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Tue, 16 July 2019

第25回 1976年のほうき星

この7月、2年半ぶりに日本へ戻った。英国への赴任後、初の一時帰国である。そして、札幌も東京も大都会だと、改めて実感した。

なにしろ、夜になっても星が見えない。東京はともかく、札幌もこんなに夜空が明るかっただろうか。日本の夏に特有の、あの湿った空気のせいかもしれないが、間違いなく、ロンドンの方が星はよく見える。

私は星が大好きで、子供のころは本気で天文学者になりたいと思っていた。

夜ごと、天体望遠鏡を庭に運び出した。反射式望遠鏡を自分で作ったこともある。望遠鏡で土星の輪や三日月型の金星を初めて見たときは、心底、驚いた。星雲や星団も目にしたし、表現のしようがないほど美しい連星も瞼(まぶた)に刻んだ。

そして、彗星である。

彗星は「ほうき星」とも言う。冥王星よりも遠い、太陽系の遙か向こうから、彗星は太陽をめがけてやってくる。彗星自体は、氷とチリが固まった、雪だるまのような天体だ。太陽に近づくと氷は解け、走行中の蒸気機関車の煙が後ろにたなびくように、長い尾となって、宇宙空間を流れて行く。

そのころ読んだ天文書には、過去の大彗星の話が続々登場した。「彗星の頭の部分が地平線の下にあっても、その尾は頭上を越えて反対側の地平線にまで伸びていた」とか、「6本に分かれた尾が湖面に映し出されていた」とか。とくに1858年10月に現れた「ドナチ彗星」の話は、心をとらえてはなさなかった。

ドナチ彗星は史上初めて、写真に撮られた彗星として天文ファンに知られている。写真の舞台はパリ。セーヌ川沿いのパリ市庁舎をシルエットにして、その尖塔の上に、巨大な彗星が横たわっている。牛飼(うしかい) 座の一等星の横で、彗星の頭部が輝き、幅広の尾がゆるく南側にカーブしている。当時のパリの夜は暗く、そして彗星は、まばゆく、神秘的だった。

彗星を見たい。

そう願っていたころ、「世紀の」と形容するにふさわしい大彗星が現れた。忘れもしない、1976年の春3月のことだ。「途方もなく大きな彗星が太陽に接近している」という話を知り、私は大いに興奮した。彗星は、最初にそれを発見した人の名前が付く。この大彗星は「ウエスト彗星」と呼ばれた。

明け方の空で最も長い尾を引いて、見やすくなると言われた日。私はふとんに入ったまま、興奮して眠れなかった。ところが、明け方を前に、つい、うとうとしたのだと思う。目覚まし時計の音に気付かず、しかし、突然、ガバッと目が覚めた。布団から飛び出す。そして、窓に駆け寄った……。

あんな空は、もう二度と目にすることがないと思う。

空は少しだけ白み始めていた。2階の窓から身を乗り出すと、近所の土蔵の瓦屋根はまだ黒い夜の中にあった。その屋根の向こうの空に、サーチライトのような明るい光が、まっすぐに立ち上がっているのだ。見事な尾である。頭の部分は、まだ屋根に隠れているのに、尾は見上げるほどの高さに伸びていた。

私は大急ぎで着替え、裏山を駆け上がった。

そのときの光景をどう表現すればいいのだろうか。

朝焼けが近い東の空は、黒色からブドウ色、白色から朱色へと、グラデーションのように色が変わっていく。その中に、白色とも金色ともつかぬ彗星が視界いっぱいに広がっていたのだ。手にしたカメラのシャッターをほとんど切ることもなく、ただただ、荘厳な姿に見とれた。

湖や大きな池のある場所に立ったとしよう。風のない夜なら、月が水面に映る。暗い場所なら、明けの明星や宵の明星も映る。原生林に囲まれた北海道東部の湖は、風のない新月の夜なら、天の川を映すと言われる。天にも地にも星がある。裏山からの帰り道、この大彗星も、近所の池に大きな姿を見事に映し出した。空に、地に、彗星は長い尾をひいていた。

地球は1年をかけて、太陽の周囲を回る。彗星のそれは、ほとんどが数百年から数万年である。

この原稿を書いている夜が明ければ、私はロンドン行きの飛行機に乗る。地球の正反対に位置する両国の、なんと近いことか。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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