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Sat, 17 August 2019

第17回 大津波警報!大津波警報!

「地震のない英国」では、ちょっとの揺れでも大騒ぎになる。今年2月末、イングランド東部で地震が起きた時には、24時間ニュースのテレビは一日中、このニュースをトップで流していた。マグニチュードは5.3。煙突が倒れたとか、住宅のレンガが一部崩れたとか、被害はそんな程度だったのだが。

そうはいっても、地震はやっぱり怖い。中国四川省で発生した大地震の報道を見ていると、本当に怖い。

私が直接、地震の恐怖を一番に感じたのは、1993年7月の北海道南西沖地震である。

警察担当記者だった私はその晩、札幌の北海道警察本部で夜勤に就いていた。大した事件もなく、ごろごろしていた午後10時過ぎ。突然、ゆらー、ゆらー、とした揺れが来た。客船が大きなうねりに翻弄されているような、そんな揺れである。NHKのテレビ画面が切り替わって、アナウンサーがしゃべり始めた。

「北海道南西部に大津波警報が出ました。大津波警報です。大津波警報です」

津波注意報と津波警報は聞いた経験があったと思う。だが、「大津波」の「警報」は初めてだ。テレビには地図が映し出され、北海道南西部の海岸線が赤色で点滅している。

「大津波警報です、大津波警報です。繰り返します、大津波警報です」

警察本部は大騒動になった。警察官が次々と呼び戻され、あわただしい情報収集が始まる。やがて、幹部たちが叫び始めた。

「奥尻の情報がないぞ、奥尻はどうなっているんだ!」

奥尻島は北海道南西部の沖合に浮かぶ小さな島で、警察組織としては駐在所があるだけだ。やがて、「海の向こうの奥尻島方向に火が見える」との情報が入ってきた。取材記者は数班に分かれ、車で北海道南西部を目指したが、土砂崩れや道路陥没に阻まれ、被害の大きな地域にはなかなか到達できない。

被害の大まかな様子が判明したのは、夜が明けてからである。

2年後に起きた阪神大震災とは比べるべくもないが、北海道南西沖地震の被害も甚大だった。

死者201人、行方不明29人、負傷者323人。全壊や半壊等の建物被害は1万棟近くに達し、漁船も2000隻近くが損壊・行方不明になった。

そして、津波である。

津波の高さは平均でも10メートル程度。ひどいところでは30メートルを超えた。高圧線の鉄塔の先端に、無数の昆布が引っ掛かっていたほどだ。その大波が新幹線以上の猛速度で奥尻島を襲ったのである。だから死因の多くは、「水死」ではなく「全身打撲」だった。

規模の大きな地震では、その後の対応も混乱する。

中国四川省の大地震でも、救助の遅れや混乱は痛々しい。外国の救助活動に対しても、中国政府は当初、それらの申し出を断り、それが大きく批判された。

実は阪神大震災の際は当初、日本政府も「受け入れ態勢が整っていない」「日本だけで対応できる」といった理由で、外国からの救助の申し入れを断った経緯がある。米国は空母を神戸沖に派遣し、そこを救護拠点とすると申し出たが、それも断り、救助犬を使うとしたスイスからの提案も断った。自衛隊の現地派遣も遅れたほか、支援活動に従事する種々の団体等も、現地へ到着する前に交通の大混乱に巻き込まれた。

四川省大地震に関する日本の報道を見ていると、中国側の対応のまずさを批判するものが結構目立つ。批判は必要かもしれないが、日本でも関東・東海地方などで大地震が予想されていることを考えると、「中国はやっぱりひどい。それに比べて日本は……」などと、留飲を下げている場合ではない。

北海道南西沖地震では、取材が一段落したころ、当時の上司からこう言われた。

「この経験はきちんと組織で共有しないといけない。経験を蓄積し、今後に備えないといけない。あとの世代にきちんと伝える方法を考えろ」

あれから15年。オオカミ少年ではないけれど、日本では近い将来、必ず大きな揺れが来る。それに「地震のない英国」でこの先、大きな地震がないと、だれが言い切れるのか。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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