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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

過激な英国のジョークに非難 - 矢面に立つコメディアンたち

矢面に立つコメディアンたち
過激な英国のジョークに非難

今年1月、BBCのクイズ番組「QI」で披露された被爆者に関わるジョークが、在英邦人の抗議の対象となる事件が起きた。在英日本大使館が邦人らの抗議を伝え、BBCは謝罪。一方では、英国の人気コメディアン、リッキー・ジャベイスの皮肉に満ちた発言が、米ゴールデン・グローブ賞受賞式でひんしゅくを買った。2つの事件の経緯と顛末を追った。

問題視されたジョークの中心人物


スティーブン・フライ 
Stephen Fry

生い立ち 1957年生まれ(53歳)
パブリック・スクールを卒業後、
ケンブリッジ大学で
コメディアン志望の仲間たちと出会う。
以降、コメディアン兼
コメディー作家として活躍
職業 俳優、作家、司会者、コメディアンなど
代表作 テレビ番組「A bit of Fry & Laurie」「Jeeves and Wooster」「Blackadder」ほか多数
問題となった
ジョーク
司会者として出演したBBCのクイズ番組「QI]で 日本の被爆者を「嘲笑した」として抗議を受ける
その後の対応 BBC及び番組制作会社が謝罪。BBCは該当動画を削除。フライの来日予定は取りやめに
リッキー・ジャベイス 
Ricky Gervais

生い立ち 1961年生まれ(49歳)
ユニバーシティー・カレッジ・
ロンドンで生物と哲学を専攻。
ポップ・バンドのボーカルとして
デビューする。
テレビ番組の制作業務などに携わった後に、
代表作となるコメディー番組「The Office」を作る
職業 俳優、コメディアン、脚本家、演出家など
代表作 テレビ番組「The Office」「 Extras 」 映画「Night at the Museum」ほか
問題となった
ジョーク
米ゴールデン・グローブ賞授賞式で司会を務め、 米俳優らを痛烈に皮肉る
その後の対応 米俳優らから批判を受けるも、本人は「だったら 俺を呼ぶな」と回答

「QI」における被爆者を題材にしたジョークの内容(抜粋)

スティーブン・
フライ
世界で一番不幸な男の何が幸福なんだと思う?(略)えーと、この人は見方によって、最も幸運だとも言えるんだ(略)。彼の名前はツトム・ヤマグチ。2010年に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね(略)。
他の出演者 爆弾がその人の上に落ちて、跳ね飛んだとか(会場に笑い)。
スティーブン・
フライ
この人は原爆が爆発したときに商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略)。次の日、彼は汽車に乗った。ということは、驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ(会場に笑い)。
スティーブン・
フライ
彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われた。でも2度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは、90年代になってからだった(略)。
他の出演者 要はあれだね、杯が半分空だと言うか半分入っていると言うかで。でもどちらにしても、放射能を浴びているわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。(会場で笑い)
スティーブン・
フライ
でも僕が何に驚いたって、広島に原爆を落としたのに次の日には鉄道がもう動いていたっていうのが。だって、この国だったら……。(略)
他の出演者: 枯れ葉が何枚か落ちただけで、もう終わりだ(英国では列車遅延の理由として、落ち葉や「雪の種類が駄目」との構内アナウンスが流れることがある。これに引っ掛けたジョークが続く)。爆弾の種類が駄目なんですよ、爆弾の種類が駄目なんです(皆で大笑い)。
スティーブン・
フライ
(駅のアナウンスを真似して)明らかに、爆弾の種類が合っていましたから、大丈夫ですよ皆さん。心配しないで。爆弾の種類は合っていますから。

原爆をネタとしたジョークに抗議

英国のジョークが国境を越えて大きなひんしゅくを買う事件が、最近相次いでいる。まずBBCのお笑いクイズ番組「QI」。昨年末に放映されたこの番組の中で、司会役のスティーブン・フライが、広島と長崎で二重被爆した後に93歳で亡くなった日本人男性を「世界一運が悪い男」として紹介した。そして「93歳まで長生きしたなら、それほど不幸ではない」「原爆が落ちた次の日に列車が走っているなんて、英国では考えられない」などとゲストが発言すると、会場内に笑い声が上がったのである。

この映像に不快感を覚えた在英邦人らが大使館に連絡を取り、今年1月7日になって同館がBBCに抗議の意を示す書簡を送った。この抗議を受けて、BBCと番組制作会社は連名で謝罪声明を発表するに至っている。

ジャベイスのジョークには米映画界が反発

1月16日には、アカデミー賞の前哨戦とされている米ゴールデン・グローブ賞の授賞式で司会をした英コメディアン、リッキー・ジャベイスの発言も騒ぎを引き起こした。アルコール依存症で入院した経験を持つチャーリー・シーンや、麻薬不法所持で刑務所へ入所したことのあるロバート・ダウニー・ジュニアら米人気俳優の過去をネタとしたジョークへの反発を示す声が上がったのである。ダウニー・ジュニアは舞台上で、「すごく意地悪で、悪意のあるトーンだけど、それを除けば、授賞式は最高の雰囲気だよね」と皮肉を込めてやり返した。彼に限らず、ジャベイスが披露したジョークは度を越しているというのが、大部分の出席者が抱いた感想だったようだ。

後のトーク番組への出演時に、ジャベイスは「悪いことをしたとは全然思っていない」と述べている。ハリウッドでは「自分はよそ者」であり、スターを「酷評すること」こそ自分の役割だと言って、自身の行為を正当化している。

英国のジョークはきつ過ぎる?

英国のジョークは、他国の人にはきつ過ぎるのだろうか。この評価は、恐らく受け手によって異なるだろう。どんなジョークも、文化、歴史、価値観など、その社会を構成する複数の要因を共有することで、おかしみが生まれてくるものである。もしこうした要因を共有しない人が英国流のジョークに触れたとき、笑いよりも不快感を覚える場合があることは容易に想像できる。  

QIが被爆者の話題を取り上げた件は、被爆者自身を笑いの対象としていたのではないという点や、どんな内容のものでも風刺の対象とする英国的なジョークの原則から言って、英国人の視聴者には受け入れられるはずのものであった。一方で、原爆投下や被爆者体験をジョークの対象にされたくないという思いが強い多くの日本国民からすれば、とうてい我慢がならない内容であったこともまた確かである。  

笑い一つを取っても、自分自身の立ち位置、価値観、歴史観が色濃く表れる。言い代えれば、笑いを通じて自分を知る── そんな機会をBBCやジャベイスのジョークは、与えてくれたのかもしれない。

Jerry Springer: The Opera

米人気司会者ジェリー・スプリンガーによる、米国の視聴者参加型トーク・ショーを基にしたミュージカル。テレビ版は、不倫、離婚、人種差別といった問題を抱える登場者が悩みごとを話すことを主な内容とする低俗番組の代表格とされる。ミュージカルではオムツ姿のイエス・キリストが登場したりするなど、キリスト教を冒とくする要素が多々入っている。2005年にBBCがテレビ放映を予定に組むと、放送差し止めを求める5万件以上の苦情が殺到した。しかしBBCは放送を決行。その後キリスト教団体がBBCを神への冒とく行為を行ったとして訴えたが、07年に敗訴した。

(小林恭子)

 
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