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Thu, 21 November 2019

演出家・蜷川幸雄
「疾走するジジイで在り続けたい」

例えば外国人が演じる歌舞伎や能を、どのくらいの日本人が
違和感なく受け入れることができるだろうか。
どんなに彼らが上手に日本語を操っても、
どんなに鮮やかに舞ってみせても、拒否感を示す人は多いはずだ。
シェークスピア生誕の地、英国。英国演劇の核を成す
シェークスピアをしかし、英国人におもねることなく
真っ向から取り上げ、受け入れられている
稀有な日本の演劇人がいる。演出家、蜷川幸雄。
日本人として、そしてアジア人としてのアイデンティティを、
シェークスピアで、日本語と日本人役者を使うことによって
示し続ける蜷川の演劇人としての生き様とは。
(取材、文: 本誌編集部 村上 祥子)

蜷川幸雄
蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)
1935年埼玉県生まれ。日本演劇界の第一人者として、国内外でさまざまな作品を発表している世界的演出家。(財)埼玉県芸術文化振興財団芸術監督、Bunkamuraシアターコクーン芸術監督などを兼任。1983年「王女メディア」のギリシャ・ローマ公演以降、ヨーロッパ、米国など世界各国で数多くの作品を上演しており、英国では97年「身毒丸」、99~2000年「リア王」、04年「ハムレット」など数々の作品を発表、英国内における知名度は非常に高い。昨年6月にはロイヤル・シェークスピア・カンパニー主催のコンプリート・ワークス・フェスティバルに「タイタス・アンドロニカス」で参加、英国人批評家から絶賛された。

シェークスピアのローマ史劇、「コリオレイナス」の日本公演を大成功のうちに終え、同作品のロンドン公演を間近に控えた3月29日。同時進行で同じくシェークスピアの「恋の骨折り損」の日本全国公演、他作品を5月公演予定という怒涛のスケジュールの中、今回の電話インタビューは行われた。「世界のニナガワ」、そう呼ばれるようになって久しい蜷川の照準は常に世界を向いている。しかしその一方で、発せられる言葉の節々からは、自国を厳しくも温かい眼差しで見据える一個の日本人としての真摯な思いが伝わってきた。

日本人としてのアイデンティティ

「まあ、今までもそうだったんですけれども、今回も日本でやったものをそのまま持っていこうと思っています」。海外公演という気負いをまったく感じさせない、淡々とした言葉。シェークスピア作品をロンドンで上演するという、普通なら緊張を感じずにはいられない状況も、蜷川にとっては演劇人生における日常の1ページに過ぎないようだ。2006年6月には、ロイヤル・シェークスピア・カンパニー主催のシェークスピア演劇の祭典、「コンプリート・ワークス」にて「タイタス・アンドロニカス」を上演。

今回は2年連続のシェークスピア作品英国上演となる。選んだ演目は前回同様、古代ローマがテーマの「コリオレイナス」。日本はもとより、英国でも馴染みの薄い、陰惨な復讐劇を選んだのは何故なのか。この作品は、以前からやってみたかったものだったのだと蜷川は言う。「現在の指導者と民衆、あと母親も含めて肉親との関係ですね、それが現在の我々の問題でもあるという風に考えて選びました」。それともう一つの大きな理由、それは今回主演を演じる唐沢寿明という存在にあった。2002年「マクベス」で主演に配し、「また仕事をしたいと思っていた」唐沢寿明、彼を使うならば「コリオレイナスだろう」、と感じたという。

「唐沢さんはストイックな俳優さんで、武士のような、あるいは日本で言うと僧侶のようなストイシズムがあるから、この作品の主人公にはぴったりかなと。舞台を武士の社会に置き換えてもおかしくはないということで、今回このローマの芝居を選んだということです。日本人として、日本の観客にまず分かってもらおうと思ってつくりましたから。英語が母国語じゃないからね、日本の観客には英語の魅力的な言語の部分については伝わりにくいんですね。どうやって目に見えるもので、シェークスピアの魅力といったものを伝えるかっていうのが我々の立場なわけです。そういう意味で言うと、唐沢さんっていうのは日本人から見ると男っぽくて、かつある種の清潔感と、そして母親との関係にしても、深い関係を持っていても不思議ではない、という感じがするんですよね」。

タイタス・アンドロニカス
写真右)2006年に上演した「タイタス・アンドロニカス」では日本的な様式美で英国の観衆を魅了した

本作品の主人公、コリオレイナスは、歴戦の英雄でありながら民衆に媚びることを良しとせず、国を追放される悲劇の将軍。母親とも複雑な関係性を持つこの役には、男性的なダイナミズムや不器用なまでの高潔さなど、さまざまな要素が要求される。それらを体現できる人間として、蜷川は唐沢寿明という役者に絶大なる信頼を寄せているようだ。現代社会に通じる普遍性を持つ戯曲の魅力と、役者、唐沢寿明の人間的魅力。蜷川が考えていた2つの点が丁度合致した結果が今回の公演となったわけだ。

前回の「タイタス・アンドロニカス」では、真っ白な舞台美術と衣装、赤いリボンで血を表現するといった日本的な様式美が、英国内の各メディアから絶賛された。そして今回の演出でも、僧侶を思わせる衣装や日本刀など、日本的な要素を全面的に打ち出していくという。またローマと日本の共通点を日本的なものに置き換えることによって「アナロジーとしてのローマ」を表現。例えば今回は巨大な石段が使われるが、これは「ローマも非常に階段が多い」から、そして仏像を置くのはローマにも「野外に彫刻が置いてある」ため。そうすることによって日本の観客もローマの物語を理解しやすいはず、と蜷川は語る。

そして今回のもう一つの目玉が登場人物の数。何と40人以上の出演者が海を渡ってロンドンの舞台に立つというから驚きだ。「こういう群集対指導者という場合には、大勢の人間が出るのは必然的だろう。日本でやったらそれだけの人数を使えるんだから、ロンドンでやる場合でも日本と同じ人数でいかないと嫌だって言ったんですよ」。はっきりとした口調で言い切った後、こう続けた。「人が大勢いる、うじゃうじゃいるっていうことは、アジア的なんですね。混沌としたある都市、あるいは政治状況も含めてですね、民衆が赤裸々に存在しているっていう意味で言うと、実に日本的だと思うんです」。

話を続けるうちに感じたのが、今回蜷川がターゲットにしているのは、英国の観客ではなく、日本の観客であるということ。その点を問うと、「そうですね。日本の観客に見せるといったことが、まず日本人の演出家としての義務であって、日本でやられたものをそのままイギリスへ持っていくことが、我々のアイデンティティの証明なんだっていう風に考えているわけです」という答えが返ってきた。

日本語でやる、ということは明らかにハンディ。英語とは韻の踏み方も構文も違うわけだから、どうしても言語的な魅力は減じてしまう。その欠けた魅力を補完するためにビジュアルを重視する。「アジア人としても、日本人としても、自分自身と向かい合った時に、どのようにしていくかということを明瞭にしようと。そうするとやはり、日本に置き換えられるものは置き換えていこうということになるわけです」。

外国人に受けるから、という理由で日本的要素を取り入れているのではない。徹底して日本人らしさ、日本人としてのアイデンティティを追求することに、シェークスピア作品を上演する我々日本人の「存在理由」があると蜷川は確信している。

野村萬斎を主役に据えた「オイディプス王」
地元ギリシャの観客から喝采を浴びた アテネの古代劇場を舞台に、狂言師の野村萬斎を主役に据えた「オイディプス王」では地元ギリシャの観客から喝采を浴びた

日本という小さな村からの挑戦

1985年に「NINAGAWAマクベス」で英国初進出を果たして以来約20年間、蜷川はほぼ毎年、英国の地で公演を行っている。英国以外にもギリシャ、イタリア、米国……その活動範囲は日本を遥か超え、世界中に広がっている。蜷川にとっての海外、特に英国とはどのような意味を持つのだろうか。それは自分の舞台の持つ「普遍性」「世界性」を問うための最善の手段だと言う。「日本っていうのは、東アジアの外れにあってね、小さな村みたいなもので、それで良いと思えばいくらでも充足できる環境にあると思うんですね。だけどそんなものは偽の充足で、世界っていう風にさらされないと、自分自身を相対化して、点検できないと僕は思うわけです。ですから意図的に、ヨーロッパの観客に観ていただいてですね、私たちの舞台もある普遍性、世界性という視点から批評が欲しいと」。

蜷川幸雄今回のインタビュー中、蜷川は何度も「普遍性」「世界性」という言葉を口にした。蜷川は、シェークスピアが生まれた国でシェークスピアをやること、それもあえて日本人が日本語でやるということ、これこそが世界に共通する「普遍性」を世界の人々と「共有する」ことだと信じている。本場、英国で圧倒的な支持を得る蜷川の舞台、その秘訣はこの「普遍性」「世界性」にありそうだ。蜷川はこれまで何度か英国人を使ったシェークスピア劇を上演したことがある。

その中には、英国人批評家の手厳しい批判を受けた作品もあった。「イギリス人の演出家がやる芝居と似ていると評判が良くなかったからね(笑)。何だろう……」。英国人から受け入れられる理由を問われて、ちょっと間を置いた蜷川はあっけらかんと笑ってこう続けた。「日本には言語の演劇と呼ばれるものがないわけです。そこを我々が、シェークスピアを通して学んでいるんだけど、その大事な部分をなかなか自分たちのものにすることができない。で、それをビジュアルで追っていくと、逆にイギリス人があまり経験したことのない演劇になって、珍しがられているのかな」。

「日本の戯曲で、特に古典劇で、あれほど仮想的な世界を描けて、あれほど豊かなボキャブラリーで、レトリックで書き連ねた戯曲、あるいは文学って言うものはないんですね。世界の構造が、ここ(シェークスピア作品)にはすべて入っている。ですから、シェークスピアを学んだり上演するっていうのは、我々の文化にとってはものすごく大事なことなんです。一番足りないものをシェークスピアによって補完することで、我々はそれまで半分の円しか持っていないとしたら、初めてまん丸い世界っていうものを演劇、あるいは、文化として掴むことができるわけです」。

日本人、アジア人としてのアイデンティティを示すことと、普遍性、世界性を追求すること。一見相反するように思えるこの2つを同時に実現可能にするのが「日本人としてシェークスピアに関わること」だった。日本の戯曲に欠けた言語世界を持つシェークスピア作品で、徹底した日本の美学を表現する。これこそが今、蜷川が目指す自身の演劇の理想形なのだ。グローバル化しつつある今日、世界で活躍するにはまず「アジア的、日本的ということにきちんと拘るべき」、さもないと「単なる放浪する世界市民みたいになってしまう」と蜷川は断言する。世界に生きるからこそ、まず日本人としての自分の立ち位置を認識することから始める。そうすることで初めて物事の本質を捕らえること、そしてその本質を世界中の人々に示すことが可能になるということなのだろう。

疾走するジジイで在り続けたい

財団法人、埼玉県芸術文化振興財団や東京のBunkamuraシアターコクーンの芸術監督などを兼任し、受賞歴も数知れず。日本演劇界における重鎮としての地位を確立した感がある蜷川だが、もとはアングラ、反体制からスタートした身として、現在の自身のポジションをどのように考えているのだろうか。「もうすっかり重鎮としての地位を確立されて……」と言いかけると、「うそだよう!」と叫ぶ蜷川の声が耳を突いた。笑いを含みながらも、実に居心地の悪そうなその言葉の響きに、「重鎮」という単語に対する徹底した拒否感が伺える。

「出演者の人数を確保したりですね、あるいは赤字を出すかもしれない――例えば『タイタス・アンドロニカス』や、『コリオレイナス』だってね、日本ではちっとも有名な戯曲じゃないわけです。そういう知られていないけど、優れている作品をやっぱりやるべきだと。だから強引にそれをやって、大勢の人にしっかり見ていただく。そういう意味ではかなりまだ過激だぞ、と俺はそう思ってるのね。重鎮なんて、ちっともそんな優遇されていないよ(笑)」。

年寄りの劇団
「年寄りの劇団」、さいたまゴールド・シアターの劇団員と 話す蜷川幸雄さん

確かに肩書きだけを見ていると、さまざまなしがらみにとらわれても仕方のない立場に置かれているかのように思える蜷川のフットワークは、あくまで自由で軽い。立場的に課せられるさまざまな責任を果たしつつ、やりたいことをやりたいようにやる、そのバランス感覚は見事としか言いようがない。そう振ると蜷川はぽつりと「この国で年をとっていくのって難しいんですよね」とつぶやいた。日本でうまく年をとるには、「自分で目線を低くしたり、自分が開かれた人間で在り続けるかってことを、証明していかなければいけない」、そして自分がそれを成し遂げる手段は「芝居であったり、レパートリーであったり、そのレパートリーの組み方」だと言う。

公共や民間の劇場の芸術監督を務める一方で定期的に海外公演を行い、昨年はさいたま芸術劇場で55歳以上限定の演劇集団、さいたまゴールド・シアターをつくった。将来的には若者の劇団もつくって、「年寄りの劇団と若者の劇団を、公共の劇場でドッキングさせたい」という野望も持っている。公の立場が重くなるにつれ増す、新たな分野への飽くことなきチャレンジ精神。「今だって、まだまだ疾走するジジイで在り続けたい」。その思いが、蜷川を今も自由に飛び回らせている。

今年は一気に3本の新作をあげたという蜷川。少々常軌を逸しているといっても過言ではないそのすさまじい勢いは、蜷川にとって丁度良いペースなのか尋ねると、すぐさま「良くないんですよ(笑)」という答えが返ってきた。しかし今は「人生において3回くらいしかない、頭と肉体がぴったり合ってるって思える時期の最後の波」が来ているのだと言う。「少々、狂気のジジイになりつつあるので、このままいってですね、迷惑な老人になっていきたいですね」とあっさり笑うこの蜷川という存在が、迷惑どころか今後も世界を自在に駆け抜け、日本の演劇界を支えていくことは間違いないだろう。

Coriolanus
コリオレイナス

コリオレイナス ローマの将軍、ガイアス・マーシャス(後のコリオレイナス)は、歴戦の勇者でありながら民衆に対して傲慢な態度を取り、反感を集めていた。オーフィディアス率いるヴォルサイ人との戦いに勝利し、一躍英雄となったコリオレイナス。やがて執政官に推薦されるが、当時ローマでは執政官になるには謙虚な態度を民衆に示さなければならないという慣習があった。自尊心の高いコリオレイナスは、それを受け入れられず民衆を侮辱、ローマの地を追放されることに。復讐の念に燃える彼はかつての敵、オーフィディアスと手を組み、ローマに攻め入る。
Barbican Centre
Silk Street, London EC2Y 8DS
2007年4月25~29日19:15~、29日のみ17:00~
£10、16、21、28、35、Superseat(プラス5ポンド)
020 7638 8891
*写真: クレジットのないものは共同通信社提供
 
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