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Wed, 10 December 2025

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第106回 英米銀行の収益かさ上げ問題―負債時価評価の読み方

バークレイズの決算を例に

金融界では、バークレイズPLCや野村證券をはじめとする英米や日本の金融機関の昨年や今年第1四半期の決算を巡りちょっとした議論がある。こうした金融機関が、自らの借金=負債を額面(簿価)ではなく、時価で評価することで評価益(英語では、「own credit adjustment」という)を出したことについてだ。バークレイズを例に取ると、今年第1四半期の税引前利益は13.7億ポンド(約2000億円)であったが、そのうちの実に2割に当たる2.8億ポンドは負債評価益によるものであった。経営が苦しいときに、借金を市場価値で測ることでなぜ利益を出せるようになるのか。

メカニズムを説明すると、企業会計の世界では、企業の現在の価値をできるだけリアルタイムで示すことが良いという理由から、資産を取得時の簿価ではなく決算期の市場価格=時価で評価して開示するという決まりがある。例えば取得した金融商品=資産も買った価格ではなく、市場で流通する価格で評価して、買った価格との差異をプラスなら評価益、マイナスなら評価損として収益に計上するということである。

これを資産ではなく、負債側で適用するとどうなるか。金融市場では負債(借金、債券や借入など、貸出側では債権になる)も取引されており、時価がつく。経営が悪化した企業では、自分が出した債券=借金は、経営が悪化している分、市場での価格はその額面より安くなっている。つまり、その企業(借入側)では、資産が額面より高くなって利益が出るのと逆で、負債が額面より安くなったので利益が出ることになる。ただし、借金の返済期に返すべき金額が変わるわけではないので、返済期が近づくにつれ、借金の時価は額面に近づいていくことになる。


資産側で経営悪化を評価しない落とし穴

こうした取り扱いは、シティに本部がある国際会計基準機構の会計基準(IAS)で「してもよい」ということになっているので、違反ではない。しかし、この仕組みには落とし穴がある。借金の時価が安くなるのは、その金融機関の経営が悪化しているから、言い換えれば資産が劣化しているからである。そうであれば、借金の時価評価で得た利益の同額が、資産側の時価評価で損失計上されるのが筋である。

しかしながら英米金融当局や金融機関はIASなど会計基準当局に圧力を掛けて、サブプライム・ローン問題で価格が暴落して、誰も市場で買わない資産の時価評価を、「市場がない」ことを理由に見送らせている。資産サイドで価格暴落に目をつむり、負債=借金サイドで利益を出す、これを粉飾といわずして何というか。ご都合主義も極まったと言える。

ここで失われるのは金融機関への信頼だけではない。会計基準や会計制度自体も市場や投資家からの信認を失うことになる。こうした評価益を計上しなければ、英国や米国政府はさらに多くの公的資金を用意せざるをえなくなるのかもしれない。しかし、好景気に時価評価をグローバル・スタンダードとして喧伝し、不景気になると会計操作で収益をかさ上げするとすれば、英国や米国のいうスタンダードは自分中心主義に他ならない、と日本ははっきりと言うべきだ。

議論の対象となっている負債評価益
バークレイズPLCの09年第1四半期決算報告から抜粋

Own Credit
The Carrying amount of issued notes that are designated under the IAS 39 fair value option is adjusted to reflect the effect of changes in own credit spreads. The resulting gain or loss is recognized in the income statement.
At 31st March 2009, the own credit adjustment arose from the fair valuation of £54.2bn of Barclays Capital structured notes (31st December 2008: £54.5bn). The widening of Barclays credit spreads in the period affected the fair value of these notes and as a result revaluation gains of £279m were recognised in trading income (2008: £703m).

(2009年5月9日脱稿)

 

第105回 追悼エディ・ジョージ(前イングランド銀行総裁)

エディ・ジョージ氏の死

イングランド銀行(BOE)の前総裁だったエディ・ジョージ氏が、4月18日に70歳で亡くなった。新聞各紙は、ユーロができる以前の1992年に欧州為替通貨制度(ERM)から英国が離脱したときの陣頭指揮を取った危機管理の総裁、または金利政策についてBOEが英国政府(その時の財務相が現在のブラウン首相)からの独立を勝ち得るために尽力した総裁として追悼記事を載せている。公式な見方はそうなるのだろう。

筆者が直接話した印象から言うと、世の中に通暁しているといった雰囲気を持っていて、英国ならではの大人としての実力を感じさせる人だった。豪放磊落(らいらく)かつ繊細で、英語もままならずシティの駆け出しに過ぎなかった小生にも、金融の面白さ、難しさを懇切に語ってくれた。経済学の知識がないとその講演は容易に理解できないほどの理論派であるキング現総裁に比べ、エディ・ジョージ氏は英語におけるべらんめえ口調のようなもので本質を突く話をしていた。今回は、BOEのウェブサイトでは分からない、エディ節をご紹介したい。


インフレ・ターゲティングの前提条件

BOEは、政府が定めたインフレ(物価上昇率)の目標値を達成するように金融市場でキャッシュ(銀行券やそれに代替する預金や債券)の量を増減させて金利水準を決めている。この物価目標を決めて金利政策を行う方法を、インフレーション・ターゲティングという。以前は、中央銀行が裁量で金利や貨幣量を決める方式が主流だったが、経済学の後押しもあり、「議会=民主主義コントロール」の外にある中央銀行の政策にもルールを設けることが市場の予測可能性向上に役立ち、物価安定という目標を達成しやすいという考え方が各国に広がった。この目標値を越えると、BOEは政府に弁明する必要がある。例えば、消費者物価上昇率が3%を超えるとBOEは政府に弁明書を提出することになっている。

しかしながら97年にイングランド銀行が金利政策において政府からの独立を果たした後に、エディはインフレーション・ターゲティングが「万古不易の政策ではない」とよく言っていた。インフレ率は中央銀行の金利だけでは決まらない。輸入物価やそれに影響を与える為替相場の動き、財政支出の方向性、人々の物価上昇期待度、企業の賃金設定など様々な要素が関連する。このため政府または中央銀行自らが目標を決めるとしても、為替の安定、財政赤字の制御可能性、経済の構造問題の解決という前提条件を満たさなければ、目標達成は覚束ない。

当時はサッチャー首相が構造改革を終え、財政赤字を克服し、北海油田の余得もあって英国経済が復活したお陰でポンド相場が安定していた。この時代におけるインフレーション・ターゲティングの成功は、歴史的な産物であることを忘れてはならないということであろう。ちなみに今後、英国政府は大幅な財政赤字を余儀なくされる。加えて景気悪化に伴いポンドが安定していないということは、エディに言わせればインフレ・ターゲティングの枠組みを再検討する必要があることになるし、それはブレア、ブラウン両氏の再評価につながる。


シティの番人として

BOEは、97年に金利政策の独立と引き換えに金融機関の監督権限を金融庁(FSA)に譲った。金利はBOE、金融システムはFSA、危機管理は財務省というブラウン財務相(当時)の成果とされる三極体制である。しかし、エディ氏はBOEが以前危機にあったシェル社に融資を行った例を引き合いに出して、市場のキャッシュを巡る危機管理を行うのはBOEであり、そして最後は財政が出て危機は終結するのだから、BOEは市場と接することが是非とも必要であると力説されていた。またそのためにBOE本店はシティの中にある(よって金融機関に歩いていける、昼食をパブなどで共にできる)とも述べていた。

英国の金融バブルについての見解は聞き損ねたのだが、自分が引退した後のBOEはちょっとアカデミック過ぎると言い、後輩のためにとの考えから、シティ・オブ・ロンドンや金融ギルドの役員となって世界中の金融機関の人との接触を心掛けておられた。ノーザン・ロックの破綻、4大銀行への公的資金注入を歯がゆい思いで見ておられたか、今頃「バブルへの事前警告は難しいね」とウインクされているのか知る由もないが、何となく「Business as usual is British style, it is not so much big crisis」と淡々と言われるような気がしている。


(2009年4月20日脱稿)

 

第104回 オバマと周小川の画期的な主張とG2時代の日本

オバマ大統領のプラハ演説

最近2つの画期的な主張が米中両大国からなされた。最大の経済問題は政治にあると昨年から主張してきたが、指導者、政治家の構想力というものが、いかに重要であるかを身にしみて感じた。

まず北朝鮮のミサイル発射で、日本政府が「誤報だ」「安保理決議だ」と目先の問題ばかりに追われていた4月5日に、プラハで行われたオバマ米大統領の演説だ。大統領は、選挙中から「核兵器の究極的な廃絶」を訴えてきたが、この演説では、包括的核実験禁止条約(CBRT)の批准作業や、兵器転用可能な核物質の生産を停止するカットオフ条約の発効を米国が主導して進めることなどの具体的な手順に言及した。さらに重要なことは、「(米国は)核を使用した唯一の核保有国として行動への道義的責任がある。核兵器のない世界に向け、具体的な方策を取る」と米国の決意を述べたことだ。

イランに核開発の放棄を迫りながら実質的な核保有国であるイスラエルに言及していない、対立する中印両国は簡単には同意しまい、北朝鮮も簡単に核カードを捨てまいなどの問題点は数多くある。だが、ブッシュ時代からの政策転換の意義は大きい。平和や安全保障なくして経済活動はあり得ない。金融危機はオバマ大統領に内政上の困難を強いているが、大統領は筆者の予想を裏切り、大票田デトロイトにおける労働者の年金カットを必要とする、大手自動車会社ゼネラル・モーターズへの破産法チャプター11の適用にも言及し始めている。彼のぶれない姿、原則を貫こうという姿勢こそ市場や市民が評価するものだ。政治的一貫性は経済取引に予測可能性を与える上、オバマ大統領の平和志向、弱者の痛みを何とかしたいという思いは、世界をより安定的な方向へ導くので大きな経済厚生になる。長い目で見たこうした政治の構想力こそ、世界経済にとって最も必要なものだ。


周総裁の国際通貨制度改革論

中国の中央銀行である中国人民銀行の周総裁は3月23日、HPに「国際通貨制度の改革」と題した論文を載せた。要約すると、国際的な取引の決済や外貨準備に使われる基軸通貨が、一国の通貨であると(暗にドルを指す)、その国の経済の信用がなくなった際に国際的な通貨供給が絞られ、安定しない。望ましい基軸通貨は、国際通貨基金(IMF)に各国が資金をプールし、その資金を見合いにIMFが発行するSDR(特別引出権)だとして、暗に基軸通貨をドルから通貨バスケットのようなものに移行すべきと主張した。

この主張はドル供給が貿易赤字の対価としてなされるのみであれば正しいが、実際は資本取引の対価としても行われているという意味で正しくない。現に昨年来、欧州での金融取引に使う極端なドル不足に際し、米国の中央銀行である連邦準備制度(FRB)が、イングランド銀行や欧州中央銀行などにドルを貸し出すことで、現在でも外国貿易にかかる資金決済の9割を占めるドルの当面の決済が出来たからだ。もっとも貿易赤字を永久に続かせることはできないとなると、長期では人々がドルを持つのを嫌がることになるので資本取引も成立せず、周論文の予測する世界が来る可能性もないとは言い切れない。結局これは米国の経済力と軍事力がどれだけ続くのか、という強烈な問題提起だ。また中国は日本と経済的に対等になれるとみて、アジア通貨の研究に怠りないとも言われる。これも米国と方向は違うが、大きな構想力と言える。


G2時代と日本

米中は、安全保障と政治問題をも対象に加えて、過去5回続いた「米中経済戦略会議」を格上げすることに合意した。世界は、第二次大戦直後以来久しぶりに、政治や中央銀行が国際的な構想を語り、それを実現していく時代になっている。

日本が経済力で世界2位の地位を維持するのはもはや難しい。財務省や日銀は、政治に遠慮してか、構想を語らない。政治家は構想を立てる以前の状態にある。日本は埋没しかねない。だが、米国や中国が現時点で十分でないのは、構想を実現するための技術、インフラ整備であろう。ここに日本の強みがある。

日本は構想を語りつつ、インフラ面でヘゲモニーを確立したい。非核構想は広島や長崎の人が長く語ってきたことだし、憲法第9条はそれ以上の構想だ。金融においては東京市場にロンドンのような先進性はないが、資金決済や債券決済の効率性がこれほど高い国はない。ただ英語での取引が十分ではないというところが欠点だ。政治家、官民が世界で語るべき構想はまだまだあると思う。


(2009年4月6日脱稿)

 

第103回 為替相場が次の焦点に

金融市場の次の焦点とは

4月2日にロンドンで開催された20カ国・地域首脳会合(G20サミット)後における金融市場の次の焦点となるのが、為替相場だ。対ドル相場では、今後大きな変動が予想される。変動で価値が増す通貨オプションを買っておくことが有効な戦略だろう。

その理由は2つある。まず短期的な動きから見ると、金融市場の動揺から安全資産、すなわち安心できる資産としてとりあえず購入したドル、または米国債に退避したドルが、金融市場や経済の変動の小休止を見て、次に向かう先を探してうずうずしているという状況がある。ドルから他の資産にわずかでも資金が流れ出すと、ドル安の強い圧力がかかることになる。


昨年12月には、1ドル=88円台まで
円高ドル安が進んだ
次に長期的には、各国の投資家が市場や経済の変動から対外投資を控えたために投資規模が昨年の半分位になってしまっており、当面はこの流れが回復しそうもないという見通しがある。パイの大きさが半分になっても、第1ラウンドではドル資産の金額は大きく減少せず、むしろドルに資産が逃避した形になった。しかし、縮小したパイのままで投資家が従来の通貨ごとの比率を回復しようとすると、ドルを売ることになる。


米国の出方

米国債を売られては、米国は不良債権処理や自国経済の立て直しのための財政が成り立たなくなる。政治的に米国債を売るリスクのある中国は、幸いにも米中両国間の政治的安定を受け、売らないと言っている。もっともこの点は、北朝鮮や台湾問題など不確実性をはらんでいることに注意を要するが。ともかくそこで米国は、米国債を売られるとしてもその程度をマイルドなものにしようと経済政策面からの対策を考える。

その対策としては、連邦準備制度(FRB)が政策金利を上げるか、もしくは米国財務省がドル安をある程度容認するか、いずれかしか手がない。金利は景気が悪いのに上げられない。そうなるとドル安の容認は不可避だ。なお英国のポンドの対円、対元も同じような動きをする可能性があることを考えておいた方がよい。

市場参加者は、「マイルド」の程度をめぐって投機をする。この予想に基づき先物やオプションの取引が増えるであろう。そしてその参加者が注目しているのは日米、米中の通貨当局の合意の強さ、固さである。そのために通貨当局者の発言や為替介入の可能性をめぐって神経質な動きが出てくる。


日本と中国の違い

日本も中国も輸出で外貨を稼ぎ、国を豊かにしている。よって為替相場の行方は、今後両国民の生活に直結することになる。中国は販売製品をまだまだ安く放っておいても黒字が増える国だ。この国にはマイルドなドル安元高を受け入れる余地がある。公共投資の国内需要は強いし、財政に余裕もある。このため内需で外需の減少を補えるし、外需における競争力もそう減退しまい。

一方、日本は貿易赤字国になった。このため輸出促進にこだわる必要はない、との考え方もできる。だが財政赤字が大きく、国内の公共投資の需要も土木関係では大きくない。観光立国を実現するには内容面でほど遠い。国民の間では国産品信仰がまだ強いのでドル安の恩恵も大きいのだが、トータルに考えると短期的にはマイナスの方が大きい可能性が高い。よって円高で自動車はじめ製造業の国外での競争力が一気に小さくなると、景気は大きく落ち込むことになろう。急激な円高はもとより、マイルドな動きでも対応は容易ではない。

小泉構造改革はこうした形で第2幕を迎え、競争力のない企業は淘汰されることになるだろうし、それによりヒト、カネ、モノの生産要素は再分配されていく。もちろん社会的な痛みを小さくするように政府が緩衝材になるだろうが、それは経済の大きな原理に最終的に逆らえるものではない。これが結局、明治維新、太平洋戦争の敗戦に次ぐ、第3の革命のための黒船になっていくのだと、ぼんやりと考えている。


(2009年3月26日脱稿)

 

第102回 東欧問題とEUの土台、NATO首脳会議との関係

東欧の経済問題

昨年秋から新聞で東欧各国の経済危機が報じられている。中でもラトビアとハンガリーが、アイスランドやウクライナに次いで国際通貨基金(IMF)から緊急融資を受けた。その因果は、まず世界的な経済状況悪化で東欧諸国の主な輸出先である欧州やロシアへの輸出が減り、経常収支が悪化する。そうなると経済状態が悪化するために外国(主に欧州)資本が引き揚げを始め、ユーロに加盟していない自国通貨が大幅に下落する。そして通貨の下落が一段と資本の引き揚げを加速させる。そうした信用のない国に好んで投資や融資する投資家や金融機関はいない。

通貨が下落すると外貨の交換ができないため、対外債務の支払いに差し支えが出るようになり、外貨準備の懐が小さい国家は、外貨に対する国内需要に応えられない。このため、IMFや世界銀行、欧州連合(EU)などが緊急融資することで国家のデフォルト(債務不履行)を避け得る。ただし、IMFなども無料で外貨を貸してくれるわけではない。同機関は今回の経済危機で、通貨の切り下げ(実態に合わせて対ドルで自国通貨の価値を下げること)か、ユーロへの加盟か、財政支出削減による当面の景気悪化受け入れ、のいずれかを借入国に迫ったと言われている。

まずユーロへの加盟は経済状況が他のユーロ加盟国の水準まで整わないとして、EU側が蹴ったようだ。また通貨切り下げは輸出には良いが、輸入物価が上昇し、国民負担がいずれ大幅に増加する。そこで、ここは財政支出の削減で国民の不人気を甘受するということになった。その結果、銀行の不良債権は第2巡目の増加に入る。このため追加投資はもちろんされないし、資本の引き揚げも第2巡目に入りつつある。


EUの本丸、二の丸

こうした中でEUは、ラトビアやハンガリーなど同加盟国ではあるがユーロ未使用国へIMFや世界銀行などのマネーが入ることはやむをえないとしても、スロバキア、スペイン、ポルトガルなどユーロ使用国にIMF資金が入ることはEUの存在意義にもかかわるとして、これを何とかEU国の支援で解決しようとしている。これらの国では不動産のバブルが破裂し、投資が一気に引き揚げられつつあり、銀行の不良債権は急増している。このため消費が冷え込んでいる。

こうした状況では、労働者が景気の良い国へ移動して景気を平均化させるというのが、最適通貨圏としてのユーロ・ゾーンの経済的な存立理由だったはずである。ところが目下、労働者のEU域内での移住は足踏みしている。もちろん、現時点では景気の悪化はどこの国でも同じように起こっているので、労働者の移住の意味が小さいということもあろう。しかしながら最大の理由は、英国はじめ大国がこの5年ほどの間に移民制限を強化したことが効いていると筆者は考える。このため最適な通貨圏としてのEUの存立基盤自体が崩れている可能性がある。労働者が自由に移住しない場合において、他地域より景気悪化が著しい地域を助ける方法は、財政による所得の移転しかない。

ところが英国やフランスは、自国の銀行救済などで財政的な余裕がない。そこでドイツの出方が鍵になるが、メルケル首相は財政出動に積極的とは言えない。結局、EUはその土台を守れるのかどうかの正念場をこれから迎える。簡単に言えばEUは、経済が上り調子の時は拡大を続けたが、経済が下り坂のときは、加盟各国の民主主義が他国を助けるほど寛容ではないということで、その枠組み自体の意義が問われている。


4月のNATO首脳会議

そこへ4月第1週のチェコでの北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が来る。EU首脳とオバマ米大統領が会し、アフガニスタンの治安悪化やカルザイ大統領後の情勢を話し合うことに注目が集まるが、フランスのNATO軍復帰に注目したい。南欧軍の司令長官をフランス人とすることを条件にしていると報道されているが、ユーロ使用国に対し財政貢献できないフランスが、米国の経済力が弱った今、米国の影響力が強いIMFや世銀の進出を抑止しつつ、EUの主導権を政治面から握ろうとしていると見るのは考えすぎだろうか。そうなると英米が目論むアフガニスタンへのEU関与は、そう容易ではない。翻って、アジア取りわけ日本への貢献要請は必至だ。4月は経済変動を所与としつつパワー・ポリティクスが展開する。日本は目先の経済問題ばかりに目をとられていると、たっぷりお金を出すことになりかねない。


(2009年3月18日脱稿)

 

第101回 金融面からみた現不況の特色 —銀行と証券—

今回の不況の顔

不況やバブルは、ある程度時間が経つと必ずやってくるが、いつも同じ顔をしているわけではないので、事前に予測することが難しい。またその処方箋も、訪れた患者の特色を見極めなければ、適切に書くことはできまい。

今回の世界的な不況の特徴は、銀行が、企業の経営内容を金融面から把握できなくなっているということだ。企業の負債は、銀行貸出から債券、株式、またその両者のハイブリッドへと変化し、そうした負債そのものが、銀行のバランス・シートからも外され(オフバランス化)、銀行は借り手企業の経営状態を財務諸表などの数字でしか判断しなくなった。格付機関による格付けも数字を基本とし、表面的な面談でしか企業の経営状態を判断していない。

そしてオフバランス化された負債を証券化した商品を買っていたヘッジ・ファンドも、統計的な損失に対しては興味を示しても、商品の中身である負債や企業の経営自体への興味が十分でなかった。つい1年程前までロンドンの一等地メイフェアに多数存在していたヘッジ・ファンドのオフィスを筆者もよく訪問したが、オックスブリッジ出の経営者たちは、コンピューター・モデルと統計処理に長けていても、人間を見ていないような若者が多かった。これが金融面において、銀行が借り手企業の実態把握をできなくなっていった原因である。


借り手企業側の変化

一方、借り手企業側も、銀行が持つチェック機能の低下をよいことに、企業グループ内に金融子会社(場合によっては銀行を作ることもある。こういう子会社はロンドンかニューヨークに作られることが多い)を作り、企業グループ内での資金の決済や調達を行うようになった。これによって銀行は、看板となる企業の経営内容は分かるが、金融子会社も含めた企業グループ全体の資金繰り状況は極めて見えにくくなった。

企業側は、銀行の貸出審査を通じてあれこれ口出しされるのは愉快ではないから、こうしたグループ内の企業金融を拡充させた。そのグローバルな動きが、米国はもとより、欧州、日本の大企業においてこの10年で相当加速した。

この構図、どこかで見たことがある。日本の不良債権問題で大きな問題となった、銀行のノンバンク問題である。今は、それが借り手企業のノンバンク問題となっている。3月末の決算期に向けて、特に日本の企業は資金繰りに大わらわだ。看板の企業は、自社のみならず、企業グループ内の金融子会社の資金の面倒までみなければならない。生産が急減し、売上金が入ってこないと、企業は急激に資金繰りに窮する。売り上げがなければ、原材料費、電気代、給料を払うことができない。さらに加えてそれまで資金調達した金を運用していた金融子会社が、資産を売れないということが致命的になる。

こうした大企業の資金繰りは今までは銀行が面倒をみていたが、企業が証券を使った資金調達に動いた後に起きた今回の局面では、銀行による企業金融の実態把握力は大きく低下してしまっている。もとより証券会社=投資銀行は、企業の証券による資金調達のための手伝いはするが、企業経営のチェックには基本的に関知しない。企業のノンバンク問題は、今後日米欧の大企業グループの大きな重荷となり、看板の本体企業の存続に直結すること必至だ。


金融危機の処方箋

では、どうすればいいか。当面はだれも資金がないので、国家、大金持ち、または個人がお金を出すほかない。

次回不況に備えては、銀行の企業金融に対する調査力、把握力を復活させるためにも、銀行という産業の収益源はまさにその調査力にこそあることを銀行経営者が改めて認識することだ。一方、当局は銀行と証券の垣根を取り払ったこと、すなわち欧州ではユニバーサル・バンキング制度、米国や日本では持ち株会社方式などに見られる規制緩和による銀行の役割低下に対し、銀行サイドへの過度の規制がなかったか、こうした規制が銀行から証券への流れを市場メカニズム以上に加速しなかったかを検討する必要がある。自己資本比率規制を単純強化するより、そのあり方が当局でもっと問題にされて良い。

ノンバンク問題が日米欧の大企業グループの大きな重荷となり、看板の本体企業の経営問題が表面化する来年度からは、筆者がかねてから主張している倒産法の抜本改革や企業グループのコーポレイト・ガバナンスが、大きな問題になると予想する。


(2009年2月18日脱稿)

 

第100回 世界が抱える未解決問題-100回を振り返って

100回を振り返って

連載が100回目となったので、過去の文章を整理してみた (別表参照)。これを眺めて思うのだが、ベルリンの壁崩壊に続く新興国の勃興、世界貿易の拡大、グローバリゼーション、それを支えるリスク・マネーと金融の拡大やIT技術(特にインターネット)の進歩、バブルの生成と崩壊といった大きな流れの中でいろいろなことがあった。しかし根本問題は、この4年間で結局あまり解決されておらず、持ち越されているのだ。

未解決の根本問題とは、第一に金融関係では、サブプライム問題が金融から経済全体の活動の問題へと変質してきているように、金融と実体経済の大きな振れやそれを起こす金融機関行動との相関関係を、人類は制御できていないということである。バブルの生成と崩壊は、歴史的に何回も起きていて、今回もこれを人類は防ぎきれなかった。その結果、苦しむ人が大勢生まれていることはご存知の通りである。これは日本の不良債権問題を経験した筆者には非常に既視感のあることだ。問題の所在は、アダム・スミス、ケインズ以来つとに意識されてきたが、解決法となると経済学者の間でも定見がない。

第二に食料、エネルギー、環境という人間の生存にかかる問題が世界規模になったが、有効な解決策はいまだなく、その間に金融の対象とされ、市場のバブルの生成と崩壊の原因となったということだ。また国民国家や、そうした国々による国際協力の問題解決能力が疑問にさらされている。帝国の復活、ナショナリズムや保護主義の勃興、国連や国際通貨基金、国際決済銀行の能力といった古い問題が、やはり解決されずに残っているのだ。欧州連合のチャレンジも途上にある。ローマ帝国の崩壊、国民国家の成立、帝国主義、植民地支配、全体主義の終焉といった過程を経て、第二次大戦後、とりわけ冷戦終了後は国際的な協力の下での秩序というものが確立されたように見えていたが、苦しい経済状況の下では他人の面倒まではみていられない、という厳しい現実は依然残っている。

第三には、IT技術、生命バイオ技術が大きく人間生活を変えつつあるが、その行方がまだ見えないということだ。グローバリゼーションは、ITなくしてはありえなかったと考えられるが、IT技術の発展がなければ今回のような世界同時のバブルもありえなかったとも言える。諸刃の剣の使い方を、人類はいつかマスターできるのだろうか。

第四には、日本経済の苦しさと日本政治の貧困である。これは首相が当事者能力を失い、目先の問題の解決すらできない日本の現状をみれば、言うまでもないことであろう。


幕間劇と本質隠蔽の危険

どうして、世界は直線的に問題解決に至らないのであろうか。いずれも、もともと難しい問題であるという側面はある。しかし、ITによる情報過多と大量消費化が、実際に苦しむ人々の苦しみを消費される映像、娯楽へ転化させて、分かったような気にならせて、問題解決への悩みを鈍らせているのではないか。インターネット、CNNによる戦争の映像化についてよく言われたことだが、金融の世界でいえば、今回のバブル崩壊も当局ですら責任を取らないし、財政負担や中央銀行の流動性供給に対して痛みや呵責(かしゃく)や、ギリギリの決断のニュアンスがない。「しょうがない」というニュアンスしか、キング総裁やブラウン首相の説明からは感じられないのだ。

環境問題も、ゴア氏などの真剣さを疑うものではないが、自分の生活に直結する問題と考えている先進国の人は少ないのではないか。情報と映像で知覚することで足りるとし、問題解決に至らぬまま各種のイベントをみているうちに、人知れず本質的な危機が迫っている、という構造があるのではないか。

4年間を振り返り、本当の問題は、この「本質隠蔽と日常安住」にあると考える。それに対する異議申し立ては、ニューヨークの9.11やロンドンの7.7といった日常に起こる狂気とも思える事件や、ツバルの浸水に見られる異常気象なのだろう。そうした出来事の底にある流れを見極め対応するためには、20世紀をきちんと見つめ直すことが必要と思う。第一次大戦、全体主義、第二次大戦、パクス・アメリカーナと社会主義の対立、今般の資本主義の行き過ぎとバブル崩壊、中でも先進国の豊かさの中の精神的荒廃はもっと重視されていい。


日本は本当に苦しい

この状態は、日本では顕著にそして病理的に表れているように思われる。教育訓練のされていないフリーター、派遣労働者、中韓に対する偏狭なナショナリズム、マニアックな文化の隆盛、精神科やカウンセリングの隆盛、自殺率の高さ。今すぐ食べるのには困らないという豊かさを国民の大多数が享受しているということが、こうした状態を生んでいるのではないか。享受していること自体は悪いことではないのだが、日本経済の効率化は豊かさを生む一方で、とうふ売り、左官屋、内職仕事、洗い張り等々の職業をなくし、ますます機械化、IT化を進めつつある。

しかも失業者がまた別の仕事に就くことができるだけの訓練、教育は十分でない。このため失業し、派遣になるのだが、それでもアフリカのように飢えるということはない。親の保護もある。食うに困らなければ、またそこにネット、ゲーム、テレビがあれば、気を紛らわすことはできる。

プロレタリア文学作家の小林多喜二が書いた「蟹工船」では、労働者の連帯や家族が支えになっているが、今の日本ではフリーター同士に連帯はなく、親のスネをかじるばかりである。政府の過保護と軽さは、コインの表裏だ。こうなった以上、一朝一夕に問題解決はしない。今後読者と共に考える「よすが」として、このコラムも次号からより問題解決の視点を織り込んでいきたいと考えている。


(2009年2月1日脱稿)

 

第99回 回復の狼煙、V-shaped Recovery、のたうつNippon

景気回復の狼煙(のろし)

昨年10~12月に、先進国及び経済成長著しいBRICs諸国の工場生産高は真っ逆さまに転落し、その後賃下げ、首切りと新聞では明るい話題は見たらない。では良い話はないかと、市場関係者や政府当局者などに直接的・間接的に聞いた。

1. 国際通貨基金(IMF)の幹部:
米国人の顔に暗さは全然見られない。不況期のリストラは当然。苦境のときほど我々は団結し、国のために戦う。僕らは移民の子孫だ。移民してきたときに経験したどん底を思えば、現在の苦境はそれほどではない。オバマは確かに希望の星だが、自分たち自身が持つ力こそ信じている。急激な生産調整を経て、ほどなく明かりは見えてこよう。米国に自動車産業は要らない。IT、バイオなど、経済成長の種はいくらでもある。

2. 中国共産党の経済研究機関の幹部:
中国の内陸部は、まだまだインフラが足りない。空港、鉄道、道路、橋、ダム、上下水道、学校などなどこれからいくらでも公共工事が必要になる。貿易黒字をそこに使うのだ。日本は「日本列島改造論」で公共事業の必要性を訴えた田中角栄の後、オイル・ショックで大インフレになったが、中国は物価高の後に原材料価格安が来て、これから国のインフラ整備に本格的に着手することになる。国家の安定のためにも、8%の経済成長率は維持したい。

3. 日本の最大野党の幹部、経済団体の幹部:
社会的な弱者を保護する必要がある。派遣など労働市場の自由化は行き過ぎた。今後は銀行に対してさらに資本注入し、企業も救う。政権党の中小企業向け貸出の信用協会保証の拡大で銀行貸出は拡大したが、まだ足りない。ワーク・シェアリングこそ今年の課題だ。

米中におけるV字型景気回復の見通しが正しいとすると、本欄でサブプライム問題を指摘した一昨年夏が景気の底の始まりと考えられ、それが表面に現れた昨年末は実は回復期で、その回復が外に見えてくるのは今年終わりから来年になると思うのは、小生だけだろうか。


米中の政治リスク

米中のリスクは政治にある。民主党のオバマ大統領は、米国自動車のビッグ3をつぶせない。となれば、米国倒産法第11章(日本の民事再生法に相当)の適用はない。適用すると、年金など支持基盤であるデトロイトの労働者が持つ債権を、カットすることになる。これは政治的に持たない。

トヨタがビッグ3を買って、自動車業界の雇用を緩やかには守って欲しい、というのが米国人の本音だ。日本はアフガニスタンで軍事貢献する位なら、こちらの方が恩を売れる。日本の外務省では、米国に言われる前に環境か人道支援か、何か国際貢献をすべきという議論が盛んだが、IMFが「知恵や人より新興国を助けるための実弾=カネがない」と言っていることも踏まえた方がよい。一方、オバマが米国自動車産業など競争力のない業種を幕引きなく温存しようとすると、中長期では米国にとって大きなリスクになる。

中国は貧富格差に対する一般市民の不満が強い。IMFの予測のように6%台の成長では、恵まれない層の暴動は著増し、これを抑えようと共産党は公共投資に躍起になるだろう。抑え切れないと政治リスクだ。農民反乱や軍隊反乱によって倒されてきた中国歴代王朝の歴史が思い起こされる。


日本は何処(いずこ)へ

世界の方向は、サブプライムや景気の悪化に伴う金融機関や企業の損失を一気に処理して、フレッシュ・スタートしようというものだ。一方、日本だけ、ゆっくり回復しよう、痛みを分かち合おうという政策のオンパレードになっている。エネルギーと食料を自給できない日本は、グローバリゼーションの中で交易と競争を行えないと暮らしていけない国なのではないか。日本の外では、競争の自由を守りつつ、フロンティアを技術面(IT、バイオ)、地理面(アフリカ、南米など)において広げている。日本はもともと競争制限的な規制が多い国なのだが、小泉改革で少し緩んだ規制を元に戻す、または一段と強化する動きが現在では強い。

友人として付き合いのある日本の官僚たちは本当に白けている。NIPPONの本当の危機はここにある。でも、最後に希望を言えば、政治と関係なく、「身の回りのことからやろう」という気が何となく日本に横溢(おういつ)してきた気もする。これからNIPPONがのたうつことは確実として、その過程で1人1人が考え動くことが本当に重要になる。


(2009年1月25日脱稿)

 

第98回 リスク・マネーはどこに行った?

リスクを取り得るのは誰か

世界経済の見通しが悪い中、改めて経済の基本を確認しておくのも悪くない。基本へ立ち返れば、見通せることと見通せないことの仕分けもしやすくなろう。

「経済が成長する」とは、付加価値(製品・サービスの売却価格と材料費の差、つまり世の中に対して新たに増えた価値が提供されたときの増加部分のこと)が増え続けるということを意味する。経済成長のためには、付加価値を増やすための不確実な事業に投資する人が必要だ。こうした投資を、不確実さを承知で出すお金という意味で「リスク・マネー」という。事業の主体が企業なら、投資は株式という形を取る。最近では複数事業を営む企業において、事業間のリスクの関係が不明確なので、事業を1つに絞った証券化商品の資本やメザニン部分(資本と負債の中間)を購入するという形の投資が流行った。

しかし、サブプライム・ローン問題で証券化商品の価格が暴落し、実体経済の悪化から企業の業績が落ちる、すなわち付加価値が増加しないという見通しが一般化するにつれて、リスク・マネーの量は急激に落ち込んでいる。リスク・マネーを引き揚げられたり、追加出資を受けられない企業の倒産が増えつつあることがこれを示している。

リスクを取れるのは、余裕のある人、失敗しても生活に困らない人である。すなわち現在なら個人、お金持ち、国家(ソブリン)だ。よく個人向けの投資ガイドなどが、「今年は株式の買い時だ」などと煽るのは、たとえ回収金がゼロになっても、個人は他に給料からの所得があれば生活できるという前提があるからだ。(言い換えると、株に生活資金そのものを注ぎ込んではいけない)。またサウジアラビアの王族やオーナー会社の社長などの富裕層も投資を行っている。(サラリーマンが資産運用を担当している機関投資家は、思い切った投資はできない)。さらに国家の資産運用主体においても、中国が米国債を買うなど活発な動きをしている。


それでも足りない資金

こうした個人、金持ち、国家によるリスク・マネーに以前のような潤沢さはもう見られず、資金量は極めて少なくなっている。だからキャッシュの価値が増すし、キャッシュを無尽蔵に出せる中央銀行に期待がかかる。また、国家の財政政策にも強い期待が寄せられている。

しかし、中央銀行の金融政策や国家の財政政策は、ケインズが指摘したように短期的に経済を成長させても、すなわち付加価値の増加を助けても、長期の成長をサポートするものではない。長期の成長は、人口増加、設備投資などの社会資本増加、技術革新などが決めていくものだ。こうした成長のための投資を行うのは、社会インフラ部分は財政、技術や設備については民間企業の役割である。だがその資金を民間企業に融資するリスク・マネー、すなわち、資本や負債性資本(優先株、劣後債)などが不足している。


リスク・マネーの行方

では金利が低下している中、リスク・マネーはどこに行ったか。それは米国債である。米国への信頼はまだまだ厚い。だから対円はともかく、対ユーロではドル安にはさほどなっていない。ユーロは出来て日が浅い。経済が上り調子のときは信頼を得ていたが、下り調子においてはまだ試されていない。EU各国の財政分担がバラバラで、最終的にどの国がどれだけ負担するかは、経済的にも政治的にも、もちろん法的にも決まっていない。その上アイスランドや英国も通貨圏に入り実質的に補助を得ようという議論があるなど、経済的に弱い国にぶら下がられてしまっては、ますます負担のシェアが問題になるだろう。ユーロはこれからが正念場だ。

結局、米国債から金がどこにも向かわない状況下では、各国の中央銀行がいくら流動性を供給しても、リスク・マネーの争奪戦になる。こうしたリスク・マネー不足という状況は、戦後すぐの日本にもあった。戦争で負けたため日本は海外から借金ができず、政府は資金割当を行った。石炭や鉄鋼を優先する傾斜生産方式、日本銀行の窓口指導、旧通産省の業界指導といった統制経済の下で、付加価値を上げやすい産業に集中的に資源投下し、朝鮮戦争の特需で日本は高度成長の波に乗った。今回も、戦争の誘惑はともかくとして、資金割当を担う各国政府や銀行に良き人材を得た国が栄えることになろう。

さて日本は、英国はどうであろうか。人を得ず、国の方向性が定まらない日本の政治の体たらくは致命的ではないか。


(2009年1月9日脱稿)

 

第97回 景気悪化の出口はどこにあるのか

警戒すべきクラッシュ

世界中で急速に進行している景気の悪化はまだ出口が見えてこないが、金融市場の方は下げ止まった感がある。しかし、このまま出口が見えないようだと、金融市場は再度、一段と下がる可能性が出てくる。

金融市場の参加者は、今年前半は市場のクラッシュを警戒しつつ、底が固いのかどうか叩いて確認しようとするだろう。確認するのは市場の地合いではなく、経済全体や投資先企業の状況そのものである。そうした実体経済が世界経済の行方を決めるからだ。

ただどの国でも、消費者が財布の紐を締めていることを生産者である企業が重く受け止めており、実体経済は簡単に回復しそうもない。そうなると不況に伴う不良債権の増加、金融機関の経営危機が、投資銀行(インベストメント・バンク、証券会社)から商業銀行(預金を集めて中小企業に貸出を行っている金融機関、HSBC、RBS、ロイズTSB、日本の3メガ・バンク、地方銀行など)に至るまではっきりとした形で出てくる。これはもはやサブプライム・ローンの問題ではなく、実体経済の悪化そのものの問題である。だから景気悪化から脱出するための第一ポイントは、金融機関経営の行方、全体で見れば信用秩序の維持である。

今年も世界中で金融監督のあり方が議論されるだろうが、経済の悪いときにこうした議論を行うと、どうしても規制色が強くなり、それがまた金融機関の行動を縛って不況を加速させる。日本の不良債権問題の轍(てつ)を世界全体が踏むことになる可能性が高い。


財政出動では不十分

不景気対策として英国政府は昨年以来、預金の全額保護やインター・バンク(銀行間資金取引)の全額保護を打ち出してきたが、これらの政策は財政への大きな負担となる。また各国政府は景気回復のために財政赤字の拡大も約束している。しかし財政出動は、クラウド・アウト効果(財政需要の拡大により民間需要が喚起される前に押し出されてしまい、国全体の需要につながらないこと)によって、景気対策としては不十分となる可能性がある。流動性=キャッシュも全部、国が持っていってしまうということにもなろう。


大恐慌と戦争への誘惑

1929年の大恐慌から米国や世界が脱出できたのは、ルーズベルト大統領の財政拡張策=ニューディール政策によるものだけではなかったことを想起すべきだ。むしろ完全な景気回復の引き金となったのは、対日戦争のための総動員体制であった。ニューディール政策で公共工事を行ったといっても、ダムの建設などだけでは国全体の経済への波及効果はさほど大きくはない。一方で戦争が起きれば国家の総力戦となり、軍需物資として乗り物のような大きなものから食料、衣料、医療まで、その産業連関的な波及度は非常に大きなものがある。

オバマ大統領は平和主義者であろうが、中東、アフガニスタンなどの火種の下、米国の産学ロビーは蠢動(しゅんどう)を始めたようである。ニューヨークの金融市場はユダヤ人の世界だ。筆者は陰謀史観には賛成しないが、イスラエルによるガザ地区侵攻のタイミングとの符合性は出来すぎとしか思えない、とする見方も成り立つ。景気悪化から脱出するための第二ポイントは、財政、政治、戦争という政治マターである。


底をいつと見るのか

第三のポイントは、景気の底をいつと見るのか、というタイミングである。不良債権や金融機関の問題が底を打てば、景気回復は存外早い可能性がある。というのは、第一に不況の起点は米国の消費者の消費意欲減退なので、米国人はいつまでも消費を我慢できないのではないか、という読みがある。第二に中国やインドの消費者も簡単には生活水準を下げられないと思われる。第三にVISTA諸国またはアフリカ諸国の消費や経済成長は衰えないと考えられることである。

経済変動の山谷が激しいのが資本主義という制度だとすれば、政府や公的当局が変に助けなければ、不況は自ずと立ち直るものではないかと考える。資本注入を受けた投資銀行は、手持ちの金を使って早くも新興国や、技術を持ち業績回復の早そうな企業の社債を買い始めている。ゼロ金利となれば、業績が少しでも回復しそうな社債は必ず値上がりする。金融機関も企業も全部危ないという状況にはならないのも資本主義で、悲観を煽る英国の新聞も相対的に読みたいものだ。


(2009年1月4日脱稿)

 
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