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Fri, 19 April 2024

第4回 別天地カナリア諸島にて。

私の世代は「カナリア諸島」と言えば、大瀧詠一の「カナリア諸島にて」を思い出す。アルバム「ア・ロング・バケーション」に収録された曲で、ヒットしたのは大学生になったばかりのころだった。友人からダビングしてもらったテープを、切れそうになるほど聞いた覚えがある。

ロンドンから飛行機で約3時間。アフリカのモーリタニア沖に浮かぶカナリア諸島(スペイン領)は、英国人に大人気のリゾート地だ。私が同諸島の中心、グラン・カナリア島を訪れたのは昨年12月である。クリスマス前だったが、すでに島は英国人やドイツ人で大にぎわいだった。とくに、南部の「Playa del Ingles」地区(英語で「Beach of English」の意味)は、文字通り、英国人で溢れかえっていた。リゾート・マンションや5つ星ホテルが海岸沿いとその奥を埋め尽くし、繁華街の灯りは夜遅くまで消えなかった。

過日の「デーリー・エクスプレス」紙に「英国人の4割は定年後、海外に住みたいと考えている」という記事があった。オーストラリアやカナダなどの英語圏と並び、スペインの人気も高い。動機が「英国の悪天候」というのも、うなずける。止むことのない暖かな微風、明るい太陽。確かに、島は別天地なのだ。

カナリア諸島が別天地なのは、英国人に限ったことではない。アフリカの貧しい人々にとっても、カナリア諸島は、まぶしい土地である。

同諸島は主に7つの島から成る。最も大きいグラン・カナリア島でも佐渡島2つ分程度の面積しかない。その狭い土地を目指して、1昨年は3万2000人、昨年も3万人弱のアフリカ人が漂着した。

春先から夏は、アフリカ西海岸に沿って北上する海流が、ちょうどカナリア諸島にぶつかる。貧しいアフリカの大地を捨て「豊かな欧州」を目指す彼らは、十数人、あるいは数十人単位で小さなボートに乗り込み、海流に乗ってカナリアを目指すのだ。しかも、地元赤十字によると、漂着できるのは3分の1。残りは島に到達できず、大西洋を漂流する。

何人かの漂着民に話を聞いた。

トーゴ出身のコムラ・ロゴッソさん(28)=年齢は取材時、以下同=は「仕事のため、かせぐため」と言い切った。トーゴでは、郷里の漁村で運転手を3年。その後は首都ロメの港で荷役作業に従事した。彼が使ったのは小船ではなく、コンテナ船。夜間の港湾作業中、行き先も確認しないまま船底に隠れた。8日後、グラン・カナリア島に上陸。両親や妻を国に残したままだった。

「正直言えば、欧州ならどこでも良かった。力仕事が国では1日1.5ユーロ(約250円)、同じ仕事がここでは1日40ユーロ(約6800円)。すごいと思わないか?国でも懸命に働いたよ。でもさ、いくら働いても貧しさが消えないんだ」

シエラレオネ出身のトミー・コールカルさん(42)は、小船でグラン・カナリア島の南部に漂着し、赤十字に保護された。

同国は激しい内戦があったことで知られる。知人や肉親の何人かは反政府勢力に反発したとして、腕や足を切り落とされた。そうした混乱の中、彼はアフリカ西海岸沿いを陸路北上し、モーリタニアから小舟に乗った。故国を離れ、すでに8年。家族との連絡も取れていない。

「早く紙(スペイン政府発行の正規の滞在許可証)がほしい。それがあれば、完全に自由になれる。新しい人生がもうすぐ始まるんだ。家族と別れたのは悲しいが、将来を考えると興奮する。スペイン本土の農場では、いっぱい稼いでいるアフリカ人がいる。早く、本土に渡って仕事がしたいんだ」

取材を終え、夕方、Playa del Ingles近くの港に足を運んだ。この周辺は、アフリカ人がよく漂着する場所でもある。

防波堤の先端付近に小船が1隻、半分沈んだ状態で放置されていた。近くにいた沿岸警備隊の隊員は「密航者が乗り捨てたんだ。夜中に5、6人かな。通報で駆け付けたが、彼らは去った後だった」と言う。

防波堤から振り返ると、リゾート・マンションやホテルの灯りが実に美しかった。まるでポスターのようだ。街の喧噪こそ聞こえなかったが、大勢の観光客は、間もなく始まる夜を待ち望んでいたに違いない。

そのすぐ近くの波間で、小船は揺れ続けていた。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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