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Sat, 24 August 2019

第13回 地下鉄通路の幸せ交差点。

本誌・英国ニュースダイジェストで人生相談「悩んだときはこれを聴け!」を担当する土門秀明さんは、どちらかというと、とつとつした喋り方をする。「バスカー」と聞けば、派手そうな印象があるが、人柄は穏やかで気負いもない。それでいて、話を交わせば、実はとても芯が強い人だと分かる。

土門さんと初めて会ったのは、今年2月の風が強い午後だった。

ほぼ毎日、どこかの地下鉄駅でギターを弾く土門さんはこの日、ロンドン中心部のサウス・ケンジントン駅にいた。ロイヤル・アルバート・ホールにつながる地下通路で、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」などを約2時間。行き交う人の群れの、何人かは土門さんの前で演奏に聴き入り、何人かはギター・ケースに小銭を置いた。

地下鉄駅でバスキングを始めて5年。土門さんの前ではこの間、小さな、しかしいろんな出来事があった。

小雨が降る、ある秋の夜。

目の前に乳母車が止まった。母親は「この子は3カ月だけど、音楽が大好きなの。1曲、お願いできるかしら」と言う。ショパンの曲を弾くと、母親は「きれいね」と言いながら、子供をあやし、やがて1ポンド硬貨を置いて立ち去ろうとした。

「どんなにかわいい子かな、とのぞき込んだら、青い目の人形でした」

チップを盗まれたことは、数え切れないほどある。

ある夏の夕方だった。

柄の悪そうな若い黒人グループの1人が、すれ違いざまに1ポンド硬貨をくすねた。チップ暮らしの身にとって、1ポンドは少額ではない。さりとて、楽器類を置いて追いかけるわけにもいかない。落ち込んでいると、向こうから黒人少女の大声が聞こえてきた。

「あなた、なにをやってるの? そんなことするから、黒人はいつまでもヘンな目で見られるのよ。お金、早く出しなさい! 私が返してくるから!」

世界最古のロンドン地下鉄は、どの駅も、狭くて天井の低い通路が連なる。バスカーたちは、その通路を舞台に、楽器を奏で、歌い、チップを稼ぐ。2003年から必要となった地下鉄当局の認可を持つバスカーは、現在約400人。英国や欧州はもちろん、ロシア、韓国などのアジア、アフリカ地方など出身地はさまざまで、彼らのバスキングは、ロンドン全体で毎週3000を数える。

地下鉄が爆破された2005年7月のロンドン同時テロのときも、バスカーたちは翌日から活動を始めた。土門さんも、地下鉄当局の女性係員から「みんな朝から、いつも通りに演奏してるわよ。あなたも早く行きなさい」と尻をたたかれた。そして、他のバスカーたちもおそらくそうだったように、彼はその日、「きょうはチップは受け取らない。みんなのために歌う」と書かれた段ボールを足元に置いた。

「英国に来たのは、日本を逃げ出したかったからです」と、土門さんは言う。

山形県の高校を卒業後、ギターで身を立てようと上京。21歳で人気デュオ「バブルガムブラザーズ」のバックバンド・ギタリストになり、ステージに立つ日が続いた。ところが、30歳のころ、独り立ちに失敗し、サラリーマンに。そこで勤務先の不祥事に巻き込まれた。

「信頼する上司に裏切られ、失恋も重なって」

そして、マンションを売って退路を断ち、ロックの本場で再び音楽に触れようと、この街に来た。

土門さんのギターに涙を流す人がいる。演奏中の彼に体をくっつけ、じっと過ごす人もいる。目や体の不自由な人ほど「がんばって」と応援してくれることも知った。みんな、何かを抱え、支え合い、懸命に生きている。土門さんは、その人たちのための「魂のギタリスト」でありたいと思う。

「日本では音楽で成功しませんでした。でも今は、好きな音楽が自由にできるし、音楽の本当の力を知ったような気がします。負け惜しみではなく、今が一番幸せです」

他の大勢のバスカーたちも、その前を通り過ぎる人たちも、さまざまな人生を背負っている。それらが交差する地下通路は、だから、ときに、優しさが溢れている。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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