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Fri, 29 March 2024

第7回 米国の光と影(4)

8月が来るたびに

小学校3年生のときの夏休み課題図書が、「8月が来るたびに」だった。広島と長崎の原爆投下を近郊に住んでいるという子供の目で描いた物語と記憶している。小学生のための本であり難しい主張があるわけではない。ただ、昭和20年8月6日と9日の事実が書かれている。今年は被爆、戦後60年ながら、僕は、最近日本において戦争は本当には終わっていないと強く感じる一方で、これを終わらせるときにこそ、日本はもっと良い国になるという気持ちが一段と強くなってきた。そして、その原点は、「8月が来るたびに」である。

戦争は終わっていない

戦争は終わっていないと感じる事象を下の表に挙げてみた。

いずれも、60年前の戦争に問題の起点がある。日本は、戦後、経済中心、安全保障は米国頼み、政治は拡大する経済のパイの分配だけを行うという国の形をとった。このため、これらの問題に対しては、その場その場での対応策はとられたものの、根本的な解決は先送りされてきた。安保闘争、三島由紀夫の割腹自殺(自衛隊問題)、沖縄返還、ベトナム戦争など解決の契機がなかったわけではないが、国民全体の問題とはならなかった。その後、将来を担う若い学生の関心は、生活のエンジョイに向かった(それ自身は悪いことではない)。思うにこれらの問題の根は一つ、「日本がどういう考えで世界と付き合うか」、である。その元に帰らなければ、各論的な解決では、問題は先送りされ将来世代の負担が増えるだけである。現在、日本が今年目指している国連安全保障理事会常任理事国入りは、中国などの反対で危ういと言われている。日本人自身がこの問題について、西洋や中国、インドとは異なる回答を持たないのでは、世界から支持されるとは思えない。日本が常任理事国になることで、他の国にどういうメリットがあるのかが見えないからである。国連への金銭的なコミットが一段と増えるというだけでは日本国民の支持すらおぼつかない。まして、表1の問題解決にもつながらない。

世界とどういう考えで付き合うか:理念

今こそ、この問題を考える機は熟してきたと思う。戦後の経済専一、政治、軍事は米国頼りでは、経済力がここまで大きくなるとやってはいけない。一方で、エネルギーと食糧を自給できない日本の経済繁栄の土台は、モノとサービスの貿易であり、他国との人の往来である。そのためには戦争やブロック経済は致命的となる。このため平和主義が出発点になる。

日本の平和主義には西洋や中国、インドにはない大きな特色がある。戦争放棄と軍隊の不保持、即ち憲法第9条である。僕は、いろいろ意見もあると思うが、戦後60年これを守り民主主義と経済発展を遂げた事実こそもっと語られて良いと思う。もちろん米国の核の傘の下にいたから守れたという面はある。自衛隊は軍隊そのものということもできる。しかし、自ら戦争を1度もしなかった、核武装もしなかった、国民を軍隊で鎮圧することもなかった。軍隊では究極の平和と繁栄は来ないことは、9・11やロンドンテロで明らかである。犯人が捕まってもロンドン在住者はまったく安心していない。元が断たれていないからである。

僕なりに整理すると、日本は、(A)軍隊なき平和……憲法9条、(B)非核三原則、(C)国連、国際機関による法の支配、(D)個人のネットワーク、市民社会と政府との共存、(E)これらを支える環境と技術への貢献、という理念を掲げることができると思う。

実務的な裏付け:法の支配、アジアの安全保障枠組み、日本人自身の語り

その上でより重要なことはこれを貫徹する地道な営為である。これが今の日本には決定的に欠けている。理念が固まっていない以上当然なのだが。現実の国際政治や経済は、駆け引きもあり、上記の理念だけではことは済まない。外交が必要な所以である。理念を現実化する手続、実務的な営為の第1は「法の支配」への貢献である。国内では、国会で議決しても特定人の人権を奪うことはできない。テロリストでも裁判なしに罰せられない。ところが、ブッシュ大統領は、テロリストに民主主義の法廷は利用させないとして、グアンタナモベイに外国人テロリスト容疑者を裁判を経ずに拘留している。こうしたことのない「法の支配」こそ平和主義を実務レベルで実行するために必要である。国連を始め国際機関への人的貢献がもっとあって良い。第2は、欧州で戦争を再度起こさぬことを理念としているEUに、アジアも習うための議論の開始である。この観点から来年2月マレーシアで開かれる予定の初の東アジアサミットは注目される。ここに米国とロシアも巻き込まないと真の対話は難しい。いずれにせよ安保条約についての議論は必須である。第3は、日本人一人一人の問題意識の深化である。家族でも、飲み屋でも、インターネットでも良い。日本人や外国人と語ることである。

日本の被爆、敗戦の経験は、被植民地国、人種差別された側、テロ被害者などの痛みに通じる面がある。もっと日本は理念を語ってほしいとの期待を僕に話したのは、ユダヤ人、パレスチナ人、クウェート人、インドネシア人、台湾人、南アフリカ人の友人たちである。多分日本製品の優秀性と日本人の律儀さのみからの判断であろうし、世辞も入っていよう。しかし、平和と交易を主軸とする勤勉経済大国日本に、ある種西洋でもない、中華思想でもないユニークネスを感じている人がいるということは、大事にすべきである。

今年の夏は、郵政公社民営化法案で日本の国内政治は混乱必至である、しかし、8月6日、9日そして15日と60年後の日々は、日本人にはより重く、軽々とは過ごせない日々である。100年前に夏目漱石が「私の個人主義」と題した講演で提唱した「自己本位」を日本人が確立する機が来ていると信じる。自己本位確立は生半かではないと覚悟しつつも、逆にそうでなければ、現在のアジアの構図は、日本自身にとって相当危ういものになってきている。

(2007年8月5日脱稿)

 
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