ニュースダイジェストの制作業務
Tue, 19 March 2024

困難な状況を笑うことそれこそが英国人のユーモア「ロンドン・マラソン・リミテッド」

東日本大震災の発生後、日本においてもチャリティー活動がより盛んに行われるようになってきた。国が違えば、チャリティー文化も異なる。そこで2015年最初の英国ニュースダイジェストでは、欧州3国で支持を集めるチャリティー団体を紹介。最初に取り上げるのは、「チャリティー・マラソン」の先駆けであるロンドン・マラソンだ。走ることで、どうして募金活動になるのか。なぜロンドンにはチャリティー・ランナーが突出して多いのか。関係者に話を聞いた。

The London Marathon Limited とは?

毎年4月にロンドン中心部で開催されるロンドン・マラソンの運営会社。同ロンドン・マラソンなど英各地で主催するスポーツ・イベントを通じて得られる全利益をロンドン・マラソン慈善基金に寄付。寄付金は、同基金からロンドンを中心とするスポーツやレクリエーション関連施設へと分配される。またロンドン・マラソンでは1000を超えるチャリティー団体に対してチャリティー枠を多数確保することで、世界最大級となるチャリティー・イベントの運営に成功している。
www.virginmoneylondonmarathon.com

世界最大級のチャリティー・イベント

毎年4月の日曜日、ロンドン市内ではロンドン・マラソンが開催される。かつては瀬古利彦や谷口浩美といった往年の日本人選手が先頭でゴールを切り、2003年には英国人選手のポーラ・ラドクリフが女子マラソンの現世界記録を樹立したこの大会の開催は、今年で35回目を迎える。

子午線で有名なグリニッジ旧王立天文台の近くからスタートし、ロンドン塔や大観覧車ロンドン・アイを横目に走り抜け、バッキンガム宮殿前でゴールするというロンドン市内観光ツアーのようなコースの沿道には、いつもたくさんの人だかりができる。当日に沿道へ応援に駆け付ける人数は約75万人。ロンドンの地下鉄は毎年この日に1日当たりの最多乗客数を記録するという。

沿道は、いつも活気に満ちている。世界各地から招聘(しょうへい)されたオリンピック選手や市民ランナーへの声援。元サッカー選手のマイケル・オーウェンやセレブ・シェフのゴードン・ラムジー、美人メゾソプラノ歌手のキャサリン・ジェンキンスといった、大会に出場した英国の有名人たちへの冗談交じりの野次。ウェディング・ドレスやゴリラの着ぐるみを着用して走る仮装ランナーたちが通り過ぎるたびに起こる笑い声。そして、沿道に陣取ったジャズ・バンドの演奏。スポーツの大会というよりも、あたかもロンドンという街全体を上げてのお祭りのような趣である。

このお祭りとしての側面に加えて、ロンドン・マラソンは世界最大級のチャリティー・イベントとしての顔も持っている。実は「毎年開催されるチャリティー・イベントとして1日で集める寄付金が最大のイベント」というギネス世界記録をも保持しているのだ。

出場者の大半はチャリティー・ランナー

ロンドン・マラソンの2013年の応募者は16万7449人で、実際の出場者数は3万4631人。抽選となる一般応募枠に加えて招待選手枠さらにはチャリティー枠なるものが存在し、チャリティー枠は全体の3分の1を占める。集まった寄付金は5300万ポンド(約99億円)に達した。

ちなみに1897年に創設された、近代オリンピックに次いで歴史の古いスポーツ大会と言われる米国のボストン・マラソンの2014年大会には3万2458人が出走し、そのうちチャリティー・ランナーは約2500人で、集まった寄付金額は3800万ドル(約46億円)。同年の東京マラソンでは出走者数が3万5556人で、チャリティー・ランナーは2593人(法人チャリティー枠506人)、寄付金は約2億7000万円。出走者数は3大会ともほぼ同じでありながら、ロンドン・マラソンではチャリティー・ランナーの割合が突出して大きいことがよく分かる。

ここで「募金活動を目的としてマラソン大会に出場する」という慣習にあまりなじみがない方のために、「チャリティー・ランナー」とはどのようなものであるかを簡単に説明しよう。ロンドン・マラソンには、実にたくさんのチャリティー団体が関わっている。チャリティー・ランナーとして出場する人は、その中からどのチャリティー団体に登録するかを決めなければならない。例えば、ロンドン・マラソンを通じて、がんの研究に必要な資金を集めるチャリティー団体のために寄付金を集めるとする。肉親をがんで亡くしたことがあるとか、仲の良い友人がそのチャリティー団体に勤務しているなど、その動機は様々だ。詳しい制度については後述するが、ロンドン・マラソンにおけるチャリティー枠を多く持っているという理由で特定のチャリティー団体を選ぶという人も多くいる。

チャリティー団体を選んだら、次は募金活動。家族や友人、会社の同僚などに、マラソン大会に出場するから、もしくは自己ベスト記録に挑戦するから、応援の気持ちとして一人につき一定額の寄付をしてほしい、といったお願いをする。この提案に賛同した人たちによる寄付金が、ランナーを通じた現金受け渡しやクレジット・カードでの入金によって、最終的には事前に登録したチャリティー団体へと送り届けられるという段取りになっているのだ。

ロンドン・マラソンには、この慣習を制度化した「ゴールデン・ボンド」と呼ばれる仕組みがある。同制度において、チャリティー団体は1枠につき300ポンドを大会主催者に支払い、大会への出場枠を確保する。そしてこの枠を、自分たちに代わって数千ポンド単位の募金活動を行ってくれるランナーに分配するのだ。大会主催者はゴールデン・ボンドを通じて、750団体に対して1万5000枠を提供。また各団体につき1枠限定となる「シルバー・ボンド」でも550枠を確保している。

さらには抽選の倍率が非常に高いことで知られる一般枠の当選者の中にも、寄付金を集めるランナーが多数いる。これらも合わせると、出場者の75%が本大会を通じて募金活動を行っていることになるという。

英国的ユーモアとの関係

ロンドン・マラソン大会創立者を父に持つヒュー・ブラッシャーさん
大会創立者を父に持つヒュー・ブラッシャーさん

ロンドン・マラソンの運営会社「ロンドン・マラソン・リミテッド」の最高職となる「レース・ダイレクター」を務めるヒュー・ブラッシャーさんは、大会創設者の一人である父の手伝いをしていた15歳のときから本大会の運営に関わってきた。「1981年の創設当初は、日常的に練習を積んだ、いわゆる玄人はだしのランナーばかりが集う大会でした。ところが現在では、これまで1キロさえ走ったことがないという方がたくさん出場します。当たり前のことですが、日頃から長距離種目の練習を重ねている人にとっては、ロンドン・マラソンは数あるレースの一つに過ぎません。ところが未経験者にとって、マラソンとは言わば『人生最大の挑戦』。こうしたランナーが増えていくにつれて、レースを通じての募金活動が盛んになっていったのです」。

しかし、なぜ初心者レベルのアマチュア・ランナーの参加が増えると、募金活動の規模も拡大していくのだろうか。「英国的なユーモアの特質の一つに、『困難な状況を笑う』というものがあります。初心者にとって、マラソンとは困難な営みの極致ですよね。この困難を真正面から受け止めることでさらに苦しい思いをするよりも、家族や友人に応援してもらいながら、ユーモアの心を持って取り組もうと考える人が多いからなのでしょう。非常に英国人的な考え方だと思いますね」。今やロンドン・マラソンの名物となった仮装ランナーも、注目を集めることで自身が登録するチャリティーへの関心を高め、またユーモアの心を持ってレースに臨むという姿勢の表れなのだという。

大会主催者も寄付

ロンドン・マラソンにおける寄付金は、各チャリティー団体が大会参加費を払った上で独自に集めているものに留まらない。大会の運営団体も大規模な寄付を行っている。

この大会はそもそも、陸上の3000メートル障害の五輪金メダリストであるクリス・ブラッシャーさんと、同じく五輪の同種目で銅メダルを獲得したジョン・ディズリーさんという2人の英国人陸上選手たちによって創設された。2人が79年に米国のニューヨーク・シティ・マラソンに出場した際に大きな感動を覚えたことがきっかけになったのだという。そのときの父の様子を、先に紹介したヒューさんはよく覚えている。「サッカーのワールド・カップ決勝や、競馬のダービーでもあれほどの声援を聞いたことはないと興奮していました。しかも当時とても治安が悪いと言われていたニューヨークで、市民が一体となったイベントが開催されたということに感動したのだと思います」。

ニューヨークから帰国した2人は、このニューヨーク・シティ・マラソンをモデルとした市民マラソン大会をロンドンでも開催することを計画。その際に以下の「6つの目標」を掲げた。

① 高速コースと熾烈な国際競争の場を提供することで、英国におけるマラソンのレベルと地位を高める
② 人類に対して、人間の団結が可能であることを示す
③ ロンドンにおけるレクリエーション施設の整備を目的とした寄付金を集める
④ ロンドンの観光業に貢献する
⑤ イベントの開催においては英国が最も優れていると証明する
⑥ 数々の問題が起きているこの世の中において幸福感と達成感を提供する


バッキンガム宮殿前がロンドン・マラソンのゴールとなる

このうち③が、現在まで続けられている大会主催者が行う寄付に当たる。ロンドン・マラソン・リミテッドが、参加費やテレビ放映権、スポンサー収益などから、人件費を含む運営費などの費用を引いた全額がすべて「ロンドン・マラソン慈善基金」へと渡り、同機関からスポーツ及びレクリエーション関連の各事業へと分配される仕組みになっているのだ。同基金のサラ・リドレーさんによると「スポーツ振興に役立つか、ロンドン・マラソンなどのレース会場周辺地域への貢献となるかなどの観点から申請案件を審査した上で、平均して年50件ほどに寄付を行っています」。2013年は360万ポンド、過去総計で約1000事業に5000万ポンドを提供。これらの案件の中には、12年に開催されたロンドン五輪での水泳競技の会場となった巨大プールにおける車いす補助用具の購入や、土地開発業者たちによる地上げで存続の危機に立たされている競技場への資金の供給などが含まれる。

こうしてロンドン中心部でマラソン大会が開催されることにより街が豊かになり、またチャリティー団体の存在なくしては見捨てられがちな人々が支援を受けることができるからこそ、多くの人々や機関がこのイベントを応援するのだろう。そもそも、大会に参加している各チャリティー団体が扱う難病や貧困といった問題は、本来であればスポーツや笑いとは縁遠い種類のものであるはずだ。だからといって、苦虫をかみつぶしていれば解決するわけではない。それならばとばかりに、周囲の人をも巻き込みながら、マラソンというスポーツと、お祭りの雰囲気を通じて、結果的に資金の確保という最も現実的な解決策を提供する。ロンドン・マラソンにおける沿道の熱気には、チャリティーに対する英国人の知恵がたくさん詰まっている。

英国の著名チャリティー

英各地では、マラソンを始めとするスポーツ関連のチャリティー・イベントが頻繁に開催されている。絶滅の危機にさらされている野生のマウンテン・ゴリラの保護を目的としたミニ・マラソン大会が「ゴリラ・ラン」。ロンドンの金融街シティに設置された8キロのコースを、ゴリラの着ぐるみを着用して走る。また「ムーンウォーク」は、乳がん研究の資金集めを目的としたウォーキング大会。ロンドン中心部で深夜、特製のブラジャーを着用して早足で長距離を歩く。ブラジャーを着用するのであれば、男性でも参加可。また「ロンドン・マラソン・リミテッド」は、ロンドン・マラソンのほかにも英各地のマラソンや自転車レースなどを運営し、開催地周辺のスポーツ施設への寄付を行っている。ちなみにロンドン・マラソンではウィリアム王子の次男であるヘンリー王子が、ムーンウォークはチャールズ皇太子がパトロンを務めている。

日本の24時間テレビ「愛は地球を救う」のような、チャリティー企画を目的としたテレビ番組が、BBCが2年に1度放映している「レッド・ノーズ・デイ」。「コミック・リリーフ」というチャリティー団体が、番組名にもなっている赤鼻を付けた著名お笑い芸人たちを中心とする特別番組を通じて、世界中の貧困問題の解決に向けた寄付を募る。同番組の出演者と撮影スタッフは無償で協力。過去にはブレア元首相が出演し、お笑い芸人との掛け合いを演じたこともあった。

2003年から日本でも発行されている、ホームレスが販売するストリート・ペーパーが「ビッグ・イシュー」。ホームレスはこの雑誌を一部1.25ポンドで購入し(場合によっては無償提供)、2.5ポンドで販売。出版社の利益はホームレスの仕事探しの支援などを行うビッグ・イシュー財団へと回る。日本でも人気の英俳優ベネディクト・カンバーバッチを始めとする数々の有名人たちが、毎号の表紙を飾っている。


 
 

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