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Tue, 22 October 2019

第145回 歴史も味わい深いロンドンの牡蠣

シティ・フリート街の裏手に「ジョンソン博士の家」と呼ばれる博物館があります。ジョンソン博士とは18世紀の「文壇の大御所」、英国で最初の辞書を編纂したサミュエル・ジョンソンのことです。建物前の広場には博士の愛猫、ホッジの銅像もあります。ホッジは主人が編纂した辞書の上に座り、脇には好物の牡蠣。その殻に小銭を寄付すると幸福になれるという伝承があり、神社のおさい銭のように道行く人が小銭を置いて行きます。

ホッジの牡蠣殻には小銭が
ホッジの牡蠣殻には小銭が

猫に小判ならぬ、猫に牡蠣とはぜいたくな組み合わせですね。いやいや、18世紀のテムズ川では牡蠣が大量に採れたので、牡蠣は庶民のお手軽な栄養源でした。ところが19世紀にテムズ川がひどく汚染されてしまい牡蠣はほぼ絶滅。ただ、河口流域のケントのウィスタブルやエセックスのマーシー島などは汚染の影響がなく、現在も良質の牡蠣が採れることで知られています。これらの地域では約2000年前に入植したローマ人が養殖業を始めたのだそうです。

マーシー島の海辺
マーシー島の海辺

紀元前54年と55年にユリウス・シーザー率いるローマ軍がブリテン島の征服を試みましたが侵攻は失敗。シーザーは「ガリア戦記」でブリテン島の地理や気象、住民の風習を書き残し、野蛮人が住む島だと吐き捨てながらも、牡蠣のおいしさは褒めたたえました。

戦象を使ったローマ軍( ロンドン博物館蔵)
戦象を使ったローマ軍(ロンドン博物館蔵)

それから約100年後の紀元後43年にローマ皇帝クラウディウスがブリテン島南部を征服し、ロンドンから東北に80キロ離れたコルチェスターを拠点にします。ローマ兵士が戦いに象を利用したのは住民にとって驚きでしたが、ローマ兵士が驚いたのはコルチェスターの牡蠣のおいしさで、早速、養殖が始められました。当時はヒラガキと呼ばれる牡蠣を干潟にまいて養殖しており、交易の記録をみるとブリテン島からローマへの主な輸出品は、羊毛、方鉛鉱(銀と鉛を含む鉱石)、麦類、そして牡蠣。ヒラガキは20世紀に疫病で減少し、現在は日本原産の真牡蠣もこの地で養殖されるようになりました。

真牡蠣(左)とヒラガキ(右)
真牡蠣(左)とヒラガキ(右)

ところで、牡蠣の殻に円形や四角の穴が人為的に開けられたものがローマ時代の遺跡から大量に発掘されましたが、穴の理由が今も解明されていません。紐を通して装飾品にしたとか、ボタンを取り出した跡という説もあります。俗説ではテムズ川の渡し舟の定期券だったとも。あらあら、それだとロンドン交通局のプリペイド式チケット、オイスター・カードのご先祖様ですね。

穴の開いた牡蠣殻がオイスター・カード? 
穴の開いた牡蠣殻がオイスター・カード? 

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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