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Mon, 10 December 2018
ウィリアム王子&キャサリン妃

第2子出産に向けて新たに注目集まる ーー キャサリン妃、ウィリアム王子の伴侶となるまでの人生

第2子出産が間近となったキャサリン妃。
プライバシーの尊重を強く訴える
ウィリアム王子の意向などを受けて、
同妃の生い立ちについての情報は
これまであまり公にされてこなかった。
しかし、2人の挙式から既に約4年が経過。
若かりし日のキャサリン妃を知る関係者たちが、
当時の様子を振り返る機会が徐々に増えてきた。
そこで、英国の新聞や雑誌、さらには単行本がこれまでに取り上げてきた
信憑性が高いとされている情報を基にして、キャサリン妃の生い立ちを探る。

Sources: Kate The Future Queen by Katie Nicholl、The New Royal Family: Prince George, William and Kate, The Next Generation by Robert Jobson, Daily Mail、Evening Standard、Daily Telegraphほか

1 母キャロルさんの祖先は炭鉱夫

キャサリン妃の両親キャサリン妃の生い立ちを語る際によく指摘されるのが、一般人という彼女の出自。英国では王位継承者が王室や貴族以外の出身者と結婚するのは非常に稀で、17世紀後半にイングランド王国のジェームズ2世が平民の娘と結ばれて以来の出来事だという。  

キャサリン妃の父親であるマイケルさんは裕福な中流階級の出身。英航空会社大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のディスパッチャーとして、飛行機の発着スケジュールを管理する仕事に就いていた。マイケルさんの父親はパイロットで、父方の祖先をさかのぼると、銀行員、弁護士などいわゆるエリート職の面々がずらり。マイケルさんの実家は、こうした祖先が残した莫大な遺産を代々受け継いできた。

一方、キャサリン妃の母親キャロルさんの母方の家系は何代にもわたって炭鉱夫の祖先が続き、また父方も運搬業や工場の作業員といった労働者階級の血筋を引いている。キャロルさんは公立の高校を卒業後に就職。BAのスチュワーデスとなり、マイケルさんと職場結婚を果たした。キャロルさんにとっては、いわゆる玉の輿婚だったことになる。

キャロルさんの弟は厄介者?

キャロルさんの唯一の兄弟姉妹に当たるのが、10歳年下のギャリー・ゴールドスミス氏。キャサリン妃からは「Gおじさん(Uncle G)との愛称で呼ばれているというゴールドスミス氏は、キャサリン妃側の親戚の中で特異な存在感を放っている。IT系人材会社の社員から重役へと上り詰めた末に、30歳で1700万ポンド(約31億円)もの自社株の売却金を得た彼は、現在はスペインのイビザ島で別荘を運営(結婚前のウィリアム王子とキャサリン妃がこの別荘にともに滞在したことがある)。4度に及ぶ結婚歴そして元ラップ・ダンサーとの交際歴に加えて、タブロイド紙の覆面記者の前で違法薬物を細かく砕く様子を捉えられてしまった過去などが、同氏の印象をすこぶる悪くしている。

2 母親が起業した会社のキッズ・モデルに

パーティー・ピーシーズキャロルさんがキャサリン妃を妊娠している間に、BAはリストラ策を実施。キャロルさんは同社を自主退職し、専業主婦となった。キャサリン妃が2歳のときに、マイケルさんの仕事の都合で一家はヨルダンの首都アンマンへ移住。地元の幼稚園では授業の一環として、イスラム教の聖典であるコーランを音読していたという。

約2年半にわたるアンマン滞在中に、現地で知り合った母親たちが開催する社交行事に頻繁に顔を出していたキャロルさんは、パーティーの準備に四苦八苦する人が大勢いることに注目。英国に帰国後、キャサリン妃と妹のピッパさんが小学校の準備コースに通い出し、時間に余裕ができたことから、パーティー・グッズを販売する会社を起業する。この会社では当時まだ目新しかったオンライン販売を行い、事業は大成功。やがてマイケルさんもBAを退職し、同ビジネスに注力するようになる。創業期には、幼きころのキャサリン妃とピッパさんが、同社ウェブサイト上で商品のモデルを務めていたという。

妹ピッパさんキャサリン妃の弟妹

キャサリン妃の1歳年下の妹ピッパさんは、エディンバラ大学(英文学を専攻)を 卒業後、イベント会社 での勤務の傍ら、雑誌などで執筆活動を行っている。また両親が経営する「パーティー・ピーシーズ」 発行の雑誌の編集者としても活動中。5歳年下の弟であるジェームズさんは、エディンバラ大学を中退後、ケーキの手作りキットを販売する会社を設立。こちらも「パーティー・ピーシーズ」を通じてオンライン販売を行ったり、キャサリン妃がかつて勤めていたファッション・ブランド「ジグソー」を始めとする各企業にケーキを納入したりしている。

3 思春期からウィリアム王子を意識していた?

4歳になったキャサリン妃は、イングランド南東部にある私立のセント・アンドルーズ・スクールにおける小学校準備コースに入学。教育費は、マイケルさんの実家が代々受け継いできた信託財産から捻出されることになった。同校在学中に、別の私立校に通っていた当時9歳のウィリアム 王子が、ホッケーの試合の対戦相手としてキャサリン妃の学校を訪問している。

その後キャサリン妃は、イングランド南東部バークシャーの私立中高一貫女子校ダウン・ハウス・スクールに入学する。多くの生徒は11歳からの入学でしかも寮生であった一方、キャサリン妃は3年次(13歳)から入学し、通学生となったため、周囲になかなかなじむことができなかったという。そこでイングランド南部ウィルトシャーにある名門私立共学校のマールボロー・カレッジへと転校。キャメロン首相の妻であるサマンサ夫人や、ウィリアム王子の従妹に当たるベアトリス王女、ユージーン王女などが通ったことでも知られる名門校の寮生となった。キャサリン妃は同校で、テニス、水泳、ネットボールなどスポーツに秀でた生徒として認知されるようになる。

ちなみにウィリアム王子は、交流イベントの一環としてこのマールボロー・カレッジも訪問しており、またキャサリン妃の親友の一人は、ウィリアム王子やヘンリー王子の友人たちと交遊関係にあったとも伝えられている。同校の寮でキャサリン妃と同部屋だった女性は、キャサリン妃が当時、ウィリアム王子のポスターを自室の壁に貼っていたと証言。キャサリン妃自身はテレビのインタビューでその事実を否定しているが、当時からキャサリン妃がウィリアム王子の存在を意識する機会があった可能性はある。

4 名門エディンバラ大学への入学を拒否

2写真記者に追いかけ回されるキャサリン妃
25歳の誕生日を迎えたころのキャサリン妃。 写真記者に追いかけ回されていた

マールボロー・カレッジを卒業したキャサリン妃は、スコットランドの名門エディンバラ大学に合格する。しかし、同大には入学せず、「ギャップ・イヤー」と呼ばれる休暇期間を経て、一年遅れて同じスコットランドのセント・アンドルーズ大学へ進学することを決意。名門かつ人気のあるエディンバラ大学からなぜ突如として進路変更したかについては、いまだ明らかにされていない。同じ時期にウィリアム王子のセント・アンドルーズ大学への進学が世間に公表されていたことから、「キャサリン妃の進路変更はウィリアム王子と同じ学校に通うための措置」との噂が後に流れる所以となっている。

ギャップ・イヤー期間中のキャサリン妃は、イタリア中部フィレンツェに語学留学したほか、南米のチリでボラ ンティア活動(この直前にウィリアム王子も同国でのボランティア活動に従事)、イングランド南部サウサンプトンのヨット会社でのアルバイトなどを経験した。

5 大学寮での共同生活と伝説のドレス

キャサリン妃のドレスセント・アンドルーズ大学に入学したキャサリン妃は、同大学での寮生活を始める。同じ寮の1階上がウィリアム王子の部屋。やがて 2人はほかの寮生を交えて朝食をともにしたり、毎朝一緒に近くのホテルにあるプールへ泳ぎに出掛けたりするようになる。間もなくして、キャサリン妃は同大学で行われたチャリティー・ファッション・ショーにシースルーのドレス姿で出演。ウィリアム王子がキャサリン妃を異性として強く意識するようになったとの逸話が語り草となっている。

寮を退出した2年目からは、ほかの友人とともに王子と同じフラットでの共同生活を開始。休みの日には、エリザベス女王が所有する離宮があるイングランド東部サンドリンガムのコテージへの招待を受け、ウィリアム王子やそのほかの友人とともに狩りを楽しむようになった。やがて2人の関係が周囲の間で話題に上り、キャサリン妃はウィリアム王子の恋人として世間に広く認知される存在となる。

入学時はともに美術史を専攻していた2人だが、ウィリアム王子は途中から地理学へと変更。キャサリン妃は卒業論文において、児童小説「不思議の国のアリス」などの著書を持つ英作家ルイス・キャロルが撮影した写真作品を取り上げた。2人とも上から2番目に良い成績となる「2:1」を取得し、無事卒業している。

6 ジグソーでの勤務開始そして……

ブルーバード
ロビンソン氏が経営する事業の一つである、チェルシーの高級レストラン「ブルーバード」

大学を卒業したキャサリン妃は、両親が所有するロンドン中心部チェルシーの高級アパートでの生活を開始する。仕事探しを始めた彼女は、両親の知り合いで事業家のロビンソン夫妻に相談し、同夫婦が運営するファッション・ブランド「ジグソー」における子供用アクセサリー部門での買い付けの仕事を与えられた。このころには王室関係者からもウィリアム王子の正式な恋人として認められるようになっており、仕事がない日はバッキンガム宮殿のプールで泳ぎを楽しむなどしていたという。

数度にわたり破局が噂されたものの、2人の関係はその後も続き、2010年に出掛けたケニアへの旅行中に婚約。翌年に行われたロイヤル・ウェディングで、ケイト・ミドルトンは晴れてキャサリン妃となったのである。

キャサリン妃が愛するマスティク島

ウィリアム王子とキャサリン妃がこれまで何度も休暇で訪れているのが、カリブ海に浮かぶマスティク島。2人は今年1月にもキャサリン妃の家族を 伴い、同島で休暇を過ごした。結婚前のキャサリン妃は、彼女がかつて勤務していたジグソーの経営者であるロビンソン夫妻が同島に保有する別荘を利用させてもらっていたという。風光明媚なことで有名なこの旧英国領は、入島する際に厳重な検査を受ける必要があり、写真記者たちの活動を制限できるため、王室関係者や有名人の間で人気を集めている。
キャサリン妃、ウィリアム王子、ジョージ王子

写真上:2011年2月、婚約期間中のキャサリン妃とウィリアム王子
同右下:2013年7月23日、ロンドンのセント・メアリーズ病院を退院するキャサリン妃と、ジョージ王子を寝かせたチャイルド・シートを運ぶウィリアム王子
同左下:2014年にオーストラリアを訪問した際のキャサリン妃、ジョージ王子、ウィリアム王子

 
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