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Wed, 23 October 2019

第90回 お散歩編: 絹の糸が結んだもの

ロンドンの地図を見ていますと、Silk(絹)の付く通り名が11カ所、Mulberry(桑)は38カ所もあります。思えば17世紀初め、ジェームズ1世が絹の自国生産を目指して1万本の桑を移植しました。ところが蚕が食べるのは白実桑で英国の天候では育たず、蚕が食べない黒実桑だけが成長。よって結果は散々たるものに。ただ17世紀末、フランスから新教徒ユグノーが移民し、予期せず絹織業が盛んになりました。

名の由来
シティの名の由来。絹などの大倉庫があったのが名の由来

その中心がシティの隣町スピタルフィールズでした。ところが産業革命で綿の大量生産が始まると絹織業は衰退。そのころ、寂れゆく伝統工芸を惜しんだのがウィリアム・モリスです。彼の父はシティの株式仲買人で多額の資産を残して他界し、息子の彼は本当の豊かさとは何かを考えます。やがて建築家フィリップ・ウェッブと意気投合、生活と仕事、芸術の統合を目指してアーツ & クラフツ運動を始めます。

ウィリアム・モリス
アーツ & クラフツ運動の 牽引者、ウィリアム・モリス

モリスはモリス商会や古建築物保存協会を作りました。同協会にはラファエル前派の画家たちや美術評論家ジョン・ラスキン、詩人トマス・ハーディ、「ピーターラビット」のビアトリクス・ポターらが名を連ね、その後のアーツ & クラフツ運動やナショナル・トラスト運動で芸術振興や環境保護に大きな影響を及ぼしました。一方、モリス商会の良きライバルとして互いにデザインを競い合ったのが老舗百貨店「リバティ」の元祖、リバティ商会です。

古建築物保存協会
スピタルフィールズにある古建築物保存協会

創業者のアーサー・リバティは東洋からの装飾品販売店で勤務を始めると、日本の絹製品の繊細さに衝撃を受けます。1875年にリバティ商会を開業、日本製の絹のドレッシング・ガウンが貴族の間で大人気に。1889年には夫婦で訪日、夫人の撮影した明治時代の日本の写真は「チャールズ・ホームの日本旅行記」で使用され、日本ブームを後押ししました。さらに彼らは帰国後、英国ジャパンソサエティを設立する中心メンバーになります。

リバティ百貨店
現在のリバティ百貨店

思えば日本の近代化を支えたのが、横浜から出港された生糸と絹製品。日本のシルクロードは信州と上州を横浜と結び、ロンドンを経由して欧米各国につながっていました。やがて上州の養蚕小屋から飛行機製造会社が生まれ、戦後は自動車会社に変身していきます。それはまるでモスラの幼虫が糸を吐き、成虫が空を舞い、世界を駆け巡るようです。絹の糸は英国の芸術運動から日本の近代産業史、そして日英関係も美しく結び付けていたのです。

黒実桑
17世紀に植えられた黒実桑(ミドル・テンプルにて)

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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