主に患者の数に応じて国庫から資金を支給されるが、地方部に位 置する同病院には、十分な数の患者が訪れず、財政難に陥った。サークル社が合意したヒンチンブルック病院の運営契約期間は10年間であり、同社はこの間、経営効率化によって、4000万ポンド(約48億円)にも上る同病院の債務返済に取り組むことになる。

「NHSの民営化進める」との声

その名が示す通り、NHSは国営の医療制度であるが、既に民間企業によるサービス提供は行われており、白内障や人工股関節置換の手術などの緊急ではない治療を行うNHSのクリニックを民間の医療サービス提供会社が運営している例は数多くある(サークル社も既に、ノッティンガム市でこうしたNHSのクリニックを運営している)。しかし、NHSの総合病院の運営を民間会社が担うのは、今回のヒンチンブルック病院の例が初であり、労働組合などからは、「NHSの更なる民営化を進める」との批判の声が上がっている。これに対し、NHSは、ヒンチンブルック病院のケースは「民営化ではなく、経営陣が新しくなっただけ」であり、サークル社が運営を引き継ぐことで、病院の閉鎖を防ぐことができたと述べている。

折りしも現在、国会では、NHSの大規模な構造改革を目指す「保健・福祉ケア法案(Health and Social Care Bill)」が審議中である。同法案が通れば、NHSへの更なる民間企業の参入が奨励されることになるため、「治療の質より、収益が優先されるようになるのではないか」と危惧する声は多い。

更に20のNHS病院が財政難

なお、ヒンチンブルック病院は、民間の運営になったとは言え、NHS病院のままであり、これまでと同様、治療は無料である。建物、設備なども依然としてNHSの所有であり、スタッフもNHSの職員である。サークル社は1日、職員との協議で決まったヒンチンブルック病院の16の改善ポイントを発表し、今後の改革に向けた方針を明らかにした(上記参照)。

報道によると、イングランド内の更に20のNHS病院が現在、ヒンチンブルック病院と同じような財政状況にある。これらの病院の 一部は、ほかの病院との合併を検討しているが、ヒンチンブルック病院の試みが成功すれば、同様に民間企業に運営を任せる可能性もある。サークル社のアリ・パールサ最高経営責任者は、同病院が「NHSの総合病院で全国のトップ10に入ることを目指す」と述べているが、果たしてNHSが言うところの「歴史的なパートナーシップ」が成功し、この目標を達成できるのか、多いに注目されるところである。

Circle

ロンドンに本社を置く民間の医療サービス提供会社。バース市、ストラトフォード・アポン・エ イボン市などでプライベートの病院、クリニックを運営している。創業者で最高経営責任者の アリ・パールサ氏は、16歳でイランから英国に渡った移民。サークル社創業前は、ゴールドマ ン・サックス証券などでの勤務経験がある。サークル社では、同社の病院で働く医者及び従業員のパートナーシップである「サークル・パートナーシップ」が株の49.9%を所有し、残りの 50.1%を、親会社である「サークル・ホールディングス」が所有している。サークル・ホールディング社は株式上場済み。

(猫山はるこ)

 

イラン制裁強化した英国の真意とは - ホルムズ海峡閉鎖で高まる緊張

ホルムズ海峡閉鎖で高まる緊張
イラン制裁強化した英国の真意とは

核開発問題と経済制裁をめぐるイラン情勢は、英・イラン両政府による外交官の相互追放で緊張が一気に高まった。欧米諸国による制裁強化に対し、イランは原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の閉鎖という対抗措置を示唆した。今週は、緊張感高まるイラン情勢への英国の対応を中心に追う。

イラン周辺・ホルムズ海峡地図

イラン周辺・ホルムズ海峡地図

英・イラン間での主要な出来事

1953年クーデター
英米政府諜報機関の支援を受けた皇帝派ザーヘディ将軍らによるクーデターで、モハンマド・モサデグ政権が失脚し、パフラヴィー朝イラン第2代皇帝モハンマド・レザー・シャーが権力を回復。1951年、モサデグ首相が、「アングロ・イラニアン石油会社(現BP p.l.c.)」から石油利権を取り戻し、イランの石油産業を国有化。その後、旧ソ連との関係を深めたため、イランは石油の国際市場から疎外され、財政難に陥る。

在英イラン大使館占拠
1980年、イラクの支援を受けていたとされる武装組織「アラブ自由と民主革命運動(DRMLA)」が、イラン国内で逮捕・収監された同志の解放を要求し、在英イラン大使館を占拠。英特殊部隊SASの介入で人質は解放された。

在テヘラン英外交官誘拐
1987年、イラン・イラク戦争で、イラン・イラク戦争で、英政府がイラクを支援しているとし、在テヘラン 英大使館のエドワード・チャップリン次席がイスラム革命防衛隊により誘拐、拷問を受ける。後に同次席は解放されるも、英政府は在テヘラン英大使館員を一時召還。

小説「悪魔の詩」
1989年、イラン最高指導者の故アヤトーラ・ホメイニ師が、小説「悪魔の詩」がイスラム教に対する冒涜であるとし、イスラム教徒に対して同書の作者であるインド出身英国人作家サルマン・ラシュディの殺害に関する宗教的布告を発出。

ペルシャ湾沖英海軍拘束
2007年、ペルシャ湾に注ぐイラン・イラク国境地帯を流れるシャットゥルアラブ河口で、イラン領域に侵入したとして、パトロール中の英海軍兵士15人がイラン海軍の捕虜に。これを受け、在テヘラン英大使館前で学生らによる抗議デモが発生。数カ月後、捕虜15人は解放。

アハマディネジャド大統領
アハマディネジャド大統領

英大使館員スパイ容疑
2009年、アハマディネジャド大統領の再選に対する抗議デモの最中に、英仏大使館職員及びフランス人大学教員らが拘束される。うち在テヘラン英大使館現地職員のホセイン・ラサム氏がスパイ容疑で逮捕されたが、2010年に釈放。

イラン国営プレスTV
2012年1月、英国の放送・通信を監督する英監視機関Ofcomが、放送規則への違反があったとして、イランの国営英語チャンネル「プレスTV」の英国内における放送免許を取り消し。

経済制裁とホルムズ海峡閉鎖

1月15日、ヘイグ英外相が「イランに対する軍事行動を(選択肢として)排除しない」と述べた通り、23日、英海軍艦船HMSアーガイルがホルムズ海峡を通過しペルシャ湾(またはアラビア湾)に入湾し、米仏海軍艦隊とともにイランに対する圧力を一層強めた。

昨年12月、イランのラヒミ第1副大統領は、欧米諸国がイランに対する経済制裁を強化した場合、湾岸諸国から欧米諸国への原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡を閉鎖し原油を一滴も通さない旨を警告。更には、海軍サヤリ最高司令官が、同海峡の封鎖は「コップの水を飲むより簡単」と述べたことを受け、原油価格は一時急騰するなど欧米諸国間で原油供給に対する不安が広がった。

今般の米英仏艦船によるペルシャ湾入港は、こうしたイランの強硬姿勢をけん制するとともに、同国の核兵器製造、及びイスラエルに対するミサイル攻撃などによる新たな中東戦争勃発を阻止するためであるとされる一方、米軍のイラク・アフガニスタン撤退により、中東地域におけるイランのプレゼンスの高まりを未然に防ぐなどの目論見も垣間見られる。

英・イラン外交官相互追放へ

昨年11月、イランによる兵器製造の疑いがあることを示唆した国際原子力機関(IAEA)の報告を受け、オズボーン財務相は同国に対する新たな経済制裁を表明。イラン中銀との取引停止を要請す るなど、事実上の原油輸入停止を示唆した。これに対し、イラン議会がチルコット在テヘラン英大使の国外追放を可決すると、数日後にはイラン人学生らによる在テヘラン英大使館襲撃事件が発生。 同事件に関与した学生らは、イランの軍事組織イスラム革命防衛隊傘下の民兵組織「バシジ」のメンバーと見られることから、イラン当局の介入が濃厚であるとして、11月29日、ヘイグ外相は在英イラン外交団を国外追放とし、在テヘラン英国大使館を閉鎖する旨を表明した。

外交手腕による対立緩和の可能性

最高指導者ハメネイ師
イランの最高指導者ハメネイ師(写真左)

在テヘラン英国大使館が襲撃対象になった主な要因は、1980 年以降イランとの国交を断絶している米国に代わる「欧米諸国の象徴」であるためとの見解がある一方で、これは英・イラン間の緩慢 した外交問題が表面化した典型例で、パターン化した結末であると分析する専門家もいる。他方、イランに対する制裁が、これまでの物資調達から資金源へと変化した背景には、イラン保守派中枢 の内部分裂を更に広げるためであるとの見方もある。最高指導者ハメネイ師とアハマディネジャド大統領の間に現れ始めた溝を利用し、今年3月に国会選挙を控えるイラン政権の弱体化を一気に推し進める狙いだ。

これまで英・イラン両国は、1980年在英イラン大使館占拠事件、1989年在テヘラン英外交官誘拐事件、2007年ペルシャ湾沖英兵捕虜事件などが発生する度に、外交官召還などの措置を取りつつも国交の断絶は回避してきた。今回も英政府は、イランとの国際会議での協議に応じる姿勢を崩しておらず、双方の外交機略次第で、非暴力的な対話のテーブルで向き合う公算もまだ残されている。


Ayatollah Seyed Ali Hoseyni Khamenei

セイエド・アリ・ハメネイ師。1939年生まれ。イスラム教シーア派の有力な宗教指導者に与えられる「アヤトーラ(高位ウラマー)」の称号を持つ。現イラン・イスラム共和国建国の父アヤトー ラ・ホメイニ師の下でイスラム法学を学ぶ。79年、皇帝政権を奪取した「イスラム革命」に参画。81年大統領に選出。89年、ホメイニ師死 去後、最高指導者及び革命防衛隊の最高司令官に選出。2009年、保守強硬派のアハマディネジャド大統領が再選すると、選挙不正を訴える改革派の支持者たちによるデモが発生。ハメネイ師は保守派を支持する姿勢を明確にした。

(吉田智賀子)

 

新高速鉄道「HS2」が建設へ - ロンドン−バーミンガム間が45分

ロンドン−バーミンガム間が45分
新高速鉄道「HS2」が建設へ

前労働党政権が政権末期に発表し、現連立政権が引き継いだ形になった高速鉄道の建設計画が遂に実行されることになった。今回は、英国内の陸の移動を飛躍的に便利にさせる一方、環境面での影響や巨額の費用などで物議を醸しているこの計画について説明する。

新高速鉄道「HS2」のルート

「HS2」の開通前と開通後の鉄道での移動所要時間の比較

  現在の所要時間 「HS2」開通後の所要時間
ロンドン〜バーミンガム 1時間24分 45分
ロンドン〜マンチェスター 2時間8分 1時間8分
ロンドン〜リバプール 2時間10分 1時間46分
ロンドン〜リーズ 2時間20分 1時間28分
ロンドン〜サウス・ヨークシャー 2時間9分 1時間10分
ロンドン〜ニューカッスル 3時間9分 2時間18分
ロンドン〜エディンバラ 4時間30分 3時間39分
ロンドン〜グラスゴー 4時間30分 3時間37分
Source: DfT

数字で見る高速鉄道「HS2」

400キロメートル 最高時速
最長400メートル 一つの列車の長さ
最高1100座席 一つの列車の座席数
最高2万6000人 1時間に運ぶことができる人間の数
327億ポンド(約3兆9240億円) 総工費
340億ポンド(約4兆800億円) 開通から60年間での運賃収入見込み

「第1段階」は2026年開通

政府は先月10日、ロンドンからイングランド中部バーミンガム、及び同北部のマンチェスターとリーズまでを結ぶ新高速鉄道の建設計画を承認した。新鉄道は、「High Speed 2」を略した「HS2」との通称で呼ばれている。計画は2段階にわたって実行され、今回は、第1段階であるロンドン−バーミンガム間の鉄道建設が承認された。第1段階の工事は2017年までに開始され、2026年に開通の予定である。

新鉄道のロンドンでのターミナル駅はユーストン駅になる。最高時速は約400キロで、ロンドン−バーミンガム間をわずか45分で移動できるようになる。また、ロンドン西部のオールド・オーク・コモン(Old Oak Common)に新たに建設される駅から、現在建設中のロンドン横断鉄道「クロスレール」に乗り換えることが可能。更に、高速鉄道用線路「HS1」とも接続し、欧州への足が更に便利になる(「HS1」については「関連キーワード」を参照)。

沿線住民から強い反対の声

この計画は、もともとは前労働党政権の構想であったのを、現政権が引き継いだ形になったものである。しかし、同計画に対しては、前政権が発表した当初から、新鉄道の沿線に位置することになる地域の自治体や住民などから、騒音等の環境面での影響などを理由に、強い反対の声が上がっていた。同計画への反対運動を行うために設置された住民グループの数は、実に70にも上ったという。こうした多くの人々の反発を考慮し、政府が今回発表した計画では、従来の案より、鉄道がトンネルを通過するルートが増えていた。ベッドフォードシャー州などにまたがり、「自然美指定地域」(*)に指定されているチルターン・ヒルズ(Chiltern Hills)を通るルートも、トンネル部分が増えた。

ヒースロー空港行き支線も建設予定

新高速鉄道への反対意見に対し、政府は、「鉄道サービスの輸送能力を高めるために不可欠である」などとして反論している。例えば、鉄道インフラ会社「ネットワーク・レール」によると、ロンドン−スコットランド間を結ぶウェスト・コースト本線の南側路線は、2024年までに輸送能力の限界に達する見込みだという。政府は、こうした現状を考えると、1時間当たり最高2万6000人を輸送できる新高速鉄道の建設は、既存の鉄道システムの改修などに勝る最良の選択肢であると主張している。

計画の「第2段階」であるマンチェスター及びリーズ行きの路線については、2014年後半に詳細が発表され、2032〜33年に開通する見込みである。第2段階の路線は、イースト・ミッドランズ、サウス・ヨークシャーにも停車し、またヒースロー空港行きの支線も建設される。更には、リバプール、エディンバラ、グラスゴーなどへ行く既存の鉄道とも接続する。今後も反対意見は聞かれるだろうが、HS2が、英国の公共交通サービスを飛躍的に発展させ、国内の移動が更に便利になることは間違いなさそうである。

(*) 政府の外郭団体である「ナチュラル・イングランド」が、美しい自然美が残るエリアとして認定した地域。

High Speed One(HS1)

ロンドンのセント・パンクラス駅からケント州、英仏海峡トンネルの英国側出口までを結ぶ全長109キロメートルの高速鉄道用線路。2007年11月開通。時速300キロメートルまでの鉄道に対応する。現在、HS1を利用している鉄道は、ユーロスターのほか、ロンドンとケント州を結ぶサウスイースタン鉄道の列車、及び貨物線である。HS1の沿線上の駅には、ストラットフォード・インターナショナル駅、アシュフォード・インターナショナル駅などがある。2012年ロンドン・オリンピック期間中は、高速鉄道「ジャベリン」がHS1を走ることになる。。

(猫山はるこ)

 

「破裂する」豊胸バッグ問題 - 誰が手術費用を負担するべきか

誰が手術費用を負担するべきか
「破裂する」豊胸バッグ問題

豊胸バッグ
14日、私立病院が並ぶロンドンのハーレイ・ストリートで、PIP社製の豊胸バッグの摘出手術を無料で実施するよう訴える女性たち

昨年末、フランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造した豊胸用シリコン・バッグに医療上の問題があることが発覚した。最悪の場合、シリコン材が体内で破裂する可能性があり、豊胸手術を受けた欧州の女性たちの間にパニックが起きている。本国フランスなどでは女性たちに摘出手術を受けるよう勧告が出されたが、英政府は「手術は必須ではない」と発表し、国によって対応がまちまちになっている。

英国における豊胸手術

  • 豊胸手術を受けた全体数 ─ 25万人
  • 乳がんの手術後、乳房再建のために 豊胸手術を受けた人数 ─ 2万5000人
  • 過去に仏PIP社製の豊胸材を使用した人数 ─ 4万人

豊胸手術についての意識調査

豊胸手術についての意識調査

「破裂する豊胸材」への懸念

豊胸バッグ「体内で破裂する」との恐れがある豊胸用シリコン・バッグが、英国を始めとする欧州各国を中心に大きな健康上の懸念を広げている。この豊胸材は、フランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造したもの。同社は、医療用としては未認可の産業用シリコンを使用していた。事態が発覚すると、フランス政府は同社の製品を使用禁止とする措置を取り、同社は2010年に倒産している。  

豊胸材が体内で破裂すると、シリコンの中に入っているジェル状の物質が体内に流れ出て、細胞に損傷を与える。すると痛みや炎症の発生に加えて、乳房の変形につながり、また豊胸材の摘出さえ困難になることもあるという。

破裂する可能性はどれだけあるのか

PIP社製の豊胸材は世界65カ国で約30万人の患者に販売された。英国では4万人前後がPIP社の製品を使ったとみられている。正確な数が把握できていないのは、豊胸手術のほとんどが民間の医療クリニックで行われているためだ。国民医療サービス(NHS)は、ほんの一部の患者情報しか持ち合わせていない状況にある。  

豊胸手術を受けた女性たちは、現在、大きな不安を抱えながら生きている。安全性についての情報が確定していないからだ。例えば、フランス政府は「PIP社製の豊胸材が破裂する可能性は5%」とするが、英国医薬品庁(MHRA)ではこの数字が1%に下がる。また大手民間クリニックの「トランスフォーム」の試算は7%だ。  

フランス政府は予防策としてPIP社製の豊胸材の摘出を推奨し、ドイツ、オランダ、チェコ、ベネズエラなども同様の姿勢を取っている。一方、英国では、ランズリー保健相が調査を委託した専門家グループによって1月6日に発表された報告書が、「原則として摘出の必要は認められない」と結論付けた。

摘出手術の費用は誰が負担するのか

豊胸手術豊胸材を摘出するとして、「誰が手術代を支払うか」という点についての政府の不明確な態度も、豊胸手術を受けた女性たちの怒りを大きくしている。保健相は、「民間のクリニックには、女性たちが無料で摘出手術を受けられるよう手配する道義上の義務がある」と述べたが、「道義上の義務」のみでは十分ではないと考える女性たちは多い。

フランスでは、PIP社の豊胸材を使った女性たち約3万人に対し、政府が摘出の手術代を負担すると宣言。英国ではNHSが、一般医が必要と判断したときのみ費用を負担した上で摘出手術を行うと述べているが、この措置はNHSで豊胸手術を受けた人のみを対象としている(ただNHSは、民間のクリニックで豊胸手術を受けて、そのクリニックが閉鎖していたり、無料の摘出手術を行うことを拒絶した場合でも、必要と判断されれば無料で摘出手術のみを行うとしている。ただし、別の豊胸材との交換はしない)。

事態が今後どのような形で進んでいくにせよ、現在大きな犠牲者となっているのは、紛れもなく、医療機関に身をゆだねた女性たちである。医療関係者がせめてできることは、既に豊胸手術を受けた女性たちが、混乱を起こさず、自身の身体をどのようにケアしていくかを決めることができる状態を、一日も早く築き上げることだろう。

Mammography

マンモグラフィー。乳がんの早期発見のために、乳房をX線撮影する方法、あるいはその装置。受診者の乳房を装置の撮影台に乗せ、プラスチックの板で乳房を台に強く押さえつけて撮影する。英国に住む47歳から73歳の女性(昨年までは50歳から70歳)は、3年ごとに無料でマンモグラフィーを受けるよう国民医療サービス(NHS)から連絡を受ける。2007〜08年の1年で、170万人を超える女性がマンモグラフィーを利用した。乳がんを早期発見して死を免れる受診者の割合は、20〜30%と言われている。初回の検査で疑わしい兆候が見られ、再検診を受けるのは20人に一人。

(小林恭子)

 

英国政府の公営住宅改革について - 「また貸し」の違法化案など

カウンシルフラットまた貸し」の違法化案など
政府の公営住宅改革について

設備や環境が悪いなどの声が聞かれる一方、民間の住宅よりも家賃が大幅に安いことが最大の魅力である公営住宅。住んだことはなくても、将来入居してみたいと考えたことがある読者の方もいるかもしれない。
今回は、現政権が進めている公営住宅制度改革について説明する。

「 2011年ローカリズム法」(2011年11月成立)に
盛り込まれた公営住宅制度改革(一部)

  • 地方自治体に対し、公営住宅の入居待ちリスト(waiting list)に登録できる人の条件を設定できる権限を与える。これにより、本当は公営住宅を必要としない人が入居待ちリストに登録されることを防ぐことができるようになる。
  • 自治体を含む公営住宅提供機関が、公営住宅の新規入居者の入居期間を限定できるようにする(本文参照)。
  • 異なる地域に住む公営住宅の入居者間で賃貸の権利を交換できる制度を作る。これにより、公営住宅の入居者が、自分の生活に関わるニーズに合った場所に住めるようにする。
  • 自治体が、公営住宅の家賃を保持し、公営住宅の維持費などに使えるようにする(現在、自治体は、公営住宅の家賃を中央政府に納めなければならない。その後、中央政府から、全国から集められた家賃の一部を、公営住宅サービスの提供資金として交付される)。

公営住宅の家賃平均額

住宅協会(Housing Associations)* が提供する公営住宅の週当たり家賃平均額 **
(単位: ポンド)
  1999年 2002年 2005年 2008年 2011年
イングランド北東部 43.37 46.24 51.51 58.25 65.78
イングランド北西部 43.66 48.97 54.59 61.78 68.65
ヨークシャー・アンド・ハンバー地方 46.12 49.23 51.07 58.02 66.20
イースト・ミッドランズ地方 48.24 49.94 55.96 64.14 72.08
ウエスト・ミッドランズ地方 48.20 49.87 55.50 64.23 72.47
イングランド東部 52.58 57.45 63.54 72.24 81.87
ロンドン 59.30 65.25 74.67 85.64 97.46
イングランド南東部 58.09 63.67 71.37 80.67 89.94
イングランド南西部 50.98 55.53 62.02 70.11 76.04
イングランド平均 51.92 55.81 61.49 69.96 78.28

* 住宅協会とは、公営住宅の提供を担う民間の非営利団体。現在、公営住宅の主たる提供機関は、自治体ではなく、住宅協会である。イングランドの住宅協会は、公的機関である「賃貸人サービス局(TSA)」に規制されている。
** すべて、各年の3月末日における公営住宅の週当たり家賃平均額を示す。

地方自治体が提供する公営住宅の週当たり家賃平均額(単位: ポンド)
  1998年 2001年 2004年 2007年 2010年
イングランド平均 42.25 47.87 52.90 61.62 67.83
スコットランド平均 39.13 43.28 48.22 55.26 62.58
ウェールズ平均 35.36 39.30 42.64 48.35 54.31
北アイルランド平均 35.93 40.34 44.19 48.82 52.76
英国平均 40.64 46.16 50.93 58.91 65.06

入居期間の限定が可能に

カウンシルフラット一般に「カウンシル・ハウス」「カウンシル・フラット」などの名前で呼ばれる公営住宅。2010年5月に誕生した保守党と自由民主 党の連立政権は、教育や福祉などの多くの分野と同様、公営住宅についても改革を進めているところである。  

まず、昨年11月に国会で成立した「2011年ローカリズム法 ( Localism Act 2011)」に、幾つかの改革が盛り込まれた。そのうちの一つは、公営住宅入居者の入居期間を限定することが可能 になったことである。これまでの制度では、公営住宅の入居者は通常、終身の入居権を与えられていた。しかし、新法によって、自治体を含む公営住宅提供機関が、新規入居者の入居期限を設定することができるようになったのである(ただし、最低入居期間は2年と規定されている)。入居期限が終了する前、入居者がまだ公営住宅に住む必要があるかどうかについて審査が行われ、その結果、 賃貸の終了または継続が決定される。

政府は、この新制度導入の理由について、何らかの事情(失業し、住宅ローンが払えなくなって自宅が差し押さえられた、ドメスティック・バイオレンスの被害に遭って家を出たが住む家がないなど)があって公営住宅の入居権を与えられた人が、そうした事情がなくなり、生活状況が改善した後も、依然として公営住宅に住み続けることができるのは不公平であるためと説明している。こうした現状を改善し、本当に公営住宅を必要とする人に入居権が与えられるようにすることが、この改革の目的であるという(ただし、新制度導入後も、自治体を含む公営住宅提供機関は、新規の公営住宅入居者に対し、終身の入居権を与えることもできる)。

また貸しで国庫に巨額の損失

更に、今月11日、グラント・シャップス住宅担当閣外相は、公営住宅の「また貸し(sublet)」を違法化する計画を明らかにした。公営住宅のテナント(賃貸人)が、自分は民間の住宅に引っ越すなどした上で、賃貸権を持つ公営住宅を、公営住宅提供機関に自分が支払っているよりも高い家賃で他人に貸すといういわゆる「また貸し」を行い、収入を得ているケースは少なくない。また貸しは、現行法では違法ではないが、この慣習の横行による国庫への損失は年間50億ポンド(約6000億円)にも上ると試算されている。政府は、また貸しを違法化し、違反者に対しては、最高5万ポンド(約600万円)の罰金または最高2年の禁固刑を科することを計画している。政府は現在、この計画に対し、一般の人々などから意見を募っている。

今後、更なる改革実施の計画

同相はこのほかにも、年収10万ポンド(約1200万円)以上の高所得者である公営住宅入居者には、民間の賃貸住宅と同レベルの家賃を支払うことを求める計画を明らかにしている。同相によると、 「政府は、2012年を、公営住宅制度に関する不正や制度悪用に取り組む年にする」ことを意図しているという。公営住宅に既に住んでいる人、また将来の入居を希望している人は、政府の今後の動きに注目しておくべきであろう。

(*なお、文中で紹介した公営住宅改革は、すべてイングランドのみに適用される)

Right to Buy

公営住宅の賃貸人に、居住する物件を、市価より安い値段で購入する権利を与える制度。1980年、当時のマーガレット・サッチャー首相率いる保守党政権が「1980年住宅法」によって導入し、英国の持ち家率を飛躍的に上昇させた。現在も制度は継続中。家の購入を申し込むための条件は、当該の公営住宅を5年以上賃貸していること。家の値段は、購入者の賃貸年数、物件がある地域、物件の種類などによって異なる。同制度を利用して買った物件を、購入後10年以内に転売する場合は、最初に、元の家主(自治体または住宅協会など)に対し、購入の意思の有無を聞かなければならない。

(猫山はるこ)

 

イラク戦争の終焉 - 負の遺産とくずぶる火種

負の遺産とくずぶる火種
イラク戦争の終焉

マリキ
イラク戦争終結後の同国の
舵取りを担うマリキ首相

推定11万人以上のイラク民間人を犠牲にしたイラク戦争は、多くの負の遺産と深い爪痕を残したままその幕が閉じられた。米軍完全撤退後に生じた力の空白には、国内の民族・宗派間対立やテロの脅威と、隣国イランの影響力増大やパワー・バランスの崩壊など、不安定要素だけが置き去りにされたとの見方もある。
「イラクの解放」とは一体何だったのか。

イラク民族・宗派別分布

数字で見るイラク戦争

年次 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
イラク民間人死者数 *1 1万2087 1万1141 1万5491 2万8225 2万5063 9385 4713 4045 4063 11万4213
イラク兵士・警察官
死者数
*2
1300 2545 2091 1830 1070 515 468 306 1万125
米兵死者数 *3 486 849 846 822 904 314 149 60 54 4484
英兵死者数 *3 53 22 23 29 47 4 1 0 0 179
そのほかの連合軍
死者数
*3
41 35 28 21 10 4 0 0 0 139
ジャーナリスト
死者数
*2
14 24 23 32 32 11 4 5 5 150
外国人死者数
(誘拐事件数)
*2
0(1) 32(149) 10(99) 11(36) 1(11) 0(1) 0(0) 0(1) 6(14) 60(312)
イラク人国外
避難民数
*2
40万 80万 120万 200万 274万 277万 276万 270万 - 1537万
出典:(*1) Iraq Body Count (*2) Brookings (*3) iCasualties

イラク戦争終焉と負の遺産

2003年の開戦から約9年経った2011年12月14日、オバマ米大統領は、「Welcome home」と言って米兵の帰還を歓迎し、イラク戦争を終結させた。就任前に同戦争に反対していたオバマ大統領は、就任時の公約通りイラク駐留米軍を完全撤退させ、本年の大統領選挙で再選を目指す。しかし、戦費総額約8000億ドル(約61兆7000億円)を費やし国家を疲弊させ、約4500人の米兵士死者数を出したブッシュ前政権の負の遺産は余りにも大きい。また、2009年に早期全面撤退を遂げた英政府も、戦費総額約90億ポンド(約1兆700億円)を費やし、最大兵力4万6000人を投入、179人の英兵士を失った。しかし、イラク戦争最大の負の遺産は、解放されたはずのイラク国民に刻まれた深い爪痕である。

解放が招いた内戦と分裂

イラク侵攻後間もなく、1979年以降続いたサダム・フセイン旧政権が崩壊すると、欧米諸国はイラクの解放を賞賛し、民主化に向けた復興支援を開始した。しかし、イスラム教シーア派主導の暫定政府誕生に不満を抱いた少数派スンニ派は、武装勢力と協力し、反米・反政府攻撃を開始。特にイラクのアルカイダは、スンニ派住民の協力の下、戦闘員を隣国から流入させ、その勢力を拡大した。

また1980年代におけるフセイン旧政権のアラブ化政策で、巨大な油田を有する北部キルクークから強制追放されていたクルド人が、2003年以降に同地に帰還し始めると、クルド分離独立運動が活発化し、対アラブ人民族浄化が報告されるなど、複雑に絡み合った民族対立と石油利権争いが再び露呈した。

2006年、民族・宗派間の共存を目指したマシュハダニ前国会議長(スンニ派)、タラバニ大統領(クルド)、マリキ首相(シーア派)が新政権を発足するも、主導権争いなどにより新政局に暗雲が立ち込めた。折りしも、北部のシーア派の聖地であるアスカリ廟爆破により民族・宗派間の緊張は一気に過熱し、イラク国民は内戦と分裂の渦へとのみ込まれていった。

くすぶり続ける火種

2010年に発足した第二次マリキ政権は、「2017年には、イラクは世界一裕福な石油原産国になっているだろう」と明るい未来を展望したが、楽観視するには時期尚早だ。米軍撤退直後、スンニ派ハシミ副大統領のテロ関与疑惑が浮上し、マリキ首相が更迭容認を議会に求めるなど、早くも政府内における宗派対立が浮き彫りになっている。また、依然として各地でテロ攻撃が発生しており、イラク治安当局の訓練強化の必要性が指摘される一方、油田都市キルクークの帰属問題に関しては、解決の糸口さえまだ見つかっていない。

一方、イラン・イラク・シリアがガスのパイプライン建設の覚書を締結するなど、シーア派3カ国の新経済体制構築の動きや、クルド労働者党(PKK)とクルド問題を巡るトルコ・イラク対シリア・イランの4カ国間の二極化もみられる。半面、米軍撤退に伴う力の空白に乗ずるイランの影響力増大や泥沼化するシリア情勢で、地域のパワー・バランスが崩壊する危険性は否めず、くすぶり続けるあらゆる火種の再燃を危惧してやまない。

Nuri Kamil Al-Maliki

ヌーリ・カミル・アル=マリキ。1950年生まれのシーア派アラブ人。イラク現首相(第2期目)、ダワ党書記長、法治国家連合主宰。60年代、反バース党(旧フセイン政権)を掲げるダワ党に入党。80年、旧フセイン政権に死刑宣告を受けシリアに亡命する。82年にイランへ渡るが、90年シリアに再亡命。2003年、フセイン旧政権崩壊後に帰国し、ダワ党報道官に就任。06年5月、新政権首相に選任された。チュニジアやエジプトの民衆蜂起を受け、14年の任期満了後は、3期目就任を目指さない意向を既に示している。

(吉田智賀子)

 

パンダ来英と英中通商関係 - エディンバラ動物園に2頭

エディンバラ動物園に2頭
パンダ来英と英中通商関係

昨年12 月、スコットランドのエディンバラ動物園に中国から2 頭のパンダが送られたことは、大きなニュースとなった。既にその愛くるしい姿で多くの人を魅了している「陽光」と「甜甜」の2 頭であるが、英中間における近年の著しい経済関係の発展を象徴するシンボルのような存在であるとの声もある。


様々な表情を見せる雄のヤングアン(写真左2枚)と、雌のティエンティエン(写真右1枚)

ジャイアント・パンダとは

主に中国・四川省西北部、西部及び西南部に生息している、クマ科-ジャイアント・パンダ亜科の動物。学名はAiluropoda melanoleuca、中国名は大熊猫。

大人の雄の体長は150〜180センチ、体重は64〜125キロ程度。雌はこれよりやや小さい。

現在、野生のジャイアント・パンダの数は1300頭程度とされている。国際自然保護連合(IUCN)により、絶滅危惧種に認定されており、ワシントン条約で売買が禁止されている。

主食は竹と笹であるが、果物なども食べる。野生のジャイアント・パンダは、竹と笹以外の草のほか、まれに鳥などの肉を食べることもある。

基本的に単独で行動する。冬眠はしない。発情期は1年に1回で、雌が妊娠できる状態にあるのは1年に2日のみである。

ジャイアント・パンダが飼育されている欧州内の動物園

動物園名 パンダの名前
エディンバラ動物園(英国) 陽光(ヤングアン、雄)(2011年来園)
甜甜(ティエンティエン、雌)(2011年来園)
ベルリン動物園(ドイツ) 宝宝(バオバオ、雄)(1980年来園)
シェーンブルン動物園(オーストリア) 陽陽(ヤンヤン、雌)(2003年来園)
龍徽(ロンホィ、雄)(2003年来園)
福虎(フーフー、雄)(陽陽と龍徽の子供)
マドリード動物園(スペイン) 氷星(ビンシン、雄)(2007年来園)
花嘴巴(ホァズェイバー、雌)(2007年来園)
Po(ポー、雄)(氷星と花嘴巴の子供)
DeDe(デデ、雄)(氷星と花嘴巴の子供)


保護プログラムの一環として来英

昨年12月初頭、スコットランドのエディンバラ動物園に、2頭のジャイアント・パンダが到着した。2頭はともに2003年生まれで、名前は雄の「陽光(ヤングアン)」と雌の「甜甜(ティエンティエン)」。国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧種に認定されているジャイアント・パンダの保護プログラムの一環として、中国・四川省のパンダ保護センターから貸し出されてきた。2頭は今後、エディンバラ動物園で最低でも10年間過ごす予定で、同動物園は、中国当局に毎年100万ドル(約7784万円)を支払う。

中国との通商関係強化に熱心な政府

中国は、海外の国にパンダを贈ることによって、友好関係を築こうとするいわゆる「パンダ外交」を展開してきたことで知られている。しかし、現在の英国は、パンダ外交によって中国から友好関係を求められる立場にはなく、逆に、経済発展著しい中国に対して、英国企業にビジネス・チャンスを与えてくれるよう頼む側となっている。

英国がいかに中国との通商関係強化を重視しているかは、キャメロン首相が2010年11月、大臣数人のほか、50人もの企業・教育界関係者から成る大規模な訪問団を従えて訪中した事実からもうかがえる。この際には、英国のロールスロイス社が、中国の中国東方航空と、12億ドル(約933億円)相当の商談を成立させたことなどが明らかにされた。また、2011年6月には中国の温家宝首相が来英し、英中間で14億ポンド(約1680億円)相当の商談が成立したと発表された。更に、両国間の貿易の規模を、2015年までに1000億ドル(約8兆円)に到達させるとの目標も改めて確認された。

スコットランド自治政府も、中国との通商関係強化に対する熱心さでは負けていない。エディンバラにパンダが到着した昨年12月初旬、同自治政府のアレックス・サモンド首相はちょうど、2007年5月の首相就任以来3度目となる中国への公式訪問中であった。この際には、中国の航空関係者らが2012年初頭、スコットランドを訪問し、中国−スコットランド間の直行便就航を検討すること、在北京企業が今後3年間で、スコットランド産ウイスキーの販売店を中国国内に300店開店することなどが明らかにされた。

こうした事実から、今回エディンバラに貸し出されたパンダは、中国の「外交カード」ではなく、両国間における最近の通商関係の目覚しい発展を象徴するシンボルのような存在であると指摘する声もある。

動物園は入場者7割増見込み

パンダの到着によって、英中間の経済関係がより強固になるかどうかはともかく、2頭が送られてきたことによって、最も経済的な恩恵を受けると考えられるのはもちろん、エディンバラ動物園である。同園は昨年、入場者が15%落ち込み、財政難に陥っている。しかし、パンダが来たことで、今後1年の入場者数は、前年比7割増が見込まれている。2頭の一般観覧は既に先月中旬から始まっているが、盛況であることが伝えられている。2頭に子供が生まれれば、更なる入場者増も見込めると考えられており、期待が高まっている。


Edinburgh Zoo

スコットランドの首都エディンバラにある動物園。スコットランド王立動物学協会が所有する。1913年開園。エディンバラ中心部の西方面に位置する約0.3平方キロの土地に、1000以上の動物が飼育されている。パンダのほか、英国内の動物園で唯一、コアラを飼育することでも知られる。また、ペンギンを飼育、繁殖させた世界で最初の動物園である。昨年の入場者数は55万人で、近年来場者が減っているとはいえ、依然として、スコットランドの人気観光スポットである。ジャイアント・パンダの観覧には予約が必須。詳しくはウェブサイト(www.edinburghzoo.org.uk)を参照。

(猫山はるこ)

 

ディケンズ生誕200年を祝う - 読者とともに生きた作家

読者とともに生きた作家
ディケンズ生誕200年を祝う

「クリスマス・キャロル」や「大いなる遺産」などの名作の著者として知られるのが、大英帝国が大きな発展を遂げたヴィクトリア朝を代表する作家チャールズ・ディケンズ。来年2月には生誕200 周年を迎え、英国各地で様々なイベントが開催される。今週は、ディケンズの生涯や作品群を振り返ってみた。

「生誕200年」を記念するイベント・関連ウェブサイト

「ディケンズ2012」www.dickens2012.org
ディケンズの生誕200周年を記念する各種のイベント、テレビ番組の放映予定などあらゆる情報を集約したウェブサイト
「ディケンズのロンドン」展
(ロンドン博物館、2012年6月10日まで)
www.museumoflondon.org.uk/London-Wall/
「チャールズ・ディケンズ生誕地での祝賀会」
(ポーツマス、2012年2月5日〜12日)
www.portsmouthmuseums.co.uk/events.htm
「チャールズ・ディケンズ・レクチャー・シリーズ」
(大英博物館、2012年2月21日〜24日)
www.bl.uk/learning/tarea/secondaryfehe/
dickenslectures/dickenslectureseries.html
英国人俳優サイモン・キャロウ著
「チャールズ・ディケンズと世界の大きな劇場」の朗読会

(ニュー・シアター・ロイヤル劇場、ポーツマス、2月7日)
www.newtheatreroyal.com/index.php/whats-on/simon-callow
ディケンズの映画回顧展(BFIサウスバンク、2012年1月〜3月)
www.bfi.org.uk
BBCのディケンズ特集(2012年2月まで)
www.bbc.co.uk/mediacentre/mediapacks/dickens

映像化されたディケンズの主な作品

タイトル 連載開始 内容 主な映像作品
「オリバー・ツイスト」
(Oliver Twist)
1837年 養育院で生まれた孤児オリバー・ツイストの物語。養育院を出た後に悪党フェイギン率いる窃盗団に捕まるなどの苦難を経ながらも、主人公が成長を遂げていくまでを描いた著者の出世作。 20世紀の巨匠デービッド・リーン監督による映画(1948年)が著名だが、2007年放映のBBCのテレビ・シリーズでは、日本映画「ラスト・サムライ」出演のティモシー・スポールが不気味なフェイギンを演じて好評を博した。
「クリスマス・キャロル」
(A Christmas Carol)
1843年 冷酷無比な商売人スクルージが、クリスマス・イブに精霊たちの訪問を受け、心を入れ替える。 ミュージカル映画「スクルージ」(1970年)で主人公を演じた名優アルバート・フィニーが、ゴールデン・グローブ賞を受賞。
「デービッド・コパーフィールド」
(David Copperfield)
1849年 少年コパーフィールドが様々な苦労をしながら作家として大成していく様子を描いた物語。自伝的要素が強い。 映画、テレビ・ドラマともに製作されているが、1999年放映のBBC版では、「ハリー・ポッター」シリーズのダニエル・ラドクリフが若きコパーフィールドを演じた。
「荒涼館」
(Bleak House)
1852年 賢明な少女エスターが「荒涼館」の持ち主として切り盛りする中で遭遇する出来事を扱った社会劇。探偵小説としての一面も。 2005年、BBCがこの長編小説をテレビ・ドラマ化し、15回に分けて放映した。
「リトル・ドリット」
(Little Dorrit)
1855年 父が収監されていた債務者監獄マーシャルシーで生まれた主人公のドリットが、遺産を手にした後も心清く生きていく様子を描く。 2008~09年にかけてBBCで放映されたシリーズでは、けなげなドリットを若手女優クレア・フォイが演じた。
「二都物語」
(A Tale of Two Cities)
1859年 フランス革命の時代に生きた、青年ダーニーとカールトン、そして無実の罪で牢獄に入れられた女性ルーシーの恋物語。 名優ダーク・ボガード、クリストファー・リーらが主演した映画(1958年)には、英国を代表する俳優たちが勢ぞろいしている。
「大いなる遺産」
(Great Expectation)
1860年 孤児のピップが何者かから多額の遺産をもらい、その後ロンドンで紳士修行を始めることになる。遺産を提供した人物が誰であるかは、物語の最後に判明する。 デービッド・リーン監督がモノクロ撮影した映画(1946年)が、アカデミー賞も2部門で受賞した。


苦難を強いられた少年時代

今年もいよいよクリスマスの時期となった。この季節になると手に取りたくなる小説の一つが、けちで意地悪な商売人スクルージが精霊との出会いを通して心を入れ替えるまでの模様を描いた作品「クリスマス・キャロル」。この名作を著した小説家が、世界的に有名な英国人作家であるチャールズ・ディケンズだ。2012年2月には、彼の生誕から200周年を迎える。

ディケンズが生まれたのは、イングランド南部ハンプシャー州ポーツマス郊外の街であった。海軍の会計士を父に持つ、中流階級の家庭の長男として生を受けるも、後に家族の負債が急増。1820年代初期、一家は破産状態に陥り、ディケンズは12歳で靴墨工場に働きに出掛けることになった。

その後、法律事務所で働き出したディケンズは、速記法を学んでジャーナリストを目指すようになる。日刊紙「モーニング・クロニクル」の記者となったのは22歳ごろのこと。記者としての仕事の合間に「ボズ」という筆名でエッセイを書き始め、これらのエッセイを集めた作品が出版されるようになると、彼は夕刊紙「イブニング・クロニクル」紙編集長の娘キャサリン・ホガースと結婚した。

自身の雑誌に著作を発表

ディケンズが長編小説「オリバー・ツイスト」を自分が編集する雑誌に発表したのは1837年であった。その数年後には「クリスマス・キャロル」を出版。その後も次々と新作を発表し、国民的な人気作家となっていく。

ディケンズの作品は、リアリズム、喜劇的表現、優れた散文表現、性格描写、社会評論では群を抜くと言われているが、過度に感傷的と批判する人もいる。彼の小説の典型的なパターンは、貧しい少年や少女の主人公が幾多の事件を乗り越えて、最後は幸せをつかむというもの。幼少時の貧困の体験や、その後自力で成功を遂げるという点など、彼自身の人生と重なる部分が多いようにも見える。また、たとえ暗い主題を扱っていても、楽天主義とユーモアが物語の隅々に顔を出すので、読者に充実した読後感を与えてくれる。

底辺層に目を向けた人道的な作風

ディケンズは、英国が大きく発展を遂げた一方で、国内における貧富の差が拡大していったヴィクトリア朝時代を生きた。晩年のディケンズが目を向けたのは、そんな時代から取り残された、社会の底辺層。小説やエッセイを通じて、貧困の撲滅や債務者監獄の環境改善などを主張した。

1870年6月9日、ディケンズはケント州の邸宅で、脳卒中の発作に見舞われた。58歳の年齢で息を引き取ったのは、その翌日。遺体は、ウェストミンスター寺院に設けられた、詩人たちのための敷地に埋葬された。

小説を書くばかりか、朗読会で読者と直接つながる場を持ち、言論人として様々な社会問題にも積極的に関わったディケンズ。英国に生きる私たちにとっては、生誕200周年を記念するイベントや彼の著作を通じて、改めて英社会に存在する貧富の差について考えたり、英国人独特のユーモア精神を学び直す良い機会になりそうだ。


Christmas carol

クリスマス・キャロル(=クリスマス聖歌)。「キャロル」には元々、「踊りのための歌」という意味があるが、共同体の「祝歌」、あるいは宗教儀式などにおいて歌われる賛美歌の一種にもこの言葉が用いられるようになった。クリスマス・イブの夜に歌うのがクリスマス・キャロルで、「清しこの夜」「もろびとこぞりて」などの歌が日本でも著名。チャールズ・ディケンズ作の「クリスマス・キャロル」の冒頭部分で紹介されているのが、1830年代に出版された「世の人忘るな」(GodRest Ye Merry,Gentlemen)というクリスマス・キャロルである。

(小林恭子)

 

サッチャー元首相の伝記映画公開へ - メリル・ストリープさん主演

メリル・ストリープさん主演
サッチャー元首相の伝記映画公開へ

英国史上、最も有名な首相と言えば、ウィンストン・チャーチル氏などとともにまず真っ先に名前が挙がるのが、マーガレット・サッチャー氏ではないだろうか。自らを「確信の政治家」と呼んで大胆な政策を実行し、非難と称賛の両方を浴びた同氏であるが、この度、その伝記映画が制作され、話題を呼んでいる。

映画「The Iron Lady」
(邦題:マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙)

マーガレット・サッチャー氏が、英国初の女性首相の座に上り詰めながら、最後には失脚するまでの物語を、フォークランド紛争などのエピソードを交えながら、老いた現在の同氏が回想する形で描く伝記映画。

キャスト  
マーガレット・サッチャー メリル・ストリープ
デニス・サッチャー ジム・ブロードベント
キャロル・サッチャー オリビア・コルマン
ジェフリー・ハウ アンソニー・ヘッド
マイケル・ヘーゼルタイン リチャード・E・グラント
 
スタッフ  
監督 フィリダ・ロイド(映画「Mamma Mia !」)
脚本 アビ・モーガン(BBCドラマ「The Hour」)
プロデューサー ダミアン・ジョーンズ(映画「The History Boys」)
 
公開日  
英国 2012年1月6日
日本 2012年3月16日
 
受 賞  
ニューヨーク批評家協会最優秀女優賞(メリル・ストリープ)(2011年11月29日)

マーガレット・サッチャー氏略歴


the Margaret Thatcher Foundation

1925年10月13日、イングランド東部リンカンシャー州のグランサム(Grantham)という街に生まれる。旧姓ロバーツ。父親アルフレッド・ロバーツ氏は食品雑貨店を経営し、マーガレットは店の2階に住んでいた。奨学金を得て地元のグラマー・スクール(選抜制の公立学校)に入学。更に1943年、やはり奨学生としてオックスフォード大学サマーヴィル・カレッジに入学し、化学を学ぶ。在学中は、オックスフォード大学保守党協会の会長を務める。

1947年に大学卒業後、民間企業で研究者として働く。食品会社でアイスクリームの乳化剤開発などを手掛けた。1950年2月及び1951年10月の総選挙で、ケント州の選挙区から保守党の公認候補として立候補するも落選。1951年12月、裕福な実業家デニス・サッチャー氏と結婚。デニス氏は、弁護士資格取得のため勉強する妻を経済的に支えた。1953年、男児と女児の双子を出産。

1959年10月の総選挙でロンドン北部フィンチリーの選挙区から立候補し、当選。1961年、年金・国民保険省の政務次官に任命される。1970年、新たに発足したヒース政権で教育・科学相に就任。7〜11歳の学校児童への牛乳の無料配布制度を廃止し、批判を浴びた。1975年2月、保守党の党首選で当選し、党首に就任。更に1979年5月、保守党を総選挙で勝利に導き、英国初の女性首相となる。

11年間の在任期間中、経済政策では、インフレ抑制のための高金利政策、公共支出と財政赤字の削減を進めた。また、国営企業の民営化、労働法の改正による労働組合改革、公営住宅の払い下げによる住宅所有の奨励、ロンドン・カウンティー・カウンシルの廃止などの政策を実行したほか、フォークランド諸島の領有権をめぐってアルゼンチンと争い(フォークランド紛争)、勝利した。

政権末期の1990年、人頭税(poll tax)の導入が国民の強い反発を招き、ロンドンで大規模な暴動が発生する。1990年11月、サッチャー氏の欧州単一通貨に関する政策に反発し、ジェフリー・ハウ副首相が辞任。サッチャー政権にとって大きな打撃となる。続いて元国防相のマイケル・ヘーゼルタイン議員の党首立候補をきっかけに行われた保守党党首選の第1回投票で十分な票を獲得できなかったことで、首相を辞任。

首相辞任後は、2年間、下院の一般議員を務めたほか、回想録執筆などを行う。1992年、上院議員に任命された。

豪華な出演・制作陣で話題に

年明けすぐに公開されるマーガレット・サッチャー元首相の伝記映画「The Iron Lady(邦題:マーガレット・サッチャー鉄の女の涙)」が話題になっている。サッチャー氏を演じるのは、「ソフィーの選択」(1982年)などで2度のアカデミー賞受賞経験がある米国人ベテラン女優のメリル・ストリープさん。彼女を支えた忠実な「伴侶」であった夫デニス・サッチャー氏は、英国人の大物俳優、ジム・ブロードベントさんが演じている。監督は、ストリープさん主演のミュージカル映画「マンマ・ミーア!」を手掛けた英国人フィリダ・ロイド氏である。

国営企業民営化など実行

サッチャー氏が首相を務めたのは1979〜1990年。11年半にわたる政権期間中、国営企業の民営化、労働法の改正による労働組合の改革、公営住宅の払い下げによる住宅所有の奨励などの大胆な政策を実行し、経済面では、インフレ抑制のための高金利政策、公共支出と財政赤字の削減を進めた。サッチャー氏の政策については、70年代後半、労働党政権下で、財政難や公務員による大規模ストのため危機的状況に陥っていた英国を立て直したとの評価がある。一方で、炭鉱閉鎖などで大量の失業者を生み出したこと、特にイングランド北部の製造業の衰退を招いたことなどは、いまだに強い批判を浴びている。このように、首相としてのサッチャー氏は、政権が終わって20年以上経った現在でも、賛否が分かれる存在である。

認知症の元首相の描写に批判

映画の話に戻ると、こちらもサッチャー氏と同様、称賛と批判の両方の意見が飛び交っている。まず、ストリープさんの演技については、英メディアがこぞって絶賛している。彼女は、作品ごとに役に必要な英語の訛りを完璧に習得することで知られているが、今回も、サッチャー氏に生き写しと言えるほど同氏の話しぶりを見事に再現することに成功している。ストリープさんは既に、この役で、来年のアカデミー賞主演女優賞受賞が本命視されている。

一方、サッチャー氏の友人や、かつて一緒に同氏と働いた保守党の元政治家などは、同氏を老いさらばえた人物として描いていることに対し、不快感を示している。映画は、認知症になった現在のサッチャー氏が、過去を回想する形で描かれており、死んだはずの夫と同氏が「会話」をするシーンなどが繰り返し登場する。サッチャー氏の友人などは、こうしたシーンを含む映画を同氏の存命中に公開することは侮辱的であるとして批判している。サッチャー氏のこのような描き方について、ストリープさんは、マスコミのインタビューで、「正しい方法でやるのであれば、問題ないと判断した」と説明している。

その政策を支持するかどうかに関わらず、英国史上、最も大きな影響力を持つ首相の一人であったことは間違いないサッチャー氏。大女優の名演技によってその存在がいかにスクリーンに蘇ったかを見るだけでも十分に楽しめるであろうし、現役時代のサッチャー氏が記憶に残っている人は、老いた往年の宰相の描かれ方について考えるのも興味深いであろう。映画公開は来年1月6日からである。

Margaret Thatcher: The Long Walk to Finchley(2008)、
Margaret (2009)

マーガレット・サッチャー元首相を題材としたテレビ・ドラマ。「Margaret Thatcher: TheLong Walk to Finchley」は、困難を乗り越えながら、念願の下院議員当選を果たす若きサッチャーの姿を描く。BBC4で2008年に放映された。「Margaret」は、1990年にサッチャー氏が首相の座を失うまでの約1カ月間の様子を描くドラマで、2009年、BBC2で放映された。サッチャー氏を題材としたテレビ・ドラマは、ほかに「Thatcher: The Final Days(1991)」などがある。

(猫山はるこ)

 
<< 最初 < 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 > 最後 >>

Dr 伊藤クリニック, 020 7637 5560, 96 Harley Street 日系に強い会計事務所 Blick Rothenberg 24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター 不動産を購入してみませんか LONDON-TOKYO

JRpass totton-tote-bag