王位継承権のルール変更を検討 - 現在は男子優先、カトリックは排除
現在は男子優先、カトリックは排除
王位継承権のルール変更を検討
盛大なロイヤル・ウエディングが終わったばかりであるが、ウィリアム王子とキャサリン妃の婚約・結婚を機に、王位継承権に関するルールが、改めて議論の的となっている。王室の近代化につながる21 世紀にふさわしい改革は実現されるのだろうか。

現在の英国の王位継承順位
| 第1位 |
チャールズ皇太子(エリザベス女王の長男) |
| 第2位 |
ウィリアム王子(チャールズ皇太子の長男) |
| 第3位 |
ヘンリー王子(チャールズ皇太子の次男) |
| 第4位 |
アンドルー王子(エリザベス女王の次男) |
| 第5位 |
ビアトリス王女(アンドルー王子の長女) |
| 第6位 |
ユージーン王女(アンドルー王子の次女) |
| 第7位 |
エドワード王子(エリザベス女王の三男) |
| 第8位 |
ジェームズ(エドワード王子の長男) |
| 第9位 |
ルイーズ・ウィンザー(エドワード王子の長女) |
| 第10位 |
アン王女(エリザベス女王の長女) |
| 第11位 |
ピーター・フィリップス(アン王女の長男) |
| 第12位 |
サバンナ・フィリップス
(ピーター・フィリップスの長女) |
| 第13位 |
ザラ・フィリップス(アン王女の長女) |
| 第14位 |
デービッド・アームストロング・ジョーンズ
(エリザベス女王の妹、故マーガレット王女の長男) |
| 第15位 |
チャールズ・アームストロング・ジョーンズ
(デービッド・アームストロング・ジョーンズの長男) |
| 第16位 |
マルガリータ・アームストロング・ジョーンズ
(デービッド・アームストロング・ジョーンズの長女) |
| 第17位 |
セーラ・チャット(故マーガレット王女の長女) |
| 第18位 |
サミュエル・チャット(セーラ・チャットの長男) |
| 第19位 |
アーサー・チャット(セーラ・チャットの次男) |
| 第20位 |
リチャード王子(エリザベス女王の従弟) |
 
左上から) チャールズ皇太子、ウィリアム王子、ヘンリー王子、アンドルー王子
下段左から) エドワード王子、アン王女、ザラ・フィリップス
王位継承順位の決定において、
男子と女子は平等であるべきだと思いますか?

*YouGov /「サンデー・タイムズ」紙調査
(2010年11月18、19日に1967人の成人を対象に実施した調査の結果。合計が100%にならないのは、結果を四捨五入または切り捨て、切り上げをしているためと思われる)
今のルールは「時代遅れ」と副首相
ニック・クレッグ副首相は4月中旬、女子より男子を優先する現在の王位継承のルールについて、改革が検討されていることを明らかにした。英国では現在、慣習法により、王位継承順位の決定において、女子より男子が優先されている。つまり、君主の最初の子供が女子で、次の子供が男子である場合、男子は、女子より年下であるにも関わらず、王位継承順位では第1位となる。エリザベス女王の長女であるアン王女は、次男のアンドルー王子、三男のエドワード王子より年上だが、王位継承順位は両王子より遥かに低い。副首相は、現在のルールは「時代遅れ」であるとして、性別に関わらず長子(最初の子供)を優先させるよう改革を行いたい意向を明らかにした。
00年前の法律でカトリック排除
副首相のこの発言に続き、デービッド・キャメロン首相も、BBCのラジオ番組で、男子優先から長子優先への制度改革を支持すると述べた。首相は同時に、カトリック教徒及びカトリック教徒と結婚している者の王位継承を禁じる法規定を改正すべきであるとの考えも明らかにした。今から300年以上前に制定された「1701年王位継承法(「関連キーワード欄」参照)」の規定により、カトリック教徒及びカトリック教徒と結婚した者は、王位継承を禁じられている。この法律の影響を受けた一人が、現女王の従弟に当たるマイケル王子であり、1978年にカトリック教徒と結婚した際、王位継承権を放棄した。
首相は、王位継承権における男子優先とカトリック教徒の排除という両方の点について改革が行われるべきであるとの見解を示した。これまでにも、「議員提出法案」(*)の議会への提出によって、王位継承権制度からこうした差別的な点を排除しようとする試みは何度か行われてきたが、改革は実現しなかった。ブラウン労働党政権が制度変更を検討しているとの報道もあったものの、成果はなかった。しかし、ウィリアム王子とキャサリン妃の婚約・結婚を機に、この問題が改めて重要課題として浮上することになった。
改革は「困難で、時間がかかる」
だが、首相、副首相はともに、改革は容易ではなく、時間がかかると述べている。その理由は、王位継承権の制度改革には、英国のみならず、英連邦内15カ国における法改正が必要とされるためである。エリザベス女王は、英国だけではなく、英連邦諸国の君主でもある。今年1月に王位継承権の制度改革を目指す「議員提出法案」を国会に提出したキース・バズ労働党議員は、ウィリアム王子とキャサリン妃に最初の子供が生まれる前に改革を行うべきであると訴えているが、首相官邸は、近い将来における進展は困難であるとの見方を示している。
クレッグ副首相は、特に男子優先から長子優先への改革を実行することは、「社会の変化に合っている」と述べていた。ともあれ、晴れの日を迎えたばかりの若きカップルに王室近代化の担い手としての役割が期待される中、王位継承権制度改革の議論も、今後益々活発になるかもしれない。
(*)議員が個人で議会に提出する法案。Private member's bill。
Act of Settlement 1701
1701年に制定された法律。「1701年王位継承法」。当時の国王であった、プロテスタントのウィリアム3世は、先に妻メアリを亡くし、子供がいなかった。このため、ウィリアムの死後は、「権利の章典」の規定に従って、メアリの妹であるアンが王位を継承することが予想されていた。しかし、アンは、死産・流産を繰り返したほか、生まれた子供も早くに亡くしており、後継を作ることは期待できなかった。そのため、アンの死後、プロテスタントが王位を継ぐことを保証し、フランスに逃れているカトリック教徒の前国王、ジェームズ2世の子孫に王位が渡ることを防ぐため、同法が制定された。
(猫山はるこ)
バーレーン情勢と湾岸国の緊張 - スンニ派王家 VS シーア派国民
スンニ派王家 VS シーア派国民 バーレーン情勢と湾岸国の緊張
イスラム教のスンニ派とシーア派という宗派間の抗争が火種となった、バーレーンの情勢不安は、依然として収束に向かう兆しが見えない。バーレーンでの反体制デモは、豊富な石油資源に支えられる湾岸産油国君主の地位と湾岸協力会議加盟国全体の安全保障を脅かすほどの威力を秘めている。
バーレーンと周辺の湾岸協力会議加盟国

湾岸協力国会議加盟国における民主化ランキング(2010年)
| 国名 |
民主化度 (167カ国中) |
言論の自由度 (196カ国中) |
政治的腐敗度* (178カ国中) |
| クウェート |
114 |
115 |
54 |
| バーレーン |
122 |
153 |
48 |
| カタール |
137 |
146 |
19 |
| オマーン |
143 |
153 |
41 |
| アラブ首長国連邦 |
148 |
153 |
28 |
| サウジアラビア |
160 |
178 |
50 |
*上位ほど腐敗度が低い 出典: Economist
バーレーンの歴史
| 1971年 |
英国から独立(イサ首長による首長制国家) |
| 1975年 |
ハリーファ首相が、国民議会が政府機能を妨害していると主張。イサ首長が国民議会を解散(1973年に憲法廃止、非常事態法を発令) |
| 1981年 |
湾岸協力会議(GCC)に加盟 |
| 1994年 |
シーア派によるインティファーダ(民衆蜂起)が発生(失業者が労働省に対して投石を行ったことなどが発端) |
| 1999年 |
ハマド首長が即位(イサ首長が死去) |
| 2002年 |
立憲君主制度に移行(ハマド首長は国王に称号を変更) |
| 2004年 |
シーア派による抗議デモ発生(イラク戦争反対運動) |
| 2006年 |
国民選挙でシーア派の最大野党会派「ウィファーク(イスラム国民統合協会)」が約4割の議席を獲得 |
| 2010年 |
反政府デモ計画などによる政府転覆容疑でシーア派議員20人を逮捕 |
| 2011年2月 |
2001年国民行動憲章の承認10周年を記念し、各世帯に1000バーレーン・ディナール(約22万円)支給を発表(11日)するも、首都マナマで「怒りの日」と称する反政府大規模デモが発生(14日)。主要シーア派議員ら数名を釈放 |
| 2011年3月 |
サウジ軍とUAE警察などから成る1000人以上のGCC合同軍「半島の盾軍」 が進駐開始(14日)。ハマド国王が3カ月間の非常事態宣言 を発令(15日)。バーレーン治安部隊が約1000人のパキスタン退役軍人(スンニ派)を新規雇用 |
| 2011年4月 |
法務・イスラム問題省が、反体制デモを主導したシーア派 政党「ウィファーク」などを解党させる旨を発表(14日)したが、米当局からの反対を受け、法的手続きの遅延を決定 |
バーレーンにおける民主化デモ
2月14日、湾岸の小島バーレーン王国で、国民の約7割を占めると言われるイスラム教シーア派住民が、スンニ派ハリーファ王家に対して「怒りの日」と称する抗議デモを開始した。デモ発生の数日前、北アフリカの政変に危機感を募らせたバーレーン政府は、各世帯に1000バーレーン・ディナール(約22万円)を支給する旨などを発表していたが、シーア派住民を懐柔するには不十分であった。
反体制デモ隊を主導するシーア派最大野党会派ウィファークは、憲法改正や議院内閣制の導入などを盛り込んだ真の立憲王制を目指すと同時に、ハリーファ首相を始めとする内閣総辞職を要求している。一方、バーレーン政府は湾岸協力会議(GCC)合同軍を国内に受け入れ、3カ月間の非常事態宣言を発令するなどデモ鎮圧強化の姿勢を見せた。これに対して、キャメロン首相は「弾圧ではなく改革を」と民主化による事態の収束を求めたが、依然として沈静化の兆しは見えてこない。
宗派間の政治抗争
社会的疎外感に苛まれるシーア派による反体制抗議活動は、これまでにも見られた。1994年から2000年まで続いた「バーレーンのインティファーダ(民衆蜂起)」は、ロンドンを拠点とするイラン支援の政治団体「バーレーン解放運動」が中心となり、シーア派の人権保護や1973年における立憲制度の復活などを求めていた。事態の収束に向けた動きは、1999年のハマド新国王の即位以降に見られ始め、2002年には下院議会選挙の導入と独立司法機関の設置などを盛り込んだ立憲王制が導入された。
ところが、同立憲制度には、王家選任上院議員に対する同等の立法権などが組み込まれており、真の議会の成立にはならないと判断したシーア派や左派政党などが同年開催の議会選挙をボイコットするなど、その後もシーア派住民による反体制デモは定期的に見られた。また、2006年の議会選挙でシーア派議員が4割強の議席を獲得するなどのシーア派勢力の拡大により、警戒心を更に強めたスンニ派政府は、2010年10月の議会選挙直前、王制転覆罪容疑でシーア派議員20数名を拘束するなど強硬姿勢に乗り出した。こうして長年くすぶっていたシーア派住民の怒りは、北アフリカ政変という新たな火種によって一気に燃え上がった格好となった。
GCC諸国のパワー・バランス
民主化デモの波がバーレーンにも押し寄せたことで、湾岸産油国も新たな局面に直面している。隣国のスンニ派サウジアラビア政府は、自国のシーア派に対するバーレーン情勢の影響を阻止し、また湾岸におけるシーア派イラン勢力の介入を牽制するという観点からも警戒を強め、事態の推移を固唾を呑んで見守っている。一方、エジプトとサウジアラビアというこれまでの中東2大大国構造が揺らぎ始め、GCC全体の安全保障にも脅威が及びつつある今、小国カタールがその指導的な地位を確立すべく野心を露わにしている。英・仏の対リビア戦略にもいち早く軍事協力姿勢を示すなど、カタールが自国の存在感を高めることで欧米に対する発言力強化を図りつつあると見られる中、北アフリカの政変は同地域のパワー・バランスにも波風を立て始めたようだ。
The Gulf Cooperation Council(GCC)
湾岸協力会議。1981年5月発足。同加盟国は、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、サウジアラビア、オマーン、カタール、クウェートの6カ国。本部はリヤド(サウジ首都)で、議長国は毎年交代(今年はUAE)。イスラム教に則った行政制度を基本とする加盟国間の調和と協調を重視し、政治経済から各国の民間交流に至るまで、あらゆる分野における協力関係を強化することなどが目的。一方で、2009年にはGCC通貨統合に向けた同通貨評議会の設置場所(リヤドに決定)を巡り混乱が発生し、UAEが通貨統合への不参加を表明するなど、主導権争いも見られる。
(吉田智賀子)
学生ビザ制度の変更が発表に
連立政権の移民削減策の一環で
学生ビザ制度の変更が発表に
英国に滞在する外国人にとって移民制度の変更は大きな 関心事であるが、現政権は、選挙前の公約通り、移民制限策を着々と実行している。今回は、昨年の労働ビザ発給数制限に続き、最近発表された学生ビザの制度変更について取り上げる。
学生ビザ制度の変更(一部)2011年3月22日発表
1. 2011年4月導入の措置
- 学位レベル以上のコースに入学する学生の英語 力の要件を、「欧州言語共通参照枠組み(CEFR)」 (*) が規定する「B1」から「B2」に引き上げる。学位 レベル以下のコースに入学する学生の英語力の要 件は「B1」とする。
(*)欧州評議会が制定する外国語学習の習熟度に関する指標。Common European Framework of Reference for
Languages。
2. 2011年7月導入の措置
- すべての学生ビザ申請者は、ビザ申請時、英国滞在中の学費及び生活費に充てるとして銀行の残高証明によって示した資金が、実際に英国生活中に使える資金であることを確認する声明書に署名することを求められる。
- 大学または大学院の学生は、週20時間の就労を許可される。公立の継続教育カレッジ(further education college)の学生は、週10時間の就労を許可される。(**)
- 大学または大学院、公立の継続教育カレッジ以外の学校に通う学生は就労禁止。(**)
- 学生ビザ保持者の配偶者としてビザの発給を受けることができるのは、1年以上のコースに通う大学院生の配偶者に限られる。(**)
(**)は、新たに学生ビザを取得した者のみに適用される規定。既に学生ビザを保持している者は、新規定導入後も、従来通りの権利を維持できる。
3. 2012年4月導入の措置
- 学生ビザのスポンサーとなる学校は、「信頼度の高い学生ビザ・スポンサー(highly trusted sponsors)」として国から認定された教育機関に限定される。
- 学位レベルのコースに通う学生が学生ビザで英国に滞在できる期間を、最高5年までに制限する。
- 英国の大学・大学院卒業生に、卒業後、英国内での2年間の就労を許可する「ポスト・スタディー・ワーク」の制度を廃止する(ただし、労働ビザを取得すれば、学生ビザから労働ビザに切り替え、大学・大学院卒業後に就労することが可能)。
4. 2012年末より導入の措置
- 学生ビザのスポンサーとなる学校はすべて、「信頼度の高い学生ビザ・スポンサー」の地位を得ることに加え、教育水準監査院(Ofsted)などの監査機関から良い評価を受けていることが求められるようになる(新たに学生ビザのスポンサーとなる学校に対しては、2011年4月よりこの規定が適用される)。
Source: UK Border Agency
英国への移民に対するビザ発給数の推移

(*)労働ビザ、学生ビザ、家族ビザの各カテゴリーでのビザ発給数の推移。申請者本人へのビザに加え、配偶者に発給されたビザも含む。ビジター・ビザ、トランジット・ビザは除く。
Source: Office for National Statistics, Home Office
学生の就労規定を厳格化
現在、自由民主党と連立政権を組んでいる保守党は、昨年5月の総選挙に向けたマニフェストで、欧州経済領域(EEA)の加盟国以外の国から来る移民の数を、「年間数十万人規模から数万人程度に 減らす」ことを公約に掲げていた。この方針に沿って、政府は昨年11月に早速、前労働党政権が導入した移民規制制度であるポイント制度下での労働ビザ発給数を制限することを明らかにした。これに続き、テリーザ・メイ内相は先月下旬、下院で、昨年から検討されていた学生ビザの制度変更の詳細を発表した。
今回明らかになった制度変更の内容の一部を挙げると、まず、学生ビザのスポンサーとなる学校は、「信頼度の高い学生ビザ・スポンサー(highly trusted sponsors)」として国から認定されており、かつ、教育水準監査院(Ofsted)などの監査機関から良い評価を受けていることが求められるようになる。また、学生ビザ保持者の就労の権利については、大学生は従来通り週20時間まで、公立の継続教育カレッジの学生は週10時間までと規定。しかし、大学または公立の継続教育カレッジ以外の学校、つまり語学学校などの学生は就労禁止となった。更に、学位レベルのコースに通う学生が学生ビザで英国に滞在できる期間は、最高5年までに制限されることになった(学位以下のコースの場合、従来通り3年まで)。
「7人に1人が就労目的」との調査も
内務省によると、学生ビザ発給数は過去10年で倍増しており、2009年には30万を超えた。この数字は、ポイント制度下で発給されるビザのうち実に約3分の2を学生ビザが占めていることを意味する。
しかし、これらの中には、渡英の目的が学業ではなく就労であり、英国への入国手段として語学学校などに入学し、学生ビザを取得する者が多く含まれていると考えられている。最近の報道によると、語学学校を含む民間の学校の学生の7人に1人が、就労を目的として英国に滞在していると考えられるとの調査結果も出ている。こうした背景から、学生ビザ制度厳格化による「偽学生」の取り締まりは、移民流入数の制限という政府の方針の実行において、極めて重要な位置を占めていることがうかがえる。
なお、今回発表された制度変更は、教育機関及び学生への混乱を最小化するため、今月21日より、段階的に導入されることになる。政府は、新制度の導入で、学生ビザ発給数を年間7万〜8万件削減できると推定している。
永住権、家族ビザの制度も変更へ
労働ビザ、学生ビザに続き、政府は今年後半から、外国人への永住権付与制度及び家族ビザ制度についても、規制強化を目的とした意見集約作業を行う見込みである。学生ビザの制度厳格化に 対しては、語学学校はもちろん、大学からも、「『ポスト・スタディー・ ワーク(Post-Study Work)』制度の廃止(上記及び「関連キーワード欄」参照)で、海外の学生にとっての英国の大学の魅力が薄れる」 などの批判の声が上がっている。しかし、そうした声も耳に届かないかのごとく、連立政権による移民制限策は、迅速に、そして着実に進められている。
Post-Study Work
英国の大学または大学院を卒業した外国人留学生に対し、卒業後2年間、労働ビザを取得せずに英国で就労できる権利を与える制度。前労働党政権が2008年に移民労働者の規制制度であるポイント制度を開始した際、「外国人大学卒業生就労許可スキーム(International Graduates Scheme)」及びスコットランドの同様の制度を統合して創設された。ポイント制度では、「1階層(Tier1)」に区分される。本文で述 べたように、連立政権はこのほど、本制度の廃 止を決定した。2009年の本制度の利用者は3 万9000人に上った。
(猫山はるこ)
「アーツ・カウンシル」の制度変更 - 公的助成金受給の芸術団体が発表に
「アーツ・カウンシル」の制度変更
公的助成金受給の芸術団体が発表に
英国では、演劇やミュージカル、コンサートや美術展などの芸術活動が盛んだが、こうした文化を支える大きな柱となっているのが政府からの助成金である。今回は、最近、政府の外郭団体が、芸術関連団体への助成金配分方法を変え、大きな話題になった件について取り上げる。
「アーツ・カウンシル・イングランド」の
「ナショナル・ポートフォリオ助成金」制度について
新たに助成金支給対象となった団体の一例
- 「マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル」(マンチェスターで開催されている音楽、演劇、コメディーなどの文化イベント)
- 「オペラ・グループ」(ロンドンを拠点とするオペラ劇団)
- 「レッド・アース・シアター」(ダービーシャー州にある劇場)
「定期助成金」制度では助成金が支給されていたが、
今回は支給対象から外れた団体の一例
- 「リバーサイド・スタジオ」(ロンドン西部ハマースミスにある劇場)
- 「ポエトリー・ブック・ソサエティー」(T.S.エリオットが設立した詩の愛好家の会)
- 「ティンダル・ストリート」(バーミンガムを拠点とする出版社)
継続して助成金を支給されるが、
助成金額が大幅に減額された団体の一例
- 「インスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アーツ(ICA)」(ロンドン中心部にある文化施設)
- 「アルメイダ・シアター」(ロンドン・イズリントン区にある劇場)
- 「ニュー・シアター・ロイヤル」(ポーツマス市にある劇場)
継続して助成金を支給され、
かつ助成金額が大幅に増えた団体の一例
- 「バービカン・アーツ・センター」(ロンドン中心部にある文化施設)
- 「パンチドランク」(ロンドンを拠点にする劇団)
- 「イングリッシュ・ペン」(文学、作家の支援団体)

左)
ロンドン中心部にあるICA
右)マンチェスター・インターナショナル・フェス テバルでの一コマ
「 アーツ・カウンシル・イングランド」が
助成金を配分している団体の分野別内訳(2009年度)
| 分野 |
助成金配分対象の団体数 |
全体に占める割合 |
| コンバインド・アーツ* |
153 |
18% |
| ダンス |
70 |
8% |
| 文学 |
59 |
7% |
| 音楽 |
98 |
12% |
| 演劇 |
214 |
26% |
| 視覚芸術 |
183 |
22% |
| その他 |
59 |
7% |
| |
836 |
100% |
*「 コンバインド・アーツ」の項には、文化施設やフェスティバルなど、複数の芸術分野にまたがる団体など が分類されている。
Source: Arts Council England
ACEの予算は4年で3割減
「アーツ・カウンシル・イングランド(ACE)」は、3月末、2012年4月より同団体による助成金配分の対象となる芸術関連団体の名前と助成金額を発表した。ACEは、文化・メディア・スポーツ省(DCMS)の外郭団体であり、DCMSからの補助金及び国営宝くじの収益金を、イングランド内の芸術関連団体に助成金として配分している。これまでACEが配分する助成金のうち主たる位置を占め ていたのは、「定期助成金(Regular Funding)」と呼ばれる制度であったが、ACEは昨年11月、これを「ナショナル・ポートフォリオ 助成金(National Portfolio Funding)」と呼ばれる制度に変更することを発表。従来とは異なり、助成金受給を希望する団体は、自らACEに申請を行うことになった。
助成金支給対象の団体数減る
ACEは、助成金に関する制度変更の背景には、同組織が昨年11月に発表した10カ年計画のほか、「厳しい財政事情」があるとしている。連立政権は昨年10月、政府各省の歳出計画などを示した 「2010年支出見直し(Spending Review 2010)」を発表したが、その結果、ACEの予算は、2011〜2014年度の4年間で29.6%削減されることになった。
制度変更発表後、合計1300を超える団体から「ナショナル・ポートフォリオ助成金」の受給申請が提出され、3月末の発表によると、うち約半数にあたる695団体に助成金が配分されることが決まった。現在の「定期助成金」制度下での助成金支給対象団体は800を超えており、これよりかなり減ることになる。なお、新制度では、これまでと同様、3年単位で助成金が支給され、これら団体は、2012年度から2015年度までの助成金が保証された。
従来の制度では助成金支給対象ではなかった110の団体が新たに助成金の支給資格を得た一方、支給対象から外された団体も数多くあった。例えば、2007年からマンチェスターで開催されている文化イベント「マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル」などに新たに助成金が配分されることが決まった一方、西ロンドンにある劇場「リバーサイド・スタジオ」などが支給対象から 外れた。また、助成金受給の継続が決まった団体でも、受給額が増えた例もあれば、ロンドン中心部にある文化施設「ICA」のように、大幅に減額されたケースもあった。
長期的視点に立った支援求める声
連立政権による文化関連支出の削減策に対しては、他の分野と同様、批判の声が上がっている。例えば映画制作への助成金配分などを業務としていた「英国フィルム・カウンシル」の廃止などは、メディアでも厳しく糾弾されていた。
今回のACEによる発表を機に、芸術関連団体の関係者からは、演劇や音楽などの芸術活動による英経済への貢献を認識し、長期的視点に立った公的支援を行うよう訴える声が改めて聞かれている。しかし、国のみならず、財政難に見舞われている各地の地方自治体にも、芸術関連の助成金交付を取り止めているケースが相次いでいる現在、しばらくのところ、見通しは明るくないというのが現状であろう。
The Department for Culture, Media and Sport
(DCMS)
文化・メディア・スポーツ省(DCMS)。1997年、ブレア労働党政権が、国家文化遺産省に代 わって設置。政策分野は、芸術、放送・通信、インターネット、歴史的建造物、文化遺産、建築、図書館、美術館・博物館、国営宝くじ、観光、レジャーなど。また、2012年オリンピックの準備、運営の監督も責務の一つである。同省の外郭団体には、「アーツ・カウンシル・イングランド」のほかに、大英図書館、大英博物館、英国観光庁、戦争博物館、テート・ギャラリーなどがある。現在の文化・メディア・スポーツ相は保守党の ジェレミー・ハント。 www.culture.gov.uk
2011年度の予算案が発表 - 「経済の安定と成長」を実現できるか
「経済の安定と成長」を実現できるか
2011年度の予算案が発表

予算案の入った鞄を掲げる
オズボーン財務相
オズボーン財務相が、3月23日、2011年度の予算案を発表した。巨額財政赤字を抱える英国経済は、公的支出の大幅削減を余儀なくされている。果たして、この予算によって景気を回復するための経済成長を達成できるのだろうか、また国民の生活はどう変わるのか。今週はこの予算案に注目した。
家族形態別: 新予算による税金の増減比較
(単位: ポンド)
勤労者1人の夫婦に子供2人の家庭
税引き前の
年間所得 |
純所得
(新予算施行前) |
新予算施行後 |
税引後給与の
増減 |
| 25,000 |
23,425 |
23,812 |
387 |
| 50,000 |
38,108 |
37,361 |
-747 |
| 75,000 |
52,313 |
51,861 |
-452 |
| 100,000 |
67,063 |
66,361 |
-702 |
| 250,000 |
142,973 |
140,371 |
-2,602 |
| 500,000 |
265,473 |
260,371 |
-5,102 |
両親2人が働く子供2人の家庭
税引き前の
年間所得 |
純所得
(新予算施行前) |
新予算施行後 |
税引後給与の
増減 |
| 25,000 |
25,348 |
26,174 |
826 |
| 50,000 |
40,644 |
40,476 |
-168 |
| 75,000 |
56,737 |
56,723 |
-14 |
| 100,000 |
72,319 |
72,056 |
-263 |
| 250,000 |
157,617 |
155,315 |
-2,302 |
| 500,000 |
284,193 |
278,991 |
-5,202 |
1人暮らしあるいは結婚しているが子供なし
税引き前の
年間所得 |
純所得
(新予算施行前) |
新予算施行後 |
税引後給与の
増減 |
| 25,000 |
19,174 |
19,362 |
188 |
| 50,000 |
35,811 |
35,609 |
-202 |
| 75,000 |
50,561 |
50,109 |
-452 |
| 100,000 |
65,311 |
64,609 |
-702 |
| 250,000 |
141,221 |
138,619 |
-2,602 |
| 500,000 |
263,721 |
258,619 |
-5,102 |
既婚の年金生活者(75歳以上)
税引き前の
年間所得 |
純所得
(新予算施行前) |
新予算施行後 |
税引後給与の
増減 |
| 25,000 |
22,415 |
22,648 |
233 |
| 50,000 |
40,337 |
40,270 |
-67 |
| 75,000 |
55,337 |
55,270 |
-67 |
| 100,000 |
70,337 |
70,270 |
-67 |
| 250,000 |
147,747 |
147,280 |
-467 |
| 500,000 |
272,747 |
272,280 |
-467 |
独身の年金生活者(66歳〜74歳)
税引き前の
年間所得 |
純所得
(新予算施行前) |
新予算施行後 |
税引後給与の
増減 |
| 25,000 |
21,688 |
21,888 |
200 |
| 50,000 |
40,070 |
39,990 |
-80 |
| 75,000 |
55,070 |
54,990 |
-80 |
| 100,000 |
70,070 |
69,990 |
-80 |
| 250,000 |
147,480 |
147,000 |
-480 |
| 500,000 |
272,480 |
272,000 |
-480 |
※年金生活者所得はペンション・クレジット分を除く。また個々の数字は家庭状況の詳細によって異なります。あくまでも目安としてご参照ください。
(参考: 2011年度予算、「デロイト」社ウェブサイト、「フィナンシャル・タイムズ」紙ほか)
主要国の法人税の比較 (2011年)
| 英国 |
26.0% |
| ドイツ |
29.4% |
| カナダ |
31.0% |
| イタリア |
31.4% |
| フランス |
33.3% |
| 米国 |
40.0% |
| 日本 |
40.7% |
参考: 2011年予算、「フィナンシャル・タイムズ」紙ほか
主な狙いは財政再建
3月23日に発表された2011年度の予算案では、「強く、安定した経済」と「成長」、そして「公正さ」が掲げられている。強く安定した経済を実現するためには財政赤字解消策を維持。そして成長に向けて民間投資への支援策や規制緩和を行う。さらには公正で効率的な税金・福祉・年金政策の実施を目標としている。
財政赤字については、10〜11年度の借入額が1460億ポンド(約20兆円)になる見込み。この額が11〜12年度には1220億ポンド、13年度末には700億ポンドまで減少させることを目標とする。借入額の対国民総生産(GDP)比は、2010年度が9.9%。11年度はこれを7.9%に減少させ、15年度までに1.5%にまで引き下げる方針だ。
具体策としては、銀行のバランス・シートに対する課税率は0.075%から0.078%に、また北海での石油・ガス生産に対する課税率が20%から32%と大幅に引き上げられる。
法人税は先進国の中で最低に
しかし、緊縮策ばかりでは経済が伸びていかない。そこで策定されたのが、法人税減税の加速だ。現在28%の税率を26%にし、2014年までに23%とする。また中小企業を対象に、調査開発予算に対する税金控除率を12年度から大幅に増やす。さらに21の経済特区を作り、特定地域での経済成長を促す。
勤労と個人の責任を奨励する「公正で簡素、効率的な税金・福祉・年金体制」を構築するための具体策としては、燃料税を予算案発表日の夕方から1リットル当たり1ペンス分削減するとともに、インフレ率の上昇と連動させることになっていた燃料税の値上げを先送りにした。また若年層の失業者が増えていることを受けて、今後2年間で新たに8万人に対して仕事を経験する機会を与える。ほかにも、65歳以下の国民に対する所得税の控除金額を来年から630ポンド上げて8105ポンドにする、住宅を初めて購入する国民への支援策として住宅ローン補助策を提供することなどが定められている。
国民の間では理解示す声も
この新予算案を、ビジネス界は概ね歓迎した。しかし野党労働党のエド・ミリバンド党首は、政府の赤字削減の速度と規模が大きすぎるとして批判。また26日には、公的支出の大幅な予算削減に抗議する数十万人規模のデモがロンドンで実施されている。
一方で、公的支出の大幅削減や補助金削減といった、赤字を減らすための緊縮策を「仕方ない」と受け止める人も少なくないようだ。調査会社YouGovによると、今回の予算について「財務相が正しい選択をしたと思うか」との質問に対し、37%が「間違っている」と回答したものの、34%が「正しい」と答え、29%が「分からない」としている。財政削減の規模についての質問には、最も多かった答えが「正しい規模。しかし、もっと時間をかけてやるべき」(29%)。これに「正しい規模である」(25%)が続いた。つまり、削減自体には同意する意見が大部分を占めているのだ。
公的部門に勤める人を中心に失業者が増える厳しい数年間が続きそうだが、財政を再建し、経済を上向かせるためにはほかに選択肢がないというのが現状なのかもしれない。「トンネルの先の明かり」が見えるまでは辛抱が必要とされるときなのだろう。
Budget Box
財務相が予算案の演説資料を財務相公邸から下院に運ぶために使う、赤い皮に覆われた箱。150年ほど前に、当時のグラッドストーン財務相が、中は黒繻子(じゅす)、外は赤い皮の箱を作らせたのがきっかけ。現在では、予算案発表の日に財務相がこの箱を手に持った姿で写真撮影を行うのが恒例となっている。1965年、キャラハン財務相が慣例を破り、初めて新たに作らせた予算箱を使った。97年以降では、ブラウン財務相も新たな予算箱を用意させている。オズボーン財務相は昨年、グラッドストーンの予算箱を使ったが、箱の傷みが激しいため、今年から新しい箱を使っている。
(小林恭子)
リビア騒乱と多国籍軍の軍事介入
民衆蜂起から内戦、そして戦争へ
リビア騒乱と多国籍軍の軍事介入
リビア最高指導者カダフィ大佐の支持派勢力と反体制勢力の間で衝突が激化する中、欧米諸国は遂に一般市民を保護するための軍事介入を開始した。しかし、軍事介入によるカダフィ政権打倒の是非を含む出口戦略が不明確な今回の軍事作戦は、暗礁に乗り上げるリスクを伴う。
リビアにおける情勢(2011年3月21日現在)

参考: BBCほか

19日、リビアに向けて発射された米巡航ミサイル「トマホーク」
リビアでの民衆蜂起から戦争まで
| 2月17日 |
「怒りの日」と称した大規模デモが各地で発生 |
| 2月22日 |
カダフィ大佐が国営テレビに出演し、退陣要求を拒否。デービッド・オーウェン元英外相が、リビア上空飛行禁止空域における軍事介入の必要性に言及 |
| 2月24日 |
各地でデモ隊と治安当局が衝突し死傷者急増。EU諸国などが軍事介入の検討を開始 |
| 2月25日 |
ブレア元英首相がカダフィ大佐と極秘電話会談 |
| 2月26日 |
治安部隊による民衆弾圧に抗議し法相を21日付で辞任したアブドルジャリル氏が、暫定政権の樹立を表明 |
| 2月27日 |
反体制派勢力が北東部の第2の都市ベンガジで「国民評議会」を結成した旨を発表。国連安保理がリビアに対する制裁決議案を全会一致で採択 |
| 3月1日 |
ウィリアム・ヘイグ英外相が、リビア上空の飛行禁止空域設定に対する国連安保理決議は「必要不可欠ではない」と言明 |
| 3月2日 |
リビア暫定政権が国連に対し飛行禁止空域設定を要求、クリントン米国務長官が支持。アラブ連盟、アフリカ連合などが国連安保理決議を待たずに飛行禁止区域における軍事介入を示唆 |
| 3月3日 |
国際刑事裁判所がカダフィ大佐、及び関係者に対する戦犯取り調べを開始する旨を表明 |
| 3月9日 |
欧州議会がEU諸国に対してリビア暫定政権を認めるよう要請 |
| 3月10日 |
仏・ポルトガル政府などがリビア暫定政権を承認。NATO加盟28カ国がブリュッセルで開催された国防相会議で、リビア沖への艦船配備に合意 |
| 3月16日 |
国連安保理がカダフィ支持派勢力及び反体制派勢力に対し停戦を要求、リビア飛行禁止空域設定に関する決議草案を発表 |
| 3月17日 |
カダフィ大佐が「ベンガジ侵攻」を宣言。国連安保理がリビア飛行禁止空域設定及びあらゆる必要な措置などを加盟国に認める国連安保理決議1973号を賛成多数で採択 |
| 3月18日 |
リビアのクーサ外相が即時停戦を表明。オバマ米大統領はカダフィ大佐に対して主要3都市からの撤退を要請 |
| 3月19日 |
カダフィ支持派勢力がベンガジなどに対する空爆を実行。米・EU加盟国・アラブ連盟などの代表者が緊急首脳級会議開催後、連合軍による「オデッセイの夜明け」軍事作戦を開始 |
| 3月20日 |
カダフィ大佐は「(イスラム教徒に対するキリスト教徒の)第2の十字軍攻撃」と欧米諸国を激しく非難した一方、リビア政府軍が改めて停戦を表明 |
Source: ONS
内戦から戦争への序曲
キャメロン首相は19日、英軍による対リビア軍事介入は「必要かつ法的に正当」であり、国益に沿ったものであると強調した。2月中旬以降、リビア最高指導者カダフィ大佐の支持派勢力と反体制 勢力との間で内戦状態が続いていたが、欧米諸国による軍事介入でリビア情勢は大きな局面を迎えた。
支持派勢力による攻勢が強まる中、リビア市民を守るための措置として、17日、国連安全保障理事会が同国上空の飛行禁止空域設定などを含む決議案を採択。翌18日には、リビアのクーサ外相が即時停戦を表明したものの、その後もカダフィ支持派勢力による反体制勢力への攻撃が続いた。これを受け、19日、欧米諸国は軍事作戦に踏み切ったとみられるが、翌日、カダフィ大佐は「限度のない長期戦を約束する」とし、徹底抗戦する構えを示した。
国際社会の軍事介入
今般の多国籍軍による軍事介入の目的は、あくまでも「一般市民の保護」であり「カダフィ政権打倒」ではない。他方、リビア情勢の不安による原油価格高騰や世界経済への打撃を最小限に抑えるという狙いに加えて、リビアの石油利権と引き換えにカダフィ大佐を国際社会に迎え入れ、結果としてリビア独裁政権を支えた欧米諸国の反省の表れであるとも解し得る。
イスラム世界との摩擦を避けたい欧米諸国は、アラブ諸国から対リビア軍事介入の支持を取り付けることが不可欠だった。アラブ・アフリカ諸国によるカダフィ大佐への説得が失敗した可能性も考えられるが、以前から煙たい存在であったと見られる同大佐に対して、湾岸協力会議やアラブ連盟などが「正統性を失った」との見切りをつけ、リビア上空の飛行禁止空域設定を支持したことで事態が急展開。リビア同様、緊張が高まるバーレーンとイエメンへの軍事介入を懸念する声も高まりつつあるが、親米である両国に対して欧米諸国が武力行使を実行する可能性は極めて低いと言える。
最悪のシナリオとは
「カダフィ政権の是非は最終的にリビア国民が決めるべき」とする国際社会による軍事介入の実効は未知数である。現時点におい て想定し得る最悪のシナリオは、カダフィ政権の延命などによる「地中海・北アフリカの戦場化」や「第二のイラク・アフガン化」といった戦況の泥沼化である。仮に、カダフィ政権が失脚した場合でも、実質的な次期指導者の不在などから、無政府状態に陥る可能性も否めず、更には、トリポリ(カダフィ支持派)とベンガリ(反体制派)を拠点とする分裂国家が生まれる危険性も孕んでいる。
ヘイグ英外相は「(軍事介入が)許される範囲は状況次第」と述べ、カダフィ大佐が標的になる可能性を示唆する一方、米当局は、同大佐の早期退陣を模索する方針を示しつつも、北大西洋機構(NATO)軍へと指揮権を移譲して側面支援に回るとし、米軍主導で開始した2003年のイラク戦争とは差別化を図る構えを示すな ど、英米間には温度差もあるようだ。そんな中、ニック・ハーヴェイ英国防担当相が対リビア作戦の出口戦略が固まっていないことを認めるなど、見切り発車的な軍事介入により戦況が膠着状態の様相を呈し始めてきたようにも見える。
No-fly zone
交戦国などに対して軍用機などの飛行を禁止する措置(上空における非武装地域の意)。主に軍事物資の搬入及び市民の保護などを目的に設定される。3月17日に採択された国連安保理決議1973号で、人道支援目的で使用されるもの以外のあらゆるリビア機を対象に、上空での飛行禁止空域が設けられた。決議においては中国、ロシア、ドイツ、インド、ブラジルが棄権したが、常任理事国の中国とロシアは拒否権を行使しなかった。これまでには、1991〜2003年のイラク上空、1993〜95年のボスニア・ヘルツェゴビナ上空でも飛行禁止空域が設定された。
(吉田智賀子)
不況で若年層の失業率が上昇 - 16〜24歳の約100万人が職なし
16〜24歳の約100万人が職なし 不況で若年層の失業率が上昇
英国では、2010年度第3四半期のGDPがマイナス成長に転じるなど、景気回復にはまだ長い道のりがあることを実感させられる日々が続いている。こうした経済情勢の中、特に大きな打撃を受けているのが若者である。若年層の失業率は現在、20%を超えており、改善への展望も見えていない。
英国における16〜24歳の失業者数の推移(単位:人)
|
女性 |
男性 |
全体 |
| 2008年11月~2009年1月 |
32万4000 |
50万4000 |
82万8000 |
| 2009年11月~2010年1月 |
36万7000 |
54万8000 |
91万5000 |
| 2010年2月~4月 |
36万7000 |
55万7000 |
92万4000 |
| 2010年5月~7月 |
39万0000 |
52万5000 |
91万5000 |
| 2010年8月~10月 |
40万6000 |
53万7000 |
94万3000 |
| 2010年11月~2011年1月 |
41万4000 |
56万0000 |
97万4000 |
Source: ONS
* これらの失業者には、仕事をしていないが、積極的に仕事を探していないなどの「非活動(inactivity)」に分類される者は含まれない。ただし、仕事を探しているフルタイム学生は含まれる。
イングランドにおける16〜24歳の 「ニート」の数の推移(単位:人)
|
人数 |
16~24歳の人口全体に 占めるニートの割合 |
| 2000年第4四半期(10~12月) |
62万9000 |
12.3% |
| 2001年第4四半期 |
66万4000 |
12.6% |
| 2002年第4四半期 |
65万9000 |
12.2% |
| 2003年第4四半期 |
66万7000 |
12.1% |
| 2004年第4四半期 |
74万4000 |
13.2% |
| 2005年第4四半期 |
83万7000 |
14.6% |
| 2006年第4四半期 |
80万7000 |
13.8% |
| 2007年第4四半期 |
78万1000 |
13.1% |
| 2008年第4四半期 |
85万4000 |
14.2% |
| 2009年第4四半期 |
89万5000 |
14.8% |
| 2010年第4四半期 |
93万8000 |
15.6% |
Source: Department for Education
イングランドで「ニート」が100万人
国民統計局(ONS)が今月中旬に発表したところによると、2010年11月〜2011年1月における16〜24歳までの若年層の失 業者数は、前期比3万1000人増の97万4000人と、過去最高を記録した(*)。この時期の「16歳以上すべて」の失業率が8.0%であったのに対し、「16〜24歳」の失業率は20.6%にも上っており、これも統計開始以来、最高の数字となった。
一方、教育省は2月下旬、いわゆる「ニート(Neet)」の若者の数を発表した。就労しておらず、教育、職業訓練も受けていない「ニー ト」の状態にある16〜24歳の若者の数は、2010年第4四半期(10〜12月)に、イングランドだけで93万8000人に達した。第4四半期の数字としては、2005年に同省が統計を開始して以来、最も高い数字であった。これは、イングランドの16〜24歳の15.6%が 「ニート」であることを意味する。
(*) この数字には、仕事をしていないが、積極的に仕事を探していないなどの「非活動(inactivity)」に分類される者は含まれない。ただし、仕事を探しているフルタイム学生は含まれる。
政府が若者の就労・教育支援策廃止
若年層の高失業率の背景には、経済の先行きが不透明な中、仕事の経験が浅く、スキルも十分でない若者の雇用に企業が消極的であるなどの事情がある。このように、厳しい経済情勢による打撃を特に強く受けているのが若年層であるわけだが、保守党・自民党の連立政権は、公共支出削減策の一環として、前労働党政権が実施していた若者向け学業・就労支援プログラムの一部を廃止しており、若年層を更なる苦境に追い込んでいるとして批判されている。
まず、連立政権は最近、義務教育後も教育を受け続ける低所得家庭出身の若者に対する補助金である「教育継続手当(EMA)」を廃止した。更に、半年以上にわたって失業している18〜24歳の若者 を対象とした雇用対策プログラム「未来の雇用創出ファンド」についても、廃止を決定した。また、昨年の大きなニュースであったイングランドの大学授業料限度額引き上げの決定も、特に低所得家庭出身の若者から高等教育の機会を奪い、彼らの将来の選択肢を狭めるものであるなどとして非難されている。
一方、連立政権による若年層の雇用支援策には、民間企業での「アプレンティスシップ」の奨励などがある。「アプレンティスシップ」とは、仕事の現場で働きながら職業技術を身につける仕組みであるが、ビンス・ケーブル・ビジネス・革新・技術相は2月上旬、「アプレンティスシップ」の実施を目的としたブリティッシュ・ガス、BTなどの大手企業に対する補助金を増額し、2011年度で14億ポンド(約1820億円)を拠出する旨を明らかにした。
「失われた世代」生むとの声
このまま景気低迷が続き、若者の雇用環境が改善しなければ、日本の就職氷河期と同様、職にあぶれた若者たちの「失われた世代」が生み出されると警告する声は少なくない。昨年5月の総選挙後からこれまでの連立政権の最重要政策は財政赤字削減を目的とした 公共支出削減であったが、経済成長支援、雇用支援にも重点を置くよう求める声は高く、今後の政策に期待がかかる。
New Deal
前労働党政権の目玉政策の一つであった就労支援プログラム。1998年開始。当初は、若者の雇用対策プログラムとして開始されたが、後に若年層以外にも対象が拡大された。雇用・年金省は2008年、「ニュー・ディール」は開始から 10年で計180万人の就労を支援したと述べていた。2009年10月、英国内の多くの地域で、「ニュー・ディール」は、「フレキシブル・ニュー・ディール」と呼ばれる新プログラムに移行した。連立政権は今年夏、これを更に「シングル・ワーク・プログラム」と呼ばれる新たなスキームに移行させる計画である。
(猫山はるこ)
ジョージ6世の人生とは
映画「英国王のスピーチ」で注目
ジョージ6世の人生とは
エリザベス女王の父に当たるジョージ6世と、彼が吃音(きつおん)を治すために雇った治療士との心温まる交流を描いた映画「英国王のスピーチ」が人気だ。先月末に開催された米アカデミー賞の授賞式で、作品賞を含めた主要4部門を制覇したのがこの映画だった。今回は、ジョージ6世の人柄や彼が生きた時代背景を紹介したい。

左)映画「英国王のスピーチ」の一場面 右)若かりし日のジョージ6世
ジョージ6世の横顔
| 本名 |
アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ・ウィンザー (通称バーティー) |
| |
1895年12月14日生まれ、 1952年2月6日没 |
| 在位期間 |
1936年12月11日〜1952年2月6日 |
| 先代 |
エドワード8世(兄) |
| 次代 |
エリザベス2世(長女) |
| 両親 |
ジョージ5世とメアリ妃 |
| 妻 |
エリザベス・バウエス=ライオン |
| 子供 |
エリザベス2世とマーガレット王女 |
| 学業 |
ダートマス海軍兵学校、ケンブリッジ大学にて歴史学、経済学、政治学科を専攻 |
| 性格など |
引っ込み思案、生真面目、誠実、病弱 |
| 人生の節目 |
兄の退位により、自分が国王になると決まったとき |
| 国民の評価 |
第二次大戦中にロンドンが爆撃を受けている間、地方へ疎開することを拒んで国民を励まし続けたために、大きな支持を得る |
| そのほかの功績 |
人命救助などにおける勇敢な行為に対して授与する「ジョージ勲章」を創設。ロンドンのカールトン・ハウス・テラス前(ピカデリー 広場近く)に彫像がある |
ジョージ6世が生きた時代
| |
ジョージ6世の人生 |
国内外の出来事 |
| 1895 |
ジョージ5世の次男アルバート(後のジョージ6世)が誕生 |
|
| 1901 |
|
英領オーストラリア連邦が成立 |
| 1902 |
|
日英同盟が締結。英国で新教育法が施行 |
| 1906 |
|
ニュージーランドが英国の領地に |
| 1909 |
オズボーン海軍兵学校に入学 |
|
| 1910 |
|
英領南アフリカ連邦が成立 |
| 1911 |
ダートマス海軍兵学校に入学 |
|
| 1914 |
|
第一次大戦が勃発 |
| 1916 |
ユトランド沖海戦で戦艦「コリンウッド」に乗艦 |
|
| 1918 |
空軍に移籍 |
|
| 1919 |
ケンブリッジ大学に入学 |
ベルサイユ条約が調印、インド統治法を制定 |
| 1920 |
|
国際連盟が成立 |
| 1922 |
|
エジプトが独立 |
| アイルランド自由国が樹立される |
| 1923 |
エリザベス・バウエス=ライオンと結婚 |
|
| 1926 |
長女エリザベス誕生 |
英国でゼネストが実施 |
| 1929 |
|
世界大恐慌が勃発 |
| 1930 |
次女マーガレット誕生 |
|
| 1936 |
父ジョージ5世没。兄エドワードが国王に |
|
| エドワード8世が退位し、王位を継ぐ |
| 1937 |
戴冠式が行われる |
アイルランド自由国がエールと改称 |
| 1939 |
米国、カナダを訪問 |
第二次大戦が勃発 |
| ドイツに対する宣戦布告の演説を行う |
| 1940 |
独軍によるロンドン空爆を受けるもロンドンを離れず |
英軍が仏ダンケルク撤退。独軍が英国を空襲 |
| 1941 |
|
英国が対日宣戦を布告 |
| 太平洋戦争が勃発 |
| 1945 |
|
第二次大戦が終結 |
| 1946 |
|
英国で国民保険法が施行。炭鉱、道路、鉄道輸送が国有化 |
| 1947 |
南アフリカ連邦やローデシア(現ザンビア・ジンバブエ)を訪問 |
英国で電気産業が国有化される |
| インド、パキスタンが独立 |
| 1948 |
初孫となるチャールズが誕生 |
独占禁止法が成立、ガス供給が国有化される |
| ビルマ独立、イスラエル共和国が成立 |
| 1950 |
2 人目の孫アンが誕生 |
英国が鉄鋼業を国有化 |
| イランが石油国有化を発表、エジプトが対英条約破棄を通告 |
| 1951 |
左肺の切除摘出手術を実施 |
|
| 1952 |
ノーフォークにあるサンドリガム御用邸で死去 |
|
(参考資料:「概説イギリス史」有斐閣新書、BBC ほか)
吃音を引き起こした少年時代の経験
後にジョージ6世となるアルバート(通称「バーティー」)は、ジョージ5世とメアリ妃の次男として生まれた。言葉を覚えるのが遅く、左利き、X脚でもあったアルバートは、父親からこれを矯正するよう指導される。食事の際には左手に長い紐を付けられ、左手を使うと父がその紐を引っ張り上げた。またX脚の矯正用ギブスを脚に付けていた時期もあった。この頃に受けた精神的な重圧などが原因で、アルバートはいつしか強い吃音状態に陥るようになったという。
アルバートの人生に明るい兆しが見え始めたのは、スコットランドの由緒ある貴族ストラスモア伯爵家に生まれたエリザベス・バウエン=ライオンと結婚してからだ。この時点で兄のエドワードはまだ結婚しておらず、アルバートとエリザベスの若き夫婦は国民の憧れの的になった。
演説指導を助けたオーストラリア人
まだヨーク公と呼ばれていた頃のジョージ6世が抱えていた大きな悩みの一つが、人前で行う演説だった。1925年の大英博覧会の閉会式で父の代わりに演説を行ったが、吃音のためにひどい結果となってしまったのだ。そこで妻のエリザベスが見つけてきたのが、当時はまだ大英帝国の一部であったオーストラリア出身のライオネル・ローグである。
少年時代から発声、発音の面白さに興味を引かれていたというローグは、やがて発声方法や演説の指導を仕事とするようになる。第一次大戦のトラウマに苦しみ、言葉を発することができなくなった元兵士たちに対する治療も行った。
ローグが話し方を教える治療士としてロンドンに診療所を開いたのは1926年である。この診療所を30代前半のヨーク公が訪れたとき、ローグは既に50歳近くになっていた。患者との間に親密な雰囲気を作り出し、独自の治療を進めようとするローグにヨーク公は反発し、一時は関係が悪化するほどであったと伝えられている。
しかし、シンプソンという名の既婚の米国人女性と交際を始め、英国国教会が禁ずる離婚をさせた上でこの女性と結婚することを望むようになったエドワード8世が退位という道を選んだ際に、ヨーク公はジョージ6世として即位せざるを得なくなった。演説は彼にとってますます重要となり、ジョージ6世はローグの治療に熱を入れるようになる。
国民の支持を得て
1939年の第二次大戦勃発時、ジョージ6世の国民に向けた演説は、ラジオを通して広く国民に聞かれ、国民の士気を奮い立たせた。1940年にはドイツ軍が英国に対する大規模な空爆を開始したが、ジョージ6世と妻のエリザベスはロンドンを去らずに「最後まで戦う」と宣言。国民の支持は高まった。
戦後の国内経済の建て直しや、インド、パキスタンなどの大英帝国からの独立が相次ぐと、もともと病弱だったジョージ6世は健康を悪化させる。1951年9月、左肺を切除摘出し、一時小康状態となったが、翌年1月末、療養先のイングランド東部ノーフォークのサンドリガム御用邸で寝たきりとなった。同2月6日未明、動脈血栓により死去。56歳だった。
Hanoverian Dynasty
ハノーバー朝。1714年から1901年まで続いた英国の王朝。スチュアート家アン王女が亡くなると、カトリック教徒の即位を阻む王位継承法によって又従兄弟に当たるドイツのハノーファー選帝候ゲオルクがジョージ1世として即位した。ビクトリア女王の死後は、同妃の夫であったドイツ出身のアルバート公の家名を取って「サクス=コバーク=ゴータ朝」に。また第一次大戦中には、ジョージ6世の父親である同5世が「ウィンザー家」と改称。さらに1960年の勅令では、エリザベス女王とフィリップ公の子供の姓を「マウントバッテン=ウィンザー」とした。
(小林恭子)
ロンドン・オリンピック、来年の開催に向け準備着々
来年の開催に向け準備着々
ロンドン・オリンピックについて
ロンドンが2012年のオリンピック開催地に選ばれたのが2005年7月。あれから早くも5年8カ月が過ぎ、本番まであと1年半を切った。 先月には、メイン会場となるオリンピック・パークに初めて新しい競技場が完成したことが明らかにされており、いよいよ大会開催を実感できるようになってきた。
オリンピック・パーク完成予想図

数字で見る2012年ロンドン・オリンピック
- 880万枚 …… チケット販売総数
- 20ポンド(約2600円) …… 最も安いチケットの値段
- 2012ポンド(約26万円)
…… 最も高いチケットの値段(開会式の最も良い席の値段)
- 8万人 …… オリンピック・スタジアムの観客収容数
- 92億9800万ポンド(約1兆2087億4000万円)
…… オリンピック施設の建設に責任を担う「オリンピック 実行委員会(ODA)」の予算総額
- 73億100万ポンド(約9491億円)
…… ODAが最終的に使うことになる費用の現時点での見込み (*)
(*) 文化・メディア・スポーツ省発行の「ロンドン2012年オリンピック、パラリンピック大会に関する2011年2月年次報告書」より。
日程とチケット購入方法が発表に
最近、2012年夏に行われるロンドン・オリンピックに関するニュースがいくつか伝えられており、大会開催に向けたムードが高まっている。
まず2月中旬には、オリンピックの競技スケジュール及びチケット の購入方法、値段が発表された。大会開催期間は2012年7月27日〜8月12日の17日間にわたり、26の競技で、世界各国から集まった選手たちが熱戦を繰り広げることになる。見所は多いが、8月5日に行われるマラソンや、7月28日〜8月4日に行われる水泳などは、特に大きな関心を集めると思われる。
チケットは、2011年3月15日〜4月26日の6週間の間に申し込みを受け付ける。先着順の発売ではなく、同期間中は購入申し込みのみ可能。申し込み数が販売予定数を超えた場合は抽選となる。チケットの販売総数は880万枚。オリンピックのチケット販売専用ウェブサイト(www.tickets.london2012.com)で登録し、アカウントを作れば、チケットの購入などに関する情報を受け取ることができる。
「世界最高の」自転車競技場が完成
更に2月22日には、オリンピックのメイン会場となるロンドン東部のオリンピック・パーク内に建設中の競技場のうち、最初に完成した自転車競技場のお披露目が行われた。同会場は、総工費が9400万ポンド(約122億2000万円)に上り、6000人の観客を収容できる。走路にシベリア産のマツの木を使用し、内部の温度などにも最新の注意を払って建設されており、北京オリンピックで3つの金メダルを獲得した自転車競技選手のクリス・ホイ氏などから、「世界最高の自転車競技場」として絶賛されている。オリンピック実行委員会(ODA)のジョン・アーミット会長は、同競技場の完成を、現在までのオリンピックの準備における「最大の節目」となる出来事であると述べている。
ボランティアの選考が開始
またやはり先月、2010年9月から募集が行われていたオリンピックのボランティアの選考が始まった。ボランティアは、会場での観客の案内や情報提供のほか、選手村や会場の管理、観客や選手の家族が宿泊するホテル関連の業務など、多岐にわたる役割をこなすことになる。募集当初は、十分な数の応募者が集まらないのではとの懸念も聞かれたが、ふたを開けてみると、定員7万人(パラリンピックのためのボランティア2万人を含む)に対して25万人もの応募が殺到し、ロンドン・オリンピックに貢献したいとの情熱を持つ人が数多く存在することが分かった。
文化・メディア・スポーツ省は2月中旬、ロンドン・オリンピックの準備に関する年次報告書を発表し、オリンピック施設の建設が、予算内でスケジュール通りに進んでいることを明らかにした。前述の自転車競技場のほか、ハートフォードシャー州に建設中だったカヌー競技の競技場が完成したとのニュースも伝えられている。本 番まであと1年5カ月に迫り、セバスチャン・コー・オリンピック組 織委員会会長が言うところの「地上で最も素晴らしいショー」を開催すべく、ロンドンは着々と準備を進めている。
2012 London Paralympics
パラリンピックとは、オリンピック開催年に同じ都市で行われる障害者のスポーツ大会であり、次回は2012年8月29日〜9月9日にロンドンで開催される。パラリンピックの起源は、1948年に第二次大戦で脊髄を損傷した退役軍人のために開かれたスポーツ大会である。夏季パラリンピックは次回が史上14回目であるが、ロンドンでの開催は初めてで、陸上、サイクリング、サッカー、ラグビーなどを含む20種目の競技が行われる。2008年北京のパラリンピックでは、水泳で英国のエレノア・シモンズ選手が弱冠13歳で2つの金メダルを獲得し、話題になった。パラリンピックのチケット発売は今年9月9日から。
(猫山はるこ)
中東政変と民衆蜂起 - 民主化革命の触発とその顛末
中東政変と民衆蜂起
民主化革命の触発とその顛末
英国でも盛んに報道されている、チュニジアとエジプトの相次ぐ政変に触発された民衆蜂起の波及が止まらない。欧米諸国も固唾を呑んで情勢を見守る中、民主化革命に共鳴する反政府抗議デモのうねりは遂に中東・北アフリカ諸国全域を呑み込んだ。
既に政権崩壊した国(2011年2月22日現在)
| チュニジア |
| 2010年12月17日 |
ムハンマド・ブアジジさんによる抗議の焼身自殺(2011年1月4日死亡)を皮切りに、国内各地で大規模デモが発生 |
| 2011年1月10日 |
ベンアリ大統領が新たな雇用創出や減税などを公約として宣言 |
| 2011年1月13日 |
ベンアリ大統領が、2014年の次期大統領選には出馬しない旨などを表明 |
| 2011年1月14日 |
ベンアリ大統領がサウジアラビアに亡命 |
| 2011年1月15日 |
メバザア下院議長が暫定大統領に就任し、約23年続いたベンアリ政権が崩壊 |
| エジプト |
| 2011年1月18日 |
首都カイロや第2の都市北部アレキサンドリアで抗議の焼身自殺が発生 |
| 2011年1月25日 |
各地で数千人規模のデモが発生 |
| 2011年1月29日 |
ムバラク大統領が首相以下の内閣総辞職を表明、スレイマン新副大統領を任命 |
| 2011年2月1日 |
ムバラク大統領が本年9月の次期大統領選に出馬しない旨を表明 |
| 2011年2月4日 |
イスラム教の金曜礼拝後に「決別の日」と称する大規模デモが発生。その後、デモの規模が拡大・継続 |
| 2011年2月10日 |
ムバラク大統領は政治権力をスレイマン副大統領に移譲するとしたものの、任期満了まで大統領職を全うする旨を発表 |
| 2011年2月11日 |
スレイマン副大統領がムバラク大統領の辞任を表明し、約30年続いたムバラク政権が崩壊 |

リビア北東部のベンガジでデモの集会に参加する人々
反政府抗議デモが発生した国
アルジェリア
| 2010年12月27日 |
住居不足などを理由とした反政府抗議デモが発生 |
| 2011年1月15日 |
抗議の焼身自殺が連鎖的に発生(19日までに7人が焼身自殺) |
| 2011年2月16日 |
ブーテフリカ大統領が約19年にわたる国家非常事態宣言を撤回する旨を発表 |
リビア
| 2011年1月13日 |
住居不足などを理由とした反政府抗議デモが発生 |
| 2011年2月16日 |
約41年統治を続ける最高権力者カダフィ大佐に対する大規模なデモが発生 |
ヨルダン
| 2011年1月14日 |
リファーイ首相の退任を求める反政府抗議デモが発生 |
| 2011年2月1日 |
アブドッラー国王がリファーイ首相を解任、バヒート新首相を任命 |
イエメン
| 2011年1月23日 |
首都にあるサナア大学で大規模な反政府抗議デモが発生 |
| 2011年2月2日 |
サレハ大統領が2013年任期終了で退陣、息子への権力継承も行わない旨を表明 |
| 2011年2月3日 |
サレハ大統領の即時退陣を求める大規模デモが発生 |
シリア
| 2011年2月2日 |
アサド政権に対するオンライン上の反政府抗議運動に1万人以上が署名する |
モロッコ
| 2011年2月10日 |
首都ラバトで雇用確保などを求める千人規模のデモが発生 |
バーレーン
| 2011年2月14日 |
イスラム教シーア派による権利拡大や民主化を求めるデモが発生 |
イラン
| 2011年2月14日 |
首都テヘランでアフマディネジャド政権に反発する反政府抗議デモが発生 |
クウェート
| 2011年1月17日 |
アルサバーハ首長が全国民に対し現金と食料品の支給を決定 |
| 2011年2月18日 |
無国籍の遊牧民系住民などによる千人規模のデモが発生 |
ジブチ
| 2011年2月18日 |
ゲレ大統領の辞任を求める数千人規模のデモが発生 |
モーリタニア
| 2011年1月17日 |
男性1人が政府機関前で焼身自殺 |
| 2011年1月28日 |
首都のヌアクショットで数百人規模のデモが発生 |
スーダン
| 2011年1月30日 |
北部各地でバジル大統領退任を求める学生らによるデモが発生 |
サウジアラビア
| 2011年1月21日 |
男性1人が南西部ナムタで焼身自殺 |
| 2011年2月17日 |
東部などで少数派のイスラム教シーア派住民によるデモが発生 |
オマーン
| 2011年2月20日 |
政治改革や賃金引き上げなどを訴える300人規模のデモが発生 |
イラク
| 2011年2月6日 |
数千人規模のデモが各地で発生。マリキ首相が食料配給の増加を発表 |
民衆の鬱積と中東政変
18日間に及ぶ反政府抗議デモで約30年続いたエジプトのムバラク政権が崩壊した2月11日、キャメロン首相は、エジプトの民主化へ向けた早期政策提起を求めた。新政権発足までの半年間統治を担うエジプト軍最高評議会は、憲法の停止や議会の解散、及び憲法改正の是非を問う国民投票の実施などを公約とし、新体制構築に向けての第一歩を踏み出した。
昨年12月、生活苦を理由としてチュニジア人の若者が図った抗議の焼身自殺に端を発した民衆蜂起は、瞬く間に市民の怒りを吸い上げて拡大し、中東・北アフリカ諸国に飛び火した。チュニジアの「ジャスミン革命」とエジプトの「ホワイト革命」に触発された市民は、インターネットや携帯電話を通じて各地でデモを召集・実行し、これまでの閉塞感や鬱積(うっせき)を一気に爆発させている。
エジプト情勢と欧米諸国の懸念
表面的には民主化を歓迎する欧米諸国だが、エジプト政変は相当程度の誤算であったとの見方が強い。特に米国にとってエジプトは、1978年の「キャンプ・デービッド中東和平合意」以降、中東政策(イスラエルの安全保障確保、石油の安定供給確保、対テロ政策)における重要な同盟国であり、1981年以降続いた親米ムバラク大統領の失脚が中東和平に及ぼす影響などが懸念される。
エジプト軍最高評議会は、これまでの親米路線を崩さない姿勢を示している。しかし、長年君臨し続けた軍事政権体質が瞬時に民主主義へ変革を遂げるとは考えにくく、軍による真の民主化が成し遂げられるのかといった点については疑問視されている。またエジプトの民主化において、中長期的には穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団の政治的台頭が予想されることから、いずれはパレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスに対する弾圧政策を緩和する確度が高く、対イスラエル政策の基盤を揺るがすことも考えられる。
異なる国情と不透明な顛末
反政府抗議デモは、今や中東全域に拡大した。長期にわたる独裁、政治の腐敗、失業、生活苦といった同地域に共通する問題点が表面化した半面、湾岸の王国バーレーンでは、少数スンニ派権力に対する多数シーア派市民の反発といったイスラム教宗派間の問題が起爆剤になるなど、性質や要求が異なるデモも発生している。また、離反した軍と親カダフィ派の治安部隊による衝突で、更なる治安の悪化が懸念されるリビアに対し、国連安保理事会が制裁決議を採決するなど、国際社会によるカダフィ大佐の追い込みも始まった。
1989年に東ヨーロッパ諸国で連鎖的に共産主義政権が崩壊した「東欧革命」に見た民主化ドミノが、中東・北アフリカ諸国で実現するか否かは依然として未知数であるが、今般の民衆蜂起は、不安定な民主政権よりも安定した独裁政権を容認してきた国際社会の中東政策における矛盾が露呈したものである。中東石油利権を取り巻くこれまでの構図が限界に達していることが示される中、各国政府 の対応次第で中東情勢が一変しかねず、同全域の不安定化が中東 和平構図の崩壊、及び世界経済の混乱を招く危険性を有することも看過すべきではない。
ムスリム同胞団
スンニ派の穏健派イスラム原理主義組織。1928年、エジプト人ハッサン・アルバンナが、反西洋帝国主義やイスラム復興などを掲げて結成。1987年、パレスチナにおける第一次 インティファーダ(蜂起)の際に派生組織「ハマス」を設立するなど、中東・北アフリカ諸国にお けるスンニ派組織に対して最大の影響力を有する。現在、エジプト国内における事実上の最大 野党(非合法)で、現総指導者兼党首はムハン マド・バディーウ(2010年1月以降)。反イスラエル主義を公言しているが、エジプト政変直後は、イスラエルとの平和条約に関する同胞団の明確な立場についての言及を避けている。
(吉田智賀子)
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