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Wed, 10 December 2025

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第96回 2009年の世界経済 - 変動と安定どっちが好き?

変動は当然の資本主義

あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。

年頭にあたって、2009年の世界経済を考える視点を提供したい。端的に言うと、皆さんは変動と安定のどちらが好き? ということだ。どちらがいいという普遍的な価値判断はなく、いわば好みの問題とも言えるのだが、生まれた国や住んでいる国がこの問いに対してどう対応するかにより、個人の人生は左右される。英国は歴史的に変動好きだし、日本は小泉総理のときに少し変動好きになったが、今や安定好きに針が戻った。

資本主義、グローバリゼーション、企業はもともと変動好きだ。予測できない未来のリスクを取って商売する。成功も失敗もある。当然、予期せぬ変動で損することも多い。サブプライム問題で企業や金融機関が大きな損を被るという事態は当然予想されたもので、それ自体はあわてるほどのことではない。去年前半は、素材価格上昇の一方、サブプライム問題で景気が悪化し、スタグフレーション(景気悪化と物価の連続的上昇が同時に起こること)がテーマだった。後半は金融危機と景気悪化の深刻化だ。前半は読み通りだったが、後半で発生した金融市場の相場の崩れと景気悪化の速度は筆者の予想を上回るものだった。企業にとっては、世界経済の変動スピードの「速さ」を身をもって学んだことになる。その上で今年、特に春先まで警戒すべきは、米国経済の極端な落ち込みによるニューヨーク株価のハード・クラッシュである。そうなると世界恐慌になり、以下の議論は一時棚上げになることには留意されたい。


予期せぬ変動に耐えられない個人・政府

生身の個人すなわち労働者や、民主主義を前提とする政府、そして公的側面を有する金融機関は予期せぬ変動に耐えられない。ある程度の安定が必要だ。サブプライム問題でトヨタ自動車が減産し、名古屋の中小企業の派遣社員が首を切られて野宿では、本人は何も悪くないのにあまりに可哀想、ということになる。クルーグマン米プリンストン大教授(昨年のノーベル経済学賞受賞者)が言うように、米国はもはや比較優位からみても自動車を作る競争力がないにもかかわらず、オバマ新大統領はビッグ3(米国の3大自動車会社)を救済せざるを得まい。

今年の世界経済の動きを左右するのは、各国政府の動きだ。ポイントは、①景気悪化において財政赤字が拡大・深刻化②規制色の強い政治③自国に有利なように国際政治を動かすブロック経済化④米国が内向きになればテロリストが蠢動(しゅんどう)、と結構難しい年になる。大事なことは、各国政府や中央銀行が企業の経済活動の回復振りをよく見ることと、過度にパターナリスティックにならないことだろう。干渉主義は資本主義のダイナミズムを台無しにして、将来の発展を阻害する。この辺り、変動好きな英国や米国のさじ加減が重要で、過度の財政赤字は将来の大インフレになりかねない。


安定好きな日本の将来

もともと安定好きな日本は、最も困難な状況にある。日本政府はサブプライム問題の打撃は小さいと言っているが、これは間違いだ。去年は、日本の構造問題(ここでは生産性を向上させない企業は倒産制度を通じて退場し、または株主を交替させ、より生産性を上げうる事業主体の下で生産要素を再編すべきなのにできていない問題のこと)がほとんど何も解決していないことを思い知らされた。構造改革のための時間的猶予を与えてくれていた世界経済の好況が終わり輸出が急減した結果、日本の貿易黒字が激減している。貿易立国が難しくなる時代、日本は何で食べていくのかがはっきり問われている。これまでは技術というのがその回答だったが、アジア諸国が猛追してきている。地方経済の構造改革は、中小企業への公的な信用保証、地方銀行に対する資本注入で一段とモラル・ハザードを招くことになろう。総務省と地方公共団体は悪乗りをして、自治体の子会社を税金で救おうとしている。経営責任、株主責任、刑事責任はどこに行ったのか。経営の失敗を、公的資金注入や税金で賄うことに日本国民はもっと厳しく反応すべきだ。

米国や英国の公的資金投入は、もともと自由主義的な国での大きな損失に対する政府の援助なのであって、日本のように非常に政府の力の強い国での大きな損失に対する政府の援助とは、その性質を大いに異にする。変動好きの英米での政府活動の干渉、安定好きの日本での更なる政府の干渉のうち、より深刻なのは後者であろう。


(2008年12月8日脱稿)

 

第95回 東南アジアの怒りと世界的な財政拡大の帰結

世界的な財政拡大

担保としての不動産価格が下がり、過大な借入をしていた住宅ローンや消費者ローンの返済が難しくなった米国の消費者が、お金を使わなくなった。これが原因で、米国は中国からの輸入を減らしたので、中国は製品の生産を抑え、原材料の輸入も減らしている。このため世界中で生産が落ち、景気の悪化がはっきりしてきた。すると世界中の消費者は一段と節約に励むようになるため、景気がより悪くなる。つまり、モノが売れないという見通しが立つ。

このため先進国政府は、財政拡大に走って景気の悪化を食い止めようとしている。景気悪化の程度が甚だしいので、ある程度は財政を拡大することはやむを得ない、というのがそうした国々のマスコミの論調でもある。この状況に対して、東南アジアの政府関係者や中央銀行などは三重の意味で怒っている。


先進国の監督責任

第一には、英米の金融監督当局や中央銀行が、行政権限などに基づいてきちんとインベストメント・バンクを監視していなかったために世界が不景気になったという、言い換えれば監督責任を果たしていないという怒りである。

この点は、先月ブラジルで開催された財務相・中央銀行総裁会議(G20)でも新興国から米国や英国当局の責任が厳しく問われ、その結果G7もG20へ、また国際通貨基金(IMF)や国際決済銀行(BIS)といった国際機関の枠組みも、欧米主導から新興国が参加するものに変えていくことが合意された。


アジア危機との比較時の怒り

第二は、90年代末のアジア通貨危機のときにタイ、韓国、インドネシアなどで自国の通貨が売られ外資が引き揚げる中で、金融機関経営が悪化し、自国の景気がどん底になったときに、IMFが資金を貸し付ける条件(コンディショナリティ)として財政の拡大をするな、と言ったことに対してである。

そのときこうした国々は、財政を拡大することができなかったために国民に耐乏を強いることになり、いくつかの政権が倒れる原因となった。しかるに英米や欧州諸国は、自分の国の金融機関経営が悪化し、景気が悪くなったときには規律なく財政拡大するのか、という無節操への怒りである。

新興国の政府には、金を借りるために、米国の経済学徒であるIMFの官僚たちによる学識だけの財政規律優先主義を受け入れざるを得なかったという気持ちが強く残っている。規律なき財政拡大は、国民の自助努力を損ない、長い目で見てその国における不採算企業の温存を招くので、するべきでないというのが当時のIMFの考え方であった。ところが今回に至って米国は規律なく財政を拡大する上に、今後為替の調整を行う選択肢まで持ち出して、すなわちドル安新興国通貨高を容認して、自国の競争力や景気回復に乗り出す可能性もある。


インフレの種

第三に、最も深刻な問題として、規律なき財政拡大はインフレの種を蒔くということだ。

共産圏の解放、グローバリゼーションの拡大、アフリカや東欧などの開発といった、世界中が先進国のように豊かになりたいという運動は、基本的には止むことはあるまい。サブプライム問題に端を発する景気の悪化は、1つの踊り場、もしくはグローバリゼーション劇場の幕間劇に過ぎない。世界中が豊かになろうとすれば当然、食料が必要だし、エネルギーも食うのだ。そうだとすれば、一次資源の価格上昇は中長期では不可避だろう。ヘッジファンドは、商品相場の二番底(価格下落が一服して再度急落した状態)での買い上がりを虎視眈々と待っている。そこへきて財政拡大である。バラまきをする日本などは語るにも足りないが(本当に情けない)、英国政府による住宅ローンの2年期限延長もモラル・ハザードを起こす害があるばかりか、財政による次世代へのインフラ作りに役立つとは到底思えない。

これから1~2年のうちに再度資源価格が高騰することは必至であろう。そうすれば、確実に世界中がインフレになる。そのとき本当に困るのは、産業競争力や資本蓄積が十分ではない、つまりバッファーが小さい東南アジア諸国なのだ。先進国ええかげんにせんか、こうした怒りを最近つくづく感じる。

(2008年12月7日脱稿)

 

第94回 ブロック経済の下での日英(その1: 英国)

実体経済のうねり

金融市場の混乱は小康を得ているが、年末にかけて米国経済が一段と冷え込むほか、日本でも中小企業の倒産が増え、もう一波乱が起こることは確実な情勢にある。何より、米国の消費が冷えてしまったことが現在のグローバルな経済では決定的な意味を持つ。20年間続いた世界経済の牽引車が消滅した結果、米国の貿易と財政の2つの赤字が今後縮小に転じる一方で、景気が一段と悪化することは必至だ。大口の買い手が買い控えている以上、供給側では在庫が積み上がり生産を減らす、原材料は買わない、不良在庫は安売りということになる。そして雇用調整になり、経済循環が一巡する。

来年は世界的に失業が大きな問題になる年となろう。そうなると各国政府は、金融危機で揺れた今年のように危機対応で協調するというモードから、自国企業や国民の利益を守る方針を露骨に打ち出す保護主義的な行動に出ることになる。民主党のオバマ次期政権は、そうした政策を打ち出すと彼のブレーンもテレビで言っていたし、日本の外交当局者もそう見ているようだ。そうなるとブロック経済のリスクも想定しておいた方が良いかもしれない。


自由貿易主義と保護主義の使い分け

欧米人の保護主義は今や洗練度を増した。彼らは戦前のように日本への石油の禁輸といった露骨なやり方をもはや取っていないし、取ることもできない。第一の方法は、自国企業に有利なようにグローバルなスタンダードを決める力を握ることである。金融の各種ルール、会計ルール、関税および貿易に関する一般協定(GATT)の取り決め、排出権分配などを通じて「公正価値の会計」、「自由貿易」、「地球環境保護」など正論を表では述べるが、その実、競争条件の相違を考慮に入れず、欧米企業に有利な条件を制度化しようとする。日本は、これにことごとく忠実に対応してきているが、例えば会計ルールでは金融混乱が欧米で起きると、時価会計の一時中断というご都合主義がまかり通る。日本政府や日銀はもっとその点を突くべきであろう。

第二の方法は、旧植民地など勢力圏の国々の囲い込みである。最近、欧州各国によるアフリカへの、または米国による中南米への攻勢が激しさを増している。中国のように援助外交で資源を買い漁るというような、いわば下品なやり方はしていないが、その実は同じだ。例えばドイツ政府はメルケル首相の下、太陽電池の開発販売を国家プロジェクトとしている。その中心はシーメンス社とその周辺の中小企業群だ。アフリカの貧困救済、地球環境保護をスローガンとして、太陽電池をアフリカに売りこむのに躍起になっている。電気スタンドに太陽電池を埋め込み、「アフリカの子供たちが夜勉強できるようにする、エイズ撲滅にも役立つ」という。もちろん日本製でも良いはずなのだが、何千万という数のスタンドをドイツ企業が受注しているという。そして日本政府の援助資金は、そのスタンドを買うのに使われることになる。

第三の方法は言うまでもなく、米国が軍事力を自分で有し、自由貿易と世界秩序のために日本に資金援助を、さらにはサウジアラビアや日本などに武器の中古品の高額での購入を求めることである。米国のアーミテージ元国務副長官が最近になって訪日したのはそのためだと言われている。日本の経済一流、金融二流、政治三流の帰結とも言える。


ウィンブルドン方式の行方

英国は、メガ金融機関や外資サービス業にビジネスの場を提供することでその手数料を得るウィンブルドン方式でサッチャー政権後、繁栄を続けてきたが、このモデルを変えるのだろうか。ロンドン市場には常に世界の一流の金融マンが集まっている。シティでは12月のボーナス期を前にリストラが相次いでいるが、次のイノベーションの種も既に多くまかれている。ヘッジファンドの後期参入組の中には撤退したものも多いが、上がりそうなものを大量に買い、下がりそうなものを大量に売るというビジネス・モデルは間違ってはいない。相場の下げ局面でも儲けているファンドも多い。単に優勝劣敗ということで、経営者たちも「これで当たり前」という風情である。このためウィンブルドン方式に変更はあるまい。

むしろ、英国政府の保護主義と規制強化を予想して儲けようというのがシティの友人たちだ。アフリカへの投資額のみならず、旧宗主国としての英国の政治力は大きい。英語の世界性も強まるばかりだ。クビでも悲観的な人が少ないのはそのためだろう。

(2008年11月24日脱稿)

 

第93回 不況時に起こること―サッチャー・ブレアの歴史的評価

ウィンブルドン方式の結果

11月6日に英国の中央銀行であるイングランド銀行は政策金利を1.5%下げ、3%とした。ここ数週間で年初来のインフレの懸念が大きく弱まった一方、実体経済の悪化と銀行貸出の縮小(信用収縮)により、インフレ率が大きく目標(0~2%)を下回るダウンサイド・リスクが発生していることをその理由として述べている。つまり、インフレと不況が同時に起こるスタグフレーションから、デフレと不況の対処へと懸念が移ったことを示している。

こうした経済状況の急激な変化は、第一に英国経済がウィンブルドン方式において「メガ金融機関や外資サービス業にビジネスの場を提供することでその手数料を得る」という構造を土台としているため、金融動向に振られやすいこと、そして第二にその金融が実際に大きく振れたことの2点の組み合わせから生じている。金融市場の変化は、実体経済よりも非常に早いスピードで動くことが特徴なので、この変化はインフレ懸念で抑制されつつあった国民の消費や、ピークアウト感が出ていた住宅投資をソフト・ランディングではなく、ハード・クラッシュに導きつつあるということを意味する。


これから起こるであろうこと
(既に起こっていることも多そうだ)
<企業>
交際費・寄付などの削減、給与抑制またはカット、臨時雇用者などの解雇、解雇促進、賃金の安い外国人労働力の活用、従業員のストライキ、プロジェクトなど新規事業凍結、借金返済の延期(手形のサイト延長)、破産(再生)
<家計>
旅行・外食などの支出抑制、買い物抑制、不動産売却、破産、ホームレス化、若年失業、移民排斥、デモ、精神的な病気の増加
<政府>
移民制限、財政支出または減税、金利引下げ、雇用訓練拡大、生活保護増額、財政赤字拡大、将来の増税またはインフレ・リスク、外国への投資要請(先日ブラウン首相がサウジアラビアに行ったのもその一環か)、EUとの協調色

不況による変化

それでは、今後2年間の英国経済をどうみておくべきか。上表の通り、需要減退を予想すると企業はリスクを取らず、コスト削減を図る。給料が上がらないとみると消費者は家計を節約する。そうした総需要の減少に対して政府は財政を出動し、また中央銀行は金利を下げ何とかそうした減少をマイルドなものに留めようとする。

一方で、直接損を被った金融機関は資本を減らしているので、政府の公的資本を入れてもらっても、自己資本比率を維持しようと思えば、貸出は慎重にならざるを得ない。よって資金を借りる側である企業もリスクを取りにくくなるという点が重しになり、景気はすぐには回復しないということになる。


悲観する必要なし

だからといって今後の英国での生活を必ずしも悲観する必要はない。上表のような事態が見越せるのなら、そのような状況をチャンスにすることも可能だ。ヒトの点について言えば、企業は優秀な労働者を安く雇えるチャンスだし、リダンダンシー(仕事がなくなったことによる解雇)に遭った労働者は自らの人生展開を改めて考えることもできよう。マクロ経済的には、こうした不況期において設備や労働などの資源をより最適な形で再配分することこそ、次なる成長の源泉と言える。倒産法制やM & Aが鍵になるのはそのためである。

そしてサッチャー政権末期から続いた英国経済の好調の終焉と到来した不況の今後のなりゆきこそ、サッチャー政権とそれを引き継いだブレア政権、さらにはブラウン現政権に対する歴史的な評価が定めてゆくことになる。好不況を1サイクル経た結果として国民生活が豊かになったのかどうか、これが判断基準である。

どこかで見たような不況が今後どういう形をとってくるのかを見守りながら、2000年代の不況とそれへの対応において、資源再配分を円滑に行えるのかどうかに注目したい。この処置が出来なければ、人類はいつまでたっても賢くならないということであろう。諸行無常という言葉を噛みしめる日々が続く。

(2008年11月9日脱稿)

 

第92回 米国新大統領の重責

新大統領を迎える世界

この原稿が出る頃には、第44代の米国大統領が決定しているであろう。新大統領が直面している課題は、かつてないほど大きい。イラクとアフガニスタンの収拾がついていないこと、米国発の金融危機から世界的な景気悪化へと移行しつつあるのが確実なこと、基軸通貨ドルの信認が揺らいでいること。いずれもパクス・アメリカーナを支える軍事力と経済力の陰りを示している。

もちろん米国のIT関係の新企業群、グーグルやYouTubeなどは好決算を続けている。バイオテクノロジー関連のベンチャー企業数では米国が群を抜いていることからも分かるように、イノベーションは米国主導で進んでいるので、1年や2年でその覇権が大きく揺らぐということにはならない。けれども、ブッシュ政権8年を経て「米国の言うとおりにしていても、良いことばかりではないな」と世界は感じ始めている。共産圏の崩壊で、社会主義が失敗し、レーガン・サッチャーの新自由主義が一段落を迎えた。この間、新自由主義の下での米国民の浪費が新興国の工業的な勃興を促し、その結果エネルギーや食料価格が高騰、新興国の民衆自体も消費を始めることで地球環境問題が焦眉の課題となったのである。

共産主義でも新自由主義でもない、かつグローバルに貿易の利益が享受できて、環境問題に悩み、米主導ではない世界、これが新大統領就任の環境だ。20カ国財務省・中央銀行総裁会議(G20)の金融危機への対処などで済む話では当然ない。


金融市場の見方

今後を金融市場はどう見ているのか。為替は、新興国通貨(アイスランド・クローナ、韓国ウォンなど)<ユーロ≒ポンド<ドル<円という状況にある。ドルが高いのは、米国の金融機関が金利の低い円で資金を調達し、他の通貨に運用していたものを一旦ドルに戻しているからであって、決してドルが信認されているからではない。円高は日本の金融機関の痛みが少ないからであるが、日本の財政状況や景気が良い訳ではないので、長続きはしまい。ユーロ安は現在の金融危機における欧州金融機関の損失の度合いが不明確だから低い値をつけているのだが、いずれ盛り返すだろう。米国や中国経済の減速の影響を受ける新興国の通貨は、経済減速確実なので売られている。

結局、ドルに溜まった巨額の資金が行き場を失っている。金融を緩和したり、財政を投入したり、規制を強化しても、結局この金の行方が迷う限りは解決にはならない。だから市場は、政府や中央銀行の動きに敏感に反応してアップダウンを繰り返す。当面確実な投資は、変動(ボラテリティ)を商品としたオプションを買うことだ。こうした事態は、市場の安定を欠き、それがまた政府や中央銀行による目先の対処策を促してまた市場を揺らす。政府や中央銀行自体がプロシクリカル(景気振動の増幅促進的)な存在だということに、早く気付くべきだ。


新大統領のなすべきこと

政府介入や国際協調を単なる危機対応に終わらせるのではなく、何のためにするのかという哲学を改めて回復することが喫緊の課題と思う。当然、金融取引や金融機関の規制、為替の調整といった目先の取繕い政策では話にならない。第二次大戦後の軸は、米国による欧州と日本の復興のためのマーシャル・プラン、為替をドル本位制としたブレトンウッズ体制、ケインズ政策による経済安定だった。これに対峙する仕組みは何か。

300年前にフランス人政治思想家アレクシス・ド・トクビルが、米国躍進の鍵は、平等と民主主義、そして名実が揃う法の支配と述べている。いずれも今の米国が失ったもので、またその事実がベトナムやイラクで手痛い抵抗にあった理由でもある。軍事力に頼りルールを無視する米国を、もはや誰も信用していない。

所得格差を狭めるための経済政策、国際ルールを名実共に実効性あるものとすること、人々の進取の気風を阻害しないことといった近代そのものの普遍的価値を当たり前に実行するように働きかけることが今の米国には重要で、新大統領には、このことを強く期待する。ただこう書いてきて、経済が悪化すると、どうしても政府頼みになったり、他国に負担を押し付けたりという行為がまかり通るようになり、コスモポリタニズムを新大統領だけに求めるのは酷と思い至った。結局、欲望をコントロールして暮らすような倫理の確立こそ大切で、それは小生を含めた市井の人間たちにとっての課題と肝に銘じるべきであろう。

(2008年10月25日脱稿)

 

第91回 9月の市場混乱から その5 ‐ ハーケンクロイツの足音

事態進展のスピード

9月入り後の金融市場の混乱は、市場関係者である我々の予想すらはるかに超えるスピードで進んでいる。サブプライム問題がくすぶり始めた去年の今頃からたったの1年で、主要株式市場の株価は半値。懸案だった米国の公的住宅ローン会社フレディ・マックやファニー・メイの破綻救済の後に投資銀行の整理が行われ、今や主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)において、大銀行への公的資本注入を各国が確約する事態となった。

これからは金融から実体経済、つまり金融以外で特に消費の冷え込みの影響を受ける企業の経営危機が問題になってくる。本欄で最初にサブプライム・ローンの影響が世界経済に及ぶと警告したのが昨年4月(第51回参照)だったが、1年半でそれが実現するとは、筆者の予想よりもやや半年早いペースだ。日本の不良債権問題発生から公的資本注入の枠組み作りまで10年かかったことを鑑みると、5倍以上のスピードで事態は進んでいることになる。

言うまでもなく、その理由はグローバリゼーションの下で資本が自由に世界中を移動できることと、ITの発展による情報、不安心理の世界的な均一伝播(ホモジニティー)である。自分の頭でリスクを考えず、格付機関の言うことを鵜呑みにした結果がこれでは金融のプロの名が泣くが、その責任も公的資本の注入でうやむやになる可能性が高い。


実体経済悪化の影響

今後は1929年の大恐慌に迫るほど、実体経済が悪化する可能性がある。またそこまで行かなくとも倒産が増え、景気は悪くなるので、各国政府が財政出動を余儀なくされることは確実である。

景気が悪化すると失業者が増加する。英国ではまず派遣従業員、移民層などから整理解雇が行われることになる。大陸と異なり、英米では労働市場も自由主義的なので、雇用調整は比較的容易である。ブラウン政権はこの動きに対して、雇用保険や失業対策の拡充を余儀なくされつつある。財政再建を棚上げする理由にはなるだろうが、財政についてのゴールデン・ルール(公的部門の借入を投資目的に限定すること)とサステナビリティ-・ルール(公的部門のネット債務残高の対GDP比を40%以下で推移させること)を定めた本人であるブラウン氏が、思いきった財政拡張策を取れるかどうかが注目される。9~10月にかけての保守党党大会でもそうした危機感が示されていたが、キャメロン党首の政策にも新味や大胆さがあったとは言いがたい。

またこの現象は、来るべき米国の大統領選や日本での総選挙においても論点となるのではないか。さらに欧州では財政政策と金融監督ともに各国頼みである現状から、EUの枠組みが問題視されることは確実である。アイルランド政府が預金の全額保護をしたことにより英国の預金がアイルランドにシフトしたように、各国の財政政策に対してEU全体のコントロールは現状難しい面があるので、EU自体の影響力は確実に弱まる。


市民社会が試されるとき

失業と政治不信が広がる中で何より筆者が懸念するのが、過激な政治的主張が多くなる可能性があることだ。大恐慌を背景に、ハーケンクロイツと呼ばれる鈎十字を紋章としたナチスが出現したことを想起されたい。ITの発展による情報、不安心理の世界的な均一伝播の下、自分の頭でリスクを考えていないのは、何も金融機関に限った話ではない。市民社会全体や各個人も例外ではないとしたら、どうなるか。

失業不安から生まれる治安悪化は必ず移民排斥の主張へとつながり、金融機関の国有化や財政出動拡大は国家の力を強化し、統制色を強める。また産業資本や金融資本に対する社会的弱者からのテロを正当化していく契機にもなる。欧州各国の極右、極左政治勢力が勢いづくのは間違いなく、現政権や中央銀行の失政を厳しく難詰することになるであろう。

今、グローバリゼーションの下で市民社会の成熟が試されている。米国とEUの政治経済力が弱まる中で、米大統領選挙が実施される。パクス・アメリカーナの終わりにあたってモンロー主義(不干渉主義)に米国が回帰すれば、極右、アルカイダなどがうごめくだろう。国家統制色を強めないで、金融機関経営者や政策当局の責任を問いつつ、金融秩序と景気を回復するという難事業に、市民社会がどう立ち向かうのか、ちょっとわくわくする問題ではないか。

(2008年10月11日脱稿)

 

第90回 9月の市場混乱から その4 ‐ 給料や交際費の妥当性

インベストメント・バンカーの年収

「9月の市場混乱から」と題して、本稿第87回では財政負担や市場への流動性供給に関する国家主権と国際協調との緊張関係について、88回では今後の規制のあり方としてリスクを説明できることの重要性と過度な規制の危険性について、89回では英米の失政について述べた。ただ、いくら国民国家や国際協調が後始末をしても、また金融取引を規制しても、結局は金融機関やその取引相手となる市民が気を付けるほかない。リスクを十分説明できない金融機関とは取引しないというのが自衛策なのだが、プロとアマの間には情報格差があるので、一市民にできることにも限界がある。何か良いリトマス試験紙はないものか。

筆者の経験では、根拠もなく強気になる企業は、社員の給料や交際費がどこかしら普通の感覚を超えているように感じる。そしてそれを普通と思っているか否かが、リトマス試験紙になるような気がする。最近はともかく、ここ数年、ロンドンのインベストメント・バンカーの年収はちょっと異常だった。為替のチーフ・ディーラーのボーナス込みの年収が600万ポンド(約11億円)、巨大金融グループであるHSBCの最高経営責任者で200万ポンド、マネージング・ダイレクター級でも50~100万ポンド位はざらにいた。

筆者もいろいろな催事に誘われたことを記憶している(とても参加などできなかったが)。ヘッジファンドや政府系の外貨準備運用機関を、ゴルフの聖地と呼ばれるセント・アンドリュースに招待してのレッスン・プロ付ゴルフ・ツアー、ウエスト・エンドの劇場を借り切ってのミュージカルへの顧客招待、毎年冬にロンドンのサマセット・ハウスに設置されるスケート場での社員パーティー、チェルシー・フラワー・ショーの会場をこれまた借り切ってのパーティーや、インベストメント・バンクが催したロンドン近郊のスパでの1週間の研修事業など、書けば限がない。極めつけは、ヘッジファンドの若者に2次会の後で、「これからコモ湖(イタリア)に自家用ジェットで行くから来ないか」と誘われたことだった。

どれ位の収入が妥当か

確かにインベストメント・バンクの仕事は、あらゆる情報を入手、咀嚼し、行動するために24時間神経をすり減らす。決してやっかみで言うわけではないことを予め断っておくが、しかし年収20~30K程度の給与が与えられる仕事の30倍や50倍もの社会に対する付加価値を、彼らが生み出しているとは到底思われない。天才的な芸術家、スポーツ選手、作家、世の中を一変させるようなイノベーションある製品を生む企業家といった人々が年収100万ポンドというのであれば納得もできるが、インベストメント・バンクのバンカーの儲けには、世の中の先行きに対する読みの優劣が大きく影響する。もともと先行きは不確実であり、先を本当に読み続けられる天才はそう多くはいない。大多数のインベストメント・バンカーは、美人投票でほんの1カ月程度の先を読んでいるに過ぎない。

そうした仕事にも、もちろん社会的な意義はある。金融市場の指標が、企業活動や個人投資、政府活動のベンチマークになるからだ。しかしながら、1カ月程度の先を市場の流れで読む仕事が、そう付加価値の高い仕事であろうか。それ自体に付加価値がさほどないにも関わらず、金融機関が収益を上げられるとすれば、市場における寡占利潤かまたは規制によるレント(恩恵)があるからなのではな いだろうか。

普通の感覚の取り戻し方

給料や交際費における普通の市民感覚とのズレを正すという役割を担うのは、まず金融機関の株主である。人件費や交際費を株主総会で開示させ、その妥当性を精査すべきであろう。その先はディスクロージャーによって取引相手が確認する必要がある。英国4大銀行やインベストメント・バンクのディスクロージャー誌をみても、最高経営責任者の給与以外は開示されていない。交際費はその費目すら詳(つまび)らかではない。取引相手は、こうしたことについて公開を求めていくべきではなかろうか。逆にこれを公表した企業は信頼性を増すと思うが、どうだろうか。

それでも金融機関に大きな利益が残るようであれば、反トラスト法の活用や規制の恩恵部分に課税することを検討すべきだろう。他人の懐を云々することは趣味に合わないのだが、金融本来の姿を取り戻すためにも、まず普通の感覚を取り戻すことが重要と考える次第なので、本稿を敢えて書いた。

(2008年9月28日脱稿)

 

第89回 9月の市場混乱から その3 ‐ 英米政府、FRB、BOEの失政

金融監督の失敗

今、金融市場ではアラン・グリーンスパン前米連邦準備制度(FRB)議長の評判が地に落ちている。後任のベン・バーナンキ議長なども論外という感じだ。英国金融庁(FSA)のカラム・マッカーシー議長は、ノーザン・ロックの破綻について責任を問われる形で9月に交替させられたし、このままでは、イングランド銀行(BOE)のキング総裁の評判が落ちるのも時間の問題だろう。

彼らの経歴に共通しているのは、金融で商売をしたことがないか、あったとしてもその期間がごく短いということだ。グリーンスパン氏はエコノミスト、バーナンキ、キング両氏は学者、唯一マッカーシー氏だけが英大手バークレイズ銀行の東京支店で勤務した経験があるが、元々は役人である。その経験不足が金融危機の一因となったとの感は、拭い切れない。FSA、FRB、米国政府(SEC=証券取引委員会、州監督局)は金融検査や監督権限を有していたし、BOEやFRBといった中央銀行は、預金や債券売買を金融市場と行っていた。行政権限により、または預金や債券売買の取引制限を通じて彼らは経営が悪化した証券会社や銀行の市場からの退場を命じることができたのに、それを行使せず、今日の事態を招いた不作為責任は重い。

例えば、FRBや他の5カ国の中央銀行のドル資金の市場への放出(流動性供給)を考えてみよう。FRBが監督や検査権限、またはオペレーション取引の制限を用いて、経営の悪化した金融機関を金融市場から早めに退場させていれば、金融市場の麻痺やドルの流動性供給は起こらなかった。ポールソン米財務長官やバーナンキ議長、キング総裁の発言を聞いていると、自分たちの不作為責任を棚に上げて流動性を供給したり、銀行救済をしたりする必要性を説いている。その必要性を否定するものではないが、その事態を招いた責任の一旦は自分にあることをまずもって述べ、その責任を取らなければ、到底公的資金について国民の納得は得られまい。

日本の不良債権問題時の英米の態度

思い出すのは、日本の不良債権問題で邦銀が苦しんでいるときのニューヨーク(NY)連銀やFSAの態度だ。NY連銀は、邦銀は不良債権の認識が不十分で資本不足だとして、担保積み増しや資本増強を要請、それができないのであれば取引をやめるとして、実際に取引から外してきた。FSAもつい最近まで、日本の銀行にだけ不利な流動性の規制をかけていた。現在なら、英国の銀行に対して資本増強や厚い流動性を持つように求め、逆に日本の銀行や証券会社は優遇されるべきときだ。さらに言えば、日本の金融庁や日銀は資本増強や担保において、英米の金融機関に対して区別した取り扱いをすべきときである。

しかし、こうした措置が取られたとの話は聞かない。やられっぱなしでいいのか。こういうときは、不良債権額をきっちり認識し、資本を積むのが必要だと我々は欧米人から何回言われたことか。SECは、時価会計を一時棚上げするという。これに対して日本の金融庁は真意を確認中だという。真意は決まっているではないか。損失先送りしかない。

こうした場当たり主義に、日本政府は当時言われたことをそっくりお返しし、厳しく英米政府に対応を求める必要があるのに、この日本の政治の機能不全や行政の実情は情けない。米国の不良債権買取法案の議会通過を歓迎するのは結構だが、資本増強をもっと踏み込んで求めるべきだろう。

日本の悲しさとチャンス

日本はどうして米英の金融機関に対してこうした要求ができないのか。1つの理由は、ドルと円の国際通貨としての重要性の差だと考えられる。これは国力そのものの問題であり、日本人としては悔しく、悲しいことである。ただ日本の金融機関は今、積極的に欧米金融機関に出資を行っている。さて、シティ勤務の日本のサラリーマンたちに、欧米の名うてのインベストメント・バンクや銀行の経営ができるのか。終身雇用を前提とした日本のサラリーマンが経営者として真の実力があるのか。チャンスであると同時に、これからが正念場となろう。

実務や金融を知らない人を金融監督や中央銀行の長にしたことについて、米国民や英国民の怒りが今後出てくる。EUと各国財政政策の緊張関係も問題になる。特に英金融機関の経営問題は表面化しつつあり、これからが本番と予想される。シティと英国経済は一段と大きく揺れることになろう。

(2008年10月4日脱稿)

 

第88回 9月の市場混乱から その2 ‐ 金融も食品も混ぜ物危険

景気後退と金融クラッシュ

今回の米国での金融クラッシュが、同国に景気後退をもたらすことは確実だ。貴重な税金も、金融機関の損失補填に使われてしまう。日本の不良債権問題のときもそうだったが、金融市場の大きなクラッシュは、金融機能のマヒを通じて経済全体に大きな悪影響を及ぼす。この危機が米国での住宅価格の下落を発端としていることは間違いない。

日本でのバブル崩壊も、地価下落が出発点だった。しかし、金融機関による増幅(レバレッジ)がなかったとしたら、経済全体にそれほど影響があっただろうか。金融機関は値上がりを期待して、土地や住宅を担保に金を貸す。その土地や住宅が値上がりしている限りは、担保価値が上がるのでまた貸金を増すことができる。しかし土地や住宅の収益性が上がるわけではないから、なんらかのきっかけで土地や住宅が値下がり始めると、借り手はこれを返せなくなる。担保権を実行しても元本割れしている状態となり、これが不良債権になるというわけだ。

日本の場合、主役は貸手の銀行とその別働隊、つまり子会社のノンバンクだった。米国のサブプライム・ローン問題では、こうした貸出債権を束にした上でそれを買い取るペーパー会社を作り、その会社の負債=見合いとなる債券をノンバンクや投資家に売っていた仲介者=証券会社(インベストメント・バンク)が主役となった。この手法を証券化といい、証券化した債券を集めてさらに何重にも証券化が行われるという手続きが取られていたのである。こうした増幅効果なくして、経済全体の悪化をもたらすほどの損失は生まれなかったと思われる。

金融の役割とは何か

マネー自身はモノ、サービスのように生活を直接的に向上させるものではなく、そうしたものに携わる生産者と消費者を仲介する道具に過ぎない。ところがその道具だけを目的とした商売で大きな損失が出て、納税者の負担となり、リアルの活動に害を及ぼしている。こうした現状を踏まえて、今後は金融機関のリスクテイクや活動を制約する規制強化論、監督強化論が強くなると思うが、角を矯(た)めて牛を殺さぬように、金融とリアル経済の関係をもっと深く研究する必要がある。

そもそも、どうして大恐慌は、金融機関の根拠なき熱狂を常に前座としているのか。それを中央銀行や政府がなぜ止められないのか。シティバンクを辞めた元頭取はその理由を「ダンス音楽がかかっている最中に、ダンスを止めることができなかった」と表現している。バブルの最中にバブルと認識できなかったか、できたとしても他人に聞いてもらえなかった、という話は日本でも同じである。皆が問題と思わないときに、1人だけ「問題である」と叫べば変人扱いされる、というのはよくある寓話でもある。だが金融機関経営でもそうなのか。株主がそれを許さないのか。

英国の経済学者であるケインズは、金融は美人投票だと言った。美醜判断は主観的なもので、主観の大勢が価値を決めていくという比喩だが、土地の価格も主観によって決められていくものなのであろうか。土地が生み出す収益を算出した価値の総和が経済的な土地の値段だといっても、その収益は将来のもので、必ず不確実性が伴う。強気の予測と弱気の予測の両方があるのだが、強気が一定期間続いたときにある日、バブルとなってしまう。

金融でも混ぜ物は危険

将来予測の不確実性が存在するのは、人間社会ではやむを得ない。とすれば、大事なのは不確実性をしっかり認識することである。証券化した債券をさらに証券化して売却すると、結局その買い手は、元の債券の見合いの資産のリスクも負うことになる。証券化が何重にも続くと、最後の買い手はどういうリスクを取ったのか認識できる情報を持てない。これまで格付会社が安全性を示していたが、金融クラッシュでその信用は裏切られた。自分で情報を吟味してリスクとリターンを判断するという作業を、プロの金融機関がしていなかったという点については、厳しく断罪されるべきだろう。

日本では食品の偽装や中国製原材料に含まれていた有害物質が問題になった。これも外見からは内容を判断できないという問題を抱えている。ほうれん草、サンマ、みかんそのものであれば青さ、目、色などを見れば新鮮さは分かる。金融もリスクとリターンを判断できるような情報開示を行い、自分の頭で判断するという原則に戻ることが、近道と思う。

(2008年9月27日脱稿)

 

第87回 9月の市場混乱から その1 ‐ 国家主権と国際協調

世界経済の行方

この9月のリーマンブラザーズ証券の破綻、AIGの救済、6中央銀行の協調ドル供給、米国政府の75兆円の不良債権買取の議会提案という一連の金融市場における出来事は、第一に世界経済の行方について人々を不安にさせ、第二に国家主権(財政負担)と国際強調の相克について考える契機を与えたと思う。そしてこの2つは今後互いに密接に関連してくるし、その関連を見極めることは先を読む上で重要と思う。第一の問題については、住宅価格の下降によってこれまで旺盛だった米国民の消費意欲が減退したことを理由に米国経済全体が失速し、これにつれて米国向け輸出を成長エンジンとしてきたBRICS諸国の減速もはっきりしてきた。ロシアは市場の信頼を失い市場自体が機能停止に追い込まれている。

これからは各国の内需、特に財政出動の可能性が問題になる。新興国の内需は強いために、3年単位では経済の強さに不安はない。しかし、グローバリゼーションで金融市場は我慢強さを欠いている上に、そうした市場の圧力に各国政府は極めて弱い。このため財政出動、金利引き下げ圧力がかかることになる。米国は不良債権処理というロス埋めに負担を抱え、日欧は財政赤字が大きいということになると、新興国と産油国に期待するほかない。

今後G7で当該国の通貨切り上げ(元高、ルピア高など)とともに「経済の牽引役になってくれ」という要請が強まることは必至であろう。しかし中印ロシアは、これまでの牽引役であった日独に比べ、欧米にそう忠実ではない。ここに短期的に政治をもって強引に経済が歪められていくリスクがある。個人は、その程度を見極めることが重要だし、当局はその妥当性を説明すべきだ。

金融市場救済の大義名分と本音

第二の論点に移ろう。もともとサブプライム・ローン問題は米国発のものである。しかし米国政府によるAIG救済の理屈は、AIGがクレジット・デフォルト・スワップという信用デリバティブ市場で信用の売り手となって市場形成に大きな役割を果たしており、これが破綻すると世界の金融市場に悪い影響があるため、ということのようだ。また米連邦準備理事会(FRB)、イングランド銀行、日銀など6中央銀行のドル供給も、金融機関同士が相互の信用リスクを非常に大きなものとみて相互に貸借できないという短期金融市場の機能不全に対して行われた、という理屈になっている。さらに言えば、国際的な為替スワップ市場(外国為替の現先市場)を守るためというのが理屈だ。事実その通りの面はあるが、結局は、これは基軸通貨ドルの市場を守り、その暴落を防ぐために他あるまい。

基軸通貨を有することで最も恩恵を受けているのは米国である。日本の不良債権問題のときに円は続落したが、その防衛のための協調体制はついぞ取られなかったし、日本政府もそうした働きかけを行ってはいない。ドルを人質として、世界のためという理屈で他国を付き合わせるという論法でよいのか。日銀の白川総裁は、通貨の流動性だけでは問題は解決しないと述べ、米国の公的資本注入を促し、米国政府も75兆円の不良債権買取を議会提案した。これ以上の不良債権拡大の損失は米国民が被るということだが、これまで生じたロスをどう埋めるかが明確でない。そこを曖昧にして、世界経済の牽引役を他国に押し付けるために、欧米がアジアや新興国に財政拡大や為替調整を求めてくるのは見え透いている。だが、米国の軍事支配下にない中印やロシアへ圧力をかけるのは簡単ではないように思う。

国家と国際協調の相克

確かに基軸通貨、世界的な金融市場は今や世界の共通資本である。だがそうした国際協調を前提に、これら一連の問題の責任関係と金銭的な分担についての大まかな合意がなくて流動性だけを出して良いのかどうか。米国政府や議会は、現時点でもなお、ロスをすべて被る覚悟と約束をしていない。日銀のドル供給も担保を取っているとはいえ、借手が破産すれば米国破産法11章と日本の民事再生法の双方で担保権行使が制約されるリスクがあり、債権保全は万全とは言えない。

また一旦ドルを守ると決めた以上、とことん付き合うことにもなる。待ったなしの市場の混乱と中央銀行同士の信頼関係、日米軍事同盟の下で止むを得ない判断だったと思うが、日本政府や日銀の政策は今後、歴史的に厳しく検証されると予想するし、またその過程で国家主権(財政)と国際強調の相克について考えざるを得まい。

(2008年9月21日脱稿)

 
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