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Thu, 28 March 2024

第15回 苦情電話も国境を越える。

5月に入って間もない、深夜のことである。

パソコンのアンチウイルス・ソフトが期限切れになり、ダウンロードで新たな日本語版のソフトを購入した。ところが、どうも私のパソコンと新ソフトは相性が悪いようで、ソフトの文字の多くが化けている。説明書を読みながら何度操作しても、結果は同じだ。もともとがパソコンに詳しくないから、もしかしたら、どこかで操作を間違っているのかもしれない。そう思って製造元のサポート・センターに連絡を取った。

これが、しかし、たいへんだったのだ。

英国の午前1時すぎ。

「03」で始まる東京の技術サポートに電話をかけた。すると、この電話がつながらない。10数回もダイヤルしただろうか。ようやくつながったと思ったら、「担当者は別のお客さまと対応しております。このまま、しばらくお待ち下さい」というテープが延々と流れる。

やっとのことで相手が出たら、電話口の女性の日本語は、中国語訛りである。中国人であっても、それ自体は問題ないのだが、日本語のニュアンスが分からず、こちらの状態を理解しきれないようだ。通話時間が30分ほどになり、電話代も気になってきたので、「そちらからロンドンに電話してもらえませんか」とお願いしてみた。

すると、「無理です。ここは大連です。国際電話はつながらないと思います」という。いやいや、中国であっても国際電話はできるでしょう? 「では、2時間後に電話します」。2時間も待ったら朝になります。申し訳ないけれど、できるなら、すぐに掛け直してもらえませんか。「分かりました。掛け直します」。

そして、その電話が待てども待てども、かかって来ないのだった。

午前2時半だっただろうか。もう一度、こちらから技術サポートに電話したが、やっぱりつながらない。仕方なく、「03」で始まる顧客センターに電話した。再び、中国語訛り。聞くと、やはり大連だという。

事情を説明すると、「技術担当者にすぐロンドンへ電話するよう伝えます」と言ってくれた。でも、技術担当者からは電話が来ない。ようやく電話が来たのは、午前3時半すぎだった。説明によると、ソフトが正常に作動しない理由は不明であり、返品を受け付けるので手続きしてほしい、と。そして「部署が違うので、この電話では手続きができない」と言われ、別の番号を教えられた。

その後は、そう、お察しの通り、この販売担当への電話が全くつながらないのである。そこで、最もつながりやすかった顧客センターに再び電話した。時計はもう朝4時半近い。

「返品の手続きをあなたの部署でお願いできませんか。この通話は録音しているでしょうから、販売担当の方も私の返品意志を確認できるでしょう?」

「できません。販売担当に電話させます。1~2時間、待ってください」

個人客の注文や苦情、サポートなどを電話で受け付ける「コール・センター」は、1990年代後半から急に発達した。販売・製造元に代わってそれらの業務を請け負う専門業者も多数誕生。コール・センターは日本各地に次々と開設され、自治体は補助金制度を拡充して誘致を競った。沖縄と北海道が特に多かったのは、人件費が安く、言葉の訛りが少なかったからだという。

それから10年ほどが過ぎ、日本企業のコール・センターは中国に大挙して移動している。成田空港などで提供される「日本での携帯電話無料レンタル」も、申し込み電話に応対するのは中国人だ。電話番号が「03」などの日本国内であっても、電話はすぐ、中国に転送される。しかも、音声ガイダンスに従って操作しても、なかなか担当者にたどり着けない仕組みが実に多い。

英国企業のコール・センターもインドなど人件費が安い他国に多数開設されているし、顧客サポート業務の国境越えは世界的な傾向だと思う。そして、それが進めば進むほど、客のいらいらも世界中でじわじわと沈殿していくのだ。たぶん。

アンチウイルス・ソフトの返品は結局、販売担当者と直接会話しないまま、その日のうちに電子メールで手続きが済んだ。

やれやれ、ほんと、疲れたなあ。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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