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Mon, 04 November 2024

第47回 垂直・水平分業の幻想

NICSとASEAN

金融・為替市場が荒れる時は、基本的な経済構造に立ち返って考えてみるのが良い。経済構造は地理的・技術的条件の変化に応じて20〜100年単位でうねり、そのうねりの中に回帰する循環的な振動があるのだ。 

20年ほど前、筆者が就職した頃はアジア経済の勃興期で、NICS(New Industrializing Countries)という言葉が流行っていた。NICSとは韓国、香港、台湾、シンガポールを指し、これらが電子機器などを中心とする製造業で日本に続いて勃興するという見通しがそこにはあった。当時日本との貿易赤字に悩まされていた米国では、日本からの輸入を規制しても、結局はこれらの国からの輸入が増えるだけなので、数値目標は意味があるとかないとか、そういう議論がなされていた。今風には、エマージング諸国という呼び方になるであろう。それに続くのはASEAN諸国(タイ、マレーシア、インドネシア、フイリピン)で、日本を先頭に雁行型で垂直分業するという学説も多かった。雁が群れ飛ぶように、最も付加価値のある高技術製品は日本が、次いで付加価値の高い電子分品などはNICSが、それに軽工業品などはASEANが担うというものであった。今思えば隔世の感があるが、中国やインドはそうした考察の枠外であったし、今年注目のベトナム、南米諸国、そして今後要注目の中央アジア諸国やアフリカ諸国などは援助の対象でありこそすれ、経済取引のパートナーになりうるなどとは思いもよらなかった。

動態的な考察ができなかったと言えばそれまでであるが、当時はこれほどまでアジアでヒト、モノ、カネの結びつきが強くなるとは想像できなかった。経済学で言う比較優位(それぞれの国や地域が、得意な分野に特化して棲み分けることで経済全体の利益も上昇するという考え方。英国の経済学者デービッド・リカードが唱えた)に基づき、日本、NICS、ASEANは得意分野に特化し、その棲み分けが永久に続くと考えたのだ。

現実のダイナミズム

しかし、そうした比較優位に基づく棲み分けも固定的ものと考えては経済を見誤る。たとえ付加価値の低い軽工業などの産業でも、そうした産業が根付けばそこで稼いだ資本を機械などに再投資し、より高付加価値な産業へと構造改革ができる。中国は日本の下請け的なイメージがあったが、今や2国間相互の輸出入の30%近くは電子部品などであり、両国は電気、電子産業では水平的に棲み分け始めている(水平分業)。そして中国が担っていた軽工業はベトナムやカンボジアへシフトしつつある。そして重厚長大の造船業では今や世界一の生産国は韓国で、2位の日本は中国に猛追されており、追い抜かれるのは時間の問題と思われる。

この行き着く先は、水平分業どころか逆垂直分業で、付加価値の高い製品は中国で、低い製品は日本で、ということも最悪ありえないわけではない。日本の自動車産業と米国のそれを比べれば、あながちこうした考えも妄想とは言えまい。その自動車ですら環境配慮ではトヨタ車が世界をリードしているように窺えるが、世界の大衆が求める低価格車では、韓国やさらには中国、インド車で十分という時代がもう目前にある。高級車の代名詞であったドイツ車の環境面での苦戦下、メルケル首相のEU内でのドイツ車保護のための奮迅は、一種の保護主義活動としか見られない。

日本は何で食うか

こうなると日本は何で食っていくのか、すなわちどの分野で付加価値を上げて、生活水準を維持していくのかということが問題になる。日本で技術立国になるための改革、それ以前に構造改革、前提として教育改革が叫ばれる所以なのだが、まだコンセンサスはないように思う。少なくとも明らかなことは、IT技術や金融では先進国でなく、人口減少の下では経済大国を維持することはまず困難であるということだ。それに伴い政治外交力も低下する公算が強い。

中国語でドメインを作り始めるような世界性を日本人が持てるのか問われるところである。中規模国として得意分野がない場合、アジアの文脈でEU内の中規模国のように生きるのか、といった選択肢なども考えることになろう。いろいろ事件はあったが韓国はバイオ関係で集積を進めている。中程度の国内市場がある日本は、そこに甘んじられるため一部企業を除いて海外販売があまり得意とは言えない。少々景気が回復し金利が上がっても、結局、バブルの生成と崩壊およびそこからの回復過程では、小泉首相の公的部門の構造改革が進みかけた程度の成果しかなく、産業の根本問題に対して何ら活路を見出せていないのではないかという懸念を払拭できないのである。

(2007年3月1日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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