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Fri, 22 November 2019

第87回 お散歩編: ダイヤモンドの輝き

シティの北西側にある宝石街、ハットン・ガーデンは、もともとイーリー司教の所有地をエリザベス1世が寵臣、クリストファー・ハットンに与え、彼の邸宅跡が地名になったものです。ハットンは海賊フランシス・ドレイクを支援し、1580年、世界2番目に世界一周を終えた「ゴールデン・ハインド号」からは船底いっぱいの金銀財宝が献上されました。後にハットンは大法官に出世します。

パブ「サー・クリストファー・ハットン」
パブ「サー・クリストファー・ハットン」

ハットン・ガーデンの道の両側には百店近い宝飾店が軒を連ねます。19世紀後半に世界のダイヤの原石を一手に扱うダイヤモンド・トレーディング・カンパニーが近くに設立され、ダイヤの研磨職人や宝飾店が多数流入したからです。

宝石街として知られるハットン・ガーデン
宝石街として知られるハットン・ガーデン

当時、南アフリカで巨大なダイヤモンド鉱脈が発見され、ダイヤの価格が値崩れしないよう生産や販売の調整を引き受けたのが、後にケープ植民地の首相に就任するセシル・ローズの設立したデ・ビアス社とその関連会社。

旧ダイヤモンド・トレーディング・カンパニー
旧ダイヤモンド・トレーディング・カンパニー

デ・ビアス社は1980年代には世界の流通ダイヤの9割を支配下に置いたと言われます。しかし21世紀に入ると「紛争ダイヤ」(アフリカ内戦の武器資金源)や独占禁止法違反など問題が発覚、市場シェアが3割まで落ちました。ダイヤモンド・トレーディング・カンパニーはロンドンからボツワナに移り、デ・ビアス社も鉱山会社のアングロ・アメリカン社の傘下に入りました。ハットン・ガーデンはかつての輝きを急に失いつつあります。

マキシム銃が誕生した地
マキシム銃が誕生した地

そういえばこの通りの57番地では米国から移住したハイラム・マキシムが工場を作り、1883年に世界初の全自動式機関銃、マキシム銃を発明しました。1分間に600発以上の弾丸が発射される凄まじい破壊力は当初、欧州各国の間では使用が控えられていました。でもダイヤ鉱山や金鉱山の権益を守るために英国がアフリカの植民地化戦争で使い始め、戦場に革命をもたらしました。ハットン・ガーデンとの由縁を知ると胸が痛みます。

プルーデンシャル保険ビルは自然史博物館を設計したA・ウォーターハウス氏の設計
プルーデンシャル保険ビルは自然史博物館を設計した
A・ウォーターハウス氏の設計

一方、この通りで生まれて元気な会社もあります。1848年、12番地に開業したプルーデンシャル保険はホルボーンに巨大なビルを建てましたし、1905年、83番地にドイツ人のハンス・ウィルスドルフが開業した時計店は、スイスで高級時計ロレックスになりました。1795年、近くの象牙店から102番地に事業を拡大したジャックはチェスやピンポンなどを販売する世界最古の玩具メーカーとして今も家庭の人気者。ダイヤの原石は至る所にあり、ですね。

1795年創業、ジャックの玩具
1795年創業、ジャックの玩具

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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