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Sat, 19 January 2019

第82回 お散歩編: パイナップルとキュウリ・サンドイッチ

今年は1666年ロンドン大火から350年。その記念行事で、聖ポール大聖堂や50を超えるシティの教会を再建したクリストファー・レンの偉業が語られることが多いですが、彼が再建した聖ポール大聖堂の西塔やロンドン司教宅の玄関門の頂にパイナップルの意匠が使われていることはあまり知られていません。教会施設にこの意匠を用いたのは彼が最初。「収穫や永遠」を象徴する松ぼっくりに似ていて、何より彼の好きな果物でした。

ロンドン司教邸の玄関
ロンドン司教邸の玄関

聖ポール大聖堂の西塔の頂にパイナップル
聖ポール大聖堂の西塔の頂にパイナップル

この果物は大航海時代に中南米から欧州に初めて紹介され、栄養価も値段も高く、英国でも羨望の的でした。輸入されるだけでなく、国内の温室でも盛んに栽培され、1675年にチャールズ2世に献上されたものが英国初の国内産パイナップルと言われます。このころ、レンは教会の再建に腐心しながらパイナップルを求めていたことでしょう。また、ロンドン大火で焼失してしまったシティの食料市場の再建も急がれていた時節に重なります。

コベント・ガーデン
修道院の菜園だったコベント・ガーデン

このとき、新しい食料市場の建設候補地に挙がったのが、現在、観光客で賑わうコベント・ガーデンです。元々はヘンリー8世の宗教改革でベッドフォード伯に払い下げられた修道院の菜園地。シティとウェストミンスターの間に位置して立地が良く、1670年、チャールズ2世が食料市場の建設許可を出します。女子修道院を意味する「Convent」の発音が難しかったせいか、いつの間にか「n」が抜けて「Covent」の呼称に変わりました。

記念プレート
フルーツ職人の記念プレート

食料市場の入口には、シティのフルーツ職人ギルドが2006年に設立400周年記念で贈呈した大きな記念プレートがあります。当時、市民の人気を博したのはもちろん高級品のパイナップル。今でも屋内の電燈にはパイナップルの意匠が残されています。また、所有者だったベッドフォード伯(後に公爵)の紋章や家訓「ケ・セラ・セラ」(イタリア語版)の石の彫刻もあります。「ケ・セラ・セラ(なるようになるさ)」は波乱万丈を生き抜く知恵でしょうか、貴族にもこの市場にも。

電灯の上にパイナップル
電灯の上にパイナップルの意匠

ベッドフォード公爵と言えば第7代公爵夫人が始めた「Five O'clock Tea」、これがアフタヌーン・ティーの発祥と言われます。この習慣にはキュウリ・サンドイッチが必須。当時、新鮮なキュウリは貴族が保有する領地の温室栽培の生産に頼る高級食材でしたが、栄養価が低く、「下人に栄養を与えるのとはわけが違う」とお怒りを受けることもなければ自尊心も守れる。もちろん、パイナップル・サンドでは逆効果。貴族のお相手は難しい。

ケ・セラ・セラのモットー
ケ・セラ・セラのモットーが見える

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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