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Fri, 18 August 2017

第7回 人生の下り坂で何を思いますか。

あと数カ月で私は50歳になる。仕事が大好きで、ひたすら走り続けてきた。そんな仕事人間は、人生の先が見えてきたとき何を思うのだろうか? そんなことを考え、以前、無名のサラリーマンたちにインタビューしたことがある。その1人、札幌のAさんは猛烈営業マンだった。

「私らの世代はみんな、仕事一筋でしょ。言葉としては嫌いだけども、戦士ですよ、企業戦士。工業高校を卒業して、昭和30年代に松下電器産業に入り、当時はナショナルと言った方が通りが良かったですが、働きずくめでした。いつも仕事は億単位ですよ。5億円、6億円は当たり前。タクシー無線の設備とか、地下鉄の構内放送設備とか。営業ノルマはきつかったけど、楽しかった。どんな仕事も、よし来いと。夜の付き合いも、とことんだ。お金も欲しかった。社内で評価もされたかった。社内表彰は何回も受けました。正直、それが内心、ずっと自慢でね」

「それがねえ、50歳過ぎたころから、この先どうなるんかいなと考え始めて。一番は、人間付き合いです。自慢の人脈もしょせん仕事の延長線、利害関係ですよ。近所付き合いも女房任せ。休日だれか家に呼ぶにしても、仕事関係しか思い浮かばない。寂しいもんでしょ。そのことにふっと気付いたんですわ」

そんなころAさんは初めて海外旅行に行った。韓国への団体ツアーだったが、海外旅行のおもしろさにのめり込み、数年間で20カ国を訪問。やがて観光ツアーに飽き足らなくなり、タイ奥地へ行く。彼は当時、貧しい子供たちが学校で勉学できるよう、ボランティア団体に毎月千円の寄付を始めていた。その団体の現地訪問団に参加したのである。

「……私には想像を絶する世界でした。本当に貧しくて、子供たち、満足な食事もできない。その瞬間、これだっ、と。放っておけない、おれがやらなきゃ、って。街頭募金だって避けて歩いてた50男がですよ、突然、タイだ、ボランティアだ、と言い出した。山岳民族の村です。毎年2月と8月に2週間ずつ行くようになった。寄宿舎や校舎を建てて。それと肥料の作り方ね、腐ったワラを混ぜるとか。豚の飼い方、野菜の作り方も教えて。子供はその作物や肉を売って学校の給食費にするわけです。子供たち、貧しいけど純真なんですよ。真っすぐなんだ」

「初めて行った時、地元の交流会で、村長が私に向かって、電器屋が一番嫌いだ、迷惑だ、と言ったんです。電気が村に通ったら電器屋が電化製品を売りに来た。高過ぎて買えないと言うと、金貸しが来た。だから大勢の村人が金を借り買ってしまった。でも、金を返せない。そしたら結局、娘だ。娘をバンコクへ連れて行く。そういうことが、何回もあった。だから電器屋は嫌いだって。何も言えなかったねえ。松下はタイへ電化製品を大量に輸出していた張本人だし、私らの常識では、電気は文化、文明の象徴です。北海道だって、戦後しばらくは電気のない土地がたくさんあって、電気が通れば常に感謝された。迷惑だなんて否定された経験ないですから」

タイにのめり込んだAさんは、ある日、村の孤児院に行った。

「子供たちが自分の宝物をお土産に持ってって、と言うんです。何を差し出したと思います? 履き古したゴムぞうり。消しゴム、それも使い古しを半分に切ったやつ。ボロ切れもあった。泣けましたよ。私らは終戦後、ああいう体験してたわけですよ。それをみんな忘れてた」

「ずいぶん昔、高校卒業のときですけど、おやじの勧めで警察官の試験を受け、合格したんです。おやじも刑事でね。けど、土壇場で警官になるのをやめた。で、おやじに詰め寄られたとき、言ったんです。父さん、いつも家にいなかったろ、将来、女房、子供にこんな寂しい思いをさせたくないって。おやじ、ボロボロ泣いたですよ。私の前で初めて泣いた。おれ、そんなに寂しい思いさせてたんかって。そんなことがあったのに、私も家族をほったらかして、仕事人間になってたわけですよね。道は一本しか見えなかった。後悔はしてません。仕事が本当に好きだった。ただね、人生の最後が見えてくると、死ぬときは悔いなく、という思いが強くなる。高田さん、あなただって、そうなりますから」

 
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高田 昌幸:北海道新聞東京編集局国際部次長。1960 年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004 年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。2006~09年、ロンドンに駐在。
E-mail: editorial@news-digest.co.uk
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