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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

予算削減で混乱する英国の大学

不況の影響がここにも
予算削減で混乱する英国の大学

英国政府がこれまで推し進めてきた、大学教育を受ける機会の拡充を目指す政策が、金融危機によって難しい局面を迎えている。進学希望者が急増する一方で、政府は大学教育への予算を削減。その影響により、希望する大学に進めない志願者の数は、年間20万人に達するとも言われている。混乱に拍車がかかる英国の大学教育の実態に追った。

増加する大学進学志願者数(国籍別)

増加する大学進学志願者数(国籍別)

Aレベル合格率の推移

Aレベル合格率の推移

Aレベル試験とは

日本の高校レベルに相当する教育課程Aレベル(Advanced Level)における修了試験の通称。通常は18歳の学期末に行われ、大学進学のために必須となる。英語・数学・メディアといった複数の受験科目を選択することができて、成績はA〜Eの5段階で採点される。ただ近年では異常ともいえる合格率の高さから、選抜試験としての意味を成してないとの意見も聞かれ、合格基準の引き上げを実施する大学も出てきている(生徒にとっては、2009年度のAレベル試験において、A大学の経済学部に合格するためには選択した3科目のそれぞれのグレードがA、B、Cになれば良かったとしても、2010年度からは、それがA、A、Bに引き上げられるという事態が起きることになる)。

大学教育への各国の予算(対GDP費)

フィンランド 1.6%
スウェーデン 1.4%
フランス 1.1%
米国 1%
ドイツ 0.9%
英国 0.9%
ポーランド 0.9%
スペイン 0.9%
イタリア 0.7%
日本 0.5%

2010年度英国の大学ランキング*

1. オックスフォード
2. ケンブリッジ
3. インペリアル・カレッジ
4. セント・アンドリューズ
5. ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン
6. ウォリック
7. ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス
8. ダラム
9. エクセター
10. ブリストル
11. ヨーク
12. キングス・カレッジ・ロンドン
13. バース
14. エディンバラ
15. レスター
16. サウザンプトン
17. ラフバラー
18. シェフィールド
19. グラスゴー
20. ノッティンガム

Sources: The Times
*「タイムズ」紙が、生徒の満足度や各施設の状況などを得点化した上で集計

急増する大学入学志願者数

英国では、「労働者階級が大学教育を受ける機会を増やす」という教育政策を現労働党政権が進めてきたことにより、過去10年ほどで、大学進学の希望者が増加している。しかしながら、2008年9月に発生したリーマン・ショック以降の急激な志願者増は、政府の予想をはるかに超えた。急増の一因は、この不況下において、大学、さらに大学院で学び、より安定した職を手にしたいという若年層が増えたためとされている。また解雇等により職を失った結果、再び大学・大学院を目指す人も多く、「デーリー・テレグラフ」紙は、2009年に大学進学を希望した社会人の志願者数は、前年より50%も増えたと伝えている。

しかし緊縮財政を強いられている政府は、大学教育に対する予算を十分に割けていない。例えば、今年度に設定した大学の定員数の総計は、1万人を増加させたのみ。このうち、最も需要が高い大学のフルタイム学部学生の定員数は3000人増やしたに過ぎず、「焼け石に水」との批判が寄せられている。

さらに、英国の大学入学のための資格試験であるAレベル試験の内容が簡単になってきていることも問題視されている。その結果、要求された基準を満たす成績を取る学生が増えたことで、人気の大学、学部の競争率が押し上げられているのだ。

大学側が取った苦肉の策

そんな中、ロンドンにある医科系大学が新入生に、「ギャップ・イヤー」を取ることを勧めたとの事実が報道された。「デーリー・テレグラフ」紙は、バーツ・ロンドン医科大学が昨年秋に新入生に対し、「皆さんの合格は保証されているが、ギャップ・イヤーを使ってもっと世界を経験することは有意義なこと」との手紙を送ったと伝えている。予定定員数を超えてでも優秀な学生を確保したい一方で、管理・運営する奨学金や学生ローンの財源の捻出に悩む大学が取った苦肉の策と捉えることができるだろう。

今年の進学はさらに狭き門

2010年秋の入学を目指す学生には、更なる困難が待ち受けている。まず昨年度に希望した大学に進学できなかった志願者数は、全国で15万人以上と言われている。その中から再び入学を目指す学生は多いだろう。また外国人留学生も急増中。とりわけ大学機関にとっては金銭的に「最上顧客」である非EU圏からの入学希望者は、無視できない存在なのではないだろうか。

さらに人気上位にランクされる大学では、入学基準をより厳格なものにする動きが加速している。要求するAレベルの成績を引き上げたり、加えて独自の試験を課すことを検討するなどの措置を取る学校は、今後も増えていくだろう。そこまでしても、大学側には予定定員数を守らなければならない理由がある。仮に大学が予定定員より多くの学生を合格させると、超過した入学者一人につき、政府から3000ポンド(約40万円)の罰金が科せられてしまうからだ。「ガーディアン」紙は、このような状況において、2010年度に希望する大学・大学院に進めない志願者の数は20万人を超えると試算している。大学入学希望者の冬の時代は、もうしばらく続きそうだ。

ギャップ・イヤー

主に大学に合格した学生が、入学を1年延ばすことを意味する。その1年の使い方は様々で、学費を稼ぐ、ボランティア活動に従事する、また世界中を旅して見聞を深めるなど。英国では1960年代からこのような慣習が社会に浸透してきたと言われており、現在では「ギャップ・イヤー」にできるボランティア活動を商品として販売する会社が数多くある。ただ最近では、英国人へのテロの懸念が高まっていることで、ギャップ・イヤーに子供が海外へ出掛けることに消極的、さらには引き止める親が徐々に増えているとされている。

(守屋光嗣)

 
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